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令和2年(受)第887号貸金返還請求事件
令和2年12月15日第三小法廷判決
主文
1原判決を次のとおり変更する。
第1審判決を次のとおり変更する。
(1)被上告人は,上告人に対し,874万7971円
及びこれに対する平成30年9月27日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)上告人のその余の請求を棄却する。
2訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人根岸透の上告受理申立て理由について
1原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)亡Aは,平成16年10月17日,長男である被上告人に対し,253万
5000円を貸し付けた(以下,この貸付けを「本件貸付け①」という。)。
(2)Aは,平成17年9月2日,被上告人に対し,400万円を貸し付けた
(以下,この貸付けを「本件貸付け②」という。)。
(3)Aは,平成18年5月27日,被上告人に対し,300万円を貸し付けた
(以下,この貸付けを「本件貸付け③」といい,本件貸付け①及び②と併せて「本
件各貸付け」という。)。
(4)被上告人は,平成20年9月3日,Aに対し,弁済を充当すべき債務を指
定することなく,貸金債務の弁済として,78万7029円を支払った(以下,こ
の弁済を「本件弁済」という。)。
(5)Aは,平成25年1月4日に死亡し,三女である上告人は,本件各貸付け
に係る各債権を全て相続した。
(6)上告人は,平成30年8月27日,被上告人に対し,本件各貸付けに係る
各貸金及びこれに対する平成20年9月4日から支払済みまで民法(平成29年法
律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害
金の支払を求める本件訴訟を提起した。被上告人が,同法167条1項に基づき,
本件貸付け②及び③に係る各債務(以下「本件債務②及び③」という。)の時効消
滅を主張するのに対し,上告人は,本件弁済により同法147条3号に基づく消滅
時効の中断の効力が生じていると主張して争っている。
2原審は,上記事実関係等の下において,本件弁済は法定充当(民法489
条)により本件貸付け①に係る債務に充当されたとした上で,次のとおり判断し
て,上告人の本件貸付け②及び③に係る各請求を棄却すべきものとし,上告人の請
求を本件貸付け①に係る残元金174万7971円及びこれに対する訴状送達の日
の1週間後である平成30年9月27日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求
める限度で認容した第1審判決に対する上告人の控訴を棄却した。
被上告人は,本件弁済により,本件弁済が充当される債務についてのみ承認をし
たものであるから,本件債務②及び③について消滅時効は中断せず,本件債務②及
び③は時効により消滅した。
3しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する
場合において,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済する
のに足りない額の弁済をしたときは,当該弁済は,特段の事情のない限り,上記各
元本債務の承認(民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有すると解
するのが相当である(大審院昭和13年(オ)第222号同年6月25日判決・大
審院判決全集5輯14号4頁参照)。なぜなら,上記の場合,借主は,自らが契約
当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを
認識しているのが通常であり,弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定するこ
とができるのであって,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をす
ることは,特段の事情のない限り,上記各元本債務の全てについて,その存在を知
っている旨を表示するものと解されるからである。
(2)これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,本件弁済がされた
当時,Aと被上告人との間には本件各貸付けに係る各債務が存在し,借主である被
上告人は弁済を充当すべき債務を指定することなく本件弁済をしているのであり,
本件弁済が本件債務②及び③の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情
はうかがわれない。そうすると,本件弁済は,本件債務②及び③の承認として消滅
時効を中断する効力を有するというべきである。したがって,上告人が本件訴訟を
提起した平成30年8月27日の時点では,本件債務②及び③の消滅時効はまだ完
成していなかったことになる。
4以上によれば,本件債務②及び③の時効消滅を認めた原審の判断には判決に
影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄
を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上告人の本件貸付け②及び
③に係る各請求は,本件貸付け②及び③に係る各貸金及びこれに対する平成30年
9月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求
める限度で理由がある。なお,上告人は,平成20年9月4日から平成30年9月
26日までの遅延損害金の請求に関する上告について,上告受理申立ての理由を記
載した書面を提出しない。
そうすると,本判決主文第1項のとおり,第1審判決が本件貸付け①に係る残元
金として上告人の請求を認容した額である174万7971円に本件貸付け②及び
③に係る各貸金の合計額である700万円を加えた額である874万7971円及
びこれに対する平成30年9月27日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求め
る限度で上告人の請求を認容する旨に原判決を変更すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官林道晴裁判官戸倉三郎裁判官林景一裁判官
宮崎裕子裁判官宇賀克也)

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