弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事実及び理由
第一 原告らの請求
一 被告は、原告Aに対し、一六万円及びこれに対する平成八年六月二九日から支
払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二日限り一
二万円を支払え。
二 被告は、原告Bに対し、一五万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年六月二九
日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二
日限り一一万五〇〇〇円を支払え。
三 被告は、原告Cに対し、一六万円及びこれに対する平成八年六月二九日から支
払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二日限り一
二万円を支払え。
四 被告は、原告Dに対し、一六万円及びこれに対する平成八年六月二九日から支
払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二日限り一
二万円を支払え。
五 被告は、原告Eに対し、一五万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年六月二九
日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二
日限り一一万五〇〇〇円を支払え。
六 被告は、原告Fに対し、八二万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年六月一七
日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
七 被告は、原告Gに対し、八二万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年六月一七
日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
八 被告は、原告Hに対し、一六万円及びこれに対する平成八年六月二九日から支
払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二日限り一
二万円を支払え。
九 被告は、原告Iに対し、一五万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年六月二九
日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二
日限り一一万五〇〇〇円を支払え。
一〇 被告は、原告Jに対し、一六万円及びこれに対する平成八年六月二九日から
支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二日限り
一二万円を支払え。
一一 被告は、原告Kに対し一六万円及びこれに対する平成八年六月二九日から支
払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二日限り一
二万円を支払え。
一二 被告は、原告Lに対し、一六万円及びこれに対する平成八年六月二九日から
支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成八年六月から終身毎月二二日限り
一二万円を支払え。
一三 被告は、原告Mに対し、平成九年一〇月から終身毎月二二日限り一一万円を
支払え。
一四 被告は、原告Nに対し、一二八万円及びこれに対する平成九年九月二日から
支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成九年八月から終身毎月二二日限り
一二万円を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、被告が、従前退職者に支給していた退職年金の額を平成八年四月分から
減額したのに対し、退職者及びその相続人である原告らが、右退職年金の額の一方
的な減額は許されないとして、被告に対し、従前支給に係る退職年金額を基準に、
未払分ないし将来分の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 被告の退職金規定によれば、被告を退職した従業員には、退職一時金の他に、
満六〇歳に達した時から退職年金(終身)が支給されることとされており、退職年
金は無拠出制である。
2 原告Aは、被告の従業員であったが、平成六年一〇月末日被告を退職した。被
告は、同原告に対し、平成六年一一月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二
万円を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払っ
ている。
3 原告Bは、被告の従業員であったが、平成五年二月末日被告を退職した。被告
は、同原告に対し、平成五年三月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一一万五
〇〇〇円を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月三万八〇〇〇円に減
額して支払っている。
4 原告Cは、被告の従業員であったが、平成七年一〇月末日被告を退職した。被
告は、同原告に対し、平成七年一一月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二
万円を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払っ
ている。
5 原告Dは、被告の従業員であったが、平成三年四月末日被告を退職した。被告
は、同原告に対し、平成六年一二月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二万
円を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払って
いる。
6 原告Eは、被告の従業員であったが、平成六年九月末日被告を退職した。被告
は、同原告に対し、同年一〇月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一一万五〇
〇〇円を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月三万八〇〇〇円に減額
して支払っている。
7 亡Oは、被告の従業員であったが、昭和五六年六月頃被告の取締役、昭和六〇
年四月幸福総合リース株式会社代表取締役に就任し、平成六年八月末日同社代表取
締役を辞任した。被告は、亡Oに対し、同年九月から平成八年三月まで、毎月二二
日限り二〇万円を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月三万五〇〇〇
円に減額して支払っている。
 亡Oは、平成九年一月二七日死亡し、原告F及び原告Gはその相続人である。
8 原告Hは、被告の従業員であったが、平成六年五月末日被告を退職した。被告
は、同原告に対し、同年六月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二万円を支
払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払っている。
9 原告Iは、被告の従業員であったが、平成六年七月末日被告を退職した。被告
は、同原告に対し、同年八月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一一万五〇〇
〇円を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月三万八〇〇〇円に減額し
て支払っている。
10 原告Jは、被告の従業員であったが、平成七年一月末日被告を退職した。被
告は、同原告に対し、同年二月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二万円を
支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払ってい
る。
11 原告Kは、被告の従業員であったが、平成六年九月末日被告を退職した。被
告は、同原告に対し、同年一〇月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二万円
を支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払ってい
る。
12 原告Lは、被告の従業員であったが、平成三年六月末日被告を退職した。被
告は、同原告に対し、同年七月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二万円を
支払ってきたが、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払ってい
る。
13 原告Mは、被告の従業員であったが、平成八年一月末日被告を退職した。被
告は、同原告に対し、同年二月、年金支給月額が三万六〇〇〇円である旨通知し
た。
14 原告Nは、被告の従業員であったが、平成七年三月末日被告を退職した。被
告は、同年四月から平成八年三月まで、毎月二二日限り一二万円を支払ってきた
が、同年四月以降は、その金額を毎月四万円に減額して支払っている。
二 原告らの主張
1 退職金規定に基づく請求(主位的主張)
(一) 明文の退職金規定に基づく請求
 被告は、退職金規定に基づき、原告F及び原告Gを除く原告ら並びに亡O(な
お、以下、便宜上「原告ら」と呼称することがある。)に対し、退職年金として、
それぞれ別表(一)「原告ら主張の額」記載の金額(以下「原告ら主張の額」とい
う。)を、毎月、終身にわたり支給する義務がある。そして、被告も、前記のとお
り、退職金規定に基づき、満六〇歳に達していなかった原告M(以下「原告M」と
いう。)を除く原告らに対し、平成八年三月まで、原告ら主張の額を毎月支払って
きた。
 乙一(退職金規定)には、原告ら主張の額に満たない金額が記載されているが、
被告は、原告ら以外の退職者に対しても、一貫して乙一に記載する年金の額を超え
る金額を支払ってきており、しかもその額は退職者の職位及び勤続年数の区分によ
って整然とランク付けがされている。したがって、被告の退職金規定の退職年金の
額は、実際に支給されている額(原告ら主張の額)に改定されていることは明らか
である。
(二) 不文の退職金規定に基づく請求
 仮に、退職金規定には、原告ら主張の額を支給する旨の明文の規定が存在しない
としても、右に述べた事情からすれば、被告には、原告ら主張の額を退職年金とし
て支給する旨の、乙一とは異なる不文の退職金規定が存在するというべきである。
被告が、これと異なる内容の就業規則を作成し、届け出ているとしても、これは、
労働基準法八九条に違反して実際の労働契約の内容とは異なった内容の就業規則を
作成し、届け出ていたに過ぎず、実際に運用されている退職年金の金額が就業規則
の内容となることは明らかである。
(三) なお、被告は、支給開始後の事情により年金額を変更することが可能であ
ると主張するが、年金額を変更することは就業規則の変更に他ならないところ、就
業規則の変更は、既に退職した従業員に対しては効力が及ばない。また、このよう
な就業規則の不利益変更は、被告の平成九年度の業務純益が七八億円に上ることを
考慮すると、何ら合理性がなく、無効である。
2 個別の合意に基づく請求(予備的主張)
(一) 入行時の合意に基づく請求
 被告は、原告らに対し、それぞれ入行した頃(退職年金制度創設前に入行した原
告らについては、制度創設の時点)、原告ら主張の年金額を退職年金として支給す
る旨の説明をしており、原告らと被告との間には、原告ら主張の額を退職年金とし
て支給する旨の明示又は黙示の合意が存在する。年金通知書(甲一ないし九)は、
その内容を確認するものである。
 したがって、被告は、原告らの同意がない限り、その金額を減額することはでき
ない。
(二) 退職時の合意に基づく請求
 被告は、原告らに対し、それぞれ退職した頃、年金通知書を交付することによ
り、原告ら主張の額を退職年金として支給することを約した。
 この年金通知書には、被告の都合により年金額の訂正、変更が可能であるかのよ
うな記載があるが、このような規定は、労働基準法二条の趣旨に反するから、効力
がない。
3 労使慣行に基づく請求(予備的主張)
 被告は、少なくとも、昭和五二年頃から平成八年三月まで、原告らを含む各退職
者に対し、乙一記載の額の三倍の退職年金を反復継続して支給してきたものである
から、原告ら退職年金受給者と被告との間において、原告ら主張の額が退職年金で
あるとの労使慣行が成立している。
 したがって、この労使慣行を一方的に不利益に変更することは許されない。
三 被告の主張
1 被告の退職年金は退職金の一部ではなく、恩恵的な福祉年金として任意に支払
われるものである。
2 被告の退職年金の金額は、退職金規定に定められた金額であり、退職金規定は
乙一以外には存在しない。退職金規定に定められているのは、別表(一)「被告主
張の額」記載の金額である。
 しかしながら、被告は、原告らを含めた退職者に対し、当初から、被告の退職金
規定に基づき算出した正規の退職年金に、被告の裁量において、一定の上積み金額
を合わせて支払ってきた。これは、被告の業績が向上したので、その利益を分配す
る趣旨で、功績のあった退職者に対し、一時的かつ任意的・恩恵的に支給していた
ものであり、これは、退職金規定に基づく退職年金ではなく、年金通知書の授受に
よって生じる被告と退職者間の定期贈与契約である。
3 年金通知書には、年金は、経済情勢及び社会保障制度などの著しい変動、又は
銀行の都合により改定することがある旨明記されており、年金額の訂正、変更権が
被告に留保されている(以下「本件訂正変更条項」という。)。
 そして、バブル崩壊、規制緩和、金融行政の変革などに伴う経営環境の悪化によ
り、被告は、平成七年度には大幅な経常損失を計上することになり、これまで恩恵
的に行っていた退職者に対する上積み金額を見直す必要に迫られ、平成八年四月か
らこの上積み金額の支払いを停止することとした。この上積み金額の不支給は、昨
今の経済情勢の激変等による被告の業績の悪化、公的年金制度の充実、同規模・同
業種の退職金制度との比較を踏まえ、従業員団体に対する説明、同意のもとで行わ
れたもので、本件訂正変更条項に基づくやむを得ないものとして、合理的理由があ
る。
4 被告の退職金規定には、社会保障制度の著しい変動や銀行の内部事情により、
年金が改定されることがある旨明記されている(二九条)。したがって、仮に、上
積み金額についても退職金規定の適用があるとされたとしても、その支給停止は、
右条項に基づく改定として、有効である。
四 争点
1 被告の退職年金は退職金の一部か否か。
2 退職金規定上、被告に原告ら主張の額の年金を支給する義務が認められるか。
3 原告らと被告との間に、原告ら主張の額を年金として終身にわたり支給する旨
の合意が成立しているか。
4 原告らと被告との間に、原告ら主張の額を退職年金とする旨の労使慣行が成立
しているか否か。
5 被告が、年金額を一方的に減額することが許されるか(本件訂正変更条項の有
効性及び年金額減額の合理性)。
第三 争点に対する当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実、証拠(甲一ないし三九(技番を含む。)、乙一な
いし二四(枝番を含む。)、二六、二八、乙二九ないし四一の各一ないし三、乙四
二、四三の一ないし三、証人P、原告A本人、原告N本人、原告D本人、原告C本
人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被告においては、昭和三七年頃、退職一時金制度に加えて退職年金制度が創設
され、退職金規定にその額及び支給方法等が定められた。
2 被告の退職金規定によれば、退職年金は無拠出制であり、勤続満二〇年以上の
退職者が満六〇歳に達したときに、本人の申出により、その翌月から、終身にわた
り毎月支給するものとされている(退職金規定第一九条ないし第二一条)。その額
は、退職金規定第二二条に規定されており、その内容は別表(二)のとおりであ
る。これによれば、原告らの退職金規定上の退職年金の額は、被告主張の額と一致
する。
3 被告の退職金規定は、昭和五三年九月一日、昭和五六年四月一日、昭和六三年
四月一日、平成二年四月一日及び平成八年四月一日に改訂されたが、退職一時金の
額には変更があったものの、退職年金の額には変更がなく、退職金規定上は、退職
年金の額は昭和三七年に制度が創設されたときから一貫して同一の金額である。
4 一方、退職年金の現実の支給額は、退職年金制度創設の当初は、個々の退職者
の事情により被告の裁量で規定額を超える金額が支給されることもあったものの、
原則として退職金規定に定める金額(以下「規定額」という。)であった。しかし
ながら、その後、被告は、低額であった公的年金を補完する意味もあって、退職者
についてほぼ一律に規定額を超える金額を退職年金として支給するようになり、昭
和五二年八月頃以降は、その額は、おおむね規定額の三倍程度となっていた。そし
て、その額は、明文の規定はなかったものの、退職者の退職時の職位及び勤続年数
によりほぼ一律に定められており、それ以外の個人の事情により額が上下すること
はなかった。原告Mを除く原告らに対し、平成八年三月まで支給されていた金額
(原告Mについては、同原告主張の額)も、原告らと同一の職位及び勤続年数の退
職者に昭和五二年八月以降現実に支給されていた金額と一致する。
 なお、被告は、年金受給者に対し、毎年、現況届を提出させてその生活状況等を
把握していた。
5 被告は、原告Mを除く原告らに対し、退職年金の支給を開始する際、個別に
「年金通知書」と題する書面を交付したが、右年金通知書の表面には、「貴殿に対
し、当行退職年金規定により次のとおり年金を支給します。」との記載の下に、原
告ら主張の額が記載されており、また、その支給期間は終身である旨明記されてい
た。また、裏面には、「年金は経済情勢及び社会保障制度などに著しい変動、又は
銀行の都合により之を改訂することがあります。」との不動文字が印刷されてい
た。なお、同様の年金通知書は、少なくとも昭和五〇年頃以降は、退職年金を支給
するすべての退職者に対し交付されていたものである。
 なお、原告らに対しては、それぞれ退職時に、別表(三)記載の退職一時金が支
払われた。
6 被告は、バブル経済崩壊後の経営環境の悪化に伴い、収益が急速に悪化し、平
成七年度には約四四億二〇〇〇万円、平成八年度には約二六一億円の当期損失を計
上した。そこで、被告は、人員削減、一部店舗の廃止、役員報酬及び賞与の削減等
の対策を講じてきたが、不良債権の償却や関連ノンバンクの支援等による損失も加
わって収益が改善しなかった。一方、退職年金の支給額が平成七年度には総額で年
間約六億五〇〇〇万円にも上ったうえに今後も増大し続けることが予想され、これ
が経営環境を圧迫することが確実視されたことから、被告は、それまで支給してき
た退職年金の支給額の減額を検討し、平成八年一月、退職年金の支給額を規定額に
減額することを決定した(以下「本件減額措置」という。)。被告は、同年二月一
日付けで、原告らを含む退職年金受給者計五七八名に対し、社長名で、同年四月一
日から退職年金の支給額を規定額に戻す旨通知し、同年二月五日付けで、同月一五
日までに退職年金の額が規定額である旨の確認書を返送するように求めた。これに
対し、五六六名が異議をとどめることなく確認書を返送したが、原告A、原告C、
原告H及び原告Kを含む五名の退職者が明確に拒絶の意思表示をした。
7 さらに、被告は、支店長、支店次長等及び労働者代表の行員に対し、以後規定
額を超える部分の年金は支給しないこととする旨説明し、後日右労働者代表一二八
名全員の同意書が提出された。
二 以上の事実に基づいて、各争点について検討する。
1 被告の退職年金の法的性質について(争点1、2)
(一) 前記認定の事実によれば、被告の退職年金は、就業規則としての性質を有
する退職金規定に明文で定められ、一定の基準に従って全従業員について一律に支
給されるものであるから、労働契約上被告に支払義務のある退職金の一部であるこ
とが認められる(したがって、これが恩恵的な福祉年金として任意に支払われるも
のであるとの被告の主張は採用できない。)。しかしながら、退職金規定によれ
ば、原告らの各退職年金の額は、それぞれ被告主張の額と同一額となるので、退職
金規定によって被告に支払義務があるのは、右被告主張の額(規定額)にとどまる
のであって、原告ら主張の額の退職年金の支給が退職金規定によって根拠付けられ
るとする原告らの主張は理由がない。
 この点につき、原告らは、被告の退職金規定の退職年金の額が原告ら主張の額に
変更されたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、乙一ない
し六(枝番を含む。)によれば、そのような変更はされていないことが認められ
る。確かに、被告が原告らに交付した年金通知書(甲一ないし九、一九)には、
「貴殿に対し、当行退職年金規定により次のとおり年金を支給します。」と記載さ
れ、その下に原告ら主張の額が記入されているが、これは、退職年金の支給自体は
退職金規定に基づくものであることを示したものに過ぎないと考えられ、これによ
って、直ちに原告ら主張の額を支給することが退職金規定に根拠を有するものであ
ると認めることはできない(なお、右通知書に退職年金規定とあるのは、退職金規
定の単純な誤りであると考えられる。)。また、原告らは、仮に退職金規定が明文
上は変更されていなくとも、被告が原告ら主張の額の退職年金を支給し続けていた
ことから、不文の退職金規定(又は退職年金規定)が存在したとも主張するが、就
業規則は、成文化されない限りその効力を認めることができないというべきであっ
て、原告ら主張の額の退職年金が現実に支給されていたことによりそれが労使慣行
として労働契約の内容になることがあるのは格別、不文の就業規則という概念を認
めることはできないので、原告らの右主張は理由がない。
(二) このように、被告の退職年金(ただし、規定額の範囲内に限る。)は、退
職金規定に根拠を有し、労働契約上その支払が義務づけられるものではあるが、被
告においては、退職年金と併せて退職一時金も支給され、その額は、他の同業、同
規模の会社と比較して特に低額ではなかったこと(乙二三、証人P)、退職年金の
支給、退職年金の支給期間が終身とされているうえに、年金受給中に死亡した退職
者の配偶者にもその半額が支給されるものとされていること等を勘案すれば、被告
の退職年金は、賃金の後払い的性格は希薄であって、主として功労報償的性格の強
いものであるというべきである。
2 原告ら主張の額の退職年金を支給する旨の合意又は労使慣行の成否及び本件訂
正変更条項の有効性について(争点3ないし5)
(一) 原告らは、原告らと被告との間で、個別に、入行時(退職年金制度創設前
に入行した原告らについては退職年金制度創設時)又は退職時(年金通知書の交付
時)に、原告ら主張の額の退職年金を終身にわたり支給するとの内容の合意が成立
した旨主張する。
 しかしながら、まず、入行時又は退職年金制度創設時にそのような合意が成立し
たことを認めるに足りる証拠は存在しない。原告ら本人(A、N、D、C)の供述
及び原告らの陳述書(甲二七ないし三〇、三二ないし三四、三六ないし三八)によ
っても、原告らは、退職時又はその直前まで、退職年金の支給額が幾らであるのか
確定的には知らなかったことが明らかである。
 一方、前記認定の事実によれば、被告は、原告Mを除く原告らに対し、退職後年
金通知書を交付することによって、右年金通知書に記載された金額(原告ら主張の
額)の退職年金を終身にわたり支給する旨約したというべきであるから、右年金通
知書の交付時に、被告と原告Mを除く原告らとの間に、原告ら主張の額を退職年金
として支給する旨の個別の合意が成立したというべきである(なお、原告Mについ
ては、年金通知書が交付されたことを認めることができないから、右合意の成立は
認められない。)。もっとも、右年金通知書には、前記のとおり、「年金は経済情
勢及び社会保障制度などに著しい変動、又は銀行の都合により之を改訂することが
あります。」と明記されており(本件訂正変更条項)、証拠(乙二六、原告A本
人、原告N本人、原告D本人、原告C本人)によれば、原告らは、いずれも、本件
訂正変更条項が存在することを認識したうえで退職年金の受給を開始したことが認
められるから、右合意においては、退職金の支給開始後に、社会情勢や社会保障制
度の著しい変動や被告銀行の都合により、被告においてその支給額を改定すること
ができることが当然の前提とされていたものと認められる。そして、被告の退職年
金は、前記のとおり、もともと功労報償的性格が強いものであるうえに、規定額を
超える部分(以下「上積支給部分」という。)は、退職金規定上支払義務のないも
のであり、恩恵給付的性格の強いものであると考えられることに鑑みると、このよ
うな訂正変更条項も有効であると解すべきである(もっとも、右条項によって退職
年金の額を規定額以下に減額することは、退職金規定自体を変更しない限り許され
ないものと考えられる。)。
 もっとも、前記認定のとおり、被告においては、約二〇年近くもの間、退職者に
対し、原告ら主張の額が現実に退職年金として支給されていたことを考慮すると、
退職者のその支給に対する期待も大きかったものと考えられるから、文字通り被告
の都合により年金額を自由に改訂できると解するのは相当でなく、退職年金の減額
は、年金通知書に経済情勢及び社会保障制度などに著しい変動があった場合が例示
されていることに鑑み、これらの事情又はこれに準ずるような一定の合理性及び必
要性が認められる場合にのみ許されると解すべきであり、そのような合理性及び必
要性がないにもかかわらず恣意的に行った減額は、権利の濫用として、無効となる
というべきである。
 そして、前記認定のとおり、被告は、バブル経済崩壊後、経営が著しく悪化し、
人員削減、店舗の削減並びに役員報酬及び賞与の切り下げ等の対策を講じていたに
もかかわらず二年連続で損失を計上せざるを得なかったこと、これに対し、退職年
金はその受給者の増加により年々支払総額が急増し、経営を圧迫することが確実に
予想されたことを考慮すると、被告による本件減額措置には、一定の合理性及び必
要性が認められ、また、退職年金の受給権者五七八名中五六六名が右減額措置に対
し異議を述べていないことをも考慮すると、右減額措置が権利の濫用に当たるとは
いえない。
(二) 原告らは、さらに、原告ら主張の額を退職年金として支給することは、労
使慣行になっており、本件減額措置は、労使慣行を一方的に不利益に変更するもの
であって許されないと主張する。
 確かに、前記認定の事実によれば、被告においては、昭和三七年四月に退職年金
制度が創設されて以来、退職金規定において定められた年金の額(規定額)は現在
に至るまで変化がないものの、遅くとも昭和五二年八月以降は、規定額の三倍程度
の年金を支給するのが慣行となっており、右慣行は、すべての退職者について一律
に適用されてきたもので、その金額も退職者の退職時の職位及び勤続年数によって
一律に定まるものであったこと、原告Mを除く原告らが平成八年三月まで受け取っ
ていた年金の額(原告Mについては、同原告主張の額)は、右慣行に従って計算さ
れた金額と一致することが認められるのであって、これらの事実によれば、被告に
おいて支給されていた退職年金は、上積支給部分についても、これが各退職者との
間の個別の合意のみに基づき全く任意に支給されていたものとはいい切れないとい
うべきであり、原告らと被告との間で、退職年金として原告ら主張の額を支給する
旨の労使慣行が成立していたと見る余地がある(なお、証拠(乙二九ないし四一の
各一ないし三)によれば、退職年金の支給は退職者ごとに個別の稟議によって確定
されていたことが認められるけれども、仮に一定の基準があったとしても稟議を経
ることは何ら不自然ではないし、かえって、右証拠によれば、退職年金の支給額を
決定するに際して退職者の個別事情が考慮された形跡はなく、退職時の職位及び勤
続年数によって一律に退職年金の支給額が決定されていたことが伺われるから、右
事実は労使慣行の成立を否定するものではない。)。
 しかしながら、退職年金の受給権を有する退職者に対し、一貫して交付されてき
た年金通知書には、本件訂正変更条項が明記されていたのであるから、右労使慣行
においても、退職金の支給開始後に、社会情勢や社会保障制度の著しい変動や被告
銀行の都合により、被告においてその支給額を改定し得ることが当然の前提とされ
ていたものと認められる。このことは、被告が、年金受給者に対し、毎年、現況届
を提出させてその生活状況等を把握していたこと、本件減額措置に対し、大部分の
退職者が異議を述べていないことからも裏付けられるところである。そして、前述
した被告における退職年金の性格に鑑みると、このような留保を付した労使慣行の
有効性及びその解釈については、前記(一)に述べたところが等しく当てはまると
いうべきであり、結局のところ、被告の本件減額措置は、労使慣行において被告に
留保されていた権限を行使したもので、その行使には一定の合理性及び必要性が認
められるのであるから、これが労使慣行の不利益変更に当たり許されないとする原
告らの主張は理由がない。
三 以上のとおり、原告らと被告との間では、原告ら主張の額を退職年金として支
給する旨の合意ないしは労使慣行が存在したと認められるものの、右合意ないし労
使慣行においては、退職年金支給開始後に、被告においてその額を減額することが
できることが当然の前提とされており、被告の本件減額措置も右被告に留保された
権限を行使してなされたものであるところ、その権限の行使には一定の合理性ない
し必要性が認められるのであるから、本件減額措置は有効である。
 したがって、原告らの主張はいずれも理由がないので、棄却することとする。
(裁判官 中路義彦 谷口安史 仙波啓孝)
<81323-001>
<81323-002>
<81323-003>

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