弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人、青木義人、同藤堂裕、同青木康、同豊島徳二、同宮下国弘、同森安
剛毅、同兎原誉の上告理由第一点について。
 論旨は、原判決が労働者の年次有給休暇の請求に対し使用者の付与行為を要しな
いと判断したことは、労働基準法(以下、労基法という)三九条の解釈を誤つたも
のである、と主張する。
 よつて按ずるに、労基法三九条一、二項の要件が充足されたときは、当該労働者
は法律上当然に右各項所定日数の年次有給休暇の権利を取得し、使用者はこれを与
える義務を負うのであるが、この年次休暇権を具体的に行使するにあたつては、同
法は、まず労働者において休暇の時季を「請求」すべく、これに対し使用者は、同
条三項但書の事由が存する場合には、これを他の時季に変更させることができるも
のとしている。かくのごとく、労基法は同条三項において「請求」という語を用い
ているけれども、年次有給休暇の権利は、前述のように、同条一、二項の要件が充
足されることによつて法律上当然に労働者に生ずる権利であつて、労働者の請求を
まつて始めて生ずるものではなく、また、同条三項にいう「請求」とは、休暇の時
季にのみかかる文言であつて、その趣旨は、休暇の時季の「指定」にほかならない
ものと解すべきである。
 論旨は、また、労基法が同条一項ないし三項において、使用者は労働者に対して
有給休暇を「与えなければならない」とし、あるいは二〇日を超えてはこれを「与
える」ことを要しないとした規定の文言を捉えて、同法は有給休暇を「与える」と
いうに相当する使用者の給付行為を予定しているとみるべきである、と主張するが、
有給休暇を「与える」とはいつても、その実際は、労働者自身が休暇をとること(
すなわち、就労しないこと)によつて始めて、休暇の付与が実現されることになる
のであつて、たとえば有体物の給付のように、債務者自身の積極的作為が「与える」
行為に該当するわけではなく、休暇の付与義務者たる使用者に要求されるのは、労
働者がその権利として有する有給休暇を享受することを妨げてはならないという不
作為を基本的内容とする義務にほかならない。
 年次有給休暇に関する労基法三九条一項ないし三項の規定については、以上のよ
うに解されるのであつて、これに同条一項が年次休暇の分割を認めていることおよ
び同条三項が休暇の時季の決定を第一次的に労働者の意思にかからしめていること
を勘案すると、労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終
期を特定して右の時季指定をしたときは、客観的に同条三項但書所定の事由が存在
し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしないかぎり、右の指定
によつて年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解
するのが相当である。すなわち、これを端的にいえば、休暇の時季指定の効果は、
使用者の適法な時季変更権の行使を解除条件として発生するのであつて、年次休暇
の成立要件として、労働者による「休暇の請求」や、これに対する使用者の「承認」
の観念を容れる余地はないものといわなければならない。
 もし、これに反して、所論のように、労働者の休暇の請求(休暇付与の申込み)
に対して使用者の承認を要するものとすれば、けつきよく、労働者は使用者に対し
て一定の時季における休暇の付与を請求する債権を有し、使用者はこれに対応する
休暇付与の債務を負うにとどまることになる(論旨は、理由なき不承認は「債務不
履行」を構成する、という)のであるが、かくては、使用者が現実に特定日におけ
る年次休暇の承認、すなわち、当該労働日における就労義務免除の意思表示をしな
いかぎり、労働者は現実に休暇をとることができず、使用者に対して休暇付与義務
の履行を求めるには、改めて年次休暇の承認を訴求するという迂遠な方法をとらな
ければならないことになる(罰則をもつてその履行を担保することは、もとより十
全ではありえない)のであつて、かかる結果が法の趣旨・目的に副う所以でないこ
とは、多言を要しないところである。
 ちなみに、労基法三九条三項は、休暇の時期といわず、休暇の時季という語を用
いているが、「時季」という用語がほんらい季節をも念頭においたものであること
は、疑いを容れないところであり、この点からすれば、労働者はそれぞれ、各人の
有する休暇日数のいかんにかかわらず、一定の季節ないしこれに相当する長さの期
間中に纒まつた日数の休暇をとる旨をあらかじめ申し出で、これら多数の申出を合
理的に調整したうえで、全体としての計画に従つて年次休暇を有効に消化するとい
うのが、制度として想定されたところということもできるが、他方、同条一項が年
次休暇の分割を認め(細分化された休暇のとり方がむしろ慣行となつているといえ
るのが現状である)、また、同条三項が休暇の時季の決定を第一次的に労働者の意
思にかからしめている趣旨を考慮すると、右にいう「時季」とは、季節をも含めた
時期を意味するものと解すべく、具体的に始期と終期を特定した休暇の時季指定に
ついては、前叙のような効果を認めるのが相当である。
 所論の点に関する原判決の判示は、以上に説示するところと結局同趣旨に出たも
のと認めることができる。論旨は以上と異なる見地に立つて原判決を攻撃するもの
で、原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用しえない。
 同第二点について。
 論旨は、本件における被上告人の休暇請求の態度は使用者の時季変更権の行使を
妨害したもので、休暇請求の権利行使の方法が信義則に反し、権利の濫用であるに
もかかわらず、原判決がその旨の上告人の主張を排斥したのは、民法一条二、三項
および労基法三九条の適用を誤つたものである、と主張する。
 労基法三九条三項に基づく労働者の休暇の時季指定の効果は、使用者による適法
な時季変更権の行使を解除条件として発生するのであり、また、右の時季変更権が、
客観的に同項但書所定の要件が充足された場合に限つて使用者に生じうるものであ
ることは、第一点につき判示したとおりである。しかるに、本件において原判決の
確定するところによれば、被上告人所属の事業場たる白石営林署において、問題の
当日に休暇の時季指定をしたのは被上告人ほか一名があるのみで、被上告人が本件
の年次休暇をとることによつて同署の事業の正常な運営に支障を与えるところもな
く、したがつて使用者たる同営林署長に時季変更権がなかつたというのであるから、
その権利行使の妨害ということも、またありえない筋合である。
 以上、使用者に時季変更権の存しない本件においては、所論被上告人の時季指定
権行使の態様いかんは、本件の結論に影響せず、論旨はすべて採用しえない。
 同第三点について。
 論旨は、原判決が、年次有給休暇の利用目的がどのようなものであつても、休暇
請求が違法となることはありえないと判断したのは、民法一条二、三項および労基
法三九条三項の解釈適用を誤つたものである、と主張する。
 年次有給休暇の権利は、労基法三九条一、二項の要件の充足により、法律上当然
に労働者に生ずるものであつて、その具体的な権利行使にあたつても、年次休暇の
成立要件として「使用者の承認」という観念を容れる余地のないことは、第一点に
つき判示したとおりである。年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであ
り、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である、
とするのが法の趣旨であると解するのが相当である。
 ところで論旨は、休暇の利用目的に関連して、いわゆる一斉休暇闘争の場合を論
ずるが、いわゆる一斉休暇闘争とは、これを、労働者がその所属の事業場において、
その業務の正常な運営の阻害を目的として、全員一斉に休暇届を提出して職場を放
棄・離脱するものと解するときは、その実質は、年次休暇に名を藉りた同盟罷業に
ほかならない。したがつて、その形式いかんにかかわらず、本来の年次休暇権の行
使ではないのであるから、これに対する使用者の時季変更権の行使もありえず、一
斉休暇の名の下に同盟罷業に入つた労働者の全部について、賃金請求権が発生しな
いことになるのである。
 しかし、以上の見地は、当該労働者の所属する事業場においていわゆる一斉休暇
闘争が行なわれた場合についてのみ妥当しうることであり、他の事業場における争
議行為等に休暇中の労働者が参加したか否かは、なんら当該年次休暇の成否に影響
するところはない。けだし、年次有給休暇の権利を取得した労働者が、その有する
休暇日数の範囲内で休暇の時季指定をしたときは、使用者による適法な時季変更権
の行使がないかぎり、指定された時季に年次休暇が成立するのであり、労基法三九
条三項但書にいう「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断は、当該労働者の所
属する事業場を基準として決すべきものであるからである。
 本件において、被上告人所属の事業場たる白石営林署の問題の当日における事業
の運営の情況は、第二点につき判示したとおりであつて、気仙沼営林署における被
上告人の行動のいかんは、本件年次休暇の成否になんら影響するところはないもの
というべきである。
 原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用しえない。
 同第四点について。
 論旨は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)か、被上告人が本
件の年次有給休暇を争議行為ないし違法な団体行動に利用する目的で請求したもの
ではないと判断したのは、経験則違背、採証法則違背の違法がある、と主張する。
 しかし、所論は、がんらい原判決の傍論を非難するにすぎないものであるのみな
らず、原判決挙示の証拠によれば、原審の認定判断は相当として肯認することがで
き、その過程にも所論の違法を見出だし難く、ひつきよう、原審の専権に属する事
実の認定、証拠の取捨判断を非難するにすぎないことが明らかである。論旨はすべ
て採用しえない。
 同第五点について。
 論旨は、原判決が本件につき労基法三九条三項但書の事由が認められないと判断
したのは、同法の解釈適用を誤つた違法がある、と主張する。
 論旨は、被上告人が本件年次休暇を利用して気仙沼営林署の正常な業務の運営を
阻害したものであること、あるいはその目的で本件休暇の時季指定をしたものであ
ることを前提として、原判決に前記の違法があるというのであるが、かかる事実の
認められないことは、第四点につき判示したとおりである。したがつて、論旨はそ
の前提を欠くものであるのみならず、労基法三九条三項に関するその余の所論の理
由のないことは、すでに第三点につき判示したとおりである。原判決に所論の違法
はなく、論旨はすべて採用しえない。
 よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致
で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
 裁判官色川幸太郎は、退官につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    村   上   朝   一

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