弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成15年(行ケ)第66号 審決取消請求事件(平成15年8月25日口頭
弁論終結)
          判    決
       原      告   未来工業株式会社
       訴訟代理人弁理士   樋 口 武 尚
被      告   日動電工株式会社
訴訟代理人弁護士   上 原 健 嗣
同          上 原 理 子
同    弁理士   鈴 江 正 二
同          木 村 俊 之
同          鈴 江 孝 一
          主    文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が無効2002-35245号事件について平成15年1月22
日にした審決を取り消す。 
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「コンクリート埋設物」とする特許第2838511号
発明(以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は,
昭和59年1月17日に出願された特願昭59-6833号(以下「親出願」とい
う。)の特許出願の一部を平成元年11月24日に特願平1-306218号(以
下「子出願」という。)として分割し,子出願の一部を平成5年10月29日に特
願平5-271610号(以下「孫出願」という。)として分割し,孫出願の一部
を平成7年7月10日に特願平7-173552号(以下「曾孫出願」という。)
として分割し,さらに,曾孫出願の一部を平成8年4月8日に特願平8-8510
7号として分割した特許出願(以下「本件特許出願」といい,「玄孫出願」ともい
う。)に係り,平成10年10月16日に設定登録されたものである。
 本件特許については,平成12年11月1日に被告から請求された無効
審判(無効2000-35604号事件,以下「第1次無効審判」という。)にお
いて,平成13年2月19日付けで発明の詳細な説明の記載及び図面につき訂正請
求がされた後,同年8月31日に「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たな
い。」との審決(以下「第1次審決」という。)がされ,同審決は確定した。
 被告は,平成14年6月11日,原告を被請求人として,本件特許につ
いて無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2002-35245号事件
(以下「本件無効審判」という。)として審理した上,平成15年1月22日に
「特許第2838511号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。」と
の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年2月3日,原告に送
達された。
 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)
の特許請求の範囲の記載
【請求項1】手による三次元方向に自在に折り曲げが可能であると共に,
曲げられた状態で型枠に埋設物本体の開口部を押圧できる突張り強度を有し,コン
クリート壁の支骨をなす鉄筋に架設される線状の複数の支持部材の各々を,前記埋
設物本体の開口部の反対側に複数箇所で取付ける取付部を備えたことを特徴とする
コンクリート埋設物。
【請求項2】手による三次元方向に自在に折り曲げが可能であると共に,
曲げられた状態で型枠にボックスの開口部を押圧できる突張り強度を有し,コンク
リート壁の支骨をなす鉄筋に架設される線状の複数の支持部材の各々を,前記ボッ
クスの開口部の反対側の4隅における複数箇所で取付ける取付部を備えたことを特
徴とするコンクリート埋設物。」
(以下,請求項1,2に係る発明を「本件発明1,2」という。)
 3 本件審決の理由
   本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,(1) 子出願に係る発明
は,平成5年10月29日付け手続補正書による補正により,親出願の願書に最初
に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載した事項の範
囲内でないものとなり,子出願が親出願から適法に分割されたものではないことと
なって,子出願の出願日は,現実に出願された平成元年11月24日となるべきと
ころ,上記補正は,同時に,親出願の当初明細書等の要旨を変更するものであるか
ら,特許法40条(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下「特許法旧
40条」という。)により,子出願の出願日は,上記手続補正書の提出日である平
成5年10月29日とみなされる,(2) 子出願については,平成8年9月19日,
上記補正後の特許請求の範囲の請求項1,2に記載された発明につき特許第256
2698号として登録がされた後,被告から請求された無効審判(無効2000-
35610号事件)において,平成13年8月31日,子出願に係る分割の不適法
を前提として,上記各発明が特許法29条2項に該当するとしてその発明に係る特
許を無効とする旨の審決(以下「子出願に係る無効審決」という。)がされ,同審
決は確定したので,子出願の出願日が親出願の出願日まで遡及する余地はなくなっ
た,(3) 一方,孫出願は,子出願から適法に分割され,その出願日は,子出願の出
願日と同じ平成5年10月29日となるので,孫出願から曾孫出願が適法に分割さ
れ,さらに,曾孫出願から玄孫出願(本件特許出願)が適法に分割出願されたとし
ても,本件特許出願の出願日は,上記平成5年10月29日までしか遡ることはで
きない,とした上,本件発明1,2は,親出願の当初明細書等の公開特許公報であ
る特開昭60-152747号公報に記載された発明であるから,本件特許は,特
許法29条1項3号の規定に違反してされたものであって,同法123条1項2号
に該当し,無効にすべきものであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   本件審決は,子出願に係る分割不適法の効果は孫出願及びそれ以降の分
割出願には及ばないのに,これが及ぶとして,本件特許出願の出願日が親出願の出
願日まで遡及することを否定し,もって分割要件の判断を誤り(取消事由1),ま
た,本件無効審判は,第1次無効審判と同一の事実及び同一の証拠に基づく審判請
求として,特許法167条所定の一事不再理に該当する(取消事由2)から,違法
として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(分割要件の判断の誤り)
   子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定した後に,特
許法旧40条の規定により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたものであり,
分割の不適法が問われたものではないから,適法に分割されて確定した他の権利で
ある孫出願及びそれ以降の分割出願には分割不適法の効果は及ばないのに,本件審
決は,これが及ぶとして,玄孫出願の出願日が子出願の出願日と同日になるとした
ものであって,分割要件の判断の誤りがある。すなわち,子出願の出願日は,特許
法旧40条の規定により,平成5年10月29日付け手続補正書が提出された日に
確定されたものの,同手続補正書が提出されるまで適法に手続がされたものである
から,それより前の同年3月19日付け手続補正書に記載の実体的分割要件で,分
割の時期的制限から同年10月29日に適法に分割出願された権利にまで,分割不
適法の効果が及ぶものではない。特許法旧40条の規定は,子出願に係る特許権の
設定登録後に,その成立過程の手続補正書に要旨変更が存在した場合に適用される
ものであり,特許庁に係属されている間に適法に分割されたと認定された他の確定
した権利にまで,拡大して適用すべき根拠はない。同年10月29日に分割した孫
出願は,特許法44条1項(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下
「特許法旧44条1項」という。)所定の「願書に添付した明細書又は図面につい
て補正をすることができる時又は期間内」という時期的制限を受けて,平成5年3
月19日付け手続補正書の内容を基に分割出願した他の権利であり,孫出願が子出
願から適法に分割されていることは,本件審決も認定するところである。本件特許
出願に適用される昭和58年5月特許庁作成に係る審査基準においても,原出願が
取り下げられ又は放棄された日と同日に出願された分割出願は適法であり,ただ,
原出願が取り下げられ,放棄され又は無効とされた場合に,これらの行為がされた
時点での原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一であるときには,分割出
願は適法でないものとするとされており,子出願に係る権利が確定した後に無効に
なったからといって,孫出願及びそれ以降の分割出願までが無効になるものではな
いことは,特許庁における運用である。
   そうすると,子出願に係る無効審決が確定しても,それは子出願に係る
当該特許権にのみ適用され,これが初めから存在しなかったとみなされるだけであ
って,子出願の事実自体がなくなるものではなく,子出願の一部を分割した孫出
願,その一部を更に分割した曾孫出願,その一部を更に分割した玄孫出願(本件特
許出願)の出願日は,親出願の出願日まで遡及するものというべきである。したが
って,本件審決は,分割要件の判断を誤ったものであり,本件特許には分割不適法
を前提とする無効理由は存在しない。
 2 取消事由2(一事不再理の違反)
   被告は,第1次無効審判においても,本件特許出願は適法な分割出願で
はない旨主張していたところ,第1次審決は,子出願から孫出願への分割は適法で
あると認めており,本件審決も,同様に,子出願から孫出願への分割は適法である
と認めているから,その事実関係からすれば,本件審決は,第1次審決と結論が同
じになるべきものである。特に,被告(請求人)は,特許法旧40条により要旨変
更と認定された平成5年10月29日付け手続補正書の存在で,それより前の実体
的分割要件を満たすものまで分割不適法の効果が及ぶという論拠を何ら示していな
い。また,本件特許に関しては,上記第2の1のとおり,昭和59年1月17日に
出願された親出願の特許出願の一部を平成元年11月24日に子出願として分割
し,子出願の一部を平成5年10月29日に孫出願として分割し,孫出願の一部を
平成7年7月10日に曾孫出願として分割し,さらに,曾孫出願の一部を平成8年
4月8日に玄孫出願(本件特許出願)として分割した経緯がある。したがって,玄
孫出願に係る第1次無効審判において,被告(請求人)から分割不適法の主張があれ
ば,子出願に係る無効審判請求事件と同一の審判体としては,職権で,親出願,子
出願,孫出願,曾孫出願及び玄孫出願の分割の適否を検討することは当然のことで
あり,かつ,被告(請求人)の分割不適法の主張は,上記のとおり,その論拠が示さ
れていないものであるから,本件無効審判は,第1次無効審判と同一の事実及び同
一の証拠に基づく審判請求として,特許法167条所定の一事不再理に該当する。
第4 被告の反論
   本件審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
 1 取消事由1(分割要件の判断の誤り)について 
   特許法44条2項本文は,特許出願の分割出願が同条1項の分割要件を
満たしている場合には,その効果として,分割に係る新たな特許出願はもとの特許
出願の時にしたものとみなすと規定しているが,これは,特許出願の分割制度が,
特許出願人に対し,二以上の発明を包含する特許出願の一部を分割して新たな特許
として出願する機会を与え,この新たな特許出願が分割出願として分割要件を具備
して適法となる場合には,分割出願に出願日遡及の効果を与えたものである。ま
た,原出願も分割出願であって,分割要件を満たして分割が適法に行われた場合に
は,原出願も原々出願の出願日まで遡及する利益を享受する結果,最後の分割出願
が親出願の出願日に遡って出願したものとみなされるのであって,最後の分割出願
の出願日が原出願と無関係に当然に親出願の出願日まで遡及するものではない。い
ずれかの分割の段階で,分割要件を満たすことができず,不適法な分割が行われた
場合には,その段階で出願日の遡及が切断され,分割出願された特許の出願日が親
出願の出願日まで遡及するという利益を享受することができなくなるのであり,こ
のように不適法に分割された特許出願を保護する必要はない。さらに,原出願の内
容と分割出願の内容とは相互に関連性を有するものであり,特許出願の明細書又は
図面について適法な補正がされた場合には,出願当初に遡及して補正後の内容であ
るとみなされるのであるから,補正によって分割要件を充足しなくなるなど,分割
要件の適法性がそれぞれの出願についての補正の内容いかんによって影響を受ける
のは当然である。本件のように,親出願,子出願,孫出願,曾孫出願,玄孫出願と
順次分割がされた場合において,子出願から孫出願への分割が分割要件を充足して
いたとしても,子出願についての補正の有無,内容いかんにより,親出願から子出
願への分割が分割要件を具備するか否かの帰すうが変動し,そのために子出願の出
願日が変動し,さらに,孫出願の出願日が変動するような事態が生ずることもやむ
を得ないものである。
   したがって,子出願から孫出願の分割と同時にされた子出願についての
補正が親出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内のものでない以上,子出願
が親出願に対して不適法な分割であることは明らかであり,子出願の出願日は,親
出願の出願日である昭和59年1月17日には遡及せず,手続補正書が提出された
平成5年10月29日であるとし,玄孫出願に係る本件特許の出願日も,同日まで
しか遡及しないとした本件審決の判断に誤りはない。
 2 取消事由2(一事不再理の違反)について
   第1次無効審判と本件無効審判は,いずれも分割不適法を無効理由とし
て主張しているものではあるが,その理由とするところは全く異にしている。すな
わち,①子出願に係る特許(特許第2562698号),②孫出願に係る特許(特
許第2567807号),③玄孫出願に係る本件特許(特許第2838511号)
について,3件の無効審判請求事件が特許庁に係属し,平成13年8月3日に,①
については無効審決が,②及び③については無効不成立の審決がされた。①の無効
審決は,子出願への分割が分割要件を満たしていないことを理由として,子出願が
分割不適法により出願日の遡及が切断される結果,子出願に係る特許が特許法29
条2項に違反するとしたものであり,原告(被請求人)から審決取消訴訟の提起が
なく,上記無効審決が確定し,子出願に係る特許権は遡及的に消滅した。一方,②
の無効審判及び③の無効審判(第1次無効審判)においては,被告(請求人)にお
いて,孫出願及び玄孫出願に係る発明のそれぞれが親出願の当初明細書等に記載し
た事項の範囲内のものでないことを理由として玄孫出願に分割要件違反があること
は主張していたものの,子出願についての補正の点に関する分割不適法事由は主張
しておらず,審決も,その点の判断はしていない。同一審判体としては,②及び③
の無効審判請求事件において,請求人(被告)が主張していない当該分割不適法事
由を進んで職権で取り上げて判断することも可能ではあったが,①の無効審判にお
いて無効と認定した子出願に係る特許については,原告が,当時,その無効審決に
対して審決取消訴訟を提起した上で,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判
の請求をし,子出願の明細書を訂正することによって特許が無効となることを回避
する余地があり,このような場合には,②及び③の無効審判請求事件において,請
求人(被告)が上記無効事由を主張していないにもかかわらず,進んでこれを職権
で取り上げ,このことを理由に孫出願及び玄孫出願に係る各特許の無効審決をする
ことは差し控えるのが相当であると判断したものと推測され,このような措置はや
むを得なかったものということができる。
   原告は,特許庁は,分割不適法の主張があれば職権で親出願,子出願,
孫出願,曾孫出願及び玄孫出願の分割の適否を検討することは当然であり,上記審
決において子出願にかかる特許は無効としたが,孫出願及び曾孫出願の分割出願を
適法としたことからも,玄孫出願に係る本件特許が適法に分割されたものであるこ
とが裏付けられる旨主張する。しかしながら,玄孫出願に係る本件特許についての
第1次審決は,被告(請求人)の主張した無効理由に基づく審判請求は成り立たな
いとするだけであって,本件特許が他に何らの不適法事由もないことまで確定する
ものではない。無効審判においては,原則として,無効理由として主張された事項
のみを取り上げて判断するにすぎず,それ以外の無効理由の有無を職権で取り上げ
て検討するものではない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(分割要件の判断の誤り)について
  (1) 上記第2の1の当事者間に争いのない事実と証拠(甲1~4,9~1
 9)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の分割出願等に関する経緯について,
以下の事実が認められる。
   ア 原告は,昭和59年1月17日,名称を「コンクリート埋設物の架
設具および架設具を有するコンクリート埋設物」とする発明について,親出願とし
て特許出願(特願昭59-6833号,甲9)をし,拒絶理由通知を受け,平成元
年11月24日,手続補正書を提出するとともに,親出願の一部を分割した子出願
として,発明の名称を「コンクリート埋設物」とする特許出願(特願平1-306
218号,甲10)をし,平成5年7月28日,親出願に係る特許権の設定登録が
された。
イ 子出願については,原告は,拒絶理由通知を受け,平成5年3月1
9日付け手続補正書(甲18)により特許請求の範囲の補正をしたが,拒絶査定を
経て,これに対する不服審判の請求をし,同年10月29日付けで,手続補正書
(甲19)を提出するとともに,子出願の一部を分割した孫出願として,発明の名
称を「コンクリート埋設物」とする特許出願(特願平5-271610号,甲1
1)をした。同年10月29日付け手続補正書は,子出願の発明の名称を「コンク
リート埋設物の固定方法及び埋設方法」とし,特許請求の範囲の記載中の「線状の
支持部材」との構成を「支持部材」と補正するものであって,これにより,子出願
に係る特許請求の範囲の「支持部材」は「線状」でないものも含むこととなった
が,そのような事項は,親出願の当初明細書等に記載はなく,子出願の当初明細書
等にも記載がない。
ウ 子出願は,平成8年6月17日,原査定取消,特許査定の審決がさ
れ,同年9月19日,上記平成5年10月29日付け補正の内容により特許権(特
許2562698号)の設定登録がされた。孫出願については,原告は,拒絶理由
通知を受け,平成7年7月10日付け手続補正書(甲12)による補正をするとと
もに,孫出願の一部を分割した曾孫出願として,特許出願(特願平7-17355
2号,甲13)をした。上記補正後の孫出願について,原告は,拒絶査定を受け,
これに対する不服審判の請求をし,平成8年6月27日,原査定取消,特許査定の
審決がされ,同年10月3日,その特許権(特許第2567807号)の設定登録
がされた。孫出願に係る分割出願時の明細書の特許請求の範囲の請求項1,2項
は,分割直前の子出願の明細書,すなわち,上記平成5年10月29日付け手続補
正書(甲19)による補正前の子出願の明細書の特許請求の範囲の請求項1,2項
の記載と全く同一であり,発明の詳細な説明及び図面も実質的に同一であった。原
告は,曾孫出願については,平成8年4月8日,曾孫出願の一部を分割した玄孫出
願として,発明の名称を「コンクリート埋設物」とする本件特許出願(特願平8-
85107号)をし,平成10年10月16日,玄孫出願に係る特許権(特許第2
838511号)の設定登録がされた。
エ 被告は,平成12年中に,原告を被請求人として,子出願に係る特
許,孫出願に係る特許及び玄孫出願に係る本件特許について無効審判の請求をし,
それぞれ無効2000-35610号事件,無効2000-35598号事件及び
無効2000-35604号事件(第1次無効審判)として特許庁に係属した。特
許庁は,平成13年8月31日,同一審判体により,子出願に係る無効審判につい
ては,子出願に係る特許を無効とする審決を,孫出願に係る特許及び玄孫出願に係
る本件特許の無効審判については,いずれも無効不成立の審決(第1次審決,甲1
4)をした。被告は,孫出願に係る特許の無効不成立審決について審決取消訴訟
(当庁平成13年(行ケ)第452号事件)を提起したが,平成14年8月31
日,訴えを取り下げた。
オ 子出願に係る無効審決については,原告(被請求人)から審決取消
訴訟の提起がなく確定し,子出願に係る特許権は,初めから存在しなかったものと
みなされた。一方,被告は,平成14年中に,孫出願に係る特許及び玄孫出願に係
る本件特許について,再度,無効審判の請求をし,それぞれ無効2002-352
44号事件及び無効2002-35245号事件(本件無効審判)として特許庁に
係属した。特許庁は,平成15年1月22日,孫出願に係る特許及び玄孫出願に係
る本件特許を無効とする審決(本件審決)をした。
(2) 特許出願の分割について定めた特許法旧44条1項は,「特許出願人
は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内
に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願
とすることができる」と規定していたから,分割出願が適法であるための実体的な
要件としては,もとの出願の明細書又は図面に二以上の発明が包含されていたこ
と,新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書又は図面に記載された発明の一部
であることが必要である。さらに,分割出願が原出願の時にしたものとみなされる
という効果を有する(同法44条2項本文)ことからすれば,新たな出願に係る発
明は,分割直前のもとの出願の明細書又は図面に記載されているだけでは足りず,
もとの出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であることを要すると解され
る。また,分割出願として孫出願が可能か否かについての明文の規定はないが,
「二以上の発明を包含する特許出願」(親出願)に対して分割要件を満たす「新た
な特許出願」(子出願)をし,さらに,「二以上の発明を包含する特許出願」(子
出願)に対して分割要件を満たす「新たな特許出願」(孫出願)をすることを妨げ
る理由はないから,子出願及び孫出願の両者が分割要件を満たす場合には,孫出願
の出願日を親出願の出願日に遡及させることを定めていたものと解するのが相当で
ある。したがって,孫出願の出願日が親出願の出願日まで遡及するためには,子出
願が親出願に対し分割の要件を満たし,孫出願が子出願に対し分割の要件を満た
し,かつ,孫出願に係る発明が親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のも
のであることを要するというべきである。
  本件において,孫出願は,親出願からの分割出願である子出願を更に
分割出願し,玄孫出願である本件特許出願は,孫出願を更に分割出願した曾孫出願
を更に分割出願したものであるから,玄孫出願(本件特許出願),曾孫出願,孫出
願及び子出願の各分割出願がそれぞれ特許法旧44条1項の分割要件を満たし,か
つ,本件発明1,2が親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである
場合には,本件発明1,2の出願日は,親出願の出願日まで遡及することになる。
しかしながら,子出願に係る発明は,平成5年10月29日付け手続補正書(甲1
9)により補正され,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでない
こととなり,いったん特許権の設定登録がされた後,当該補正がされた発明のま
ま,その無効審決が確定し,子出願に係る特許権は,初めから存在しなかったもの
とみなされた。したがって,当該補正がされた発明はもはや訂正される余地はな
く,子出願に係る発明は,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のもので
ないこととなったから,子出願が分割の実体的要件を満たさないことは明らかであ
る。そうすると,孫出願及びそれ以降の分割出願の適否を検討するまでもなく,玄
孫出願である本件特許出願の出願日が親出願の出願日まで遡及する余地はないとい
うべきである。
(3) 原告は,子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定し
た後に,特許法旧40条の規定により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたも
のであり,分割の不適法が問われたものではないから,適法に分割されて確定した
他の権利である孫出願及びそれ以降の分割出願には分割不適法の効果は及ばない,
すなわち,子出願の出願日は,特許法旧40条の規定により,平成5年10月29
日付け手続補正書(甲19)が提出された日に確定されたものの,同手続補正書が
提出されるまで適法に手続がされたものであるから,それより前の同年3月19日
付け手続補正書(甲18)に記載の実体的分割要件で,分割の時期的制限から同年
10月29日に適法に分割出願された権利にまで,分割不適法の効果が及ぶもので
はないと主張する。
 しかしながら,親出願,子出願,孫出願及びそれ以降の分割出願は,
それぞれ別個の出願手続であり,特許要件の具備の有無は別個独立に審査されるも
のであっても,孫出願の出願日の遡及の利益の享受は,飽くまで子出願の出願日の
利益の享受であって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われることを前
提とするものであり,孫出願の出願日が子出願と無関係に本来の分割可能な時期か
ら離れて無限定に親出願の出願日まで遡及するものではない。子出願に係る発明
は,平成5年10月29日付け手続補正書により補正されたが,親出願の当初明細
書等に記載された事項の範囲内のものでないこととなったから,上記補正は,本
来,不適法なものとして却下されるべきものであったが,却下されることなく,当
該補正がされた発明のまま,いったん特許権の設定登録がされた後,その無効審決
が確定し,子出願に係る特許権が初めから存在しなかったものとみなされたことは
上記のとおりであって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われたもので
ないことは明らかである。
(4) 原告は,子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定し
た後に,特許法旧40条により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたと主張す
るが,同規定の適用は,上記補正後の子出願に係る発明が,子出願の当初明細書等
に記載した事項の範囲内のものでないこととなったから,出願日が補正書提出の日
である平成5年10月29日とみなされることをいうためであって,このことと,
子出願が親出願に対して分割の要件を満たさないこととは別異の事項である。
  原告は,また,孫出願は,特許法旧44条1項所定の「願書に添付し
た明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内」という時期的制
限を受けて,同年3月19日付け手続補正書(甲18)の内容を基に分割出願した
他の権利であり,孫出願及びそれ以降の分割出願が子出願から適法に分割されてい
ることは,本件審決も認定するところであると主張するが,特許法44条2項本文
に,「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみな
す」と規定されているように,分割出願による遡及の利益の享受は,出願日が,
「もとの特許出願」の出願日に遡及するというものであり,孫出願を「新たな特許
出願」とすると,「もとの特許出願」とは子出願であるから,孫出願は,適法に分
割された場合であっても,子出願の出願日に遡及するにすぎない。
  (5) 原告は,さらに,本件特許出願に適用される昭和58年5月特許庁作
成に係る審査基準においても,原出願が取り下げられ又は放棄された日と同日に出
願された分割出願は適法であり,ただ,原出願が取り下げられ,放棄され又は無効
とされた場合に,これらの行為がされた時点での原出願に係る発明と分割出願に係
る発明とが同一であるときには,分割出願は適法でないものとするとされており,
子出願に係る権利が確定した後に無効になったからといって,孫出願及びそれ以降
の分割出願までが無効になるものではないことは,特許庁における運用であると主
張する。しかしながら,子出願は,上記のとおり,特許法旧40条により,手続補
正書の提出日が出願日とみなされたものであって,子出願が取り下げられ,又は放
棄されたとみなされたものではないし,子出願が無効になったから孫出願が無効で
あるとの判断をしているものでもないことは明らかである。原告の上記主張は,本
件審決を正解しないでこれを論難するものにすぎず,採用の限りではない。
(6) 以上のとおりであるから,原告の取消事由1の主張は採用することが
できない。
 2 取消事由2(一事不再理の違反)について
  (1) 原告は,本件無効審判が,第1次無効審判と同一の事実及び同一の証
拠に基づく審判請求として,特許法167条所定の一事不再理に該当すると主張
し,その前提として,被告が,第1次無効審判においても,本件特許出願は適法な
分割出願ではない旨主張していたという。しかしながら,第1次無効審判と本件無
効審判は,いずれも分割不適法事由を主張しているものではあるが,その理由とす
るところは両者で全く異なり,孫出願及び玄孫出願に係る第1次無効審判では,孫
出願及び玄孫出願に係る発明のそれぞれが親出願の当初明細書等に記載した事項の
範囲内のものでないことを理由として分割要件違反があることは主張していたもの
の,本件無効審判におけるような,子出願についての補正により生じた分割不適法
事由は主張しておらず,第1次審決においても,その点の判断はされていない。し
たがって,原告の上記主張は,前提において失当である。
  (2) 原告は,玄孫出願に係る第1次無効審判においては,被告(請求人)か
ら分割不適法の主張があれば,同一審判体としては,職権で,親出願,子出願,孫
出願,曾孫出願及び玄孫出願の分割の適否を検討することは当然のことであると主
張する。しかしながら,孫出願に係る特許及び玄孫出願に係る本件特許についての
無効不成立の審決(第1次審決)は,被告の主張した無効理由に基づく審判請求は
成り立たないとするだけであって,更に進んで,上記各特許が他に何らの不適法事
由もないこと,適法に分割されていることまでも確定するものではない。また,玄
孫出願に係る第1次審決は,子出願に係る無効審決と同日にされたものであり,こ
の時点では,審決取消訴訟の提起により上記無効審決が取り消される可能性,若し
くは,訂正審判の請求により子出願の分割不適法事由が解消される可能性も残され
ていたのであるから,第1次審決が,子出願に係る無効審判請求事件と同一の審判
体のしたものであっても,補正に伴う子出願の分割不適法についての判断を示さな
かったことをとらえて,違法,不当な措置であるということはできない。
  (3) そうすると,原告の取消事由2の主張も理由がない。
 3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審
 決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
  よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり
 判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    
            裁判官 早  田  尚  貴

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛