弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
被告人を懲役1年5か月に処する。
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
       理    由
(犯罪事実)
 被告人は,平成15年8月22日午後8時5分ころから同日午後8時50分ころ
までの間,神戸市a区b町c丁目d番e号先路上において,A(当時24歳)に対
し,「しばくぞ」等と怒号し,さらに,同日午後8時10分ころから同日午後8時
50分ころまでの間,同所において,同人及びB(当時32歳)に対し,「いてま
うぞ」「ぶっ殺したる。」などと怒号し,もって,同人らの生命,身体に危害を加
えるような気勢を示して脅迫した。
(証拠)
(括弧内の検で始まる番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を
示す。)
省略
(補足説明)
1 被告人は,捜査段階において被害者両名に怒鳴ったことは認めるが判示のよう
な文言を申し向けたことは否定し,その後第1回公判においていったん犯行を認め
たがその後再び否認に転じている。一方,検察官は,被害者両名に対する脅迫行為
が併合罪であるとしている。そこで,当裁判所が判示のように認定した理由を示
す。
 なお,判示事実そのものではないが,被告人は,犯行前,被害者A運転の自動
車(以下「本件自動車」という。)とすれ違うようになった際同車のドアミラーに
自己の肘あたりを接触されたことが犯行のきっかけであるとするのに対し,Aは,
『犯行前,本件自動車を運転して判示場所付近路上にさしかかったところ,酔った
様子で歩いてくる被告人を認めたのでその場で停車したが,被告人はそのまま歩い
てきて,本件自動車のドアミラーに手の甲付近があたった瞬間,Aに対し「降りて
こい,手があたった,しばくぞ」など怒号した』旨供述している。また,A及び被
害者Bは,『被告人が,Aの連絡でその上司であるBが判示場所に駆けつけた際,
被害者両名に対し,「1000万でも2000万でも取ったる。」等と怒号した』
と供述しているが,
被告人はこのことも否定している。
2 本件の前提として,判示場所付近でAが乗車する本件自動車と被告人とが接触
したこと,その後Aの電話連絡によりBが,ついでAの110番通報により警察官
が判示場所付近に駆けつけたことは関係証拠により優に認められ,被告人も特に争
わないところである。
 そこでまず,被告人が固執する本件自動車と被告人の接触状況について,Aと
被告人の供述自身をいったん離れて客観的状況から検討する。判示場所付近の道路
は東西方向に延びる,幅員(南北幅)約5.2メートルで,このほか道路南側には
幅約0.5メートルの蓋付側溝がある,当時特段の障害物も存在しないアスファル
ト舗装道路であり,Aはこれを東から西に向かい本件自動車を運転して進行中,こ
の道路中央付近(道路北端から約2.6メートルの位置)を反対方向に歩いてくる
被告人を発見したと認められる。ところで,Aが当時被告人に対し本件自動車を衝
突させようとか衝突してもかまわないと思ったとは到底考えられないが,前記道路
は,通常の運転者が本件自動車(登録番号からみて車幅は1.7メートル以下程度
である。)程度の大
きさの自動車で西に向かい進行中道路中央付近(道路北端から約2.6メートルの
位置)を対向して歩行してくる者を発見してその横(南側)を通過しようとすれ
ば,自車を進行方向左側(南側。側溝側。)に相当程度寄せて進行させるであろう
と考える十分な幅がある。また,本件自動車が被告人と接触した時点でAがいまだ
本件自動車を進行させていたとすれば,被告人との接触直後Aがこれに気づいて同
車を停止させても同車が完全に停止するまでには相応の距離を移動するはずであ
り,被告人も本件自動車を追いかけるような動作をしたり,これを前提とした発言
をしているはずであるが,そのような形跡もないというべきである(わずかに,被
告人が,警察官に,逮捕後10日程度経過した段階で,『被告人が本件自動車に接
触したことで同車はとま
ったが,自分としては本件自動車が逃げるような素振りがしたので怒鳴った』と供
述したことが一度あるが,これも,最初に怒鳴った内容等この点に関する重要な事
項につき逮捕当初ころの供述と異なっている。)。
 そうすると,客観的というべき証拠からみても,本件自動車は被告人と接触し
た当時動いてはおらず,停止していたと考えるのが自然である。
3 そこで,被害者両名の供述についてさらに検討する。被告人が判示のように怒
号したという被害者両名の供述は具体的かつ自然で基本的に一貫しており,また,
相互に符合している上,被害者両名や被告人自身が本件当時現場に駆けつけた警察
官に対して話した内容とも符合している。被告人が,被害者両名に対し,「100
0万でも2000万でも取ったる。」等と怒号したという点も,Bが判示場所付近
に到着した直後被告人がBに「社長呼べ」「営業の場所どこや」などと述べたとい
う被害者両名の供述と一体をなすもので,先に述べたのと同様ごく自然であって,
やはり被告人自身が救急車要請の意思等を確認しようとした前記警察官に対し「救
急なんかいらんわい」「後で自分で病院に行ってからこの女と話をつけたる」等と
話したことと符合す
る。そして,本件自動車と被告人との接触状況についてのAの供述は,前述した点
に照らし客観的裏付けもある。
 また,例えば,Aが被告人を陥れようとしているとすれば,Aは,被告人が歩
行の方向を大きく変えて本件自動車にあたってきた等と述べることができるが,A
の供述にはそのような面もみられず,Bについても同様である。なお,Aは,Bに
電話した際事故を起こしたように述べているところ,被告人が付近にいたのでその
ように述べたというAの説明も合理的である。
4 そうすると,被害者両名の供述は十分信用できるが,被害者両名の供述によれ
ば,被告人の判示「いてまうぞ」「ぶっ殺したる。」などという怒号は,Aが自分
に向けられたものと感じた面はあったと認められるものの,被害者両名に向けられ
たものである可能性が高く,また,被告人がAに「しばくぞ」と怒号した点はその
後のAに対する脅迫と(時間が接近していることや状況に変化がないこと等に照ら
し)一体として評価すべきと解されるので,被害者両名に対する脅迫は一罪(観念
的競合)を構成すると認める。
5 なお,これらに対し,被告人の供述は,先にみたように本件自動車との接触状
況が客観的状況に照らし明らかに不自然な上,単に覚えていないと述べたり,Bに
対し何を言ったかは覚えていないと述べながら「いてまうぞ」「ぶっ殺したる。」
とは言っていないとするなど不合理なもので,不利なことを指摘されるなら否認す
るというものであり,到底採用できない。
(累犯前科)
1 事実
 (1) 平成8年12月20日東京地方裁判所宣告
恐喝未遂罪により懲役2年
平成10年10月10日刑執行終了
(2) 平成12年2月22日神戸地方裁判所尼崎支部宣告
同罪((1)の刑執行終了後の犯行)により懲役2年
平成13年12月22日刑執行終了
(3) 平成14年5月2日大阪地方裁判所宣告
暴行罪((2)の刑執行終了後の犯行)により懲役10月
平成15年2月26日刑執行終了
2 前科調書,1(2)(3)掲記の各罪にかかる判決書謄本により認定
(法令の適用)
1(1) 罰条          被害者ごとにいずれも刑法222条1項
(2) 観念的競合       刑法54条1項前段,10条(犯情の重い被害者
Aに対する脅迫罪の刑で処断)
(3) 刑種の選択       懲役刑選択
2 4犯加重         刑法59条,56条1項,57条
3 未決勾留日数の算入    刑法21条
4 訴訟費用の不負担     刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 不利な事情
(1) 犯行態様が極めて粗暴であり,被害者らの受けた恐怖感は大きかったと認め
られる。犯行前後の言動にも悪質なものがある。
(2) 被害弁償は全くなされておらず,その可能性も乏しい。被害感情も厳しい。
(3) これらのことに加え,前科や供述態度にも照らすと,被告人には他人に対す
る配慮が欠けているというほかなく,偽名を使っていたことも考慮すると遵法精神
にも不足がある。反省心も失われており,本件が前刑終了後わずか半年での犯行で
あることにも併せ鑑みれば再犯のおそれも相当高い。なお,被告人は当法廷で責任
を被害者A等に転嫁し,他罰的な態度をとっているが,被告人に厳しい態度で臨む
ことによりこれが強まることをおそれて寛刑に処することも本末転倒である。
2 有利にしん酌すべき事情等
(1) 犯行のきっかけにつき,被告人がわざと本件自動車に接触したとは断定でき
ず,被告人が同車に接触されたと思い込んだ可能性は否定できない。
(2) 反省の弁も述べていた。
(3) 結論として一罪が成立すると判断される。
(求刑,懲役1年6月)
(出席した検察官太田健二,国選弁護人高橋通延)
  平成16年1月13日
    神戸地方裁判所第11刑事係乙
            裁判官  橋 本   一

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