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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人坂本建之助、同木村暁が連名で差し出した控訴趣意書
に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次の
ように判断をする。
 控訴趣意第一点について
 一 まず原判決も、論旨の見解も共に、取引の委託者から商品仲買人に対し売買
取引の委託をなすと共に委託証拠金の代用として有価証券を差入れた場合、右代用
証券(充用証券)の差入は根担保質権(根質権)の設定にあたると解しているが、
当裁判所もこの見解を正当として支持し(昭和四〇年(あ)一〇二七号、同四一年
九月六日第三小法廷決定参照)、なお委託者の転質に関する承諾がない場合にも、
仲買人は、一定の制限のもとに、いわゆる責任転質をなしうるものと解するもので
ある。 二 ところで所論は、原判決において右の場合の根質権は、その「被担保
債権がきわめて浮動的であることにともない(委託者に対する債権がすでに一応存
在する場合でも、いつそれが減少ないし消滅するかも知れず、またいつ取引関係が
最終的に結了してしまうかわからない。すなわち、原質権―根質権の意味―の被担
保債権額もその存続期間も不定である)、原質権者の把握している担保価値がそも
そも浮動的なもの」であつて、「原質権の最終的に把握する担保価値の存否ないし
数額は不定であり、また原質権はいつ消滅するかもわからない。」としても、この
ことから、直ちにこの種の転質権の性質について「原質権者の把握している担保価
値がそもそも浮動的なものであるから、そのような浮動的な担保価値についての転
質としてしか許されないものというべきである。」とか、「このような原質権を基
礎とする転質権の最終的に把握しうる担保価値の存否ないし数額も不定であり」
「きわめて制約された内容をもつ責任転質しか許されない」と解したことにつき論
難を加えるので、次に検討する。
 原判決挙示の関係証拠によれば、原判示事実のようにA株式会社(以下「本件会
社」と略称する)は、東京穀物商品取引所その他の商品取引所の仲買人として委託
を受け、商品の売買取引をすることを業とするものであつたところ、同会社の代表
取締役専務であつた被告人らは、原判示のごとき多数の客から商品取引の建玉委託
をうけて、その履行をすることを承諾し、各委託契約を成立せしめ、右委託契約の
履行によつて生ずることのある損失などに充当するため、当該客から証拠金代用と
して有価証券の交付をうけ、右債権につき包括的に権利質(原質権にして根質権)
の設定を受けたこと、他方、委託客の転質に関する同意書などがないのにかかわら
ず、被告人らは本件会社の原判示各金融機関に対する借用金債務の担保として、右
有価証券を金融機関に交付して転質権の設定をなしたことを認めうるが、この事実
に徴すれば客と本件会社間の前記委託契約の続いている限り、本件会社が客に対し
てもつ債権の現実の存否にかかわらず、転質権者たる各金融機関は質入債権につき
担保権をもつているのであるが、本件会社が各金融機関に設定しうる担保権の範囲
内容などは、委託者の転質に関する同意書がないのであるから本件会社の客に対し
てもつ債権(被担保債権)の現実の発生消滅又は増減につれて発生消滅又は増減す
るものと解すべきであるから(大審院昭和一四年(オ)一〇八七号、昭和一五年二
月二四日判決参照)、この見解にのつとつた原判決の前記判断は正当というべく、
論旨は理由がない。
 三 所論は委託者と本件会社間の根担保質権の設定は、増減変動する被担保債権
の瞬間的な時点々々のためにあるのではなく、将来の時点、即ち取引結了時におけ
る債権額を担保するためのものであるから、原質権の被担保債権額は、質権の対象
たる有価証券の価額の範囲内であり、従つて右範囲内で無制限に転質をなしうると
主張するが、この場合についても、責任転質の要件として、転質権の被担保債権額
は原質権の被担保債権額を超過してはならないとの制約が働くのであるから、原判
決が「弁護人らの主張するように、充用証券の価値の範囲内で無制限に転質ができ
るものとすると、それは責任転質の名のもとに原質権から独立した自由な質権設定
を認めることにほかならないのであつて、委託者に均衡を失した不利益を負わせる
ことになり、原質権設定者の利益を不当に害するおそれのない範囲内でだけ責任転
質を許すことによつて、原質権設定者と原質権者との利益の妥当な調整を図つてい
る民法三四八条の趣旨をまつたく逸脱するものであるといわなければならない」と
説示したのは、正当というべく、所論は賛同しえない。
 四 次に所論は、商品取引業界においては、客から受けとつた代用証券をその価
額の範囲内で他に担保に供することは、やむを得ないという商慣習があつたと主張
するが、終戦前にあつては、所論のように、当時の東京株式取引所受託準則二一条
の規定文言ないし所論指摘の東京民事地裁判決などに徴するも、株式清算取引につ
いて取引員が委託者から受けとつた充用証券は、特別の合意のない限り取引員がこ
れを他に流用してもよく、しかも返還すべきときは、同種同額の証券をもつて返還
しうるとの、いわば慣習が存したことが窺われる。
 しかし終戦後の昭和二五年八月制定された商品取引所法は、その九二条に「商品
仲買人は、委託者から預託を受けて、又はその者の計算において自己が占有する物
をその者の書面による同意を得ないで、委託の趣旨に反して担保に供し、貸し付
け、その他処分してはならない」と定めたが(東京穀物商品取引所が昭和二七年九
月八日制定した受託契約準則一一条などもこれと同一のことを定めている)、原審
第九回公判における証人B、同Cの各供述、第一五回公判における証人D、同Eの
各供述、原審相被告人F及び被告人の司法警察員に対する各供述調書によれば、主
務官庁は右条文にいう「物」の中には、充用証券も含まれると解した行政指導、即
ち委託者の書面による同意があるときは、当該仲買人は売買取引をするための売買
証拠金、値洗差金など取引所に対する諸計算金などの支払に充てるため、代用証券
を金融機関に担保として提供し、融資を受けることが許されるが、書面による同意
がない場合には担保供用処分などをなしえないとの指導をなしてきたものであり、
これに反するときは行政処分もなしたこと、本件会社も昭和三八年五月頃農林、通
産両省の監査を受けたときに、会社が委託客から預つた充用証券を、客の同意書を
とらずに担保に入れた事例の多数あることを発見されて、業務停止処分を命ぜられ
たが、その直後、各出張所長、外務員に対し、必ず同意書を徴するように厳達指示
をしたことを認めうるのである。
 これらの事実に徴すれば、被告人がいかに終戦前における、充用証券の担保差入
れの取扱を熟知していたとするも、終戦後の商品取引所法施行後は、在来と異な
り、委託客の同意書がなければ、充用証券の担保差入れは禁止されておることを知
り、特に本件会社が業務停止を受けた以後の本件各犯行当時には、このことを明確
に認識しており、また商品取引業界においても、多年に亘る行政指導などにより充
分にこれが認識されていたと解しうるのであるから、その頃、本件のごとき担保差
入れは、やむを得ないものとして許されているという認識、慣習があつたことを前
提とする所論は、その前提を欠くことになり、論旨はすべて理由がない。
 控訴趣意第二点について
 所論は事実誤認を主張するけれども、原審相被告人F及び被告人の司法警察員に
対する各供述調書、被告人の検察官に対する供述調書によれば、(イ)本件会社
は、前身のG株式会社の多額の債務を引きついで発足したのみならず、かねて増資
したが、現実の払込が不充分であつて資本金は充実していなかつたため、会社の運
営資金を他に捻出しなければならなかつたこと(二)被告人及び外務員らが相場取
引をして会社に多額の損失を負わせ、会社はその債務の支払に苦慮していたため
に、会社の重役陣たる被告人らは、委託客から受けとつた充用証券を、客の同意書
があるとないとを問わず金融機関に担保として差入れて金員を借用し、これを会社
の人件費、経理費、また債務の支払などに充当して経営をつづけていたが、右の金
融機関の中には、いわゆる町の高利貸業者も含まれていて、その高金利の支払に悩
み、特に本件会社は昭和三九年春より窮境におち入り、次々に原判示のごとく本件
各有価証券を金融機関に差し入れ、急場を凌いでいたことを認めることができる。
 右の認定事実に、前示の控訴趣意第一点に対する説示の三で述べたように被告人
は本件各犯行当時に委託者の同意書がなければ充用証券の担保差入れは禁止されて
いることを明確に認識していたとの事実を加えて考察するとき、被告人は単に商品
取引所法に関する行政指導に違反しているとの認識のみならず、原判決説示のよう
に、被告人らは充用証券を金融機関に転質するに際し、委託者の「同意がない場合
にこのような担保差入れをすることが違法とされていることを十分承知していたも
のと認められる」のであるから、右説示は正当であり、もとよりこの点につき所論
のごとき事実誤認はなく、論旨は採用できない。
 控訴趣意第三点について
 所論は、本件担保差入行為には、横領罪を構成するごとき違法性はないと主張す
るけれども、控訴趣意第一点に対する判断の一で説示したように、本件会社の取締
役であつた被告人らが客から商品取引の委託を受けて、充用証券を交付され、これ
を客の承諾なくして金融機関に対し担保として差入れた場合、本件会社が金融機関
に対して設定した転質権は、委託客から設定を受けた原質権の担保する債権額の範
囲内に限られること、即ち原判決にいう「制約された内容の転質権の設定としてな
される」ことを要し、これを超過する額を担保するごとき転質権の設定は、その権
利を越えるものであつて違法たるを免れないのである。
 <要旨>しかるに、原判決挙示の関係証拠及び当審における事実取調の結果によれ
ば、(一)被告人らは前示の控訴趣意第二点に対する判断の項で説示したご
とき経緯のもとに、本件会社の経営上の窮境を凌ぐために、転質権者たる各金融機
関に対し充用証券を担保として差入れるに際し、もとよりこれが転質の性格をもつ
ことを特に自ら明かにせず、また原質権の担保する、その時期の債権額及び原質権
の存続期間に全く考慮を払わずに充用証券の当時の時価の七掛ないし九掛に当る割
合で計算し、右金額全部に対して担保権を設定したこと、(二)本来、本件会社が
委託客から充用証券を受けとるのは、委託契約の履行によつて生ずることのある会
社側の損失などに充当するためであるから、客が右の損失に見合う債務を履行しな
いときに、会社が充用証券を処分するのに便宜なように、予め委託客において、記
名式の充用証券に裏書し、又は譲渡証書を添附していたのであるが(このことは転
質を承諾同意した意味でないことは、もとよりである)、本件会社は、このような
充用証券を転質権者に担保として差入れるに際し、転質権者に対して「債務不履行
の場合には通知を要せず、担保物件を処分して債務の決済に充当されても異議がな
い」との趣旨の約定書を差入れていたこと(本件充用証券は、この約定のとおりに
殆んどすべて昭和四〇年三月転質権者により売却され、本件会社の借用金の返済に
充てられた)(三)本件担保差入は転質権者たる金融機関からの新規の金員借用の
ためになされたほか、大部分は、委託者との取引関係が結了したか或は委託者が特
に当該証券の返還を希望するために、既に担保として差入れられていた証券を委託
者に返還すべく、これと価額の見合う証券の差しかえとしてなされたものであるこ
と(もし責任転質の制約を守つて担保差入れがなされているのであれば、本件会社
としては、委託契約終了と共に本件会社の要求により転質権者は他の同額の証券と
の差しかえを条件とすることなく返還を承諾するごとき内容の質入契約を結ぶこと
を要し、原判決がこの点につき「弁護人らは、本件の場合のように、委託者らに充
用証券を返還する必要を生じれば、いつでも他の証券と差しかえることによつて担
保差入れ先から返還を受けることができることになつているならば、無制限の転質
によつても委託者らになにも不利益は生じないというけれども、他の有価証券との
差しかえを条件としてのみ返還を受けられるのであり、被告人らがいかなる場合に
も必ず他の証券を都合できるという保障はないのであるから、委託者らの利益を著
しく害する事態となることにかわりはない」「金融者が同価値の他の証券とならば
差しかえを許すということは、……むしろ無制約の質権が制定されたことを示すの
である」と説示しているのは、正当である)(四)本件転質の中には本件会社が委
託客のために取引を初める前に充用証券を担保として供したものもあることを認定
することができる。
 右の事実に徴すれば、被告人らが「制約された内容の転質権の設定」をしたもの
でないことは明かである。
 加えて前示のように被告人らが調達した借用金は会社の人件費、経理費、金利の
支払などに充当されたのみならず、前掲証拠によれば、取引所の仲買人のみを対象
とし、担保差入れの株の銘柄を指定して日歩二銭七厘の低利で金融をするH株式会
社、I株式会社、J株式会社からの借用のみでは会社の経営の逼迫をまかないきれ
ず、いわゆる町の高利貸業者から日歩六銭ないし一一銭の高金利の金融を仰ぎ、次
第にかさむ金利の支払に追いまくられて遂に会社は倒産するに至つたが、本件各担
保の差入れ当時は、遠からず倒産しないとは保し難い時期に属していたことも考慮
されねばならないであろう。
 従つて被告人らの本件担保差入れ行為は、転質権行使の範囲を越えているのは、
もとより自己の占有する他人の有価証券を不法に利用収益しようとしたものという
べく、不法領得の行為にあたるから、横領罪を構成することは明かである。
 所論引用の広島高等裁判所昭和四二年三月二七日判決(高等裁判所判例集二〇巻
二号一二八頁以下)は、商品仲買人が充用証券を転質に供した場合、転質権者が仲
買人に融資することなどを主目的とするK株式会社で商品仲買人の取引の実情も十
分知つており、右転質権の関係においても一応委託者に対し実害を生じないような
仕組みにしていた案件につき、横領罪を構成する違法性はないと判示したものであ
るから、本件事案とは類型を異にし、全く適切でないのである。
 従つて論旨は理由がない。
 よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条により、これを棄却す
ることとし、主文のように判決をする。
 (裁判長判事 河本文夫 判事 東徹 判事 藤野英一)

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