弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件申立を棄却する。
         理    由
 本件申立は当裁判所第三小法廷が刑訴四一四条、三八六条一項三号により上告を
棄却した決定に対してなされた訂正の申立と解すべきであるが、右の如き上告棄却
の決定に対しては、訂正の申立をすることは許されないことは当裁判所の判例の示
すところである(昭和三〇年(す)第四七号、同年二月二三日当裁判所大法廷決定
参照)。よつて本件訂正の申立は不適法であつて、棄却すべきものである(なお、
本件申立を異議の申立と見るとしても、三日の期間を経過した後になされたもので
あるから、不適法である。)から主文のとおり決定する。
 本裁判は裁判官小谷勝重、同谷村唯一郎、同小林俊三、同池田克を除く、その余
の全裁判官一致の意見によるものである。
 裁判官小谷勝重、同谷村唯一郎、同小林俊三、同池田克の少数意見は次のとおり
である。
 被告人死亡したときは決定をもつて公訴を棄却しなけければならないことは刑訴
三三九条一項三号(刑訴四〇四条、四一四条により上告審に準用)の規定するとこ
ろである。
 本件被告人は昭和二七年九月一九日死亡したことは昭和二八年四月二一日附弁護
人青柳孝提出の本件「申立書」と題する書面に添えられた被告人に関する戸籍抄本
によつて明瞭である。しかるに第三小法廷は右被告人死亡の事実を知らざりしため
同二八年四月一四日刑訴三八六条一項三号、四一四条により上告棄却の決定をなし、
該決定は同年四月一七日弁護人(弁護士青柳孝)に、同月一八日被告人死亡前の住
居(受送達者同居人A)に、同月一五日最高検察庁にそれぞれ送達されたことは記
録上明らかである。しかしながら既に被告人死亡しておる以上は右上告棄却の決定
は法律上何等の効力を発生しないものといわなければならない、何となれば裁判の
告知は、判決は公判廷における宣告により、決定は同宣告又は当事者に対するその
裁判書の謄本の送達により効力を生ずるものであること、刑訴規則三四条の規定す
るところであるから、本件上告棄却の決定は被告人死亡後は被告人に対する送達な
るものなく、また弁護人は被告人の死亡により当然その弁護権を消滅するもの故、
右何れも適法な送達は行われず、従つて右上告棄却の決定は被告人に対しその効力
を生ずるに由ないものといわなければならないからである。
 しからば、依然として訴訟は終了しておらない状態であるから、被告人死亡の事
実がその後明らかとなつた以上、最高裁判所は改めて公訴棄却の決定をなすことを
要すべく、それによつて始めて訴訟は終了するに至るものというべきである(そし
てこの場合の公訴棄却の決定はその宣告があるか、または決定の謄本を検察官に送
達せられることによりその効力を発生するものと解すべきである)。
 多数意見は、本件「申立書」と題する書面をもつて決定訂正の申立と認め、しか
も決定に対しては訂正の申立を許すべきでないから(最高裁判所は従来刑訴三八六
条一項三号、四一四条による上告棄却の決定に対し刑訴三八六条二項の異議の申立
を認めず、却つて同四一五条を準用してその訂正申立を認めていたのであるが、昭
和三〇年(す)第四七号事件において、同年二月二三日の大法廷決定により右従来
の態度を改め決定には訂正の申立を許さず、前示異議申立を認めることに改めた)、
本件訂正申立は棄却すべきものであり、また仮に本件申立を異議申立と解しても、
既にその申立期間を経過しており不適法であるというのであるが、われわれは本件
「申立書」と題する書面は、勿論訂正申立または異議申立とは認むべきでなく、た
だ単に裁判所に対し刑訴三三九条一項三号による公訴棄却の決定を促すに過ぎない
書面と認むべきものであり、したがつて、当大法廷は、改めて刑訴同条同号により
公訴棄却の決定をなすを正当と思料する。
 なお、以上われわれの意見を一層明瞭ならしめるため次の諸点を附加する。
 (1)本件「申立書」と題する書面は既述の如く刑訴三三九条一項三号による公
訴棄却の決定を裁判所に促すに止まるものと認むべく、したがつてこれに対し何等
の裁判を与えるべきものではない。
 (2)先きの上告棄却の決定は訴訟法上無効のものであるから、純理論上は右決
定に対する爾後の処置を採るの必要はないのであるが、苟しくも外形上該決定の存
在する以上、その無効であることを宣明するためその後になされる公訴棄却の決定
理由中にその趣旨を明らかにするを相当と信ずる。
 (3)第三小法廷によつてなされた上告棄却の決定が、仮に公判廷で宣告された
場合であつたとしても、なお該決定はその効力なきものといわなければならない。
何となれば刑訴規則三四条は裁判告知の方法に過ぎない規定と解すべきであつて、
このため死亡している被告人に該裁判の効力を及ぼし得ないことは当然の法理であ
るからである。
 (4)大法廷は、曾て控訴審において未決拘禁中の被告人が控訴取下書を当該拘
置所の長に提出した場合に関し、右控訴取下の効力は、刑訴三六七条、三六六条に
より右取下書を拘置所の長に提出と同時に発生するものであるから、控訴審が右控
訴取下書が控訴審に逓付されるまでの間に有罪の判決をした案件につき、右は判決
前既に控訴取下が効力を生じているのであるから、控訴審の有罪判決は当然無効で
あると宣言された(昭和二六年(さ)第一号、同二七年一一月一九日大法廷判決、
集六巻一〇号一二一七頁参照)。右大法廷判決の趣旨に従えば本件第三小法廷の上
告棄却の決定もまたこれと同旨の結論に到達しなければならないものといわなけれ
ばならない。何となれば、刑訴三六七条、三六六条により控訴取下書は拘置所の長
に提出された時即時控訴取下の効力を生じ、従つて右取下を知らずしてなされた有
罪の控訴判決は当然無効であつて訴訟は控訴取下によつて完結するとするならば、
被告人死亡の場合は当然公訴棄却の決定をすべきものである以上、死亡の事実を知
らずしてなされた右第三小法廷のした上告棄却の決定もまた当然無効と解さなけれ
ばならない理であるからである。
 (5)刑訴三三九条一項三号の規定は、死亡により公訴権の消滅したための規定
である。しかるに多数意見の如くんば、公訴権消滅し、したがつて有罪無罪の確定
判決をなすに由なき死亡者に対し、恰かも有罪の確定判決を受けたものと同様の状
態に放置して顧みないとするものであつて、訴訟法上右の如き不合理な形態を敢て
認容しなければならないような規定上はた法理上の根拠があるならば格別、かかる
正義に反する形態を残置肯認して顧みないとする多数意見にはわれわれは到底左袒
することはできない(なお、管轄検察庁における「犯罪人カード」及び市区町村役
場における「犯罪人名簿」の登録、その他死亡せる被告人及びその親近に与える影
響等、これ等をも問題外視することはできないと信ずる)。
 (6)なお多数意見は本件のような上告棄却の裁判のあつた場合、刑訴三三九条
二項による異議申立または同四一五条による訂正申立を許すべきもの、否、右方法
外に道なき趣旨と解すべきであるが既に被告人死亡せる以上、その異議申立権また
は訂正申立権は何人に属するというのであろうか、その法令上はた理論上の根拠を
少しも挙げていないのであるが、われわれは現行法上かかる申立権者の存在を発見
することができない。このことは、再審の制度、就中死亡者のための再審請求に関
する刑訴四三九条四号の規定等と対比しても、本件の如き場合、多数意見のいう異
議または訂正の申立を認めるべきでなく、常に公訴棄却の決定をするを要する法の
精神であることを知るに充分と信ずる。
 (7)以上われわれの意見は、独り上告審に限らず、すべての審級の同例の場合
にあてはまるものと思料する。即ち異議及び訂正申立の方法のない第一審において、
もし本件と同例の生じた場合、多数意見は右第一審の有罪の判決(第二審における
有罪判決の場合も全く同一)をそのままに放任存置せしめてよいというのであろう
か。
  昭和三〇年七月一八日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克

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