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平成12年(行ケ)第164号審決取消請求事件(平成12年9月6日口頭弁論終
結)
          判     決
     原      告   株式会社紅豆杉
     代表者代表取締役   A
     訴訟代理人弁理士   B
     被      告   特許庁長官C
     指定代理人      D
     同          E
          主     文
      特許庁が平成10年審判第17439号事件について平成12年3月
29日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
 1 原告
   主文と同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は、指定商品を商標法施行令別表による第30類「茶、食用粉類、穀物
の加工品、菓子及びパン」とし、「紅豆杉」の文字を書して成る商標(以下「本願
商標」という。)につき、平成8年9月18日にされた商標登録出願(平成8年商
標登録願第104503号)により生じた権利を、平成11年6月24日に出願人
名義変更届を提出して承継した者である。同出願については平成10年10月2日
に拒絶査定がされたので、原告は、同年11月4日、これに対する不服の審判を請
求した。
   特許庁は、同請求を平成10年審判第17439号事件として審理した上、
平成12年3月29日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、そ
の謄本は同年4月17日原告に送達された。
 2 審決の理由
   審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、「紅豆杉」は中国に生育するイチ
イ科の常緑高木であるところ、本願商標をその指定商品について使用するときは、
これに接する取引者、需要者は、商品の原材料、品質を表示したものと理解、認識
するにとどまり、また、「紅豆杉」が含まれていない商品に使用するときは、商品
の品質について誤認を生じるから、本願商標は商標法3条1項3号及び4条1項1
6号に該当するとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は、「紅豆杉」が原材料ないし品質の表示ではなく、かつ、これを指定
商品に用いても品質の誤認を生じるおそれがないのに、本願商標は商標法3条1項
3号及び4条1項16号に該当するとの誤った認定判断をしたものであるから、違
法として取り消されるべきである。
 1 商標法3条1項3号について
   審決は、紅豆杉が中国に生育するイチイ科の常緑高木で4種類あること、紅
豆杉は米国において抗がん薬として期待されていること、日本には杉の葉を煎じて
スギ花粉症を治療する方法があるところ、中国でも紅豆杉が有効であるとの報告が
あることを指摘するが、そのいずれの事実も取引者、需要者に知られていない。す
なわち、過去においても現在においても「紅豆杉」が商品の原材料ないし品質とし
て一般に多用されている事実はなく、また、審決が指摘する知見は、米国の臨床医
学界における専門的な情報等にすぎないから、本願商標に係る指定商品の取引界に
おいて一般的な知識情報となっているわけでもない。したがって、本願商標に接す
る取引者、需要者において、審決の指摘する上記の意味合いを認識、看取すること
はなく、あえて言えば「紅の豆の杉」という意味が認識、看取されるものであっ
て、造語的商標と認められるべきものである。
   また、審決は、インターネットを通じて得られる情報知識を根拠としている
が、インターネットは、特に健康に関心が高いと考えられる高齢者には無縁な者が
大多数である上、特定の意図に基づき特定の情報を入力アクセスして初めて得られ
る情報にすぎないから、上記の知識、情報を容易に入手できるとはいえない。
   さらに、被告は、原材料等の表示であるか否かの認定を、将来の予測性や可
能性を基準とすべきであるとし、併せて、将来における紛争の未然防止の趣旨も主
張するが、このような判断は、不安定で恣意に決せられる余地があるものであっ
て、商標登録制度の本質に反する結果となる。商標選択の自由は何人にも認められ
ているから、その登録を拒絶するのは必要最低限に限定されるべきであり、被告主
張のような趣旨は、登録後の権利行使の制限規定である商標法26条の適用によっ
て解決すべきものである。
   以上のとおり、本願商標は、自他商品の識別機能を十分発揮するものであっ
て、商品の原材料ないし品質を表示するものとはいえない。
   なお、紅豆杉を商品化し、商標として使用したのは原告である上、原告は、
本願商標と構成を同一にする商標について、第5類「薬剤」を指定商品とする登録
第4136094号、第21類「コップ、湯飲み」を指定商品とする登録第419
1123号の各登録を受けており、本件出願についても同様に取り扱われるべきで
ある。
 2 商標法4条1項16号について
   上記1のとおり、本願商標は、指定商品の取引者、需要者に商品の原材料な
いし品質を認識させるものではないから、その品質を誤認させるようなものとはい
えない。
第4 被告の反論
   審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 1 商標法3条1項3号について
   商標法3条1項3号の趣旨は、同号に該当する商標は、商品や役務の内容に
関わるものであるために、現実に使用され、あるいは将来一般的に使用されるもの
であることから、出所識別機能を有しないことが多く、また、これを特定人に独占
させることが適切でないために登録することができないことに基づくものと解され
る。したがって、指定商品に係る原材料名が、仮に、登録査定時には現実に使用さ
れておらず、あるいは一般には知られていない場合であっても、将来、原材料名と
して使用されて、取引者、需要者の間において商品の原材料名であると認識される
可能性があり、また、これを特定人に独占させることは適切でないと判断されると
きには、右の原材料名は同号に該当すると解されるから(東京高等裁判所平成12
年6月13日判決・平成11年(行ケ)第410号事件参照)、仮に、多用されてい
ないとしても、原材料を表す文字であれば、同号に該当するというべきである。
   そして、1997年7月19日付け黒龍江日報の記事(乙第1号証)には、
「紅豆杉は、イチイ科の常緑高木で、抗癌薬品を抽出し得る唯一の植物として知ら
れている。既に米国等で臨床応用が進んでおり、世界で最も有効性の高い抗癌剤と
して期待されている。中国では、西蔵紅豆杉、雲南紅豆杉、南方紅豆杉、東北紅豆
杉の4種が確認されている。」との記載が、平成9年2月20日付け日刊工業新聞
(乙第2号証)には、「中国で貴重な薬用植物として知られている紅豆杉(こうと
うすぎ)を原料とした健康茶『紅豆杉茶』の輸入、販売を始めた。」、「紅豆杉は
中国の文献である『中薬大辞典』などに記載されており、古くから効能が知られて
いた。とくに米国では紅豆杉から抽出される紫杉醇が注射薬として抗がん剤として
利用されている。また、中国では紅豆杉に利尿、降高血圧、血中脂質減少、血行改
善作用があるとして健康茶として服用されている。」との記載が、平成10年3月
22日付け読売新聞日曜版(乙第3号証)には、「日本には杉の葉を煎じてスギ花
粉症を治療する方法があるが、中国でも氷河期の植物である紅豆杉が有効だという
報告がある。」との記載がある。
   以上の事実からすると、「紅豆杉」は、中国の薬用植物であって、茶等の原
料として用いられているものというべきであるから、本願商標は、商品の原材料、
品質を表示するものであって、商標法3条1項3号に該当する。
   なお、原告は、紅豆杉を商品化して商標として使用したのは原告であると主
張するが、薬用植物の名称を用いた商品(特に茶)に関し、商標登録出願時にその
原材料名としては広く知られていなかったとしても、世界各地の薬用植物がその成
分の有効性等を理由に一躍注目を集めるようになることも見受けられるところであ
るから、関連商品を競業者が輸入するなどして、取引者、需要者の間において商品
の原材料名として認識される可能性がある。そうすると、当該原材料名が我が国に
おいて知られていないことの一事をもって指定商品につき本願商標の商標登録を認
めることは、当該商標権者と他の競業者との間に紛争を生じさせることになるか
ら、これを未然に防止するためにも、登録を認めるべきではない。
 2 商標法4条1項16号について
   上記1のとおり、本願商標は、商品の原材料、品質を表示したものと理解さ
れるから、これを「紅豆杉」が含まれない商品に使用するときは、商品の品質につ
いて誤認を生じるおそれがあるというべきであり、同号に関する審決の認定判断に
誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 「紅豆杉」に関する一般的な認識について
 (1) まず、本願商標が商標法3条1項3号及び4条1項16号に該当するかど
うかを判断する前提として、「紅豆杉」が、本願商標の指定商品である茶等の原材
料ないし品質を示すものとして、取引者、需要者に知られているかどうかについて
判断する。
 (2) 平成9年2月20日付け日刊工業新聞(乙第2号証)には、「筑波産
業・・・は、中国で貴重な薬用植物として知られている紅豆杉(こうとうすぎ)を
原料とした健康茶『紅豆杉茶』の輸入、販売を始めた。・・・紅豆杉は中国の文献
である『中薬大辞典』などに記載されており、古くから効能が知られていた。とく
に米国では紅豆杉から抽出される紫杉醇が注射薬として抗がん剤として利用されて
いる。また、中国では紅豆杉に利尿、降高血圧、血中脂質減少、血行改善作用があ
るとして健康茶として服用されている。」旨の記載が、平成10年3月22日付け
読売新聞日曜版(乙第3号証)の「漢方漫歩」と題するコラムには、「日本には杉
の葉を煎じてスギ花粉症を治療する方法があるが、中国でも氷河期の植物である紅
豆杉(こうずさん)が有効だという報告がある。」旨の記載がそれぞれあることが
認められ、以上のほかに「紅豆杉」が我が国において知られていることを示す証拠
はない。
    なお、被告は、上記のほかに、1997年(平成9年)7月19日付け黒
龍江日報の記事(乙第1号証)を提出し、この記事中には、紅豆杉はイチイ科の常
緑高木で、中国では、西蔵紅豆杉、雲南紅豆杉、南方紅豆杉、東北紅豆杉の4種が
確認されていること、これを原料とする抗がん薬が中国において臨床応用段階に入
ったこと等の記載があるが、黒龍江日報が中国の地方紙にすぎないことは、その名
称及び内容からうかがわれるところであって、我が国の取引者、需要者がこれに接
して、「紅豆杉」に関する知見を得るということは事実上想定しがたいものといわ
ざるを得ない。乙第1号証の体裁からすると、被告は、この記事をインターネット
により入手したものと認められるが、当該記事に接するためには、特定の目的のた
めに「紅豆杉」等のキーワードを事前に得た上で意識的に検索する必要があると考
えられるから、近年におけるインターネットの普及を考慮したとしても、そのよう
な操作の結果得られた情報である上記記事をもって、我が国の取引者、需要者が
「紅豆杉」を認識し、又は認識し得ることの直接の根拠とすることはできないとい
うべきである。
 (3) そこで、上記乙第2、第3号証の記事の記載に基づいて判断するに、これ
らの記事は、本願商標の指定商品の取引者、需要者をその購読者層として含むと考
えられる日刊工業新聞及び読売新聞(日曜版)に掲載されたものであるが、「紅豆
杉」は、前者においては「こうとうすぎ」と、後者においては「こうずさん」と紹
介されている。そして、日刊工業新聞の記事についていえば、ある業者が紅豆杉を
原料とした健康茶「紅豆杉茶」等の輸入販売を開始したことの1回限りの報道記事
にすぎず、現にこれがある程度以上の販売実績を残したとか、健康茶に係る業者や
消費者等の間で「紅豆杉茶」が話題になったなどの事実を認めるに足りる証拠はな
い。また、読売新聞の記事についていえば、花粉症に対する漢方薬の処方を紹介す
るコラム記事中で、エピソード的に紅豆杉に触れているにすぎないものであって、
紅豆杉が本願商標の指定商品の原材料となることを読者に認識させるような内容と
もいえない。
    以上を総合すると、我が国の取引者、需要者において、「紅豆杉」が本願
商標の指定商品である茶等の原材料となることはもとより、およそそのような植物
の存在自体についてほとんど知られていないと認めるのが相当である。なお、「紅
豆杉」が茶等の原材料として知られていない以上、これを茶等の原材料として含む
という意味での品質の表示としても、一般に認識されていないというべきである。
 2 商標法3条1項3号について
 (1) 以上に基づいて判断するに、上記1の認定事実からすると、「紅豆杉」
が、その一般的な認識はともかく、客観的には本願商標の指定商品の一である茶の
原材料となり得ることは認められるところであり、また、そもそも原告において
も、紅豆杉の商品化を自ら行っていることを自認していることからして、これを茶
等の本願商品の指定商品の原材料となり得ることは十分承知しているものと認めら
れる。
    しかし、商標法3条1項3号の適用上、「紅豆杉」が同号にいう原材料な
いし品質の表示といえるかどうかについては、原告は、商品の原材料名ないし品質
を示すものとして一般に認識されていない以上同号に該当しない旨主張し、他方、
被告は、将来において取引者、需要者に知られる可能性があるから同号に該当する
旨主張するので、この点について判断する。
 (2) 商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされるのは、
このような商標は多くの場合自他商品の識別力を欠き、商標としての機能を果たし
得ないものであるとともに、商品の原材料名ないし品質にあっては、取引上必要不
可欠な表示として取引者、需要者に伝達する必要があることから、特定人による独
占使用を認めることが公益上適当でないとの趣旨に出たものである。したがって、
指定商品の原材料名ないし品質として取引者、需要者に現に認識されていない表示
であっても、将来的に取引者、需要者に原材料名ないし品質として認識される可能
性があり、これを特定人に独占使用させることを不適当とする公益上の理由がある
場合には、同号にいう原材料ないし品質の表示に当たると解するのが相当である。
    本件において、「紅豆杉」が茶等の原材料ないし品質を表示するものとし
て取引者、需要者に認識される可能性があるかどうかについて判断するに、日刊工
業新聞において、ある業者が紅豆杉を原材料とする健康茶の輸入販売を開始したと
の報道記事が1回掲載されたことがあることは前示のとおりであるが、その掲載
後、審決時まで3年以上を経て、その間、同記事で報道された「紅豆杉茶」が取引
者、需要者に多少なりとも浸透したことをうかがわせる証拠はなく、しかも、我が
国において「紅豆杉」に関する認識が極めて乏しいことは本件の証拠関係からも明
らかであるから、以上を総合すれば、将来においても、「紅豆杉」が本願商標の指
定商品の原材料ないし品質を表示するものとして取引者、需要者に広く認識される
可能性があるとまで認めるには足りないというべきである。
    この点について、被告は、世界各地の薬用植物が一躍注目を浴びることも
見受けられるところであると主張するが、一般的、抽象的な可能性としてはともか
く、「紅豆杉」が将来においてそのような注目を集めるに至ることを蓋然的に予測
できるだけの証拠はない。また、被告は、本願商標をその指定商品について登録を
認めると、当該商標権者と他の競業者との間に紛争を生じさせることになるから、
これを未然に防止するためにも、登録を認めるべきでない旨主張するが、少なくと
も審決時において、本願商標が指定商品の原材料表示ないし品質表示として取引
者、需要者に広く認識されている特段の事情がなく、取引者、需要者には出所の表
示として認識されるものと認められる本件においては、将来において、仮に上記の
ような認識が形成されるに至ったとしても、他の競業者との間の紛争は、商標法2
6条の規定等による権利関係の調整を図るべきものであって、被告の上記主張は採
用することができない。そして、他に、指定商品につき本願商標を本件出願人の原
告に独占使用させることを不適当とする公益上の理由を認めるに足りる証拠はな
い。
 (3) そうすると、「紅豆杉」は、指定商品につき商標法3条1項3号にいう商
品の原材料を表示するものとはいえず、かつ、これを原材料として用いた商品とし
ての品質を表示するものということもできない。したがって、本願商標が同号に該
当するとした審決の認定判断は誤りというべきである。
 3 商標法4条1項16号について
   上記認定のとおり、「紅豆杉」は、本願商標の指定商品の原材料名として取
引者、需要者にほとんど知られていない以上、本願商標をその指定商品に用いたと
しても、これに接した取引者、需要者が、「紅豆杉」を原材料として用いた商品で
あると誤解して、その品質を誤認することはあり得ないというべきであり、本願商
標は商標法4条1項16号に該当するものではない。本願商標が同号に該当すると
した審決の認定判断は誤りというべきである。
 4 以上によれば、審決は違法として取り消されるべきであり、原告の請求は理
由がある。
   よって、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、
民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 石 原 直 樹
裁判官 宮 坂 昌 利

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