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平成21年(行ウ)第84号公共下水道負担金決定処分取消請求事件
判決
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1処分行政庁が原告X1に対して平成21年7月31日付けでした公共下水道事
業受益者負担金決定処分を取り消す。
2処分行政庁が原告X2に対して平成21年7月31日付けでした公共下水道事
業受益者負担金決定処分を取り消す。
3処分行政庁が原告X3に対して平成21年7月31日付けでした公共下水道事
業受益者負担金決定処分を取り消す。
4処分行政庁が原告X4に対して平成21年7月31日付けでした公共下水道事
業受益者負担金決定処分を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,処分行政庁から公共下水道事業受益者負担金決定処分を受けた原告ら
が,その根拠となる条例(後記本件条例)は憲法14条1項,都市計画法75条1項
に違反して無効であり,この条例に基づいてされた上記各負担金決定処分(後記本件
各処分)は違法であるとして,その取消しを求める事案である。
2関係法令の定め
(1)都市計画法
第75条国,都道府県又は市町村は,都市計画事業によって著しく利益を受ける
者があるときは,その利益を受ける限度において,当該事業に要する費用の一
部を当該利益を受ける者に負担させることができる。
第2項前項の場合において,その負担金の徴収を受ける者の範囲及び徴収方法
については,国が負担させるものにあっては政令で,都道府県又は市町村が負
担させるものにあっては当該都道府県又は市町村の条例で定める。
(第3項ないし第7項は,省略)
(2)稲沢中島都市計画稲沢下水道事業受益者負担に関する条例(平成9年稲沢市条
例第40号,以下「本件条例」という。)及び平和町公共下水道事業受益者負担に関
する条例(平成10年平和町条例第6号,以下「旧平和町条例」という。)のうち,
本件に関連する部分は,別紙のとおりである。
3前提事実(以下の事実は,当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠から容易
に認定できる事実である。)
(1)被告は,平成17年4月1日に,祖父江町及び平和町を合併した(以下この合
併を「本件合併」といい,本件合併前の各地方公共団体を「旧稲沢市」,「旧平和
町」及び「旧祖父江町」という。)。
(2)原告らは,旧平和町の住民であり,それぞれ稲沢市平和町A地区に宅地を所有
し,居住している。なお,原告らの所有する宅地の面積は,次のとおりである。
原告X1728.96㎡
原告X2286.07㎡
原告X3529.08㎡
原告X4518.34㎡
(3)旧平和町は,下水道事業を最重要施策と位置づけ,下水道事業を推進してきた。
そして,次の表のとおり,平成3年6月から平成12年4月までに,①から⑥までの
地区においては農業集落家庭排水処理施設事業の,⑦の地区においてはコミュニテ
ィ・プラント事業の供用が開始され,受益者分担金及び新規加入分担金が定められた。
なお,受益者分担金及び新規加入分担金は,1戸当たりの金額である。また,①か
ら⑥の地区の受益者分担金の総額は,建設事業費の10%又は20%と設定され,⑦
の地区の受益者分担金の総額は,建設事業費の約20%と設定された。
地区名供用開始日受益者分担金新規加入分担金
①城西・嫁振H3.6.122万8510円
②東城・前浪(東城)H5.7.129万円40万円
③東城・前浪(前浪)H5.7.136万0020円40万円
④六輪南部H7.7.129万6740円40万円
⑤丸渕H8.4.150万2600円50万2600円
⑥三宅H9.7.150万2600円50万2600円
⑦平六H12.4.141万0500円
(4)旧平和町の日光川上流流域下水道関連公共下水道事業については,平成8年度
に着手され,そのころ以降,旧平和町議会などにおいて,第1期区域(第1負担区)
の受益者負担金の額が協議され,平成10年3月,旧平和町条例が成立し(なお,平
成10年3月当時の旧平和町条例の5条1項に定める別表は,別紙記載の別表の第2
負担区の記載がないものと同じ内容である。),第1負担区の受益者負担金の額が定
められた。なお,基本額23万円が設定されたのは,先行事業である農業集落家庭排
水処理施設事業における城西・嫁振地区の受益者分担金が1戸当たり22万8510
円であることが考慮された結果であった。
また,平成12年ころから,旧平和町議会などにおいて,第2期区域(第2負担
区)における受益者負担金の額が協議され,平成13年3月の旧平和町議会において,
旧平和町条例の一部改正する条例が成立し,旧平和町条例5条1項に定める別表が,
別紙の旧平和町条例記載の別表と同じ内容に改められた。
他方,旧稲沢市及び旧祖父江町における公共下水道事業における受益者負担金は,
各受益者が所有し又は地上権等を有する土地の地積に1㎡当たりの負担金額(250
円から500円)を乗じた額であった(乙17,19)。
(5)旧平和町第1負担区及び同第2負担区に関しては,平成10年以降,平成17
年4月1日までの間に,合計930画地について受益者負担金の賦課決定がされた。
また,本件合併前までに,旧平和町の全戸数の約75%において,農業集落家庭排水
処理施設事業,コミュニティ・プラント事業,公共下水道事業又は分譲住宅用地開発
事業のいずれかによる下水道が整備された。
(6)平成16年3月13日,旧稲沢市,旧祖父江町及び旧平和町の合併協議会にお
いて,本件合併後の下水道事業の取扱いについて,「公共下水道の受益者負担金の額
については,現行のとおりとする。なお,合併後の新規負担金の額の決定については,
新市において調整する。」との内容の案が異議なく承認された。
(7)上記(6)の承認を踏まえて,平成17年4月1日,本件条例が一部改正され,
さらに,その後の一部改正を経て,別紙の本件条例の条項のとおり受益者負担金の額
が定められた。
その結果,旧平和町地域以外の地域における公共下水道事業の受益者負担金の額は,
各受益者が所有し又は地上権等を有する土地の地積に1㎡当たりの負担金額(250
円から630円)を乗じた額であるのに対し,旧平和町地域内の負担区については,
1画地ごとに,1㎡当たりの負担金額(470円)に地積を乗じた額に23万円を加
えた額とされた(ただし,上限は,原則として50万2600円とされた。)。
(8)旧稲沢市の都市計画税の税率は0.3%であり,旧祖父江町の都市計画税の税
率は0.2%であったが,旧平和町では,都市計画税を賦課していなかった。したが
って,旧稲沢市及び旧祖父江町では,公共下水道事業に都市計画税の一部が充当され
ていたが,旧平和町においては,公共下水道事業に都市計画税が充当されていなかっ
た。なお,平成14年度における旧稲沢市の都市計画税調定額は7億1799万60
00円,旧祖父江町の都市計画税調定額は6276万円であった。
(9)本件合併後の被告における都市計画税の税率は,平成17年度は旧稲沢市地区
は0.3%,旧祖父江町地区は0.2%,旧平和町地区は0.1%とされ,平成18
年度は旧稲沢市地区は0.3%,旧祖父江町地区は0.2%,旧平和町地区は0.
2%とされ,平成19年度からは,全市0.3%とされた。
(10)処分行政庁は,平成21年7月31日,平和第2負担区の土地所有者である
原告らに対し,本件条例4条に基づき,公共下水道事業受益者負担金の賦課決定処分
(以下「本件各処分」という。)をした。その金額は,次のとおりである。
ア原告X150万2600円
イ原告X236万4400円
ウ原告X347万8600円
エ原告X447万3600円
4争点及び当事者の主張
本件の争点は,本件条例4条が都市計画法75条1項又は憲法14条1項に違反す
るか否かであり,これに関する当事者の主張は,次のとおりである。
(原告らの主張)
(1)本件条例は,都市計画法75条を受けて制定されたものであるところ,同条1
項は,「都市計画事業によって著しく利益を受ける者があるとき」には,その費用の
一部を当該利益を受ける者に負担させることができるとしている。
この「著しく利益を受ける」か否かは,負担金納付義務を賦課するか否かの判断基
準となるばかりではなく,負担金の額に差異を設ける場合に関する基準でもある。本
件についていえば,一定地域の土地所有者に対する負担金額を他の地区の土地所有者
よりも高額なものとする場合にも,当該地域の土地所有者が他の公共下水道事業の受
益者と比較して,「著しく利益を受ける」ことが要件となると解すべきである。
しかるに,本件においては,旧平和町地域内と,旧稲沢市及び旧祖父江町地域内と
で,公共下水道事業による受益の程度に差は全くない。そもそも,本件条例4条2項
は,旧平和町条例をそのまま踏襲したものにすぎず,受益の程度における差を根拠と
して規定されたものではない。
よって,本件条例4条の規定は,都市計画法75条1項に違反する。
(2)また,本件条例4条の定めは,合理的な理由なく,旧平和町地域内の土地所有
者に多額の受益者負担金を課している。したがって,本件条例4条は,都市計画法の
みならず,憲法14条にも違反する。
(3)被告の主張は,次の点に照らして失当である。
ア被告は,旧平和町内における均衡を図ることが必要であると主張するが,旧平
和町において下水道普及率が高くとも,公共下水道が整備されていなかった原告らは,
既存の下水道設備から個人的な利益を得ておらず,被告の主張は根拠がない。
イ被告は,旧平和町が本件合併前に都市計画税を賦課していなかったことをその
主張の根拠の一つとしているが,現在,被告は旧平和町の住民に対しても他の地域の
住民と同等の都市計画税を賦課しているので,原告らは,都市計画税の負担において
「著しい利益を受けている」といることにならず,被告の主張は根拠がない。
ウ本件合併は地方分権一括法を受けてされたものであるところ,同法により追加
された地方自治法1条の2第1項の規定に照らせば,合併の本来の目的は,合併によ
り自治体の財政力を高め,住民サービスの向上を目指すところにあり,合併後に高額
な受益者負担金の制度を残し,同一地方公共団体の住民の間で不平等状態を作り出す
ことは,同条項に違反する。
(4)このような違憲,違法な本件条例4条に基づいてされた本件各処分は,違法で
ある。
(被告の主張)
(1)旧平和町においては,各下水道事業の利用者の負担の公平という観点から,農
業集落家庭排水処理施設事業に係る受益者分担金の額と公共下水道事業に係る受益者
負担金の額との均衡を図るべきとして,旧平和町第1負担区及び同第2負担区の受益
者負担金の額を定めた。
本件合併を契機として,旧平和町地区内の公共下水道事業における負担区について,
従来の取扱いを変更して旧稲沢市地区内の負担区と同等の受益者負担金の額を定めた
とすれば,本件合併の前後で,公共下水道事業の利用状況が同一であるはずの同一負
担区内の住民間において,受益者負担金を賦課された時期によって,その額に差が生
じることになる。また,旧平和町地域内の公共下水道事業に係る従前の受益者負担金
の額の変更は,旧平和町地域内の農業集落家庭排水処理施設事業に係る受益者分担金
の額との不均衡も生ずることになる。
したがって,原告らの主張するとおり受益者負担金の額を定めたとするならば,旧
平和町地域内における下水道の利用者の受益者負担金の公平・均衡は,一挙に失われ
ることになる。
(2)旧稲沢市及び旧祖父江町の住民は,受益者負担金の支払に加え,都市計画税を
納付することにより,公共下水道事業に要する費用を負担してきた。したがって,本
件合併を契機として,旧平和町地域内の公共下水道事業に係る受益者負担金の額を旧
稲沢市地域内の受益者負担金の額と同等にするならば,本件合併前から都市計画税を
負担していた旧稲沢市及び旧祖父江町地域内の住民と,これを負担していなかった旧
平和町地域内の住民との間の,従前の都市計画税の負担の不均衡も過去にさかのぼっ
て是正されなければならないことになる。
しかし,過去にさかのぼって受益者負担金や都市計画税の負担の均衡を完全に図る
ような是正措置は,納付された都市計画税の全額が公共下水道工事事業に要する費用
に充てられたわけではないことも踏まえれば,技術的に著しく困難であり,かえって
不合理,不平等な結果を生じかねない。
(3)本件合併後の被告における公共下水道事業受益者負担金の額及び算定方法につ
いては,旧稲沢市,旧祖父江町及び旧平和町における受益者負担金の賦課の状況,都
市計画税の賦課の状況,公共下水道事業以外の下水道事業における受益者負担金の賦
課の状況,下水道事業の整備状況など一切の事情を考慮して,政策的判断によって定
められなければならないから,被告の広範な裁量にゆだねられているというべきであ
る。
したがって,本件合併後の被告(稲沢市)内の均衡よりも,旧平和町の下水道事業
の整備に関する従前からの経過や旧平和町内の住民の均衡を図ることを重視した本件
条例4条の定めは,旧平和町地域内の平和第1負担区及び平和第2負担区の受益者負
担金の額と,旧稲沢市地域内の負担区の受益者負担金の額との間で差異が生じている
としても,その差異は合理的なものであり,憲法14条1項に違反しない。
第3当裁判所の判断
1都市計画法75条1項違反をいう原告らの主張について
原告らは,都市計画法75条1項の「著しく利益を受ける」か否かは,負担金納付
義務を賦課するか否かの判断基準となるばかりではなく,負担金の額に差異を設ける
場合に関する基準でもあるとし,一定地域の土地所有者に対する負担金額を他の地区
の土地所有者よりも高額なものとする場合には,当該地域の土地所有者が他の公共下
水道事業の受益者と比較して「著しく利益を受ける」ことが要件となると解すべきで
ある旨主張する。
しかしながら,都市計画法75条1項は,「国,都道府県又は市町村は,都市計画
事業によって著しく利益を受ける者があるときは,その利益を受ける限度において,
当該事業に要する費用の一部を当該利益を受ける者に負担させることができる。」と
規定しているのである。その規定の文言によれば,都市計画事業によって著しく利益
を受けることは,受益者負担金を賦課するための要件となるものであり,また,受益
者負担金の額は,受益の限度内でなければならないものであるが,その限度内におい
て受益者間で負担金の額に差異を設けるか否かについては,同項の直接規律するとこ
ろでないことは明らかである。もとより,合理的な理由がないのに受益者負担金の額
に差異を設けることは,憲法14条1項に違反するものとして許されないが,それは
あくまで憲法の保障する法の下の平等の問題としてとらえれば足りるのであり,都市
計画法75条1項につき,その文理を離れた解釈をしなければならない必要性は認め
られない。原告らの主張は,独自の見解であって,採用することができない。
そこで,以下では,本件条例が憲法14条1項に違反するか否かについて,判断す
る。
2合併の際の公共下水道事業の受益者負担金の定め方について
公共下水道は,主に市街地における下水を排除し,又は処理するために地方公共団
体が管理する下水道で,終末処理場を有するもの又は流域下水道に接続するものであ
り,かつ,汚水を排除すべき排水施設の相当部分が暗渠である構造のものである(下
水道法2条3号)から,それを管理する地方公共団体は,公共下水道の供用開始をす
るまでに,少なくとも,汚水を排除すべき排水施設を布設し,また,終末処理場を設
置することなどが求められている。そして,排水施設は,事業計画で予定する処理区
域全体に行き渡るように,幹線及び枝線を系統的に整備する必要があり,また,終末
処理場を整備する場合には,処理区域全体の下水が処理できる程度の規模の施設を作
る必要がある。さらに,これらの施設に加え,必要に応じポンプ施設などを設置する
ことになる。したがって,公共下水道事業を行おうとする場合,供用開始するまでに
相当規模の設備を整備する必要があり,これには巨額の費用がかかることは明らかで
ある。都市計画法75条1項は,都市計画事業によって著しく利益を受ける者に,そ
の利益を受ける限度において,当該事業に要する費用の一部を負担させることができ
るとしているところ,公共下水道事業における受益者負担金は,公共下水道事業がそ
の処理区域の下水道の利用者に特に便益を与えるものであることにかんがみ,このよ
うな費用の一部を公共下水道の受益者に分担してもらう趣旨のものであると認められ
る。そして,都道府県又は市町村が負担させる受益者負担金は,「利益を受ける限度
で」(同条項)当該都道府県又は市町村の条例で定める(同条2項)とされているか
ら,当該地方公共団体は,同条1項の趣旨を踏まえ,合理的な裁量をもって公共下水
道事業の受益者負担金の徴収方法を定めることができるというべきである。
ところで,公共下水道事業は,市町村が行うもの(下水道法3条1項)ではあるが,
当該市町村が,その市町村内を一括して一つのシステムとして公共下水道事業を行う
ことまでは要請されておらず,必要に応じ複数の公共下水道事業を行うことは許容さ
れていると解されるところ,公共下水道事業ごとにその事業規模や投下した費用が異
なる場合,当該事業に要する費用が異なることになるから,異なる公共下水道事業の
受益者の間で受益者負担金の額(算定方法)が異なることになったとしても,その差
が不合理でない限り許されるというべきである。このことは,一つの市町村が当初か
ら複数の公共下水道事業を行っている場合と,市町村が合併した結果,合併後の地方
公共団体で複数の公共下水道事業を行うようになった場合とで異なることはない。
もとより,それぞれ独自に公共下水道事業を行っていた市町村が合併した場合,平
等原則を重視し,合併後の地方公共団体内の統一化,均一化を図るために,合併前の
市町村ごとに異なっていた公共下水道事業の受益者負担金の算定方法を,合併後の地
方公共団体において統一することが許されないわけではない。他方,合併前の市町村
は,それぞれ独自に公共下水道事業を行っていたのだから,当該公共下水道事業の規
模やそのために投下した費用の総額,さらには,そのための財源も当然に異なり,し
たがって,受益者負担金の算定方法も異なることは当然である。都市計画法75条1
項は,「都市計画事業によって著しく利益を受ける者があるときは,その利益を受け
る限度において,当該事業に要する費用の一部を当該利益を受ける者に負担させるこ
とができる」と規定しているが,その前提として,同一の都市計画事業により利益を
受ける者は,利益を受ける内容に応じて平等に負担すべきことを内容としているもの
と解される。合併前の市町村が,それぞれ独自に公共下水道事業を行っており,その
後これらの市町村が合併した場合,前記の受益者負担金の趣旨に照らせば,合併前の
各市町村が行っていた公共下水道事業ごとに受益者負担金を算定することは,上記都
市計画法75条1項の趣旨に合致するものと解される。
合併前の市町村における公共下水道事業の受益者負担金の算定方法が異なる場合,
合併後の地方公共団体が公共下水道事業の受益者負担金の算定方法をどのように定め
るべきであるかという点に関する法律の規定はなく,これまでに判示したとおり,合
併後の地方公共団体が,公共下水道事業の受益者負担金の算定方法を統一するという
取扱いも,また,従前の算定方法を維持するという取扱いも,いずれも相応の根拠が
あると認められるから,この点に関しては,当該地方公共団体が,合併前の各市町村
が行っていた公共下水道事業の規模,それまでにかかった費用,その財源及び合併前
の各市町村が受益者負担金の算定方法を採用した理由などの諸事情を総合して,合理
的な裁量により決することができるものと解される。
したがって,従前,それぞれ公共下水道事業を行っていた市町村が合併し,合併後
の地方公共団体が公共下水道事業の受益者負担金の算定方法を定めるに当たり,合併
前の公共下水道事業ごとの異なる受益者負担金の算定方法を維持することとした結果,
合併後の地方公共団体の住民間において,公共下水道事業の受益者負担金の算定方法
において差異が生じたとしても,当該地方公共団体がその裁量権の範囲を逸脱し又は
これを濫用して受益者負担金の算定方法を定めたと認められない限りは,その定めは
憲法14条1項に違反することにはならないというべきである。
3本件の検討
以上の見地に立って,本件条例4条の規定が,被告の裁量権の範囲を逸脱し又はこ
れを濫用したものであるか否かについて検討する。
(1)前提事実及び後掲の証拠によれば,次の事実が認められる。
ア旧平和町は,平成8年ころから日光川上流流域下水道浄化センターを建設し,
排水施設の布設工事を順次行い,公共下水道事業計画を実施してきた。平成12年度
に改定された平和町公共下水道計画基本計画によれば,汚水整備計画の下水道計画区
域は265.3ha,下水道計画人口は7530人,雨水整備計画の整備計画面積は2
49haであった。
他方,旧稲沢市の平成12年度に改定された稲沢市公共下水道計画基本計画によれ
ば,汚水整備計画の下水道計画区域は2214ha,下水道計画人口は10万1990
人,雨水整備計画の整備計画面積は2663haであり,旧祖父江町の平成12年度に
改定された祖父江町公共下水道計画基本計画によれば,汚水整備計画の下水道計画区
域は610.6ha,下水道計画人口は2万0078人,雨水整備計画の整備計画面積
は791.8haであった(以上につき,乙1,16の2,乙31,弁論の全趣旨)。
イ本件合併前までに,旧平和町の全戸数の約75%において,農業集落家庭排水
処理施設事業,コミュニティ・プラント事業,公共下水道事業又は分譲住宅用地開発
事業のいずれかによる下水道が整備された。なお,愛知県が平成16年3月に作成し
た「全県域汚水適正処理構想」に関する資料によれば,平成14年度末における,旧
平和町の汚水処理施設の人口普及率は,75%から90%であったが,旧稲沢市及び
旧祖父江町のそれは,いずれも50%未満であった(乙13)。
ウ旧稲沢市は0.3%の,旧祖父江町は0.2%の都市計画税をそれぞれ賦課し
ていたが,旧平和町は,都市計画税を賦課していなかった。平成14年度における旧
稲沢市の都市計画税調定額は7億1799万6000円,旧祖父江町の都市計画税調
定額は6276万円であったところ,このうちのいくらかは,各地方公共団体の下水
道事業の費用に当たられたことになるが,都市計画税を賦課していなかった旧平和町
においては,他の地方公共団体において都市計画税により賄われていた公共下水道事
業の費用を他の財源により賄うことが必要であった。
エ旧平和町における公共下水道事業の受益者負担金の算定方法は,この事業に先
行して行われていた下水道事業である農業集落家庭排水処理施設事業における受益者
分担金の額を参考にし,これらの事業における受益者分担金の額とできるだけ均衡が
図られるように定められた(乙2,4,6)。
オ旧稲沢市及び旧祖父江町における公共下水道事業における受益者負担金は,各
受益者が所有し又は地上権等を有する土地の地積に1㎡当たりの負担金額(250円
から500円)を乗じた額であったが,旧平和町における公共下水道事業における受
益者負担金は,1画地ごとに,1㎡当たりの負担金額(470円)に地積を乗じた額
に基本額23万円を加えた額とされた(ただし,上限は,原則として50万2600
円である。)。
カ平成16年3月13日,旧稲沢市,旧祖父江町及び旧平和町の合併協議会にお
いて,本件合併後の下水道事業の取扱いについて「公共下水道の受益者負担金の額に
ついては,現行のとおりとする。なお,合併後の新規負担金の額の決定については,
新市において調整する。」との内容の案が異議なく承認され,これを踏まえて,平成
17年4月1日,本件条例が一部改正され(平成17年稲沢市条例第94号),さら
に,その後の一部改正を経て,別紙の本件条例の条項のとおり受益者負担金の額が定
められた。
(2)上記(1)で認定した事情によれば,旧稲沢市,旧祖父江町及び旧平和町におけ
る公共下水道事業の事業規模自体が異なり,その上,旧平和町と,旧稲沢市及び旧祖
父江町における下水道事業の合併前における進捗状況を比べると,旧平和町が進んで
おり,また,地方公共団体ごとの公共下水道事業に投下した費用の総額は分からない
ものの,旧稲沢市及び旧祖父江町における公共下水道事業には,都市計画税のうちの
相当額が使われたものと推認できるが,旧平和町においては,都市計画税は使われて
おらず,その代わりに受益者負担金が充てられたものと推認できる。そうすると,旧
平和町と,旧稲沢市及び旧祖父江町における公共下水道事業を比べると,その費用に
占める受益者負担金の割合は旧平和町が高いと認められ,したがって,本件合併に際
して受益者負担金の算定方法を統一化すると,それまで高い割合の受益者負担金を負
担していた旧平和町の既存の利用者を実質的に不平等に取り扱うことになりかねず,
このことをも考慮すれば,被告が本件条例において公共下水道事業の受益者負担金に
つき,本件合併前の算定方法を維持することとしたことは,その合理的な裁量の範囲
内のことであって,本件条例4条の規定が被告の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫
用したものであるとは認められない。
(3)アこれに対し,原告らは,旧平和町において下水道普及率が高くとも,公共下
水道が整備されていなかった原告らは,既存の下水道設備から個人的な利益を得てい
ない旨主張する。
しかしながら,前記2で述べたとおり,公共下水道事業は供用開始するまでに多額
の設備投資が必要なものであり,公共下水道事業における受益者負担金は,そのため
の費用の一部を賄うものである。したがって,公共下水道の整備の遅れた地域の住民
であっても,その地域に公共下水道を布設しこれを使用するためには,既存の施設
(終末処理場や排水施設等)を利用することが不可欠であり,その利用状況は,公共
下水道の整備の先行している地域の住民と遅れた地域の住民とで異なることはないか
ら,公共下水道の整備の遅れた地域の住民であっても,整備の先行している地域の住
民と同等の受益者負担金を負担しても,不合理といえないことは明らかである。
よって,原告らの上記主張は,採用できない。
イまた,原告らは,旧平和町が合併前に都市計画税を賦課していなかったとして
も,現在,被告は旧平和町の住民に対しても他の地域の住民と同等の都市計画税を賦
課しているのであるから,原告らが都市計画税の負担において「著しい利益を受けて
いる」という事情にはないと主張する。
上記(1)ウで述べたとおり,旧稲沢市及び旧祖父江町においては,公共下水道事業
の整備費用として都市計画税の一部が充てられていたが,旧平和町においては,都市
計画税が賦課されていなかったのである。そして,公共下水道事業は供用開始するま
でに多額の設備投資が必要なことはこれまでに判示したとおりであり,そのための費
用の一部に充てるために公共下水道事業の受益者負担金があるのである。したがって,
受益者負担金の算定方法を定めるに当たって,これまでにどのような負担をしてきた
のかという点は重視されるべき事柄である。旧平和町の住民は,公共下水道事業を開
始した平成8年から合併をした平成17年までの9年間にわたり都市計画税を負担せ
ず,その代わりに,旧平和町の住民のうち公共下水道事業の利用者は受益者負担金を
負担してきたのであり,加えて,本件各処分がされた時点で見ると,都市計画税を負
担するようになった期間に比べ,それを負担していなかった期間の方が明らかに長い
のであるから,平成17年以降都市計画税を負担するようになったこと(なお,本件
合併後の旧平和町地区の都市計画税の税率につき,緩和措置が採られたことは,前記
前提事実(9)記載のとおりである。)をもって,現時点において,合併前と同様の算
定方法による受益者負担金を負担することが不当であるとすることはできない。
よって,原告らの上記主張は,採用できない。
ウさらに,原告らは,合併の本来の目的は,合併により自治体の財政力を高め,
住民サービスの向上を目指すところにあり,合併後に高額な受益者負担金の制度を残
す本件条例は,地方自治法1条の2第1項に違反すると主張する。
しかしながら,地方自治法1条の2第1項は,「地方公共団体は,住民の福祉の増
進を図ることを基本として,地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を
広く担うものとする。」というものであり,地方分権推進の一連の流れの中で,地方
分権後の地方公共団体の果たすべき役割の理念ないし指針を示したものと理解するの
が相当であり,地方公共団体の行う個々の施策についての具体的義務を規定したもの
と理解することはできないから,同条項の理念を原告らが主張する内容であると理解
できるとしても,そのことから直ちに本件条例が同条項に違反することにはならない。
よって,原告らの上記主張は,採用できない。
4結論
以上によれば,本件条例4条は,都市計画法75条1項及び憲法14条1項に違反
しているとは認められないので,本件条例4条に基づいてされた本件各処分は適法で
あると認められる。
よって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官増田稔
裁判官鳥居俊一
裁判官杉浦一輝
(別紙)
関係法令の定め
1稲沢中島都市計画稲沢下水道事業受益者負担に関する条例(平成9年稲沢市条
例第40号)
第4条平和第1負担区及び平和第2負担区以外の負担区において受益者が負担する
負担金の額は,次の表の左欄に掲げる負担区の区分に応じ,同表の右欄に掲げる
金額に,当該受益者が次条第1項の公告の日現在において所有し,又は地上権等
を有する土地で,同項の規定により公告された区域内のものの地積を乗じて計算
した額とする。
負担区の名称1㎡当たりの負担金額
第1負担区500円
第2負担区250円
第3負担区500円
第4負担区500円
第5負担区500円
第6負担区500円
第7負担区500円
第8負担区600円
第9負担区600円
祖父江第1負担区450円
祖父江第2負担区630円
第2項平和第1負担区及び平和第2負担区において受益者が負担する負担金の額
は,利用状況に基づいた1画の土地(以下「1画地」という。)ごとに次の表の
左欄に掲げる負担区の区分に応じ,同表の右欄に掲げる金額に地積を乗じて計算
した額に23万円を合算した額とする。
負担区の名称1㎡当たりの負担金額
平和第1負担区470円
平和第2負担区470円
第3項前項に規定する1画地ごとの負担金の額が,50万2600円を超える場
合は,50万2600円とする。ただし,水質汚濁防止法(昭和45年法律第1
38号)第2条第2項に規定する特定施設を有する場合は,この限りでない。
第4項前3項の負担金の額に100円未満の端数があるときは,これを切り捨て
る。
2平和町公共下水道事業受益者負担に関する条例(平成10年平和町条例第6
号)
第5条受益者が負担する負担金の額は,当該受益者が次条第1項の公告の日現在
において所有し,又は地上権等を有する土地で同項の規定により公告された区
域の,利用状況に基づいた1画の土地(以下「1画地」という。)の地積ごと
に別表に定める金額を乗じて得た額に基本額を合算した額とする。
第2項前項の1画地ごとの負担金の額が,別表に定める限度額を超える場合は,
その限度額とする。ただし,水質汚濁防止法(昭和45年法律第138号)第
2条第2項に規定する特定施設を有する場合は,この限りではない。
別表(第5条関係)
負担区の名称基本額1㎡当たりの負担金額限度額
第1負担区23万円470円50万2600円
第2負担区23万円470円50万2600円

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