弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役4年6月に処する。
未決勾留日数中360日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,A(当時18歳)を強姦する目的で,平成14年5月14日午後7時
50分ころ,兵庫県a市b番地所在のパチンコ店B駐車場において,同女に対し,
「Cの方へ行こか。」などと甘言を用いて同女の思慮浅薄に乗じて同女を誘惑し,
同女にこれを承諾させて同所に駐車中の普通乗用自動車助手席に乗車させ,同車を
発進させて同女を自らの支配下に置き,もって,わいせつの目的で同女を誘拐した
上,同日午後8時15分ころ,同市c町d番地所在のCバスゲート前バス停留所東
側路上に停車した同車内において,同女に対し,「おっぱい触らせてくれへん
か。」「手どけんかえ。じき済むから。我慢せい。」などと申し向け,平手でその
左手首付近を1,2回殴打し,その右手首を掴んで引っ張るなどの暴行を加えた
上,右手で同女の左乳房を
揉み,さらに,同車を同所から発進走行させて,同日午後8時30分ころ,同市e
町f番地先山陽自動車道側道に移動させ,同所に停車した同車内において,平手で
同女の右腕を1,2回殴打して同車後部座席に同女を移動させた上,同所におい
て,同女をあお向けに押し倒し,同女の下着を脱がせて,両手で同女の左右大腿部
を掴んで押し広げるなどの暴行を加え,「下もええやないかえ。」「うるさい,黙
っとれ。」「どつくぞ。」などと脅迫して,同女の反抗を抑圧した上,同女を強い
て姦淫し,その際,前記各暴行により,同女に全治約7日間を要する左右大腿部前
面皮下出血の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)―括弧内の数字は検察官請求証拠番号―
省略
(補足説明)
第1 争点(わいせつ目的誘拐罪の成否)
弁護人は,判示事実中,強姦致傷罪の成立は争わないが,わいせつ目的誘拐
の点について,判示A(以下「被害者」という。)は勝手に判示パチンコ店(以下
「パチンコ店」という。)駐車場で判示自動車(以下「本件自動車」という。)に
乗り込んできたものであるところ,強姦目的で被害者を本件自動車に乗せた旨の被
告人の捜査段階における供述調書は,取り調べ担当警察官の暴行等によりなされ
た,任意性に疑いのある自白であるから,証拠能力を欠き,これを証拠にわいせつ
目的誘拐罪の成立を認めることはできないから無罪である旨主張し,被告人も,当
公判廷において,前記弁護人の主張に沿う供述をするところ,前掲関係各証拠によ
れば,判示のとおり,わいせつ目的誘拐罪の成立は優に認めることができるのであ
るが,以下,その理由に
つき補足して説明する。
第2 判示強姦致傷の犯行に至る経緯等として,関係各証拠により認められる事実
中,被告人及び弁護人においても格別争わない事実は,概要以下のとおりである。
 1 被害者は,知的能力は6歳レベルの中度の知的発達遅滞の認められる知的障
害者であり,授産施設Dに通園中の者である。
 2 本件犯行当日午後7時ころ,被害者が,当時被告人の養子であったE(当時
23歳。)の所在を尋ねるため被告人の自宅に電話をかけた際,被告人は,被害者
からその居場所を聞き出し,被害者のいるドラッグストアへ本件自動車で向かっ
た。
 3 被告人は,前記ドラッグストア付近で被害者と出会って声をかけ,被害者を
本件自動車に乗車させ,近くのパチンコ店に連れて行き,同日午後7時30分ころ
から同日午後7時45分ころまでの間,同所でパチンコ遊技をした。被告人は,被
害者が,Eと会いたがっていたため,そのころ,Eの居場所を聞こうと別居中の妻
(当時)に電話したが,妻は不在で連絡はつかなかった。
 4 被告人は,同日午後7時50分ころパチンコ店から出て,被害者に対し,何
時までに帰宅すればよいのか尋ねたところ,被害者が,9時までに帰宅すればよい
旨返答したため,被害者に対し,「ドライブ連れて行ったろか。」,「Cの方へ行
こか。」などと誘い,これを承諾させて本件自動車で犯行現場に向かった。
 5 その後,被告人は,判示のとおり,停車させた本件自動車内で被害者を強姦
し,同女に対し,判示の傷害を負わせた。
 6 犯行後,被告人は,被害者を同女の自宅付近まで本件自動車で送り届け,同
女は,翌15日午前中,警察官に電話で前記被害を申告した。 
第3 被告人供述の検討
 1 任意性について
  (1) 被告人は,捜査段階において,最終的には判示認定に沿う供述をするに至
ったが,その供述には大きな変遷がみられる。すなわち,被告人は,捜査段階にお
いて,①平成14年9月8日(以下,年月日の記載についてはいずれも平成14
年)本件により逮捕された後同月17日ころ(調書上は同月14日)までの間は,
被害者と会ったことも本件自動車に乗せたこともない等と強姦致傷の点を含め判示
事実について全く身に覚えがない旨,全面的に否認していた(検察官請求証拠番号
47,63ないし66。以下,検に続く数字は,検察官請求証拠番号をいう。)
が,②同月18日,「被害者を車に乗せて空き地に連れて行き,そこで強姦し
た。」旨本件強姦致傷の犯行を自認する自供書(検60)を作成し,③同月23日
には,DNA鑑定の結果を知
らされたと前置きして,「射精はしていない」,「正常位でしかしていない」と述
べていたのは嘘である,被害者をドライブに誘って人気のないところに連れて行
き,強姦しようと考えて被害者を車に乗車させた旨,②の後も否認していた強姦の
具体的態様やわいせつ目的誘拐の犯意等につき新たな不利益事実を承認する供述を
するに至り(検49,50),④同月26日,さらに判示事実に沿う詳細な自白を
するに至った(検53)。
(2) これに対し,被告人は,当公判廷において,逮捕当初より,取調べ担当警
察官であるF刑事から怒鳴られたり,9月10日には床に正座をさせられ,9月1
8日には,頬を拳骨で4,5回殴打されるなどの暴行脅迫を受けたために②の自白
をした等と供述し,弁護人は,被告人の同日の自白には任意性がなく,その後の供
述にもF刑事の前記違法な取調べの影響があるからその任意性には疑いがあると主
張する。
(3) そこで,被告人の捜査段階における供述((1)の②以降のもの)の任意性
について検討すると,被告人は,当公判廷においても,自白に至った理由につい
て,F刑事の暴行が原因である,兵庫警察署で留置されていた際の同房者からやっ
たことは認めるようアドバイスされたからである,あるいは,F刑事の取り調べの
内容とは無関係に,被害者に申し訳ないという自分の気持ちから自白したなど,そ
の供述を著しく変遷させているところ,9月27日の検察官調べの際には,検察官
に警察官からの暴行の有無を問われながらこれを否定した旨供述し,その理由につ
いて首肯しうる説明ができないこと,取調べ経過以外の点でも不自然,不合理な弁
解を繰り返していること,被告人は,DNA鑑定の結果を知らされて射精の事実を
認めるなど客観的証拠を
突き付けられてはじめて自白する供述態度をとっていることなどに照らすと,暴行
等の事実があった,そのため自白するに至ったとする被告人の公判供述の信用性は
低いといわざるをえず,他方,被告人の主張する暴行の事実はなかった旨を断言す
る証人Fの公判供述の信用性は十分であり,他に被告人の捜査段階の供述の任意性
に疑問を抱かせるべき証拠はない。
  以上のとおり,前記被告人の捜査段階における供述((1)の②以降のもの)
の任意性を認めるに十分である。
2そこで進んで,被告人の捜査段階における供述の信用性について検討する。
(1) 被害者供述の信用性
 被害者の供述は,同女が知的能力は6歳レベルの中度の知的発達遅滞の認
められる知的障害者であることや,証人尋問の際に見られた,同じ質問に対する回
答がしばしば異なるなどの供述態度にかんがみると,その証言能力及び信憑性につ
いて慎重な検討を要するものというべきであるが,その供述の根幹部分である「被
告人に誘われ車に乗ったら,どこかに連れて行かれ,服を脱がされ強姦された。」
旨の出来事は,被害者の能力を前提にしても十分に弁識可能な単純な事柄であっ
て,被害者にとっても稀有で印象の残る出来事であったと認められること,詳細に
ついてはともかく,前記根幹部分については,供述が一貫していること,被害者が
翌朝,自ら警察に電話をして被害申告していること等を併せ考慮すると,前記根幹
部分については,十分な
信用性が認められるというべきである。
(2) そして,被害者を強姦目的で本件自動車に乗車させ強姦した旨の被告人の
捜査段階における供述は,前述のとおり,それまで否認していた被告人が任意にな
すに至った詳細かつ具体的な自白であって,「判示山陽自動車道側道路上に停車し
た同車内において被害者に対し強姦行為に及んだが,その最中,道路公団の黄色い
自動車があらわれたため,これをやり過ごすため車を道端へ寄せ,その際前記自動
車とすれ違った。」旨の被告人の自白に基づき捜査した結果,前記自動車を運転し
ていた者が被告人運転の本件自動車を目撃していたことが判明するなど(検35)
秘密の暴露を含むものである上,被告人の自白は,被害者に対し性的興味を持つに
至った経緯をはじめ自然な供述で,強姦の回数や射精の有無なども関係証拠に符合
しており,被害者に
対し「Cの方に行こか。」などと誘って被害者を本件自動車に乗せ,そのまま当時
人気のない判示犯行現場に連れて行くや,直ちに同女の胸に触る等のわいせつ行為
に出ていることにも合致するのであって,被害者供述その他の証拠にも照らし,そ
の信用性は十分である。
 3 被告人は,当公判廷において,被害者が,しつこく電話をしてくるので,被
害者を叱責するため同女と会おうとしたのであって,被害者に性的興味を覚えたか
らではないし,被害者が知的障害者であるとは分からなかった,被害者がどうして
もEに会いたいとして被告人につきまとい,勝手に車に乗り込んできたのであっ
て,わいせつ目的で甘言を用いて被害者を車に乗せたのではないなどと供述する。
しかしながら,①被告人の当公判廷における供述のうち,被害者を叱責するために
会いに行ったとする点や,本件自動車に被害者が乗車してきた時点でも同女が知的
障害者であることには気付かなかったとする点,被告人が被害者を強く叱ったのに
被害者が自ら被告人の車に乗り込んできたとか,被害者にEの住所等を教えるため
妻と連絡を取るまでの
時間をつぶす目的でパチンコ店に行くことにしたといいながら,パチンコ店に行く
ことにすれば被害者が本件自動車から降車すると思ったと述べる点は,いずれも極
めて不自然,不合理であること,②被告人は,パチンコ店を出る際,被害者にトイ
レに行きたいか確認するなど,その後も被害者と行動を共にすることを前提にした
行動をとっており,被告人の供述と矛盾すること,③ドライブに誘おうと思った理
由として供述する内容はあいまいで変遷していることなど,わいせつ目的誘拐を争
う被告人の公判供述は信用しがたい。
なお,弁護人は,被告人にわいせつ目的があったのであれば,Eの居場所を
聞くため,別居中の妻に電話をかけたりはしないと主張するが,被害者を安心させ
たりその歓心を買う等のため被害者の意向に沿うような行動をすることはままある
ことであり,本件でも,わいせつ目的を有していたことと,Eの居場所を聞くこと
は両立するものであるから,弁護人主張の被告人の行動によって,被告人の公判供
述の信用性が高まるものではない。
第4 以上のとおり,被告人の捜査段階における供述調書の任意性,信用性は十分
であり,これに被害者供述その他の前掲関係各証拠を総合すれば,わいせつ目的誘
拐の犯罪事実は優に認められるから,弁護人及び被告人の主張は理由がない。
(法令の適用)
 被告人の判示所為のうち,わいせつ目的誘拐の点は刑法225条に,強姦致傷の
点は同法181条,177条前段にそれぞれ該当するが,このわいせつ目的誘拐と
強姦致傷との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条によ
り1罪として重い強姦致傷罪の刑で処断することとし,所定刑中有期懲役刑を選択
し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役4年6月に処し,同法21条を適用して
未決勾留日数中360日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項
ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,知的障害を有する被害者を強姦する目的で普通乗用自動車に
乗車させ,同女を同車内で強姦し,その際傷害を負わせたというわいせつ目的誘拐
及び強姦致傷の事案である。
 被告人は,自宅に電話をかけてきた被害者に性的興味を覚え,これを奇貨として
被害者と会い,同女が知的障害を有すると知り,同女を強姦しても被害申告するこ
とはないと考え本件犯行に及んだものであるが,自らも知的障害を有する養子をも
つ被告人(当時)が,知的障害者を思いやるどころか,これを利用して自己の性的
満足を得ようとしたものであって,動機に酌量の余地はなく,本件はまことに卑劣
で邪な犯行である。その犯行態様をみるに,知的能力に障害のある被害者の思慮浅
薄に乗じ,同女を自動車に乗せて人気のない場所に連行して誘拐し,突然,判示の
暴行脅迫を加えてその胸を触り,同女が「嫌や。」というなど必死に抵抗したにも
かかわらず,一顧だにせず,その陰部を手指で弄び,肛門に陰茎を挿入するなど執
拗にわいせつ行為に
及んだ上,複数回にわたり強姦したものであって,社会的弱者に対する冷酷で無慈
悲な犯行というべく悪質である。
 被害者は,同じ授産施設に通う友人の父親である被告人から本件被害に遭ったも
ので,全く落ち度はなく,被害結果は重大であるし,被害者は自分が受けた肉体
的,精神的苦痛を十分に表現することはできないものの,被告人の厳重処罰を望ん
でおり,その心身に受けた苦痛が甚大であることは明らかである。また,被害者が
知的障害者であるがゆえに性的被害に遭うことを懸念していた被害者の実母の処罰
感情にも厳しいものがあるが,これに対して被告人は,何ら慰謝の措置をとってい
ないばかりか,当公判廷において不合理な弁解に終始し,自己の責任や被害者の心
情を省みる態度に欠けているといわざるを得ない。
 そうすると,本件が計画的犯行ではないこと,傷害の程度が比較的軽微に止まっ
たこと,未決勾留が相当期間に及んだこと,被告人には業務上過失傷害罪による罰
金前科以外の前科がなく,本件犯行に至るまでは真面目に稼働していたことなど,
被告人のために斟酌すべき事情を十分に考慮しても,主文の刑を免れ得ないという
べきである。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成16年1月27日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官   杉 森 研 二
   裁判官橋 本   一
   裁判官沖   敦 子

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