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裁判例


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主文
1本件訴えのうち,被告が原告に対して平成19年8月21日付
けでした廃棄物の処理及び清掃に関する法律19条の5第1項の
規定に基づく措置命令の取消しを求める請求に係る部分を却下す
る。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1被告が,原告に対し,平成19年8月21日付けでした廃棄物の処理及び清
掃に関する法律19条の5第1項の規定に基づく措置命令を取り消す。
2被告が,原告に対し,平成20年5月7日付けでした廃棄物の処理及び清掃
に関する法律19条の8第5項,行政代執行法5条の規定に基づく79万64
70円の納付命令を取り消す。
3訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
1本件は,奈良市長が原告に対し,産業廃棄物処理基準に適合しない方法で長
期間保管,放置されていた硫酸ピッチ等に関して,これらを撤去し法に基づき
適正に処分することを命じる措置命令(以下「本件措置命令」という。)を発
したが,履行期限までに履行されなかったため,奈良市長が行政代執行により
硫酸ピッチ等を撤去し,これに要した費用につき,原告に,納付命令(以下
「本件納付命令」という。)を発したのに対して,原告が,本件措置命令及び
本件納付命令の取消しを求めた事案である。
なお,上記措置命令及び納付命令は,都道府県知事の権限に属する事務であ
るが(廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)
19条の5第1項,19条の8第2項),奈良市長は法令(廃棄物処理法24
条の2第1項,同法施行令27条,地方自治法252条の22第1項及び同項
の中核市の指定に関する政令)により,上記事務をすることができるとされて
いる。
2前提事実
当事者間に争いのない事実及び証拠(各認定事実の後に掲記のもの)によっ
て容易に認められる事実は,以下のとおりである。
()硫酸ピッチ等の放置1
有限会社A(旧商号有限会社B。以下「A」という。)は,硫酸ピッチ等
を産業廃棄物処理基準又は特別管理産業廃棄物処理基準に適合しない方法で
長期間保管,放置していた。
()本件措置命令2
奈良市長は,原告が廃棄物処理法19条の5第1項に規定された「処分者
等」に該当するとして,同条に基づき,平成19年8月21日付けの措置命
令書(以下「本件措置命令書」という。)をもって,原告に対し,同年11
月30日を履行期限として,硫酸ピッチ等の産業廃棄物を撤去し,法に基づ
き適正に処分することを命じる本件措置命令を発した(甲1,5)。本件措
置命令書には,原告が本件措置命令に不服がある場合には,処分があったこ
とを知った日の翌日から起算して60日以内に審査請求ができることや,処
分があったことを知った日から6か月以内に取消しを求める訴えができるこ
となどが記載されていた(甲1)。
本件措置命令書は,同年8月30日に原告本人に手交されたほか,同月3
1日に原告に郵送により到達した(乙1の1及び2,乙2)。
()行政代執行及び本件納付命令3
原告は硫酸ピッチ等の撤去など本件措置命令により命ぜられた措置をしな
かったため,奈良市長は廃棄物処理法19条の8第1項に基づく行政代執行
により硫酸ピッチ等を撤去し,平成20年5月7日,同条5項,行政代執行
法5条に基づき,原告に対し,その費用のうち79万6470円の納付を命
じる本件納付命令を発した(甲2)。
()異議申立て及び本件各訴訟の訴えの提起4
原告は,本件措置命令に対して審査請求をせず,平成20年6月6日,本
件措置命令の取消しを求める訴えを提起した。
原告は,同月27日,奈良市長に対して本件納付命令に対する異議申立て
を行ったが(乙3),同年7月8日付けで棄却され(甲5),同年8月25
日,本件納付命令の取消しを求める訴えを提起した(訴えの追加的変更)。
3本案前の争点
()本件措置命令取消請求に関し,出訴期間を遵守できなかった「正当な理1
由」(行政事件訴訟法14条1項ただし書)の有無
ア原告の主張
原告が本件措置命令書を平成19年8月30日に受領してから行政事件
訴訟法14条1項本文所定の6か月以内にその取消しの訴えを提起できな
かったことについては,以下のとおり正当な理由がある。
原告は,被告の職員から形だけ受領するだけでよいからといわれ本件措
置命令書を受領したもので,その内容の確認をしていない。原告は,本件
納付命令を受けて,初めて本件措置命令の意味するところを理解したので
あって,一般市民である原告が,行政当局から一方的に発せられる措置命
令の意味するところを理解するのは不可能である。
原告は,Aの一従業員に過ぎず,入社したときには既に硫酸ピッチ入り
ドラム缶が放置されていた。原告は現場の責任者として被告と協議しなが
ら硫酸ピッチの処理に当たっていたが,Aの一従業員にすぎず,経営者で
はないから,もともと原告が就職する以前から放置されていた産業廃棄物
を処理すべき法的な義務を負うものではない。被告は,原告がAに就職す
る以前から,同社に産業廃棄物が未処理のまま放置されていることを知っ
ていただけでなく,同社が不法投棄を原因とする行政代執行により支払命
令を受けていることも知っており,さらに,Aの商号変更前の会社である
有限会社Bの代表者などが廃棄物処理法違反で逮捕され有罪になったこと
を知り得る立場にあったにもかかわらず,Aの実態の解明も行わず漫然と
放置していた。したがって,原告は本来本件措置命令を受ける立場にない
と信じており,その理由根拠も正当なので,納付命令を受けるまで措置命
令に対しその取消しを求めなければならないことに思い至らなかったのだ
から,その事情はまっとうなものである。他方で,被告は原告がAの一従
業員に過ぎないことを容易に知りえたのであるから,原告に対し本件措置
命令を発することの違法性を認識しえた。したがって,原告が出訴期間を
徒過したことについては正当の理由がある。
イ被告の主張
争う。
()本件納付命令取消請求の訴えの利益の有無2
ア被告の主張
原告は,本件納付命令に記載された納付期限までに同命令に係る金員を
納付しなかったため,奈良市長は差し押さえた排ガス処理装置の売却代金
40万4250円を本件納付命令の79万6470円に充当した。さらに,
預金債権を差し押え,本件納付命令の残額に充当した。したがって,本件
納付命令の79万6470円は全額納付済みであり,本件納付命令の効果
はなくなったから,判決により本件納付命令が取り消されても,その違法
性が確定されるだけであって,原告には何ら行政事件訴訟法9条にいう
「処分の取消しによって回復すべき法律上の利益」はない。よって,本件
納付命令の取消の訴えは,訴えの利益を喪失するに至ったものというべき
である。
イ原告の主張
訴えの利益がないとの被告の主張については争う。本件措置命令及び本
件納付命令が存在する限り,原告の財産が差し押さえられる可能性がある。
4本案の争点
()本件措置命令の違法性1
ア原告の主張
原告は,廃棄物処理法19条の5第1項,19条の8第2項に規定する
「処分者等」に該当するものではないので,原告を「処分者等」として発
せられた本件措置命令は法の適用を誤っており違法である。すなわち,原
告は,既に産業廃棄物が多量に放置されていた時点でAに入社した一従業
員にすぎず,廃棄物処理法19条の5に定める処理基準に適合しない廃棄
物の処理を行ったものではないし,仮に原告が同社に在職中にそのような
処理が行われたとしても,原告は経営に影響力を全く有しない一従業員で
あり会社経営者の指示に従って行ったもので,実質的に「処分者等」に該
当しない。被告はそのような事情を知っていたにもかかわらず,原告を
「処分者等」として本件措置命令を発したのであるから,違法である。
イ被告の主張
原告の主張は争う。
原告は,廃棄物処理法19条の5第1項に規定する「処分者等」である。
()本件納付命令の違法性2
ア原告の主張
上記(1)アで述べたとおり,原告は廃棄物処理法19条の5第1項,1
9条の8第2項に規定する「処分者等」ではなく,被告は上記の事情を知
っていた。にもかかわらず,被告は原告を「処分者等」として本件納付命
令を発したのであるから,違法である。
イ被告の主張
原告の主張は,本件措置命令の取消請求の請求原因にはなりえても,本
件納付命令の取消請求の請求原因にはなりえない。
第3当裁判所の判断
1本案前の争点()(行政事件訴訟法14条1項ただし書の「正当な理由」の1
有無)について
()乙2号証によれば,原告は,平成19年8月30日に本件措置命令書を1
被告の職員から手交されたことが認められる。したがって,原告は,同日に
は本件措置命令の存在を現実に了知していたと認められる。
()しかるに,原告は,本件措置命令の存在を知ってから6か月経過した後2
に本件の取消訴訟を提起しているから,行政事件訴訟法14条1項本文所定
の出訴期間の要件を満たしていない。
そこで,本件措置命令の取消しの訴えにつき,出訴期間の徒過に正当な理
由(行政事件訴訟法14条1項ただし書)があると認められるかどうか検討
する。
この点,原告は,①一般市民である原告が,行政当局が発する措置命令の
意味を理解するのは不可能である,②原告はAの一従業員に過ぎず,原告の
入社前から放置されていた硫酸ピッチ等の処理義務を負うものではなく,本
件措置命令を受ける立場にないから,本件措置命令の取消しを求めなければ
ならないことに思い至らなかったのは正当である,と主張する。
しかし,本件措置命令書(甲1)には,原告の氏名が明記され,「下記の
措置を講じることを命じます。」と書かれており,講ずべき措置の内容とし
て,産業廃棄物(硫酸ピッチ等)が放置されている場所を特定した上で「不
適正な処分(産業廃棄物処理基準または特別管理産業廃棄物処理基準に適合
しない処分)を行った産業廃棄物(特別管理産業廃棄物である硫酸ピッチ
等)を撤去し,法に基づき適正に処分すること」と記載されている。これを
読めば,一般市民の通常の理解能力によっても,自分が産業廃棄物の撤去と
適正な処分を命じられているということを理解することは可能であり,原告
の上記①の主張は採用できない。
また,上記②の原告の主張についてみても,本件措置命令に不服がある場
合,6か月以内に取消しの訴えを提起できることが本件措置命令書(甲1)
においても明確に記載され,教示されていたのであるから,原告が本件措置
命令を受けるべき者ではないと思っていたのであれば,取消訴訟等の不服申
立てにより争うべきであったのであり,出訴期間を徒過した正当な理由には
当たらない。
以上によれば,出訴期間の徒過に正当な理由があると認められないから,
本件措置命令の取消しの訴えは,不適法である。
2本案前の争点()(本件納付命令取消請求の訴えの利益の有無)について2
被告は,本件納付命令に係る廃棄物の除去費用79万6470円は全額弁済
済みであり,本件納付命令の効果はなくなったから,その取消しによって回復
すべき法律上の利益はなく,訴えの利益がないと主張する。
しかし,廃棄物処理法19条の8第5項が準用する行政代執行法5条に基づ
く代執行費用の納付命令に記載された代執行費用の弁済が,直ちに当該納付命
令の法律上の効果を消滅させるとする法律上の根拠はない。証拠(甲2,12,
19)及び弁論の全趣旨によれば,本件納付命令は,原告を含む9名の者(1
法人を含む。)を連帯納付義務者として発せられており,本件納付命令に係る
金員は既に他の連帯納付義務者の財産に対する差押えにより全額が徴収済みと
なっていることが認められるが,この場合であっても,これら差押えの対象と
された財産の所有者において当該差押えの前提となる納付命令の取消し等を得
て徴収された金員の返還を受ける余地があり,そのような場合には奈良市長が
さらに本件納付命令に基づき原告に対して徴収手続をすることが妨げられるわ
けではない。
したがって,本件納付命令に係る金員の全額が既に徴収済みであるとしても,
原告には,なお本件納付命令の取消しを求める法律上の利益があるというべき
である。
被告の引用する最高裁昭和48年3月6日判決(裁判集民事108号387
頁)は,事案を異にし,本件に適切でない。
3本案の争点()(本件納付命令の違法性)について2
原告は,同人が廃棄物処理法19条の5第1項,19条の8第2項に規定す
る「処分者等」に当たらないのに,これに当たるとして発せられた本件納付命
令は違法であると主張する。
しかし,廃棄物処理法19条の8第2項は,既に同法19条の5第1項によ
り措置命令が発せられた「処分者等」に対して,除去等に要した費用を負担さ
せることができると規定するのみであって,同法19条の8第2項において
「処分者等」の認定を別個に行うことを予定していないし,同項を受けた同条
5項,行政代執行法5条に基づいて発令される納付命令においても同様である。
そして,本件措置命令と本件納付命令は,それぞれ別個の行政処分であるか
ら,本件納付命令が違法となるのは,本件納付命令の処分要件が満たされてい
ない場合であり,その前提となっている本件措置命令が仮に処分要件を欠くも
のであっても,これが権限ある機関によって取り消されない限りは,本件納付
命令の違法性に影響を与えない。
原告は,本件において,本件納付命令がそれ自体の処分要件を欠くとの主張
をしておらず,本件納付命令自体の違法性の主張をしていない。
したがって,原告の主張はそれ自体失当である。
4結論
以上のとおりであるから,本件訴えのうち,本件措置命令の取消しを求める
請求に係る部分は不適法であるから却下し,その余の請求は理由がないから棄
却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
奈良地方裁判所民事部
裁判長裁判官坂倉充信
裁判官齋藤憲次
裁判官伊藤昌代

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