弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人田中泰岩作成の控訴趣意書に記載してあるとおりであ
るから、ここにこれを引用し、これに対し、左のとおり判断する。
 当審における証人A、同B、同C、同D及び同Eに対する各尋問調書中同人等の
各供述記載、原審における証人A、同B、同C及び同Fに対する各尋問調書中同人
等の各供述記載、当審公廷における被告人の供述、原審第三回公判調書に顕れた原
審公廷における証人Gの供述、司法警察員H作成のBの供述調書中同人の供述記
載、司法巡査G作成のB及びAの各供述調書中同人等の各供述記載並びに当審及び
原審における各検証調書の記載を総合すれば、次の事実が明認される。即ち、被告
人は、茨城県猿島郡a村bc番地にこんにやく畑を所有耕作していたところ、昭和
二十四年十一月十日頃から同月十四日頃までの間に何者かに右畑の成熟したこんに
やくだま約十五貫を窃取された。そこで、被告人方では、同月十四日の夜は、一家
の者がかわるがわる右畑の見張をすることとなり、被告人の実妹A及び義弟Bの両
名に先に見張をさせ、翌十五日午前一時三十分頃被告人がこれと交替して自ら右畑
の東側で見張を始めた。右畑の北方約三十間の箇所を幅員約八尺の里道が東西に通
じ、該里道の南側は一帯の畑地で、右里道からこれとほぼ垂直に幅員約一尺の畑道
が南に向かい、延びて被告人方の右こんにやく畑の西側に接着しており、該こんに
やく畑の西北端近くの該畑道西側路傍に榎の木立があるが、右AとBが被告人と交
替し、右榎の傍まで来てたたずんでいたところ、同村のD(当時五十歳)が右こん
にやく畑のこんにやくだまを窃取する目的でかます、ざる及びこんにやくだまを掘
るためのつくい棒をいれた籠を背負つて右里道の方向から右畑道を南に進んで来
た。AとBは、かかる深夜このように人の近づいて来たのを知つて不審に思い、様
子をうかゞつていたところ、Dは、右こんにやく畑に数間の地点まで来た際附近に
人の居るのを知つて逆行して逃げ出したので、既に同人がこんにやくだまを窃みに
来たものであることを知つた右両名は「泥棒、泥棒」と連呼しながらこれを追い、
右畑道の上でDを掴んだが、この騒ぎを知つた被告人も直ちに駈け付けてDを取り
押さえ、同人の背負つていた籠につけてあつた藁縄で同人の手足を縛り、直ちに被
告人の実弟Cに連絡して同村巡査駐在所に右逮捕の旨を届け出させたが、駐在巡査
がd地区警察署留置場の看守に赴いていて不在であつたので、同巡査の妻から同郡
e町の警部補派出所へ電話で知らせてもらつたけれども、更に念のためCを直接e
町の右警部補派出所まで赴かせて右逮捕の事実を届け出させ、そのまま警官の来場
するまで現場でこれを待ち受けていたものであつて、被告人は、右Dが窃盗の現行
犯人たることを信じてこれを逮捕し、自己の行為を法律上許されたものと信じてい
たものである。以上の認定事実に徴し、Dの行為が果して犯罪の実行に著手したも
のと解し得るか杏かについて考察すれば、論旨所論のように本件のような「野荒
し」型の窃盗においては、他の窃盗とは異り、窃盗の対象たる財物が舎屋もなく垣
根等の囲いもない所にあつて、外部に開放されたままの状態にあることも、もとよ
り考慮さるべき問題であり、前顕証拠によつて認められるようにDが被告人方こん
にやく畑の所在も、右畑にこんにやくだまの成熟していることもよく知つていて、
ひたすら右畑に向かつて前記畑道を直進していたものであり、ことさら財物を物色
する要もない状況にあつたことも考慮さるべきものではあるが、同様前記証拠によ
つて認められるように、Dは、右こんにやく畑のこんにやくだまを窃取する目的
で、そのための用具を携え、前記畑道を右こんにやく畑に向かつて数間の地点まで
進んで来ていたものであるとは言え、右畑道は、Dにとつては附近に同人方の畑も
なくなんら通行の要のない道ではあつても、被告人方の右畑に限らずひろく附近一
帯の畑地の共用の小道であり、また他の道路にも通じているものであるから、Dが
前記逃走直前まで右畑道の上を進んでいたものと認められる以上は、未だ同人が右
畑のとんにやくだまに対する被告人の事実上の支配を侵すにつき密接な行為をした
ものとは解し得ないのであつて、Dの行為は、窃盗の実行の著手には達せず、その
予備の段階にあるものと言わなけばならない。そして、窃盗の予備ば、犯罪とはさ
れていないのであるから、被告人の本件逮捕行為は、現行犯の逮捕と解することは
できない。しかしながら、犯罪の実行の著手をいかに解するかは、極めて困難な問
題であつて、専門家の間においても説が分かれ、本件のような事案についてかかる
著手の有無を判断するにあたつては、当然に相反する見解の生ずることが考えられ
るものであるから、たとえ被告人の現認した事実が前説示によれば未だ窃盗の実行
の著手とは解し得ないものであつたとして<要旨>も、普通人たる被告人が、前記の
ような経過のもとに自己の畑のこんにやくだまの盗難を防ぐため見張中、深
夜右こんにやくだま窃取の目的でその用具を携えて右畑に近づき、人の姿を認めて
逃げ出したDを前叙のように窃盗の現行犯人と信じて逮捕し、直ちにその旨を警察
署に通報して警官の来場を待ち、自己の行為を法律上許されたものと信じていたこ
とについては、相当の理由があるものと解されるのであつて、被告人の右所為は、
罪を犯すの意に出たものと言うことはできない。原判決は、Dにこんにやくだま窃
取の意図のあつたことについては一応疑われる程度のものと解し、被告人がDを右
こんにやくだまを盗みに来たものと即断して不法に逮捕し、これにより同人に治療
約一箇月を要する右上膊捻挫傷等を負わせたものと認定し、被告人の本件所為につ
いては犯意を阻却しない旨判断した点において、上叙の認定及び判断と反するもの
であつて、原判決には、この点において論旨所論のように判決に影響を及ぼす事実
の誤認及び法令適用の誤が存するものと言わなければならない。論旨は、理由があ
る。
 よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書により原判決を破棄して当裁判
所において更に次のように判決をすることとする。
 本件公訴事実は、ほぼ原判示事実と同趣旨であつて、ただ公訴事実においては、
被告人が逮捕行為以外にDを殴り又は蹴り、同人に対し約一箇月の治療を要する右
上肢捻挫兼腰部打撲傷を与えたとしている点が原判示事実とは異るのであるが、本
件逮捕行為に不法性の認められないことはさきに説明したとおりであり、なお、前
顕証拠及び医師E作成のDに関する経過書と題する書面中昭和二十四年十一月十五
日午前十一時三十分の初診の際体表に創傷、皮下出血、腫張等の異常を認めなかつ
た旨の記載のあることを総合して判断すれば、被告人がDに対し逮捕行為以外の暴
行を加えて右のような傷害を負わせたものとは認め難いものと言わなければならな
い。従つて、被告人の本件行為については、犯罪の証明が充分ではないものである
から、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条後段により被告人に対し無罪の言渡を
すべきものである。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 堀義次)

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