弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 原告の主たる請求を棄却する。
二 原告の予備的請求に基づき、被告が原告に対し昭和四六年一月二五日付をもつ
てした自動車運転免許の取消処分を取消す。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 主たる請求
被告が原告に対し昭和四六年一月二五日付をもつてした自動車運転免許取消処分は
無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 予備的請求
主文第二項と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主たる請求につき主文第一項と同旨
2 予備的請求を却下する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和三七年一一月二二日普通自動車及び自動二輪車の、昭和四一年六
月二九日大型自動車第一種の、各運転免許を受け、爾来自動車運転の業務に従事し
てきた。
2 ところが、被告は、昭和四六年一月二五日、原告に対し、道路交通法一〇三条
一項に規定する免許の欠格事由があるとして右各運転免許の取消処分(以下、本件
処分という。)をし、同日、原告に通知した。
3 しかしながら、原告には右欠格事由のないことは明らかであり、本件処分には
重大かつ明白な瑕疵があるので、主位的に右処分の無効確認、そして、予備的にそ
の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3は争う。
三 被告の主張
1 本案についての主張
被告は、原告を精神薄弱者であり、自動車運転の作業に不適であると認めて、道路
交通法一〇三条一項、八八条一項二号により本件取消処分をなしたもので、本件処
分は適法かつ妥当な処分であつて、なんらの瑕疵も存在せず、ましてや重大、明白
な瑕疵は存在しない。
(一) 本件取消処分の経緯について
(1) 原告は、自動車運転の業務に従事していた者であるところ、昭和四四年七
月九日早朝、京都市伏見区<以下略>先国道一号線路上交差点において交通事故を
起し、更に、昭和四五年七月一九日、交通ひんぱん、かつ事故発生の多い四日市市
<以下略>地内名四国道上において大型貨物自動車を運転中、法定最高速度毎時五
〇キロメートルを二一キロメートル超過した七一キロメートルで走行し(道路交通
法六八条違反)、又同年八月一八日、同様交通ひんぱんで事故発生の増加している
鈴鹿市<以下略>地内国道二三号線路上において普通乗用車を運転中、追越禁止場
所として指定された区間内で先行の普通貨物自動車を追越し(同法三〇条違反)を
したことにより、処分前歴一回違反累積点四点となつた結果、同法施行令三八条一
項二号イにより同年九月二五日免許の効力の停止九〇日の処分を受けたものであ
る。この免許の効力の停止処分を受けたのち、原告の申し出により、同月三〇日及
び同年一〇月一二日の二日間にわたり同法一〇三条九項の規定による講習を受けた
が、講習の一課程として三重県警察本部所属の警察技術吏員の指導によつて行なわ
れた運転者の性格等に関する適性検査(科学警察研究所編)の判定値がきわめて低
く、五段階中の最低段階の(1)であつたので、更に精神病者等の運転不適格容疑
者発見のため警察庁において開発した観察要目(チエツクリスト)による観察をも
実施した。
これらの検査または観察の結果から、原告には精神薄弱の疑いがあると認められた
ので、同法一〇二条一項の規定による臨時適性検査を実施することとし、原告に対
し、同年一一月一六日付をもつて臨時適性検査を実施する旨の通知書を発送、当人
の承諾を得て同月二六日これが検査を実施したものである。
(2) 右臨時適性検査については、被告公安委員会が道路交通法施行規則二九条
の四、第一項一号による精神衛生鑑定医であつて、かつ、同法一〇四条四項の規定
により昭和四三年七月三〇日付三重県公安委員会告示一六号をもつて指定告示した
三重県立大学医学部の医師P1に原告に対する適性検査の実施を依頼し、昭和四五
年一一月二六日三重県警察本部交通部運転免許課に併設された運転適性検査所にお
いてこれを実施したものである。
医師P1の行なつた検査は、綿密な問診等を行なう方法等で実施され、その結果、
原告の症状については「別に病的体験もないが、知的作業をやらせるとかなり不良
である。簡単な書字、読字も困難であり、簡単な計算も困難である。」「軽症魯鈍
級の精神薄弱と考えられる」との内容の運転適性精密検査書が被告公安委員会に提
出された。
(3) 被告公安委員会においては、右診断の結果に基づき昭和四五年一二月一一
日委員全員出席による会議を開催し、右医師P1の提出した運転適性精密検査書を
基に、原告がかつて自動車の運転に関して起した交通事故や交通法令違反の事実
(記録)を参考とし、さらには現下の交通情勢から本人の身に予想される自損行為
等をも考慮して、原告の運転免許を取り消すべきか否かについて慎重審議を行なつ
た結果、原告は軽症であるとはいえ精神薄弱者たることが明らかであるとの判断に
達したため、道路交通法一〇三条一項に基づき、必要的取消処分として、同法一〇
四条四項の規定により聴聞を行なわないで、原告に交付したすべての運転免許を取
り消すことに全委員一致で決定したものである。
右の決定に基づき同法施行規則三〇条の規定による運転免許取消処分通知書を作
成、昭和四六年一月二五日、鈴鹿警察署において原告に交付して、同日原告から原
告名義の運転免許証の返納を受けたのである。
(二) 道路交通法八八条一項二号の精神薄弱者の概念について
(1) 精神医学上の精神薄弱の概念は、「種々の原因により知能の発達が持続的
におくれをとつている状態を総称する」と定義されている。
もつとも精神薄弱では、知能のみが選択的におかされるものではなく、同時に情意
面の発達もおくれをとつているのが普通であるところから、精神薄弱を精神発育全
般のおくれと定義する学者もいるが、これでは知能障害が精神薄弱の中心的な症状
であることがみおとされる結果となり、妥当でない。
従つて、精神医学における精神薄弱の判別については、知能障害の有無ないし程度
が中核的要素となつていることは明らかである。
成人期の精神薄弱者の判別を、公的扶助や福祉的サービスの必要性の観点で行なう
際には、社会的自立ないし社会的適応性がひとつの判別要因となり得ることは当然
なことであるが、精神医学上の精神薄弱の概念を定立するのに、社会的自立性ない
し社会的適応性という相対的かつ多義的な要因のみを判別の規準とすることは、明
らかに失当である。
すなわち、社会的不適応の状態は、何も精神薄弱だけに見られるものではなく、盲
や●唖等の身体的条件の障害や情緒不安定等の性格上の障害から社会的不適応が起
こることもあるのであつて、強いて社会的不適応を概念要素に入れるとすれば、精
神薄弱とは、知能が劣つているために社会的不適応が起つている場合というべきで
ある。
(2) ところで、道路交通法上の免許欠格事由としての精神薄弱の定義は、右の
精神医学上の概念を基礎としつつ、道路交通上の安全性の確保の見地から同法の目
的に照らして判断することとなる。
そもそも、自動車運転免許は、講学上所謂警察許可である。なる程自動車運転が市
民の足として定着するとき、運転免許は、その反射として生活権的な利益に転化し
つつあることは傾向として否定できないが、その本質は、一般的禁止の解除たる警
察許可であることを見失なつてはならない。
近時自動車保有台数の増加に伴う自動車交通環境の悪化とこれに加えて自動車の高
速度化が企てられ、これに対処すべく道路交通法規の改正もひんぱんに行なわれ、
交通標識などもますます複雑多様化しているが、それにも拘らず自動車事故の激増
は顕著な事実であり、ときに交通戦争、交通地獄の名で形容されるような異常事態
を呈しているのである。ここに自動車交通の安全性の確保が緊急の社会的課題とさ
れ、運転免許行政はその重要な一端を担つているのである。
しかして、警察許可たる運転免許の許可基準は生活権的利益の面に一歩たりとも譲
歩することは許されず、厳格適正な処理が強く要請されているのであつて、運転不
適性者を抽出し、これを運転者から排除することはあらゆる事情にも優先してなさ
れなければならないのである。
ところで、自動車の運転は、道路状況および他の車両や歩行者の通行状況などの環
境条件を認知して、その認知した環境条件を基に運転を継続するかどうか、運転す
るにはどうすればよいかを判断したうえ、自動車の制御特性などを考慮して運転操
作をするという、認知、判断、操作の反覆連続行為である。
そして、自動車は、高度に行動の自由性を持つた高速交通機械であるところから、
右各段階の思考ないし動作はとくに迅速かつ正確であることが要求され、認知の見
落し、判断の錯誤、操作の誤り等一瞬の過誤は、重大な事故に直結するものであつ
て、絶対に許されない。
従つて、右の思考ないし動作の能力が素質的な心的要因によつて障害されている者
は、運転適性を欠くものとして、免許資格者から排除することに絶対的要請でなけ
ればならないのである。
道路交通法八八条一項二号ないし同法一〇三条一項の精神薄弱者の文言の解釈運用
は、以上の事情をふまえたうえでなされなければならない。
ところで、精神薄弱は、知能の劣つている状態であるから、その症状として外界の
状況を迅速かつ的確に認識し、これを抽象化して過去の経験知識から行動の結果を
推認し、これに適応する臨機の行動をとる能力が劣ることは、精神医学上も一般に
論証されている。
そこで、各府県公安委員会が道路交通法上の精神薄弱者に該当するか否かを判断す
る場合には、精神医学上の精神薄弱の概念を基盤としつつ、これに加えて、「運転
適性に関するペーパーテスト」による心理学上の事故傾性の有無や、その者がかつ
て起した交通事故や交通法令違反の事実などをも参考として総合的にかつ慎重に判
断し処理しているのであり、右により運転不適格の素質を有すると認定される者に
ついては、現在の複雑困難な交通環境に鑑み運転免許(警察許可)を与えないこと
としている。
以下、右概念を前提として、以下原告が精神薄弱者に該当することを詳述する。
(三) 原告の生立ち、職歴
原告は、父P2、母P3の二男として出生し、熊野市<以下略>の本籍地の小、中
学校を卒業して、母とともに三重県度会郡<以下略>、鈴鹿市<以下略>と居を変
え、幼、少年期の家庭環境は好ましからざるものであつたが、勉学を厭うことな
く、真面目に義務教育の課程を終えたものであるところ、学業成績は五段階評価の
最低位であるほか、自発力、判断力、計画力が劣り、田中ビネー式知能検査の結果
は最低位の「20」であつた。
このように、原告は、幼、少年期において勉学の機会を十分に利用しながら成績等
が劣つていたものであり、知能を含む精神能力全般の発達は幼少年期において停止
したものといいうる。
又、原告の職場における稼働状況は必ずしも明らかでないが、タンクローリーの運
転等の簡単な業務を真面目にこなしていることをもつて直ちに精神薄弱者でないと
いうのは妥当でない。
四 原告の事故歴、交通法令違反歴
原告には、前述した事故歴、交通法令違反があるほか、それ以前にも、昭和四一年
九月一一日に愛知県海部郡<以下略>地内において大型貨物自動車を運転中、法定
速度を一五キロメートル超過する速度違反をし、同年一一月二八日にに桑名市<以
下略>地内陽和中学校前において大型貨物自動車を運転中、先行の大型貨物自動車
を追越した指定追越し禁止違反をし、右同日、名古屋市<以下略>地内において大
型貨物自動車を運転中、積載制限六、〇〇〇キログラムを一、八四〇キログラム超
過する積載重量超過違反をし、昭和四二年三月六日には同市<以下略>地内におい
て大型貨物自動車を運転中、積載制限六、〇〇〇キログラムを二、八四〇キログラ
ム超過する積載重量超過違反をしているのであつて、以上の事故や違反が、原告が
大型免許を受けた後である昭和四一年九月一一日から本件取消処分を受ける直前の
昭和四五年八月一八日までの短期間に行われていることは、原告の運転適性を疑わ
しめるに十分である。
(五) 運転適性検査こついて
(1) 開発経過
運転適性検査は、自動車による交通事故の発生原因のうち人的要素が占める割合の
大きいことに着目し、人の心的素因の面から事故傾性者を予診し、これを抽出して
その改善排除を目的として開発されたものであり、昭和三九年以来、警察庁と科学
警察研究所において多くの実証的研究を重ねた結果、(1)動作の正確さ(2)動
作の速さ(3)精神的活動性(4)衝動抑止性(5)情緒安定性の五つが自動車運
転者としての事故傾性の予診にきわめて高い関連性があることが判明したので、こ
の五要素を中心に検査し、運転適性度を客観的数値で判定することを可能にしたも
のである。
すなわち、科学警察研究所においては、昭和三五年以来タクシー会社の運転手につ
いて調査した結果、同一作業条件、同一職場環境条件にありながら、事故寡少運転
者と事故多発運転者の存在することが明らかとなり、更に右両者の運転者群の間に
如何なる特性上の差異があるのかを調査したところ、発生した事態に対する反応動
作の正確さ、発生した事態をより早く認知し、それにふさわしい判断をするに必要
な知的能力、内向性か外向性か、自己抑制力の有無、神経質傾向の有無などに顕著
な差のあることが判明したので、右諸点を検査項目として定型化して、動作の正確
さ、動作の速さ、知的能力、衝動抑止性、情緒安定性の五点に集約化し、その後さ
らに技術的修正を加え、下位検査も整備して、本件運転適性検査を開発したもので
ある。
(2) 内容
本件適性検査は、その行うべき下位検査の数により六六-一と六六-二(当初は六
五-一と六五-二)の二種類があつて、六六-一は下位検査が一六で合計二六の検
査指標から成り、検査所要時間は八八分であり、六六-二は六六-一の短縮版とで
も言うべきもので、下位検査が八で合計一六の検査指標から成り、検査所要時間は
三八分である。
右の五要素の内容は次のとおりである。
(1) 動作の正確さ(発生した事態にもつともふさわしく正しい反応、処置をす
ることができるかどうかの指標である)
(2) 動作の速さ(動作の単純な速さを検出し、動作の内容に関係なく、発生し
た事態に応じた反応の速さの度合を知るものである)
(3) 精神的活動性(別の言葉で表現すれば知的能力であり、自動車の運転を行
なうに必要な情況の認知、判断を的確にするための能力である)
(4) 衝動抑止性(行動がせつかちか、のんびりしているかを識別する指標であ
る)
(5) 情緒安定性(狭い意味での性格を示す指標であり、主に神経質傾向の尺度
よりなつている)
そして右検査の結果は右要素のそれぞれにつき、
判定値1  (自動車の運転作業には不適である)
判定値2  (自動車の運転作業には注意を要し、十分なる監督の下に運転する必
要がある)
判定値3  (自動車の運転作業につくことは差支えない)
判定値4・5(自動車の運転作業に適している)
の五段階による判定を行ない、さらにこれらの判定値をもとに総合判定を行なうこ
ととなつている。
(3) 信頼性、妥当性、客観性
信頼性とは、再検査による成績の変動のないことをいい、妥当性とは、測定しよう
とするものが高い確率をもつて測定されていることをいい、客観性とは検査実施者
の相違による誤差や、被験者の反応誤差のないことをいう。
まず第一に、信頼性については、同一の被験者を対象に昭和四一年三月と四二年六
月に同一の検査を課して調べたところ、精神活動性(知的能力)性能のr=0.7
61という高い相関値を最高に、いずれの指標においても高い相関関係が認めら
れ、成績に大きな変動のないことが確かめられた。
第二に、妥当性についても、昭和四〇年一〇月にタクシー、バス、トラツク、自家
用自動車等の運転者一、〇二八名を対象として六五-一を検討し、昭和四一年二月
にタクシー運転者三二七名、昭和四〇年秋から四一年末までの間に安全学校入校
者、職業運転者、非職業運転者など四九、五六五名、昭和四一年初から四二年末ま
での間に同じく右の者など一〇一、九六二名、昭和四四年初から四五年末までの間
に同じく右の者など二四九、四九六名をそれぞれ対象として六六-一及び六六-二
の検討を行つたが、事故傾向者の検出確率(弁別率)は、各年令層にわたつて高い
数値を示し、全年令を平均して八一・二パーセントであり、これを推計学的にみて
も事故多発傾向者と無事故者を有意な差で識別していることが確かめられた。
第三に、客観性についても、検査担当者を対象として毎年定期又は随時に都道府県
警察において講習を実施し、検査技術を高めるよう努めている。
(4) 以上のとおり、本件運転適性検査は事故傾向予測検査として有効かつ信頼
しうるものであるところ、前記のとおり原告は右検査で判定値1であつたのである
から、運転適性はないものというべきである。
(六) 観察要目(チエツクリスト)について
観察要目は、俗に「チエツクリスト」とも称せられており、医学的知識の豊富でな
い警察職員が、現に自動車の運転に従事している者のなかから、道路交通法八八条
一項二号、四号に掲げられている精神病者などの欠格事由該当者となつた疑いのあ
るものを発見するため、警察庁と科学警察研究所が斯界の権威者の協力を得て研究
開発した精神医学的筒易診断目録を標準化したものである。
この要目による観察は、精神病者、精神薄弱者、てんかん病者、アルコール、麻薬
類の中毒者など、欠格事由に該当する疑いのある自動車運転者の異状な行動につい
ての記述(行動記録)及び特異な行動のチエツク(精神的、身体的徴候のチエツ
ク)の二種の記録をすることにより行なわれ、その結果は、チエツク数およびチエ
ツクされた箇所の重要度により総合判定し、道路交通法一〇二条一項の規定する臨
時適正検査としての精神科専門医師の診断の要否を決定するものである。従つて、
この要目は、精神医学的根拠を有する科学的な欠格事由該当容疑者の発見方法であ
る。
そこで、被告公安委員会も、昭和四三年九月以来この要目を全面的に利用すること
とし、原告についても、昭和四五年九月三〇日、この要目による観察を行なつた
が、その結果は、精神薄弱の疑いありとする36ないし39の四項目にチエツクさ
れ、慎重を期するため、さらに同年一〇月一二日再び同様の観察を行なつたとこ
ろ、その結果は前回同様であつたものである。
(七) 被告公安委員会指定医による診断について
被告公安委員会指定医P1は、昭和四五年一一月二六日、原告に対し、臨時適性検
査としての診断を行い、「軽症魯鈍級の精神薄弱と考えられる」旨診断した。
右は主として問診の方法で行われたが、それは単に質問を繰り返すというのではな
く、三重県警察本部交通部運転免許課技術吏員P6が調査した原告の経歴や、二回
にわたつて実施した運転適性検査の結果などを参考としてなされたものである。
ここに軽症魯鈍級の精神薄弱とは、日常生活に支障はないが、複雑、抽象的な思考
推理が困難であることを特徴とする魯鈍(軽愚)のうち、最も軽いという意味であ
り、これが精神薄弱者のカテゴリーに包含されることはいうまでもない。
2 予備的請求に対する本案前の主張
原告主張の予備的請求(本件処分取消の訴)は、昭和四六年六月三日の本件口頭弁
論期日において同日付の準備書面を裁判所に提出して訴の予備的追加的変更の方法
で提起されたものであるところ、原告が本件処分のあつたことを知つたのは同年一
月二五日であるから、右訴は、三か月の出訴期間経過後になされたものであり、不
適法として却下せらるべきである。
四 被告の主張に対する原告の反対主張
1 原告は、精神薄弱者ではなく、運転適性にも問題はない。
(一) 精神薄弱の概念について
諸外国あるいは世界保健機構の定義によれば、社会的自立ないし社会的適応に障害
のある者が精神薄弱とされており、精神薄弱の診断は、その人の発達の状態、一般
的知的機能及び社会的適応状況を総合的に考慮することに、よつてなされるべき
で、身体的所見あるいは知能指数だけから診断することはできず、とりわけ、成人
の場合には社会的適応行動つまり社会的自立が診断の重要な規準になつている。
右規準に従えば、P4医師やP5医師の鑑定にもあるとおり、原告が精神薄弱者で
ないことは明らかである。
以下、右概念を前提として、被告の主張に反論を加える。
(二) 原告の人間像
原告の父親は、ひどいアルコール中毒で、酔うと粗暴な振舞に出るので、原告の一
家に父の暴力から逃げまわる生活を強いられ、原告は落着いて学業に従事すること
ができないまま中学校を卒業し、しばらく父の手伝をさせられたが、まもなく叔父
をたよつて三重県度会郡<以下略>に移り、叔父のもとで土工をした後、普通自動
車運転免許を、次いで大型一種運転免許をとつて自動車運転手として稼働し、昭和
四五年九月、三重県四日市市の丸大急送株式会社に就職して大型トラツクの運転に
従事し、本件取消処分のあつた後は後輩の指導にあたつており、昭和四七年七月に
は危険物取扱責任者試験に合格した。
原告は、おとなしく、頭は低く物腰は柔らかで、職場にもよく適応してまじめに働
き、人にも好かれていたが、ただ人一倍気が小さく、緊張場面では態度がオドオド
して少し頼りない感じを与えるが、過去、現在を通じて精神障害を疑わしめるよう
な所見はなかつた。
(三) 原告の事故歴
原告は、前記のとおり、昭和三七年一一月普通免許をとり、四一年六月大型免許を
とつてから、四四年七月九日京都市において交通事故を起こすまで無事故であり、
右事故も、交差点で点滅黄信点が赤に変わると思い急ブレーキを踏んだところ、折
からの降雨のために濡れた路面で車体が四回ほど回転し、民家のブロツクベいを倒
し、水銀灯に衝突して同乗の助手が軽傷を負つたというものにすぎず、その他の制
限速度超過、追越禁止違反等の道路交通法違反の事由は、通常の若いドライバーに
とつてむしろ日常茶飯事となつていることから考えても、とりたててこれを問題に
すべきものではなく、積載重量超過違反の点は、むしろ使用者から強制されたやむ
をえないもので、原告には責任がない。
(四) 運転適性検査について
(1) 運転適性検査に使用された科学警察研究所編集にかかるテストには作成上
の誤りがあるから、右検査結果を直ちに信用することはできない。
テ ストは通常次の過程を経て作成されるべきである。
(1) 被験者を一定の基準で事故寡少群と事故多発群とに分ける。
(2) 被験者に一定の心理テストを行い、右二つの群に分けられる統計学上有意
差のあるテストを選び仮のテストとする。
(3) 右仮のテストを他の被験者に行い、事故寡少群と多発群に分かれることを
確かめる。
(4) 右被験者を一年か二年追跡調査し、右テストの成績と比較して有意差のあ
ることを確かめる。
(5) 右被験者の社会的環境(職業、年令、学歴等)を考慮してテストに修正を
加えるか、補正値を与える。
(6) 右修正、補正されたテストを行い、更に一、二年追跡調査をして有意差を
見る。
しかるに、右基準に照らすと、本件テストには次のような作成上の誤りがある。
(1) 被験者の選択が恣意的であり、かつ被験者の数が少い。
(2) 仮のテスト(テスト65)を他の被験者に試みても有意差が生じていな
い。
(3) 本件テストは追跡調査がなされておらず、右テスト作成過程の(4)以下
のふるいに曝されていない。
(2) テストそのものの欠陥
テ ストの問題自体、その内容を理解しにくいものがあり、又、問題や解答に難解
な漢字が使われているため、中学卒のしかも成績のよくなかつた原告の場合等、問
題も解答も読めずに理解できなかつた点があり、しかも右テストは五分か六分の短
時間に解答を迫られるものであつて、テストの目的が達せられるか否か疑問であ
る。
(3) 本件テストには妥当性がない。
本件テストの適用された結果を見ると、運転を職業として生計を立てている職業運
転手の方が、事故を起したり、起しかねない乱暴な運転をしたものといいうる安全
学校の生徒よりもテストの合格率が低く、運転を指導することを職業としている教
習所の職員の方が、運転経験の少い或いは運転免許を有しない高校生よりもテスト
の合格率が低い、ということになつており、右テストの結果は著しく事実に反し、
妥当性がないものというべきである。
(5) P1医師の診断について
臨時適性検査におけるP1医師の診断は、技術吏員P6から運転適性診断表(乙第
五号証の一)及び運転不適格者調査表(乙第六号証)を見せられ、同人から五分間
程度口頭で説明を受けた後、わずか二〇分か三〇分間問診をした程度の不完全なも
ので、その結論の信用性は薄い。
2 本件取消処分の手続は適正な法律手続に違背する違法なものである。
三 重県警察本部交通部免許課審査係長P6は、原告に対して運転適正検査を実施
した後、字がかけない等のささいな事由に基づいて運転不適格者調査表なるものを
作成して臨時適性検査を実施することとし、右検査期日に、医師P1は、右P6か
ら運転適性診断表及び運転不適格者調査表を見せられ、同人から五分程度口頭で説
明を受けた後、わずか二〇分ないし三〇分間問診をしたのみで、即日原告が「軽症
の鈍級の精神薄弱者と考えられる」旨の運転適性精密検査書を作成し、右P6は、
右適性検査書に基づいて、免許取消をした方がいいと判断し、免許の欠格者審査手
続書なるものを起案し、「免許の欠格事由に該当する。」旨の意見を付し、これに
右適性検査書を添付して、順次、次長、免許管理官、課長、部長の決裁を経て、本
部長の決裁を得、しかる後に被告公安委員会の決裁がなされて本件取消処分に至つ
たものであり、被告は、本件処分をなすに当つて原告になんらの主張及び証拠提出
の機会をも与えないまま右のような不十分な資料に基づいて本件処分をなしたので
あつて、被告には裁量権限を濫用して聴聞手続を履践しなかつた違法があり、又本
件取消処分は、被告公安委員会が十分合議してなしたものではなく、三重県警察本
部で既に決定された内容を形式的に事後承認したものにすぎず、右は、合議制機関
たる公案委員会の存在意義、意思決定の独立性を否定するものとして、本件処分を
無効ならしめるものである。
3 道路交通法八八条一項二号、一〇三条一項は憲法一三条、一四条、二二条に違
反する。
(一) (1)同法八八条一項二号は、精神病者、精神薄弱者、てんかん病者(以
下精神障害者という。)に対しては自動車運転免許を絶対的に与えない旨規定し、
精神障害者は免許の絶対的欠格事由になつている。この規定を設けた理由は、同法
一条の目的からして精神障害者が事故を起すおそれが多く危険であるため、精神障
害者を排除することが道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るために
必要であると考えたからであろう。
(2) 精神障害者の事故は少ない。
道路交通法八八条一項二号中、特に危険であると目されているてんかん病者につい
て、一九六五年にスエーデンで為された調査がある。
この調査は九〇万人の人を対象にしてなされたもので、五年間における交通事故四
四、二二五件中、運転中の病気によるものが四一件(〇・〇九%)であり(なお、
西独ではそれぞれ〇・一二%、〇・〇六%、〇・〇三%であつたという。)、てん
かん大発作(脳腫瘍による二例を含む)が一二件であり、てんかん者の事故が運転
中の病気による事故のうちの約三割を占めるが、全事故に対する割合からすれば
〇・〇三%であり、一万件中僅か三件ということになり、てんかん者の交通事故数
は殆んど問題にならないものである。
わが国においては、精神病者、精神薄弱者、てんかん者が事故多発者であるという
データー、調査等は少ないが、唯一の資料である警察庁の「精神病者等による交通
事故調べ」(昭和四一年度中における道路交通法関係の交通事故で精神病等である
と判明したもの。)によつても精神障害者の死傷事故率は僅少であり、特に精神薄
弱者に至つては一人もいないのである。
以上のことからして精神障害者が通常人に較べて事故を起しやすい危険な運転者で
あるという命題は誤りであることは明らかである。
(二) 道路交通法八八条一項二号の絶対的欠格事由は合理的理由がなく憲法違反
である。(1) 憲法一三条、二二条違反
前記のとおり、精神障害者の事故率は通常人に較べて非常に低く、ましてや精神薄
弱者の事故は統計上皆無である以上、なんら危険性はないといわなければならず、
精神障害者を免許取得の絶対的欠格事由とする合理的・科学的根拠はないといわな
ければならない。
それにもかかわらず、道路交通法八八条一項二号が精神障害者を免許取得の絶対的
欠格事由として規定しているのは、国民の生活権、幸福追求権及び職業選択の自由
を不当に制限するもので、同条項及びそれに基づく同法一〇三条一項は憲法一三
条、二二条に違反するものである。
(2) 憲法一四条違反
精神障害者を免許取得の絶対的欠格者として一律に自動車の運転から排除すること
は、道路交通法上の目的、現在社会における車の役割からして果して合理性がある
のであろうか。前記のとおり精神障害者に事故か多いという合理的、科学的根拠が
ない以上、ただ単に精神障害者であるという理由のみで一律に自動車の運転から彼
らを排除することは合理性がない。
ところで、●唖者に関して、三重県では、補聴器を付けて一〇メートル離れた地点
でセドリツクニ、〇〇〇CCのクラクシヨンが判別できる人に運転免許を与えてい
るのである(昭和四八年八月二八日警察庁交通局運転免許課長通達参照)。
そして、右課長通達によれば、口のきけない者の解釈を次のとおりしている。即ち
社会的に「おし」と言われている言語技能に障害を有するものでも、警音器の検査
により聴力検査に合格し、かつ、他人の言語を理解し意思の疎通ができる者であれ
ば、運転免許の欠格者とする理由に乏しく、又、自動車の高度普及、身体障害者に
対する福祉等からして、今後このようなものは、道路交通法八八条の口がきけない
ものにはあたらない。又、彼らが正常人と較べて事故が多いという統計もでていな
い。このことは現行法においても一律絶対的に●唖者を免許取得の欠格者とするこ
とが不合理であることを被告自から認めてなされているものであり、同条一項二号
が●唖者に対しては相対的欠格事由となつていることを示している。
しからば、精神障害者の場合においても一律絶対的に免許取得の欠格者とするので
はなく、少なくとも具体的に運転能力があるか否かを判断して免許の取得を認める
のが合理性を有するということになる。よつて、道路交通法八八条一項二号、一〇
三条一項は憲法一四条に違反する。
五 被告の反論
1 適正な法律手続違反の主張について
道路交通法一〇四条四項の聴聞に関する規定は、公安委員会があらかじめ指定した
医師の診断により精神病者、精神薄弱者などと認定した場合には聴聞を行わなくて
もよいとするものであり、この場合において専門的な診断をもとにこれらの病者に
該当するかどうかを認定することは微妙なものでも、高度のものでもない。
次に、本件処分について、これに必要な書類を作成しあるいは証拠を整えるなどの
事務は、被告公安委員会の管理下にある三重県警察本部の職員が行つているが、こ
れは単なる事務処理にすぎず、その後右書類や証拠は被告公安委員会に提出され、
昭和四五年一二月一一日の全委員出席による会議において慎重審議のうえ右三名の
委員の合意により本件処分がなされたものである。
本来、適正な法律手続の保障は刑事手続にのみ認められるべきもので、本件のよう
な行政手続には適用の余地はないものというべきであるが、仮にこれが適用される
としても、本件においては、被告が、指定医師の診断を基礎に、かつての交通事
故、交通法令違反歴などいわゆる道路交通上の危険性を加味して十分に合議のうえ
精神薄弱者と認めたので聴聞を行わなかつたものであり、適正な法律手続の理念に
反しない。
2 憲法一三条、一四条、二二条違反の主張について
精神病者、精神薄弱者も個人として尊重され、幸福追及の権利、職業選択の自由等
も最大限に保障されなければならないことはいうまでもないが、一般に精神病者、
精神薄弱者による自動車の運転が自己又は他人の生命、身体、財産に回復困難な被
害の発生をもたらすことは経験則上予想しうるところであり、このような場合に
は、人権の内在的制約としてあるいは公共の福祉による制約として、精神病者ある
いは精神薄弱者であることを免許の欠格事由としても憲法一三条、二二条に反する
ものではなく、同法一四条も合理的差別を禁ずるものではなく、自由意思によらな
い先天的な条件による差別的取扱の禁止も絶対的なものではなく、ここでいう先天
的条件とは家柄ないし門地、性別、人種を指称し、先天的疾病を含まないと解すべ
きであり、前記のような事情から精神病者、精神薄弱者であることを免許の欠格事
由としても、それは合理性があり、同法一四条に違反しない。
又、道路交通法八八条一項二号の精神病者、精神薄弱者などの文言を相対的欠格条
項と解釈することは法解釈の限界を超え、立法権を侵害することとなるので許され
ない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
(主たる請求について)
後記予備的請求についての理由において説示するとおり、原告が道路交通法八八条
一項二号所定の精神薄弱者に該当するとして、被告において同法一〇三条一項に
基、ついてした本件運転免許取消処分には、処分要件の認定を誤つた違法の瑕疵が
あるものというべきであるが、右瑕疵が明白なものとまでいうことはできず、又、
原告は、本件取消処分が適正な法律手続を欠く旨主張するが、後記認定のとおり、
右処分は法律の規定に基づいて取消されたものであり、仮に手続に何らかの違法の
点があつたとしても、右瑕疵が明白なものといいえないことは明らかであり、又、
精神薄弱の定義については多岐にわたるのであるが、精神薄弱の意義を後記説示の
とおりに解するにおいては、精神薄弱者による自動車の運転が自己又は他人の生
命、身体、財産に回復困難な被害の発生をもたらすことは経験則上十分に予想しう
るところであつて、原告の指摘する道路交通法八八条一項二号、一〇三条一項の規
定は何ら不当不法のものではなく、従つて精神薄弱者に免許を与えないからといつ
て、右道路交通法の規定が憲法一三条、一四条、二二条に違反するものとは認めら
れないから、本件運転免許取消処分の無効確認を求める原告の本件主たる請求は理
由がない。
(予備的請求について)
第一 訴の適否について
被告が昭和四六年一月二五日付の通知をもつて原告の普通自動車及び自動二輪車並
びに大型貨物自動車第一種の、各運転免許の取消処分をしたことは当事者間に争い
がなく、原告が同年四月一六日付で本件無効確認訴訟を提起し、同年六月三日の口
頭弁論期日に本件取消訴訟を予備的に追加したことは本件記録上明らかである。
ところで、行政処分等の取消訴訟と無効確認訴訟とを対比するに、右処分等に瑕疵
が存在するときは一般に取消原因となり、その瑕疵が重大かつ明白なときには無効
原因となるにすぎず、従つて、後者は前者を包含しているものと解すべきところ、
本件記録によれば、本件無効確認訴訟も本件取消訴訟も不服の対象となつている行
政処分は同一であり、そこで主張されている瑕疵も同一である(もとより無効確認
請求には重大性と明白性の主張がなされている。)から、本件無効確認訴訟の提起
後に予備的、追加的になされた本件取消訴訟の出訴期間の遵守の有無については、
先きに提起された無効確認訴訟提起の時を基準としてこれを判定すべきものと考え
る。
そうすると、本件無効確認訴訟は、本件処分の通知のあつた日から三か月以内に提
起されているから、本件取消訴訟は出訴期間の遵守に欠けるところはなく、適法な
ものというべきである。
第二 本案について
一 請求原因1、2はいずれも当事者間に争いがない。
二 次の事実は原告が明らかにこれを争わないから自白したものとみなす。
原告は、昭和四四年七月九日早朝京都市<以下略>先国道一号線路上交差点におい
て交通事故を起こし、昭和四五年には速度違反と追越禁止違反をしたため、処分前
歴一回違反累積点四点となり、道路交通法施行令三八条一項二号イにより同年九月
二五日免許の効力停止九〇日の処分を受け、同月三〇日及び同年一〇月一二日の二
日間にわたり道路交通法一〇三条九項による講習を受けたが、右講習の一課程とし
て受講した運転者の性格等に関する適性検査(科学警察研究所編)の判定値が五段
階中の最低段階の1ときわめて低く、更に観察要目(チエツクリスト)による観察
がなされた結果、精神薄弱の疑いがもたれ、同法一〇二条一項による臨時適性検査
が実施され、同法一〇四条四項に基づく被告の指定医師P1(三重県立大医学部)
による検査の結果、軽症魯鈍級の精神薄弱と診断され、昭和四六年一月二五日被告
から同法一〇三条一項、八八条一項二号による本件運転免許取消処分を受けた(本
件取消処分を受けたとの点は当事者間に争いがない。)。
三 そこで、原告が右精神薄弱者と認められるか否かにつき判断する。
1 道路交通法八八条一項二号所定の精神薄弱者の概念について
(一) 精神医学上の精神薄弱者の概念について
(1) 概観
いずれも成立に争いのない甲第二、第三号証、第一〇号証、第一二ないし第一四号
証、第二〇号証、乙第二ないし第四号証、第四一号証、第四三号証(原本の存在を
含む)によれば、精神薄弱の概念については、次のようなさまざまの立場が認めら
れる。
イ 知能指数(IQ)による定義
一、九〇五年、フランスのビネー(A.Binet)とシモン(Th.Simo
n)は、ビネー、シモン式知能検査と称される知能テストを考案し、右テストの結
果から一定値以下のIQの者が精神薄弱と定義され、その後、アメリカ等で、この
方法による定義、診断がかなりの期間普及した。
この場合、IQいくつ以下を精神薄弱とするかで異つた定義が行なわれるが、最も
代表的なものとしては、アメリカのターマン(L.M.Terman)が一、九一
六年に前記ビネー・シモン式知能検査を修正、発展させて完成したスタンフオー
ド・ビネー・テストによるIQ七〇以下を精神薄弱とする定義がある。
この定義の問題点としては、次のような点があげられる。
a 知能テストの結果と社会生活能力とは必ずしも対応しない。
b IQが変動することは衆知のところであるが、精神薄弱を恒久的遅滞とみなす
ならば、変動するIQで定義することには矛盾がある。
c 知的発達は正常でも、環境的あるいは情緒的要因などで知能検査の得点が低く
出ることがある。
ロ 社会生活能力による定義
IQによる定義に対し、社会生活能力によつて定義するという立場もある。
一、九〇四年、イギリス王室委員会は、「適当な環境におけば生計できるが、先天
性の、又は乳幼児期からの精神障害により、第一に正常な人々と競争できず、第二
に普通の思慮によつて自己及び身辺のことがらを処理できないもの」を精神薄弱と
した。
ト レツトゴールド(R.F.Treagola)もこのような立場に立ち、精神
薄弱の診断基準として知能検査や学力検査を用いることを認めず、環境に適応する
能力、独立自活する能力の劣弱のみを唯一の基準とすべきであるとする。
この定義による問題点としては、次のような点があげられる。
すなわち、社会生活能力が劣ることの原因には、性格的な原因、政治的あるいは社
会的な原因など種々のものがあるはずで、それらを区別することなしに社会生活能
力の劣つている者をすべて精神薄弱と定義することは妥当ではないということであ
る。
ハ ドルの定義
ドル(E.A.Doll)が一、九四一年に提唱した精神薄弱の概念には、次の六
つの基準が含まれていて、社会生活能力と知的能力との二つの面から定義されてい
る。
a 社会生活能力が欠如していること。
b 知的能力が劣つていること。基本的には知能検査によつて測定される。
c 精神発達が水準以下で停止すること。
d 遺伝的なものであれ、損傷あるいは病気によるものであれ、素質的なものに起
因するものであること。
e 発達の結果その状態から脱出するような問題ではなく、成熟の過程で現われて
くるものであること。
f 本質的には治療不可能であること。
右ドルの定義によれば、精神薄弱の概念基準として社会生活能力と知的能力の両方
が欠如していることが必要となる。
ニ WHO(世界保健機構)の定義
一、九五四年、WHOは、精神薄弱を「精神能力の全般的発達が不完全若しくは不
十分な状態」と定義した。右定義においては、知能を判断基準の要素として採用
し、その手段としては知能検査の結果によるIQが用いられるが、知能のみにこだ
わらず、全人格的水準をも考慮して、精神薄弱か否かを判定するものとされる。
ホ AAMD(アメリカ精神薄弱協会)の定義
一、九五九年、AAMDは、精神薄弱という用語を避けて、精神遅滞という用語を
採用し、この概念は、従来使われてきたアメンチア、精神薄弱、精神欠陥、精神的
水準以下、白痴、痴愚、魯鈍等の概念に包括されているすべての意味を含んでいる
ものとされ、次のように定義づけられた。
「精神遅滞とは、発育期中に始まる、社会適応行動の障害を伴つている一般的知能
機能の水準以下のものを指していう。」
右定義にいうところの「平均的水準以下の一般的知能機能」とは、一般的知能を測
定するための適切な客観的テストの成績が平均より一標準偏差値以上低いものをい
い、前記スタンフオード・ビネー・テストではIQ六八以下のもの、ヴエクスラ
ー・テストではIQ六九以下のものを意味するものとされる。
「発育期」の上限は、およそ一六才までと考えられている。
「適応行動」は、成熟、学習、社会適応の三つの要因からとらえられ、坐つたり、
歩いたり、話したりといつた感覚運動機能に関係のある成熟は、乳幼児期の適応行
動の重要な基準であり、知的教科の学習は学齢期の、又社会適応は成人期の、それ
ぞれ重要な基準となる。
右定義は、精神遅滞を知的機能と適応行動という二つの面から規定しようとするも
ので、前記ドルの立場と共通しているが、一方、次の点で鋭く対立している。すな
わち、ドルにおいては、精神薄弱の原因は素質的なものであるとされ、真の精神薄
弱は本質的に治療不可能とされるのであるが、AAMDの右定義においては、精神
遅滞をもたらした原因及び遅滞が恒久的なものか一時的なものかという点は全く除
外され、現在の症状のみが問題となるのであり、従つて、精神遅滞の診断には、患
者の生活史も予後も考慮する必要がないことになる。
もつとも、ドルは、一、九四七年に精神薄弱と知的遅滞とを区別し、後者において
は素質的原因を持たず正常な社会生活能力を護得する可能性があるという見解を公
にし、さらに一、九六二年にはAAMDの右定義を容認し、ただ、精神遅滞の中に
は、前記ドルの主張する精神薄弱が含まれると主張した。
ヘ 生物学的定義
ソ連(ソヴイエト社会主義連邦共和国)の欠陥学派の一人ルリア(A.R.Lur
ia)は、「精神薄弱児とは、胎児期か乳幼児期に重い脳の病気にかかり、そのた
め脳の正常な発達が阻害され、精神発達に重大な異常をきたした子供である」とい
い、ここにおいては、精神薄弱の概念は、前記AAMD等の定義に比し、ずつと狭
い範囲に限定されている。
ト 文部省における定義
養護学校等における特殊教育の対象とされる精神薄弱者の概念等を規定してきた昭
和二八年六月八日文初特第三〇三号文部事務次官通達によれば、精神薄弱の概念は
次のようなものとされている。
種々の原因により精神発育が恒久的に遅滞し、このため知的能力が劣り、自己の身
辺のことがらの処理及び社会生活への適応が著しく困難なものを精神薄弱とする。
そして、IQの値五〇ないし七五程度以下の者が右に該当する旨が参考として付加
されているが、右の定義は、前記ドルの考え方と密接な関連があるものとされる。
もつとも、右通達は、学校教育法等の一部を改正する法律(昭和三六年一〇月三一
日付法律第一六六号)、学校教育法施行令の一部を改正する政令(昭和三七年三月
三一日付政令第一一四号)等が制定され、改正後の学校教育法七一条の二、改正後
の学校教育法施行令二一条の二によつて精神薄弱者の心身の故障の程度が定められ
たことに伴い、昭和三七年六月一九日文初中第二五四号文部事務次官通達によつて
失効することが明らかにされ、なお、改正後の学校教育法七一条の二及び同法施行
令二二条の二によれば、精神薄弱者の概念は、精神発育の遅滞の程度が中度以上の
もの及び精神発育の遅滞の程度が軽度のもののうち、社会適応性が特に乏しいもの
と規定され、昭和三七年一〇月一八日文初特第三八〇号文部省初等中等教育局長通
知によれば、右「精神発育の遅滞の程度が中度以上のもの」とは痴愚、白痴程度の
精神薄弱を、「精神発育の遅滞の程度が軽度なもの」とは魯鈍程度の精神薄弱をそ
れぞれ指し、右「白痴」とは、言語をほとんど有せず自他の意志の交換及び環境へ
の適応が困難であつて、衣食の上に絶えず保護を必要とし、成人になつても全く自
立困難と考えられるもの(IQによる分類を参考とすれば二五ないし二〇以下のも
の)、「痴愚」とは、新しい事態の変化に適応する能力が乏しく、他人の助けによ
りようやく自己の身辺のことがらを処理しうるが、成人になつても知能年令六、七
才に達しないと考えられるもの(IQによる分類を参考とすれば二〇ないし二五か
ら五〇の程度)「魯鈍」とは、日常生活にさしつかえない程度にみずから身辺のこ
とがらを処理することができるが、抽象的な思考推理は困難であつて、成人に達し
ても知能年令一〇才ないし一二才程度にしか達しないと考えられるもの(IQによ
る分類を参考とすれば、五〇から七〇の程度)と説明されている。
(2) 右各概念規定をめぐる最近の日本の状況
前掲甲第一〇号証、第一二号証、第一四号証、第二〇号証、成立に争いのない甲第
四号証、第八、第九号証、第一一号証、乙第一号証によれば、次の事実が認められ
る。
西谷三四郎は、一、九六五年、文部省心身障害児の判別と就学指導講習会におい
て、前記AAMDの定義を中心とした新しい精神薄弱の概念を紹介し、特に、「恒
久的に」とか「素質的に」とかの概念規定に批判を加え、「第一に、恒久的遅滞と
いうものは予後に関することであつて、精神薄弱は必ずしも予後不良を示すもので
はなく、第二に、実際的立場からみると、精神薄弱についての研究が進むにつれ
て、治療可能のものも現われ、又教育によつて改善され、社会的適応の十分得られ
るものもある。」とし(文部省「心身障害児の判別と就学指導」一、九六五)田中
昌人は、発達の無限の可能性という観点に関連して右西谷三四郎の主張に賛意を表
し(田中昌人他「障害児研究の基底」、『児童心理学の進歩』、一、九六七、金子
書房)、小池清廉らも同旨の見解を示し(小池清廉他「精神障害」、『リハビリテ
ーシヨン医学全書22』、医歯薬出版、甲第一二号証。小池清廉「現代における精
神薄弱概念からみた新谷秀記氏の診断に関する意見書」、甲第二〇号証。)、斉藤
義夫は、AAMDの定義に基本的に賛成しながら、精神遅滞と精神薄弱とは区別さ
れるべきであるとして、むしろ前記ドルに近い見解を示し(斉藤義夫「生活学習の
清算と教育方法の系統化」、『精神薄弱児研究』一二月号、一、九六九、日本科学
社)、山口薫は、現象―実体―本質の三段階説を参考としながら、AAMDの定義
の批判を試み(山口薫「就学時知能検査と事後指導」、『精神薄弱児研究』二月
号、一、九七〇、日本文化科学社)、岸本鎌一らは、AAMDの定義を若干修正し
て、「精神薄弱とは、種々の原因による症状名で、発育途上に始まる適応と生産行
動の障害並びに身体、神経障害を伴つた平均値以下の知能を持つたものをいう」と
すべきであるとし(岸本鎌一ら「精神薄弱の医学」金原出版、甲第一一号証)、佐
野勇は、前記昭和二八年六月八日文初特第三〇三号文部事務次官通達による文部省
の定義に従うのが常識であろうとし(佐野勇「精神薄弱の原因」金原出版、甲第一
〇号証)、なお、三浦岱栄らは、精神薄弱を、先天的な原因あるいは早期後天性
(特に出生時より言語発達期までの間)に加わつた脳損傷により知能の発育制止が
起り、同じ年令層の普通人に比べて知力の劣つている状態をいう、とし(三浦岱栄
ら「現代精神医学」文光堂、甲第九号証)、村上仁らは、前記AAMD若しくは文
部省の各定義を引用したうえ、社会的適応能力の困難性という点からの定義の必要
なことを指摘し(村上仁ら「精神医学」医学書院、甲第八号証)、笠松章は、精神
薄弱とは、普通、種々の原因により、知能の発達が持続的に遅れ、劣つている状態
を総称している、として、知能障害が精神薄弱の中心的な症状であることを指摘す
る(笠松章「臨床精神医学II」中外医学社、乙第一号証)。
そして、前掲甲第二〇号証、証人小池清廉の証言によれば、近時の日本の精神医学
界においては、前記ルリアのような立場は広く承認されるまでに至つておらず、知
的能力だけ、あるいは社会的適応能力だけを考慮する立場を取る者も少数で、知的
能力と社会的適応能力との両者を考慮する立場を取る者が多数であることが認めら
れる。
(二) 道路交通法八八条一項二号所定の精神薄弱者の概念について
道路交通法八八条一項二号所定の精神薄弱者の概念が右精神医学上の精神薄弱者の
概念を前提にしていることは、同号の文理上明らかであるが、前記精神医学上の相
対立する諸概念のいずれを前提としているのかを次に検討する。
さて、道路交通法が精神薄弱者等を運転免許欠格者とした趣旨は、道路交通の安全
の確保にあると解され、従つて、右欠格者とは、具体的な道路交通の場面におい
て、客観的状況を正しく認識し、右認識に基づき当該状況に応じた安全適正な行動
(運転操作)を決定し、右決定をすみやかに実践しうる能力に欠けると思われる者
をいうと解すべきところ、右は、すなわち、道路交通の場面という特殊な社会環境
において、状況を的確に認識し、他者との関係を正常に処理しうる能力が要請され
ているということにほかならない。
このように考えると、前記精神医学上の諸概念のうち、ルリアらのいう生物学的に
定義された精神薄弱を含むことは当然であるが、道路交通法上の精神薄弱をそのよ
うに狭く限定された概念に限る必要はないばかりでなく、知的能力(IQ)のみに
よつて定義する立場や社会的適応能力のみによつて定義する立場は、右のような道
路交通法上の要請の一部を考慮して他を考慮しないという点において妥当でなく、
道路交通法上の概念としては、知的能力と社会的適応能力との両者を概念規定の中
に含む、前記、ドルの立場や、WHO、AAMD、文部省等の立場を妥当なものと
して採用すべきものというべきである。
そして、このように解することは、前説示のとおり、精神医学界における多数説で
ある知的能力と社会的適応能力との両者を考慮する立場を採用することともなり、
制定法がある専門概念を使用していて、右概念の内容について当該専門分野で争い
があり、未だ一義的に確定していない場合の合理的な解釈として是認すべきものと
考えられる。
2 右のような精神薄弱概念を前提として、原告が精神薄弱者といいうるか否かを
順次検討する。
(一) 原告の生立ち、職歴
成立に争いのない甲第一五号証の一ないし一一、第一六号証、第一九号証、乙第三
〇号証の一ないし三、第三一号証の一、二、第四二号証、証人長沢滋の証言、鑑定
人P5の鑑定の結果によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
原告は、昭和一六年八月父P2、母P3の二男として名古屋市で出生した。鉗子分
娩で生れ、人工蘇生術を受け、生後も乳量不足のため発育がよくなかつた。父は郵
便局勤務で経済的には普通であつたが、飲酒にふけり家に居ないことが多く、原告
が一歳八か月のころ出征し、原告及び母は熊野市の父の実家に疎開した。このこ
ろ、原告は栄養不足で風邪をひき発熱もしばしばあり、中耳炎にかかるなどして耳
がやや遠くなつた。父は終戦後帰国し、一時郵便局に勤めたが、まもなく退職し、
その後は定職に就かず、家計をかえりみず飲酒にふけり、母が魚の行商をして一家
の家計を支えた。原告は小、中学校時代、身体が弱く、気管支喘息にかかり、酒乱
の父におびえ、学業成績は悪く、自発性や積極性にも欠けていたが、怠けることな
く通学し、集団内では比較的よく他人と協調し、学校生活には適応していた。なお
小学校時、田中B式知能検査の結果偏差値二〇を取つている。幼、少年時を通じ、
母との間の愛情関係は良好の状態であつた。昭和三二年に中学校を卒業すると、父
と共に山仕事をしたが、まもなく叔父をたよつて三重県度会郡南島町に移り、叔父
のもとで土工をした後普通自動車運転免許を取つて小型ダンプカーの運転手とな
り、昭和三九年母とともに鈴鹿市に転居し、大型自動車免許を取つて大型自動車運
転手として稼動し、昭和四四年から丸大急送株式会社でタンクローリーの運転手を
し、本件処分後は運転助手として働き、現在に至つている。なお昭和四七年には危
険物取扱責任者試験丙種に合格した。右タンクローリーの運転手としての仕事は、
四日市市にある石油会社の油槽所で、注文主からの伝票(受領書納品書)に指定さ
れたとおりの重油を積込み、注文主の工場等に運び、指定された量をタンクローリ
ーからタンクに注入し、納品するというもので、この間原告には初歩的ミス以外に
重大なミスはなかつた。原告の給料額は手取り約六万円前後であつた。
ところで、被告は、原告の知能を含む精神能力全般の発達が幼、少年期において停
止した旨主張するところ、右事実によれば原告の幼、少年期の知的能力、学業成績
がかなり低い水準にあつたことは否定できない。けれども、それは右家庭環境に影
響された面があるものとも考えられ、とりわけ中学校卒業後社会人となつてからの
稼働状況等に照らすと、被告の右主張を直ちに肯定するわけにはいかない。
(二) 原告の事故歴、交通法令違反
前記のとおり、原告は、昭和四四年七月九日に京都市で交通事故を起こしたが、成
立に争いのない乙第二五号証の一ないし四、第二七号証によれば、右は、交差点で
信号が黄色に変つたのでブレーキを踏んだところ折からの降雨のために濡れた路面
で車体が回転して横滑りし、車体矯正のためのハンドル操作も及ばず、水銀灯にぶ
つかり、民家のブロツクベいに衝突し、同乗していた助手に加療約三週間を要する
頸部裂傷等の傷害を負わせたというものであることが認められ、次に、成立に争い
のない乙第二八、第二九号証、第三六ないし第四〇号証によれば、原告は、昭和四
一年九月一一日愛知県海部郡<以下略>地内において大型貨物自動車を運転中、法
定速度を一五キロメートル超過する速度違反をし、同年一一月二八日桑名市<以下
略>地内陽和中学校前において大型貨物自動車を運転中、指定追越禁止場所である
にもかかわらず先行車輌を追越し、右同日名古屋市<以下略>地内において大型貨
物自動車を運転中、積載制限六、〇〇〇キログラムを一、八四〇キログラム超過す
る積載重量超過違反をし、昭和四二年三月六日同市<以下略>地内において大型貨
物自動車を運転中、積載制限六、〇〇〇キログラムを二、八四〇キログラム超過す
る積載重量超過違反をし、昭和四五年七月一九日四日市市<以下略>地内名四国道
上において大型貨物自動車を運転中、法定速度を二一キロメートル超過した速度違
反をし、同年八月一八日鈴鹿市<以下略>地内国道二三号線路上において普通乗用
車を運転中、指定追越禁止場所であるにもかかわらず先行車輛を追越したことが認
められる。
右事実によれば、右事故や違反が大型免許を取得してから本件取消処分に至る約四
年の短期間に行われている点を問題とする余地はあるが、前記京都市の交通事故
は、結果はともかくとしても、過失の程度はそれほど大きいものとは考えられない
し、積載重量超過違反、速度違反及び追越し違反の点も直ちに運転適性を云々しう
る程のものではない。
(三) 運転適性検査の結果について
証人P6の証言により成立を認める乙第五号証の一、成立に争いのない乙第五号証
の二、第二四号証、証人P6の証言によれば、原告に対する本件運転適性検査につ
いては、科学警察研究所編運転適性検査六六-一が用いられ、原告は、前記のとお
りその判定値が最低段階の1であり、自動車の運転作業に不向きである旨の検査結
果の出たことが認められるが、右各証拠及び成立に争いのない乙第一五号証、第一
八号証の一、第二二号証、第三三号証の一ないし三、証人P7の証言によれば、本
件運転適性検査は、事故を起こし易すい運転手を簡易かつ適正、迅速に発見し、そ
の後の指導、教育等に資するための検査であり、右検査に用いられた前記六六-一
は、動作の正確さ、動作の速さ、知的能力(精神的活動性)、衝動抑止性、情緒安
定性の五点について被験者の特性を調べる、いわゆる心理テストであり、心理学者
とか精神医学者とかの専門家でない警察技術吏員を試験官として、大量の被験者に
対して実施することを予定しているものであることが認められるところ、右事実か
らも明らかのように、右検査は、本来運転適性の有無を調べるための適性テストで
あり、被験者が精神薄弱か否かを直接に調査することを目的とするものではなく、
内容的に知能テスト、性格テストの要素があるが、右のとおり、非専門家による集
団的なものである以上、知能及び性格について、被験者の一応の傾向、特徴をつか
むうえでの参考資料とはなりうるとしても、それ以上に精神薄弱であるか否かを判
定するについてどのような性格をもつ検査であるのか明らかではない。
(四) 観察要目(チエツクリスト)による観察の結果について
証人P6の証言によつて成立を認める乙第六号証、原本の存在、成立ともに争いの
ない甲第二六号証、成立に争いのない乙第二〇、第二一号証、証人P6の証言によ
れば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
観察要目は、医学的知識の豊富でない警察職員が現に自動車の運転に従事している
者の中から精神病者などの欠格事由に該当する者を発見し、道路交通法一〇二条一
項の規定する臨時適性検査としての精神科専門医師の診断の要否を決定するための
もので、異常な行動についての記述(行動記録)及び特異な行動のチエツク(精神
的身体的徴候のチエツク)の総合判定により行なわれる。本件においては、三重県
警察本部交通部運転免許課警察技術吏員P6によつて右観察がなされ、「首相の名
を知らない。」「最近の大事件を知らない。」「簡単な字が書けない。」「簡単な
計算ができない。」という四点がチエツクされ、右P6は原告を正常とも精神病者
ともいえぬ旨判定した。
右事実から、原告が専門医の診断を要するものと認められるにしても、右観察の目
的に照らして、原告が精神薄弱に該当するとの最終判断を下しうるものではない。
(五) 被告公安委員会指定医の診断について
前掲乙第五号証の一、二、第六号証、成立に争いのない乙第七号証、第九号証、第
一四号証、証人P1の証言(第一回)によれば、次の事実が認められ、これに反す
る証拠はない。
被告公安委員会が、道路交通法施行規則二九条の四、第一項一号による精神衛生鑑
定医であつて、かつ、道路交通法一〇四条四項の規定により昭和四三年七月三〇日
付三重県公安委員会告示第一六号をもつて指定した三重県立大学医学部精神科医師
P1は、被告の依頼により、昭和四五年一一年二六日、三重県警察本部交通部免許
課(三重県自動車運転免許試験場)において原告に対する臨時適性検査を行い、前
記P6から運転適性診断表(乙第五号証の一)及び運転不適格者調査表(観察要目
が添付されている。乙第六号証)を見せられて、同人から五分間程度口頭で説明を
受けた後二〇分ないし三〇分間面接して問診した結果、外見的には特に異常を認め
ず、病的体験もなく、質問にもよく答え、仕事ぶりや対人適応に問題はなく、簡単
な交通標識等は大体理解しているが、知的作業をやらせるとかなり不良で、「追越
し」の「追」、「道路」の「路」の字が書けず、「臨時適性検査通知書」が読めな
いなど簡単な字の読み書きができず、「24×2」位の簡単な計算ができないと診
断したうえ、原告が軽症魯鈍級の精神薄弱と考えられる旨結論を下し、なお、絶対
的に運転が不適当という程のものではないとの意見を付した。
右事実によれば、原告における精神医学上の問題点は主に知能面にあることが窺わ
れるにもかかわらず、脳波検査、知能検査がなされておらず(右P1証言によれ
ば、前記運転適性検査の結果である運転適性診断表(乙第五号証の一)によつて知
能検査の代用としたことが認められるが、前記のとおり右診断表は、直接には運転
適性を測るものであり、しかも非専門家たる警察技術吏員により、集団検査として
用いられるものであるから、原告自身の知能測定の手段としては不十分たることを
免れない。)、その他の心理テストもなされていないのであるから、前記読み書き
の点と計算能力の点とから原告の知能を一定水準以下と判断したものと解さざるを
得ず、右判断は、資料が不十分かつ一面的であつて、他の身体的所見、生育歴、職
歴、性格等の点については問題点の指摘がないのであるから、結局、右信用性の薄
い知能についての判断から原告が精神薄弱であるとの結論が導き出されたものと評
価せざるを得ないので、右結論が妥当なものであるとはいい難いのみならず、証人
P1の証言(第二回)中の、前記昭和四五年一一月二六日、原告を精神薄弱と診断
したことは必ずしも適当ではなかつた旨の証言に照らしても、右結論の妥当性には
疑問をさしはさまざるをえない。
3 以上のとおりであるから、原告が精神薄弱者で自動車運転の作業に不適である
との被告の主張は認めることができず、却つて、成立に争いのない甲第一九号証、
証人P4の証言は、原告の生育歴、身体所見には特に問題点はなく、精神所見につ
いては、判断力、理解力、事実の関連把握、感情面に特に問題はなく、計算能力、
書字能力などが劣るのは後天的に獲得される知識の面に問題があつたもので本来の
知能の欠陥を示すものではなく、思考過程にあつて時にまとめあげるなどの統合性
に問題があつたが、これは思考に障害があるというより原告の劣等感、対人的な自
信のなさによると考えるのが妥当であろうとし、脳波所見としては、九ないし一〇
HZ、三〇ないし四〇μγのα波が基礎律動と考えられるが、その出現は十分でな
く、又六ないし八HZの徐波混入が多く、全体的に不規則な脳波というべきで、一
般成人の正常とされるものに比し未熟な要素を考えさせ、判定では境界程度のもの
としつつ、てんかん要因はなく、著しい器質的障害も考えられないとし、大脇式選
抜反応検査、労研式アメフリ抹消検査、矢田部ギルフオードテスト、ロール・シヤ
ツハ・テストなどの心理テストの結果も特に問題点はなく、ウエスクラーベルヴユ
ー法による知能検査の結果は第一回目が言語性IQ七〇、動作性IQ六八、総合I
Q六七で、第二回目が言語性IQ七二、動作性IQ七八、総合IQ七五で、判定と
しては境界級であるとし、前記三2(一)で説示した原告の生立ち、職歴等の事実
を前提として社会的適応性に障害がないものとしたうえ、結論として、原告の過去
及び現在の精神状態において精神薄弱と診断せしめる所見は認められず、精神薄弱
ではないとするものであり、鑑定人P5の鑑定の結果も、生育歴については、特定
の遺伝性疾患の負因を推定する資料は得られず、出産時の体重が一貫二〇〇匁で鉗
子分娩で生れ人工蘇生術を受けたが、現在の身体的、精神的症状からみて機械的圧
力又は酸素欠乏による脳損傷の可能性は否定することができ、幼、少年期の家庭環
境は悪く、学業成績も低かつたが母の愛護には恵まれ、その後の経歴には特に問題
はなく、身体的所見にも異常は認められず、脳波所見については、九ないし一〇c
/s、三〇ないし四〇μγの基礎波が認められ、閃光刺激、過呼吸賦荷及びメジバ
ールの静脈注射による賦活で変化はないが、多数の五ないし七c/s中等度電位が
散在して現われ、年令に対して高度ではない異常徐波を示すが、右はてんかん性の
ものではなく、又前記鉗子分娩等による脳損傷の可能性との関連も証明できず、精
神所見としては、知覚、意識、記憶力、思考進行、感情、意志等は正常であり、W
AIS式知能検査の結果によれば言語性IQ七四、動作性IQ七七、総合IQ七五
で知能水準は平均知能の下位境界線付近であり、人格特性については、保持性が弱
く情況場面の影響を受けやすく、発動性が強く軽はずみをするが、惰性、構想性、
精神運動性、顕示性、感受性、志向性等に問題はないとし、前記認定の原告の生立
ち、職歴等の事実を前提として社会的適応性に障害がないとしたうえ、結論とし
て、原告にどのような精神病若しくは精神病質の徴候も認められず、精神薄弱状態
の存在も認められず、精神薄弱ではないとするものであり、右は、いずれも、前記
道路交通法上採用すべき精神薄弱の概念に照らして妥当なものということができる
から、右各証拠に照らして、原告は、道路交通法八八条一項二号所定の精神薄弱者
に該当しないものと認めるのが相当である。
四 そうすると、原告が道路交通法八八条一項二号所定の精神薄弱者に該当すると
して、同法一〇三条一項に基づいてなされた本件運転免許取消処分には、処分要件
の認定を誤つた違法の瑕疵があるものというべきであるから、その余の点につき判
断するまでもなく、本件運転免許取消処分の取消を求める原告の本件予備的請求は
理由がある。
(結論)
以上のとおりであるから、本件主たる請求を棄却し、本件予備的請求を認容し、訴
訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九二条但書、八九条を適用
し、主文のとおり判決する。
(裁判官 白川芳澄 林 輝 若林 諒)

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