弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件訴えのうち,東京法務局城北出張所登記官に対し,別紙物件目録記
載の不動産に関し,原告が平成17年7月13日に申請した同日受付第×
×号所有権移転登記申請の受理の義務付けを求める部分を却下する。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1東京法務局城北出張所登記官が,原告に対し,平成17年8月1日付けでし
た不動産登記法25条8号の規定に基づく却下処分を取り消す。
2東京法務局城北出張所登記官は,別紙物件目録記載の不動産に関し,原告が
平成17年7月13日に申請した同日受付第××号所有権移転登記申請を受理
せよ。
第2事案の概要
本件は,原告がいわゆる中間省略登記の申請をしたところ,登記官が,申請
情報の内容と登記原因証明情報の内容とが合致せず,不動産登記法25条8号
の却下事由に該当するとして却下したことから,原告が,その処分の取消し及
び当該登記申請に基づく登記実行処分(受理)の義務付けを求めた事案である。
1法令の定め
ア旧不動産登記法(明治32年法律第24号。以下「旧法」という。)を全
部改正した不動産登記法(平成16年法律第123号,平成17年3月7日
施行。以下「法」という。)18条柱書は,登記の申請は,「申請情報」,
すなわち,不動産を識別するために必要な事項,申請人の氏名又は名称,登
記の目的その他の登記の申請に必要な事項として政令で定める情報を登記所
に提供してしなければならない旨定めている。そして,不動産登記令3条は,
申請情報の内容として,「登記原因及びその日付」(同条6号)等を掲げ,
「登記原因」とは,登記の原因となる事実又は法律行為をいうとされている
(法5条2項)。
イまた,法61条は,権利に関する登記の申請は,法令に別段の定めがある
場合を除き,「申請情報」と併せ,「登記原因を証する情報」(以下「登記
原因証明情報」という。)を登記所に提供してしなければならない旨定めて
いる。
ウそして,法25条8号は,「申請情報」の内容が「登記原因証明情報」の
内容と合致しないときは,登記官は,補正がされた場合を除き,理由を付し
た決定で登記の申請を却下しなければならない旨定めている。
2争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実は,末尾にその証拠を
掲記した。)
(1)原告は,不動産取引の仲介等を目的とする株式会社である。
(2)aは,平成17年7月12日に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建
物」という。)を株式会社b(以下「b」という。)に売却し,bは,同月
13日に本件建物を原告に売却した。a,b及び原告は,同月13日,aか
ら原告に対し,直接,所有権移転登記手続をすることを合意した。
(3)原告は,平成17年7月13日,東京法務局城北出張所登記官に対し,
本件建物について,登記原因を平成17年7月13日売買,登記権利者を原
告,登記義務者をaなどとする申請情報を提供して所有権移転登記の申請を
した(同日受付第50060号。以下「本件申請」という。)。(甲1)
(4)原告は,本件申請に際し,登記原因証明情報として,登記原因となる事
実又は法律行為は,①aからbに対し,平成17年7月12日,本件建物を
売却し,②bから原告に対し,同月13日,本件建物を売却し,③これによ
り,本件建物の所有権が,同月12日にaからb,同月13日にbから原告
に順次移転し,④原告,a及びbが,平成17年7月13日売買を登記原因
とし,登記義務者をa,登記権利者を原告として所有権移転登記をすること
を異議なく承諾したことである旨記載した書面を提出した。(甲2)
(5)東京法務局城北出張所登記官は,本件申請に対し,平成17年8月1日
付けで,申請情報の原因が登記原因を証する情報の内容と合致しないとの理
由を付記して,法25条8号の規定により申請を却下した(以下「本件処
分」という。)。(甲4)
(6)本件処分に対し,原告は,平成17年8月11日付けで,東京法務局長
に対し,審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。(甲3)
(7)東京法務局長は,平成17年12月20日付けで,本件申請は申請情報
の内容が法61条に規定する登記原因証明情報の内容と合致しないことから,
法25条8号の規定により却下した処分行政庁の本件処分には,何ら違法又
は不当な点は存しないとの理由により,本件審査請求を棄却する裁決をした
(以下「本件裁決」という。)。(甲5)
(8)原告は,平成18年6月9日,本件訴えを提起した。
3争点
(1)本件申請に係る申請情報の内容が,登記原因証明情報の内容と合致しな
いとして法25条8号により申請を却下した本件処分の適法性(争点1)。
(2)本件申請に基づく登記実行処分の義務付け請求の当否(争点2)。
4争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件処分の適法性)について
(原告の主張)
ア申請情報にいう登記権利者とは,登記をすることによって利益を受け
る者をいい,登記義務者とは,登記をすることによって不利益を受ける
者をいうものであり,本件の申請情報は,登記権利者である原告は,平
成17年7月13日売買により本件建物の所有権を取得したから,登記
義務者であるaから所有権の移転登記を求めるという内容である。
他方,本件の登記原因証明情報は,本件建物の所有権が,aからb,
bから原告にそれぞれ売買により移転し,aから原告に移転登記するこ
とをbが承諾したことにより,原告が適法な登記権利者,aが適法な登
記義務者に当たることを示すものである。
そうであれば,本件の申請情報と登記原因証明情報は合致しており,
法25条8号の却下事由は存在しないから,本件処分は違法である。
イ本件裁決(甲5)は,本件申請を却下する理由として,本件申請がいわ
ゆる中間省略登記の申請であるが,不動産登記制度は,物権変動の過程及
び態様を忠実に登記記録に反映させることを原則とする制度であるから,
本件申請は,そもそも制度の趣旨に反した申請であり,申請情報に誤りが
あるとした。
しかしながら,中間省略登記の申請を禁止する明文の規定はなく,最高
裁判例も,登記名義人及び中間者の同意があるときは中間省略登記を有効
としており,旧法の下では,不動産取引実務において中間省略登記が多く
行われていた。そして,法務省は,中間省略登記を命ずる判決を登記原因
を証する書面として,中間省略登記を申請する場合には,これを受理して
おり,また,第三者のためにする契約及び買主たる地位の譲渡契約の類型
において,A,B,Cと順次登記を移転するのを省略し,直接AからCへ
移転登記することを認めている。以上によれば,中間省略登記の申請を拒
否する理由はない。
(被告の主張)
ア本件の登記原因証明情報(甲2)によれば,実体上,aからbへの平
成17年7月12日売買を原因とする所有権移転,及びbから原告への
同月13日売買を原因とする所有権移転の2つの権利変動が生じていた
事実が証明されている。
しかしながら,原告は,同月13日売買を登記原因とするaから原告
へ直接の所有権移転登記を申請しており,申請情報(甲1)の内容とさ
れる権利変動が,登記原因証明情報で証明されている上記の権利変動と
合致しない。
したがって,本件申請には法25条8号の却下事由があるから,本件
申請を却下した本件処分に違法はない。
イ不動産登記制度は,実体上の権利変動の過程及び態様を正確に公示しな
ければならず,旧法においても,中間省略登記の申請は,法令の規定によ
り認められた場合のほか,判決による登記の場合(旧法27条,法63
条)に,判決を「登記原因ヲ証スル書面」(旧法35条1項2号)又は登
記原因情報として,受理されていたにすぎず,旧法下においても中間省略
登記は一般に認められていなかった。
不動産の所有権が甲乙丙と順次移転したが登記名義が甲にある場合に丙
が甲に対し所有権移転登記を請求した事案において,当事者間において実
体法上の中間省略登記請求権が認められるとしても,そのことから直ちに
登記官に対しその登記を申請する権利が認められるものではなく,中間省
略登記の申請を認めない不動産登記実務の取扱いは,最高裁判例(最高裁
昭和40年9月21日判決・民集19巻6号1560頁)の趣旨に反する
ものではない。
なお,①第三者のためにする売買契約の売主から当該第三者への直接の
所有権移転登記の申請及び②買主の地位を譲渡した場合における売主から
買主の地位の譲受人への直接の所有権移転登記の申請については,実体上
の権利変動の過程及び態様を正確に登記に反映すべきとの不動産登記制度
の要請に反しないため,従来から受理されていたものであり,これらは中
間省略登記の申請を認めたものではない。
(2)争点2(義務付け請求の当否)について
(被告の主張)
申請型の義務付けの訴え(行政事件訴訟法3条6項2号)は,法令に基づ
く申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合,
「当該処分又は裁決が取り消されるものであり,又は無効若しくは不存在で
ある」ときに限り提起することができるとされ(同法37条の3第1項2
号),これは訴訟要件であると解される。
そうすると,本件訴えのうち,登記実行処分の義務付けを求める部分は,
申請型の義務付けの訴えであるところ,本件処分は適法であり,取り消され
るべきものではないから,義務付けの訴えの訴訟要件を欠き不適法である。
(原告の主張)
本件処分は違法であり,取り消されるべきであるから,本件訴えのうち,
登記実行処分の義務付けを求める部分は,前記の訴訟要件を満たす。
第3争点に対する判断
1争点1(本件処分の適法性)について
(1)法18条柱書は,登記の申請は,申請情報すなわち,不動産を識別する
ために必要な事項,申請人の氏名又は名称,登記の目的その他の登記の申請
に必要な事項として政令で定める情報を登記所に提供してしなければならな
い旨定め,同条にいう政令に定める情報として,不動産登記令3条は,法1
8条に定める事項のほか,「登記原因及びその日付」(同条6号)等の事項
を列挙している。また,法61条は,権利に関する登記を申請する場合には,
申請人は,法令に別段の定めがある場合を除き,その申請情報と併せて登記
原因証明情報を提供しなければならないと定めている。そして,法25条柱
書は,登記官は,次に掲げる場合には,理由を付した決定で、登記の申請を
却下しなければならない旨定め,同条8号は,申請情報の内容が法61条に
規定する登記原因証明情報の内容と合致しないときを掲げている。
(2)そこで,本件申請において,原告が登記所に提供した申請情報の内容が,
同じく原告が登記所に提供した登記原因証明情報の内容と合致しているか否
かについて検討する。
前記争いのない事実等及び証拠(甲1,2)によれば,原告は,本件申請
の申請情報として,登記の目的を所有権移転,登記原因を平成17年7月1
3日売買,登記権利者を原告,登記義務者をaと記載した登記申請書(甲
1)を提出し,その添付資料として,登記原因証明情報と題する書面(甲
2)を提出し,その中で,登記の目的を所有権移転,登記原因を平成17年
7月13日売買,登記権利者を原告,登記義務者をaと記載し,さらに,
「登記原因となる事実又は法律行為」として,(1)aからbに対し平成17
年7月12日に売却,(2)bから原告に対し同月13日に売却,(3)したがっ
て,本件建物の所有権は,同月12日にaからb,同月13日にbから原告
に順次移転,(4)a,b及び原告は,登記権利者を原告,登記義務者をa,
登記原因を平成17年7月13日売買として登記をすることに異議なく同意
した旨記載したことが認められる。
(3)そして,法5条2項は,同法における「登記原因」とは,「登記の原因
となる事実又は法律行為」をいう旨定めているところ,そもそも法が,前記
のとおり,登記申請の際に,登記原因証明情報を提供しなければならないも
のとし,申請情報が登記原因証明情報と合致しない場合に登記申請を却下し
なければならないとした趣旨は,物権変動を公示する制度である登記につい
て,登記申請者に,物権変動の原因行為とこれに基づく物権変動を証明する
登記原因証明情報を登記所に提供させ,これが申請情報と異なる場合には申
請を却下することによって,登記が公示する物権変動の内容の正確性を確保
しようとする趣旨であると解される。
そうすると,本件申請において,原告が,登記原因証明情報として登記所
に提供した所有権移転登記の登記原因は,「登記の原因となる事実又は法律
行為」すなわち登記義務者であるaから登記権利者である原告に対する本件
建物の所有権移転という物権変動の原因行為であるというべきであるから,
具体的には,平成17年7月12日付けのaからbへの売買と,同月13日
付けのbから原告に対する売買であるということになる。
他方で,申請情報に記載されており,それが受理されれば登記の内容とし
て公示されることになる登記原因,すなわち「登記の原因となる事実又は法
律行為」は,平成17年7月13日付けのaから原告に対する売買であるか
ら,申請情報と登記原因証明情報に記載されている登記原因が異なることは
明らかである。
(4)したがって,本件申請において,申請情報の登記原因と登記原因証明情
報の登記原因は合致しないのであるから,法25条8号に基づき本件申請を
却下した処分行政庁の処分は適法であるということができる。
(5)なお,原告が指摘するように,旧法下においては,申請書の副本を提出
して登記申請をすることが許容されていた(旧法40条)ことから,事実上,
中間省略登記がされていた例が存したと推察されるが,そのことが,前示の
ような改正後の法の解釈に影響を及ぼすものではないことは言うまでもない。
また,第三者のためにする売買契約の売主から当該第三者への直接の所有権
移転登記の申請や,買主の地位を譲渡した場合における売主から買主の地位
の譲受人への直接の所有権移転登記の申請の場合については,それらが脱法
的にされた場合はともかく,実際にかような物権変動の原因行為が存在する
ならば,それを反映する登記がされることに問題はなく,本件のような中間
省略登記とは議論の場を異にするものである。
ところで,たしかに原告が指摘するように,最高裁判例は,一定の場合に
は中間省略登記請求権が発生することを認めていると解され,そのように実
体上の中間省略登記請求権が認められる場合があるならば,それを不動産登
記制度においても反映される仕組みがあるべきだという原告の主張,さらに
は,判決による中間省略登記が許されるのであれば,申請による中間省略登
記も許されるべきではないかという原告の主張は,いずれも立法論あるいは
研究課題として傾聴に値する興味深い視点を含むものである。しかし,物権
変動の内容を正確に反映させようという趣旨の下で改正された法の解釈論と
しては,前示のとおりであると言わざるを得ない。
2争点2(義務付け請求の当否)について
行政事件訴訟法3条6項2号の義務付けの訴えは,法令に基づく申請等を却
下し又は棄却する処分等がされた場合には,当該処分等が取り消されるべきも
の等であること(同法37条の3第1項2号)を訴訟要件としているところ,
前記のとおり,本件申請を却下した処分(本件処分)は取り消されるべきもの
とはいえないから,本件訴えのうち,本件申請の受理の義務付けを求める部分
は,上記の訴訟要件を欠き不適法である。
第4結論
以上によれば,原告の請求のうち,本件申請に基づく登記実行処分(受理)の
義務付けを求める部分は不適法であるから却下し,その余は理由がないから棄却
することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61
条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
定塚誠裁判長裁判官
古田孝夫裁判官
工藤哲郎裁判官

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