弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取消す。
     被控訴人等の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。
         事    実
 控訴指定代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、
控訴棄却の判決を求めた。
 当時者双方の事実上の主張竝びに証拠の提出、援用及び認否は控訴指定代理人に
おいて次のように述べたほか原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにこれを
引用する。
 控訴指定代理人は、次のように述べた。
 一 被控訴人等は、昭和二十七年法律第百二十六号ポツダム宣言の受諾に伴い発
する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(以下昭和二十七
年法第百二十六号という)第二条第二項に規定する同法施行の日から三月を経過し
た後においては同項所定の在留資格取得の申請をなすべき権利を有しない。
 すなわち、同法は第二条第一項において、同項各号に規定する外国人が引続き在
留資格を有することなく本邦に在留することのできる期間は、同法施行の日から六
月とすると規定し、次いで同条第二項において、前項に規定する外国人で右六月分
期間をこえて本邦に在留しようとするものは、同法施行の日から三月以内に在留資
格の取得を申請しなければならないと規定している。そして、同法及び外国人の出
入国に関する出入国管理令(昭和二十六年政令第三百十九号)、には右申請期間経
過後において当該外国人に対し在留資格取得の申請を認めた規定は存しないから、
同法は当該外国人に対し右三月の期間内にかぎり在留資格の取得の申請を認めたの
みで、右期間経過後はもはやその申請を許さない趣旨に出たものであつて、当該外
国人は右期間内の申請に基いて在留資格を取得しないかぎりその事由の如何を問わ
ず右六月の期間経過とともに当然に本邦に在留することのできない不法残留者とな
り、退去強制事由該当者となるのである。
 出入国管理令は外国人の在留資格を厳格に法定しており、外国人は同令に規定す
る在留資格及び在留期間にようないかぎり本邦に在留することを許されないのであ
り、不法入国等当初からわが国の管理に入らないものは勿論のこと、後にわが国の
管理から離脱して事実上本邦に在留する外国人は当該外国人の意思若しくはそのよ
うな事態に立ち至つた理由の如何を問わず退去強制を免れることはできないのであ
る。然らずんば、同令によらずして事実上本邦に在留する外国人が無限に存在する
こととなり、外国人の在留資格及び在留期間を規定した出入国管理令の存在意義は
全く失われてしまうのである。
 しかして、昭和二十七年法律第百二十六号第二条第二項の規定に基き法務大臣に
在留資格の取得を申請し得る者は、それまで適法に本邦に在留していた外国人に限
られ、不法残留の理由により退去強制事由に該当するに至つた者がその申請権を有
しないことは制度の建前から当然のことといわなければならない。蓋し、退去強制
事由該当者とされた以上、当該外国人に対し在留資格の取得申請をなし得る権利を
認めることはまさに矛盾にほかならないからである。
 従つて、被控訴人等は右昭和二十七年法律第百二十六号が制定施行された昭和二
十七年四月二十八日当時被疑者若しくは被告人として浜松刑務支所に勾留されてい
たものであるが、仮に同法の施行されたことを知り得ず、ために同法第二条第二項
に規定する期間内に在留資格の取得を申請し得なかつたとしても、右期間経過後に
おいても被控訴人等に右の申請をなし得べき権利が保留されているものということ
はできないのである。
 なお、以上のような結論が著しく不合理な結果を生ずるものとは考えられない。
すなわち、右在留資格取得の申請に対し許可を与えるかどうかは法務大臣の自由裁
量に委ねられているのであるが、当該外国人の責に帰すべからざる事由により在留
資格の取得を申請すべき期間を徒過したがもともと期間内に申請さえすれば在留資
格が与えられたであろうという場合については、当該外国人に対し不法残留者とし
て退去強制手続がすすめられていても、なお出入国管理令第五十条の規定により法
務大臣の特別在留許可の与えられる道が存するからである。
 二 次に、本件において国がその公権の行使によつて被控訴人等に対し昭和二十
七年法律第百二十六号の制定施行の事実を知らしめなかつたものとはいうことがで
きない。
 刑務所を含む国の行政機関が勾留されている被控訴人等に同法制定施行の事実を
知らしめることはたしかに望ましいことではあるが、そのような義務を負うもので
はないことはいうまでもない。被控訴人等は当時たまたま被疑者若しくは被告人と
して勾留されていたがために一般社会人に比し右制定施行の事実を知ることが多少
困難であつたに過ぎない。
 また、浜松刑務支所が被控訴人等に対し同法制定公布の事実を知ることを阻止し
若しくはその機会を奪つたような事実はない。当時浜松刑務支所においては被疑者
若しくは被告人に対し新聞の閲読を禁止していなかつたのみならず、被控訴人等の
家族がすべて期間内に適法に在留資格の取得を申請していることからみても被控訴
人等は面会若しくは文通によつて同法制定施行の事実を容易に知り得た筈である。
 従つて、仮に被控訴人等が昭和二十七年法律第百二十六号制定施行の事実を知ら
なかつたとしても、国の行政機関が公権力を行使して被控訴人等に対しその事実を
知る機会を奪つたものではない。
 三 被控訴人等に対し昭和二十七年法律第百二十六号第二条第二項の在留資格取
得申請をなすべき期間が延長さるべきであるとしても、右申請期間はすでに満了し
たものといわなければならない。
 すなわち、仮に被控訴人等が同法の制定施行の事実を知らなかつたのは当時浜松
刑務支所に勾留されており、国の行政機関が公権力を行使して右事実を知る機会を
与えなかつたがためであり、かかる場合には同法第二条第二項に規定する三月の申
請期間経過後もなお在留資格取得の申請をなすべき権利を有すると解し得るとして
も、被控訴人等は同法制定施行の事実を知つたときから遅滞なく遅くもその時から
三月以内に右申請をなすべく、右の事実を知つた以上たとえ誤つてすでに右申請が
許されないと考えたとしても右申請期間を申請権を有することを知り得べかりし時
から起算すべきであるということはできない。
 ところが、被控訴人等は昭和四十年七月出入国管理令第二十四条違反の調査を受
けた際係官から同法制定施行の事実を告知されているのであるから、そのときから
遅くも三月以内に在留資格取得の申請をなすべきであるにも拘わらず、右期間内に
申請をしなかつたのであるから、被控訴人等にはもはや右申請をなすことは許され
ないものといわなければならない。入国管理事務所の係官が右違反調査とこれに続
く退去強制の手続をすすめたのは期間経過のゆえにすでに右申請権は存しないとし
たがためであるが、被控訴人等がこれによつてもはや右申請が許されないと解した
としても、これを以て現在なお右申請をなすべき権利を有するものと主張すること
はできない。
 四 以上述べたとおりであるから、被控訴人等はいずれも昭和二十七年法律第百
二十六号第二条第一項に規定する六月の期間の経過により不法残留者として退去強
制事由該当者となつたものであり、在留資格取得の申請権もこれを有しないもので
あるから、被控訴人等に対する本件各退去強制令書発付処分には何等の瑕疵も存し
ない。
         理    由
 控訴人が法務大臣の裁決に基き昭和四十年八月十二日付で被控訴人Aに対し、同
年十月九日付で被控訴人Bに対しいずれも出入国管理令第二十四条第七号に定める
不法残留者であるという理由で各外国人退去強制令書を発付し、被控訴人等が現に
その執行を受けて横浜入国者収容所に収容されていること、被控訴人等が中国広東
省に本籍を有する中国人であるが、いずれも日本国において出生したものであるこ
とは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証、原審での被控訴人A及び被
控訴人B各本人尋問の結果によると、ともに嘗て本国に帰国したことのない者であ
ることが明らかである。
 しかして、右甲第三号証及び原審での被控訴人等各本人尋問の結果に成立に争の
ない甲第一、二号証並びに本件弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人Aは昭和二十
四年五月十九日満十七才十一月当時、被控訴人Bは同月二十五日満十九才三月当時
占領軍軍事裁判所である米国陸軍第八軍第一騎兵師団軍事委員会において昭和二十
三年四月二十五日日本人二名と共謀の上静岡県浜松市内で犯した強盗致死の罪によ
りそれぞれ禁錮重労働三十年の刑の宣告を受け、その頃から平和条約発効の日であ
る昭和二十七年四月二十八日まで巣鴨刑務所、次いで横須賀刑務所において服役し
ていたが、同日午後十時頃平和条約の発効により軍事裁判の効力が失われたことを
告知され、釈放の手続がとられると同時にあらためて日本国の刑事裁判手続により
裁判するという理由で横浜地方検察庁係官によつて逮捕され、同日から同月三十日
まで横浜刑務所拘置監に、同年五月一日から同年七月三十日静岡地方裁判所浜松支
部において被控訴人等を各無期懲役に処する旨の判決が言渡された頃まで浜松刑務
支所拘置監に、その後上告審たる最高裁判所において控訴審判決及び一審判決を破
棄した上被控訴人等を同じく各無期懲役に処する旨の判決が言渡された昭和三十年
九月二十日頃まで東京拘置所に勾留されていたこと、被控訴人等は右判決が確定し
た後千葉刑務所において服役していたところ、昭和四十年八月四日頃東京入国管理
事務所入国審査官から出入国管理令第二十四条第七号に定める不法残留者として調
査を受け、被控訴人Aは同年一〇月七日仮出獄による釈放と同時に、被控訴人Bは
同年十一月十五日仮出獄による釈放と同時にいずれも前示各退去強制令書の執行を
受け、横浜入国者収容所へ収容されるに至つたことが認められる。
 右認定の事実によると、被控訴人等は日本国との平和条約が発効した昭和二十七
年四月二十八日施行された同年法律第百二十六号第二条(出入国管理令の一部改正
に伴う経過規定)第一項第一号に規定する昭和二十年九月二日以前から引き続き外
国人として本邦に在留する者に該当する者であることが明らかであり、同条第一項
及び第二項の規定によると、右のような外国人である被控訴人等が出入国管理令に
定める在留資格を有することなく本邦に在留することができる期間は、同法施行の
昭和二十七年四月二十八日から六月であり、その期間をこえて本邦に在留しようと
するときは同じく同法施行の日から三月以内に入国管理庁長官(昭和二十七年七月
三十一日からは法務大臣)に対し在留資格取得の申請をしなければならない旨規定
されているのであるから、被控訴人等が昭和二十七年四月二十八日から起算して六
月の期間をこえて日本国に在留しようとするときは右同日から三月以内に在留資格
取得の申請をしなければならず、右申請をせずして三月の期間を徒過したときは六
月の期間の経過とともに出入国管理令第二十四条第七号の規定に該当する不法残留
者として本邦に在留することのできない者となることが明らかである。
 しかして、被控訴人等が昭和二十七年四月二十八日から三月以内に入国管理庁長
官又は法務大臣に対し在留資格取得の申請をせず、同日から六月の期間をこえて本
邦に在留していることは本訴における被控訴人等の主張自体に徴して明らかである
から、被控訴人等は出入国管理令第二十四条第七号の規定(なお、昭和二十七年法
律第百二十六号第二条は出入国管理令第二十二条の二の特別規定である)に該当す
る不法残留者であるといわなければならない。
 しかるに被控訴人等は本訴において、被控訴人等が問題の昭和二十七年法律第百
二十六号が制定施行された同年四月二十八日当時から前認定のように勾留されてい
たので、同法第二条に基き在留資格取得の申請をなすべきことを知らず、かつ刑務
所当局を含め国の機関が本来この旨を告知すべきであるにも拘わらずその告知をし
なかつたため同条第二項の定める右期間内に在留資格取得の申請をなし得なかつた
とし、前記各退去強制令書発付処分を無効である、と主張するのである。
 <要旨>しかし、昭和二十七年四月二十八日施行にかかる右同年法律第百二十六号
がその頃官報に登載されて公布されたものであることは公知の事実であるか
ら、同法は右公布により具体的な個々人の知不知にかかわりなく一般人の知り得べ
き状態におかれたものであつて、何人に対しても法たるの効力を生じ、当然被控訴
人等に対しても適用さるべきものとなつたものといわなければならない。いわゆる
「法の不知は許さず」との法原則はこのことをいうにほかならないのである。
 しからば、被控訴人等は勾留中であつて昭和二十七年法律第百二十六号の制定施
行を知らなかつたことを理由として同法の適用を免れることはできないものといわ
なければならない。
 しかのみならず、原審での被控訴人A及び被控訴人B各本人尋問の結果に本件弁
論の全趣旨を総合すると、被控訴人等は昭和二十七年五月一日から浜松刑務支所拘
置監に勾留されている間全く外部との接見交通、信書の交換及び文書の閲読を禁じ
られていたわけではなく、家族との通信及び娯楽雑誌の閲読等はこれを許されてい
たこと、被控訴人等の家族はすべて昭和二十七年法律第百二十六号第二条による在
留資格取得の申請をしてその資格を得ていることが認められ、被控訴人等も必ずし
も右在留資格取得の申請をなすべきことを知り得なかつたわけではないことが窺わ
れる。
 そうすると、被控訴人等はいずれにしても昭和二十七年法律第百二十六号制定施
行を知らなかつたことを理由として本件各退去強制令書発付処分を無効と主張する
ことは許されないものというべきである。
 しかして、本件にあつては他に右各退去強制令書発付処分を無効と認めるに足り
るだけの違法の点は見出すことができない。
 右のように結論することは被控訴人等に対し著しく酷であるとの議論がなされる
かもしれない。しかし、法令の内容をすべての人民に対し現実に通達し了知せしめ
ることは立法の複雑多岐にわたる現状からいつて事実上不可能のことに属し、形式
的な官報による公布によつてすべての人民に対し法の内容が了知されたものと看做
すほかはないのである。また国は被疑者又は受刑者として拘禁されている者に対し
その拘禁の期間中に公布された法令を特別に告知しなければならない義務を負うも
のではなく、この点に関する前記被控訴人等の主張は独自の見解であつてこれを採
用することができない。
 もとより法は不可能事を強いるものではない。天災、事変その他自己の責に帰す
ることのできない事由によつて法定の期間を遵守することができなかつた者に対し
ては何等かの救済が与えられなければならないことは当然である。出入国管理令に
はこのような者の為に期間の伸長を認める規定を特別に設けてはいないけれども、
同令第五十条には法務大臣の特別在留許可の制度が定められており、右規定は被控
訴人等のような不法残留者に対し退去強制手続が行われている場合であつても適用
があるのであつて、自己の責に帰することのできない事由によつて法定の期間内に
申請をすることができなかつたけれども若し右の期間内に在留資格取得の申請をし
ていたならばその資格が与えられたであろうという者に対しては右の特別在留許可
の与えられることが期待されるのである。このように在留資格取得の申請について
自己の責に帰することのできない事由によつて法定の期間を遵守することができな
かつた者に対しては期間の伸長を認めなくても右第五十条の規定によつて必要且十
分な救済が与えられる途が開かれているのであつて、出入国管理令が在留資格取得
の申請につき特に法定の期間の伸長に関する規定を設けなかつたことについては首
肯すべき理由があるのである。してみれば被控訴人等を不法残留者として同人等に
対しなされた本件退去強制処分に被控訴人等主張のよらな違法の廉はないとする上
記の結論は被控訴人等にとつて決して酷であるとは言うことができないのである。
 よつて、以上と異る見解のもとに被控訴人等の本訴各請求を認容した原判決は不
当であるから、これを取消し(原判決主文第一項中に、「被告B」とあるは「原告
B」の誤記であると認める)、被控訴人等の本訴各請求を棄却することとし、訴訟
費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条及び第九十六条の規定を適
用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 岡本元夫 裁判官 鈴木醇一)

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