弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、東京地方検察庁検事正代理検事田中万一作成名義の控訴趣
意書記載のとおりである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。
 検察官の控訴論旨は原審裁判所が原判示第一の被告人AがB及びCと共謀の上、
キャバレー内ホールにおいて数十名の観客が取り巻く裡に右Cが腰部に白色のサロ
ン一枚を纒い胸部に乳バンド一本を着けたにとどまる半裸体の身仕度をもつて立ち
現われ「マニヒニメレ」と題する「ジャズ」演奏に合わせて臀部をことさらに動か
すいわゆる「フラダンス」を踊リつつ先ず乳バンドを取り去り次いでサロンを脱ぎ
捨てて陰部を露出した後更に両脚を交互に拳げ両股を開いたまま臀部を床に附ける
等の挙措を為した所為を刑法第百七十四条の公然猥褻罪に問擬したこと並びに原判
示第二の(一)の被告人Dが被告人Aから右Cの実演方斡旋の依頼を受けるやその
実演内容が前記のような猥褻に亘るものたることを知りながら同女に右実演方を申
し入れ同女からその承諾を得た上同女を前記キャバレーに連行して同女を被告人A
との間における右実演の契約を取り纒めもつて被告人AB及びCが前記第一のよう
な犯行を為すことを容易ならしめてこれを幇助した所為を刑法第百七十四条第六十
二条の公然猥褻幇助罪に問擬したことをもつていずれも法令の解釈適用の誤である
とし、よろしく右第一の所為については刑法第百七十五条の猥褻物公然陳列罪をも
つて、また右第二の(一)の所為については同法第百七十五条第六十二条の猥褻物
公然陳列幇助罪をもつてそれぞれ問擬すべきであると主張するのであつて、その論
拠とするところは、これを要するに(イ)刑法第百七十四条にいわゆる猥褻の行為
であるためには人の精神作用の発露たる行為であることを要するのであるが、原判
示第一のCによるいわゆるエロシヨウは一定の効果をねらつた演出の下に音楽に合
せライトを浴びながら踊る舞踊全体が観客の性慾を刺戟興奮させ羞恥嫌悪の情を生
ぜしめるのであつて、右演技全体を目して寧ろ刑法第百七十五条の「物」の範ちゆ
うに含まれるべきものと解すべく、この演技全体の中心をなす同女の全裸の肉体は
精神ある人の行為としての意味を全然有せず、単なる肉体の観覧物に過ぎず、しか
も演出者の意図のままに動く道具に外ならないと見るべきである。また(ロ)刑法
第百七十四条の公然猥褻罪の法定刑は六月以下の懲役若しくは五百円以下の罰金又
は拘留若しくは科料であり、同法第百七十五条の猥褻物公然陳列罪の法定刑は二年
以下の懲役又は五千円以下の罰金若しくは科料である。そこで若し原判決の如き解
釈によるとすれば例えば情交の場面を描いた春画又は映画の如きを公衆の観覧に供
する場合と同じく情交の場面を劇に仕組み或はいわゆるショウとして現実の人間に
演出させて観客に供する場合とについて、観客の性慾を刺戟興奮させる程度を比較
すれば、後者は前者よりも格段に強烈であるにかかわらず、法定刑は却つて軽くな
り権衡を失するというのである。よつて按ずるのに、刑法第百七十四条にいわゆる
猥褻の行為とはその行為者又はその他の者の性慾を刺戟興奮又は満足させる動作で
あつて、普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道<要旨>義観念に反するもの
と解するのを相当とする。即ち行為者が自己の性慾を刺戟興奮又は満足させる目的
でその動作に出る場合が前記猥褻の行為に該当することはいうまでもないの
であるが、この場合のみに限定すべきものではないのであつて、たとえその動作に
より行為者自身の性慾は刺戟興奮又は満足させられなくとも、その動作により行為
者以外の者の性慾が刺戟興奮又は満足させられるのであれば、この場合も亦刑法第
百七十四条にいわゆる猥褒の行為に該当するものと認めるべきである。控訴論旨に
おいて猥褻の行為とは人の精神作用の発露たる行為でなければならないと主張する
のは、如何なることを意味すのであるか必ずしも明瞭でないが、少くとも前記Cの
原判示のとおりの動作が他人(原判示数十名の観客)の性慾を刺戟興奮させるもの
であり且つ同女がその原判示行為当時このことを認識していたこと及びこれが普通
人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義心に反するものであることはいずれも
原判決拳示の証拠によりこれを肯認するに十分であり、記録に徴しても右認定が誤
であると思われる点はないから、同女の右所為はまさしく刑法第百七十四条にいわ
ゆる猥褻の行為に該当するものと認めるべきである。そして被告人AがBと共に右
Cの前記のとおりの猥褻の行為に共謀加担したこと並びに被告人Dが猥褻の行為を
幇助したこともまた原判決拳示の証拠によりこれを認めるに難くなく、記録上右認
定が誤であると思われる廉はないから、被告人Aの所為を公然猥褻罪、被告人Dの
所為を同幇助罪とそれぞれ認定処断した原審判決は違法でないというべきである。
刑法第百七十四条にいわゆる「公然猥褻の行為」も同法第百七十五条にいわゆる
「猥褻物の公然陳列」も、ひとしく性風俗を侵害する犯罪であるが、右各法条の文
言自体に徴すると、両者区別の標準は、その法益侵害が前者にあつては人の動作を
他人に知覚させることにより行われ、後者にあつては物を他人に知覚させることに
より行われる点に存するものと認めるのを相当とする。人はその通常の姿では性風
俗を侵害しない。特殊な動作を行う場合にのみ性風俗を侵害する危険を生ずるに対
し、猥褻物は、その儘の姿が常に性風俗を侵害する危険を包蔵しているのである。
論旨指摘の情交の場面に関する設例において、人の動作による場合が春画、映画等
による場合に比し寧ろ他人の性慾を刺戟興奮させる程度が強烈であることは、これ
を諒解するに難くなく、しかも公然猥褻罪の法定刑が猥褻物公然陳列罪の法定刑よ
りも軽いことは所論のとおりであるが、個々の場合においてこれを知覚する他人の
性慾を刺戟興奮させる程度の強弱のみが刑法において法定刑の重軽を定める標準と
なつたものであることは必ずしも解せられないばかりでなく、一般に法定刑に不合
理な点があれば、よろしく法の改正にその是正解決の途を求めるべきである。即ち
所論はいずれもこれを採用する訳に行かない。なお、劇場で約二百名の観客を前に
し、舞台中央に巾約二米の薄い幕を垂下し、頭上に二百燭光の電燈二個を点じ観客
の方からその幕を透して電燈の照明により十分その形、動作が透視できるようにし
た舞台の上に、女優が初めは全裸で紅絹の布切を胸の辺から垂らして持つた姿で立
ち、開演するとその布切を下に落して全く一糸まとわない裸体を観客の方に向け約
一分三十秒間あるポーズを取つて立つていた事実は刑法第百七十四条に、該当する
こと明白であるとした最高裁判所の判例(昭和二十五年十一月二十一日第三小法廷
判決、判例集第四巻第十一号第二三五六頁参照)がある。結局論旨は理由がない。
 よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 藤島利郎 判事 飯田一郎 判事 井波七郎)

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