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平成21年(わ)第2396号現住建造物等放火被告事件(裁判員裁判)
判決
被告人
氏名被告人
生年月日昭和42年6月14日
本籍及び住居名古屋市昭和区a町b丁目c番地
職業無職
弁護人(私選)平野保(主任)
黒﨑建人
山路昌宏
検察官岡部正樹
横幕孝介
主文
被告人を懲役7年に処する。
未決勾留日数のうち370日を刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,有限会社Aの取締役であったが,同社が経営する飲食店「B」に放
火して,同店舗内の設備等について契約していた損害保険金を得ようと企て,平
成21年1月5日午後零時37分ころから同日午後零時45分ころまでの間に,
当時同店の従業員であったC及びDが開店準備作業のため中にいた,名古屋市中
区de丁目f番g号所在の鉄筋コンクリート造陸屋根3階建て建物1階の同店店
舗内レジカウンター内部に灯油を用いて放火し,その火を周囲の板壁等に燃え移
らせ,よって,前記Cほか1名が現在する前記建物(床面積合計約465.01平
方メートル)のうち1階店舗内板壁等表面積約29平方メートルを焼損した。
(証拠)括弧内の甲乙の番号は検察官請求証拠の番号を示す。
・被告人の公判供述
・証人E,同F,同G,同C,同D及び同Hの各公判供述
・I(甲51)及びJ(甲52)の各警察官調書抄本
・実況見分調書抄本(甲42,43)
・捜査報告書(甲13,16,17,18,41,45,53)
・試験報告書写し(甲50)
・鑑定書写し(甲6。ただし,撤回部分を除く。)
・履歴事項全部証明書(甲11)
(争点に対する判断)
第1争点
本件の争点は,(1)本件火災が放火によるものか否か,(2)放火によるもの
であるとして被告人が犯人であるか否か,である。
第2本件火災が放火によるものか否かについて
当裁判所は,本件火災は放火によるものであると判断した。その理由は,
以下のとおりである。
関係各証拠によれば,本件火災の火元は店舗1階のレジカウンターの内部
であること,レジカウンターの床板から灯油に相当する油性成分が検出され
たこと,Bの店舗内には日ごろ灯油は置かれていなかったこと,レジカウン
ター付近に火の気はなく漏電等の電気トラブルやたばこの火の不始末等とい
った失火の痕跡もなかったことが認められる。これらの事実からすれば,お
よそ自然発火による火災とみる余地はなく,何者かが店外から灯油を持ち込
み,これを使って前記レジカウンター内部に火をつけたと考えざるを得ない。
第3被告人が本件放火の犯人であるか否かについて
当裁判所は,被告人が本件放火の犯人であると認定した。その理由は,以
下のとおりである。
1被告人には犯行が可能であったこと
関係各証拠によれば,平成21年1月5日,店舗内1階天井に設置された
火災報知器が本件火災を感知した時刻は午後零時47分であること,火災が
発生してから報知器がこれを感知するまでに要する時間は5分から10分程
度と認められることに加えレジカウンターと報知器との位置関係などから,
本件火災の出火時刻は午後零時37分ころから午後零時45分ころまでの間
と認められる。また,出火時刻ころ店舗内には被告人と従業員のC及びDの
3名しかいなかったこと,被告人は新年のあいさつに来た業者と話をしたり
店舗近くのコンビニエンスストアで午後零時34分ころたばこを買い,出火
時刻ころには店舗に戻っていたこと,その間,C及びDは店舗内の厨房で仕
込み作業をしていたことが認められる。これらの事実によれば,被告人が本
件放火を行うことは可能であった。
2被告人には本件放火に及ぶ動機があったこと
関係各証拠によれば,以下の事実が認められ,これらの事実によれば,被
告人には保険金欲しさから本件放火に及ぶ動機があった。
(1)被告人は,有限会社Aの会社の口座から引き出した金を競馬等に使った
り,会社名義のカードを使ってクラブ等で遊興するなど公私混同の生活を
続けていた。
(2)被告人は,有限会社A代表取締役名義でB店舗内の設備,什器及び動産
等に対し8000万円以上,現金及び有価証券に対し300万円の保険を
掛けていた。
(3)本件火災発生当時,有限会社Aは酒屋や魚屋等取引業者に対する買掛金
や電気・水道料金,税金及び信用保証協会に対する債務等合計約3700
万円の債務を負っていた。
(4)被告人個人も,本件火災発生当時,消費者金融に対する約240万円の
債務を負っていた。
(5)被告人は,本件火災後,保険会社に対し本件火災を理由に保険金請求を
した。その際,レジカウンター内に現金約230万円の入ったかばんを置
いていたところ,その現金約230万円は本件火災により焼失したとして
保険金請求したが230万円もの現金が焼失した痕跡はなく,根拠のない
保険金請求をした。
このように被告人には保険金を得ようとする動機があったと認められると
ともに,被告人以外には本件火災により得をする者は見いだせない。
3被告人は,本件火災前後に自らの放火をうかがわせる言動をしていたこと
Cは,平成20年12月25日,店舗内において被告人から「火をつけよ
うか」「外で900万,内だったら7000万」と言われたり,店舗2階座
敷の堀座卓の下などから火が出たらどうかなどと相談されただけでなく,本
件火災当日には出火現場を前にして「このまま燃やそうか」と言われた旨証
言する。
「外で900万,内だったら7000万」という話は,本件店舗の設備,
什器,動産に対し8000万円の火災保険金が掛けられていたこと,平成2
0年9月に,本件店舗横の簡易トイレで発生した火災により有限会社Aに対
し保険金約890万円が支払われていること,被告人はこうした事情を知っ
ていたことと符合している。
また,平成20年12月25日にCが被告人から放火の話を持ちかけられ
たのは,被告人がC及びDに対し有限会社Aの経営状況が芳しくなくそのこ
とについて弁護士と相談をした,ビルのオーナーから立ち退き訴訟を起こさ
れているといった話をした後のことであるというものであるが,そうした証
言内容は,被告人が弁護士と相談をしていることや有限会社Aがビルのオー
ナーから店舗の明渡しを求める訴訟を提起されたという客観的事実と符合し
ている。
さらに,被告人から放火の話を持ちかけられた際のCの証言内容は,相当
に具体的であるばかりか,放火を持ちかけられたCが被告人に対し,ばれな
いようにやってねと答えたこと,熱を発する機械,例えば酒燗器とかの電源
の切り忘れ等で爆発する感じの火事だったらいいんじゃないかなどとCの方
から提案までしていること,加えて出火現場を前にして被告人から「このま
ま燃やそうか」と言われたことなど,見方によってはC自身も放火の共犯と
疑われかねない,Cにとって極めて不利な内容まで述べている。
こうした事情に照らせばCの証言は信用できる。それによれば,被告人は,
平成20年12月25日に本件店舗への放火の計画をCに打ち明けているこ
と,それから11日後である平成21年1月5日には出火現場を前にしてC
に対して「このまま燃やそうか」と火災の広がりを容認する趣旨ともとれる
発言をしていることが認められる。
4事件後,被告人は自分が疑われることを防ぐためとみられる行動をとって
いること
関係各証拠によれば,火災があった日の夜,CがHが経営するもつ鍋屋に
行ったところ,被告人からHの携帯電話に電話があり,Cが店にいることを
確認するや「Cの言うことは信じんといてくれ」と述べたことが認められる。
このことは,被告人が,Cの口から被告人に不利な事実が述べられるかもし
れないことを想定あるいは予想していたものと推察される。また,被告人は,
それから2日後にHの前記店に一人で訪れ,Hに対し本件火災の原因がたこ
足配線であったと述べたり,被告人が足繁く通っていたクラブの経営者であ
るKに対しCとDが手を組んで火をつけたと述べたり,Cに対しては消防が
漏電であると言っていたと述べるなど,確たる証拠がないにもかかわらず出
火原因について自ら積極的に周囲の者に述べていたことが認められる。これ
らの言動は被告人自身が疑われるのを防ぐための行動とみるに十分なもので
ある。
5被告人の供述は信用できないこと
被告人は,捜査段階から一貫して自分が犯人であることを否定している。
しかし,一方でレジカウンター内に置いておいたかばんの中に現金約230
万円と約800万円相当の当たり馬券が入っていたと述べながら,他方で,
火災発生当時,かばんのことには意識は及ばなかったと述べていること,火
災が発生した当日の夜,Hにかけた電話で「Cの言うことは信じんといてく
れ」とは言っていないなどと述べHの証言とは食い違っていること,その電
話をした理由について,お金がないCが飲みに行っているのはなぜかと思っ
たなどと極めて不自然な説明をしていることなどからすれば,およそ信用で
きない。
6まとめ
前記1によれば,被告人には本件放火を行うことが可能であったと認めら
れ,さらに2から4までの諸事情も総合考慮すれば,本件放火の犯人は被告
人であると認められる。この判断は,火災発見後に被告人自身レジカウンタ
ー付近に水をかけていること,着火道具,着火方法,灯油の入手状況などは
明らかになっていないことなどの事情を考慮しても動かない。
(法令の適用)
罰条刑法108条
刑種の選択有期懲役刑を選択
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(刑を定めた理由)
本件は,居酒屋の経営者であった被告人が,店舗の設備等に掛けた保険の保険
金を得るために,従業員2名が仕事をしていた店舗1階のレジカウンター内部に
灯油を用いて放火し,1階店舗内板壁等表面積約29平方メートルを焼いたとい
う現住建造物等放火の事案である。
灯油を用いて犯行に及んでいる点は,確実に火を燃え上がらせようとした明確
な意図をうかがわせるものである上,当時,1階店舗内の厨房では従業員2名が
仕込み作業をしており,被告人はそのことを十分に認識しながら店舗内のレジカ
ウンター内部に火を放ったものであり,被告人の行為の危険性は明らかである。
また,保険金目当ての計画的な犯行であることは行為の悪質性をより高めるもの
である。本件放火によって店舗1階板壁等表面積にして約29平方メートルが焼
けただけでなく,炎や黒煙で建物全体がすすだらけとなるなど建物の所有者に大
きな損失を与えたこと,さらに,付近一帯は一般住宅,各種商店,会社ビルなど
が立ち並ぶ密集地域であり,本件火災が周辺住民の生命,身体,財産に危険を生
じさせる犯行であったことも被告人の刑を重くする要素として重視すべきである。
自分の金と会社の金を区別せずに競馬などにのめり込んだ末に本件犯行に及び,
放火した後もクラブに通い競馬を続けるなどし,逮捕後は本件犯行を否認した上,
従業員に罪を被せようとまでするなど反省の態度は全くみられない。こうした事
情も被告人の刑を重くする要素である。これらを踏まえると被告人の刑事責任は
重いというべきであり,被告人のした行為と結果等に見合う刑としては現住建造
物等放火罪の法定刑の最も軽い刑である懲役5年をある程度上回る刑を考えざる
を得ない。
他方,被告人にこれまで前科がないことは被告人の刑を軽くする要素と評価で
きるもののその程度はさほど大きくない。
これらのことを総合し,懲役7年の刑が相当であると判断した。
(求刑-懲役7年)
平成23年1月28日
名古屋地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官堀内満
裁判官内山孝一
裁判官奥村周子

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