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裁判例


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       主   文
原判決を取消す。
被控訴人が昭和四二年六月一五日付で控訴人に対してした一年間の全権利停止処分
の無効であることを確認する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
       事   実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次に附加するほかは、原
判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。
 控訴代理人は次のように述べた。
「リコール制度はもともと代表民主制に対する直接民主制に基く修正の原理に立つ
ものであり、その限りにおいて、むしろ反体制的な機能を営むところに本来の意義
が認められるものであると同時に、言論表現の自由を制度化した側面をも有するも
のである。従つて、リコール署名運動の段階でこれに対する体制側の干渉を容易に
許すことは制度の実効性を失わせ、その存在意義を抹殺するとともに、言論表現の
自由をもおかすことになり、許されないところであるが、被控訴人の場合はとくに
その体質からいつて到底許されない。すなわち、被控訴人は職種別単一労働組合で
あるが、組合員の大多数は海上に分散して、航行する船舶に乗組み勤務する労働者
であるところから、相互の連絡が著しく困難であり、多数が一堂に会する機会に全
く恵まれず、組合員の意思を組合機関に十分に反映させることは非常に困難であ
り、しかも折角代議員に選出された船舶乗組員の組合員の大部分は組合機関の会議
に出席できない状態である。さらに、組合費は会社により源泉徴収され、被控訴人
と各船主団体とはユニオンシヨツプ協定を結んでいる上、組合執行部ことに組合長
の権限は他に例をみないほど強大であり、中央集権制による組合執行部の組合員に
対する統制の威力は絶大なものがある。右のような諸事情は一部勢力による役員の
独占、役員の官僚化を招き、組合員の操縦支配を容易にし、役員の専断によつて代
表民主制を有名無実化する危険が大きい。被控訴人の役員リコール制は右のような
被控訴人の体質を前提として昭和二六年の規約改正により特に設けられたものであ
るから、これを有名無実化するような解釈運用は許されない。
 従つて、組合統制の必要だけで裁定勧告によりリコール署名運動を禁止すること
は許されないし、仮に許されるとしても、役員に対するいわれのない中傷など明白
な濫用が認められる場合に限らるべきであるが、仮にそうでないとしても、本件の
場合、裁定勧告は明らかに不合理で容認し難い場合に該当するから、これに従わな
くても、規約違反にはならない(規約第一一七条A項の「決められた任務」という
のは機関決定というよりも憲法、労働法、とくに規約所定の任務、たとえば、労働
諸条件を改善し、労働者の権利を守るために戦い、海で働く者すべてに健康で文化
的な生活をもたらすこと(規約四条)等を指すものであり、被控訴人を労働組合と
しての本質から遊離させ、機関決定の名のもとにこれを私物化し、組合幹部として
ありうべからざる行動をとることは「決められた任務」を行わないことに該当する
から、本件リコール請求の理由は右規定の要件をみたしている)。仮に裁定勧告が
正当であつたとしても、リコール運動とはリコール署名運動にほかならず、控訴人
は昭和四一年六月一六日以降署名運動を中止しており、控訴人が同年九月一〇日署
名簿を統制委員会に提出したのはリコール運動収束の方法としてしたに過ぎないか
ら、控訴人は裁定勧告に違反していない。仮に違反したとしても、見解が裁定勧告
らしい明確な表現形式を備えていなかつたので、控訴人はこれが裁定勧告に当るも
のとは考えておらず、控訴人がこれに従わなかつたからといつて悪質な規約違反行
為にはならないから、規約第一二〇条A項一号および四号に該当しないし、仮に該
当するとしても、一年間の全権利停止処分は苛酷に過ぎ、統制権の正当な行使とは
いえない」
 被控訴代理人は次のように述べた。
「被控訴人の執行部や組合長の権限は他の組合ととくに異なるところはないし、組
合費の源泉徴収、ユニオンシヨツプ制等は他の組合にも見られるところであるか
ら、被控訴人がとくに他の組合と異なる体質をもつているということはなく、むし
ろその規約は組合機関の構成その他について十分民主主義的考慮を払つており、リ
コール制が設けられたのはこれがとくに被控訴人の体質上必要であるためではな
い。
 なお、リコール制は濫用されて組合内部の対立抗争を激化させる虞があるから、
その規定の解釈運用はとくに慎重にされなくてはならないし、リコール運動とは単
に署名運動のみにとどまらず、その成果である署名簿の提出に基くリコール請求に
より所期の目的を遂行しようとするところに意味があるのであるから、控訴人が新
たな署名募集を中止したとしても、依然として署名簿を保管してリコール運動を継
続し、ついに昭和四一年九月一〇日所期の目的を達成するため署名簿を統制委員会
に提出し、規約に従いこれを処理するよう要求したのであるから、これが裁定勧告
に違反していることは明白である」
 証拠(省略)
       理   由
 原判決事実および理由欄第二の一、二、三の各事実ならびに被控訴人の規約に原
判決添付の規約抜すい記載の規定があることは当事者間に争いがない。
 よつて、まず控訴人が中央執行委員会の勧告および裁定に従わなかつた旨の被控
訴人の主張について判断する。
 役員リコール制は代表民主制に対する直接民主制による修正の要請から考案され
たものであり、全国的規模をもつ労働組合である関係からその役員の選挙は組合員
により選出された代議員(全国委員)の投票により行われる(規約第三六条、第四
三、四四条)被控訴人の組合機構においては、被控訴人の主権者である一般組合員
が直接役員に対する批判を表明しうる唯一の機会を保障するものであるから、リコ
ール制が設けられている以上、リコール請求は、それが公正なものである限り、で
きるだけ広く認めて、組合員の役員に対する自由な批判を許すべきである。換言す
れば、リコール制は多数者を代表する役員に対する少数者の批判たる性質を持ち組
合内部における対立抗争の契機を包蔵するものであるから、リコール請求が頻発す
るのは好ましいことではなく、これを行うに当つては少数者の慎重かつ自制的な考
慮を経ることが望ましいが、このような自制を逆に組合機関、役員の側から組合員
に要求することはこの制度の趣旨性質と相容れず、組合統制に目を奪われてリコー
ル請求を抑圧、拒否することは、この制度を実質的に空虚なものとするおそれがあ
る。
 ところで、規約第一一七条A項は、役員のリコールを行うには、すべて、その役
員が決められた任務を行わず、役員として不適格であることについて明らかな根拠
が示されなければならない旨を規定しているけれども、リコール請求は、直ちにリ
コールを成立させるのではなく、リコールの可否を組合員の一般投票にかける効果
を発生させるだけであり、リコールの成否は被控訴人の主権者である組合員の一般
投票により決せられること、役員リコール請求は体制側に対する批判であるから、
リコール請求がその要件をみたしているか否かを体制側の判断にかからせることは
極力避けなければ、その実効は期せられないこと等から考えれば、右規定はリコー
ル請求の実質的要件を定めたものではなく、その形式的要件を定めたものであり、
リコール対象者の弁明の対象を明らかにするとともに、一般投票に際しての組合員
の判断によりどころを与えるため、換言すれば、組合員の判断の対象たるべき請求
者の主張を明らかにするために設けられたものに過ぎないものと解すべきであるか
ら、不信任理由書に、リコール対象者が決められた任務を行わなかつたり、その他
役員として不適格である理由として請求者が主張している事由が明らかにされてい
れば、右要件はみたされたものとみるべく、それが真実であるか否かは問うところ
ではないと解すべきである(このことは右明らかな根拠が示されていない場合の処
置について何の規定もないことからも明らかであり、リコール請求である以上、右
明らかな根拠が示されないことは予想していなかつたものと認められる)。
 以上のように解すれば、本件リコール請求は、リコール対象者二名が役員として
指導的役割を果した事項が著しく不当であつたというのであるから、両名が役員と
しての任務を行わなかつたことの明らかな根拠、すなわち将来組合員の判断対象と
なるべき請求者の主張を示したものと認めるに足るというべきであり(リコール手
続に関する限り、機関決定を経たものであつても、これに参与し、指導的な役割を
果した者は、該決定が著しく不当であり、役員として決められた任務を行わなかつ
たものと組合員から評価、判断されることを免れ得るものではないしこの判断にあ
たつては組合員に慎重かつ自制的な考慮を必要とすることはさきに述べたとおりで
あるにしても)前記リコール請求の要件をみたしていることは明らかであるから、
本件リコール請求がその要件を欠くものと認め、その中止を勧告した裁定勧告は不
合理で容認し難いものであり、無効というべく、控訴人がこれに従わなかつたとし
ても統制処分の理由たり得ないものと解すべきであるから、被控訴人のこの処分事
由に関する主張は失当であり、採用することができない(なお、統制委員会が不適
格事由の表明が不十分であると判断した場合には、直ちにこれを却下または不受理
の処分をすることなく、請求者をして不明確な点を釈明補完させることが当然の事
理というべきである)。
 次に、控訴人が昭和四一年八月一三日a組合長との間に成立した約定を守らなか
つた旨の被控訴人の主張について判断する。
 成立に争いのない甲第八号証(乙第三号証)、第一八号証、乙第二号証、原審証
人b、当審証人cの各証言によれば、次の事実を認めることができ、乙第二号証お
よび原審証人dの証言中右認定に反する部分は採用し難く、他に被控訴人主張の事
実を認めて右認定をくつがえすに足る証拠はない。
 控訴人から組合長との交渉を委任されていたb、cらは昭和四一年八月一三日組
合長と会談し、リコール署名運動を確定的にやめ、その旨の声明をすること(署名
簿を提出するか否かは署名した組合員の意向にかかることであり、cらが、自分ら
の分以外の署名簿を提出しないことを約束する権限のないことは明らかであり、ま
た同日の会談において控訴人やcらの手許にある署名簿の処置につき、組合長は公
的資格において預かることを、cらは私的立場の組合長に預けることを共に拒否
し、遂に意見の合致を見なかつたことからみても、同人らが請求の撤回または署名
簿の不提出を約束したとは到底考えられない)、リコール運動の責任者の氏名を文
書で明らかにすることを約したが、控訴人やcらは署名運動を中止したまま同日以
降これを再開していない。
 なお、これよりさき同年七月二一日行われた、cらと組合長との第二回会談の
際、組合長は同人らに対し、リコール署名に表わされた組合に対する不信の存在を
認め、組合員の意思を尊重し、今後の組合活動に生かして行くことを表明した。
 ところが、控訴人は同年八月二〇日組合長に対し書面で前記のような回答をして
リコール運動の責任者の氏名を明らかにし、かつ、組合員に対し前記のような声明
を発表してリコール署名運動を中止する旨を明らかにしたのであるから、右組合長
との約束は果されたものというべく、右認定の事実によれば右声明書に書かれた組
合長の表明は虚構の事実ではなく、事実であつたことが認められるから、被控訴人
のこの処分事由に関する主張も理由がない。なお、控訴人が昭和四一年九月一〇日
統制委員会に署名簿を提出した事実は当事者間に争いがないけれども、これが組合
長との約束に含まれたものではないことは右認定に徴し明らかであり、かつリコー
ル運動の本質は、選挙運動が候補者に投票するように選挙人に働きかけることであ
るのと同様に、リコール賛成の署名を集め、リコールを成立させるように一般組合
員に働きかけることにあり、これがまた組合内部の対立抗争を激化させる虞を生じ
させる場合もあるのであるが、署名簿の提出は、選挙における立候補の届出のよう
なものであつて、それだけで右のような虞を生じさせるものではなく、ことに本件
においては、すでに中央執行委員会の見解が出されており、署名簿が受理されない
ことは明白であつたのであるから、単にリコール運動を収束する形式に過ぎず、到
底規約第一二〇条A項一号、四号に該当するような重大な統制違反行為と解するこ
とはできない。
 次に、役員中傷の処分事由に関する被控訴人の主張に対する当裁判所の判断は原
判決のそれ(事実および理由欄第五の(一)の1の(3))と同一であるから、こ
れを引用する。
 なお、被控訴人は、控訴人がリコール請求に仮託して組合ないし役員を侮辱する
文書を配布し混乱を起そうと企てたものと主張するが、かかる事実を認めるに足る
何らの証拠もない。
 以上述べてきたところによれば、その余の点について判断するまでもなく、本件
処分は処分事由のないのになされたものであり、無効と解すべきであるが、成立に
争いのない甲第四〇号証の一、二によれば、組合員としての権利停止の処分を受け
た者については、被控訴人から長年組合員であつた者に対して支給される功労給付
の受給資格について権利停止処分以前の組合員経歴期間は算入されないことが認め
られるから、本件処分の存在は控訴人の権利に影響を及ぼすものというべく、控訴
人がその無効確認を求める法律上の利益を有することは明らかであるから、控訴人
の請求は正当であり、認容すべきである。
 よつて、民事訴訟法第三八六条により原判決を取消し、控訴人の請求を認容する
こととし、訴訟費用の負担について同法第九六条、第八九条を適用し、主文のよう
に判決する。
(裁判官 近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

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