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平成15年(行ケ)第590号 審決取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成16年11月25日
            判        決
     原       告   ボールドウィン グラフィック シス
テムズ インコーポレイテッド
     同訴訟代理人弁護士      中元紘一郎
     同              城山康文
     同              武智克典
     同     弁理士      武石靖彦
     被       告      ニッカ株式会社
     同訴訟代理人弁護士      又市義男
     同              南かおり
     同     弁理士      村上友一
            主        文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期
間を30日と定める。
            事実及び理由
第1 請求
 特許庁が、無効2001-35183号事件について、平成15年9月22
日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実
(1) 原告は、発明の名称を「包装され、含浸されたクリーニングファブリック
およびその製造方法」とする特許第2673339号(平成6年5月31日出願(パ
リ条約による優先権主張1993年10月29日、米国)、平成9年7月18日設
定登録)の特許権(以下「本件特許」という。)を有している。
  被告は、本件特許の請求項1ないし26に係る特許について、平成13年
4月25日に特許無効審判を請求したところ、特許庁は、同請求を無効2001-
35183号事件として審理した(原告は、平成15年6月27日に訂正請求を行
った。以下「本件訂正」という。)結果、平成15年9月22日、「訂正を認め
る。特許第2673339号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。」
との審決(出訴期間として90日が附加されている。以下「本件審決」という。)
をし、その謄本は、同年10月2日、原告に送達された。
(2) 本件訂正により訂正された本件特許に係る発明(請求項が、22項に減縮
された。以下、まとめて「本件発明」といい、請求項ごとに「訂正発明1」ないし
「訂正発明22」という。)の要旨は、本件審決に記載された、以下のとおりであ
る。
【請求項1】印刷機のシリンダのクリーニングに使用する包装され、含浸され
たクリーニングファブリックであって、(1)細長いコアのまわりに巻き付けら
れ、低揮発性溶剤が平衡状態で含浸されたファブリックロールと、(2)前記ファ
ブリックロールのまわりを、これに含浸された溶剤の分布状態が実質上乱れないよ
うに、これを気密に包囲し、これに緊密に直接接触する熱シールされたプラスチッ
クスリーブとからなり、使用前、含浸されたファブリックロールを垂直および水平
に搬送し、保管することができ且つ前記ファブリックのクリーニング力が損なわれ
ないようにしたことを特徴とする包装され、含浸されたクリーニングファブリッ
ク。
【請求項2】前記ファブリックは、布帛ファブリックであることを特徴とする
請求項1に記載の包装され、含浸されたクリーニングファブリック。
【請求項3】前記布帛は、合成繊維材料・天然繊維材料の何れか又はこれら繊
維材料の混合物であることを特徴とする請求項2に記載の包装され、含浸されたク
リーニングファブリック。
【請求項4】前記ファブリックは、紙ファブリックであることを特徴とする請
求項1に記載の包装され、含浸されたクリーニングファブリック。
【請求項5】前記低揮発性溶剤は、およそゼロからおよそ30パーセントの範
囲の、揮発性をもつベジタブル油および柑橘類油から選定された容易に蒸発しない
少なくとも1つの有機溶剤化合物からなることを特徴とする請求項1に記載の包装
され、含浸されたクリーニングファブリック。
【請求項6】前記低揮発性溶剤は、ミネラルエキスおよび脂肪族炭化水素溶剤
から選定された少なくとも1つの有機化合物からなることを特徴とする請求項1に
記載の包装され、含浸されたクリーニングファブリック。
【請求項7】前記ファブリックロールをシールするスリーブは、ポリエチレ
ン・ポリオレフィン・ポリビニルクロライドおよびポリアミドから選定される熱シ
ール性プラスチック材料で構成されることを特徴とする請求項1に記載の包装さ
れ、含浸されたクリーニングファブリック。
【請求項8】前記ファブリックロールをシールするスリーブは、熱収縮性のも
ので、熱シールおよび熱収縮性ポリエチレン、熱シールおよび熱収縮性ポリオレフ
ィン、熱シールおよび熱収縮性ポリビニルクロライドおよび熱収縮性ポリアミドか
ら選定されたプラスチック材料で構成されることを特徴とする請求項1に記載の包
装され、含浸されたクリーニングファブリック。
【請求項9】コアが少なくとも一端に開口を有する細長い円筒状のコアであっ
て、このコアに印刷装置などのシャフトを収容するボールベアリングなどの係合手
段を備えたことを特徴とする請求項1に記載の包装され、含浸されたクリーニング
ファブリック。
【請求項10】印刷機のシリンダのクリーニングに使用する包装され、含浸さ
れたクリーニングファブリックであって、(1)細長いコアのまわりに巻き付けら
れ、低揮発性溶剤が平衡状態で含浸されたファブリックロールと、(2)このコア
ーが少くとも一端に開口を有するコアーであつて、その開口部に前記ファブリック
ロールの外周エッジを越えてのびるエンドキャップが設けられ、(3)前記ファブ
リックロールの外周およびエンドキャップの外縁を、ファブリックロールに含浸さ
れた溶剤の分布状態が実質上乱れないように、気密に包囲し、ファブリックロール
に緊密に直接接触する熱シールされたプラスチックスリーブとからなり、使用前、
含浸されたファブリックロールを垂直および水平に搬送し、保管することができ且
つ前記ファブリックのクリーニング力が損なわれないようにしたことを特徴とする
包装され、含浸されたクリーニングファブリック。
【請求項11】クリーニングファブリックのストリップを周囲温度および圧力
で容易に蒸発しない低揮発性溶剤と接触させ、このファブリックに前記溶剤を含浸
またはしみ込ませた後、このファブリックを細長いコアのまわりに巻きつけてロー
ルを形成し、このロールの回りにシール可能なスリーブを配置し、このスリーブに
真空作用を受けさせることにより、このスリーブをファブリックロールに緊密に直
接接触させ、ファブリックロールに含浸された溶剤の分布状態が実質上乱れないよ
うにシールすることにより、予め溶剤が含浸されたファブリックロールを、使用
前、垂直および水平に搬送および保管しても、そのクリーニング力が損なわれない
ことを特徴とする包装され、含浸されたクリーニングファブリックを製造する方
法。
【請求項12】クリーニングファブリックのストリップを周囲温度および圧力
で容易に蒸発しない低揮発性有機化合物溶剤と接触させ、前記ファブリックに前記
溶剤を含浸させ、前記溶剤が平衡状態で含浸されたファブリックを得、この含浸さ
れたファブリックを細長いコアのまわりに巻き、ロールを形成し、熱シール性プラ
スチックスリーブをこのファブリックロールのまわりに配置し、このスリーブに真
空作用を受けさせることにより、ファブリックロールに緊密に直接接触させ、前記
プラスチックスリーブに十分高い温度を受けさせ、前記プラスチックスリーブをフ
ァブリックロールのまわりで熱シールして、このファブリックロールをその溶剤の
分布状態が実質上乱れないように包囲することにより、使用前、溶剤が含浸された
ファブリックロールを垂直および水平に搬送および保管しても、前記ファブリック
ロールのクリーニング力が損なわれないことを特徴とする包装され、含浸されたク
リーニングファブリックを製造する方法。
【請求項13】クリーニングファブリックのストリップを細長いコアのまわり
に巻きつけてロールを形成した後、これを周囲温度および圧力で容易に蒸発しない
低揮発性溶剤と接触させ、このファブリックに前記溶剤を含浸またはしみ込ませ、
その後このファブリックロールの回りにシール可能なスリーブを配置し、このスリ
ーブに真空作用を受けさせることにより、このスリーブをファブリックロールに緊
密に直接接触させ、ファブリックロールに含浸された溶剤の分布状態が実質上乱れ
ないようにシールすることにより、予め溶剤が含浸されたファブリックロールを、
使用前、垂直および水平に搬送および保管しても、そのクリーニング力が損なわれ
ないことを特徴とする包装され、含浸されたクリーニングファブリックを製造する
方法。
【請求項14】クリーニングファブリックのストリップを細長いコアのまわり
に巻きつけてロールを形成した後、これを周囲温度および圧力で容易に蒸発しない
低揮発性有機化合物溶剤と接触させ、このファブリックに前記溶剤を含浸させ、前
記溶剤が平衡状態で含浸されたファブリックロールを得、熱シール性プラスチック
スリーブをこのファブリックロールのまわりに配置し、このスリーブに真空作用を
受けさせることにより、ファブリックロールに緊密に直接接触させ、前記プラスチ
ックスリーブに十分高い温度を受けさせ、前記プラスチックスリーブをファブリッ
クロールのまわりで熱シールして、ファブリックロールをその溶剤の分布状態が実
質上乱れないように包囲することにより、使用前、溶剤が含浸されたファブリック
ロールを垂直および水平に搬送および保管しても、前記ファブリックロールのクリ
ーニング力が損なわれないことを特徴とする包装され、含浸されたクリーニングフ
ァブリックを製造する方法。
【請求項15】巻かれたファブリックロールをプラスチックスリーブ内に配置
した後これをシールする前に、このプラスチックスリーブに真空作用を受けさせこ
れを、ファブリックロールに緊密に接触させることを特徴とする請求項11,1
2,13または14の何れかに記載の包装され、含浸されたクリーニングファブリ
ックを製造する方法。
【請求項16】コアに少なくとも一端に開口を有する円筒状コアを採用し、巻
かれたファブリックロールをプラスチックスリーブ内に配置する前に、エンドキャ
ップを前記円筒状コアの開口端に装着することを特徴とする請求項11,12,1
3または14の何れかに記載の包装され、含浸されたクリーニングファブリックを
製造する方法。
【請求項17】クリーニングファブリックを溶剤と接触させる手段が、周囲温
度および圧力の下で低揮発性溶剤に沈漬する方法であることを特徴とする請求項1
1,12,13または14の何れかに記載の包装され、含浸されたクリーニングフ
ァブリックを製造する方法。
【請求項18】熱シール性プラスチックスリーブが熱シール性および熱収縮性
のものであることを特徴とする請求項12または14の何れかに記載の包装され、
含浸されたクリーニングファブリックを製造する方法。
【請求項19】プラスチックスリーブのシール温度をおよそ142℃から18
9℃の温度範囲に選定することを特徴とする請求項12または14の何れかに記載
の包装され、含浸されたクリーニングファブリックを製造する方法。
【請求項20】印刷機のシリンダのクリーニングファブリックにおいて、
(1)コアのまわりに配置され、低揮発性有機溶剤が平衡状態で含浸されたファブ
リックロールと、(2)前記ファブリックロールのまわりに配置され、これに含浸
された溶剤の分布状態が実質上乱れないように、これを気密に包囲し、これに緊密
に直接接触するシールされたスリーブとからなり、これによってファブリックロー
ルを使用するまでは、この溶剤が含浸されたファブリックロールを、その溶剤の分
布状態が乱れずファブリックのクリーニング力に有害作用が生じない状態でこれを
垂直・水平に搬送および保管することができ、これを使用するときは、前記シール
されたスリーブがファブリックロールから開放または取り除かれ、前記予め含浸さ
れたクリーニングファブリックを、クリーニングすべきシリンダの近辺に位置決め
するための手段に取り付け得るようにしたことを特徴とする包装され、含浸された
クリーニングファブリック。
【請求項21】請求項20に記載の包装され、含浸されたクリーニングファブ
リックを含み、このファブリックを使用するとき、前記シールされたスリーブをフ
ァブリックロールから開放または取り除き、これをクリーニングすべきシリンダ近
辺に、その作動を実行し得るように配置する手段を併せ有することを特徴とするク
リーニングシステム。
【請求項22】ファブリックロールを配置する手段が、ファブリックがシリン
ダと接触し送られる間、このファブリックをシリンダのクリーニングが可能な位置
に載置する手段であることを特徴とする請求項21に記載のクリーニングシステ
ム。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本件発明が、刊行物1(特開
平2-11329号公報、甲1)、刊行物2(実願昭63-20525号(実開平
1-127762号)のマイクロフィルム、甲2)、刊行物3(実願平3-432
70号(実開平4-126855号)のマイクロフィルム、甲3)、刊行物4(特
開平2-8055号公報、甲4)、刊行物5(特開昭48-23503号公報、甲
5)、刊行物6(特公昭56-1230号公報、甲6)、刊行物7(特公昭51-
49242号公報、甲7)、刊行物8(特開平3-1952号公報、甲8)及び刊
行物9(実願平3-17623号(実開平4-113960号)のマイクロフィル
ム、甲9)に記載された発明(以下「刊行物発明1」ないし「刊行物発明9」とい
う。)並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもので
あり、本件発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたもので
あるから、同法123条1項2号の規定に該当し、無効とすべきであるとした。
 2 原告主張の本件審決の取消事由の要点
 本件審決は、刊行物発明1、2及び9の認定を誤り(取消事由1、2)、こ
れらの刊行物発明の組合せの容易性についての判断も誤った(取消事由3)もので
あるから、これらの刊行物発明に基づいて容易に発明をすることができたとされる
本件発明全て(訂正発明1~22)の進歩性の判断が誤りであるとともに、訂正発
明1、4及び10についての進歩性の判断も誤った(取消事由4、5、6)もので
あるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 刊行物発明1についての認定の誤り(取消事由1)
ア 本件審決が、刊行物発明1について、「洗浄液として低揮発性溶剤を用
いる点が記載されている」(15頁)と認定したことは、誤りである。
  すなわち、刊行物1(甲1)には、洗浄溶剤の揮発性に関して、「いず
れの場合も、前記洗浄布に含浸させる洗浄液は、例えばジエチレングリコール90
部およびポリエチレングリコール10部の混合液を採用できる」(2頁左下欄)」
と記載されているが、この混合液が低揮発性溶剤であるか否かについては、全く記
載されていない。
イ 本件発明において、「低揮発性溶剤」とは、およそゼロから30パーセ
ントの範囲の揮発性を有し、この揮発性は、ルーチン試験方法で測定されるもので
ある(甲15【0024】)。本件特許の出願時、業界において溶剤の揮発性を測
定するために一般に行われていたルーチン試験方法は、「ASTM測定法」(甲1
6)であり、前記ゼロから30パーセントの範囲の揮発性という数値は、このAS
TM測定法に基づくものであることが明らかである。
  これに対し、刊行物1の混合液の揮発性について、ASTM測定法によ
れば、混合液の90部を構成するジエチレングリコールの揮発性が約63パーセン
トであり、混合液の10部を構成するポリエチレングリコールの揮発性が約0.6
パーセントであるから、混合液の揮発性は、約57パーセント程度ではないかと考
えられる。
  現に、刊行物発明1においては、洗浄液について揮発性が相当程度認め
られるために洗浄液が蒸散することを想定し、蒸散を防止するために、洗浄液を含
浸させた洗浄布を筒状のケースに収納してカセット化するか、通気性がなくごく薄
いフィルムをラミネート(重ねて貼り合わせること)することとされているのであ
る(2頁左下欄、3頁左下欄)。
  なお、本件特許出願時において、低揮発性溶剤の使用については、否定
的な見解が一般的であり(甲20)、シリンダーを洗浄するための洗浄溶剤として
低揮発性溶剤を使用することは、当業者においておよそ想到困難なことである。
(2) 刊行物発明2及び9についての認定の誤り(取消事由2)
ア 本件審決が、刊行物発明2について、「刊行物2には、包装材(2)内
を真空にする点が記載されていることから、その真空作用により、包装体と収容物
とが緊密に直接接触することは当然である」(16頁)と認定判断したことは、あ
たかも包装体とインクリボンとが緊密に直接接触するかのような認定であって、誤
りである。
  確かに、刊行物2(甲2)には、「インクリボン(R)若しくはインク
リボンカートリッジ(C)を気密状態で包装」すると記載されている(1頁)。こ
のインクリボンとは、一般に、薄いテープを液状インクにより着色し、その液状イ
ンクを固化させた上で、ロール状に巻いたものをいう。そして、プリンタ等の記録
装置においては、プリンタによる衝撃によりインクリボンに塗布された薄い固形イ
ンクを紙などの被転写体に転写記録させる方法、又はインクリボンに塗布された薄
い固形インクをサーマルヘッド(発熱抵抗体)で加熱軟化させ、紙などに転写記録
させる方法等により、その印刷が行われることとなる(甲18)。このような、記
録装置におけるインクリボンを利用した印刷を適切に行うためには、そのインクリ
ボンのテープを平たく滑らかな状態で保管することが必要不可欠である。しかし、
インクリボンを直接、熱収縮性フィルム等の包装体でシュリンクさせて包装をし、
保管することとすると、フィルムの収縮力により、インクリボンの薄いテープを平
たく滑らかな状態で保管することができなくなってしまう。
  それゆえ、当業者にとっては、刊行物発明2を実施するに当たって、イ
ンクリボンを専用のインクリボンカートリッジ又は紙製ケースで収納した上で、そ
のインクリボンカートリッジ又は紙製ケースごと包装体で包装するのが一般的な常
識であり、インクリボンを直接、包装体で包装し保管することは、実施不可能であ
る。現に、刊行物発明2の実施例(8頁)としては、インクリボンを備えたインク
リボンカートリッジを包装材で包装するか、又は交換用インクリボンを収納した紙
ケースのみを包装材で包装するとの記載がされているだけである。
イ 本件審決が、刊行物発明9について、「供給用コアにロール状に巻き取
ってあるインクフィルム1の遊端部を粘着テープ等で仮止めしてあるタイプのイン
クフィルムロール全体を熱収縮性フィルムにて密着包装してあるインクフィルム包
装体が記載されている」(15頁)と認定判断したことも、あたかも包装体とイン
クリボンとが緊密に直接接触するかのような認定であって、誤りである。
  すなわち、刊行物9(甲9)においては、インクフィルムロール全体を
熱収縮性フィルムで包装するに当たり、まずインクフィルムロール全体を「ロール
状に包み込む帯状の緩衝材」で包み込むこととしているのであり、ロール状の帯状
物について、直接真空作用を施して包装材に密着包装させることとはしていない。
つまり、刊行物9の請求項には、いずれもインクフィルムロールを緩衝材で帯状に
包み込んだ上で、熱収縮性フィルムで密着包装すると記載されているのであって
(2頁)、インクフィルムロールを、直接、熱収縮性フィルムによって密着包装す
ることとはされていないのである。
(3) 刊行物発明の組合せ容易性についての判断誤り(取消事由3)
  本件審決は、刊行物発明1、2及び9の組合せの容易性についての判断
を、以下のとおり誤っており、その結果、本件発明の進歩性の判断を誤っている。
ア 本件審決は、上記いずれの刊行物発明も同じ印刷装置に関するもので
あるとして、これらを組み合わせる動機付けがあると説示する(15~16頁)。
しかし、印刷装置には、オフィス事務機としてのワープロやパソコンに接続して使
用するプリンタのようなものから、新聞や広告等を迅速かつ大量に印刷することが
可能な印刷の専門業者が使用する、オフセット印刷機(凹凸のない平らな版の上に
科学的にインクのなじみやすい部分を作り、水とインクとの相性の悪さを利用して
インクを転写させる方法による印刷装置)やグラビア印刷機(凹状のグラビア版全
体にインクをつけた後、ドクターと呼ばれる薄い鋼鉄の歯でこすって余分なインク
を掻き落とし、窪みに残ったインクを印刷素材に転移させる方法による印刷装置)
などの大型印刷機に至るまで、印刷機の種類自体が多種多様である。そして、これ
らの印刷機は極めて多くの部品により構成されており(甲19)、印刷装置に関す
るものであることをもって、直ちに同一の技術的課題に基づく発明であると判断す
ることができないのは明らかである。
  そこで、上記刊行物発明の技術的課題について検討してみるに、ま
ず、刊行物発明1の技術的課題は、印刷機のシリンダ外周面を洗浄するための洗浄
装置に関し、その装置を簡略化しようとする点にある。これに対し、刊行物発明2
の技術的課題は、プリンタ等の記録装置のインクリボンについて、長期間保管して
もそのインクが劣化することがないようにする点にあり、また、刊行物発明9の技
術的課題は、衝撃や湿気及び挨からインクフィルムを保護するための包装を、より
簡易にかつ安価にすることができるようにする点にあり、いずれの刊行物発明も装
置を簡略化させるという視点はないから、刊行物発明1の技術的課題とは、全く異
なる。
イ さらに、そもそも、刊行物発明1は、オフセット印刷機やグラビア印
刷機などの、いわゆる大型印刷機のシリンダの外周面を洗浄するための洗浄布に利
用されることが想定されている(甲1、2頁左上欄)。これに対し、刊行物発明2
及び9は、ワープロ等オフィス事務機のプリンタの記録装置に利用されるインクリ
ボンやインクフィルムについて利用されることが想定されており(甲2、2頁、甲
9、4頁)、刊行物発明1とは、その利用されるべき分野も全く異なる。
  以上によれば、刊行物発明1と刊行物発明2又は9とを組み合わせる
動機付けは、当業者においてもなかったことが明らかである。
(4) 訂正発明1の進歩性についての判断誤り(取消事由4)
  本件審決が、訂正発明1について、「刊行物1、刊行物2、刊行物9に
記載された発明および周知技術に基づいて、当業者が容易に想到することができた
ものである」(16頁)と判断したことは、誤りである。
  すなわち、訂正発明1におけるファブリックロールには、流動性がある
洗浄溶剤が含浸されており、これを水平又は垂直に置いた場合には、いずれの場合
であっても、重力により洗浄溶剤がファブリックロールの底辺に移行してしまうこ
とになる。そこで、ファブリックロールを垂直及び水平に搬送及び保管しても、含
浸された洗浄溶剤の分布状態が実質上乱れないようにするため、訂正発明1におい
ては、洗浄溶剤を含浸しているファブリックロールについて、緊密に直接接触する
熱シールされたプラスチックスリーブで気密包装しなければならないこととしてい
るのである。
  これに対し、刊行物発明2及び9は、インクリボン及びインクフィルム
に関するものであり、インクリボン等の薄いテープ上には、染料にて着色されたイ
ンクが含有されているが、そのインクは固化されているため、これを水平又は垂直
に搬送及び保管しても、重力によってインクがインクリボン等の底辺に移行するな
どしてインクの分布状態が変動を来すということは考えられない。それゆえ、長期
間の搬送及び保管を行ってもインクリボン等のテープ上におけるインクの分布状態
を平衡に保つことができるようにするための手当てについて、検討する必要すら生
じないのである。
  以上によれば、刊行物発明2及び9からは、本件発明の課題(溶剤の分
布状態を実質上乱さないこと)につながるものが全く示唆されておらず、また、刊
行物発明1が低揮発性溶剤の使用を開示していないことは、前示のとおりであるか
ら、これらの公知技術の組合せは、容易推考といえず、仮に組み合わせたとして
も、訂正発明1に至るものではない。
(5) 訂正発明4の進歩性についての判断誤り(取消事由5)
  本件審決が、訂正発明4について、刊行物5及び6の記載を根拠とし
て、「ファブリックを紙ファブリックとすることは、当業者が容易に想到し得るこ
とである」(16頁)と判断した上、「刊行物1、刊行物2、刊行物9、刊行物
5、刊行物6に記載された発明および周知技術に基づいて、当業者が容易に想到す
ることができたものである」(同頁)と判断したことは、いずれも誤りである。
  すなわち、刊行物5(甲5)には、印刷装置の印刷円胴の洗浄装置につ
いて、洗浄紙をロール状に使用することが予定されている(3頁左上欄~右上欄)
が、この刊行物発明5の洗浄紙は、使用される直前に洗浄溶剤に含浸させることが
想定されているのであって、洗浄溶剤を含浸した状態で、長期間にわたり保管又は
搬送することを想定していないから、このような洗浄紙に要求される強度は、訂正
発明4における紙ファブリックに要求される強度よりも弱いもので足りるのであ
る。また、刊行物発明6においても、洗浄紙は、ロール状に使用されておらず、1
枚ずつ、印刷装置のブランケット胴と圧胴との問に挿入して使用することとしてい
る(甲6、1頁2欄)。そもそも、紙ファブリックについて、洗浄液に含浸させた
状態でロール状に使用するために必要な強度(耐水性)を確保しつつ、洗浄溶剤を
含浸することを可能にすること(保溶液性)は、技術的に極めて困難であり、この
ことは、本件特許の出願当時、当業者の間では常識であった。
  以上によれば、刊行物発明1、2、5、6及び9が公知であったとして
も、刊行物発明5及び6に基づいて、ファブリックを紙ファブリックとすること
は、当業者が容易に想到し得なかったことである。
(6) 訂正発明10の進歩性についての判断誤り(取消事由6)
  本件審決が、訂正発明10について、「刊行物1の・・・フランジは訂
正発明10のエンドキャップに相当する」(17頁)と認定した上、「刊行物1、
刊行物2、刊行物9に記載された発明および周知技術に基づいて、当業者が容易に
想到することができたものである」(18頁)と判断したことは、いずれも誤りで
ある。
  すなわち、訂正発明10における「エンドキャップ」は、①洗浄布ファ
ブリックに洗浄液を含浸する際に、コア(紙管)の中に洗浄液が浸入するのを防ぐ
こと、②洗浄布ファブリックをプラスチックスリーブに入れて真空引きする際に、
真空度が高まり、プラスチックスリーブがコアの中に引きずり込まれてしまい破損
してしまうことを防ぐこと及び③洗浄布ロールの端面から洗浄液が流出し、周囲が
濡れてしまうのをのを防ぐことを目的とするものである。
  これに対し、刊行物発明1の「フランジ」は、洗浄溶剤の蒸散を防止す
ることのみを目的として設けられるものである(甲1、3頁右上欄)。
  以上によれば、刊行物発明1、2及び9が公知であったとしても、エン
ドキャップの使用は、刊行物発明1に開示されておらず、かつ、周知ではなかった
のであるから、これらの公知技術の組合せは、容易推考といえず、仮に組み合わせ
たとしても、訂正発明10に至るものではない。
 3 被告の反論の要点
  本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由が
ない。
(1) 取消事由1について
ア 原告は、本件特許に係る明細書(甲15、以下「本件明細書」とい
う。)の「発明の背景」の項において(4頁7欄)、従来技術である米国特許第5
009716号明細書には「低揮発性有機化合物からなるインキ除去洗浄方式」が
示されているとして、低揮発性溶剤がシリンダーの洗浄溶剤として既に公知のもの
であったことを自認している。そして、上記米国特許明細書には、VOCが極度に
低く実質的にゼロ・パーセントの溶剤が示されている(乙1)。
  このように、本件特許出願時において自ら低揮発性溶剤は公知のもので
あったとしながら、本件訴訟において一転して低揮発性溶剤は公知のものでなかっ
たとする原告の主張は、およそ失当である。
イ 従来の印刷機のシリンダーの洗浄装置では、洗浄布への洗浄液の供給装
置が使用されていたところ、当該洗浄液の供給装置においては、洗浄布がシリンダ
ーを洗浄する直前に当該装置から洗浄液を洗浄布に吹きかけ、洗浄布に洗浄液を含
浸させ洗浄を行うものであることから、当該洗浄液は高揮発性のものが望ましいと
されていたものである。洗浄したシリンダーを印刷のために再度使用するには、洗
浄後の洗浄液が揮発等により除去され又は乾燥している必要があるからである。
  これに対して、刊行物発明1は、洗浄布への洗浄液の供給装置を取り除
き、その代わりに予め洗浄液を含浸させた洗浄布を使用することとしたものであ
る。このような洗浄布を使用するという発想は、本件発明と同じものである。予め
洗浄液を含浸させた洗浄布を使用する場合には、従来のような高揮発性の洗浄液は
使用できない。なぜなら、従来のような高揮発性の洗浄液を含浸させておくと、ロ
ールに巻かれた洗浄布を使用している途中に、あるいは全ての洗浄布を使用し終わ
る前に、洗浄液が蒸散してしまい、意図したとおりの洗浄効果が得られなくなって
しまうからである。
  したがって、洗浄液供給装置を取り外し予め洗浄液を含浸させた洗浄布
を使用する構成とする以上、必然的に従来の洗浄液よりも低い揮発性を有する洗浄
液を使用する必要があるのである。本件審決が、刊行物1には「洗浄液として低揮
発性溶剤を用いる点が記載されている」(15頁)と認定したのも、この当然の事
実を述べたものにすぎない。
ウ また、刊行物1に記載されているジエチレングリコール90部及びポリ
エチレングリコール10部の混合液は、洗浄液の一実施例として述べられているこ
とが明らかであり、その揮発性が約57パーセントであるから低揮発性溶剤の開示
がなされていないという議論は、何らの根拠も有しないものである。低揮発性とい
う概念は、高揮発性という概念に対応するものであり、それ自体が相対的なもので
あって、揮発性が何パーセント以下なら低揮発性であるなどという基準はおよそ存
在しないのである。
  そもそも、本件発明の請求項1~22では、ただ単に「低揮発性溶剤」
と記載されているだけであり、揮発性について何らの言及もなされていない。原告
が主張するゼロから30パーセントの範囲の揮発性というのは、本件特許の実施例
としてそのようなものが好ましいものとして述べられているにすぎず、本件特許に
おける溶剤がその範囲のものに限定されているものではない。また、溶剤の揮発性
をどの程度のものにするかは、洗浄布をどの程度の期間使用するか、どのような環
境下において使用するか等の条件に応じて、当業者が適宜選択し得る設計事項にす
ぎない。
  (2) 取消事由2について
ア 本件審決は、「刊行物2には、包装材(2)内を真空にする点が記載さ
れていることから、その真空作用により、包装体と収容物とが緊密に直接接触する
ことは当然である」(16頁)と述べ、刊行物2の構成からすれば、包装体と収容
物とが緊密に直接接触することになるとの当然の認識を示しただけであり、収容物
の形態は何ら問題とはしていない。
  包装体と収容物とが緊密に直接接触することが示されており、その収容
物をファブリックロールに置き換えれば、包装体とファブリックロールとが緊密に
直接接触することになるだけであり、本件審決は、包装体とインクリボンとが緊密
に直接接触するかどうかなどは何ら問題としていない。
イ 刊行物2の実用新案登録請求の範囲には、インクリボンを気密状態で包
装すると記載されているのみであり、その包装の具体的な方法・構成は、収容物の
状況に応じて、適宜の選択がなされればよいだけである。
  また、刊行物2の実施例にあげられているインクリボンは、予めカート
リッジに収納しておいた方が取扱いが便利であるから、そのようにしているだけの
ものであり、異なった形でのインクリボンを排斥するものではない。刊行物発明2
の対象がカートリッジに収納されたインクリボンに限定されないことは、実用新案
登録請求の範囲の記載から明らかであり、現に、同請求の範囲1には、気密状態で
包装する収容物として、インクリボンを収納したインクリボンカートリッジの他
に、「インクリボン」そのものが明記されている。
  そして、このようなインクリボンであれば、カートリッジに収容せずそ
のまま包装体で気密状態に包装することが可能なのである。
エ 本件明細書では、本件発明の一実施例としてケース(カートリッジ)に
収容したファブリックロールをそのままスリーブで包装する例が記載されており
(甲15【0014】【0017】【0036】及び図2)、刊行物発明2のよう
な構成のものも、本件発明と同様の目的及び作用効果を有するとしているのであ
る。
  したがって、刊行物発明2のように、洗浄溶剤を含浸させたファブリッ
クロールをカートリッジ等に収納することがおよそ考えられない旨の原告の主張
は、本件明細書の記載に明らかに反するものである。
オ また、本件審決は、刊行物9についても、コアに巻きつけられたインク
フィルムロール全体を密着包装することが開示されていることを述べている(15
頁)にすぎないのであり、この点に関して緩衝材の介在の有無は問題とされておら
ず、問題とする余地もない。間に緩衝材があれば、フィルムが直接ロールに密着し
ないだけのことであり、密着が直接的か間接的かという点は、インクフィルムロー
ル全体を密着包装するという技術思想の開示があるか否かという論点とは、何ら関
係ないのである。
(3) 取消事由3について
  刊行物発明1は、本件発明と同一の印刷業界の印刷装置に関連する発明で
ある。刊行物発明2及び9は、ワープロやパソコンのプリンターに関連する発明で
あるが、ワープロやパソコンのプリンターの一般への極めて高い普及度からして
も、刊行物発明1の属する技術分野の当業者にとって、ワープロやパソコンのプリ
ンターへの注目度は、一般人以上に強いものがあることが明らかである。
  したがって、刊行物発明1に刊行物発明2又は9を組み合わせる動機付け
が存在しないとする原告の主張は、合理的理由を有するものではない。ちなみに、
利用分野や解決課題の相違は、技術の適用性に影響を与えるものではない(乙3、
東京高裁平成9年6月10日判決参照)。
(4) 取消事由4について
ア 原告は、本件発明が、洗浄溶剤を含浸させたファブリックロールを垂直
及び水平に搬送及び保管しても、洗浄溶剤の分布状態を平衡に保つことができるよ
うにするために、洗浄溶剤を含浸しているファブリックロールを、緊密に直接接触
する熱シールされたプラスチックススリーブで気密包装しなければならない旨を主
張するが、何故にそのような作用効果が得られるかについての詳細な説明はなされ
ていない。
  また、本件明細書においては、溶剤が含浸されたファブリックロールを
熱シール又は真空作用によりプラスチックスリーブで「気密に包囲し、これに直接
接触する」ようにすることにより、当然にその様な作用効果が得られるとの趣旨が
繰り返し記載されている一方で、本件発明の一実施例として、前記のとおり、ケー
ス(カートリッジ)に収容したファブリックロールをそのままスリーブで包装する
例が記載され、このような構成のものも本件発明と同様の目的及び作用効果を有す
るものとされている。そうすると、本件明細書における記述は、ファブリックロー
ルを何らかの手段により直接的又は間接的に気密包装することにより、洗浄溶剤を
含浸させたファブリックロールを垂直及び水平に搬送及び保管しても洗浄溶剤の分
布状態を平衡に保つことができる、という趣旨のものと解すべきこととなる。
イ また、本件発明において、「洗浄溶剤を含浸させたファブリックロール
を垂直および水平に搬送及び保管しても、洗浄溶剤の分布状態を平衡に保つことが
できる」という作用効果を有するとしても、その内容は、完壁な作用効果を有する
というものではなく、当該効果も若干有するという程度のものと判断すべきもので
ある。ファブリックロールを気密包装すれば、洗浄剤の蒸散を防止できることは明
らかであるから、気密包装手段を講じていないものに比べれば「洗浄溶剤の分布状
態を平衡に保つことができる」効果を有するということができるのである。
  そうとすれば、刊行物発明2及び9においても、インクリボンやインク
フィルムをプラスチックの膜により気密に密着包装するという構成がとられている
以上、同様の作用効果を有するものと判断すべきことになる。
(5) 取消事由5について
  原告は、紙ファブリックの場合には、それなりの強度を必要とすると主張
しているが、刊行物5には、まさに紙を使用したロール状の洗浄材料が明記されて
いるのであり、この紙の洗浄用紙が原告の主張する強度を備えていることは明白で
ある。
  したがって、ファブリックを紙ファブリックとすることは、当業者が容易
に想到できるものである。溶剤が、ファブリックロールの端部からファブリック内
に流出してファブリックに含浸された洗浄溶剤の分布状態を乱すことを防止する
(6) 取消事由6について
ア 訂正発明10自体及び本件明細書のどこにも、「エンドキャップ」が原
告主張のような目的を有するとの記載はなされていない。訂正発明10のエンドキ
ャップも、刊行物発明1の「フランジ」と同様に、溶剤の蒸散防止を目的とするも
のなのである。
イ 仮に、原告が主張するように訂正発明10「エンドキャップ」と刊行物
発明1の「フランジ」の目的が異なるとしても、「フランジ」と同一の構成を適用
することによって想到されるクリーニングファブリックが完成した場合、訂正発明
10と同一の効果を発揮することは明らかであり、効果は目的の裏返しであるか
ら、結局、原告の主張は、単なる目的の認識の相違にすぎない。
第3 当裁判所の判断
1 刊行物発明1の認定の誤り(取消事由1)について
(1) 刊行物発明1につき、本件審決の認定のとおり、「洗浄布が洗浄装置に装
着される前に洗浄液を含浸させた布である点が記載されている」(15頁)こと
は、当事者間に争いがない。
  原告は、本件審決が、刊行物発明1について、「洗浄液として低揮発性溶
剤を用いる点が記載されている」(同頁)と認定したことが誤りであると主張する
ので、以下検討する。
(2) 刊行物1(甲1)には、「洗浄布に含浸させる洗浄液が、ジエチレングリ
コール90部およびポリエチレングリコール10部の混合液からなることを特徴と
する印刷機のシリンダ洗浄装置」(1頁右下欄)、「洗浄布に含浸させる洗浄液
は、例えばジエチレングリコール90部およびポリエチレングリコール10部の混
合液を採用できる。」(2頁左下欄)と記載されており、洗浄液として、ジエチレ
ングリコールとポリエチレングリコールの混合液が開示されている。
  そして、混合液の揮発性は、混合される成分の揮発性により、また、揮発
しやすいか否かは、それぞれの成分の沸点の高低によるところ、上記混合液の成分
をなすジエチレングリコールの沸点は、244.3℃であり(甲23、349
頁)、ポリエチレングリコールは不揮発性であるものと認められる(同、449
頁)。
  また、インクローラ、ブランケットの洗浄油として、灯油、ガソリン、ト
リクレン、メチルクロロホルムなどが用いられるところ(甲21、183~184
頁)、これらの沸点は、それぞれ、150~280℃、100~160℃、87
℃、74℃であると認められ(同、表15・1)、ジエチレングリコールは、これ
らの溶剤に比べて高い沸点を有するものといえる。
  しかも、一般的に溶剤として使用される化学物質の中で、ジエチレングリ
コールは、高い沸点を有する部類に属するものとして、周知と認められる(浅原照
三ほか編「溶剤ハンドブック」株式会社講談社、1985年、882頁付表1「主
要溶剤の沸点」)。
  そうすると、他の溶剤に対して比較的高い沸点を有するジエチレングリコ
ールと不揮発性のポリエチレングリコールとの混合液を開示する刊行物1につい
て、本件審決が、「洗浄液として低揮発性溶剤を用いる点が記載されている」と認
定したことに、誤りはないものといわなければならない。
(3) この点について、原告は、本件発明において、「低揮発性溶剤」とは、お
よそゼロから30パーセントの範囲の揮発性を有し、この揮発性は、ルーチン試験
方法で測定されるものであるところ、本件特許の出願時、業界において溶剤の揮発
性を測定するために一般に行われていたルーチン試験方法は、「ASTM測定法」
であり、前記ゼロから30パーセントの範囲の揮発性という数値は、このASTM
測定法に基づくものであると主張する。
  そこで検討するに、本件訂正後の特許請求の範囲には、請求項1、10、
17及び20に「低揮発性溶剤」と、請求項11及び13に「周囲温度および圧力
で容易に蒸発しない低揮発性溶剤」と、請求項12及び14に「周囲温度および圧
力で容易に蒸発しない低揮発性有機化合物溶剤」と、請求項20に「低揮発性有機
溶剤」と記載され、請求項5に「低揮発性溶剤は、およそゼロからおよそ30パー
セントの範囲の、揮発性をもつベジタブル油および柑橘類油から選定された容易に
蒸発しない少なくとも1つの有機溶剤化合物からなる」と、請求項6に「低揮発性
溶剤は、ミネラルエキスおよび脂肪族炭化水素溶剤から選定された少なくとも1つ
の有機化合物からなる」と記載されている。
  これらの記載によれば、請求項5及び6において、低揮発性溶剤の具体名
が示されているものの、低揮発性溶剤自体を定義づける記載はなく、その他の請求
項にも、そのような記載は見当たらない。
  さらに、本件明細書(甲15)の発明の詳細な説明(本件訂正後も変更さ
れていない。)には、「この発明の実施に使用される低揮発性有機化合物溶剤は様
々であり、一般に、それは容易に蒸発しない少なくとも1つの低揮発性有機化合物
溶剤、およびそれと同様の低揮発性有機化合物溶剤または通常の揮発性有機化合物
溶剤との混合物を含む。このタイプの適宜の溶剤材料は、ベジタブル油および柑橘
類油などから選定される有機化合物溶剤が好ましい。一般に、このような溶剤材料
はおよそゼロからおよそ30.0パーセントの範囲の揮発性をもち、特に0パーセ
ントからおよそ20パーセントの範囲の揮発性をもつものが好ましい。これもルー
チン試験方法で測定される。この溶剤には通常の揮発性有機化合物溶剤、すなわち
ミネラルエキスおよび脂肪族炭化水素溶剤などから選定される容易に蒸発するもの
を含む。これもルーチン試験方法で測定される。」(【0024】)と記載されて
いるが、この記載によれば、ベジタブル油及び柑橘類油などから選定される有機化
合物溶剤が、およそゼロからおよそ30.0パーセントの範囲の揮発性をもつこと
が理解されるだけであり、「低揮発性溶剤」が、上記数値範囲の揮発性を有する溶
剤として定義されていると認めることは困難である。むしろ、本件発明において
は、上記記載のとおり「容易に蒸発する」溶剤も許容されており、本件発明におい
て様々に使用される低揮発性溶剤が、すべて上記数値範囲の揮発性を有するものに
限定されているとは、到底解することができない。
  そうすると、本件発明の「低揮発性溶剤」が、「ASTM測定法」に基づ
く、およそゼロから30パーセントの範囲の揮発性を有するものに限定される旨の
原告の主張は、誤りであってこれを採用する余地はなく、本件発明の「低揮発性溶
剤」は、一般的に揮発性の低い溶剤を意味するにすぎないと解され、刊行物発明1
に用いられる「低揮発性溶剤」と同等のものといわなければならない(なお、訂正
発明5及び6において、「低揮発性溶剤」が具体的に特定され、あるいは数値が特
定されている点について、本件審決は、相違点と認識した上で、刊行物発明1、
2、6、7及び9並びに周知技術に基づいて、容易想到とされている(16~17
頁)。)。
(4) さらに、原告は、本件特許出願時において、揮発性溶剤の使用について
は、否定的な見解が一般的であり、シリンダーを洗浄するための洗浄溶剤として低
揮発性溶剤を使用することは、当業者においておよそ想到困難なことである旨を主
張する。
  しかしながら、本件明細書には、「米国特許・・・第5009716号明
細書には低揮発性有機化合物からなるインキ除去洗浄方式が、・・・示されてい
る。」(【0002】)と記載されており、この記載によれば、本件特許の出願
前、洗浄溶剤として低揮発性溶剤が使用されていたことが明らかである(原告も、
上記明細書に「低揮発性溶剤」が開示されていることは認めている。)から、上記
原告の主張は、到底、採用することができない。
2 刊行物発明2及び9についての認定の誤り(取消事由2)
 (1) 原告は、本件審決が、刊行物発明2について、「刊行物2には、包装材
(2)内を真空にする点が記載されていることから、その真空作用により、包装体
と収容物とが緊密に直接接触することは当然である」(16頁)と認定判断したこ
とが、あたかも包装体とインクリボンとが緊密に直接接触するかのような認定であ
って、誤りである旨主張する。
   しかしながら、本件審決は、「刊行物2には、長期保存に伴うインクリボ
ンのインク濃度の低下を良好に抑制し、製品の耐久性向上を図ることができると同
時に、輸送時や保管時等における取り扱いの容易化を達成するために、染料にて着
色された液状インクを含有するインクリボン(R)、若しくは、それを収納したイ
ンクリボンカートリッジ(C)を非通気性の材料から構成される包装材(2)にて
熱溶着によって真空で気密状態に密封包装する点が記載されている」(15頁)と
認定した上、上記認定をしているのであり、非通気性の材料から構成される包装材
にて真空で気密状態に密封包装すれば、包装体(包装材)と収容物(インクリボン
又はそれを収納したインクリボンカートリッジ)とが緊密に直接接触することは、
技術常識上、当然のことである。
   したがって、本件審決の上記認定に誤りはなく、原告の上記主張は採用で
きない。
 (2) また、原告は、刊行物2において、インクリボンを直接、熱収縮性フィル
ム等の包装体でシュリンクさせて包装をし、保管することとすると、フィルムの収
縮力により、インクリボンの薄いテープを平たく滑らかな状態で保管することがで
きなくなってしまうから、インクリボンを直接包装材で包装して保管することは、
実施不可能である旨主張する。
   しかしながら、刊行物2(甲2)には、「染料にて着色された液状インク
を含有するインクリボン(R)、若しくは、それを収納したインクリボンカートリ
ッジ(C)を包装材(2)にて包装してあるインクリボン包装体であって、前記包
装材(2)を非通気性の材料から構成するとともに、この包装材(2)にて前記イ
ンクリボン(R)若しくはインクリボンカートリッジ(C)を気密状態で包装し、
かつ、前記包装材(2)内を酸素の少ない又は無い状態に構成してあるインクリボ
ン包装体」(実用新案登録請求の範囲1項)と記載され、包装材で、インクリボン
を気密状態で包装することが明記されている。また、本件審決が、「インクリボン
を無端状とし、容器内に押し込まれた状態で使用することも、ロール状に巻き取ら
れた状態で使用することのいずれも、周知のことである」(15頁)と認定したこ
とを、原告は争っておらず、しかも、巻芯(ロール)のような形態保持部材を用い
れば、薄いテープでも平たく滑らかな状態で保管し、これを包装材で包装できるこ
とは、技術常識上、明らかである。
   したがって、原告の上記主張は、理由を欠き採用できない。
 (3) さらに、原告は、本件審決が、刊行物発明9について、「供給用コアにロ
ール状に巻き取ってあるインクフィルム1の遊端部を粘着テープ等で仮止めしてあ
るタイプのインクフィルムロール全体を熱収縮性フィルムにて密着包装してあるイ
ンクフィルム包装体が記載されている」(15頁)と認定判断したことが、あたか
も包装材とロール状の帯状物(インクフィルム)とが緊密に直接接触するかのよう
な認定であって、誤りであると主張する。
   この点について本件審決は、刊行物発明9において、熱収縮フィルムがイ
ンクフィルムロールに緊密に直接接触するとまで認定しているわけではないから、
原告の上記主張は、本件審決を正解して非難するものとはいい難い。ただし、刊行
物9(甲9)には、「インクフィルムロールは緩衝材で包まれているから、流通過
程等でのインクフィルムロールの損傷を良好に抑制できると同時に、この緩衝材の
持つ断熱機能を利用して、熱収縮性フィルムの加熱時における熱転写フィルムへの
悪影響をも回避することができる。」(【0005】)と記載されており、図1、
3及び4によれば、刊行物発明9においては、供給用コアに巻き取ってあるインク
フィルムロール及び巻取用コアを緩衝材で包んだ上で、その全体を熱収縮性フィル
ムにより密着包装しているものと認められる。
   しかしながら、上記記載等からすると、刊行物発明9の緩衝材は、インク
フィルムロールの流通過程での損傷の防止、熱収縮フィルム加熱時におけるインク
フィルムロールに対する悪影響の回避のために設けられているものであって、包装
効果を高めるための、いわば補助的な包装材として機能するものにすぎず、これに
包まれたインクフィルムロール及び巻取用コアの全体を、更に包装材である熱収縮
性フィルムにより密着包装しているものと認められる。そうすると、本件審決が、
刊行物9には、インクフィルムロール全体を熱収縮性フィルムにて密着包装してあ
るインクフィルム包装体が記載されていると認定したことに誤りはなく、原告の上
記主張には理由がない。
3 刊行物発明の組合せ容易性の判断誤り(取消事由3)について
 (1) 原告は、本件審決が、刊行物発明1、2及び9が同じ印刷装置に関するも
のであるとして、これらを組み合わせる動機付けがあると説示した(15~16
頁)ことが誤りであると主張するので、以下検討する。
 (2)ア 刊行物1(甲1)には、「従来の印刷機のシリンダ洗浄装置において
は、洗浄液の供給系統に液量の計量や給液のタイミングコントロールのために複雑
な制御手段を必要とし、しかも洗浄液のタンク等に大きなスペースを確保しなけれ
ばならず、装置が高価になる等の欠点があった。本発明の目的は、洗浄布への洗浄
液の供給装置を省略した印刷機のシリンダ洗浄装置を提供することである。」(2
頁右上欄)、「上記目的は、洗浄布として、事前に洗浄液を含浸させたものを使用
することにより達成される。」(2頁右上欄)、「洗浄液の蒸散を防止するには、
前記供給ロールの両端部を貫通させるとともに、使用前はシールされ使用時に前記
洗浄布を引き出すスリットとなる開口を有し、密閉した筒状のケースに、洗浄布を
収納し、カセット化する。」(2頁左下欄)、「洗浄布2は、通気性の無い円筒状
のケース20に収納されて、カセット式に印刷機に装着される。ケース20には、
使用前は(図示しない)シールにより密封され使用時に洗浄布を引出すスリット2
2を形成してある。また、ケース20の両端部には、シール26を介して布供給ロ
ール4を貫通状態で軸受けするふた24をはめてある。」(2頁右下欄~3頁左上
欄)、「通気性のないケース20に収納する方式に代えて、第5図に示すように、
洗浄液を含浸させた洗浄布2の裏側全面に、通気性がなくごく薄いフィルム30を
ラミネートして布供給ロール4に巻いてもよい。洗浄布2の両端面からの洗浄液の
蒸散は、例えば布供給ロール4にフランジを形成して防ぐことができる。ちなみ
に、第3図~第5図実施例において、布供給ロール4が中空でもよいことは勿論で
ある。」(3頁左上欄~右上欄)と記載されている。
   これらの記載によれば、刊行物発明1においては、事前に洗浄液を含浸さ
せた洗浄布を有するカセット化したシリンダ洗浄装置を提供することを技術的課題
として、その解決手段として、洗浄布を布供給ロールにロール状に巻き、洗浄布か
らの洗浄液の蒸散を防止するために、密封手段(通気性のない円筒状ケース、洗浄
布裏側全面のラミネートフィルム及び布供給ロールのフランジ)により密封すると
いう手段を採用していることが認められる。
  イ 他方、刊行物2(甲2)に、本件審決が認定した(15頁)とおり、
「長期保存に伴うインクリボンのインク濃度の低下を良好に抑制し、製品の耐久性
向上を図ることができると同時に、輸送時や保管時等における取り扱いの容易化を
達成するために、染料にて着色された液状インクを含有するインクリボン(R)、
若しくは、それを収納したインクリボンカートリッジ(C)を非通気性の材料から
構成される包装材(2)にて熱溶着によって真空で気密状態に密封包装する」点が
記載されていることは、当事者間に争いがない。
    この記載によれば、刊行物発明2の技術的課題は、インクリボン又はそ
れを収納したインクリボンカートリッジの長期保存に伴う、インクリボンのインク
濃度の低下を良好に抑制し、製品の耐久性向上を図ると同時に、輸送時や保管時等
における取扱いの容易化を達成することにあり、この技術的課題を解決するため
に、非通気性の材料から構成される包装材を熱溶着によって真空で気密状態に密封
包装する手段を採用しているものと認められる。
  ウ また、刊行物9(甲9)には、「【請求項1】熱転写性インクフィルム
(1)を供給用コア(2)にロール状に巻き取ってあるインクフィルムロール
(A)を緩衝材(4)で包み、この緩衝材(4)を含むインクフィルムロール
(A)全体を熱収縮性フィルム(5)にて密着包装してあるインクフィルム包装
体」(2頁)、「本考案は、プリンタやファクシミリ等の記録装置に用いられるイ
ンクフィルム、特に、熱転写性インクフィルムを供給用コアにロール状に巻き取っ
てあるインクフィルムロールの包装技術に関する」(4頁)、「本考案の第1請求
項による場合では、インクフィルムロールを熱収縮性フィルムにて密着包装するこ
とにより、インクフィルムロールを湿気や塵埃から保護することができるばかりで
なく、熱収縮性フィルムの収縮力を利用してインクフィルムロール全体を緊縛する
ことができるから、このインクフィルムロールから繰り出される熱転写性インクフ
ィルムの遊端部を仮止めする程度でも、当該熱転写性インクフィルムの不測の繰り
出しを確実に防止することができるとともに、包装後における包装体の体積も可及
的に小さくすることができる。しかも、インクフィルムロールは緩衝材で包まれて
いるから、流通過程等でのインクフィルムロールの損傷を良好に抑制することがで
きると同時に、この緩衝材の持つ断熱機能を利用して、熱収縮性フィルムの加熱時
における熱転写性インクフィルムへの悪影響をも回避することができる。」(6
頁)、「上述の実施例では、前記インクフィルムロールAから繰り出される熱転写
性インクフィルム1の遊端部に巻取用コア3を付設したインクフィルム包装体につ
いて説明したが、このような巻取用コア3を設けていないタイプ、つまり、熱転写
性インクフィルム1の遊端部を粘着テープ等で仮止めしてあるタイプにも本考案の
技術を適用することができる。」(8~9頁)と記載されている。
    これらの記載によれば、刊行物発明9は、インクフィルムロールを湿気
や塵埃から保護するとともに、熱転写性インクフィルムの不測の繰出しを防止し、
包装後における包装体の体積を可及的に小さくするなどのために、インクフィルム
ロール全体を緊縛することを技術的課題とし、この技術的課題を解決するために、
インクフィルムロール全体を熱収縮性フィルムにて密着包装する手段を採用してい
るものと認められる。
  エ 以上のとおり、刊行物発明2は、インクリボン又はインクリボンカート
リッジの長期保存に伴う、インクリボンのインク濃度の低下を良好に抑制し、輸送
時や保管時等における取扱いの容易化を達成することなどを技術課題とし、また、
刊行物発明9は、インクフィルムロールを湿気や塵埃から保護し、包装体の体積を
減少させることなどを技術課題とし、当該技術的課題を解決するために、いずれも
熱収縮性フィルムを用いた密着包装の構成を採用するものであり、両発明とも、印
刷装置に用いる交換部品の保存、保管のための密封包装技術であることは明らかで
ある。
    他方、刊行物発明1の技術的課題は、前示のとおり、事前に洗浄液を含
浸させた洗浄布を有するカセット化したシリンダ洗浄装置を提供することであっ
て、カセット化されたシリンダ洗浄装置が、印刷装置に用いられる交換部品である
ことは明らかであるところ、交換部品である以上、これを一定期間保存、保管して
おく必要があることも明らかである。そして、刊行物発明1のカセット化されたシ
リンダ洗浄装置は、洗浄布を布供給ロールにロール状に巻いた形状、構造を有して
いるから、当業者が、その保管、保存に当たって、類似の形状、構造であるロール
状物を保管、保存する包装形態の採用を検討することは、容易に想起することとい
える。
    したがって、刊行物発明1において、ロール状物である点で形状を同じ
くし、また、印刷装置に用いる交換部品である点でも共通する、インクリボン等の
保存、保管技術を採用すること、すなわち、刊行物発明2及び9の構成を採用する
ことには、十分な動機付けが存在するというべきであり、また、その採用は、当業
者が容易に想到できるものといえる。
 (2) 原告は、印刷機の種類自体が多種多様であって、これらの印刷機が極めて
多くの部品により構成されていること、刊行物発明1の技術的課題が、印刷機のシ
リンダ外周面を洗浄するための洗浄装置を簡略化しようとする点にあるのに対し、
刊行物発明2及び9の技術的課題には、装置を簡略化させるという視点がないこ
と、刊行物発明1の大型印刷機における洗浄布と刊行物発明2及び9のプリンタに
おけるインクリボンやインクフィルムとでは、利用される印刷機が異なることなど
を理由に、刊行物発明2及び9を、刊行物発明1に適用する動機付けは、当業者に
なかった旨を主張する。
   しかしながら、刊行物発明2及び9と刊行物発明1とは、印刷装置という
一般的な技術分野で共通するだけでなく、印刷装置に用いる交換部品の保存、保管
のための密封包装という具体的な技術課題及びその解決方法においても共通してお
り、これらを組み合わせる動機付けが存在することは、前述したとおりである。こ
のような具体的な技術課題及びその解決方法が共通している以上、印刷機が多種多
様であることや、大型印刷機における洗浄布とプリンタにおけるインクリボン及び
インクフィルムという印刷機の相違などは、上記組合せを阻害する要因となるもの
ではない。また、刊行物発明2及び9に、刊行物発明1の技術的課題の1つであ
る、洗浄装置を簡略化という視点が明記されていないとしても、両発明を組み合わ
せることに困難性がないことは、上記説示に照らして明らかであるから、いずれに
しても、原告の上記主張は、採用することができない。
4 訂正発明1の進歩性判断の誤り(取消事由4)について
 (1) 原告は、訂正発明1においては、ファブリックロールを垂直及び水平に搬
送及び保管しても、含浸された洗浄溶剤の分布状態が実質上乱れないようにするた
め、洗浄溶剤を含浸しているファブリックロールを、緊密に直接接触する熱シール
されたプラスチックスリーブで気密包装しなければならないのに対し、刊行物発明
2及び9は、インクリボン及びインクフィルムに関するものであり、そのインクは
固化されているため、これを水平又は垂直に搬送及び保管しても、重力によってイ
ンクの分布状態が変動を来すことは考えられず、このように刊行物発明2及び9に
本件発明の課題(溶剤の分布状態を実質上乱さないこと)が全く示唆されておら
ず、また、刊行物発明1が低揮発性溶剤の使用を開示していない以上、これらの公
知技術の組合せは、容易推考といえず、仮に組み合わせたとしても、訂正発明1に
至るものではないと主張する。
   しかしながら、刊行物発明1が低揮発性溶剤の使用を開示していないとの
原告の主張(取消事由1)が誤りであること、刊行物発明2及び9に刊行物発明1
を組み合わせることが容易であること(取消事由3)は、前示のとおりであるか
ら、仮に、刊行物発明2及び9に本件発明の課題(溶剤の分布状態を実質上乱さな
いこと)が示唆されていないとしても、当業者にとって、これらの発明の組合せが
困難となるものではなく、当該組合せの結果、訂正発明1の構成に至り、同発明と
同等の作用効果を有することも明らかといえるが、念のため、原告主張の当該技術
課題について検討する。
 (2) 刊行物1(甲1)には、「第5図に示すように、洗浄液を含浸させた洗浄
布2の裏側全面に、通気性がなくごく薄いフィルム30をラミネートして布供給ロ
ールに巻いてもよい。洗浄布2の両端面からの洗浄液の蒸散は、例えば布供給ロー
ル4にフランジを形成して防ぐことができる」(3頁左上欄~右上欄)と記載され
ており、この記載によれば、薄いフィルム30は、巻かれた洗浄布の表面に位置
し、洗浄布に、直接、緊密に接触する包装材の役割を果たしており、刊行物発明1
では、この薄いフィルムと布供給ロールに形成したフランジとで、洗浄液の蒸散を
防止することを課題としているものと認められる。
   他方、本件明細書(甲15)には、「ファブリックまたはファブリックロ
ールへの溶剤の含浸に使用される用語“平衡状態で含浸”とは、ファブリックまた
はファブリックロールがファブリックを湿潤させる量の溶剤を保持し、ファブリッ
クが印刷機などの(の)シリンダをクリーニングするクリーニング力をもつ程度に
溶剤が保持された状態を意味する。」(【0038】)と記載されており、この記
載によれば、洗浄溶剤の平衡状態を実質上乱れないようにするとは、ファブリック
がクリーニング力をもつ程度に溶剤を保持することと認められるから、刊行物発明
1も、洗浄液の蒸散を防止し、洗浄溶剤の平衡状態を実質上乱れないようにするこ
とを技術的課題としていることは明らかである。
   したがって、原告主張の当該技術課題によって、訂正発明1の進歩性を裏
付けることはできない(なお、原告は、訂正発明1が、刊行物発明2及び9と異な
り、水平又は垂直に搬送及び保管しても、重力によってインクの分布状態が変動を
来すことを防止できるかのような主張をするが、そのような説明は、本件明細書に
全く記載されておらず、これを認めるに足る技術的根拠もない。)。
5 訂正発明4の進歩性判断の誤り(取消事由5)について
 (1) 原告は、本件審決が、訂正発明4について、刊行物5及び6の記載を根拠
として、「ファブリックを紙ファブリックとすることは、当業者が容易に想到し得
ることである」(16頁)と判断したことが誤りであるとし、その根拠として、①
刊行物発明5の洗浄紙は、使用される直前に洗浄溶剤に含浸させることが想定され
ているのであって、洗浄溶剤を含浸した状態で、長期間にわたり保管又は搬送する
ことを想定していないから、このような洗浄紙に要求される強度は、訂正発明4に
おける紙ファブリックに要求される強度よりも弱いもので足りる上、②刊行物発明
6においても、洗浄紙は、ロール状に使用されておらず、本件特許の出願時、紙フ
ァブリックについて、洗浄液に含浸させた状態でロール状に使用するために必要な
強度(耐水性)を確保しつつ、洗浄溶剤を含浸することは、技術的に極めて困難で
あったなどと指摘する。
 (2) なるほど、刊行物発明6は、印刷装置の印刷円胴の洗浄装置において、溶
解力を有する溶剤を洗浄液として含浸した洗浄紙を開示するものではあるが、当該
洗浄紙をロール状に使用するものではない(甲6)。
   しかしながら、刊行物5(甲5)には、「本発明の目的はオフセット式複
写機の印刷円筒を掃除するための装置を提供することにある。この装置は前述の欠
点を(溶剤の蒸発)解消し、掃除作用の永久的に効果及び迅速性を保ち、洗浄性材
料の消費を最小にし、印刷円筒からインクを取除いた後洗浄性材料の接触するロー
ラー又は他の機構の頻繁な洗浄の必要性を無くする。この目的からして、本発明に
従う装置は、単一の狭い開口によつて外部と連絡している内室の備えられた容器を
含み、該容器内にある溶剤で浸されたリボン状洗浄性材料の一部が該開口を通して
通過し、」(2頁左上欄~右上欄)、「各板12には、・・・取換え可能カートリ
ッジ23・・・が挿入される。・・・カートリッジ23は容器24を含む。容器2
4は・・・管状ケース25と2個の端ふた26により構成されている。・・・容器
24の内側が円筒状の室として画され、該容器は狭い開口27を通してだけ外部に
連通している。該開口27を通してぬれた紙28のリボンが出ており、紙28
は・・・休止位置・・・と作動位置・・・の間を動き得る軸30(容器24の2個
の端ぶたに止められている)の上に巻き取られる。」(3頁左上欄~右上欄)、
「リボンがロール39から全部解出され軸30に巻き取られた時カートリッジを取
り換える必要がある。」(4頁右上欄)と記載されている。
   これらの記載によれば、刊行物発明5では、洗浄溶剤を含浸させロール状
に巻かれた洗浄紙が容器に保管されているものと認められるから、ファブリックロ
ールとして長期間保管するカートリッジを開示していることは明らかである。
   したがって、原告の上記主張は、刊行物発明5を誤認するものであって、
これを採用することはできず、当業者は、少なくとも刊行物発明5に基づいて、フ
ァブリックを紙ファブリックとすることを容易に想到し得たものと認められる。
6 訂正発明10の進歩性判断の誤り(取消事由6)について
 (1) 原告は、本件審決が、訂正発明10について、「刊行物1の・・・フラン
ジは訂正発明10のエンドキャップに相当する」(17頁)と認定したことが誤り
であると主張し、その根拠として、訂正発明10における「エンドキャップ」が、
①洗浄布ファブリックに洗浄液を含浸する際に、コア(紙管)の中に洗浄液が浸入
するのを防ぐこと、②洗浄布ファブリックをプラスチックスリーブに入れて真空引
きする際に、真空度が高まり、プラスチックスリーブがコアの中に引きずり込まれ
てしまい破損してしまうことを防ぐこと、及び③洗浄布ロールの端面から洗浄液が
流出し、周囲が濡れてしまうのを防ぐことを防止することを目的とするものである
のに対し、刊行物発明1の「フランジ」は、洗浄溶剤の蒸散を防止することのみを
目的として設けられるものであると指摘する。
 (2) そこで検討するに、本件訂正後の本件特許の請求の範囲には、「(2)こ
のコアーが少くとも一端に開口を有するコアーであつて、その開口部に前記ファブ
リックロールの外周エッジを越えてのびるエンドキャップが設けられ、(3)前記
ファブリックロールの外周およびエンドキャップの外縁を、ファブリックロールに
含浸された溶剤の分布状態が実質上乱れないように、気密に包囲し、ファブリック
ロールに緊密に直接接触する熱シールされたプラスチックスリーブとからな
り、・・・」(【請求項10】)と、本件明細書(甲15)には、「さらに、ファ
ブリックロールをプラスチックスリーブに挿入する前に、ファブリックロールの外
周エッジを越えてのびるエンドキャップを、細長い円箇状コアの開口端に挿入して
おいてもよい。」(【0013】)、「図3の実施例は、この発明のシステムにプ
ラスチックまたは金属で製造されたエンドキャップ25などが設けられ、これがコ
ア11の開口端に装着される。エンドキャップはファブリックロール13の外周エ
ッジを越えてのび、スリーブ15はエンドキャップのエッジを越えてのびるか、ま
たは図1に示されているように、ロール13の先端のまわりを包囲する。スロット
のあるケース23が使用されるときは、エンドキャップは使用されないことは明ら
かである。」(【0018】)、「この発明のクリーニングファブリックの製造に
際して、エンドキャップ25などが使用される場合、このエンドキャップは前述し
たケース23と同じ材料で構成することができ、含浸排液工程の後これは円箇状コ
アの開口端に簡単に挿入される。」(【0037】)と記載されている。
   上記請求項10の記載によれば、訂正発明10は、ファブリックロールの
外周エッジを越えてのびているエンドキャップを有していると認められるがコアと
して紙管を用いることを前提にするものではないことは明らかであるし、当該エン
ドキャップは、含浸排液工程の後(【0037】)、ファブリックロールをプラス
チックスリーブに挿入する前に挿入される(【0013】)ものと認められるか
ら、訂正発明10において、エンドキャップが、上記①の目的のために設けられて
いると認めることはできない。
   また、請求項10において、コアは、少なくとも一端が開口を有するもの
の、常にプラスチックスリーブが中に引きずり込まれるような中空状態であると規
定されているわけではないから、エンドキャップが、上記②の目的のために設けら
れていると認めることもできない。
   さらに、刊行物発明1の「フランジ」は、洗浄溶剤の蒸散を防止するため
に、ロール端面に配置されるものではあるが、その一般的形状からして当然のこと
ながら、端面からのファブリック内への洗浄液の流出を防止できることは明らかで
ある。そうすると、ロールの端面からファブリック内へ洗浄液が流出することを防
止できるという、上記③の目的は、刊行物1に明記はされていないものの、刊行物
発明1がその構成上既に解決した課題といえる。
   そうすると、刊行物発明1の「フランジ」と訂正発明10の「エンドキャ
ップ」とは、設ける目的が異なるとはいえないから、原告の上記主張は採用するこ
とができず、本件審決が、刊行物1(甲1)に記載の「フランジ」が、訂正発明1
0の「エンドキャップ」に相当するものであると認定したことに誤りはない。
7 結論
 そうすると、原告主張の取消事由には、いずれも理由がなく、本件発明は、
特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、これと同
旨の本件審決に誤りはなく、その他本件審決には、これを取り消すべき瑕疵は見当
たらない。
 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文の
とおり判決する。
   東京高等裁判所知的財産第1部
         裁判長裁判官      北  山  元  章
            裁判官      清  水     節
            裁判官      上  田  卓  哉

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