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平成11年(ワ)第18380号 特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結日 平成15年1月20日)
          判         決
     原     告      三井化学株式会社
     原告訴訟代理人弁護士   牧野利秋
     同            鈴木   修
     同            深井俊至
     同訴訟復代理人弁護士   辻河哲爾
同補佐人弁理士      小田島 平吉
     被     告      東燃化学株式会社
     被     告      東燃タピルス株式会社
     被告ら訴訟代理人弁護士  竹田  稔
     同            田中克郎
     同            森崎博之
     同            吉野正己
     同補佐人弁理士      河備健二
     同            横山公一
     同            小西   恵
          主         文
     1 原告の請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 請求
 1 被告東燃化学株式会社は,別紙「原告第1物件目録」及び「原告第2物件目
録」記載の各物件を製造し,又は販売してはならない。
 2 被告東燃化学株式会社は,その所有に係る別紙「原告第1物件目録」及び
「原告第2物件目録」記載の各物件を廃棄せよ。
 3 被告東燃タピルス株式会社は,別紙「原告第1物件目録」及び「原告第2物
件目録」記載の各物件を販売してはならない。
 4 被告東燃タピルス株式会社は,別紙「原告第1物件目録」及び「原告第2物
件目録」記載の各物件を廃棄せよ。
 5 被告らは,原告に対し,各自24億9695万円及びうち16億9744万
円に対する平成11年8月26日から,うち7億9951万円に対する平成13年
1月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は,被告らの製造販売する製品が原告の特許発明の技術的範囲に属し,こ
れらの製造・販売が原告の特許権を侵害すると主張して,被告製品の製造・販売の
差止め並びに損害賠償を求めている。これに対し,被告らは,被告製品は原告の特
許発明の技術的範囲に属さず,また,原告の特許発明には無効理由が存在すること
が明らかであるから当該特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利濫用に当
たり許されない,と反論して,原告の請求を争っている。
1 前提となる事実関係(当事者間に争いがない事実及び証拠により認定した事
実。後者については,末尾に証拠を掲げた。)
 (1) 当事者
   原告は,石油化学製品等の製造,販売等を主たる業務とする会社である。
   被告東燃化学株式会社(以下「被告東燃化学」という。)は,石油化学製
品等の製造,販売等を主たる業務とする会社である。被告東燃タピルス株式会社
(以下「被告東燃タピルス」という。)は,電池用セパレーター等の販売等を主た
る業務とする会社であり,被告東燃化学の100パーセント子会社である。
  (2) 原告の特許権
   ア 原告は,下記の特許権を有している(以下,(ア)記載の特許権を「本件第
1特許権」,(イ)記載の特許権を「本件第2特許権」といい,これらを併せて「本件
各特許権」という。)。
    (ア) 特許番号      第1893038号
      出願日       昭和58年6月10日
  登録日       平成6年12月26日
  発明の名称     超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム及
            びその製造方法
 (イ) 特許番号      第2047192号
      出願日       昭和58年6月10日
  登録日       平成8年4月25日
  発明の名称     超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム及
            びその製造方法
イ 本件第2特許権に係る特許出願は,昭和58年6月10日に出願した本
件第1特許権に係る特許出願の一部を分割して,平成5年6月28日に新たな特許
出願としたものである(弁論の全趣旨)。
  (3) 本件各特許権に係る明細書の「特許請求の範囲」
 本件第1,第2特許権に係る明細書(以下「本件第1明細書」,「本件第
2明細書」という。本判決末尾添付の各特許公報〔以下「本件第1公報」,「本件
第2公報」という。甲3の1,甲4〕参照)の「特許請求の範囲」の請求項1の記載
は,それぞれ次のとおりである(以下,「本件第1特許発明」,「本件第2特許発
明」といい,これらを併せて「本件各特許発明」という。)。
ア 本件第1特許発明
    「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン
Aで,且つ縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上であっ
て,初期弾性率が7300kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2
以上であるこ
とを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」
   イ 本件第2特許発明
    「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン
Aで,且つ一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸倍率が
3倍以上であって,破断強度が720kg/cm2
以上(ただし,縦方向の延伸倍率が5
倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2
以上を除く)であることを特徴とする超高分子
量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」
  (4) 構成要件の分説
 本件各特許発明は,次のように分説することができる(以下「構成要件
①」などという。)。
ア 本件第1特許発明
① 少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィ
ンAで,
② 且つ縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上で
あって,
③ 初期弾性率が7300kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2
以上
であることを特徴とする
④ 超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。
イ 本件第2特許発明
① 少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィ
ンAで,
② 且つ一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸
倍率が3倍以上であって,
③ 破断強度が720kg/cm2
以上であることを特徴とする
④ ただし,縦方向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍
以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2

上を除く
⑤ 超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。
  (5) 被告らの行為
被告らは,商品名「セティーラE25MMS」を含む製品(以下,「被告
製品」という。)を製造・販売している(被告製品の構成については争いがあり,
原告は「原告第1物件目録」,「原告第2物件目録」のとおりと主張し,被告らは
「被告物件目録」のとおりと主張している。)。
(6) 被告製品の構成要件の充足性
 ア 被告製品は,本件第1特許発明の構成要件②を充足する。
 イ 被告製品は,本件第2特許発明の構成要件②を充足する。
 2 争点
  (1) 被告製品は,本件各特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)
(2) 本件各特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件各特許
権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されないか(争点
2)
  (3) 損害賠償の内容及び額(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(被告製品は,本件各特許発明の技術的範囲に属するか)
  【原告の主張】
  (1) 被告製品は,別紙「原告第1物件目録」(以下「第1物件」という。)及
び同「原告第2物件目録」(以下「第2物件」という。)各記載のとおりの,超高
分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムであるところ,被告東燃化学は,被告製品
を製造し,被告東燃タピルスを通じて販売している。また,被告東燃タピルスは,
被告東燃化学から供給を受けた被告製品を販売している。
  (2) 被告製品が,本件第1特許発明の構成要件②及び本件第2特許発明の構成
要件②を充足することは当事者間で争いがないし,また,下記のように,被告製品
は,本件第1特許発明の構成要件①,③,④,本件第2特許発明の構成要件①,③
~⑤も充足する。したがって,被告製品は,本件各特許発明の技術的範囲に属す
る。
   ア 本件各特許発明の構成要件①の充足性
    (ア) 本件各特許発明の構成要件①は,「少なくとも極限粘度[η]が5.
0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,」という文言で規定されるものであ
る。
      この「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオ
レフィンAで,」の要件は,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混
合する構成を排除するものではない。なぜなら,そもそも一般的に高分子量ポリオ
レフィンのような高分子は,ある一定の分布範囲の中で分子量の比較的大きい分子
から比較的小さい分子までが混在した状態にあるから,極限粘度[η]が5.0
dl/gの高分子といっても,もともとそれより極限粘度[η]が小さな高分子と大き
な高分子とが混合した状態にあり,本件各特許発明が,原料として,極限粘度
[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンをも含めて混合する構成を排除したと解す
ることはできないからである。
    (イ) また,この極限粘度[η]の値は,原料段階における極限粘度[η]
の値を意味するというべきである。その理由は,次のとおりである。
     a 本件第1,第2明細書の「特許請求の範囲」の請求項2では,「超
高分子量ポリオレフィンA」が「炭化水素系可塑剤Bを含み,且つメルトフローレ
ートが0.005ないし50g/10min」であるそれとして請求項1を限定している
が,炭化水素系可塑剤Bとの混合物のメルトフローレートを0.005ないし50
g/10minとするのは,原料としての超高分子量ポリオレフィンAである(本件第1
公報5欄5~14行)以上,請求項2,ひいては同項で引用された請求項1(本件
第1,第2特許発明)の「超高分子量ポリオレフィンA」も原料となる物質を意味
しているというべきである。また,この「超高分子量ポリオレフィンA」なる語
は,製造方法を規定した請求項4でも,「‥‥‥超高分子量ポリオレフィンAと,
‥‥‥炭化水素系可塑剤Bを含み,‥‥‥である混合物を押出し」と記載されてい
ることからも,原料となる物質を指すものとして用いられている。さらに,本件第
1明細書の「発明の詳細な説明」においても,「超高分子量ポリオレフィンA」は
すべて原料となる物質を意味するものとして用いられており(本件第1公報3欄4
1行,4欄3行,15行,24行,33行,39~40行,5欄6行,
41行,6欄32行,37行,41行。),本件第2明細書においても同様であ
る。
     b 被告製品は「原告第1物件目録」及び「原告第2物件目録」の各⑤
記載のように「上記極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレン
と同極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合物(上記流動パラ
フィンを除く)の極限粘度[η]が5.0dl/g以上であり,」というものであるか
ら,原料段階における極限粘度[η]の値は5.0dl/g以上である。したがって,被
告製品は「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン
Aで,」という文言を満たし,構成要件①を充足する。
     c 被告らは,商品名が「セティーラE25MMS」である被告製品の
極限粘度[η]の値が4.18dl/gである(乙17の2)ことをもって,本件第1,
第2特許発明の極限粘度[η]の値5.0dl/g以上であるという文言を満たしておら
ず,かつ,超高分子量ポリオレフィンの製造過程において,極限粘度[η]が原料
のそれより低くなることが知られているとはいえない,と主張する。
      しかし,本件第1,第2特許発明の特許出願前の刊行物(甲10)
及び実験(甲11)から,成形加工過程を経た高分子量ポリオレフィンの極限粘度
[η]が原料段階の高分子量ポリオレフィンの極限粘度[η]より低くなることが
知られているのは明らかである。したがって,成形加工を経た被告製品の極限粘度
[η]が,被告らが主張するように4.18dl/gだったとしても,原料の極限粘度が
5.0dl/g以上であることと矛盾しない。
   イ 本件第1特許発明の構成要件③,本件第2特許発明の構成要件③,④の
充足性
     本件第1特許発明の構成要件③は「初期弾性率が7300kg/cm2
で且つ
破断強度が910kg/cm2
以上であることを特徴とする」という文言で規定されるも
のであり,本件第2特許発明の構成要件③,④は「破断強度が720kg/cm2
以上
(ただし,縦方向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であっ
て,初期弾性率が7300kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2
以上を除く)
であることを特徴とする」という文言で規定されるものであるが,被告製品である
「セティーラE25MMS」(製造番号47Y00,47Y01)を実験により分
析したところ,その弾性及び強度は,いずれも,本件第1,第2特許発明の上記構
成要件に規定する数値である,初期弾性率7300kg/cm2
,破断強度910kg/cm2
を大きく上回った(甲5)。したがって,被告製品は,本件第1特許発明の構成要
件③及び第2特許発明の構成要件③,④を,いずれも充足する。
   ウ 本件第1特許発明の構成要件④,本件第2特許発明の構成要件⑤の充足

     本件第1特許発明の構成要件④,本件第2特許発明の構成要件⑤は「超
高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」との文言であるが,被告製品である
「セティーラE25MMS」の品名はフィルムであるから,被告製品は同文言を充
足する。被告らは,被告製品は微多孔膜であると主張するが,微多孔膜であっても
フィルムに該当する。
  また,被告らは,上記「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」
との文言は可塑剤を含むものに限定されるところ,被告製品は可塑剤を含んでいな
いから同文言を充足しないと主張するが,失当である。その理由は,次のとおりで
ある。
(ア) 本件第1,第2明細書の記載
 ① 本件第1,第2明細書の特許請求の範囲の請求項1には,「超高分
子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が炭化水素系可塑剤を含むものに限定され
るということは記載されていない。しかも,本件第1,第2明細書における発明の
詳細な説明の記載及び図面からすると,本件第1,第2特許発明は,超高分子量ポ
リオレフィン二軸延伸フィルムという物そのものの発明であり,炭化水素系可塑剤
を混合して製造するという製造方法によって限定されない。
 ② 本件第1,第2明細書の特許請求の範囲の請求項2には,「炭化水
素系可塑剤Bを含み」と規定されているから,その上位項である請求項1(本件第
1,第2特許発明)は,可塑剤を含むものに限定されない。
 ③ 可塑剤自体は,最終的に得られる超高分子量二軸延伸フィルムの高
い弾性率及び強度に寄与しているわけではない。可塑剤は,その製造プロセスにお
いて,単に超高分子量ポリオレフィンの延伸性を高めるという点で,技術的意味を
有するものである(甲22の2,27の2,34の4を参照)。
(イ) 公知技術の参酌
  被告らは,可塑剤Bを混合していない,本件第1,第2特許発明に規
定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは,本件第1,
第2特許発明の出願前に頒布されたことが明らかな欧州特許出願公開第00248
10号明細書(乙14,以下「欧州特許明細書」という。)の実施例13に記載さ
れた公知物質であるから,本件第1,第2特許発明にいう「超高分子量ポリオレフ
ィン二軸延伸フィルム」は,可塑剤Bを混合したものに限定されると主張し,欧州
特許明細書の例13を追試したとする実験報告書(乙16)を提出する。
  しかしながら,欧州特許明細書の実施例13は,その追試をするには
開示が不十分にしかされておらず,乙16の実験は,欧州特許明細書の実施例13
を正確に追試したものとはいえない。
  【被告らの主張】
(1) 被告製品は,別紙「被告物件目録」記載のとおりの,微多孔膜である。
(2) 被告製品は,下記のとおり,本件第1,第2特許発明の技術的範囲に属さ
ない。
 ア 本件各特許発明の構成要件①の充足性
  本件第1,第2特許発明の構成要件①は,いずれも,「少なくとも極限
粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで」という文言で規定さ
れるものであるが,以下の理由により被告製品は構成要件①を充足しない。
  (ア) 本件第1,第2明細書の「特許請求の範囲」の請求項1には,極限粘
度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混合することは規定されていない。し
かも本件第1,第2明細書には,「[η]5dl/g未満のものは,分子量が低く超高
分子量ポリオレフィンの特徴である高強度フィルムが得られない虞れがあり,」と
記載されている(本件第1公報4欄18~21行,本件第2公報【0007】)。
したがって,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混合することは排
除される。
 被告製品は,通常分子量のポリオレフィン,少量の超高分子量ポリオ
レフィン及び流動パラフィンという3つの成分から流動パラフィンを抽出除去して
作られるものであり,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混合して
いるから,構成要件①の「超高分子量ポリオレフィンA」の文言を充足しない。
 (イ) 「極限粘度[η]が5.0dl/g以上」とは,最終製品たる二軸延伸フ
ィルムについての規定というべきであり,原料についてのものではないというべき
ところ,被告製品である「セティーラE25MMS」の極限粘度[η]は,4.18
dl/gであるから,5.0dl/g以上とはいえない。
   なお,被告製品の,流動パラフィンの全量を抽出除去する前の段階
(別紙「被告物件目録」の(1)の段階)において,極限粘度[η]が5.0dl/g未
満のポリオレフィンと,極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィ
ンとを混合した結果,その極限粘度[η]が5.0dl/g以上になっていること自体は
争わないが,極限粘度[η]は,上述したとおり,原料段階におけるものではなく
最終製品たる二軸延伸フィルムのものというべきであるから,これをもって構成要
件①を充足するということはできない。
 イ 本件第1特許発明の構成要件③,本件第2特許発明の構成要件③,④の
充足性
   本件第1特許発明の構成要件③は「初期弾性率が7300kg/cm2
以上で
且つ破断強度が910kg/cm2
以上であることを特徴とする」というものであり,本
件第2特許発明の構成要件③,④は「破断強度が720kg/cm2
以上(ただし,縦方
向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率
が7300kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2
以上を除く)であることを特
徴とする」というものである。
 被告製品は,別紙「被告物件目録」記載のとおり,初期弾性率が165
0kg/cm2
以下,破断強度が500kg/cm2
以下であるから,上記の本件第1特許発明
の構成要件③,本件第2特許発明の構成要件③,④の文言を充足しないことが明ら
かである。
 ウ 本件第1特許発明の構成要件④,本件第2特許発明の構成要件⑤の充足

   本件第1特許発明の構成要件④及び本件第2特許発明の構成要件⑤は,
いずれも,「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」という文言である。
 (ア) 上記のように,各構成要件は,「‥‥‥フィルム」という文言で規定
されるものである。しかるに,被告製品は,別紙「被告物件目録」記載のとおり,
ポリオレフィン微多孔膜であるところ,微多孔膜とは,微孔が多数存在する膜であ
ってフィルムのことではないから,上記の本件第1特許発明の構成要件④,本件第
2特許発明の構成要件⑤を充足しない。
 (イ) 本件各特許発明の上記構成要件中の「超高分子量ポリオレフィン二軸
延伸フィルム」は,下記の理由により,可塑剤を含むものに限定されると解すべき
である。しかるに,被告製品は,ポリオレフィン二軸延伸フィルムから流動パラフ
ィンの全量を抽出除去したポリオレフィン微多孔膜であるから,可塑剤を含んでい
ない。したがって,被告製品は,上記の本件第1特許発明の構成要件④,本件第2
特許発明の構成要件⑤の文言を充足しない。
  ① 本件第1,第2明細書の「特許請求の範囲」の請求項4の方法の発
明に記載される,フィルムの初期弾性率及び破断強度の値は,請求項1における初
期弾性率及び破断強度の値と一致しているから,請求項1に記載された超高分子量
ポリオレフィン二軸延伸フィルムは請求項4の方法によって得られるものであると
いえる。しかるに,請求項4では,超高分子量ポリオレフィンと可塑剤Bとの混合
物から超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムを得ており可塑剤Bを抽出する
工程を記載していないから,請求項4の発明においては可塑剤Bを含むと解するべ
きであり,請求項1の発明(本件第1,第2特許発明)についても同様に解するこ
とができる。
    また,本件第1,第2特許発明は,超高分子量ポリオレフィンに特
定の炭化水素系可塑剤Bを混合することにその技術的意義,特徴があり,本件第
1,第2特許発明における各物性値と炭化水素系可塑剤Bは不可分の関係にあるか
ら,超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムから炭化水素系可塑剤Bを抽出除
去したものは,本件第1,第2特許発明の技術的範囲に含まれず,本件第1,第2
特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,可塑剤Bを含有す
るものに限定されると解される。
 ② 出願経過をみると,原告は,平成3年5月27日付け意見書(乙
9)において「前記各引用例には,‥‥‥本願発明の重要な要件である,超高分子
量ポリオレフィンに特定の炭化水素系可塑剤が含有された二軸延伸フィルム,およ
びその製造方法について何ら記載されておらず」と述べており,本件第1特許発明
の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が可塑剤Bを含有するものに限
定されることを前提とする意見を述べている。また,原告は,平成3年10月5日
付け意見書(乙13)において,「本願発明における‥‥‥超高分子量ポリエチレ
ン二軸延伸フィルムは,具体的には,超高分子量ポリエチレンに特定の炭化水素系
可塑剤を配合した混合物の押出物を,超高分子量ポリエチレンの融点以下の温度で
延伸することにより得られるものであります。」と述べているが,「延伸すること
により得られる」とは延伸したものそのものに他ならず,可塑剤を抽出除去するこ
とのように何らかの加工・作業を加えることは含まない。これらからすれば,本件
第1,第2特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,可塑剤
Bを含有するものに限定されると解される。
 ③ 公知技術を参酌しても,同様の結論となる。
   すなわち,原告が本件第1,第2特許発明の技術的範囲であると主
張する「可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高
分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,本件第1,第2特許発明の出願前に
頒布されたことの明らかな欧州特許明細書(乙14)の実施例13に記載された公
知物質であって,本件第1,第2特許発明により初めて得られた新規物質ではな
い。したがって,本件第1,第2特許発明の技術的範囲には,原告主張のような炭
化水素系可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高
分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは公知の物質として含まれていないのであ
って,その技術的範囲は,「炭化水素系可塑剤Bを混合してある特許請求の範囲に
規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」に限定され
て特許されたものというべきである。
2 争点2(本件各特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件
各特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されないか)
 【被告らの主張】
  本件各特許発明には無効理由が存在することが明らかであるから,本件各特
許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されない。
 原告は,本件各特許発明に,超高分子量ポリオレフィンAが炭化水素系可塑
剤Bを含む態様のもののほかに,炭化水素系可塑剤Bを含まない態様のものも包含
される旨主張しているが,そのように解した場合は,本件各特許発明は特許法36
条4項の規定に違反して特許されたものということになるから,無効理由が存在す
ることが明らかである。
 すなわち,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」に「比較例4 超
高分子量ポリエチレン‥‥‥を圧縮成形して100μのシートを得た。このときの
操作条件は200℃である。次いで該シートを用いて二軸延伸を試みた。延伸温度
を60,80,100,120℃としてそれぞれ延伸を試みたがいずれも引張応力
が大きく延伸ムラと破断により2倍以上の均一延伸は不可能であった。」(本件第
1公報14欄11行~18行,本件第2公報【0038】)と記載されていること
から明らかなように,炭化水素系可塑剤を用いない場合は,本件第1,第2特許発
明に係る二軸延伸フィルムを得ることができないものであるし,その他,本件第
1,第2明細書においては,超高分子量ポリオレフィンAが炭化水素系可塑剤Bを
含まない態様についてこれを実施するための記載も示唆も存しないから,同態様に
ついて当業者が容易に実施できるように記載されていないというべきである。
【原告の主張】
 本件各特許発明には,無効理由が存在することが明らかとはいえないから,
本件各特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求が権利の濫用に当たるとはいえな
い。被告らの主張は,物を対象とした発明についての明細書において要求される,
当該物の製造方法の開示の程度について,理解を誤ったものである(甲22の1,甲
27の1を参照)。
3 争点3(損害賠償の内容及び額)
 【原告の主張】
(1) 平成4年3月23日から平成7年9月19日までの第1物件の製造,販売
 ア 被告らは,平成4年3月23日から平成5年12月31日までの間,第
1物件を48万平方メートル製造,販売した。その間,第1物件の単価は1平方メ
ートル当たり1000円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,
4億8000万円である。
 イ 被告らは,平成6年1月1日から平成6年12月31日までの間,第1
物件を132万平方メートル製造,販売した。その間,第1物件の単価は1平方メ
ートル当たり900円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,1
1億8800万円である。
 ウ 被告らは,平成7年1月1日から平成7年9月19日までの間,第1物
件を123万平方メートル製造,販売した。その間,第1物件の単価は1平方メー
トル当たり800円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,9億
8400万円である。
 エ 上記ア~ウによれば,被告らの平成4年3月23日から平成7年9月1
9日までの間の第1物件の製造,販売による売上高は,26億5200万円であ
る。しかるに,本件第1特許発明については,製品の売上高に対して10%を乗じ
た額が,原告の受けるべき相当な対価である。したがって,原告は,上記期間中に
2億6520万円の損害を被った(特許法102条3項)。
(2) 平成7年9月20日から平成11年6月30日までの第1,第2物件の製
造,販売
 ア 被告らは,平成7年9月20日から平成7年12月31日までの間,第
1,第2物件を48万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単
価は1平方メートル当たり800円であった。したがって,被告らの上記期間中の
売上高は,3億8400万円である。
 イ 被告らは,平成8年1月1日から平成8年12月31日までの間,第
1,第2物件を456万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の
単価は1平方メートル当たり650円であった。したがって,被告らの上記期間中
の売上高は,29億6400万円である。
 ウ 被告らは,平成9年1月1日から平成9年12月31日までの間,第
1,第2物件を643万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の
単価は1平方メートル当たり550円であった。したがって,被告らの上記期間中
の売上高は,35億3650万円である。
 エ 被告らは,平成10年1月1日から平成10年12月31日までの間,
第1,第2物件を816万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件
の単価は1平方メートル当たり470円であった。したがって,被告らの上記期間
中の売上高は,38億3520万円である。
 オ 被告らは,平成11年1月1日から平成11年6月30日までの間,第
1,第2物件を489万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の
単価は1平方メートル当たり430円であった。したがって,被告らの上記期間中
の売上高は,21億0270万円である。
 カ 上記ア~オによれば,被告らの平成7年9月20日から平成11年6月
30日までの間の第1物件及び第2物件の製造,販売による売上高は,128億2
240万円である。しかるに,本件第1,第2特許発明については,製品の売上高
に対して10%を乗じた額が,原告の受けるべき相当な対価である。したがって,
原告は,上記期間中に12億8224万円の損害を被った(特許法102条3
項)。
(3) 平成11年7月1日から平成12年12月31日までの第1,第2物件の
製造,販売
 ア 被告らは,平成11年7月1日から平成11年12月31日までの間,
第1,第2物件を711万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件
の単価は1平方メートル当たり410円であった。したがって,被告らの上記期間
中の売上高は,29億1510万円である。
 イ 被告らは,平成12年1月1日から平成12年12月31日までの間,
第1,第2物件を1200万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物
件の単価は1平方メートル当たり365円であった。したがって,被告らの上記期
間中の売上高は,43億8000万円である。
 ウ 上記ア,イによれば,被告らの平成11年7月1日から平成12年12
月31日までの間の第1,第2物件の製造,販売による売上高は,72億9510
万円である。しかるに,本件第1,第2特許発明については,製品の売上高に対し
て10%を乗じた額が,原告の受けるべき相当な対価である。したがって,原告
は,上記期間中に7億2951万円の損害を被った(特許法102条3項)。
(4) 上記(1)~(3)によれば,原告は,被告らの本件第1,第2物件の平成4年
3月23日から平成11年6月30日までの間の製造,販売により15億4744
万円の,平成11年7月1日から平成12年12月31日までの間の製造,販売に
より7億2951万円の各損害(合計22億7695万円の損害)を被った。
(5) 弁護士・弁理士費用
  本件に関する弁護士・弁理士費用としては,差止め,廃棄請求及び損害賠
償請求のうち平成4年3月23日から平成11年6月30日までの被告らの第1,
第2物件の製造,販売に係る分については,1億5000万円を下ることはなく,
平成11年7月1日から平成12年12月31日までの被告らの第1,第2物件の
製造,販売に係る分については,7000万円を下ることはない。したがって,原
告は弁護士・弁理士費用として2億2000万円の損害を被った。
(6) まとめ
  上記(1)~(5)によれば,原告は,被告らの行為により,合計24億969
5万円の損害を被った。
【被告らの主張】
  原告の上記の主張は,いずれも,否認ないし争う。 
第3 当裁判所の判断
 1 争点1(被告製品は,本件各特許発明の技術的範囲に属するか)について
  (1) 本件各特許発明の構成要件①の充足性
   ア 「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィ
ンA」について
    (ア) 「超高分子量ポリオレフィンA」について
      本件各特許発明の構成要件①の「超高分子量ポリオレフィンA」につ
ては,その名称からその内容が一義的に明らかになるものではない。すなわち,樹
脂の分野においては,「ポリオレフィン」の語が,純粋ポリマーを意味する場合
と,各種添加剤を含めた樹脂組成物全体を意味する場合があり,また,ポリマーの
みを意味する場合であっても,いわゆる「ホモポリマー」の意味で用いられる場合
と,別のポリマーの混合を許容する概念で用いられる場合があるからである。そし
て,このように「ポリオレフィン」の名称のみでは,その意味する内容が一義的に
定まらないことは,本件各特許発明の構成要件①の「超高分子量ポリオレフィン
A」の語についても,当てはまるものである。
      そこで,明細書の記載を検討するに,本件第1,第2明細書の「発明
の詳細な説明」欄には,次の記載がある。
     ① 「本発明の方法に用いる超高分子量ポリオレフィンAは,デカリン
溶媒135℃における極限粘度[η]が5dl/g以上,好ましくは7ないし30
dl/gの範囲のものである。[η]5dl/g未満のものは,分子量が低く超高分子量ポ
リオレフィンの特徴である高強度フィルムが得られない虞があり‥‥‥かかる超高
分子量ポリオレフィンAは,エチレン,プロピレン,1-ブテン,4-メチル-1
-ペンテン,1-ヘキセン等を所謂チーグラー重合により重合することにより得ら
れるポリオレフィンの中で,はるかに分子量が高い範疇のものである。」(本件第
1公報第4欄15~29行,本件第2公報【0007】)
     ② 「本発明に用いる超高分子量ポリオレフィンAには,前記炭化水素
系可塑剤Bに加えて,耐熱安定剤,耐候安定剤,滑剤,アンチブロッキング剤,ス
リップ剤,顔料,染料,無機充填剤等通常ポリオレフィンに添加して使用される各
種添加剤を本発明の目的を損なわない範囲で配合しておいてもよい。」(本件第1
公報第8欄20~26行,本件第2公報【0020】)
     ③ 実施例,比較例において,超高分子量ポリオレフィンAは,ポリマ
ー成分としては,超高分子量ポリエチレンあるいは超高分子量ポリプロピレンのみ
からなるものしか記載されていない(本件第1公報9欄6行~14欄18行,本件
第2公報【0023】~【0039】)
      上記の①,③によれば,本件各特許発明の構成要件①の「超高分子量
ポリオレフィンA」とは,ポリマーとしては,「エチレン,プロピレン,1-ブテ
ン,4-メチル-1-ペンテン,1-ヘキセン等」の単量体を重合して得られる,
通常のポリオレフィンよりもはるかに分子量が高いポリオレフィン(重合体)を意
味し,これ以外の樹脂を混合した樹脂は,含まないというべきであり,また,②に
よれば,同「超高分子量ポリオレフィンA」には炭化水素系可塑剤Bを含めた各種
添加剤を含有し得るというべきである。
      上記によれば,本件各特許発明の「超高分子量ポリオレフィンA」と
は,ポリマー成分としては,「エチレン,プロピレン,1-ブテン,4-メチル-
1-ペンテン,1-ヘキセン等」を重合して得られる,通常のポリオレフィンより
もはるかに分子量が高い重合体のみからなり,これに各種添加剤を任意で添加し得
る樹脂組成物を意味する,と解するのが相当である。
    (イ) 「極限粘度[η]が5.0dl/g以上」について
      本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明欄には,「本発明の方法
に用いる超高分子量ポリオレフィンAは,デカリン溶媒135℃における極限粘度
[η]が5dl/g以上,好ましくは7ないし30dl/gの範囲のものである。[η]が
5dl/g未満のものは,分子量が低く超高分子量ポリオレフィンの特徴である高強度
フィルムが得られない虞れがあり,」(本件第1公報4欄15~21行,本件第2
公報【0007】)との記載があり,これによれば,本件各特許発明においては,
分子量の低い超高分子量ポリオレフィンを排除することと同義で「極限粘度[η]
が5.0dl/g以上」と規定されているというべきであり,「極限粘度[η]」は添加
剤などを含む組成物全体の「極限粘度[η]」ではなく,重合体そのものの「極限
粘度[η]」を意味するというべきである。しかも,「高強度フィルムが得られな
い虞れがあり」の記載からすると,当該物性は,フィルムが製造される前に,重合
体が有しなければならない物性というべきである。
      上記によれば,「極限粘度[η]が5.0dl/g以上」とは,上記(ア)に
判示した「超高分子量ポリオレフィン」重合体の原料の時点での極限粘度を意味す
ると解するのが相当である。
      このことは,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄の実施
例に「超高分子量ポリエチレン([η]=8.20dl/g)とパラフィンワックス(融
点=69℃,分子量=460)と50:50(重量比)ブレンド物(MFR:0.03
7g/10min)を次の条件下で二軸延伸フイルム成形を行った。」(本件第1公報
9欄9~13行,本件第2公報【0024】)等と記載されていることからも,裏
付けられる。
   イ 被告製品の構成要件①の充足性
     別紙「原告物件目録」によれば,原告が主張する第1物件及び第2物件
は,いずれも,極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,
極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンと,流動パラフィンを混合した
混合物から得られるものである(なお,被告製品がこのような構成をとるものであ
ることは,被告らも認めている。)。そして,極限粘度[η]が5.0dl/g未満であ
るポリエチレンとは,「ポリエチレン」と単に記載されることからしても,超高分
子量でない通常のポリエチレンを意味することが明らかである。
     一方,本件第1,第2特許発明における構成要件①の「超高分子量ポリ
オレフィンA」は,上記ア(ア)に記載したとおり,エチレン,プロピレン,1-ブテ
ン,4-メチル-1-ペンテン,1-ヘキセン等を重合して得られる,通常のポリ
オレフィンよりもはるかに分子量が高い重合体のみを樹脂成分とし,これに各種添
加剤を任意で添加し得るが,通常の分子量の重合体を混合したものは含まないもの
である。そうすると,被告製品は,超高分子量ポリエチレンに通常のポリオレフィ
ンを混合しているという点において,「超高分子量ポリオレフィンA」という文言
を充足しないといわなければならない。したがって,被告製品は,構成要件①を充
足しない。
   ウ 原告の主張に対する判断
     原告は,そもそも一般的に高分子量ポリオレフィンのような高分子は,
ある一定の分布範囲の中で分子量の比較的大きい分子から分子量の比較的小さい分
子までが混在した状態にあるものであって,例えば極限粘度[η]が5.0dl/gの高
分子といっても,もともとそれより極限粘度[η]が小さな高分子と大きな高分子
が混在した状態であると主張する。そして,このように,極限粘度[η]が5.0
dl/g以上である超高分子量ポリオレフィンには,もともとそれより極限粘度[η]
が小さな高分子が含まれている以上,そこに極限粘度[η]が5.0dl/g未満である
ポリオレフィンを混合する構成を排除するものではない,と主張する。
     そこで,被告製品の分子量分布についてみると,別紙「原告物件目録」
の第1物件及び第2物件においては,極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分
子量ポリエチレンと,極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合
比については,記載がなく不明である。しかし,被告製品に対応する権利である特
許第2711633号(同特許権は訴外東燃株式会社が有するものであるが,同特
許権の特許発明が被告製品に対応するものであることについては,原告も明確には
争っていない。)に係る明細書からすると,その混合比は,ポリオレフィン組成物
の重量平均分子量/数平均分子量の比が10~300となる程度のものであり,その
重量平均分子量/数平均分子量の比は,超高分子量ポリオレフィン自身の重量平均分
子量/数平均分子量(通常6)よりも大きいものであって,結果としてその分子量分
布も,低分子量側へと広がりをみせるものである(特許第2711633号公報
〔乙1〕【0018】)。そうすると,被告製品における「極限粘度[η]が5.0
dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,極限粘度[η]が5.0dl/g未満である
ポリエチレンとを混合した混合物」の分子量分布は,超高分子量
ポリオレフィン単独ではとることのできないものと認られるものであるから,当該
「極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,極限粘度
[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとを混合した混合物」は,超高分子量ポ
リオレフィンのホモポリマーとは,樹脂組成物として明確に区別されるといわなけ
ればならない。
     したがって,原告の上記主張は採用できない。
  (2) 本件第1特許発明の構成要件④,本件第2特許発明の構成要件⑤の充足性
ア「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,炭化水素系可塑剤を 含む
二軸延伸フィルムに限定されるか
    (ア) 本件第1,第2明細書の記載
      本件第1,第2特許発明における「超高分子量ポリオレフィン」の内
容については,上記(1)ア(ア)に記載したとおりである。また,「二軸延伸フィル
ム」は,一般に二軸延伸を行ったフィルムを広く意味し,当該分野における技術常
識に照らせば,単純に平面的な形状を変更したフィルム(種々の形状に裁断したも
の,穿孔を施したもの等)や,種々の後処理を行ったフィルムであっても,二軸延
伸により発現した機械的性質を基本的に保持したままのフィルムであれば,これに
含まれるものと解される。
      そして,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には「本発
明の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムの厚さは‥‥‥である。又,該フ
ィルムは単独で用いてもよいし,片面もしくは両面をコロナ放電処理等を行って,
必要に応じてアンカー処理を行い,他の樹脂もしくは紙,セロファン,アルミニウ
ム箔と積層して用いてもよい。」(本件第1公報8欄27~34行,本件第2公報
【0021】)と記載されているから,本件各特許発明の「フィルム」には,コロ
ナ放電等の表面処理を行ったフィルムも包含されると解される。
      また,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「また
本発明の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは,均一に炭化水素系可塑剤
Bが分散されているので,例えばn-ヘキサン,n-ヘプタン等により抽出するこ
とにより副次的に生成する微孔を利用した選択膜,エレクトレットフィルム等の機
能材料への適性にも優れている。」(本件第1公報8欄44行~9欄5行,本件第
2公報【0022】【発明の効果】)との記載がある。この記載からは,「超高分
子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,均一に炭化水素系可塑剤Bが分散され
たフィルムであって,これから可塑剤を抽出したフィルムは,その応用製品と解す
る余地もないわけではないが,当該フィルムは,超高分子量ポリオレフィン二軸延
伸フィルムに微孔を形成したという単に物理的な変質を伴うだけのものである。そ
うすると,可塑剤を抽出したフィルムが二軸延伸により発現した機械的性質を基本
的に保持したものであるならば,当該フィルムは,実質的にみて,本件各特許発明
の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」に当たると解するのが相当であ
る。
      そこで,炭化水素系可塑剤が抽出されたフィルムが,二軸延伸により
発現した機械的性質を基本的に保持したものと考えられるかどうかについて,検討
する。
      証拠(甲34の4)によれば,一般に,高分子物質の機械的性質の向上
は,延伸等によって,高分子材料に分子配向が生じることに起因するものである。
このことからすれば,本件各特許発明においても,高分子である超高分子量ポリオ
レフィンが延伸加工されたことが,主として,フィルムの機械的性質の向上に寄与
しているものと解される。
      一方,本件各特許発明において,低分子である炭化水素系可塑剤B
が,フィルムの機械的性質に与える影響については,① 炭化水素系可塑剤等の低
分子化合物の分子鎖は通常の高分子化合物に比べても非常に短いので,炭化水素系
可塑剤Bが延伸により配向したとしても,機械的性質の向上に寄与する割合は少な
いと考えられること,② 本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には
「延伸温度が融点(A)以上の温度では,延伸による配向が不十分であり,機械的
強度を発揮できない。」(本件第1公報7欄31~33行,本件第2公報【001
7】)と記載されているところ,本件第1,第2明細書において,炭化水素系可塑
剤Bの例として実施例に挙げられているパラフィンワックスの融点が69℃である
ことからすると,超高分子量ポリオレフィンの延伸温度の適温,すなわち,実施例
において採用される120℃,150℃においては,パラフィンは延伸不適温度と
なり,パラフィンは延伸によって充分配向し得ないと考えられること,を指摘する
ことができるものであって,これらの点からすれば,炭化水素系可塑剤Bの存在自
体がフィルムの機械的性質の向上に寄与する度合いは小さいというべきで
ある。
      上記からすれば,炭化水素系可塑剤Bが抽出されたフィルムは,二軸
延伸により発現した機械的性質を基本的に保持したものと考えられるから,「超高
分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」には,炭化水素系可塑剤を抽出除去した
ものも含まれると解するのが相当である。
      被告らは,この点に関し,① 本件第1,第2明細書の「特許請求の
範囲」の請求項4の方法の発明に記載されているフィルムの初期弾性率及び破断強
度の値が,請求項1における初期弾性率及び破断強度の値と一致している以上,請
求項1に記載された超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは請求項4の方法
によって得られるものといえるところ,請求項4では,超高分子量ポリオレフィン
と可塑剤Bとの混合物から超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムを得ており
可塑剤Bを抽出する工程が記載されていないから,請求項4の発明においては可塑
剤Bを含むと解するべきであり,請求項1の発明(本件各特許発明)についても同
様に解することができる,② 本件各特許発明は,超高分子量ポリオレフィンに特
定の炭化水素系可塑剤Bを混合することにその技術的意義,特徴があり,本件各特
許発明における各物性値と炭化水素系可塑剤Bは不可分の関係にあるから,超高分
子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムから炭化水素系可塑剤Bを抽出除去したもの
は,本件各特許発明の技術的範囲に含まれない,と主張する。
      そこで検討するに,まず,①の点については,たしかに,請求項1に
記載されるフィルムが,請求項4に記載される方法によって得られるものであるこ
とは,被告らの主張するとおりである。しかし,請求項4には,「‥‥‥二軸延伸
することを特徴とする,‥‥‥超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムの製造
方法」と記載されているものであり,この記載から,可塑剤の抽出工程を含む方法
が除外されていると直ちに結論付けることはできない。したがって,請求項1の発
明について,可塑剤を抽出したものが包含されないということはできない。被告ら
の上記主張は,採用できない。
      次に,②の点については,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説
明」欄には「一方,二軸延伸ポリプロピレンフィルム(OPPフィルム)の如く,
フィルムを二軸延伸して高強力・薄肉フィルムを製造することは良く知られている
が,通常のポリプロピレンと異なり超高分子量ポリオレフィンは高強度化に繋がる
延伸可能な温度領域での粘度が極端に高いので二軸延伸フィルムを得ることは殆ど
不可能であった。かかる状況に鑑み,本発明者は,超高分子量ポリオレフィンの二
軸延伸フィルムを得る方法について鋭意検討した結果,超高分子量ポリオレフィン
に特定の炭化水素系可塑剤を混合することにより,二軸延伸フィルムが得られるこ
とが分かり,本発明に到達した。」(本件第1公報3欄27~39行,本件第2公
報【0004】【0005】【発明が解決しようとする課題】),「本発明の方法
は,前記超高分子量ポリオレフィンAに炭化水素系可塑剤Bを添加混合してMFR
を0.005ないし50g/10min,好ましくは‥‥‥の範囲にした混合物を溶融混
練後ダイより押出し,(一旦固化した後(本件第2公報))前記超高分子量ポリオ
レフィンAの融点未満の温度で二軸延伸することにより,前記高強度
,高弾性率の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムを製造する方法であ
る。」(本件第1公報6欄32~40行,本件第2公報【0014】)と記載され
ている。これらの記載と,上記の高分子材料の延伸に関する技術常識(甲34の4)
からすれば,炭化水素系可塑剤Bは,本件各特許発明のフィルム中の成分として,
初期弾性率,破断強度等の機械的性質の向上に直接寄与しているわけではなく,押
出及び延伸前の超高分子量ポリオレフィンに可塑剤が混合されたことによって,従
来不可能であった押出,延伸が可能となり,その結果として,特定の初期弾性率,
破断強度の物性値が発現したと解するのが相当である。そうすると,製造方法の発
明であれば炭化水素系可塑剤Bを混合することは押出,延伸を可能とするための必
須の要件と解し得るものであるが,請求項1の発明は「物」の発明であり,延伸に
よって特定の機械的性質が発現していればよいのであるから,同請求項1の発明に
おいて,各物性値を示すために延伸後の炭化水素系可塑剤Bの存在が不可欠である
ということはできない。
      したがって,②の点についての被告らの主張も,採用できない。
    (イ) 出願経過の参酌
      被告らは,本件第1特許権の登録に至るまでの出願経過を参酌すれ
ば,本件各特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,炭化水
素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されると主張するので,この点につ
いても検討する。
      まず,本件第1特許権の公告決定に至る経緯をみるに,本件第1特許
発明の特許出願時の「特許請求の範囲」の請求項1に記載された発明は,「少なく
とも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン(A)で,縦方向
の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸倍率が3倍以上であることを特徴とする超
高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」(乙2)というものであり,これに対
し,平成3年2月20日付け拒絶理由通知(乙3)がなされたため,原告は,同年
5月27日付け意見書(乙9)を提出し,これとともに,「特許請求の範囲」の請
求項1を「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン
(A)と,該超高分子量ポリオレフィンの融点を超える沸点を有する炭化水素系可
塑剤(B)を含み,且つメルトフローレートが0.005ないし50g/10minであ
り,縦方向の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸倍率が3倍以上であることを特
徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」と補正した。その後,同
年7月17日付けで新たな拒絶理由通知(乙10)が通知されたため,原告は,平
成3年10月5日付け意見書(乙13)を提出し,これとともに,
特許請求の範囲の請求項1を,本件第1明細書に記載されるとおりのもの,すなわ
ち,炭化水素系可塑剤(B)を混合することや,メルトフローレートが特定の範囲
にあることについては限定がないが,二軸延伸フィルムの初期弾性率及び破断強度
が特定の範囲に限定されるものに補正した。この補正した「特許請求の範囲」につ
いて,公告決定がされたものである。
      そして被告らは,原告が,① 上記平成3年5月27日付け意見書
(乙9)において,「前記引用例には,‥‥‥本願発明の重要な要件である,超高
分子量ポリオレフィンに特定の炭化水素系可塑剤が含有された二軸延伸フィルム,
およびその製造方法について何ら記載されておらず」と記載したこと,及び,② 
上記平成3年10月5日付け意見書(乙13)において「本件特許発明における前
記初期弾性率や破断強度が大きい‥‥‥超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルム
は,具体的には,超高分子量ポリエチレンに特定の炭化水素系可塑剤を配合した混
合物の押出物を,超高分子量ポリエチレンの融点以下の温度で延伸することにより
得られるものであります。」と記載したことからすると,本件各特許発明は,炭化
水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されると主張する。
      そこで,上記の点について検討する。
      まず,上記①の点について検討するに,上記のとおり,平成3年5月
27日付け意見書の提出時においては,本件第1明細書の「特許請求の範囲」の請
求項1につき,超高分子量ポリオレフィンの融点を超える沸点を有する炭化水素系
可塑剤(B)を構成要件として明記する旨の補正がされていたものであるから,原
告が上記①のような主張を行ったのは,そのような事情を前提としたからこそとい
うべきである。しかるに,その後,別の拒絶理由に対応した補正によって,炭化水
素系可塑剤(B)は,もはや本件第1特許発明の構成要件ではなくなり,その代わ
りとして,二軸延伸フィルムの初期弾性率及び破断強度という全く別の構成要件が
加えられて公告決定がされたのであるから,同意見書での記載が,本件第1特許発
明,ひいては同発明の出願から分割して出願された本件第2特許発明の解釈に影響
を与えるということはできない。
      したがって,上記①の点をいう被告らの主張は,採用できない。
      次に,上記②の点について検討するに,平成3年10月5日付け意見
書(乙13)における上記の記載は,その前後の記載からすると,単に,本件各特
許発明における特定の初期弾性率や破断強度を有する二軸延伸フィルムが,「超高
分子量ポリエチレンに特定の炭化水素系可塑剤を配合した混合物の押出物を,超高
分子量ポリエチレンの融点以下の温度で延伸する」という方法によって得られるこ
とを説明したにすぎないというべきである。したがって,同意見書における上記の
記載をもって,物の発明である本件第1特許発明,ひいては本件第2特許発明が,
炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されるということはできな
い。
      したがって,上記②の点をいう被告らの主張も,採用できない。
    (ウ) 公知技術の参酌
      本件各特許発明について,被告らは,原告が本件各特許発明の技術的
範囲であると主張する「可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性
値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,本件各特許発明の出
願前に頒布されたことの明らかな欧州特許明細書(乙14)の実施例13に記載さ
れた公知物質であって,本件各特許発明により初めて得られた新規物質ではないか
ら,本件各特許発明の技術的範囲には,原告が主張するような炭化水素系可塑剤B
を混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフ
ィン二軸延伸フィルムは公知の物質として含まれておらず,その技術的範囲は,
「炭化水素系可塑剤Bを混合してある特許請求の範囲に規定する物性値を有する超
高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」に限定されて特許されたものである,
と主張する。
      そこで検討するに,欧州特許明細書(乙14)の実施例13には,高
分子量線状ポリエチレンであるHostalenGUR3gを還流して,400mlのキシレンに
溶解し冷却したゲル状物から溶剤を除去し,乾燥したシートを両方の方向に同時に
3倍の倍率で二軸延伸したフィルムが挙げられているところ,このシートは不均質
であり,調製した8枚のシートの平均厚さは8.35μm,平均弾性率は2.4±
0.6GN/㎡と記載されている。また,本件各特許発明の特許出願の前に頒布され
たことが明らかな特開昭52-155221号公報(乙15)の記載からする
と,HostalenGURの極限粘度[η]は15dl/gと推認することができ,また,「実
験報告書」(乙16)によれば,上記フィルムの初期弾性率は22500kgf/cm2
で,破断強度は1780kgf/cm2
であり,「実験報告書」(乙21。乙16の後,再
実験したもの。)によれば,上記フィルムの初期弾性率は2.45±1.3×104
kgf/cm2
,破断強度は2100±1100kgf/cm2
とされている。
      しかしながら,欧州特許明細書の実施例13に記載された上記二軸延
伸シートは,延伸倍率が縦,横それぞれ3倍のものであり,本件第1特許発明の構
成要件②に規定する,縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以
上であること,という要件を充足しないものである。そうすると,実験報告書(乙
16,21)の内容の信用性について検討するまでもなく,「可塑剤Bを混合して
いない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延
伸フィルム」が,欧州特許明細書(乙14)の実施例13に記載された公知物質で
あって,本件第1特許発明により初めて得られた新規物質ではないとの被告らの主
張は,失当といわなければならない。
      なお,被告らは,欧州特許明細書の実施例13に「これらの数値は,
溶融して調整した普通の線状高密度ポリエチレンフィルムに比べてかなり高いもの
であるが,もっと厚い原反シートを用いてもっと高い延伸倍率で延伸すると,さら
に高い数値が得られると予想される。」と記載されていることを根拠に,本件第1
特許発明の延伸倍率は,欧州特許明細書に記載されたものと実質的に同一である旨
主張するが,上記「もっと高い延伸倍率」が5倍以上を意味するという具体的な根
拠はなく,しかも,乙21の実験報告書において,被告らも認めているように,延
伸倍率が3倍であっても二軸延伸フィルムを得ることができない場合があるのであ
るから,「もっと高い延伸倍率」が5倍以上を意味したとしても,このような一行
の記載をもって,上記欧州特許明細書に,延伸倍率が5倍以上の二軸延伸フィルム
が記載されていると認めることはできない。
      したがって,公知技術を参酌しても,本件第1特許発明の「超高分子
量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィル
ムに限定解釈されるとすることはできない。
      次に,本件第2特許発明について検討するに,本件第2特許発明の
「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」も,炭化水素系可塑剤を含む二軸
延伸フィルムに限定解釈されるものではない。すなわち,欧州特許明細書(乙1
4)の実施例13は,正確な追試ができる程度に明確に記載されているとはいえ
ず,結果として乙16,21,24のいずれの実験も同実施例13の忠実な追試で
あるとは認められない。さらに,乙16,21,24のいずれの実験によっても,
通常「二軸延伸フィルム」と呼べる程度の均一な二軸延伸フィルムが得られたとは
認められない。したがって,乙16,21,24の実験によって,「可塑剤Bを混
合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン
二軸延伸フィルム」が公知物質であると認めることはできない。
   イ 本件第1特許発明の構成要件④,本件第2特許発明の構成要件⑤の充足

     上記のように,本件第1特許発明の構成要件④,本件第2特許発明の構
成要件⑤の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,炭化水素系可塑剤
を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されないというべきである。したがって,炭化
水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されることを前提として,被告製
品が構成要件⑤を充足しないとする被告らの主張は,採用できない。
     また,被告らは,被告製品はポリオレフィン二軸延伸フィルムから流動
パラフィンの全量を抽出除去して得られたポリオレフィン微多孔膜であって,これ
は「フィルム」には当たらない,と主張するが,①「試験成績書」(乙18)に
は,「品名及び数量 フィルム,1」,「サンプル名称:東燃化学セティーラ(E
25MMS)」という記載があり,同工業指導所は被告製品である「セティーラE
25MMS」を「フィルム」と扱っているものであり,② 原告が提出した「セテ
ィーラE25MMS」(検甲1)を見ても,被告製品はフィルムにほかならないも
のと認められるのであり,被告製品は「フィルム」に当たらないとする被告らの主
張は,採用できない。
     しかし,本件各特許発明における「超高分子量ポリオレフィン」の内容
は,前記(1)アに記載したとおりであって,被告製品がこれに含まれないことは,前
記(1)イにおいて判示したとおりである。したがって,被告製品は,結局,本件第1
特許発明の構成要件④,本件第2特許発明の構成要件⑤を充足しないものである。
 2 以上によれば,被告製品は本件第1特許発明の構成要件①,④及び本件第2
特許発明の構成要件①,⑤を充足しないから,その余の構成要件の充足性について
検討するまでもなく,本件各特許発明の技術的範囲に属さない。
   なお,原告は,本件口頭弁論終結後に,本件各特許権について,本件第1,
第2明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載の訂正を申し立てた訂正審判事件
(訂正2002-39247号,同39248号)において,訂正を認める審決が
された旨を記載した書面を提出し,口頭弁論の再開を申し立てている。そして上記
書面と共に提出された審決謄本(甲55,56)によれば,上記訂正後の本件各特
許権の特許請求の範囲請求項1は,次のとおりである(訂正された部分に下線を付
した。)。
ア 本件第1特許権
    「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン
Aで,且つ炭化水素系可塑剤Bを添加して縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向
の延伸倍率が5倍以上に二軸延伸したものであって,初期弾性率が7300kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2
以上であることを特徴とする超高分子量ポリオ
レフィン二軸延伸フィルム。」
   イ 本件第2特許権
    「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン
Aで,且つ炭化水素系可塑剤Bを添加して一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が4
倍以上及び横方向の延伸倍率が4倍以上に二軸延伸したものであって,初期弾性率
が6900kg/cm2
以上で且つ破断強度が720kg/cm2
以上(ただし,縦方向の延伸
倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が730
0kg/cm2
以上で且つ破断強度が910kg/cm2
以上を除く)であることを特徴とする
超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」
   しかしながら,被告製品は,上述のとおり,「超高分子量ポリオレフィン」
に該当しないものとして,本件口頭弁論終結時における本件各特許発明の技術的範
囲(上記訂正審判事件の審決による訂正前の特許請求の範囲を前提とするもの)に
属さないと判断されるものである。そして,上記訂正審判の審決の「特許請求の範
囲」の訂正によって,本件第1,第2特許権については,延伸時の超高分子量ポリ
オレフィンに炭化水素系可塑剤Bが含まれることが,加えて本件第2特許権につい
ては,延伸倍率が4倍以上,初期弾性率が6900kg/cm2
以上であることが更に限
定されたのであるから,上記審決による特許請求の範囲の訂正は,被告製品が本件
各特許権の請求項1に係る発明の技術的範囲に属さないという本判決の結論に影響
を与えるものではない。
 3 結論
   以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の各請求
は,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。
     東京地方裁判所民事第46部
              裁判長裁判官   三 村 量 一
 
   裁判官和久田道雄及び裁判官田中孝一は,いずれも転任のため,署名押印で
きない。
              裁判長裁判官   三 村 量 一
原告第1物件目録
① 商品名が「セティーラ」であって,
② 極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,
③ 極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンと,
④ 流動パラフィンを混合した混合物から得られるものであって,
⑤ 上記極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと上記極限
粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合物(上記流動パラフィンを
除く)の極限粘度[η]が5.0dl/g以上であり,
⑥ 縦方向の延伸倍率が5倍以上10倍以下及び横方向の延伸倍率が5倍以上10
倍以下であり,
⑦ 最終商品の初期弾性率が8000kg/cm2
以上30000kg//cm2
以下であり,
⑧ 最終商品の破断強度が910kg//cm2
以上2000kg//cm2
以下である
⑨ 超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルム
原告第2物件目録
① 商品名が「セティーラ」であって,
② 極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,
③ 極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンと,
④ 流動パラフィンを混合した混合物から得られるものであって,
⑤ 上記極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと上記極限
粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合物(上記流動パラフィンを
除く)の極限粘度[η]が5.0dl/g以上であり,
⑥ 一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が5倍以上6倍以下及び横方向の延伸倍率
が5倍以上6倍以下であり,
⑦ 最終商品の破断強度が800kg/2
以上2000kg/cm2
以下であり,
⑧ 最終商品の初期弾性率が7300kg/cm2
以上で且つ最終商品の破断強度が91
0kg/cm2
以上のものではない,
⑨ 超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルム
被告物件目録
 商品名「セティーラ」であって,下記(1)のポリオレフィン二軸延伸フィルム
から,流動パラフィンの全量を抽出除去して得られた(2)のポリオレフィン微多
孔膜。
(1)極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリオレフィンと,極限粘度[η]が
5.0dl/g以上である超高分子量ポリオレフィンと,流動パラフィンを混合した混合
物から得られた,縦方向の延伸倍率が5倍及び横方向の延伸倍率が5倍であって,
初期弾性率が1650kg/cm2
以下であって,且つ,破断強度が500kg/cm2
以下で
あるポリオレフィン二軸延伸フィルム。
(2)上記(1)のポリオレフィン二軸延伸フィルムから流動パラフィンの全量を
抽出除去したポリオレフィン微多孔膜。

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