弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     被告人Aに対する検事の本件控訴は之を棄却する。
     原判決中被告人B、C、D、E及びFに関する部分を破棄する。
     被告人B、C、D、E及びFに関する本件はいづれも之を和歌山地方裁
判所に差し戻す。
         理    由
 本件控訴理由は末尾添付の控訴趣意書の通りである。
 第一、 被告人Dについて。
 検事は、原判決は被告人Dの本件公訴事実中第一の(四)法定外選挙運動費用支
出、第二の(一)法定外飲食物提供の部分について、本件起訴状において訴因が特
定されていないから本件公訴提起は不適法であり、不適法な起訴状は予備的訴因追
加の形式で補完することは許されないとの理由で公訴棄却の判決をしたけれども、
(一)本件起訴状は適法である。若し原審裁判官が本件公訴提起を不適法と考えた
ならば、事実審理に入るに先立つて公訴を棄却すべきである。(二)本件公訴事実
は包括一罪である。(三)たとえ、本件公訴事実が併合罪であるとしても、一覧表
によつてその内容が明らかであるから、右一覧表中第二事実について有罪の判決を
なすべきである。(四)本件公訴事実について原審裁判官は検察官に対し、包括一
罪はりや併合罪なりやを釈明すべきであるのに、漫然事実審理を終了したのは違法
である。(五)包括一罪として起訴した場合その訴因を併合罪に変更することは適
法であると主張する。よつて案ずるに、先ず被告人Dに対する本件公訴事実中第一
の(四)法定外選挙運動費用支出、第二の(一)法定外飲食物提供の犯罪が、包括
一罪であるか併合罪であるかの点を考えてみるに、犯罪の個数は犯罪の日時、場
所、被害法益の単一その他各具体的の情況を審査した上で、一群の行為を同一犯意
の下に犯された一個の犯罪と認められるかどうかにより決すべきものと考える。検
事主張の如く、特定選挙における特定候補者のための選挙運動として、なされたも
のであれば、これを包括して一罪とする考え方には、たやすく賛成はできないので
あつて、通常の場合は寧ろ犯罪の日を異にすろに従つて、別罪を構成するものと認
めるのが相当であると考える。ただ本件事案において特別の事情として考えられる
点は、被告人Dが被告人Cを通じて被告人Bから二回に亘つて受領した合計金四十
万円の金員は特定している点である。かように、特定した金員を特定の候補者のた
めの選挙運動に使用する場合においては当該金員授受の当時に、既にその将来に為
ける多数回に亘る使用を予定しているのであるから、その金員の使用の範囲内に限
り、単一犯意に基く一個の犯罪と認めることを相当とする余地が多分に存するよう
に考える。(検事の予備的訴因はこの考え方によるものと認められる。)
 <要旨第一>以上説明の通り、被告人Dに対する前記公訴事実を包括一罪と認める
か併合罪と認めるかは、極めて困難な問題であつて、結局諸般の事情を
審査した上でなければ決定できないところである。かような場合に、検事が包括一
罪として起訴した場合の訴訟上の取扱をどうすべきかを次ぎに考究しよう。いうま
でもなく、刑事訴訟法第二百五十六条所定の公訴提起の方式としての公訴事実の記
載は訴因明示の方法によるべきものと定められており、いうところの訴因は特定の
社会的事実がいかなる構成要件に該当するかに関する検事の認定によつて構成され
るものである。待つて当該起訴状の記載が適法であるかどうかの決定は検事の認定
を前提とするものであつて、裁判所の審理の結果によるものではない。いいかえる
と、訴因の特定ということは審判の範囲を特定するためのものであつて、講学上い
わゆる刑事訴訟の手続面の問題である。裁判所は実体面においては検事の認定に拘
束されないこと当然であるから、検事が包括一罪又は科刑上一罪として起訴した事
案であつても審理の結果、裁判所が実体法を適用するに当つて併合罪と認めること
は自由である。さればこそ、検事によつて明示せられた訴因といえども絶対的なも
のではなくて、公判手続の過程において適宜修正することも許されているのであ
る。(刑事訴訟法第三百十二条)また、裁判所としても、若し原審のように審理の
結果、本件公訴事実が併合罪の関係にあるものと考えろならば、所論の一覧表によ
つて句括一罪の内容であろ個々の行為は釈明されているのであるし、審判の対象は
公訴事実なのであるからその同一性を害しない限度において、予備的訴因の追加を
促し又は命じ、以つてこの点につき双方に攻撃防禦の機会を与え、審理を尽すよう
訴訟の指揮をなすべきである。(刑事訴訟法第三百十二条第二項)しかるに原審が
訴因の補充追完は公訴提起後には許されないと解して公訴棄却の判決言渡したの
は、訴因及び訴訟指揮に関する法理を誤解したものである。その法令違反は判決に
影響を及ぼすから原判決は破棄を免れない。
 検事は、たとえ本件公訴事実が併合罪であるとしても一覧表によつてその個々の
行為の内容が釈明されているのであるから、裁判所はこれに基ずいて有罪判決をす
べきである旨主張し、さような学説も見受けるのであるが、当裁判所としては前に
説明した通り被告人に十分な防禦の機会を与えるために、予備的訴因の追加の方法
を採るべきものと考える。
 第二、 被告人B、Cについて。
 <要旨第二>先ず、公職選挙法第百八十七条所定の選挙運動費の支出には飲食物提
供のような不法選挙運動に関する支出を含まないと説示した原判決は法
律の解釈を誤まつたものであるとの検事の主張につき案ずるに、当裁判所も亦原審
と同じく、公職選挙法第百八十七条にいわゆる選挙運動の費用とは、同法に規定せ
られた選挙運動方法の制限内における適法な選挙運動のために必要である費用だけ
を指し違法な選挙運動の費用は之を包含しないと解するを相当と考える。思うに公
職選挙法は選挙の公正を期するために、選挙運動に関する支出金額の制限について
厳重な規定を設けている(第百九十四条)。しかしてその規定を励行するために
は、特定候補者の選挙運動に関する支出の総額を明確に把握する必要のあることは
当然である。従つて法は第百八十七条と第百九十七条との規定を設け、当該候補者
の選挙運動に関する支出は総て出納責任者のルート一本を通じて支出さるべきもの
として、第三者かちする選挙運動に関する支出を禁止しているのである。故にここ
でいう支出又は費用は、本来ならば出納責任者のルートを経て支出せらるべきであ
る費用、即ち正当な選挙運動費用だけを指称するものであること明瞭である。違法
な選挙運動費用はそれぞれの罰則殊に第二百二十一条の規定によつて取締られるこ
とが多かろう。
 よつて第百八十七条にいう、選挙運動に関する支出が、違法な選挙運動費用をも
包含するものであるとの検事の主張には、当裁判所は賛成できないのである。
 しかしながら原判決説示のように、飲食物提供のための費用支出であれば全て違
法な選挙運動の費用と解すべきかどうかは別の問題である。たとえ飲食物提供のた
めの費用支出であつても、選挙運動員や労務者に対して、その労務に対する正当の
対価としてならば、実費や報酬を支払つてよいことは一般に認められているところ
であるから、これらの者に支払われた弁当代、茶菓料等はその地方の実情に応じた
額であれば、適法な選挙運動費用と言えるのである。従つて原判決が認定した被告
人B、同Cの本件金員交付の趣旨が仮りに正当であるとしてもその理由だけで無罪
の言渡をするのは早計に失する。いわんや、検事主張の如く右金員交付の趣旨が他
の正当な選挙運動費用に充てられることの趣旨をも含んでいたものとすれば、いよ
いよ個々の支出行為につき、それぞれ検討を加えた上でなければ、罪責の有無は決
しられないのである。従つて原審が本件公訴事実についてその判示のような認定を
なし、無罪の言渡をしたのは法律の解釈を誤り、且つ事実を誤認した違法があるや
うに認められ、その瑕疵は判決に影響を及ぼすので破棄を免れない。
 なお、検事は、原判決は被告人B及びCに対して検事のした予備的訴因の追加に
対し公訴事実の同一性がなく、仮りに然らずとするも起訴当時に予備的訴因の事実
が特定していなかつたので、これは後日補充追完できないものであるから、右追加
は不適法であると説示しているけれども、刑事訴訟法第三百十二条の解釈を誤つた
ものであると主張する。よつて記録を調査するに、検事は最初に(一)被告人Bが
五月九日及び同月二十七日G候補の選挙運動に関する費用として各二十万円を被告
人Cに交付し、(二)被告人Cは右同日各二十万円を被告人Dに交付したとの事実
について起訴し次いで公判において、被告人Bは被告人Cに同被告人は被告人Dに
順次金二十万円宛を二回に合計金四十万円の資金を交付し、以つて右被告人三名共
謀の上被告人Dにおいて五月十一日頃から六月三日頃迄の間に金三十九万八千百六
十五円を支出した旨の訴因を予備的に追加しているのである。そこで右二つの訴因
に公訴事実の同一性があるかどうかについて考えてみるに、最初の訴因は被告人B
から被告人Cにそれから更に被告人Dに現金を交付した事実であるのに対し、予備
的訴因はかくして被告人Dの受けとつた右現金を被告人B及びCと予め共謀の上支
出して費消したというのである。従つて均しくG候補の選挙運動に関し、同一の現
金にりいて交付から費消えと発展したにすぎないのであつて、社会通念上同一事実
と解して差支えなく、両訴因の公訴事実はその基本的事実関係において同一性を失
つているものではない。従つて本件予備的訴因の追加は、これを許すべきであるか
ら、原判決は刑事訴訟法第三百十二条を誤解したものであつて、その違反は判決に
影響を及ぼすものと認められるので、破棄を免れない。
 第三、 被告人E及びFについて
 検事は、原判決は被告人E及びFが被告人Dに対し現金五十万円を交付した事実
を認定した上、DはH支店長代理で、被告人E及びFはその下僚であり、その他の
事情を考えて同被告人等の金員交付は、独立の意思に基く独立の支出行為ではな
く、Dの選挙運動に関し現実の支出を容易ならしめてその犯行を幇助したものであ
ると説示しているが、それは事実の誤認であつて、実は正犯であると主張する。よ
つて記録を調査するに、被告人Eは経理課長であつて現金の支出につき独立の権限
を有しており、現金の支出につき支店長代理である被告人Dの指示を受けなければ
できないわけではないと認められる。従つて被告人EがDの依頼を受けて、被告人
Fと共謀の上、被告人Eの保管する会社の金を正当な選挙運動費用に使われること
を知りながら支出したとすれば公職選挙法第百八十七条違反の共同正犯の罪が成立
する余地があると認められる。H支店に趣ける現金の支出の権限は支店長代理であ
るDだけにあつて、被告人E及び同FはDの単純な補助者にすぎないというような
事実関係は記録上これを発見し難い。よつて原判決はこの点においても、事実を誤
認しておるやに認められ、この誤認は判決に影響を及ぼすものであるから、破棄を
免れない。従つて幇助罪であることを前提とする検事の論旨については説明の要な
く、また予備的訴因の追加を許すべきものであることは第二において既に説明した
通りである。
 第四、 被告人D及びAについて。
 検事は、被告人Aに対する原審の科刑は著しく軽きに失するの不当があると主張
するけれども、所論を考慮に入れて記録に現われた諸般の情状を考察してみても、
原審の科刑は相当であつて不当な量刑ではない。
 なお、被告人Dに対する検事の量刑不当の主張については、右説明の理由によつ
て原判決を破棄し、事件を差し戻すものであるから当審では判断できない。
 よつて刑事訴訟法第三百九十六条第三百九十七条第四百条本文を適用して主文の
通り判決する。
 (裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 綱田覚一)

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