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平成11年(ワ)第25030号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成14年2月27日
              判       決  
原      告 株式会社マーク・テック
訴訟代理人弁護士  小南明也
    被      告 株式会社安川電機
       訴訟代理人弁護士 松尾和子
       同        富岡英次
       補佐人弁理士  大塚文昭
同        竹内英人
              主       文  
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
 1 被告は,別紙物件目録記載の省エネ制御搭載形インバータを製造し,販売
し,若しくは販売の申出をしてはならない。
 2 被告は,その占有する上記装置を廃棄せよ。
 3 被告は,原告に対し,金5000万円及びこれに対する平成11年11月1
8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
   本件は,原告が被告に対し,別紙物件目録記載の省エネ制御搭載形インバー
タ(以下「被告装置」という。)を製造するなどの被告の行為が原告の有する特許
権を侵害するとして,製造等の差止め等と損害賠償の支払を求めた事案である。
 1前提となる事実(当事者間に争いがない。)
(1) 原告の有する特許権
  原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発
明」という。)を有している。
(ア) 発明の名称   交流誘導電動機の電力節減回路
(イ) 出願日昭和61年5月30日
(ウ) 登録日平成9年2月13日
(エ) 特許番号第2606823号
    (オ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以
下同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。)
(2) 本件発明の構成要件
  本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
 A 電動機へ供給される電流の実効値を検出する電流検出手段と,
 B 前記電動機の最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値が予
め記憶されている記憶手段と,
 C 前記記憶手段に記憶されているコイル電流値に対する,前記電流検出手
段が検出した電流の実効値の比率を求め,該求めた比率に応じたデータを出力する
比率判別手段と,
 D 前記比率判別手段から出力されるデータに応じて前記電動機への供給電
圧を制御する制御手段と,
 E 前記電動機へ供給する電圧の波形を滑らかにする平滑回路と
 F を具備してなる交流誘導電動機の電力節減回路。
(3) 被告の行為
  被告は,業として,被告装置を製造販売している。
(4) 被告装置の構成
 被告装置の構成は,別紙物件目録記載のとおりである。
   なお,別紙物件目録記載の被告装置に該当する商品として,商品名「VS
-616G3plus」,「VS-616PC5/616P5」,「VSmini
V7」,「VSG7(Varispeed G7)」,「VSF7(Varisp
eed F7)」がある。
2争点及び当事者の主張
(1)被告装置と本件発明との対比
 ア 構成要件Aの充足性
 (原告の主張)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Aを充足する。
 本件明細書の特許請求の範囲の記載中の構成要件Aに係る部分(以下
「構成要件A」という。以下同じ。)は「電動機へ供給される電流の実効値を検出
する電流検出手段」と記載されている。
 「電流検出手段」とは,電流の実効値「のみ」を用いて検出する手段を
指すと限定すべきではなく,現在の負荷トルクの状態を推定するため,誘導電動機
に供給される電流値と最大負荷トルクに対応する電動機のコイル電流値の比率を求
めることができる方法のすべてを含むと解すべきである。
 これに対して,被告装置は,3相交流回路の定常性の原理に基づいて瞬
時電流iと瞬時電圧から計算によって有効電力P(実効値)を求めている。この有
効電力P(実効値)は,√3×(線電流の実効値)×(線間電圧の実効値)×(力
率)によって求められるのであるから,被告装置では,電流,電圧の各実効値を求
めていることに他ならない(下記式参照)。
 P=√3×(iX%)×V*optx%×cosθx% 
 したがって,被告装置において,被告装置における瞬時電流検出器5
は,構成要件Aの「電動機へ供給される電流の実効値を検出する電流検出手段」に
該当する。
 (被告の反論)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Aを充足しない。
(ア) 本件発明の構成要件Aにおける「電流の実効値を検出する電流検出
手段」とは,本件明細書における「発明の詳細な説明」欄において,「負荷力率等
の複雑な計算をせず,単に電流値から負荷トルクを推定し,この推定結果に基づい
て電動機へ印加する電圧を制御するようにしたもので,従来の装置に比較し,回路
構成が簡単であ(る)」(本件明細書3頁左欄4ないし8行目)と記載されている
ことや,出願経過によれば,「電動機の負荷トルクを推定するための手段として,
電流の実効値」のみを用いる電流検出手段を意味すると解すべきである。
(イ) これに対して,被告装置においては,そもそも,以下の式のとお
り,3相交流モータの各相の瞬時の電圧指令と電流の積を求め,それらすべての和
として瞬時の電力を求めているのであって,電力の演算中に出力電流の実効値を使
用していない。
 U相の電圧(Vu)=√2VSinωt       (Vを実効値とい
う)
 V相の電圧(Vv)=√2VSin(ωt-120度)  (Vを実効値とい
う)
 W相の電圧(Vw)=√2VSin(ωt-240度)  (Vを実効値とい
う)
 U相の電流(Iu)=√2ISinωt       (Iを実効値とい
う)
 V相の電流(Iv)=√2ISin(ωt-120度)  (Iを実効値とい
う)
 W相の電流(Iw)=√2ISin(ωt-240度)  (Iを実効値とい
う)
 P(瞬時電力)=Vu×Iu+Vv×Iv+Vw×Iw
 したがって,被告装置は構成要件Aを充足しない。
(ウ) 原告は,被告装置における有効電力Pの算出式には,力率である
cosθx%が条件の1つとして入っていることを根拠として,被告装置が実質的に電流
の実効値を用いていると主張する。しかし,前記のとおり,本件明細書の「発明の
詳細な説明」欄の記載等に照らすと,「電動機の負荷トルクを推定するための手段
として,電流の実効値」のみを用いる場合を意味するものと解すべきであるから,
原告の主張は失当である。被告装置においては,瞬時電流iと瞬時電圧とから計算
により有効電力Pを求めているものであり,電流の実効値のみを基に負荷トルクを
推定するという構成は採用していない。
 イ 構成要件Bの充足性
 (原告の主張)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Bを充足する。
 本件発明の構成要件Bの「最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイ
ル電流値」については,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を計算上
算定することが可能である場合を含むと解すべきである。
 これに対して,被告装置においては,「最大負荷トルク(負荷トルク率
100%)に対応するコイル電流値」が,下記式のとおり定められている。
    i100% =V*/(k
×√3×cosθ100%)
 すなわち,100%負荷時(電動機の最大負荷トルク)に対応するコイ
ル電流値(実効値)が,V*(電圧指令),k(モータ毎に決まる定数),cosθ100%
(100%負荷時の力率)によって表される。
 そしてV*は,f1*(目標速度)を定めることで,V/F設定部15に設
定されたV/Fパターンに沿って導かれる。また,k=K×(f1*)
1/3
であり,Kはモ
ータ毎に定まる定数であり,f1*は設定値である。cosθ100%は100%負荷時の力率
であるが,これは,それぞれの誘導電動機(モータ)によって定まった値であるか
ら,定数である。そうすると,f1*という目標速度を設定するだけで,100%負荷
時の回路抵抗値(k
×√3×cosθ100%)が導かれ,これと予め記憶されたV*から,
「最大負荷トルクに対応するコイル電流値」(i100%)が計算により求められること
になる。
 よって,被告装置には,「最大負荷トルクに対応するコイル電流値」(i
100%)が固定値として記憶されているといえるから,構成要件Bを充足する。
 (被告の反論)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Bを充足しない。
(ア) 本件発明の構成要件Bにおける「最大負荷トルクに対応する前記電
動機のコイル電流値」とは,各電動機によって定まる固定値,すなわち,稼働中に
書き換えられることはない値を指すと解すべきである。
 これに対して,被告装置では,瞬時電圧と瞬時電流の積である有効電
力Pに基づいて最適電圧指令V*optを算出し,さらにそのV*optで稼動した電動機
に流れる瞬時電流iとV*optの積である新たな有効電力Pに基づき新たな最適電圧
指令V*optを求めるという操作を繰り返しており,省エネ制御のためのV*optは常
時更新されている。
 したがって,被告装置においては,最大負荷トルクに対応する固定値
としてのコイル電流値を対象としていないのであるから,構成要件Bを充足しな
い。
(イ) 原告は,本件発明の構成要件Bの「最大負荷トルクに対応する前記
電動機のコイル電流値」について,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流
値を計算上算定することが可能である場合を含むと解すべきであると主張する。
 しかし,本件明細書の「発明の詳細な説明」の〔発明の効果〕欄に
は,「上記電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を記憶させるため,そ
のデータの取得が極めて容易であり,かつ,記憶手段の記憶容量がより小さくて済
むという効果を有している。」と記載されているとおり,計算をすることによって
値を求めることができる場合を含むと広く解することはできない。
 これに対して,被告装置は,このような計算は行っていない。
 この点,原告は,被告装置における電動機の最大負荷トルクに対応す
るコイル電流値は,V*/(k
×√3×cosθ100%)で表すことができると主張する。し
かし,最大負荷トルク時のcosθの値を計算するためには,モータの定数が必要であ
るが,被告装置においては,これらのデータをすべて記憶しているわけではないか
ら,上記式によって,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を計算する
ことはできない。
(ウ) 本件発明の構成要件Bによれば,電動機の最大負荷トルクに対応す
る前記電動機のコイル電流値を「予め記憶されている記憶手段」が必須である。
 これに対して,被告装置では,以下のとおり,電動機に固有の最大負
荷トルクに対応するコイル電流値を「記憶した記憶手段」は存在しない。
 被告装置において,V/F設定部15から出力される信号(電圧指令
V*)は,切替手段14がa側に接続された状態であって,電動機6が目標速度に到
達するまで加速されている間,パルス幅変調回路16と乗算器10へ伝わる。しか
し,電動機6が目標速度に到達した後は,前記切替手段14がb側へ接続された状
態(効率最大演算回路9において最適電圧指令V*optがパルス幅変調回路16と乗算
器10へ出力される状態)では,V/F設定部15の出力信号(電圧指令V*)が遮
断され,どこにも伝わることはないのであるから,コイル電流値を「記憶した記憶
手段」は存在しないことになる。
 なお,原告は,被告装置では計算によってはじめて電動機のコイル電
流値が求められる場合を含むと主張しているが,原告の同主張は,最大負荷トルク
に対応するコイル電流値が固定値としては記憶されていないことを前提としてい
る。すなわち,原告自ら構成要件Bにおける記憶装置を被告装置が具備していない
ことを認めている。
 ウ 構成要件Cの充足性
 (原告の主張)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Cを充足する。
 すなわち,被告装置においては,X%負荷時の定常状態における最適電
圧指令は,下記①式によって表される。
    V*optx%=k
×√3×(iX%)×cosθx%            
 ・・・①
また,被告装置においては,下記②式が記憶されている。
    V*=k
×√3×(i100%)×cosθ100%              
  ・・・②
①式を②式で除し,式を整理すると,下記式が導かれる。
  V*optx%=V*×{(iX%)/(i100%)}×{cosθx%/cosθ100%}・・・③
上記③の式は,本件発明の構成要件Cの「比率に応じたデータ」に当た
り,乗算器13を含めた効率最大演算回路9が,演算をしてV*optx%を算出してい
る。
 したがって,被告装置は,構成要件Cを充足する。
 (被告の反論)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Cを充足しない。
(ア) 被告装置においては,本件発明の構成要件Aの「実効値」を検出し
ていないし,また,構成要件Bの「コイル電流値」を算出も記憶もしていないか
ら,両者の比率を判別する手段を有していない。したがって,被告装置は,構成要
件Cを充足しない。
(イ) 原告は,被告装置においては,
  V*optx%=V*×{(iX%)/(i100%)}×{cosθx%/cosθ100%}
の式により,V*optx%(X%負荷時の定常状態における最適電圧指令)
を求めているから,構成要件Cを充足する旨主張する。
 しかし,原告の主張は失当である。すなわち,本件発明の特徴は,構
成要件Aの検出した供給電流の「実効値」と構成要件Bの固定値として記憶された
「コイル電流値」の比率のみから電動機の負荷トルクを推定したことによって簡易
で安価な装置を実現した点に存する。装置稼動中に変動する力率を更に用いてV
*optx%を求める操作を行なう方法は,構成要件Cにおける「電流検出手段が検出し
た電流の実効値の比率を求め」る方法ということはできない。
 したがって,被告装置は,構成要件Cを充足しない。
 エ 構成要件Dの充足性
 (原告の主張)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Dを充足する。
 被告装置では,効率最大演算回路9から送られた最適電圧指令は,パル
ス幅変調回路16に送られ,そこで作成されたパルス幅変調信号はゲートドライブ
回路8に送られる。ゲートドライブ回路8では,ゲート信号を作成し,このゲート
信号によってインバータ部4の出力電圧が決定される。インバータ部4の出力電圧
は,電動機6に送られる。このように,被告装置では,比率判別手段で出力された
データ(最適電圧指令)に応じて電動機への供給電圧を制御している。
 したがって,被告装置のパルス幅変調回路16,ゲートドライブ回路
8,インバータ部4は,構成要件Dの「制御手段」に該当する。
 (被告の反論)
 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Dを充足しない。
 被告装置は,構成要件Cの「比率判別手段」を有していないから,そこ
から出力されるデータに応じて電動機への供給電圧を制御する制御手段も有してい
ない。よって,構成要件Dを充足しない。
 オ 構成要件Eの充足性
 (原告の主張)
(ア) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Eを文言上充足す
る。
 本件発明の構成要件Eにおける「平滑回路」とは,その名称を付すか
否かにかかわりなく,電動機へ供給する電圧波形を滑らかにする回路を指すと解す
べきである。
 これに対して,被告装置においては,平滑回路それ自体は独立して存
在しないが,コンバータ部2によって入力される交流電源が,いったん直流電源に
変換された上で,インバータ部4によって3相交流に変換され,上記交流が電動機
6に送り込まれている。インバータ部4は,PWMインバータ方式を採用している
が,PWM方式ではウエーブフォームジェネレータを備えており,電流波形はほぼ
完全な正弦曲線になるように設計されている。
 したがって,被告装置のインバータ部4は,平滑回路を組み込んでい
るので,構成要件Eの「平滑回路」に当たる。
(イ) 被告装置における「平滑回路」は,以下のとおり,構成要件Eの
「平滑回路」と均等である。
 すなわち,①本件発明の本質的部分は,構成要件Cの比率判別手段に
あり,構成要件Eは本質的部分ではなく,②「平滑回路」を「インバータ部4」に
置き換えても本件発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏することが
できるものであり,③被告装置に採用されているスイッチング素子としてIGBT
を用いた電圧型PWMインバータ方式は,被告装置の製造販売が開始された平成7
年頃には一般化しており,置き換えは容易に想到できたものであり,④出願時に
は,スイッチング素子としてIGBTを用いた電圧型PWMインバータ方式は存在
しておらず,⑤したがって出願手続において意識的に除外することもあり得ない。
したがって,被告装置の「インバータ部4」は,構成要件Eの「平滑回路」と均等
である。
 (被告の反論)
(ア) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Eを文言上,充足
しない。
 被告装置には,本件発明の構成要件Eの平滑回路に相当する特定の回
路自体が存在しない。また,被告装置の出力電圧波形は,正弦波ではなく,直流電
圧をスイッチングして得られた方形波状のパルス幅変調電圧波形であり,高調波成
分を多く含むものである。被告装置には,高調波成分を除去し,印加電圧を正弦波
に近づける機能を有する回路は存在しない。被告装置は,構成要件Eを充足しな
い。
(イ) 構成要件Eの平滑回路が発明の本質的部分でないとはいえないし,出
願手続においても,パルス幅変調(PWM)方式のインバータは特許請求の範囲か
ら意識的に除外されているから,被告装置の「インバータ部4」は,構成要件Eの
「平滑回路」と均等とはいえない。
(2) 損害額
(原告の主張)
ア 販売数量
 本件特許権が登録された平成9年2月13日時点で,既に,被告装置
は,被告における主力商品となっており,その販売数量は少なく見積もっても年間
1万台は下らない。
   イ 被告装置の単価
  被告装置は,適用電圧(200V級,400V級),最大適用モータ容
量(3.7kWから300kWまで17段階)などに応じて多数の商品構成を有
し,その販売単価は,3万円程度から数百万円である(ただし,主力商品は10万
円から20万円程度である)。
   ウ したがって,1台当たりの単価を5万円として,少なく見積もっても年
間売上額は5億円(=1万台×5万円)となる。
     そこで,本件特許権が登録された平成9年2月13日から,本訴提起
(平成11年11月9日)までの約2年9か月の売上額は少なく見積もっても13
億7500万円である。
     被告は本件装置の販売により,1台当たり10%以上の利益を得てい
る。また,本件発明の実施料相当額としては,1台当たり8%が相当である。
   エ よって,原告は,被告に対して,①主位的に,特許法102条2項に基
づき,金1億3,750万円(=金13億7500万円×0.1)の内金として,
②予備的に,同法102条3項に基づき,本件発明の実施に対し受けるべき金銭の
額に相当する額の金銭として,金1億1,000万円(=金13億7500万円×
0.08)の内金として,いずれの場合も5000万円を請求する。
(被告の反論)
争う。
第3争点に対する判断
1 被告装置の構成要件Aの充足性について
 本件発明の構成要件Aには,「電動機へ供給される電流の実効値を検出する
電流検出手段」と記載されている。そこで,被告装置における瞬時電流検出器5,
A/D変換器7,乗算器10が,構成要件Aの「電動機へ供給される電流の実効値
を検出する電流検出手段」に当たるか否かについて検討する。
(1) 被告装置においては,瞬時電流検出器5において,インバータ出力の瞬時
電流を検出する。そして,これをA/D変換器7において,瞬時電流検出器5から
出力されるアナログ信号をデジタル信号に変換した上,この瞬時電流(i)を,乗
算器10に送る。乗算器10では,V/F設定部15から出力される電圧指令V*又
は乗算器13から出力される最適電圧指令V*optを,それぞれ実効値から瞬時値に
変換した上で,前述の瞬時電流(i)に乗じて,有効電力(P)を求める。さら
に,上記有効電力(P)は,3相交流モータの各相について,上記のとおり瞬時電
流と瞬時電圧指令との積を求めた上,これらを3相分合計して算出する(争いがな
い)。
 以上によれば,被告装置においては,有効電力を求めるに当たり,瞬時電
流と瞬時電圧との積の総和によっているのであって,電流の実効値を検出してはい
ない。
(2) この点について,原告は,被告装置において,有効電力Pは,
 P=√3×(iX%)×V*optx%×cosθx% 
の式で表すことができるから,これは電流,電圧の各実効値を求めているこ
とに他ならないと主張する。
 しかし,被告装置において,有効電力(P)は上記認定のとおり,瞬時電
流と瞬時電圧の積の総和から求めているのであって,線間電圧の実効値(V
*optx%),力率(cosθx%)等を用いていないことが明らかである。
 以上の検討によれば,被告装置は構成要件Aを充足しないというべきであ
る。
2 被告装置の構成要件Bの充足性について
 本件発明の構成要件Bには,「前記電動機の最大負荷トルクに対応する前記
電動機のコイル電流値が予め記憶されている記憶手段と,」と記載され,最大負荷
トルクに対応するコイル電流値が装置に記憶されていることが必須とされている。
(1) 本件発明の構成要件Bにおいては,上記のとおり,最大負荷トルクに対応
するコイル電流値が装置に記憶されていることが必要と解すべきである。 これに
対して,被告装置においては,瞬時電圧と瞬時電流の積である有効電力Pに基づい
て最適電圧指令V*optを算出し,さらにそのV*optで稼動した電動機に流れる瞬時
電流iとV*optの積である新たな有効電力Pに基づき新たな最適電圧指令V*optを
求めるという操作を繰り返しており,省エネ制御のためのV*optは常時更新されて
いる。
 したがって,被告装置においては,最大負荷トルクに対応する固定値とし
てのコイル電流値を対象としていないのであるから,そもそも記憶させることもな
いことになり,被告装置は,構成要件Bを充足しない。
(2) この点,原告は,本件発明の構成要件Bの「最大負荷トルクに対応する前
記電動機のコイル電流値」について,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電
流値を計算上算定することが可能である場合を含むと解すべきであることを前提と
し,被告装置においては,「最大負荷トルク(負荷トルク率100%)に対応する
コイル電流値」が,(i100% =V*/(k
×√3×cosθ100%)の式のとおり定められて
おり,これは,100%負荷時(電動機の最大負荷トルク)に対応するコイル電流
値(実効値)がV*(電圧指令),k(モータ毎に決まる定数),cosθ100%(100
%負荷時の力率)によって表され,これらはいずれも記憶された数値ないし定数で
あるから,被告装置には最大負荷トルクに対応するコイル電流値が記憶されている
と主張する。
 しかし,原告の主張は,以下のとおりの理由から採用できない。
ア まず,本件明細書の「発明の詳細な説明」の〔発明の効果〕欄には,
「上記電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を記憶させるため,そのデ
ータの取得が極めて容易であり,かつ,記憶手段の記憶容量がより小さくて済むと
いう効果を有している。」と記載されているとおり,計算をすることによって値を
求めることができる場合を含むと広く解することはできない。原告の主張は前提に
おいて採用できない。
イ のみならず,被告装置においては,前記のとおり,最大負荷トルクに対
応するコイル電流値が装置に記憶されていないこと(争いがない),本件全証拠に
よっても,被告装置において,原告主張の上記式のcosθ100%(100%負荷時の力
率)が記憶されているとはいえないことから,被告装置において,原告主張のよう
な計算式で最大負荷トルクに対応するコイル電流値が計算可能であるとも認められ
ない。
以上の検討によれば,被告装置は構成要件Bも充足しない。
 3 被告装置の構成要件Cの充足性について
 構成要件Cには,「前記記憶手段に記憶されているコイル電流値に対する前
記電流検出手段が検出した電流の実効値の比率を求め,該求めた比率に応じたデー
タを出力する比率判別手段と,」と記載されている。
(1) 被告装置においては,本件発明の構成要件Aの「電流の実効値」を検出し
ていないし,また,構成要件Bの「最大負荷トルクに対応するコイル電流値」を記
憶していないから,両者の比率を判別する手段を有していない。したがって,被告
装置は,構成要件Cを充足しない。
(2) この点について,原告は,構成要件Cの「前記記憶手段に記憶されている
コイル電流値に対する前記電流検出手段が検出した電流の実効値の比率」とは,他
の条件をも用いて,当該比率を計算の結果求められる場合も含まれることを前提と
して,被告装置においては,
  V*optx%=V*×{(iX%)/(i100%)}×{cosθx%/cosθ100%}
の式により,V*optx%(X%負荷時の定常状態における最適電圧指令)を求
めているから,構成要件Cを充足する旨主張する。
 しかし,原告の上記主張は採用できない。
ア まず,構成要件Cにおける「該比率に応じたデータ」とは,電流の実効
値と,最大負荷トルクに対応するコイル電流値との比率に応じたデータをいうが,
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄(3頁左欄4行目ないし8行目)には「この
発明によれば,負荷力率等の複雑な計算をせず,単に電流値から負荷トルクを推定
し,この推計結果に基づいて電動機へ印加する電圧を制御するようにしたもので,
従来の装置に比較し,回路構成が簡単であり」と記載され,これによれば,本件発
明は,力率等を用いることなく,電流値から負荷トルクを推定するという簡易な構
成により電圧制御を可能としたものであるから,他の条件をも用いて,計算の結果
として比率を求めることができる場合は含まれないと解するのが相当である。した
がって,力率等を入れて計算を行った上で,はじめて最適電圧指令を算出すること
ができるような場合を含まない。原告の主張は前提において採用できない。
イ また,前記1,2で認定したとおり,被告装置においては,電流の実効
値を検出しておらず,構成要件Bのコイル電流値(最大負荷トルクに対応するコイ
ル電流値)についても装置に記憶されていないから,被告装置においてこれらの比
率を求めることもあり得ない。
 したがって,被告装置は,構成要件Cも充足しない。
第4結論
 よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がな
い。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官    飯  村  敏  明
裁判官今  井  弘  晃
裁判官石  村     智
物 件 目 録
 構成及び作用説明
(1)被告装置の基本的構成
   被告装置は,主回路部PC,ゲートドライブ回路部8,制御回路部19,速
度設定部18,A/D変換器(7,17)から構成される(図1参照)。
   以下に各部の構成及び作用を説明する。
(2)主回路部PC
  主回路部PCは商用電源部1から出力される交流電圧を直流電圧に変換する
コンバータ部2,変換された直流電圧を平滑する電力コンデンサ3,平滑した直流
電圧から可変電圧可変周波数の交流電圧に変換して電動機6へ電圧を印加するイン
バータ部4,インバータ出力の瞬時電流を検出する瞬時電流検出器5からなる。
(3)ゲートドライブ回路部8
  ゲートドライブ回路部8は,制御回路部19中のパルス幅変調回路16から
出力されるパルス幅変調信号を入力しインバータ部4の電力半導体素子のゲートへ
出力するゲート信号を作成する。
(4)制御回路部19
  制御回路部19はCPU,メモリ等から構成されている。制御回路部19は
速度設定部18から入力される目標速度に対応する周波数f1*と有効電力Pとに基づ
いて,電動機6の効率最大となる最適電圧指令V*optを効率最大演算回路9にて求
める(*は,指令であることを示す)。効率最大演算回路9は,左記(1)式の演算
をするものである。また,乗算器10では,V/F設定部15から出力される電圧
指令V*及び乗算器13から出力される最適電圧指令V*optを,それぞれ実効値から
瞬時値に変換したうえで,瞬時電流iに乗
  じて,有効電力Pを求めている。
  演算器11はK×(P)
1/2
を演算する演算器,12は(f1*)
1/3
を演算する演算
器,13は演算器11及び,12の出力を乗算し(1)式の最適電圧指令V*optを
出力する乗算器である。
    V*opt=K×(P)
1/2
×(f1*)
1/3
・・・・・・(1)
  ここで,Kはモータ毎に決まる定数,Pは有効電力である。電動機6が目標
速度に到達するまでは,有効電力Pは乗算器10により,瞬時電流iとV/F設定
部15から出力される電圧指令V*を実効値から瞬時値に変換した値との積から求め
る。なお,V/F設定部15は目標周波数f1*を入力して,対応する電圧指令V*を
出力するものである。
  切替手段14は,電動機6が目標速度に到達するまではa側に接続され,V
/F設定部15に設定された周波数と電圧の関係を示すV/Fパターンにしたがっ
て電動機6は加速される。電動機6が目標速度に到達した後は,前記切替手段14
が自動的にb側に切替えられ,最適電圧指令V*optがパルス幅変調回路16へ入力
される。そしてパルス幅変調回路16から出力されるパルス幅変調信号がゲートド
ライブ回路8へ出力される。同時に,乗算器10には電圧指令V*に代わり乗算器1
3からの最適電圧指令V*optが入力されるようになり,その後は,有効電力Pは乗
算器10により瞬時電流iと最適電圧指令V*optを実効値から瞬時値に変換した値
との積から求めることになる。
(5)速度設定部18
  速度設定部18は,モータの目標速度を設定する入力部である。図ではアナ
ログ入力例を示すが,デジタル入力でもよい。
(6)A/D変換器(7,17)
  A/D変換器7は瞬時電流検出器5から出力されるアナログ信号をデジタル
信号に変換するものであり,A/D変換器17は速度設定部18から出力
  されるアナログ信号をデジタル信号に変換するものである。
(別紙)図1

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