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裁判例


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主文
1原判決を取り消す。
2本件を東京地方裁判所に差し戻す。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文1,2項同旨
第2事案の概要
1本件は,東京都の住民である控訴人(原告)が,被控訴人(被告)に対し,
東京都の職員が,複合構造建築物の固定資産評価について生じていた不均衡を
是正する職務を遂行するに当たり,職務専念義務に反してそれを適切に行わな
かったことから,それらの職員やこれを監督すべき東京都知事は,東京都に対
して債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償義務を負っており,被控訴人
は,その請求を違法に怠っているとして,地方自治法(以下「法」という。)
242条の2第1項4号に基づき,東京都知事等の職にある個人に対し損害賠
償として26万3100円及びこれに対する平成22年2月22日から支払済
みまで年5分の割合による遅延損害金をそれぞれ請求することを求めた住民訴
訟である。
2原審は,おおむね次のとおり判示して,本件訴えを却下した。
(1)法242条の2に定める住民訴訟は,地方財務行政の適正な運営を確保
することを目的とし,その対象とされる事項は法242条1項に定める事
項,すなわち公金の支出,財産の取得・管理・処分,契約の締結・履行,債
務その他の義務の負担,公金の賦課・徴収を怠る事実,財産の管理を怠る事
実に限られており,住民訴訟の対象は,このような財務会計上の行為又は事
実としての性質を有するものでなければならない(最高裁平成2年4月12
日第一小法廷判決・民集44巻3号431頁(以下「最高裁平成2年4月判
決」という。)参照。)。
(2)法は,12条2項及び75条において,当該普通地方公共団体の事務の
遂行に関し,普通地方公共団体の監査委員に対し監査の請求をすることがで
きるという事務監査請求の制度を設けており,この事務監査請求について
は,選挙権を有する者の50分の1以上の者の連署があって初めて監査請求
をすることができるという厳しい要件が設けられているところ,住民監査請
求及び住民訴訟は住民が1人で行うことができるとされており,これは,財
務会計上の行為は,地方行政の基盤を支える重要なものであることから,そ
れが違法に行われることによって地方行政に生じる重大な支障を避けるため
に,財務会計上の行為に限って事務監査の厳しい要件を緩和したものである
と解される。
(3)控訴人が,不適切な行為であると指摘する対象は,まさに複合構造建築
物の固定資産評価について生じていた不均衡是正のための行為にほかなら
ず,これは財務会計上の行為ではなく一般的な事務の遂行行為であるから,
このような行為を対象として住民監査請求や住民訴訟の提起をすることは,
およそ法が予定しているものではないといわざるを得ない。
(4)確かに,控訴人が主張する「損害賠償請求権の行使を怠っている」とい
う点のみをみれば,それは外形上「財産の管理を怠る事実」に該当するよう
にもみえるが,控訴人が本来違法であると指摘する職員の行為は,固定資産
評価について生じていた不均衡是正のための行為であって,それは財務会計
上の行為ではない。そして,仮に,控訴人が主張するように,職員等が行っ
た財務会計上の行為以外の一般的な行為について,それが違法であることに
よって生じた損害賠償請求権の行使を怠っていると構成しさえすれば住民監
査請求及び住民訴訟の対象となり得ると解するのであれば,およそ地方公共
団体の職員等が職務行為として行ったほぼ全ての行為について,住民監査請
求及び住民訴訟の対象となり得ることになりかねないのであって,このよう
な解釈がおよそ住民監査請求及び住民訴訟制度の趣旨を完全に没却すること
になる不当な解釈であることは明らかである。
(5)本件訴えは,およそ住民訴訟の対象となり得ない行為について,住民訴
訟として訴えを提起したものにほかならない。
これに対し,控訴人が控訴した。
4前提事実及び当事者の主張は,次のとおり改め,当審における控訴人の主張
を後記5のとおり,当審における被控訴人の主張を後記6のとおり付加するほ
か,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1及び2に記載のとおりであるか
ら,これを引用する。
(1)原判決2頁23行目の次に行を改めて,次のとおり加える。
「2当事者の本案前の主張
(1)被控訴人の主張
法242条の2第1項は,適法な住民監査請求がされたことを前
提として,住民訴訟を提起できる旨定めている。住民監査請求にお
いては,対象とする当該行為等を監査委員が行うべき監査の端緒を
与える程度に特定すれば足りるというものではなく,当該行為等を
他の事項から区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示
することを要し,また,当該行為等が複数である場合には,当該行
為等の性質,目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当
性を判断するのを相当とする場合を除き,各行為等を他の行為等と
区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要
するものである(最高裁平成2年6月5日第三小法廷判決・民集4
4巻4号719頁(以下「最高裁平成2年6月判決」という。),
最高裁平成16年11月25日第一小法廷判決・民集58巻8号2
297頁参照)。
控訴人は,平成22年12月3日付けで,東京都品川区α×-6
所在の家屋に関し,本件監査請求をしたが,東京都監査委員は,平
成23年1月11日付けで,控訴人は,特段の根拠を示すことな
く,東京都の家屋評価担当者が職務上の注意義務を尽くしていない
などと主張し,当該主張に基づいて,東京都が本件還付加算金相当
額に係る損害賠償請求権を取得したと述べるにすぎず,当該主張か
らは,東京都に損害賠償請求権があるとは認められず,東京都が損
害賠償請求権を行使しないことが違法・不当であることを具体的か
つ客観的に示しているとはいえないから,不適法であるとして,本
件監査請求を却下した。したがって,本件監査請求は不適法である
から,本件訴えは,同項の要件を欠く不適法なものである。
(2)控訴人の主張
被控訴人の,最高裁平成2年6月判決等に基づく主張は,示され
た規範と本件への当てはめが対応しておらず,失当である。
控訴人は,本件監査請求において,東京都が取得している債権の
債務者を特定し,その内容が損害賠償請求権であること,その発生
原因である不法行為又は債務不履行の具体的事実及びその行使を東
京都知事が怠っていることを摘示しており,対象とした怠る事実を
他の事項から区別して特定・認識することは,容易である。
地方公共団体の請求権の不行使が「財産の管理を怠る事実」に該
当するとして住民訴訟が提起された場合,当該請求権の有無は訴訟
要件ではなく,本案の問題とされている(最高裁平成13年12月
13日第一小法廷判決・民集55巻7号1500頁(以下「最高裁
平成13年判決」という。)参照)。住民監査請求の段階でも,同
様に考えるべきであり,本件監査請求を却下した東京都監査委員の
判断は,違法である。」
(2)同24行目の「2」を「3」と改める。
(3)同25行目冒頭~同3頁1行目の「また,」までを削る。
5当審における控訴人の主張
(1)原審は,本件訴えは,住民訴訟の対象となり得ない行為について,住民
訴訟として訴えを提起したものにほかならないから,不適法であると判示す
るが,誤りである。
控訴人が,本件監査請求及び本件訴訟の対象としている行為は,被控訴人
が損害賠償請求権の行使を怠っていることである。したがって,最高裁平成
2年4月判決を前提としても,本件訴訟が法242条の2第1項4号の類型
に該当する適法なものであることは,明らかである。
(2)法242条の2の定める住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は
職員による法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究
極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであ
るところから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一
環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,も
って地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって,
執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の
要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に,
住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点に,制度の
本来の意義がある(最高裁昭和53年3月30日第一小法廷判決・民集32
巻2号485頁)。また,住民監査請求の制度は,住民訴訟の前置手続とし
て,まず当該普通地方公共団体の監査委員に住民の請求に係る行為又は怠る
事実について監査の機会を与え,当該行為又は当該怠る事実の違法,不当を
当該普通地方公共団体の自治的,内部的処理によって予防,是正させること
を目的とするものである(最高裁昭和62年2月20日第二小法廷判決・民
集41巻1号122頁)。これらに照らすと,住民監査請求及び住民訴訟の
対象となる行為の範囲を狭くする解釈が制度趣旨を没却することはあって
も,対象行為の範囲を広げる解釈が,制度趣旨を没却することにはならず,
本件訴えを適法なものとしても,制度趣旨を没却するものではない。住民訴
訟の対象を一定の財務会計行為に限定した法の趣旨は,損害賠償請求権の成
否の判断において,長らに認められている政策的判断に十分配慮した注意義
務を設定すること,及びそのような損害賠償請求権の行使不行使の判断にお
いて,行政上の裁量を認めるべき場合があることにより解決されるべき事柄
である。
(3)原審は,住民監査請求制度と事務監査請求制度との対比をして,本件訴
えが不適法であると判示するが,誤りである。
住民監査請求及び住民訴訟が住民1人で行うことができるものであるから
といって,形式的に「財産の管理を怠る事実」に該当する行為を対象とした
住民訴訟を不適法なものと扱うことが許されるはずはないし,本来は事務監
査請求の対象とするのが適切であるというだけの理由で,本件訴えを却下す
ることも許されない。
6当審における被控訴人の主張
法242条の2に定める住民訴訟の対象は,財務会計上の行為又は事実とし
ての性質を有するものでなければならない(最高裁平成2年4月判決)から,
同条第1項4号にいう損害賠償請求権についても,当該職員が,違法な財務会
計上の行為を行ったことに基づくものでなければならない。
控訴人が,東京都知事らの債務不履行又は不法行為の内容として主張する行
為は,いずれも複合構造建築物の固定資産評価について生じていた不均衡是正
のための行為にほかならないから,財務会計上の行為に当たらないことは明ら
かである。財務会計上の行為の範囲をみだりに拡張解釈すべきではなく,財務
会計上の効果を直接かつ本来的に生ぜしめる行為に限られると解すべきであ
り,結果的に何らかの財務上の影響が生ずるからといって,このことから直ち
に財務会計上の行為に当たるとするのは相当ではないと解される。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,原審と異なり,本件訴えを不適法であるということはできない
と判断する。その理由は次のとおりである。
(1)ア法242条の2の規定する「怠る事実」は,法242条1項が定義す
るとおり,「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」を
指し,ここでいう「財産」については,法237条1項が「公有財産,物
品及び債権並びに基金」と定義し,そのうち「債権」については,法24
0条1項が「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」と定義し
ている。不法行為又は債務不履行(以下,便宜上,不法行為のみについて
検討する。)に基づく損害賠償請求権は,金銭の給付を目的とする権利で
あることが明らかであるから,地方公共団体が第三者に対して有する不法
行為に基づく損害賠償請求権は「財産」に当たり,その管理を怠る事実は
「財産の管理を怠る事実」に当たる(最高裁昭和57年7月13日第三小
法廷判決・民集36巻6号970頁参照)。これを住民監査請求及び住民
訴訟(以下「住民訴訟等」という。)に関してのみ一部に限定する趣旨の
明文の規定は存在しない。以上は,原審も当然の前提としているところで
ある。
そして,不法行為には様々な態様があり,故意又は過失により普通地方
公共団体の権利又は法律上保護された利益を侵害する行為は,広く不法行
為を構成し,不法行為の主体も,当該地方公共団体の職員(長を含む。以
下同じ。)である場合も,それ以外の第三者である場合もある。職員の行
為は,当該違法行為が財務会計上の行為である場合も,そうでない職務上
の行為である場合も,職務外の行為である場合もある。財務会計上の行為
でない職務上の行為が当該地方公共団体に対する不法行為を構成すること
があることは,否定できない。そのような財務会計上の行為でない職務上
の行為が不法行為を構成する場合(構成するかどうかは,本案の問題であ
る。)に,その不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実は,住
民訴訟等の対象とすることができない事項といえるかどうかが,問題とな
る。
イ例えば,職員が違法な出張命令を出し,命令を受けた者が出張したこと
により地方公共団体に損害が生じたという場合には,違法な命令をした職
員は地方公共団体に対し損害賠償義務を負うと解される。この場合,損害
の多くは,命令を受けた者に対する旅費,日当等の支給という形で生ずる
ことから,その支出をした職員を当該職員とし,支出の違法をいう住民訴
訟等を提起することができるが,この違法な出張命令をした職員に対する
損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法をいう住民訴訟等を提起すること
も許されるものと解される。もとより出張命令は財務会計上の行為ではな
いが,そのことを理由に,上記の支出の違法をいう住民訴訟等が許されな
いと解する余地はなく,同様に,上記の怠る事実の違法をいう住民訴訟等
が,住民訴訟等の対象とすることができないものを対象とするものである
という理由で許されなくなるものとは解し難い。
上記の支出の違法をいう住民訴訟等においても,出張命令の違法の有無
は,間接的に審査の対象に含まれてくるものといわざるを得ない(例え
ば,最高裁昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,
最高裁昭和60年9月12日第一小法廷判決・判例タイムズ527号54
頁は,財務会計上の行為は,その原因となる(財務会計上の行為とはいえ
ない)行為が法令に違反して許されない場合にも違法となるとして,財務
会計上の行為とはいえない行為の適否につき実体審査をしているし,最高
裁平成5年9月7日第三小法廷判決・民集47巻7号4755頁,最高裁
平成9年9月30日第三小法廷判決・判例タイムズ956号147頁も,
同様の考え方に基づくものと解される。)。もっとも,その場合,支出の
違法の有無は,あくまで支出をした職員の立場において,当該支出が財務
会計法規に違反するものといえるかどうかにより判断されるのであり,出
張命令の違法性が直接的な審査の対象となるものではない。出張命令が不
法行為に当たるとしてその損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法をいう
住民訴訟等においても,怠っているとされる職員の立場において,当該怠
る事実が財務会計法規に違反するものといえるかどうかにより判断される
ことに,変わりはない。そして,財務会計上の行為ではない職務上の行為
を,その性質,内容等によって,法が住民訴訟等において間接的に審査の
対象とすることを予定しているものと予定していないものとに区別するこ
とは,困難といわざるを得ない。
以上のように解されるとすると,財務会計上の行為ではない職務上の行
為が地方公共団体に対する不法行為に当たるとして地方公共団体の有する
不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法をいう住民訴訟
等が,制度の趣旨に反するものとして許されないといわなければならない
実質的理由は,見いだし難い。したがって,上記怠る事実の違法をいう住
民訴訟等は,法の予定しないものということはできず,住民訴訟等の制度
の趣旨を没却するものであるということもできないのであって,そのよう
な理由でこれを不適法ということはできないというべきである。
以上のように解することは,最高裁平成2年4月判決に反するものでは
ない。
なお,財務会計上の行為又は怠る事実を対象とするものとはいえない住
民訴訟等は,事務監査制度との対比を待つまでもなく,法の定める類型に
当たらないものであって,不適法として却下されるべきものであるが,財
務会計上の行為又は怠る事実を対象とするものについて,その一部を事務
監査制度との対比を理由に不適法と解さなければならない理由はない。
ウ本件においても,「東京都の職員らが複合建築物の固定資産評価につい
て生じていた不均衡を是正する事務を職務専念義務に反して適切に行わな
かったこと」あるいは「東京都知事がその監督を怠ったこと」は,財務会
計上の行為ではない職務上の行為(あるいは怠る事実)であるが,そのこ
とが不法行為に当たり東京都が損害を被っていると主張して,損害賠償請
求権の行使を怠る事実があることを理由に,その怠る事実が違法であると
する住民訴訟等を提起することが許されないと解さなければならない理由
は,見いだし難い。なお,本件においても,当該怠る事実が違法かどうか
は,怠っているとされる職員の立場において,当該怠る事実が財務会計法
規に違反するものといえるかどうかにより判断されるものであるが,それ
はいずれにしても本案における問題である。
仮に,控訴人が主張する不法行為に基づく損害賠償請求権が客観的に存
在するのであれば,理由もなくこれを放置したり免除したりすることは許
されないのであるから,その行使を怠る事実の是正を求めることは,地方
財務行政の適正な運営の確保に資するものであり,法の定める住民訴訟等
の趣旨目的に反するということにはならないというべきである。
(2)被控訴人は,本件監査請求が,対象とする行為等が特定されておらず,東
京都監査委員は,これを不適法なものであるとして却下したから,本件訴訟
は,適法な住民監査請求がないので不適法なものとして却下すべきであると主
張する。
しかし,控訴人は,本件監査請求に係る住民監査請求書において,問題とな
る不動産を特定した上,その固定資産税・都市計画税(以下「固定資産税等」
という。)につき,東京都が,平成22年2月頃,平成18年度の評価替えに
おいてされるべき処理がされていなかったとして,当該不動産の所有者に対
し,固定資産税等の過納金を還付し,その際に還付加算金を支払ったこと,平
成18年当時の東京都主税局長の地位にあった者,同東京都主税局資産税部長
の地位にあった者及び同東京都主税局資産税部固定資産評価課長の地位にあっ
た者並びに東京都知事の職務上の注意義務違反により東京都に還付加算金相当
額の損害が生じたこと,東京都の執行機関たる東京都知事が上記4名に対する
損害賠償請求権を行使しないことは,損害賠償債権という「財産」の管理を違
法に怠るものであることなどを記載している(甲10)。そうすると,本件監査
請求が対象とする怠る事実は,他の事項から区別し特定して認識できるよう,
個別的,具体的に摘示されているといえるから,最高裁平成2年6月判決に示
された判断基準によれば,本件監査請求は対象の特定を欠くものということは
できない。東京都監査委員は,控訴人は特段の根拠を示すことなく東京都が損
害賠償請求権を取得したと述べるにすぎないから,同請求権があるとは認めら
れず,控訴人は東京都が同債権を行使しないことが違法・不当であることを具
体的かつ客観的に示しているとはいえないとして,本件監査請求は不適法であ
るとしている(甲11)が,この判断は,誤りである。ある請求をしないこと
が怠る事実として問題とされている場合に,そのような請求権が発生している
か否かという点は,本案の問題というべきであり,当該訴えが怠る事実の不存
在により不適法であるとはいえない(最高裁平成13年判決)ところ,これ
は,住民監査請求にも当てはまる。
そして,適法な住民監査請求を不適法であるとして却下した場合,当該請求
をした住民は,直ちに住民訴訟を提起することができるものである(最高裁平
成10年12月18日第三小法廷判決・民集52巻9号2039頁参照)。
2以上によれば,本件訴えを不適法として却下した原審の判断は,法の解釈を
誤るものといわざるを得ないのであって,原判決は取消しを免れず,本件につ
いては,原審において更に弁論をする必要があるから,原審に差し戻すべきで
ある。よって,本件控訴は理由があるから,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官大橋寛明
裁判官川口代志子
裁判官佐久間政和
(原裁判等の表示)
主文
1本件訴えを却下する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,A,B,C,D及びEに対し,26万3100円及びこれに対する平成
22年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を東京都に支払う
ようそれぞれ請求せよ。
第2事案の概要
本件は,東京都の住民である原告が,東京都の職員らが,複合構造建築物
(一棟の建物を鉄骨造と鉄筋コンクリート造というように複数の構造によって
建築された建築物)の固定資産評価について生じていた不均衡を是正する職務
を遂行するに当たり,職務専念義務に反してそれを適切に行わなかったことか
ら,東京都の職員やこれを監督すべき東京都知事は,東京都に対して債務不履
行又は不法行為に基づく損害賠償義務を負っており,被告は,その請求を違法
に怠っているとして,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,東京都職
員らや東京都知事に対し損害賠償の請求をすることを被告に求めた住民訴訟で
ある。
1争いのない事実等(証拠等により容易に認められる事実は,末尾に証拠等を
掲記した。)
(1)当事者等
原告が,東京都職員らが固定資産税評価の不均衡是正を適切に行わなかっ
たと主張する平成17年12月から平成18年3月までの間,Aは東京都知
事,Bは東京都主税局長,Cは東京都主税局資産税部長,Dは東京都主税局
資産税部固定資産評価課長,Eは東京都品川都税事務所長であった。
(2)本件の監査請求について
原告は,東京都の職員らが,複合構造建築物である東京都品川区α×-6
所在の家屋について,固定資産評価の不均衡を是正する処置を適正に行わな
かったことなどから,固定資産税等の還付をせざるを得なくなり,還付加算
金相当額の損害が発生したとして,東京都監査委員に対し住民監査請求(以
下「本件監査請求」という。)を行ったが,東京都監査委員は,監査を実施
しない旨を決定し,平成23年1月12日,原告に対しその旨通知した。
(甲10ないし14)
(3)本件訴訟の提起について
原告は,平成23年2月14日,本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著
な事実)
2当事者の主張の概要
原告は,本件監査請求は特定されており,本件訴えは適法な監査請求を経て
いると主張し,被告は,本件監査請求は不適法であって,本件訴えは適法な監
査請求を経たものではないから不適法であると主張した。また,原告は,B,
C,D及びEは,服務の根本基準を定めた地方公務員法30条に違反し,Aは,
執行機関として誠実に管理し及び執行する義務を定めた地方自治法138条の
2に違反したことから,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償義務を負っ
ている旨主張し,被告はこれを争っている。
第3当裁判所の判断
1原告は,東京都の職員らが職務として行うべきであり,東京都知事が監督す
べきである,複合構造建築物の固定資産評価について生じていた不均衡を是正
するという行為が,職務専念義務を定めた地方公務員法30条等に反して行わ
れたことから,それによって生じる債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償
請求権が発生したと主張し,そのような損害賠償請求権の行使を怠っているこ
とが,違法に財産の管理を怠る事実に該当するとして,本件住民訴訟を提起し
ている。
2そこで,まず,本件の訴えが住民訴訟として予定されている適法なものであ
るか否かについて検討する。
そもそも地方自治法242条の2に定める住民訴訟は,地方財務行政の適正
な運営を確保することを目的とし,その対象とされる事項は同法242条1項
に定める事項,すなわち公金の支出,財産の取得・管理・処分,契約の締結・
履行,債務その他の義務の負担,公金の賦課・徴収を怠る事実,財産の管理を
怠る事実に限られており,住民訴訟の対象は,このような財務会計上の行為又
は事実としての性質を有するものでなければならないと解される。(最高裁判
所平成2年4月12日第一小法廷判決・民集44巻3号431頁参照。)
また,地方自治法は,12条2項及び75条において,当該普通地方公共団
体の事務の遂行に関し,普通地方公共団体の監査委員に対し監査の請求をする
ことができるという事務監査請求の制度を設けており,この事務監査請求につ
いては,選挙権を有する者の50分の1以上の者の連署があってはじめて監査
請求をすることができるという厳しい要件が設けられているところ,住民監査
請求及び住民訴訟は住民が1人で行うことができるとされており,これは,財
務会計上の行為は,地方行政の基盤を支える重要なものであることから,それ
が違法に行われることによって地方行政に生じる重大な支障を避けるために,
財務会計上の行為に限って事務監査の厳しい要件を緩和したものであると解さ
れる。
3原告は,東京都の職員らが,複合構造建築物の固定資産評価について生じて
いた不均衡を是正する事務を職務専念義務に反して適切に行わなかったこと,
あるいは都知事がその監督を怠ったことを問題にして,それらによって発生し
た債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を被告が違法に怠っ
ているとして本件の住民訴訟を提起している。しかしながら,原告が,不適切
な行為であると指摘する対象は,まさに複合構造建築物の固定資産評価につい
て生じていた不均衡是正のための行為にほかならず,これは財務会計上の行為
ではなく一般的な事務の遂行行為であるから,このような行為を対象として住
民監査請求や住民訴訟の提起をすることは,およそ地方自治法が予定している
ものではないと言わざるを得ない。
4たしかに,原告が主張する「損害賠償請求権の行使を怠っている」という点
のみを見れば,それは外形上「財産の管理を怠る事実」に該当するようにも見
えるが,原告が本来違法であると指摘する職員の行為は,固定資産評価につい
て生じていた不均衡是正のための行為であって,それは財務会計上の行為では
ない。そして,仮に,原告が主張するように,職員等が行った財務会計上の行
為以外の一般的な行為について,それが違法であることによって生じた損害賠
償請求権の行使を怠っていると構成しさえすれば住民監査及び住民訴訟の対象
となり得ると解するのであれば,およそ地方公共団体の職員等が職務行為とし
て行ったほぼすべての行為について,住民監査及び住民訴訟の対象となり得る
ことになりかねないのであって,このような解釈がおよそ住民監査及び住民訴
訟制度の趣旨を完全に没却することになる不当な解釈であることは明らかであ
る。
5以上によれば,本件の訴えは,およそ住民訴訟の対象となり得ない行為につ
いて,住民訴訟として訴えを提起したものにほかならないのであって,不適法
であることが明らかである。
第4結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,本件訴えは不適法であるから
却下することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61
条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官定塚誠
裁判官波多江真史
裁判官渡邉哲

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