弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
     右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した
期間、被告人を労役場に留置する。
     原審における訴訟費用中、証人Aに支給した昭和三八年七月一〇日出頭
分及び当審における訴訟費用の全部を被告人の負担とする。
     本件公訴事実中、事故報告義務違反の点は、無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人松谷栄太郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりである
から、ここにこれを引用する。
 原判示第一の事実に対する論旨について。
 所論は要するに、原審における訴訟手続の法令違反と原判決の事実誤認とを主張
し、その理由として、原判決は被告人の注意義務違反による業務上過失を認定判示
しているが、被告人は進路の安全を確認し、時速約一〇粁の速度で徐行したのであ
るから、無過失である。これに引きかえ、原判示Bは時速五〇粁以上の高速度で暴
走して、被告人運転の車に衝突したのであるから、その衝突は右Bの過失に基因す
るものである。而してこのことは、原審検証調書の記載、原審証人C及び同D等の
各供述を総合すれば明らかであり、特に事故現場におけるこれ等関係者の指示地点
及び右地点間の距離等から、計数上明らかであるのに拘らず、原審がこれを無視し
て、明らかに信憑性のない証人Bの速度その他進行状況に関する供述により、被告
人の過失を認定したのは、採証法則の違反であるとともに、右Bの運転速度に対す
る弁護人の鑑定申請を採用せず、右速度を明確にしなかつたのは、審理不尽であ
る。これを要するに、原審の訴訟手続には、法令違反があるとともに、事実誤認の
違法を冒したものとして、原判決は破棄を免れない、というのである。
 よつて案ずるに、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示第一の事実は、所論被
告人の注意義務違反による過失の点に至るまで、優にこれを認定するに足り(当審
における証拠調の結果を附加総合すれば、一層明確となる)、記録を精査し、当審
における事実取調の結果に徴しても、原審の右事実認定に誤りあるを認め得ない。
 所論は被告人の運転速度に数倍する原判示Bの高速度運転を理由として、本件衝
突事故に対する被告人の過失を否定するのであるが、叙上の証拠によれば、原判示
十字路は交通整理の行われていない交差点であること、右Bの進行した道路の幅員
(平均約八米)は、これと交差する被告人の進行した道路の幅員(平均約三米)よ
りも明らかに広いこと、従つて右交差点に入ろうとする被告人は、徐行(又は一時
停車)をして、広い道路における車輌の進行を妨げてならない道路交通法第三六条
所定の義務があること、が明らかであるから、この交差点に進入するに当り、被告
人には徐行義務があつても、右交差点に先入車輌等のない本件においては、Bには
徐行義務がなく、従つてBの運転速度を非難し、それを理由として被告人の右方道
路に対する注意義務違反を否定する所論は当らない。尤もBの運転速度が通常人の
目にもとまらない程度の超高速度運転ならばともかく、叙上の証拠によれば、同人
は時速四〇粁乃至五〇粁の速度で進行して来て、同交差点の手前約三〇米の所から
時速三〇粁前後に減速したこと、被告人の進行した交差点入口附近における右方道
路の見透しは、約五〇米先まて可能であること、を認め得るから、この程度の速度
(仮に所論の如く、時速約五〇粁であつたとしても)で進行して来るBの姿を目撃
しなかつた被告人は、原判示の如く、右方道路に対する注意義務を尽くさなかつた
ものといわなければならない。所論は右Bの運転速度を鑑定しなかつたことを以
て、原審の審理不尽である、というのであるが、同人の運転速度はほぼ前記のとお
りであることが証拠上明らかであるばかりでなく、仮に鑑定により、その運転速度
を正確に認定し得たとしても、被告人の注意義務違反に影響がないことは、以上の
説明により自明であるから、右審理不尽の非難は、当らない。次に所論は、原判決
が証人Bの供述を証拠に挙示したことを以て、採証法則の違反である、というので
あるが、同証人の供述がすべて信憑性のないものとは断定し得ないから、その証拠
標目を原判決に挙示したことに違法は存しない。以上を要するに、原判示第一の事
実については、原審の訴訟手続に法令違反がなく、また事実誤認も存しない。
 論旨は理由がない。
 原判示第二の事実に対する論旨について。
 所論は要するに、原判決の事実誤認と法令適用の誤りとを主張し、その理由とし
て、被告人は本件衝突事故の被害者であるから、警察官に対する事故報告の義務が
なく、被告人に報告義務違反の罰則を適用した原判決は、法令適用の誤りを冒した
ものである。仮に被告人が法定の報告義務者であるとしても、被告人は本件衝突事
故により、頭部その他に重傷を負つて失神状態に陥り、その状態は入院後も継続
し、特に意識を回復しても闘病に没頭していたのであるから、警察官に対する事故
報告が不能又は期待不可能の状態にあつたのである。
 然るに原審は証拠の取捨を誤つて右事実を看過し、報告義務違反を認定したのて
あるから、事実誤認の違法を冒したものであり、原判決は破棄を免れない、という
のである。
 案ずるに、原判決は罪となるべき事実第二において、公訴事案第二と同じく、被
告人は「前記日時場所において、前記自動車を運転中、前記交通事故により、前同
人に傷害を負わせながら、直ちにもよりの警察署の警察官に、法令に定められた事
故(事項の意と解する)を届けなかつたものである(前記又は前同人とは、原判示
第一の記載を指す)と判示しており、そのことは原判決書及び起訴状の各記載に徴
し、明白であるところ、認定に誤りのない原判示第一の事実関係のもとにおいて被
告人は、道路交通法第七二条第一項所定の事故報告義務者であることが明らかであ
るから、これと反対の見解を前提として、原判決における法令適用の誤りを主<要
旨>張する論旨は、理由がない。そこで被告人に右報告義務違反の事実ありや否やを
検討するに、原判決挙示の証拠と証人Cの原審及び当審各公判廷における供
述、被告人の当公廷における供述とを総合すれば、本件衝突事故発生の際、現場に
は警察官がいなかつたこと、被告人は自ら又は他人を介しても、警察官に対し右事
故発生の報告をしていないこと、被告人は右衝突のため、頭部その他に重傷を負つ
て失神状態に陥り、そのまま病院に収容されて昏睡又は呻吟を続け、その間事故報
告義務を自覚することすら不可能の状態にあり、入院後二、三日を経過した頃から
小康を得て、他人を介せば右事故報告をなし得る状態になつたこと、を各認定する
ことができる。およそ道路交通法第七二条第一項が警察官に対する事故報告をなす
べき時期を「直ちに」と規定しているのは、「事故後直ちに又は事故に引き続く負
傷者救護等の必要措置を執つた後直ちに」という意味に理解し得るけれども、それ
には更に合理的な制約があるものと解さなければならない。すなわち法は不能を強
いないのであるから、事故報告義務者が負傷等のため、事故又はこれに引き続く必
要措置を執つた直後から、他人を介しても報告することが不可能(事実上又は期待
可能性上)である事態が続く限り、法はその者に事故報告を期待しない(道路交通
法第七二条第一項の補充報告義務者の規定参照)ものというべく、その後報告の可
能状態が生じた直後報告をすれば、それが事故又はこれに引き続く必要措置と時間
的に距るものがあつても、右に所謂「直ちに」報告したものというべきであり、こ
れを怠れば、報出義務違反に問われなければならない。併しながら、その報告の可
能状態が如何に遅く到来してもなお報告義務があるか否かは、更に検討を加えなけ
ればならない。そもそも右報告義務を認めた所以のものは、犯罪捜査のためではな
く、負傷者の迅速な救護と交通秩序の早期回復とを目的としたものであるから、す
でに負傷者が救護され、且つ交通秩序が完全に回復した後、これを具体的にいえ
ば、道路交通法第七二条第二項第三項による警察官関与の必要性が客観的に失われ
た後は、報告義務を認めた目的は達せられ、その義務は消滅するものといわなけれ
ばならない。
 以上の法理を要約すれば、負傷者が救護され、且つ交通秩序の破壊又は混乱が完
全に回復するまでに、事故報告の可能状態が生じない限り、またこれを換言すれ
ば、事故報告の可能状態が生じた際、すでに負傷者が救護され、且つ交通秩序が完
全に回復していれば、事故報告をしなくても、報告義務違反にはならないものとい
わなければならない。ひるがえつて本件につきこれを観るのに、叙上の証拠によれ
ば、被告人の入院後二、三日を経て、他人を介せば事故報告をなし得る状態になつ
た頃には、原判示負傷者両名はすでに救護され、且つ本件事件により乱された交通
秩序は完全に回復し、従つて道路交通法第七二条第二項第三項による警察官関与の
必要性が客観的に失われていたものと推認すべきであるから、被告人には事故報告
の義務も、その違反もなく、これを肯認した原判決は、判決に影響を及ぼすこと明
らかな事実誤認の違法を冒したものとして、破棄を免れない。この点に関する論旨
は理由がある。
 よつて刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条に則り、原判決を破棄したうえ、
同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において自判する。
 (罪となるべき事実)
 被告人の罪となるべき事実は、原判示第一の事実中「十字路を横断しようとした
のであるが」の次に「右十字路の南北に通ずる道路は、被告人進行の道路よりも、
明らかに広く、且交通量の多い道路であるから」を附加して、右原判示事実を引用
する。
 (証拠の標目)
 一、 原判決挙示の各証拠(但し、被告人及び証人の当公廷における各供述とあ
るのを、原審公判調書中、被告人及び証人の各供述記載と訂正する)
 一、 当審検証調書
 一、 当審証人坂下洋介、同D及び同Cに対する各尋問調書
 一、 被告人の当公廷における供述
 (法令の適用)
 被告人の原判示各業務上過失傷害の所為は、それぞれ刑法第二一一条前段罰金等
臨時措置法第三条第一項第二条第一項に該当するところ、右は一個の行為にして数
個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段第一〇条を適用し、犯
情により重いと認める原判示Bに対する業務上過失傷害罪の刑に従い、所定刑中罰
金刑を選択し、その金額範囲内において、被告人を罰金五、〇〇〇円に処し同法第
一八条に従い、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算
した期間、被告人を労役場に留置すべく、原審及び当審における訴訟費用は、刑事
訴訟法第一八一条第一項本文に則り、主文第四項記載のとおり、被告人の負担とす
る。
 (事故報告義務違反の公訴事実について)
 本件公訴事実中、原判示第二の事故報告義務違反の点については、被告人に右報
告義務も、その違反も存しないこと前叙のとおりであるから、犯罪を構成しないも
のである。よつて刑事訴訟法第三三六条に則り、ここに無罪の言渡をする。
 以上の理由により、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 山田義盛 判事 堀端弘士 判事 松田四郎)

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