弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役二年六月に処する。
未決勾留日数中四七〇日を刑に算入する。
押収してある旅券一通(平成一二年押第一四〇一号の1)の偽造部分を没収する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
[罪となるべき事実]
被告人は、
第一 アブハッサンことAほか数名と共謀の上、昭和五〇年(一九七五年)二月一
七日ころから同月二一日ころまでの間、レバノン共和国(以下「レバノン」とい
う。)ベイルート市内又はその近辺において、行使の目的をもって、ほしいまま
に、日本国外務大臣の偽造の印章を押捺した日本国旅券ようの用紙を写真複製によ
る多色刷凸版印刷により作成し、その所持人自署欄に被告人の写真を貼付し漢字で
「B」及びローマ字で「B」と署名した上、被発給者の氏名欄に「B」、同性別欄
に「MALE」、同本籍欄に「NARA」、同生年月日欄に「C」、旅券番号欄に
「D」、発行年月日欄に「05 DEC.1973」等とそれぞれタイプ印刷し、
もって、一九七三年一二月五日付け日本国外務大臣発行名義のBあて旅券一通(平
成一二年押第一四〇一号の1)の偽造を遂げ、スウェーデン王国(以下「スウェー
デン」という。)のストックホルム市内路上において、同年三月五日午後三時三〇
分ころ(現地時間)、ストックホルム市警察所属の警察官に対し、右偽造の旅券を
真正に作成された旅券として提示してこれを行使した。
第二 エクアドル共和国に入国するに際し、平成六年(一九九四年)二月二一日
(現地時間)、同国のキト市内所在のマリスカル・スクレ国際空港の入国管理カウ
ンターにおいて、フィリピン共和国国籍のEを詐称した上、エクアドル共和国の国
家警察出入国管理局係官に対し、フィリピン共和国外務省長官作成名義で発給担当
者の署名がある偽造のEあて旅券及びE作成名義で「E」の署名がある偽造の出入
国カード(入国用)をいずれも真正に成立したもののように装って提出して行使し
た。
第三 エクアドル共和国から出国するに際し、同月二四日(現地時間)、前記マリ
スカル・スクレ国際空港の出国管理カウンターにおいて、前同様に詐称した上、前
記出入国管理局係官に対し、前記偽造のEあて旅券及びE作成名義で「E」の署名
がある偽造の出入国カード(出国用)をいずれも真正に成立したもののように装っ
て提出して行使した。
[争点に対する判断]
第一 公訴棄却の申立てについて
   弁護人及び被告人は、本件につき、被告人の逮捕に至る過程等に違法がある
こと等を主張して、公訴棄却の判決を求めているので、以下検討する。
 一 前提となる事実関係
   弁護人らが違法であると主張する被告人の逮捕手続等は、関係証拠により明
らかな事実のほか、記録編綴の勾留関係書類等により当裁判所に顕著な事実を併せ
ると、以下のとおりであるが、これらは被告人もおおむね認めて争っていない。
  1 被告人は、昭和五〇年三月五日、判示第一の犯行により、直ちにストック
ホルム市内で警察官に身柄拘束され、三月一二日ころ、四名の武装した私服警察官
に付き添われて、飛行機でデンマーク王国(以下「デンマーク」という。)内のコ
ペンハーゲン空港まで行った後、同所で乗り換えたルフトハンザ機で、羽田空港ま
で送られ、同月一三日午後二時四四分ころ、同空港で日本国の警察官に逮捕され
た。
    その後、被告人は、判示第一の罪で勾留、起訴されるに至ったが、同年八
月四日、日本赤軍を名乗る者らがマレーシア連邦国のクアラルンプール市内のアメ
リカ大使館等を占拠して、五十数名を人質に取った上、被告人らを即刻釈放しなけ
れば人質を処刑するなどと通告してきたため、被告人の意思を確認の上、法務大臣
の命令を釈放事由として、同月六日、同国クアラルンプール州スパン国際空港にお
いて、被告人を釈放した。
  2 被告人は、平成九年七月三一日、レバノンの裁判所で、禁錮三年、罰金六
〇万リラ等を内容とする判決を受け、同国のルミエ刑務所内に収容された。平成一
一年一二月、日本政府は、レバノン政府に対し、被告人の身柄引渡し請求をした
が、平成一二年三月一日、レバノン政府は、被告人の身柄を日本に引き渡さない旨
の閣議決定を行い、そのころまでに、被告人は、代理人のF弁護士を通じて、同国
に対して亡命申請を行った。被告人は、同月六日に禁錮刑の刑期が満了した後も、
罰金の支払に代えて同刑務所に収容されていたが、同月一七日、レバノンの政治亡
命委員会において、被告人の亡命の申請を認めない旨決定され、被告人はレバノン
官憲に身体を拘束されたままベイルート空港に連行され、被告人と同じルミエ刑務
所に収容されていたG、H、Iの三名と一緒に、ジョルダン・ハシュミット王国
(以下「ジョルダン」という。)のアンマン空港行きの中東航空機に搭乗させられ
た。
    被告人ら四名は、同日午後六時半ころ、中東航空機でアンマン空港に到着
し、タラップを降ろされた上、ジョルダンの入国管理当局の係官から入国を拒否す
る旨を告げられ、その直後に、ジョルダン駐在の日本大使館員から日本へ帰国する
ための渡航書が発給されている旨を告げられた。被告人らは、ジョルダン当局の係
官に両脇を抱えられて、日本政府が事前にチャーターして同空港に待機させていた
J機に搭乗させられた後、機内にいた日本人に指示された客室後部の座席に一人ず
つ離れて着席させられた。着席の際、機内の日本人が衣服の上から身体検査をして
きたため、被告人は、その必要はない旨抗議をしたが、聞き入れられなかった。
    被告人らの搭乗したJ機は、外務事務官の併任を受けた警察官を含む約三
〇名の日本人とともに、同日午後七時一〇分ころ、日本に向けて出発し、途中、ロ
シア共和国のモスクワで乗組員の交替等をした後、翌一八日午後五時二〇分ころ、
新東京国際空港に到着し、同機内で、被告人は収監のための執行を受けた。なお、
同機内では、被告人の両脇に日本人が座り、被告人が用便のために席を立つ際も、
四名が同行して、機内を自由に動き回ることを事実上制約されていたが、手錠等が
用いられたり、直接、被告人の身体を押さえつけられたりすることはなかった。ま
た、被告人は、両脇の日本人に対して、「この飛行機は日本に行くんですね。」
「何時間かかるのですか。」と話し掛けたりしたが、日本に行くことを拒絶した
り、あるいは自由に動き回りたい旨の格別の意思表示をしたことはない。
二 判示第一に関しての検討
  1 前記一とほぼ同様の事実関係を前提として、弁護人は、①被告人を、スウ
ェーデンから日本まで強制的に送還したことに法的な根拠はなく、スウェーデンな
いしデンマークで、既に実質的な逮捕がなされていたのであるから、その後の日本
における逮捕は刑訴法の定める時間制限に違反している、②被告人を超法規的に釈
放したことによって、日本国は被告人に対する公訴権を放棄したと見るべきである
し、その後長期間にわたり裁判の進行が停止したことにより事件は風化しているか
ら、公訴提起後とはいえ、公訴時効の趣旨をしん酌して、公訴棄却の判決が言い渡
されるべきである旨主張している。
2 しかしながら、昭和五〇年三月一〇日、スウェーデン政府は、被告人に対
し、国外強制退去決定をしており、日本への送還は、この決定に基づいて行われた
ことが明らかであって、その過程に違法な点は何らないし、スウェーデン等におけ
る身柄拘束も、同国の主権によって行われたものであり、これらを日本の警察官に
よる逮捕と同一視しなければならない事情はない。弁護人は、被告人が送還の途中
でデンマークに降り立っていることをもって、同国に到着した時点で強制退去の執
行は終了しており、同国から日本に被告人を送還する法的根拠はないなどと指摘し
ているが、被告人をいずれの国に向けて送還するかということは、スウェーデン政
府の裁量に属する事項であって、デンマーク経由で日本に送還したことに何ら問題
はないというべきである。
    また、被告人を釈放するに至ったのは、前記一の1のような状況の下で、
やむを得ずに執られた措置であって、この釈放につき、事実として被告人の身柄を
釈放したということを超えて、被告人に対する公訴権を放棄したなどという意義付
けをすることはできない。また、被告人を釈放した後、約二五年間裁判の進行が停
止していたとはいえ、その原因は被告人が釈放後外国での逃亡を続けていたこと等
にあるのであって、裁判の再開に何ら不当な点はない。
  3 したがって、判示第一の関係で、公訴棄却の判決を求める弁護人の主張に
は理由がない。
 三 判示第二及び第三に関しての検討
  1 弁護人らは、被告人ら四名の日本赤軍構成員を、レバノンからジョルダン
を経由して日本に強制的に送還した一連の行為は、何の法的根拠にも基づかない違
法な送還であり、被告人らの亡命権ないしその期待権を侵害している上、日本の主
権が及ばないジョルダン等において、日本の警察官が被告人らの身柄を拘束した点
等も違法であるなどと主張する。
  2 しかしながら、被告人ら四名を日本行きのJ機に搭乗させるまでの行為
は、レバノンによる国外退去処分とジョルダンによる入国拒否処分とによる結果に
すぎないのであって、右両国の主権に基づいて行われたものと認められる。被告人
は、このレバノンの国外退去処分が、先に同国がした閣議決定に反する旨を問題と
するが、政府がいったんした決定を変更することは可能であるし十分考え得るので
あって、なお、付言すれば、そもそも、当裁判所は、被告人に対する逮捕手続の適
法性の問題を離れて、レバノン政府の処分の適法性を判断する立場にはないのであ
る。また、同国が被告人の亡命を認めない決定をしていることからすると、亡命権
ないしその期待権の侵害という主張はその前提を欠くというべきである。
    なお、日本政府が事前にJ機をチャーターしていたこと等からすると、弁
護人が指摘するとおり、日本政府が、レバノン、ジョルダン両国に前記のような処
分等を行うように働き掛けて正式な犯罪人引渡しの手続によることなく、被告人ら
の日本への送還を実現したものであることは否定できない。しかし、日本赤軍がク
アラルンプールにおける人質事件等の重大犯罪を敢行した組織であること等を考え
ると、日本政府がそのような働き掛けをしたことも十分理由のあるところであり、
結局のところ、レバノン政府等がその主権に基づいて執った措置であることに変わ
りはなく、その点を殊更に問題視するのは相当でない。
    また、ジョルダンから日本に向かうJ機では、外務事務官の併任を受けた
警察官を含む日本人約三〇名が同乗して、被告人らに対して、身体検査を行った
り、機内で自由に動き回ることを事実上制約していたことがうかがえるものの、手
錠等を使って拘束したり、被告人らの身体を押さえ付けるなどの有形力を行使した
訳ではないから、これは航空機の飛行の安全を確保するために必要な許容範囲内の
行為と見るべきである。警察官らは、被告人らが抵抗した場合には、それを排除し
て、日本まで確実に連れ帰る考えであったと推認できるが、実際には、被告人らが
警察官らに対して、抵抗したり格別の異議を述べた事実はなかったのであるから、
結局のところ、機内において、日本の官憲による強制力の行使があったと見ること
はできない。
  3 弁護人が主張するその他の事由につき、逐一検討してみても、公訴提起を
違法視しなければならないような点は何ら見当たらず、判示第二及び第三との関係
でも、公訴棄却の判決を求める主張には理由がない。
第二 被告人の供述調書の任意性について
弁護人らは、被告人が本件各犯罪事実を犯したことは認めつつ、昭和五〇年
に作成された被告人の供述調書等については任意性がないこと等を理由に、証拠排
除すべきである旨主張している。しかしながら、被告人の公判における供述等を前
提としても、供述調書の任意性を否定すべきような事情はないといえる。
[法令の適用]
 被告人の判示第一の所為のうち、有印公文書偽造の点は平成七年法律第九一号
による改正前の刑法六〇条、一五五条一項に、その行使の点は昭和六二年法律第五
二号による改正前の刑法六〇条、一五八条一項、一五五条一項に、判示第二及び第
三の各所為は、いずれも各文書ごとに平成七年法律第九一号による改正前の刑法一
六一条一項、一五九条一項に該当するところ、判示第一の有印公文書偽造とその行
使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により、一
罪として犯情の重い偽造有印公文書行使の罪の刑で処断することとし、判示第二及
び第三は、いずれも一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条
一項前段、一〇条により、犯情の重い偽造旅券の各行使罪の刑でそれぞれ処断する
こととし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条に
より最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二
年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四七〇日を刑に算入すること
とし、押収してある旅券一通(平成一二年押第一四〇一号の1)の偽造部分は、判
示第一の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さない
ものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費
用については、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させること
とする。
[量刑の事情]
被告人が本件各犯行に及ぶに至った経緯等を見ると、その供述によれば、被告
人は、大阪府立の高等学校を卒業後、店員や会社員等の種々の職に就いたが、組合
運動等を通じて社会の変革に強い関心を抱くようになり、昭和四八年ころ、日本赤
軍と連携して革命実現を目指す「K」という組織に加わって、翌四九年二月ころに
は日本を出国して、日本赤軍の協力等を得てイエメン共和国内で銃撃等の軍事訓練
を受けるなどしながら、主に中近東のアラブ諸国に滞在した。そして、日本赤軍の
指令を受けて、北欧のレバノン大使館の建物の構造等を調査することとなったが、
その際、アラブ諸国への出入国歴が分かる自己の旅券では警戒されることを危ぐし
て、日本赤軍の構成員らと共謀の上、判示第一の犯行に及んだ。その後、被告人
は、スウェーデン政府によって日本に強制送還され、判示第一の罪で勾留、起訴さ
れていたものの、日本赤軍によるクアラルンプールにおける人質事件により超法規
的に釈放され、以後、日本赤軍の正式な構成員となって、判示第二、第三の各犯行
に及んだ、というのである。判示第二及び第三の犯行に至った経緯等については、
被告人が供述を拒否していること等から全く解明できないが、いずれも日本赤軍の
組織的活動の下で、計画的に敢行されたものと推察される。
被告人は、判示第一の犯行により勾留の上で起訴されて、公判開始直前の状態
であったのに、前記のとおり超法規的に釈放されて、長期間にわたって外国を逃亡
中に、再び判示第二、第三の同種犯行に及んでいるのであって、犯情は悪く、この
点は量刑の上で見逃すことはできないというべきである。なお、検察官は、論告に
おいて、判示第一の犯行当時、被告人は既に日本赤軍の構成員であったとの主張を
力説するが、日本赤軍の指令に基づき、その組織的な活動に従事する過程で判示第
一の犯行に及んだことは明らかであって、それ以上に正式な構成員であったか否か
は、被告人の量刑を考える上では、それほど意味を持つものではない。
  次に、本件犯行結果について見ると、判示第一の犯行では、日本国民にとって
は国外において重要な意義を持つ日本国旅券の信用性を著しく害し、また、判示第
二及び第三の各犯行においては、エクアドル共和国における入国管理行政等の適正
を害したことは想像に難くなく、ひいては、本件犯行はいずれも、外国の日本国民
に対する信頼を損なう結果を招いたというべきである。
  ところで、被告人は、日本赤軍解散という情報を受けて、自己はこれまで法を
犯してきたことについて罪を問われなければならないと述べ、本件各犯行を犯した
こと自体は認めたものの、完全な反省悔悟の態度とは評価できない。加えて、本件
による被告人に対する勾留は、平成一二年三月に収監された以降に限っても、約一
年八か月と比較的長期に及んでいるが、これは、被告人が、第一〇回公判において
犯行を認める供述をするまでの間、公訴事実に対する認否を留保するという態度を
取り続けて、判示事実に関し、指紋鑑定、法歯学関係の鑑定、筆跡鑑定等に関する
多数の証人調べが必要であったことも大きく影響しているから、このことを量刑上
被告人に有利な事情として評価するにも自ずから限度があるというべきである。 
 
  以上からすれば、被告人の刑事責任には重いものがあり、日本における前科前
歴がないこと、今後は合法的な活動を基盤とした生活を送る旨を述べ、それについ
て家族らの相応の協力が期待できること等の被告人に有利な事情を十分考慮して
も、本件が刑の執行を猶予すべき事案であるとはいえず、主文掲記の実刑に処する
のが相当であると判断した。
[検察官野口敏郎、弁護人和久田修、同寒竹里江各出席。求刑懲役四年]
平成一三年一二月二五日
 東京地方裁判所刑事第一三部
 裁判長裁判官長岡哲次
    裁判官高津 守
    裁判官橋爪 信

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