弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主    文
    1 原判決を破棄する。
    2 被告人を懲役20年に処する。
    3 原審における未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
          理    由
第1 本件控訴の趣意は検察官天野和生作成名義の控訴趣意書記載のとおりであ
り,これに対する答弁は弁護人直野喜光作成名義の答弁書記載のとおりであるか
ら,これらを引用する。
   検察官の控訴趣意は,被告人を懲役15年に処した原判決の量刑は不当に軽
く,無期懲役に処すべきであるというにある。
第2 そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
 1 本件は,原判示のとおり,A(以下「被害者」という。)の妻であった被告
人が,親しい知人を通じて,暴力団員らに被害者が締結していた生命保険金等から
報酬金を支払うことを約して被害者の殺害を依頼し,これを請け負った暴力団員ら
と共謀の上,同暴力団員らの手によって被害者を射殺し(原判示第1),その情を
秘して被害者を被保険者とする約5000万円の死亡保険金等を騙取した(原判示
第2),という事案である。
 2 まず,本件殺人に至る経緯,動機をみるに,これらの点に関しては,原判示
のとおり酌量の余地は全くないというほかない。すなわち,被告人は,被害者と昭
和59年婚姻し,両名の間に3人の子どもを持つ主婦であったが,平成4年ころか
ら複数の男性と安易に情交関係を結び,被害者に対する嫌悪感を一方的に募らせて
いき,夫婦関係は破綻していったが,もし離婚ということになれば,自分の方が家
を出なければならなくなるとの思い等から,離婚することはできないと考え,夫婦
関係の修復あるいは解消に向けての話し合いをすることもなく,そのために苦悩す
る被害者の行為に一方的に不安や憎悪を募らせ,何の非もない被害者を亡き者にし
ようと決意するに至ったものであって,その経緯,動機は自己中心的なものという
ほかなく,酌量の余地などない。
 3 次に,本件殺人の結果をみるに,被害者は,仕事をまじめにこなし,他に女
性関係もなく,子煩悩で,善良な性格であったにもかかわらず,前記被告人の理不
尽な動機から,妻である被告人の依頼により,暴力団員らの手によって4発の銃弾
を命中させられて射殺されるという非業の最期を遂げたものであって,愛する3人
の子どもを残したまま,38歳という若さで突然この世を去らなければならなくな
った無念さは察するに余りあり,また,残された3人の子どもは,自宅のすぐ近く
で父親が射殺されるという衝撃的な出来事に遭遇したうえ,その後母親が父親殺害
の容疑者として逮捕されるという更に衝撃的な出来事により,両親ともに失う結果
となっており,子どもらに与えた心理的影響はまことに重大なものがあるのであっ
て,被告人の招いた結果は被害者のみにとどまらず,我が子にも重大な結果を与え
ているのである。また,養子に出した我が子を殺され,残された孫らの将来に心を
痛める被害者の実父母ら親族の悲嘆や苦悩,痛恨の情にも計り知れないものがある
のであって,同人らの被告人に対する処罰感情が極めて厳しいのも十分理解するこ
とができる。
   また,本件殺人の社会的影響,特に暴力団員らを使っての本件殺人が周辺住
民等に恐怖感を与えており,この点についても量刑上考慮すべきである。
 4 更に,被告人は,自ら保険金等を請求し,5000万円余りを騙取したもの
であり,その金額が高額である上,予め被害者の死亡による保険金の中から暴力団
員らに対し殺害の報酬を支払う約束をしていたものであり,また,同保険金の残額
及び被害者の退職金等を被害者殺害後の生活に使用しようと計画していたことも併
せ考えると,本件詐欺が保険制度の根幹を揺るがす非常に悪質なものである上に,
主たる目的ではなかったことを考慮しても,本件殺人の利得目的の存在を軽視する
ことはできない。
   この点について,原判決は,その量刑の理由の中で,「本件は,夫の殺害に
よって多額の保険金等を騙取してはいるものの,保険金を得ることを主たる目的と
したいわゆる保険金殺人とは,一線を画するものがある点である。すなわち,被告
人が夫の殺害を依頼した直接の動機は,前記のとおりであり,殺害すれば保険金が
下り,殺害を依頼する以上当然高額な報酬を支払わなければならないとは考えてい
たものの,被告人自身が保険金等の利得を得んがために殺害を依頼したものではな
く,法定刑として死刑と無期懲役のみを定めた強盗殺人罪に比肩すべき事案とはい
えない。」と判示し,本件殺人における利得目的をいささか軽く判断しているかに
窺われるのであるが,前記のとおりであって,相当ではない。
 5 次に,原判決は,その量刑の理由の中で「被告人がBに依頼するまでの犯意
の形成過程に,緻密さや用意周到さは窺われず,被告人が,早くから確定的な殺意
を抱き,緻密な計算のもとに完全犯罪を狙って夫の殺害を依頼したような状況は認
められない。」として,更に続いて「すなわち,判示のとおり,被告人は,平成8
年2月中旬ころまでは,Aが死んでくれればよいとの思いを抱いて悶々としていた
ものの,Aを殺害したいとまでは考えておらず,そのころ,以前雑談の中でBが金
で人を殺す者がいる旨話していたことを思い出して初めて殺意を抱き,同人に夫の
殺害を依頼したが,このときは言下に一蹴されて,それ以上懇請するようなことも
なく,簡単に犯意を放棄している。被告人は,このときの気持ちについて,『この
ままの状態だと耐え難い苦痛を味わっていかなければならないが,それでも断られ
てどこかほっとした気持ちがあった。』旨供述しているところである。その後,さ
らに追いつめられた心境になって,やはりAに死んでもらうしかないと思うに至
り,再度Bに殺し屋による殺害を依頼したのであるが,このような犯意の形成過程
をみると,被告人は,Bから,殺し屋の話を聞いたことがあったために,Aに対す
る殺意自体が形成され,同人が親密な相談相手であったことから,殺し屋に依頼し
てもらおうと考えるに至ったもので,それが無理なら,自ら暴力団員に依頼しよう
とか,別の方法でAを殺害しようなどと考えたことは全くないのである。この点
は,被告人の殺意の程度を考える上で,無視することのできない事情である。」と
判示し,被告人が殺意を抱くに至った点について被告人が親密な交際をしていたB
の言葉がなければ本件殺人には至らなかったかのように説示しており,また,犯意
の形成過程に緻密さや用意周到さは窺われないとするのであるが,被告人が本件殺
人を決意するについてBの言葉が契機となっていることは,被告人の本件殺人の動
機からして,本件殺人の量刑に関し,重視すべきものとはいえず,また,犯意の形
成過程に緻密さや用意周到さは窺われないとする点も,本件殺人は,被告人が報酬
を支払うことを条件に被害者の殺害を依頼したものであり,実行犯である暴力団員
らの手配等は被告人と親密な関係にあったBにすべて依存していたものであること
からすると,被告人が本件殺人を意図しなければ,被害者の殺害という結果は生じ
なかったものであって,被告人がBに本件殺人を依頼するまでの過程は,量刑判断
に当たり重視すべきものではない。
 6 次に,原判決はその量刑の理由の中で「被告人は,Bに依頼後,同人の指示
により夫に関する情報提供行為や殺害報酬の手当をするなど,依頼者としてなすべ
きことをやっているものの,実行行為を行う暴力団の名前や殺害方法など,具体的
な情報は何も教えられておらず,被告人自身が犯行の実現に向けて積極的に行動し
たり,これを催促するようなことも一切行っていないのである。かえって,被告人
は,殺し屋に依頼すれば絶対に大丈夫というBの言葉を信じつつも,本当に大丈夫
なのかと不安になり,犯行を止めることはできないかと尋ねて,今更できるわけが
ないと一喝されるなど,心が揺れていたことが窺われるのである。もとより,被告
人は,自身の身勝手な犯行動機に基づき,親密な相談相手であるBを通して,暴力
団員らに被害者の殺害を依頼し,これによって,自己の犯罪を実現したものという
べきであるから,こうした事情があるからといって,被告人が共謀共同正犯として
の罪責を免れるものではないことはいうまでもない。また,殺し屋に殺害を依頼し
た以上,その後の関与が受動的であることもむしろ当然であって,これを過大に斟
酌することはできないが,この点を考慮しても,なお無視することのできない事情
である。」と判示し,本件殺人に関する被告人の関与の程度について一定の斟酌を
しているのであるが,本件殺人の方法からして,被告人の関与は依頼した後は受動
的なものになるのは当然であって,その中で被害者殺害に必要な情報提供行為はな
しており,また,被告人がいったんBに対し犯行を止めることはできないかと尋ね
た点も,その後被告人が真摯に犯行を止めようとする行動には何ら出ていないこと
を考慮すると,原判決はこの点について過大に評価しているといわざるを得ない。
 7 以上のような本件の罪質,犯行の動機,態様(特に多数の者を犯罪に巻き込
んでいる点),結果の重大性,被害者の親族らの処罰感情,社会的影響などに照ら
すと,被告人の刑事責任は重大であり,被告人が逮捕後は素直に犯行を自供し,反
省悔悟していること,本件詐欺被害については被告人の父親から全額被害弁償がな
されていること,本件殺人に関し被害者の実父宛に慰謝料名目で1000万円が支
払われていること,被告人には前科前歴がないことを考慮すると,本件殺人につい
て無期懲役を選択すべきものとまではいえないが,被告人を懲役15年に処した原
判決の量刑は斟酌すべきでない事情を斟酌しあるいは過大に斟酌した結果であっ
て,不当に軽いというべきである。
第3 よって,刑事訴訟法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法4
00条但し書により直ちに当裁判所において自判すべきものと認め,更に次のとお
り判決する。
   原判決が証拠により認定した各犯罪事実はいずれも原判決の挙示する各法条
にそれぞれ該当するところ,原判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択
し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重
い原判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被
告人を懲役20年に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中18
0日をその刑に算入し,原審における訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項但し書
を適用して被告人に負担させないこととする。
   よって,主文のとおり判決する。
  (検察官見越正秋出席)
   平成13年9月10日
     広島高等裁判所松江支部
        裁判長裁判官 宮 本 定 雄
           裁判官 吉 波 佳 希
           裁判官 植 屋 伸 一

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