弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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     主文
1 被告が,平成16年8月10日付けで原告に対してした葬祭料支給申
請の却下処分を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
 1 原告
   主文同旨
 2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。 
第2 事案の概要等  
 1 事案の概要
原告は,訴外亡Aの妻であるが,本件は,韓国に居住していたAが死亡した
ことにより,原告が,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「法」とい
う。)に基づいて葬祭料支給申請をしたところ,被告がAの死亡の際の居住地ない
し現在地が長崎市ではないことを理由として同申請を却下したことから,原告がこ
の却下処分の取消しを求めている事案である。
 2 葬祭料の支給に関する法律の規定等
  (1) 被爆者健康手帳など
 ア 法は,原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又
は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者等であって,被爆者健康手帳の
交付を受けたものを「被爆者」とし,被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる
総合的な援護対策を講じ,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するた
めに制定された法律である(法前文,1条)。
 イ 被爆者健康手帳は,交付を受けようとする者の居住地(居住地を有しな
いときは,その現在地。以下,単に「居住地」という。)の都道府県知事(広島市
及び長崎市については市長。以下では,特に断らない限り,単に「都道府県知事」
という。)が,交付を受けようとする者の申請に基づいて審査し,当該申請者が法
1条各号のいずれかに該当すると認めるときに交付するものとされている(法2条
1項,2項,法49条)。
(2) 葬祭料の支給に関する法律等の規定は以下のとおりである。
ア 法32条
 都道府県知事は,被爆者が死亡したときは,葬祭を行う者に対し,政令
で定めるところにより,葬祭料を支給する。ただし,その死亡が原子爆弾の傷害作
用の影響によるものでないことが明らかである場合は,この限りでない。
イ 法施行令(以下「施行令」という。)19条
 葬祭料は,被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事が支給する
ものとし,その額は,19万3000円とする。
ウ 法施行規則(以下「施行規則」という。)71条
 葬祭料の支給を受けようとする者は,葬祭料支給申請書(様式第二十九
号)に,死亡診断書又は死体検案書を添えて,これを被爆者の死亡の際における居
住地の都道府県知事に提出しなければならない。
エ 省令への委任
 法52条は,「この法律に特別の規定があるものを除くほか,この法律
の実施のための手続その他その執行について必要な細則は,厚生労働省令で定め
る。」と規定している。
 3 前提事実
(1) Aは,昭和55年5月2日,被告から被爆者健康手帳の交付を受けていた
者である(当事者間に争いがない。)が,健康手帳の交付を受けてしばらくして離
日し,以後大韓民国に居住し,平成16年○月○日に同国釜山広域市で死亡した
(甲4の②のⅰ,ⅱ,5,乙10の①,②。なお,原告とAとの間の子であるBの
陳述録取書(甲5)には,Aの死亡年月日を同年8月3日としている部分がある
が,除籍謄本の記載に照らして誤りと思われる。)。
(2) 原告は,平成16年7月29日付けで,被告に対し,法32条に基づいて
Aの葬祭料の支給申請をしたが,被告は,Aの死亡の際の居住地が長崎市ではない
ことを理由として,同年8月10日付けでその申請を却下した(以下「本件却下処
分」という。当事者間に争いがない。)
(3) 原告は,同年9月21日,本件却下処分の取消しを求めて,当庁に本件訴
訟を提起した。
第3 当事者の主張
 1 原告
(1) 法は,葬祭料の支給義務を負う者について,単に「都道府県知事」と規定
しているだけであり,この都道府県知事は,被爆者健康手帳を交付した都道府県知
事,異動後は現居住又は現在地の都道府県知事,在外の場合は最後に手帳交付を受
けた都道府県知事と解すべきであり,施行規則及び施行令がこれを「被爆者の死亡
の際における居住地の都道府県知事」に限るかのような規定を置いていることは,
法の授権を超える制約を課すものであって,無効である。
(2) 仮に法が葬祭料の支給義務を負う者を「被爆者の死亡の際における居住地
の都道府県知事」に限定しているとすれば,居住地の如何によって被爆者を憲法上
の平等取扱,公正手続に反して差別し,不利益を課すものであって違憲というべき
である。また,法が国外からの被爆者健康手帳の交付申請を認めていないとすれ
ば,これも不平等を招くことになるから,立法の齟齬,不備,過誤として一部無効
というべきである。
(3) 実質的な審査の困難は,どこの知事が申請先になるかで一律に発生したり
質量的に決まるものではなく,支給の適正の確保と申請先をどこの知事とするのか
は別個の問題である。
 2 被告
  (1) 法32条の「都道府県知事」は,被爆者の「死亡の際の居住地(居住地を
有しないときは,その現在地)の都道府県知事」と解すべきである。法に定める
「被爆者」は,その居住地の都道府県知事に申請をして被爆者手帳の交付を受けた
者であり,葬祭料も含めた各種の援護措置は都道府県知事によって実施されるので
あるから,各種の援護措置の申請を受ける都道府県知事も被爆者の居住地の都道府
県知事と解するのが常識的で自然な解釈である。そして,このような解釈は,以下
に述べるとおり,法の立法経緯,立法者意思に合致し,手当支給の適正確保の必要
性にも適合するものである。
(2) 立法の経緯
 法は,平成6年に当時施行されていた原子爆弾被爆者の医療等に関する法
律(以下「原爆医療法」という。)及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する
法律(以下「被爆者特措法」という。また,以上の二つの法律を「旧原爆二法」と
いう。)を一本化し,総合的な被爆者対策を実施する観点から制定されたものであ
るが,旧原爆二法は,国内に居住も現在もしない者からの各種手当の申請を認めて
いなかった。したがって,旧原爆二法を一本化して制定された法においても,国外
からの申請を予定するものではなかったと考えられる。
(3) 立法者意思
 法の立法当時の国会における審議では,議員からの質問に対して,政府委
員が法の適用対象は日本国内に居住する者である旨の答弁がされ,それ以上にこの
点に関する審議はされずに法案が可決成立したものであるから,立法者意思は国外
からの申請は認められないとするものであったというべきである。
 なお,法に国家補償の性格があるとすることには疑問があり,これを強調
することは適切ではない。
(4) 法全体の趣旨
 法は,「被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため,…被
爆者に対する援護を総合的に実施するものとする。」(法6条)とし,そのため
に,都道府県知事が,健康管理のための健康診断等(法第3章第2節),各種手当
等の支給(同第4節),福祉事業(同第5節)を行うものとしている。このよう
に,法の目的は被爆者の健康保持,増進及び福祉の向上であり,それに定める各種
の援護措置を実施するのは都道府県知事とされている。そして,ここで実施される
事業は,いずれも,被爆者の日常的な健康状態と密接に関わるものであり,それら
を容易に把握することのできる居住地の都道府県知事が行うことが,法の目的の達
成及び事業の適正な運営に資するものである。このような法の援護事業の目的及び
その具体的な援護事業の内容,性質に照らすと,法文上は単に「都道府県知事」と
の文言を使用しているとしても,その意味するところは,「その居住地の都道府県
知事」と解すべきである。
(5) 支給の適正確保の観点
ア 法が被爆者健康手帳の交付の申請先を居住地の都道府県知事としている
趣旨
 法は,被爆者健康手帳の申請時に,当該申請者が日本に居住又は現在す
ることを要件としている(法2条1項)。この趣旨は,当該申請者が法1条各号所
定の要件に該当するか否かの審査が,当該申請者を「被爆者」と認めて各種給付を
受ける権利を付与するか否かを判断するための重要な審査であることや,被爆者に
対する各種手当等の支給財源が租税収入による公費であることから,単なる書面審
査にとどまることなく,申請者の本人確認や被爆当時の具体的な状況等の確認を行
い,可能な限り申請者本人や申請者の被爆の事実を証明する者等から事情聴取等を
行うとともに,十分な関係資料を収集して事実確認等に努め,もって,被爆者健康
手帳交付事務の適正を図ろうというものである。仮に国外からの申請を認めるとす
れば,本人確認や詳細な被爆状況の事情聴取等の実施が事実上困難となり,ひいて
は,認定事務が単なる書面審査だけの形式的なものになり,本来被爆者に該当しな
い者に被爆者健康手帳を交付し,各種給付を行ってしまうという事態が起こりう
る。
イ 葬祭料に係る法32条について
(ア) 法32条の葬祭料は,被爆者が死亡したものであること,その死亡
が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかでないこと,申請者が
死亡した当該被爆者の葬祭を行う者であることを要件として支給されるものであ
る。そして,葬祭料の支給,不支給を決定するに当たっては,被爆者健康手帳の交
付について述べたところと同様,その支給の適正等を図るため,上記各要件該当性
を適正に判断することが必要である。そのためには,当該申請者に上記要件該当性
の判断に必要な書面を提出させ,その書面自体が信用できるものであることが必要
であるのみならず,住民基本台帳等により,当該被爆者の死亡の事実及び申請者が
当該被爆者の葬祭を行う者であるか否かを確認するとともに,その死亡が原子爆弾
の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるかどうかを判断するため,
場合によっては被爆者の死亡診断を行った医師等から事情聴取を行ったり,医学的
専門知識を有する専門家の意見を聴くなどして,実質的な審査を行うことが必要で
ある。
(イ) 施行規則71条は,葬祭料支給申請書に,死亡診断書又は死体検案
書を添えて提出しなければならないものとしているところ,ここでいう死亡診断書
又は死体検案書は,我が国の医師免許を受けた医師の作成する死亡診断書,死体検
案書を予定している。国内の免許を受けた医師が作成した死亡診断書,死体検案書
であれば,その水準の高さ,虚偽診断書を作成した場合の刑罰,行政罰があること
により類型的に高度の信用性を認めることができるからである。
 これに対して,国外の医師,医療機関が作成した死亡診断書又は死体
検案書の場合,我が国と異なる医療制度,医療水準の下で作成されたものであるか
ら,類型的に国内のそれと同様の信用性が担保されているとはいえない上,虚偽の
診断書や偽造の診断書の作成防止に関する担保もない。さらに,一般に国外からの
申請を許容すれば,国によっては,その言語を翻訳できる者が限られているような
少数言語で記載された診断書が提出される可能性も否定できないが,都道府県知事
においてそのような言語における専門用語を適切に翻訳し,その内容を審査するこ
とも困難である。その上,国内の医療機関であれば,死亡した被爆者の葬祭料支給
要件該当性につき都道府県知事が照会等を行うのも容易であるのに対し,国外の医
療機関に対し都道府県
知事が照会等を行うことは,言語の問題,外交上の問題等から,事実上極めて困難
である。
 以上のとおり,施行規則71条は国内の病院又は診療所の医師の死亡
診断書又は死体検案書を想定しているものであり,被爆者が国外に居住し,国外で
死亡したために国内の医師の死亡診断書又は死体検案書を添えることができない場
合には葬祭料支給の要件を欠くというべきであって,そのことには,支給の適正の
確保の観点から,合理性がある。
(ウ) 被爆者の死亡の事実及び申請者が当該被爆者の葬祭を行う者である
か否かを住民基本台帳等により確認したり,その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響
によるものでないことが明らかであるかどうかを判断するため,場合によっては,
被爆者の死亡診断を行った医師等から事情聴取を行ったり,医学的専門知識を有す
る専門家の意見を聴くなどして,実質的な審査を行うことが必要である。被告は,
死因に係る審査は,申請者から提出された所定の形式の死亡診断書(死体検案書)
に基づき,その記載を前提として行っているが,国外で死亡した被爆者に係る申請
を許容するとすれば,外国において作成された死亡診断書(死体検案書)の信用性
を長崎市の機関において判断することとなり,死因に関する実質的な審査が極めて
困難となる。また,被告は,「葬祭を行う者」であるか否かを判断するに際して
は,原則として葬祭料支給申請者が,会葬御礼に記載された喪主又は葬儀代金の領
収証の宛名と同一であれば,同人を「葬祭を行う者」として取り扱っているが,こ
れらの資料が国外で作成されたものである場合についても,その信用性を判断する
ことは,上記同様困難である。
(オ) 仮に死亡の際の居住地が国内にない被爆者の葬祭を行う者からの葬
祭料支給申請を許容することとなれば,上記のような実質的な審査が困難となり,
支給決定事務が単なる書面審査だけの形式的なものとなって,本来受給資格のない
申請者に対して支給決定がされるおそれも生じかねない。
(6) 以上のとおり,法32条の「都道府県知事」について,「居住地の都道
府県知事」と解さず,国外からの申請を認めることとすると,同条の各支給要件該
当性について適正な判断をすることは困難となる。国外からの申請を認めるかどう
かは,実体的要件たる各支給要件の該当性に係る判断に入る前の手続的な問題では
あるが,実体要件該当性の判断と不可分に結び付いており,国外からの申請を認め
ないことは,実体要件の判断の適正を図り,もって支給の適正確保を図るという法
の要請に由来するものである。したがって,法32条の「都道府県知事」は「居住
地の都道府県知事」と解すべきである。
 なお,法の規定とは別に,その枠外でそれぞれの国情に応じて在外被爆
者の健康保持等のための各種支援事業が実施されていることを付言しておく。
第4 当裁判所の判断
 1 法32条の「都道府県知事」の意義
  (1) 法32条が,葬祭料を支給する者を「都道府県知事」と規定していること
は前記のとおりである。この点,被告は,立法の経緯,立法者意思,法における全
体の構造や,手当支給の適正を確保する必要性などを理由として,法32条の「都
道府県知事」とは「その居住地の都道府県知事」と解すべきであると主張する。
 しかし,被告も認めるとおり,法は「その居住地の都道府県知事」と「都
道府県知事」を一応区別して規定しているほか,法32条の文言が単に「都道府県
知事」となっていること,被告の主張を前提としても,法におけるすべての「都道
府県知事」の文言を一律に「その居住地の都道府県知事」と解釈することはでき
ず,例外を認めざるを得ないことなどからすれば,形式的な解釈から直ちに同条項
の「都道府県知事」が「その居住地の都道府県知事」を意味するものと断定するこ
とはできず,法の立法目的や趣旨を踏まえて実質的に検討する必要がある。
 法は,前文において,「(前略)国の責任において,原子爆弾の投下の結
果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害で
あることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉に
わたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため,この法律を制定する。」と規定
し,そのため「国は,被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため,
都道府県並びに広島市及び長崎市と連携を図りながら,被爆者に対する援護を総合
的に実施するもの」とし(6条),健康管理(第2節),医療(第3節),各種手
当の支給(第4節),福祉事業(第5節)を実施し,平和を祈念するための事業を
行うものとしている(41条)。
 法が,いわゆる社会保障法としての性格をもつものであることは明らかで
あるが,前記のような前文を置き,平和を祈念する事業をも行うものとして,被爆
者のみを対象としてこのような立法がされた所以を考えると,「原子爆弾の被爆に
よる健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで,か
かる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,しかも被
爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれていると
いう事実を見逃すことはできない。」(原爆医療法に関する最高裁判所昭和53年
3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁)。このように,法による各
種の援護措置は,原子爆弾による被害という特殊の戦争被害について戦争遂行主体
であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものである
ことは否定できないのであり,このような趣旨も含めて法は,被爆による健康被害
に苦しむ被爆者を広く救済することを目的として立法化された法律であるから,そ
の各条項の意味及び趣旨が一義的に明らかでない場合は,この立法目的に沿うよう
合理的な解釈をすべきである。
(2) 法及び施行規則には日本に居住又は現在する者のみをその適用対象にする
ことを定めた規定はなく,前記のような法の趣旨及び性格,特に法が被爆者が被っ
た特殊の被害にかんがみ被爆者に援護を講じるという人道目的の立法であることな
どに照らせば,法1条の被爆者たる資格を取得した者が日本国内に居住も現在もし
なくなったとしても(以下,このような被爆者を「在外被爆者」という。),この
事実をもって当然に被爆者たる地位を喪失すると解することはできない(現在で
は,被告もこの理を認めている。)。そうである以上,在外被爆者であっても法の
定める総合的な援護対策の対象に当然含まれるのであるから,これらの者について
一般的に法の定める援護を受けることができない事態を招くことは,法の趣旨に反
するものというべきである。
(3) ところで,施行令19条は,「葬祭料は,被爆者の死亡の際における居住
地の都道府県知事が支給するもの」とし,施行規則71条は,「葬祭料の支給を受
けようとする者は,葬祭料支給申請書(様式第二十九号)・・を被爆者の死亡の際
における居住地の都道府県知事に提出しなければならない」と定めており,法32
条の「都道府県知事」をこれら施行令や施行規則と同様「被爆者の死亡の際のおけ
る居住地の都道府県知事」と解するとすれば,在外被爆者については,死亡の際に
たまたま本邦に現在していたという例外的な場合でない限り,一般的に葬祭料の支
給は受けられないことになる。この点,被告は,立法の経緯,立法者意思,支給の
適正の担保を根拠として,死亡当時日本に居住も現在もしていなかった在外被爆者
については,葬祭料
支給の法的な要件に欠けると主張しているので,以下,これらの被告の掲げる根拠
について検討する。
(4) 立法の経緯
 法は,平成6年12月16日,被爆者の健康管理及び医療給付を定めた原
爆医療法,医療特別手当の支給等の措置を定めた被爆者特措法を一本化して被爆者
に対する総合的な援護対策を講じるために制定され,平成7年7月1日から施行さ
れているものである。
 被告は,旧原爆二法は,国内に居住も現在もしない者からの各種手当の申
請を認めておらず,旧原爆二法を一本化して制定された法においても,国外からの
申請を予定するものではないと主張する。
 被爆者特措法は,法と同様に医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手
当,健康管理手当,保健手当,介護手当,葬祭料など各種手当の支給に関する規定
を置き,そのいずれについても支給の責任を負担する者を「都道府県知事」と定め
ているが,政府は,旧原爆二法が施行されていた当時同法は日本国内に居住する者
を適用対象とし,在外被爆者は適用対象にはならないとする解釈をとっていたこと
が認められる(乙2のC政府委員の答弁)。そうであれば,そのような解釈の結果
必然的に被爆者特措法の「都道府県知事」は,被爆者の居住ないし現在する地域の
都道府県知事に限定して解されていたものと考えられる。
 しかし,前述のとおり,被爆者たる地位は離日によって当然に消滅するも
のではない(すなわち,在外被爆者についても法及び旧原爆二法は適用される)か
ら,このことを前提に「都道府県知事」をどのように解釈するかが問題となってい
る本件において,旧原爆二法当時の「都道府県知事」の政府解釈は参考にはならな
い。そして,被爆者特措法の定める各種手当の支給の責任者とされる都道府県知事
が,被爆者の「居住地の都道府県知事」を意味するか否かは,法における「都道府
県知事」の解釈と同様の問題であり,被爆者特措法が国外からの各種手当の申請を
認めていなかったと断定することはできない。
(5) 立法者意思
 被告は,立法者意思としても,法は国外からの申請を予定していないと主
張する。確かに,証拠(乙2)によると,法の立法審議がされていた平成6年12
月6日の参議院厚生委員会において,議員から「法は旧来の原爆二法同様,海外の
在住者は対象外となるのでしょうか。」との質問がされ,政府委員は「新法の適用
につきましては,現行の原爆二法と同様に日本国内に居住する者を対象とするとい
う立場をとっております。ただ,国籍条項というものはございませんので,国内に
居住する外国人被爆者についてもこれは適用されるという考え方でございます。」
と答弁し,この点に関してそれ以上の審議はされていないことが認められる。しか
し,このような委員会におけるごく断片的なやり取りだけで,国外からの各種手当
の支給申請はできないとすることが立法者意思であったということはできないのみ
ならず,前述のとおり前記政府答弁は,離日によって被爆者たる地位は当然に消滅
するという解釈を述べたものであるから,これが変更された現在において被告の主
張するところが立法者意思であったと解することはできない。
(6) 葬祭料の支給の適正の確保
 法による葬祭料は,①被爆者が死亡したこと,②その死亡が原子爆弾の傷
害作用の影響によるものでないことが明らかでないこと,③葬祭料の支給を申請す
る者が葬祭を行う者であることを要件として支給される(32条)
ア 被告は,このような要件の審査は,申請者に上記要件該当性の判断に必
要な書面を提出させ,その書面自体が信用できるものであることが必要であるこ
と,住民基本台帳等により,当該被爆者の死亡の事実及び申請者が当該被爆者の葬
祭を行う者であるか否かを確認するとともに,その死亡が原子爆弾の傷害作用の影
響によるものでないことが明らかであるかどうかを判断するため,場合によって
は,被爆者の死亡診断を行った医師等から事情聴取を行ったり,医学的専門知識を
有する専門家の意見を聴くなどして,実質的な審査を行うことが必要であること,
国外からの申請を認めると①死亡診断書又は死体検案書の信用性を確保できず,そ
の審査が困難であること,②申請者が死亡した被爆者の葬祭を行う者であるか否か
の確認,当該被爆者の死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明
らかであるかどうかの審査に著しい困難が伴う場合があること等を主張している。
イ 葬祭料の支給の適正が確保されなければならないことは被告の指摘する
とおりであり,国外からの申請を認めた場合に被告が主張するような審査の形骸化
のおそれがあり,また,葬祭料の支給の要件である前記①ないし③のいずれについ
ても実質的な審査が困難な事例が出てくることは予想できることである。また,通
常被爆者の居住ないし現在する都道府県の知事がその被爆者との関連が最も深いの
であるから,一般的には上記要件の審査をもっともよくなし得る立場にあるという
ことができる。
 しかし,例えば,日本に居住する被爆者がたまたま国外にあるときに死
亡し,日本の医師の作成に係る死亡診断書ないし死体検案書を入手できない場合に
葬祭料の支給申請を認めないとすることはいかにも不合理である(被告がそのよう
な解釈を採っているのかは必ずしも明らかではないが,本件における被告の主張に
よる限りそのような取扱いになるものと考えられる。)。また,上記の場合に仮に
被爆者の死亡に立ち会っていない,ないしはその死体を見分していない国内で医師
免許を受けた医師が死亡診断書ないし死体検案書を作成して遺族等が葬祭料の支給
の申請をした場合のほか,被爆者が国内で死亡したが国外で葬祭を行い,あるいは
在外被爆者が国内にある時に死亡したような場合等を考えると,葬祭料の支給申請
の要件審査が困難となる事例は被告の解釈を前提としても発生しうるものである。
 他方,仮に,国外からの葬祭料の支給申請を認めることによって,法3
2条の要件該当性の判断に困難が伴うことがあるとしても,被爆者健康手帳の交付
を受けている者につき,現在のように通信技術の発達した時代において審査のため
に必要な資料が全く入手できないということは考えにくい。また,被告は,国外の
医療機関が作成した診断書は類型的に信用性が高くないと主張するが,必ずしも外
国の医療機関の作成した診断書が国内の医療機関が作成したものよりも信用性が劣
るというわけではないであろうし,国外の在外被爆者の申請を個々にみれば,必要
な資料を具備し,十分な事実確認をすることができる場合もあり得ると考えられる
のであるから,被告の主張する事情は,個別の在外被爆者による申請について不支
給とする場合の理由とはなり得ても,在外被爆者による申請を一律に否定する理由
にはなり得ないというべきである。
(7) 法は,被爆による健康上の障害が特異,かつ深刻なものであり,このよう
な障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであることを背景と
して,そのような被害に苦しむ被爆者を広く救済することを目的として立法化され
たものである。そして,在外被爆者も法の定める総合的な援護対策の対象に当然含
まれるのであるから,これらの者について一般的に法の定める援護を受けることが
できない事態を招くことは,法の趣旨に反するものであるが,法32条の「都道府
県知事」を被告のように解釈すると在外被爆者のほとんどは葬祭料の支給を受ける
ことができなくなることは前述のとおりである。そして,海外からの申請を認めな
い理由として被告が主張する立法の経緯,立法者意思,法全体の趣旨は,いずれも
被告の解釈を支える根拠とはならないことはこれまで説明したとおりであり,ま
た,支給の適正確保の要請があることは被告が指摘するとおりであるが,それ自体
はいわば技術的な問題にすぎず,想定される各種の申請の態様を考えると,個別の
支給申請を排斥する理由にはなり得ても,在外被爆者の国外からの申請を一切認め
ない理由とするには十分なものではない。
 上記のような法の趣旨とこれまで説明してきたところからすると,法32
条の「都道府県知事」を被爆者の死亡した際の「居住地ないし現在地の都道府県知
事」と限定して解釈することはできないというべきである。
2 施行令19条は,「葬祭料は,被爆者の死亡の際における居住地の都道府県
知事が支給するもの」とし,施行規則71条は,「葬祭料の支給を受けようとする
者は,葬祭料支給申請書(様式第二十九号)・・を被爆者の死亡の際における居住
地の都道府県知事に提出しなければならない」と規定し,在外被爆者からの申請を
認めていないが,前記のような法の趣旨からすると,このような限定は法の委任の
範囲を超え,その限度で上記施行令及び施行規則の定めは無効というべきである。
なお,被告は,支給申請者が葬祭料の支給申請書に添えて都道府県知事に提出すべ
きものとされる死亡診断書又は死体検案書(施行規則71条)には,国外の医療機
関が作成した診断書は含まれないと主張するが,これまで述べたところからすれ
ば,そのような解釈を採ることはできない。
 3 被告は,単にAが死亡した当時,長崎市に居住及び現在していないことを理
由として,本件却下処分を行ったのであるが,以上説示したところによれば,かか
る処分が法32条に反し違法であることは明らかである。
第5 結論
   よって,原告の請求には理由があるから,これを認容することとし,訴訟費
用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとお
り判決する。 
   長崎地方裁判所民事部
       裁判長裁判官    田  川  直  之
          裁判官  伊  東  讓  二
          裁判官  渡  部  美  佳

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弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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