弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,連帯して,原告Aに対し3億4553万3440円,原告Bに対
し660万円,及びこれらに対する平成14年7月13日から各支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告A(以下「原告A」という)が,被告Cが設置するD高等学。
校(以下「D高校」という)の校舎内において意識を失い,その後被告医療。
法人E(以下「被告E」という)が開設するF病院(以下「被告病院」とい。
う)において,同病院の医師である被告G(以下「被告G」という)及び。。
被告H(以下「被告H」という)による診療を受けたが,ウイルス性脳炎に。
よる後遺障害を負ったことについて,被告医師らが原告Aのヘルペス脳炎の可
能性を認識し得たにもかかわらず,ヘルペス脳炎であるかについて確実な鑑別
のための検査をして,治療を開始しあるいは高次医療機関に転院させる義務を
怠った結果,原告Aが重篤な後遺障害を負うこととなった,また,D高校の教
職員が原告Aが意識を失ったときの状況等,診断に有益と考えられる諸情報を
病院等に正確に伝達するなどの安全配慮義務を怠ったことも,そのような事態
,(「」に至った一因であるとして原告A及び同人の母である原告B以下原告B
という)が,被告らの行為により被った損害の賠償として被告Cに対し国家。
賠償法1条1項に基づき,被告Eに対し民法715条による使用者責任又は診
療契約の債務不履行責任に基づき,被告H及び被告Gに対し不法行為責任に基
づき,それぞれ連帯して,原告Aに対し3億4553万3440円,原告Bに
対し660万円及びこれらに対する被告Eの診療行為の終了日である平成14
年7月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支
払を求めた事案である。
1前提事実(争いがないか掲記の証拠により容易に認められる事実。以下,原
則として,平成14年の出来事は月日のみで表示する)。
(1)当事者
原告Aは,平成14年7月当時,D高校3年に在学していた者である。
原告Bは,原告Aの母であり,原告Aの成年後見人である。
被告Cは,D高校を設置し管理する普通地方公共団体である。
被告Eは,福島県本宮市ab番地所在の被告病院を開設している医療法人
であり,被告病院は,精神科単科の病院である。被告H及び被告Gは,被告
病院に勤務し,原告Aを診察,治療した医師である(以下,被告E,被告H
及び被告Gをあわせて「被告Eら」という。。)
(2)経過
ア原告Aは,7月9日,D高校の授業を欠席した。この際,D高校には,
原告Aが風邪で休むとの連絡があった(弁論の全趣旨)。
原告Aは,同月10日,D高校に登校したが,同校舎内3階廊下で気を
失って倒れ,午前8時45分ころ,担架で同校保健室に運ばれた。同校か
らの連絡を受けた原告Bは,同日午前9時ころ,同校保健室に到着した。
,(。「」。),当時同校の養護教諭であったI旧姓J以下J教諭というは
原告Bに対し,原告Aが廊下で気を失っていたことを説明し,病院での受
診を勧めた。
イ7月10日のK病院での診察状況等
原告Aは,原告Bとともに,福島県本宮市cd所在の総合病院である医
療法人K(以下「K病院」という)に行き,診察を受けた。原告Aは,。
頭部CTの検査結果に異常はなく,K病院内科医師L(以下「L医師」と
いう)から点滴やボルタレン坐薬の投薬を受けるなどして,午後1時3。
0分ころ帰宅し,夕方には熱が下がった。
ウ7月11日のK病院での診察状況等
原告Aは,午前4時ころに起床し,学校へ行くなどと言って入浴した。
その後,原告Aは,原告Bによって寝かせられたが,午前7時ころ,再度
起床し,学校へ行くなどと言った。
同日,D高校は台風により休校となり,原告らは,避難勧告を受け,避
難所である小学校に避難した。原告Aは,避難所で興奮して大声を出すな
どし,原告BらによりK病院に連れて行かれ,同病院内科において,セル
シン,フェノバールの注射を受けたが,十分な効果はなかった。
エ7月11日午前の被告病院初診時の診察状況
原告Aは,午前11時ころ,L医師の紹介により,原告Bとともに,被
告病院に来院した。被告Gは,傷病名として「#1興奮状態#2発熱」
と記載されたL医師作成の紹介状(甲A1)を読んだ上,原告Bから前日
の経過を聴取するなどし,また,来院時には落ち着いてきていた原告Aに
対し,問診を行った。この際,原告Aは,意思の疎通性は良好であり,会
話も正常で,言葉の流れも内容も円滑で妥当なものであり,興奮や不穏等
の状態は認められず,ベッドに臥床したまま穏やかに話しており,幻聴や
妄想も認められなかった。そのため,被告Gは,症状の再燃時には身体科
の病院を受診するよう原告Bに話し,午前11時35分ころ,原告Aを帰
宅させ,同日付けのL医師への返信(甲A1)には「一過性の心因反応,
,。」。と思われますが髄膜炎の可能性はいかがでしょうかなどと記載した
オ被告病院入院時の経過
(ア)7月11日
その後,原告Aの症状が再燃したため,原告Bは,K病院に連絡した
が,同病院からは被告病院を受診するよう勧められた。そこで,原告A
は,午後4時ころ,原告Bとともに,被告病院の外来を受診したが,被
告Gによる診察の際「部活に行かないといけない「すぐそこで吹奏,。」
楽が聞こえる「行かないといけないのがわからないのか「何度も。」。」
同じことを言わせるな「呼んでいる声が聞こえる。行かなくては」。」。
などと大声で支離滅裂な訴えをし,大興奮状態にあった。被告Gは,原
告Aに対し,鎮静剤としてヒルナミンの筋肉注射を実施したが,原告A
は幻覚妄想状態にあったため,親権者である原告Bの同意による医療保
護入院とされた。
原告Aは,午後4時30分ころ,看護師4名に付き添われ,歩いて被
告病院に入院した。この際,原告Aは興奮が著しく「部活に行くって,
。」,ってんのが分かんねえのかなどと支離滅裂なことを大声で叫んだり
一転して「お母さん,こんな私でごめんね」と涙ぐんだりし,情動が。
不安定な状態であった。原告Aは,被告Gや看護師からの説明に対して
は「はいわかりました」と返答したが,態度は拒絶的で,不穏,興,。
奮が著しい状態が持続していた。被告病院においては,保護及び医療の
必要性から,原告Aを保護室に収容した上,四肢体幹を抑制し,精神症
状を改善する目的で抗精神病薬1日分を処方した。この時点の入院診療
計画には病名「統合失調症の疑い」との記載がある。
原告Aは,午後4時50分ころ,体温37.4度であり,勧めにより
吸い込みで水を飲んだ。原告Aは,午後5時ころ,介助により夕食をほ
ぼ全量摂取し,午後7時ころには「部活に行かなくちゃ」と何度も言う
など多弁であり,抑制帯を気にして両手を動かすなどしていた。
午後8時ころ,看護師から就眠前薬であるヒルナミンを勧められたの
に対し,原告Aは「さっき飲みましたよ」と答えたが,スムーズに,。
内服した。原告Aは,このときも多弁で,まとまりのない話をした。
原告Aは,午後8時40分ころ,体温が37.7度であり,アイスノ
,「。」「,ンを貼付されたが熱また出たんですかきのうも部活休んだのに
まじで」などと話し,病院にいるということは分かっていない様子で。
あった。原告Aは,午後9時40分ころ「ここの下はホテル,旅館」,
などと大きな声で独り言を言い,他の患者の奇声に笑ったり「合唱部,
ですね」と言って笑ったりしていたが,その後入眠した。。
(イ)7月12日
午前1時ころ,原告Aの体温は37.4度であった。
原告Aは,午前4時10分ころ,大声を出し,そのため病室に行った
看護師に対し「開けないでー」と言った後,多弁で,支離滅裂なこ,。
とを言い,また抑制帯を気にして「ここを取って下さい」と言った。。
,,,.原告Aは午前6時40分ころ覚醒したがそのときの体温は36
6度であり,時々大声を上げ泣き声を出したかと思うと普通に話したり
し,感情の抑制が不能な状態であった。このころ,原告Aは,介助を受
けて水150ミリリットルを摂取した。
原告Aは,午前9時ころ,被告Hの診察を受け,看護師に対し「こ,
こに来るはずじゃなかった」と話し,被告Hに対し「何がなんだか。,
わからない。今は聞こえないが,前は楽器の音やら,人の声やらいろい
ろ聞こえてきた」などと話し,熱があるようなので点滴をするとの被。
告Hによる説明に対し「はい」と小声で答え,服薬し,アイスノン,。
による冷却処置を受けた。このときの原告Aの体温は37.9度,脈拍
は1分あたり120回であり,穏やかな状態であった。また,原告Aに
尿意がないため,入院時検査のための採尿は延期された。
原告Aは,午前9時30分ころ,洗面し,介助を受けて朝食の約3分
の2を摂取したが,食事中に入眠してしまう状態であった。
午前10時ころ,原告Aに対し,検査のための採血と導尿による採尿
。,,,,を実施したこの際原告Aは多弁で支離滅裂に話し感情失禁をし
泣いたり笑ったりしていた。
午前10時45分ころ,抗生剤であるペントシリンのテストの結果,
アレルギー反応が認められたことから,ペントシリンの使用を中止し,
抗生剤としてホスミシンを使用することとなった。原告Aは,閉眼して
いたが,水50ミリリットルを摂取した。
原告Aは,午前10時50分ころ,被告Hの診察を受け「6組の先,
生ですね「1個しかないのにばれてしまいました」などとつじつま。」。
の合わないことをを話した。被告Hは,原告Aに,楽器の音の幻聴があ
ること,頭痛や吐き気,頚部硬直がないことを確認した。
午前11時ころ,原告Aの血液及び尿検査の結果が判明した。血液検
査の結果は,CPKが420IU/l,カリウム2.9mEq/l,血
糖値120mg/dl,白血球数9400/㎜,尿検査の結果は,蛋3
白±,ウロビリノーゲン+,ケトン体+++などというものであった。
また,服薬する向精神薬がセルシン,セレネース,テグレトール等に変
更された。
原告Aは,午前11時30分から午後1時30分までの間,ポタコー
ルR,ホスミシン及びセレネースの点滴を受けた。原告Aは,午後1時
30分,昼食を少量摂取し,薬を飲んだが,時々独り言を言っていた。
午後1時45分,原告Aの体温は37.9度,脈拍は1分あたり120
回であった。午後1時50分ころ,被告Hは,原告Aの胸部を聴診した
ところ,肺雑音はなかった。
原告Aは,午後3時から午後6時30分までの間,ポタコールR及び
ホスミシンの点滴を受けた。被告Hが午後3時ころに原告Aを診察した
際,原告Aは「マー君と私は同級生「それ一番嫌いなこと「写メー,」」
」,,,ルの電話などととりとめのないことを話しながら大声を出したり
泣き出したりする状態であった。
午後4時ころ,原告Aの体温は37.6度であり,多量の排尿,顔面
,。,紅潮熱感が認められた被告Hが午後4時ころに原告Aを診察した際
原告Aの体温は38度,血圧は収縮期120,拡張期84であったこと
から,被告Hは,原告Aに対し,解熱剤であるボルタレン坐薬を投与し
た。
原告Aは,午後5時ころ,看護師の声かけに対し,閉眼したまま「食
べる」と答え,介助により夕食を主食,汁物ともに3,4口ずつ摂取。
し,食後に薬を服用した。
原告Aは,午後6時ころ,傾眠傾向にあったが,看護師から検温する
ことを伝えられると「ハーイ」と返答した。このとき,原告Aの体温は
37.5度であった。
原告Aは,午後8時ころ,眠剤をスムーズに服用した。
(ウ)7月13日
,,.,原告Aは朝まで入眠しており午前5時ころの体温は368度で
少量の痰のからみが認められた。原告Aは,午前6時30分ころ,看護
師の声かけに反応していたが,その内容はよく聞き取れないものであっ
た。原告Aは,午前8時ころ,看護師の声かけに開眼するも,すぐに目
を閉じて入眠した。
,,,午前8時20分ころ原告Aの鼻孔から淡緑色の喀痰がみられ鼻腔
口腔から粘稠喀痰の吸引を行った。このとき,原告Aの血圧は,収縮期
108,拡張期64であった。
被告病院は,午前8時30分ころ,原告ら方に電話を掛けたが,連絡
が取れず,その後も,原告Bに対し,繰り返し電話を掛けたものの,連
絡が取れなかったため,同日午前9時30分ころまでの間に,原告ら方
の留守番電話に折り返し電話をしてほしい旨録音した。
被告Hは,午前8時40分ころ,原告Aを診察した。このときの原告
Aの体温は36度台であり,対光反射は迅速で,バビンスキー反射も問
題なく,胸部の聴診による肺雑音は認められなかった。しかし,原告A
の意識レベルは低下した状態であったため,被告Hは,原告Aを福島県
二本松市ef番地所在の医療法人M(以下「M病院」という)に紹介す。
ることにした。
被告Hは,午前9時ころ,看護師らに対し,原告Aに対する抑制の解
除,朝の投薬及び予定していた点滴の中止を指示した。午前9時30分
ころ,原告Aの体温は37.2度,血圧は収縮期130,拡張期90,
脈拍は1分あたり120回であり,痛覚反応が+,呼名反応が±である
など,意識の低下が認められた。
被告病院は,午前9時40分ころ,M病院に対し,電話で原告Aの診
察を依頼し,原告Aを出発させた。その際,原告Aは,閉眼しているも
のの,声掛けに対し,小さな声で反応していた。
カM病院での診察経過等(乙A4)
原告Aは,7月13日午前10時20分,M病院で診察を受け,精査及
び身体管理のために同病院に入院した。
同病院脳神経外科医師は,入院時,原告Aに意識障害(意識レベル日本
式昏睡尺度(JCS)で300)及び低酸素血症があることを認め,気管
内挿管し,呼吸管理を行うこととした。原告Aは,入院時検査において,
CTでは明らかな異常はなかったが,頭頂の脳溝の抽出が不良で静脈洞血
栓症も疑われたため,脳血管撮影を施行した。その結果,明らかな静脈洞
閉塞はなかったが,頭頂側の静脈循環遅延も疑われ,ウロキナーゼ,ラジ
カット,抗生剤を投与した。
同病院医師は,原告Aに7月14日朝から38度の発熱があることや,
血液検査の結果,CRP値の上昇を認めたことから,γ−グロブリンの投
与を開始した。
原告Aは,7月15日午前9時50分及び午後2時ころ,全身性けいれ
んを起こした。MRI検査では異常はなかったが,同日実施した髄液検査
の結果は,細胞数163/3(リンパ球153,蛋白定量49mg/d)
,,。,l糖定量68mg/dlでありウイルス感染所見があったこのため
同病院医師は,ウイルス性脳炎の疑いにより,原告Aを,福島市gh番地
所在のN病院(以下「N病院」という)の神経内科に紹介することとし。
た。
原告Aは,同日午後5時45分ころ,N病院に転院した。
キN病院での診療経過等(乙A5)
(ア)原告AがN病院に転院した際,意識レベルはJCSで300,脳幹
反射はすべて消失しており,弱い自発呼吸が認められる状態であった。
N病院神経内科医師は,髄液所見のほか,経過とあわせて,原告Aにつ
,,。き重症のウイルス性脳炎と診断しICUの管理下に置くこととした
原告Aは,同月23日に一般病棟に移った。
その後,ウイルス性脳炎の病因に関し,原因ウイルスの特定には至ら
なかった。
(イ)N病院神経内科医師O作成の入院総括の記載
入院までの経過として「2002年7月10日朝から37度台の発熱
と悪心が出現した。学校で白目をむき,泡を吹いて倒れ,頭部を打撲し
た。K病院を受診しCTを受けたが『異常なし』と言われて帰宅した。
,,,,,,。鼻汁咳咽頭痛呼吸困難耳痛腹痛腰痛などの症状はなかった
,,,。翌11日早朝から幻覚妄想興奮が出現しF病院精神科を受診した
統合失調症と診断され,同院に入院した」との記載がある。。
ク原告Aは,12月16日,M病院に転院し,ウイルス性脳炎による遷延
,,。性意識障害症候性てんかんの病名で現在も同所において入院中である
(甲A5)
2争点
本件における争点は,被告G又は被告Hによる原告Aに対する診療行為にお
いて注意義務違反があるか,また,同義務違反と原告Aの後遺障害との因果関
係があるか(争点1,D高校の教職員の生徒に対する安全配慮義務違反があ)
,,(),るかまた同義務違反と原告Aの後遺障害との因果関係があるか争点2
被告らに原告らに対する損害賠償責任が認められる場合にその損害額はいくら
か(争点3)という点にある。
(1)争点1(被告Eらの注意義務違反及び原告Aの後遺障害との因果関係)
について
(原告らの主張)
被告G及び被告Hには,原告Aの担当医師として原告Aに対して,下記ア
ないしウのとおりの注意義務違反があり,原告らが被った損害を賠償する責
任がある。また,被告Eは,被用者である被告G及び被告Hの過失による不
法行為について民法715条による使用者責任又は原告Aとの診療契約に基
づき履行補助者である被告G及び被告Hの過失による注意義務違反について
債務不履行責任を負う。
ア被告Gの7月11日午前11時30分ころの鑑別義務違反
原告Aには,7月8日から38度台ないし39度台に発熱,同月7日か
ら頭痛,同月11日以降に異常行動をしていたこと,同月10日にD高校
で倒れた際,白目をむき,口から泡を吹いて倒れ,頭部を打撲しておりけ
いれん発作を起こしていたこと,同日には悪心,同月11日午前11時こ
ろには記憶障害の症状が存在していた。
これらのうち,被告Gは,7月11日午前11時30分ころには,原告
Aの発熱,異常行動,記憶障害を認識し,頭痛,けいれん発作の存在や悪
心については認識可能であった。
原告Aは,遅くとも7月10日にはウイルス性脳炎に罹患していたと考
えるべきであるところ,異常行動等の精神症状が認められる患者において
は,異常行動が現れた時期の前後も含めて,発熱や頭痛などの髄膜刺激症
状の有無を確認すべき注意義務があるが,その結果,発熱や頭痛などの症
状が認められた場合,ヘルペス脳炎の可能性が高まることから,確実な鑑
,,,。別のためにCTMRI脳波検査髄液検査などの検査をすべきである
しかし,被告Gは,受診当日及び異常行動の現れた時期の前後における
原告Aのけいれんの有無や頭痛などの症状の有無を十分問診したり,D高
校への転倒状況についての照会やK病院への問診状況や投薬状況について
の照会をしたりすることなく,受診時の原告らからの聴取内容及び原告A
の診察時の行動だけから,直ちにヘルペス脳炎の鑑別のための検査ないし
そのための転院の措置を講ぜず,髄膜炎の可能性を認識しながらも,経過
,,,観察とし原告Aを帰宅させているのであるからヘルペス脳炎について
十分な問診・照会等をせず,その上で鑑別に必要な検査を行わなかった,
あるいは,それが可能な病院へ転院させなかったという注意義務違反があ
る。
イ被告Gの7月11日午後4時ころの鑑別義務違反
仮に,被告Gに上記ア記載の過失がないとしても,同日午後4時ころに
は,原告Aに明らかな幻覚・妄想等の異常行動等の精神症状が認められて
いたから,上記ア記載の症状をも併せ考慮すれば,被告Gには,ヘルペス
脳炎について,十分な問診・照会等をせず,その上で鑑別に必要な検査を
行わなかった,あるいは,それが可能な病院へ転院させなかったという注
意義務違反がある。
ウ被告Hの7月11日午後4時から同月12日午前11時ころまでの間の
鑑別義務違反
被告Gの同月11日の診療に関与し,少なくとも,同月12日午前11
時ころ原告Aを診察した被告Hは,それまでの被告Gの診療結果を確認し
た上で,同一の診断・治療方針のもとに診療にあたっていたと考えられる
ので,上記イと同様の注意義務違反がある。
エ因果関係
本件において,医学的に原因ウイルスがヘルペス性のものであると特定
,,できないとしてもウイルス性脳炎の中で単純ヘルペス脳炎が多数を占め
原告Aの予後が現に不良であったことから,原告Aがヘルペス脳炎に罹患
していた可能性が高い。そして,ヘルペス脳炎に対する抗ウイルス薬投与
の効果は明らかであるから,かような可能性をもって被告病院の医師の過
失と原告Aの後遺症との間に相当因果関係を認めることができる。
仮に,ヘルペス脳炎に罹患していた可能性が高いとまではいえないとし
ても,非ヘルペス脳炎であっても,意識障害が進行する前に抗ウイルス薬
を投与した場合に予後が良好である研究例が複数ある事実をも併せ考慮す
ると,7月11日あるいは12日ころに抗ウイルス薬が投与されていれば
重度の後遺症を残さなかった蓋然性が高いと認められるから,相当因果関
係は認められるべきである。
(被告Eらの主張)
ア原告らの義務違反の主張について
(ア)被告病院医師らは,原告らに原告Aの発熱状況,統合失調症に関す
る家族歴,精神病院入院歴などについて問診し,髄膜炎等の可能性も排
除せず原告Aの病状を検討しているが,K病院における身体疾患のスク
リーニングを受けても異常所見は見当たらず,被告病院の通院,入院中
に髄膜炎等の中枢神経感染症を示す明らかな所見は認められなかったの
であるから,被告病院において直ちに髄液検査等を実施すべき義務は認
められない。
また,7月13日朝には,被告Hの診察により,原告Aは解熱してい
,,るものの意識レベルの低下が認められたことから同日午前10時ころ
M病院に原告Aを転送しており,転院も適切であった。
原告らは,原告Aが遅くとも7月10日にはウイルス性脳炎に罹患し
ていたと主張するが,その医学的根拠は不明である。
(イ)原告らが主張するような鑑別のための検査が必要な場合,被告病院
には当時CT等の検査機器がなかったことから,被告病院としては検査
等が可能な病院へ転送させることになる。
しかし,原告Aは,7月10日及び11日に身体疾患に関する専門性
を有するK病院において問診,頭部CT等の検査を経た結果,脳炎では
なく精神疾患を疑われて,被告病院に転院されているのであって,この
ように転送を受けた被告病院としては,その診察時において特段の症状
の発生や疑問が認められなければ,前医の診断内容や判断を信頼するほ
かない。被告Gは,7月11日午前11時ころの診察において,原告B
に対し,症状が再燃したり,発熱したときは身体科の病院を受診するよ
う説明し,同日午後4時ころの症状再燃時に,原告BがK病院に連絡を
したが被告病院を受診するよう勧められ,被告病院に来院しているとい
う経緯もある。
そして,被告病院医師は,かようなK病院での診断結果などをも踏ま
え,精神疾患を中心に,しかし身体疾患の可能性も除外せず鑑別のため
の観察と診療を行っていたところ,7月11日午前11時の時点での原
告Aの症状はむしろ軽快傾向にあり,若干の見当識障害は認められたも
のの,興奮・妄想などもなく積極的に脳炎を疑う根拠は認められなかっ
たし,同日午後4時ころの時点では,原告Aは幻覚妄想状態で支離滅裂
な訴えが聞かれたが,このときにも特段の髄膜刺激症状等は認められな
かったのであるから,検査治療等を開始し,あるいは,検査等が可能で
ある病院に転院させる義務はない。
もとより,本件のウイルス性脳炎は,K病院のみならず,被告病院か
らの転院先であるM病院でもその入院当初はウイルス性脳炎の診断治療
をしていないことなどに照らすと,鑑別が極めて困難な症例であったと
いうことができ,7月11日の時点において,原告Aが脳炎に罹患して
いると疑うべき状況がみられていなかったことは明白である。
なお,原告らは,被告Hについて,7月11日午後4時ころからの鑑
別義務違反を主張するが,被告Hは同月12日午前9時に原告Aを診察
するまで,原告Aの診察・診断に関与していない。
(ウ)原告らは7月10日の原告Aの転倒状況等についてD高校に照会す
べき義務があるなどと主張するが,被告病院医師は,K病院からの情報
提供を受けるに当たり,特段の事情がない限り重要な情報は記載されて
いるものと信頼でき,また,診察に当たっては,患者自身や付添者から
症状等を聞けば足りるのであって,本件においては,7月10日の原告
Aの転倒状況等についてD高校等に問い合わせをすべき例外的な場合に
はあたらず,十分な問診や照会等をしているというべきである。
(エ)原告らが主張する原告Aの被告病院受診時の症状について
K病院の診療録には7月7日ころから頭痛があったとの記載はある
が,同月10日,11日に受診のK病院からの情報提供には頭痛があっ
たとする情報はなく,被告病院での問診中も頭痛を訴えたことも頭痛時
の表情が見られたこともない。また,K病院受診時はもちろん各病院で
の診療中いずれも悪心の症状は見られない。原告Aの7月10日の転倒
,,時にけいれん発作があったとの原告らの主張は根拠に乏しく原告Aは
7月15日午前9時50分に初めてけいれん発作を起こしたものであ
る。
この点,N病院O医師作成の入院総括(乙A5)には「7月10日,
朝から37度台の発熱と悪心が出現した。学校で白目をむき,泡を吹い
て倒れ,頭部を打撲した」といった記載があるが,もとよりこれは原。
告AのN病院退院時に作成された書面であり,後方視的な見地から記載
された書面である上,K病院の紹介状や診療録にはもちろん,M病院か
「,,らN病院への紹介状にも悪心とか学校で白目をむき泡を吹いて倒れ
頭部を打撲した」といった記載はなく,K病院の診療録にはけいれん。
やてんかんの存在を否定する記載があり,さらに被告病院での原告らか
らの問診でもかような事実を聞き取ることはなかったのであり,N病院
での診療録の記載内容等にも照らすと,発熱が7月10日より前に存在
したことのほかは,誤記または不正確な情報というべきである。
イ因果関係
(ア)抗ウイルス薬投与の効果
ウイルス性脳炎のうち,抗ウイルス薬はヘルペス脳炎にのみ有効であ
り,その他の脳炎では原則として無効であって,対処療法によらざるを
得ない本件においては,そもそもウイルス性脳炎の原因となったウイル
スが同定できず,また原告らが主張する単純ヘルペス脳炎の可能性は低
い。しかも,非ヘルペス脳炎である場合はもちろん単純ヘルペス脳炎で
あったとしても,抗ウイルス薬の投与の有効性が判然としないのである
から,仮に被告病院の医師に鑑別について過失が認められたとしても,
原告Aの後遺症との因果関係を認めることができない。
原告らは,原告Aが非ヘルペス脳炎に罹患した場合についての因果関
係の存在を主張しているが,そもそも非ヘルペス脳炎であることを前提
とした過失の主張がない以上,因果関係は問題とならないし,もとより
当時非ヘルペス脳炎の場合でも抗ウイルス薬を投与すべきであるとの医
学的知見は一般化していなかった。
また,抗ウイルス薬投与は早いほうがよいとしても,本件では抗ウイ
,,ルス薬の投与がN病院に転院時に開始されている事実からすれば仮に
7月11日に鑑別診断ができるM病院に転送しても,髄膜刺激症状が顕
在化していない原告Aの症状から早期に抗ウイルス薬の投与が開始され
たといえるか疑問であって,早期の転送によって現在の原告Aの症状が
生じなかったことを根拠付けることはできない。
原告Aが罹患した脳炎は,後医であるN病院においても,9月26日
の診療録に「これまで経験のない症状の脳炎であり,脳炎の概念を広げ
て考えるべきかもしれない」とあるように,脳炎の症状自体が重篤で,
予後に多大な影響を与えた可能性が極めて高い。
(イ)前後に診療をした病院の過失の存在
原告らの主張を前提にすれば,K病院に十分な問診と鑑別診断をせず
にウイルス性脳炎の診断をしなかった過失と原告Aを精神科病院である
被告病院に転送した際,転送先に不正確な情報を提供したことによって
,,被告病院が原告Aの症状を正確に把握することを困難にした過失また
M病院に十分な問診と鑑別診断をせず7月15日までウイルス性脳炎を
疑わなかったことにより,原告Aに対する治療が遅れた過失,N病院に
同病院入院中に生じた高熱・けいれん発作を止められなかった過失がそ
れぞれ認められ,それらにより本件結果が生じたとも考えられるから,
仮に被告らに過失があるとしても,独立した前医・後医の行為によって
生じた結果については責任を負うものではない。
()()2争点2被告Cの安全配慮義務違反及び原告Aの後遺障害との因果関係
(原告らの主張)
ア原告Aが倒れD高校を出発するまでの事実経過
D高校では,7月8日以前から,原告Aが38度前後の高熱があること
を把握していた。
また,原告Aが同月10日に倒れたときの状況について,D高校では,
,,原告Aが仰向けに倒れ口元に少量の唾液が泡状になっているものを認め
呼びかけに返答がないといった認識をもっており,さらに原告Aが学校で
白目をむき,泡を吹いて倒れ頭部を打撲したという目撃情報もあったもの
と考えられる。このような状況からすれば,当時原告Aにはけいれん発作
が起こっていたと考えられる。
なお,被告Cは,7月10日の原告A転倒時に認識していた情報は,原
告Bを通して医療機関に伝達されているなどと主張するが,原告Bが同日
D高校で原告Aを引き取った際,原告Aが口から泡を出していたとの説明
は受けていない。
イ被告Cの責任
被告Cは,D高校の管理責任を負う者として,同校生徒に対し安全配慮
義務を負い,この義務を履行補助者が怠ったという過失があるので,国家
賠償法1条1項によりこれを賠償すべき義務がある。
すなわち,上記ア記載のような重い疾患の疑いのある原告Aの症状を認
めた場合,学校としては,単に両親等の保護者に連絡を取り,保護者に引
,,き渡せば足りるのではなく自ら病院等の医療機関に搬送する措置を取り
診断に有益と考えられる諸情報を病院等に正確に伝達し,もって生徒の生
命,身体等の危険から保護する義務があり,本件では,生徒の症状と情報
の重要性に鑑み,複数回の情報の伝達が行われるべきで,その方法は時間
が経過した情報について書面でされるべきであったが,D高校ではこのよ
うな義務を怠ったという過失がある。
そして,7月10日の原告A転倒時の状況が正確に医療機関に伝達され
ていれば,ウイルス性脳炎を疑いうる判断材料が増え,より容易にその疑
いを持つことができたはずであるから,上記過失が結果の発生に寄与して
いることは明らかであり,相当因果関係も認められる。
(被告Cの主張)
ア原告Aが倒れてからD高校を出発するまでの事実経過
7月10日午前8時36分ころ,生徒から職員室に生徒が倒れたとの報
告を受け,D高校教諭らやJ教諭は担架を手配して原告Aが倒れた3階廊
下に赴いた。原告Aが仰向けに倒れていた廊下中央の周囲は特に異常はな
く,原告Aは,やや汗ばんだ感じで顔色はやや赤みを帯び,口元に少量の
唾液が泡状になっているものを認められる状態であり,駆けつけた教諭の
声かけに明確な声ではなかったが声を出して反応し,また同教諭から人差
し指を顔の前に出されると眼球の動きも確認でき,脈拍・呼吸ともにやや
早かったが十分に行っており,けいれん等も見当たらなかった。
担架に乗せられて保健室に搬送された原告Aは,学校からの連絡を受け
て到着した原告Bから声をかけられると,突然起きあがり,原告Bと会話
を交わした。J教諭は,原告Bに対し,原告Aの状況や原告Aが仰向けに
倒れた際に頭を打ったのかもしれないなどと説明し,病院での受診を勧め
た。その後,原告Aは,ベッドから起きあがり,原告Bに付き添われて自
力で歩行して玄関まで行き,タクシーに乗車してK病院に向かった。
イ被告Cの責任
本件のような場合,疾病や事故発生時の安全保持義務から派生する事後
措置義務として,学校ないし教師は,保護者に対し事態に即して速やかに
状況等を通知し,保護者の側からの対応措置を要請すれば,注意義務は尽
くされたというべきであって,本件の事実関係からすれば,J教諭らは安
全配慮義務を尽くしたといえる。
D高校教諭らは,けいれんの事実を確認しておらず,上記ア記載のとお
りの7月10日の原告A転倒時に認識していた情報は,原告Bを通して医
療機関に伝達されている上,これらの情報はウイルス性脳炎の診断に不可
欠なものではないから,認識していた情報を医療機関に伝達すべき義務が
,。認められたとしてもこの義務違反と結果発生との間には因果関係がない
さらに,仮に原告Aの上記転倒時にけいれん発作の事実が認められたと
しても,原告らの主張によれば,被告病院医師によって髄膜炎の可能性を
認識していたというのであるから,けいれんの事実が医療機関に伝達され
なかったこととその後の経過との間に条件関係さえ認めることはできな
い。
(3)争点3(損害)について
(原告らの主張)
原告らは以下の損害を受け,被告らはこれらの損害について,不真正連帯
責任を負う。
ア原告Aの損害3億4553万3440円
(ア)治療費等3787万4586円
,,原告Aは平成14年7月10日から平成17年4月30日までの間
K病院,被告病院,M病院,N病院等における診療費,食事療養費,衣
料代等として合計3787万4586円を要した。
(イ)入院雑費164万1000円
原告Aは,平成14年7月11日から平成17年7月8日(1094
日間)までの間,K病院,被告病院,M病院,N病院に入院した。この
間,原告Aは,少なくとも1日1500円の入院雑費を支出したものと
推認できる。
(ウ)将来の介護費用1億4959万6633円
原告Aが退院を余儀なくされた場合には,訴え提起時から平均余命ま
での65年間,職業付添人1名及び補助付添人1名による常時介護が必
要である。その費用として,1日当たりの介護料を2万1390円とし
て,中間利息控除をして算定すると,1億4959万6633円を要す
る。
(エ)将来の治療費4414万6944円
原告Aは,一応の症状固定後も平均余命までの65年間,生存のため
に医療行為を要する。その費用として,月額19万2000円(平成1
7年1月1日から4月30日までの間の平均治療費月額)として,中間
利息を控除して算定すると4414万6944円を要する。
(オ)将来的消耗品費1049万0648円
原告Aは,平均余命までの65年間,消耗品費として,少なくとも1
日1500円が必要であると推認され,中間利息控除をして算定すると
1049万0648円を要する。
(カ)家屋改造費720万3000円
原告Aは,退院を余儀なくされると,同人の介護のため,原告A居住
の家屋の出入口,床,風呂場等の改造を要し,このための費用として7
20万3000円を要する。
(キ)介護用品費244万1600円
原告Aは,平均余命までの65年間,以下の介護用品が必要である。
①電動ベッド63万9000円
原告Aは寝返りができないため,介護のため電動ベッドが必要であ
る。その費用として,電動ベッド1組の耐用年数を5年とし,中間利
息控除をして算定すると63万9000円を要する。
②車いす代18万8000円
車いすの費用として,1組の耐用年数を4年とし,中間利息控除を
して算定すると18万8000円を要する。
③入浴用リフト92万4804円
入浴用リフトの費用として,1組の耐用年数を5年とし,中間利息
控除をして算定すると92万4804円となる。
④マットレス68万9796円
マットレスの費用として,1組の耐用年数を1年とし,中間利息控
除をして算定すると68万9796円となる。
(ク)逸失利益6392万2176円
原告Aは,本件事故に遭わなければ18歳から67歳までの49年間
就業することができた。女子労働者学歴計全年齢平均年収額351万8
200円をもとに,中間利息控除をして算定すると6392万2176
円が損害となる。
(ケ)入院慰謝料220万円
原告Aは,平成14年7月11日から症状固定日に相当すると考えら
れる同年12月16日まで159日間入院しており,その間多大な苦痛
を伴ったことやその後も長期にわたる入院生活を余儀なくされたことを
考慮すれば,これに対する入院慰謝料は220万円が相当である。
(コ)後遺障害慰謝料3000万円
原告Aは,自動車損害賠償保障法施行令別表第1後遺障害別等級表第
1級に相当する後遺障害を負っていることから,後遺障害慰謝料は30
00万円が相当である。
(サ)入院付添費102万0500円
原告Aが入院している病院は完全介護であるが,実際には,家族の補
,,助を必要とし平成14年7月11日から平成17年7月8日までの間
1週間に1日の割合で合計157日付添いをした。このため,1日当た
り6500円の入院付添費が損害となる。
(シ)看護のための近親者の交通費46万4720円
原告Aの母である原告Bは,看護のため入院先までタクシーを利用せ
ざるを得なかったため,付添いをした157日において1日当たり往復
の交通費2960円を要した。
(ス)損害の填補による控除3688万0498円
原告Aは,国民健康保険,高額医療費貸付制度,意識障害者治療研究
事業により,損害の填補を受けた。
(セ)弁護士費用3141万2131円
弁護士費用相当額は,3141万2131円である。
イ原告Bの損害660万円
(ア)近親者慰謝料600万円
近親者慰謝料として600万円が相当である。
(イ)弁護士費用60万円
弁護士費用として60万円が相当である。
(被告らの主張)
争う。
第3争点に対する判断
1争点1(被告Eらの注意義務違反及び原告Aの後遺障害との因果関係)につ
いて
(1)証拠(甲A2ないし5,7,乙A1ないし6,7の1ないし4,8の1
ないし3,9の1ないし24,10の1ないし3,被告H,被告G,原告B
各本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア被告Gによる7月11日午前11時30分ころの診察状況
被告Gは,原告Aを診察するに当たり,まず,紹介の目的を把握するた
め,K病院からの紹介状を読み,次に,原告Bから,受診に至るまでの一
連の経過を聞くとともに,原告Aの過去の病歴,精神科受診歴,遺伝,不
眠の有無等について尋ね,その上で,原告Aの問診を行った。
被告Gは,原告Aに対し,具合や調子が悪いところがないか尋ねたとこ
ろ,原告Aは「いいえ」と答えたり,首を横に振るなどして応答した。,
その際,原告Aは落ち着いた様子で,受け答えもはっきりしており,不随
意運動やけいれん,四肢麻痺,激しい頭痛等,脳炎や髄膜炎を疑うような
所見は見られなかった。
そこで,被告Gは,精神的なショックやストレスにさらされた場合に引
き起こされる一過性の精神病状態(心因反応)と疑われるが,髄膜炎等の
身体疾患の可能性も否定できないと判断し,原告Bに対し,髄膜炎等を例
示しながら,経過観察にするが,原告Aに症状の再燃があった場合には,
まず身体科であるK病院を受診するよう指示した。
イ被告Gによる同日午後4時ころの診察状況
,,,同日午後4時ころ原告Aは意味不明のことを一方的にわめき散らし
周囲の問いかけに対しても関係のないことを絶叫し,周囲の制止を振り切
って突進しようとしたり,激しく暴れているような激しい興奮及び幻覚妄
想状態で被告病院に来院した。
被告Gは,原告Bに対し,帰宅してから再度来院するまでの様子を尋ね
,,,,ると帰宅後激しい興奮状態になったのでK病院に電話をしたところ
K病院の医師から被告病院へ行くよう指示されたことを聞いた。
被告Gは,原告Aの状態を見て,統合失調症の疑いがあるが,他の精神
ないし身体疾患の可能性も排除できないと考えた。原告Aは激しい幻覚妄
想状態にあり,問診は行えなかったが,けいれんや四肢麻痺,不随意運動
等,脳炎や髄膜炎を疑わせるような所見はなかったため,被告Gは,転院
に伴う危険を冒してまでも,神経内科や脳外科等の身体科に紹介するだけ
の根拠はないと判断した。そして,まずは鎮静をしないと一切の医療行為
ができないと考え,原告Bに対し,統合失調症の可能性があること,鎮静
をしないと治療ができず,原告A本人の安全も確保できないことから,精
神科に入院して治療をする必要がある旨説明し,原告Bからその同意を得
た。
被告Gは,原告Aを医療保護入院とし,隔離拘束を指示し,抗精神病薬
を投与した。そして,夜勤の看護師に対し,原告Aは激しい興奮及び幻覚
妄想状態にあるため,十分に注意するよう指示した。
ウ被告Hによる翌12日の診察状況
被告Hは,午前8時30分ころ,被告Gから原告Aについて引継ぎを受
け,看護師から,37度9分の発熱があることや,夜間の原告Aの状態等
を聞いた上,午前9時ころ,原告Aの病室へ行った。原告Aは,落ち着い
て話ができる状態であり,前に幻聴があった旨を話した。
被告Hは,原告Aについて,発熱や疎通性,幻聴等から,何らかの身体
疾患による意識混濁を基にしたせん妄状態の疑いが濃厚であるが,精神疾
患の可能性も否定できないと考えた。そこで,K病院からの診療情報提供
,,,,,書外来診療録入院診療録看護記録等を読み情報を収集したところ
K病院における頭部CTスキャンの結果に異常がなかったこと,原告Aの
意識レベルに変動が見られたこと,被告GがK病院に宛てて髄膜炎の可能
性を示唆した返事をした後に被告病院に入院していることなどから,原告
Aについて,中枢感染症や脳の器質性の疾患は否定的であるとの判断がさ
れていると感じた。
午前10時ころ,被告Hは,身体疾患の可能性を鑑別するため,原告A
。,,の血液検査及び尿検査を指示したまた原告Aに発熱があったことから
予後を考える上で重要な疾患である中枢感染症の可能性があると考え,抗
生剤(ホスミシン)の点滴を行った。
午前10時50分ころ,被告Hが原告Aの病室に入ると,原告Aに人物
や状況の誤認が起きており,幻聴があると認められた。そのため,被告H
は,髄膜炎を疑い,原告Aに対し,頭痛や吐き気があるか尋ね,頚部硬直
の有無を確認したが,いずれの症状も見られなかったため,髄膜炎を積極
的に考える状況にはないと判断した。
午前11時ころ,被告Hは,原告Aの尿検査及び血液検査の結果,夏の
暑い時期の興奮過活動の影響が濃厚に出ているものの,何らかの特別な疾
患の可能性を示唆する所見は見られなかったため,興奮過活動の影響が薄
れた時期に再検査をすることが望ましいと判断した。また,興奮過活動に
よる疲労が窺えたので,睡眠の確保と心身の安静を図ることが重要である
と考え,原告Aに対し,抗不安薬や感情調整薬等を点滴により投与した。
点滴が終了した午後1時50分ころ,原告Aになお37度9分の熱があ
ったことから,被告Hは,肺炎を疑い,肺の聴診を行ったが,肺炎を示す
ような所見はなかった。また,呼吸困難も見られなかったので,呼吸不全
によるせん妄は考え難いと判断した。
,,,午後4時30分ころ原告Aにまだ38度の熱があったので被告Hは
解熱を図った方がよいと判断し,ボルタレン坐薬を投与したが,診断の妨
げとならないよう,少量にとどめた。
翌13日午前8時20分ころ,原告Aの鼻孔から淡緑色の粘液が出てい
たため,被告Hは,直ちに吸引するよう指示した。原告Aは,吸引の操作
に対し,顔をしかめるような反応を示していたが,チアノーゼなどは見ら
,。,れず胸部の聴診によっても肺炎を思わせるような所見はなかったまた
被告Hは,頭部を打撲した後,頭蓋内に遅発性の出血や硬膜下血腫ができ
ることも想定し,原告Aの対光反射やバビンスキー反射を見たが,異常は
なかった。被告Hは,原告Aのこれらの症状から,積極的に示唆する所見
,,はないものの打撲によって遅発性の脳内出血や硬膜下血腫ができたため
せん妄や喀痰の喀出困難が起きていることを想定し,原告Aを脳神経外科
のあるM病院に転院させることにした。
原告Aは,M病院に転院する段階では,チアノーゼ等の症状はなく,表
情も苦悶様ではないし,目は閉じているものの,声を掛けると何か返事を
する状態であり,意識レベルは上がってきているような印象で,車いすに
座ることは可能であった。
(2)被告Hらの注意義務の内容
,,,,,ア一般的にウイルス性脳炎の臨床症状としては発熱頭痛意識障害
けいれんなどがあり,髄膜の感染を伴うことが多く,脳幹の障害が強い場
合には意識障害ばかりでなく,呼吸・循環器系の障害が前面に出るとされ
ている。その診断方法は,臨床症状の他,髄液検査,脳波,CT,MRI
,。などの画像診断ウイルス学的検査などから総合的に診断することになる
脳炎の場合,治療の遅れは重篤な後遺症や死亡へつながるので,疑わしい
ときには,抗ウイルス薬治療が可能なヘルペスウイルス感染症であるかの
鑑別が重要であり,病初のため鑑別困難で,ヘルペス脳炎の可能性があれ
ば,まず抗ウイルス薬を使用しながら診断を進めることもある,とされて
いる(甲B1)。
,,,,なお単純ヘルペス脳炎の臨床症状としては発熱と多くは頭痛嘔気
悪心・嘔吐,頚部硬直等の髄膜刺激症状が先行し,次いで,急性意識障害
(覚醒度の低下,幻覚・妄想,錯乱等の意識の変容,異常行動,記銘力)
,,,,,障害けいれん発作片麻痺言語障害等が出現し深い意識障害に至り
発症後1ないし3日で極期に至るとされている。また,髄膜炎はウイルス
性脳炎と類似した臨床症状を示し,両者は判別し難い。
イそうすると,患者に発熱や精神錯乱,幻覚等の異常行動が認められる場
合,医師としては,精神疾患のみならず脳炎や髄膜炎の可能性を念頭に置
いた上,頭痛,嘔吐等の髄膜刺激症状やけいれんの有無を問診及び観察に
より確認すべき注意義務があり,このような症状が確認された場合には,
ウイルス性脳炎等の可能性が高まることから,確実に鑑別診断をするため
に,髄液検査等を実施するなどの適切な処置(精神科のように検査等を実
施することが困難な場合は,他の病院へ転院させることも含む)を採るべ
き注意義務がある。
(3)そこで,本件において,被告G及び被告Hが,上記の注意義務に違反し
たか否かを検討する。
ア原告Aの被告病院からM病院に転院後の状態及び診断は,前提事実及び
証拠(乙A4,5,乙B37,被告H本人)によれば,以下のとおりであ
る。
原告Aは,被告病院に入院後は,発熱があり,せん妄状態はみられたも
のの,頭痛,悪心,頚部硬直等の髄膜刺激症状や不随意運動はみられなか
ったが,被告Hは,脳内出血等を想定して,7月13日,原告AをM病院
に転院させた。同病院では,原告Aには,意識障害があったが,当初は不
,,,随意運動もなくCT検査では異常は見られず脳血管造影検査が行われ
静脈洞血栓症が疑われたこと,同月15日になって,原告Aに全身性けい
れんがみられ,MRI検査では異常が発見できなかったが,髄液検査の結
果ウイルス感染の所見があったことから,ウイルス性脳炎を疑い,N病院
に転院させた。N病院では,原告Aを重症のウイルス性脳炎を疑ったが,
ウイルスの特定には至らなかった。同病院では,原告Aに対し,アシクロ
ビル,グリセオール,ステロイドパルス療法等が施され,髄液所見は正常
に戻ったものの,不随意運動がみられるようになった。また,原告Aに頚
部硬直がみられた。
一般的に,ウイルス性脳炎はヘルペス脳炎の比率が高いが,原告Aは,
N病院において,ウイルス性脳炎と診断されたが,その原因となったウイ
,,ルスは特定されていないことからすると被告病院で診察を受けた時点で
ウイルス性脳炎に罹患していた可能性はあるものの,それがヘルペス脳炎
であったとは断定できないまたCT検査MRI検査で一定の割合6。,,(
割ないし8割程度ともいう)で異常所見がみられるが,原告Aについて。
は,K病院,M病院の同検査では異常がみられなかったこと,N病院にお
いて,原告Aに対し,ヘルペス脳炎に有効とされているアシクロビルが投
与されたものの,数日でその使用が中止されていることなど,原告Aがヘ
ルペス脳炎に罹患していたことを否定する事情がある。
イ被告Gによる7月11日午前11時ころの診断について
上記(1)で認定したとおり,被告Gは,原告Aの診察に際し,髄膜炎
が重大な病気であり,精神疾患と紛らわしく鑑別が難しいことを念頭に置
きながら診察に当たり,その結果,特に積極的に髄膜炎や脳炎を疑う所見
がなかったことから,経過観察としている。また,K病院からの紹介状の
内容と,原告Bの説明とは概ね一致しており,上記紹介状に疑問を差し挟
むことはないとの被告Gの判断は相当であったと認められる。さらに,被
告Gは,K病院に対する返信に「髄膜炎の可能性はいかがでしょうか」,
などと記載するとともに,原告Bに対しても,原告Aの症状が再燃した際
には身体科の受診を勧めるなどしており,精神科の医師として,髄膜炎,
脳炎等の可能性を考慮し,身体科の医師及び保護者への情報提供や注意喚
起も適切に行っている。
そうすると,被告Gの処置は,その段階で医師として求められる注意義
務を尽くしていたと認められる。
なお,被告病院では,ウイルス性脳炎につき,積極的に検査を実施して
はいないが,原告Aが,内科や外科を中心とした身体科の総合病院である
K病院から紹介された患者であり,K病院においてCT等の検査を行って
いたことなども考慮すると,被告病院においては,K病院による検査結果
を前提として診断を行ったとしても,それが相当性を欠くとはいえない。
したがって,この時点における原告Aの状態及び被告Gの診断の状況に
照らすと,被告Gは,診断に際して求められる注意義務を尽くしたものと
認められる。
ウ被告Gの同日午後4時ころの診断について
上記(1)で認定したとおり,被告病院に再来院した原告Aは,激しい
幻覚妄想及び興奮状態であり,問診もままならなかったが,被告Gは,け
いれんや四肢麻痺,不随意運動等の脳炎や髄膜炎を疑わせるような所見が
ないことを確認した上,統合失調症の疑いとの診断をし,転院の危険を冒
してまでも他の病院に鑑別診断を依頼する必要はないと判断している。
このように,被告Gは,髄膜炎や脳炎等の身体疾患の可能性も念頭に置
き,けいれんや四肢麻痺等の症状についても観察していたのであるから,
必要な鑑別義務は尽くしていたといえる。
そして,上記のような原告Aの症状からすれば,被告Gが精神疾患であ
る統合失調症との診断を行ったことに過失はないというべきである。
エ被告Hによる診察について
被告Hにおいても,診察に先立ち,必要な情報を収集した上,原告Aの
,,,状態から髄膜炎の可能性があることを念頭に置きながら頭痛や吐き気
頚部硬直の有無等を確認しており,必要な鑑別義務を尽くしていたといえ
る。K病院における検査結果を前提とした診断が相当であることは上記で
述べたとおりである。
なお,被告Hは,原告Aに喀痰の喀出困難が起きた時点で,頭部打撲に
よる脳内出血等の可能性を疑い,脳神経外科のある病院へ転院させるとの
判断をしているが,この時点においても,原告Aに脳内出血等を疑うべき
所見は見当たらなかったというのであるから,被告Hの判断は,迅速なも
のであったということができ,注意義務違反は認められない。
オ以上のとおり,被告G及び被告Hは,原告Aの症状に対して,診察に際
して医師として行うべき注意を払っていたということができ,原告Aの症
状が前記のようにウイルス性脳炎として典型的なものではなく,脳炎等の
可能性は否定できないが,それらを積極的に疑うべき所見に欠けていたこ
(,,とM病院でも入院後3日目に原告Aにけいれん等が発症し検査の結果
脳炎の診断に至っていることからも,原告Aの症状の鑑別は相当困難であ
ったことが窺われる)からすれば,被告G及び被告Hが原告Aについて。
経過観察をしたことは相当であり,被告Gが統合失調症の疑いとの診断を
したことにも過失があったとはいえない。
したがって,被告H及び被告Gは,医師として行うべき診察,治療とし
て,原告Aの症状について早期に脳炎,髄膜炎等の疑いを持ち,それらに
対する抗ウイルス薬の投薬等の対処をすべきであったということはでき
ず,同医師らに注意義務違反があったとはいえない。
2争点2(被告Cの安全配慮義務違反及び原告Aの後遺障害との因果関係)に
ついて
(1)証拠(甲A6の2ないし6,7,証人I,原告B本人)及び弁論の全趣
旨によれば,以下の事実が認められる。
ア原告Aは,7月8日午前8時40分ころ,D高校の保健室を訪れ,検温
したところ,38度の熱があった。J教諭は,熱を下げるため,袋に氷を
入れて原告Aに渡した。原告Aは,その氷を交換するため,同日,合計4
回にわたり,保健室を訪れた。J教諭は,原告Aに対し,再三,熱も高い
ので早く帰って病院に行った方がいい旨を告げたが,原告Aは,吹奏楽部
の部活動のため,午後7時ころに帰宅した。
この日に,原告Aが意味不明のことを口走ることはなく,頭痛や吐き気
を訴えることもなかった。
イ7月9日,原告Aは,原告Bに対し,発熱と頭痛を訴え,学校を欠席し
た。この日は病院には行かず,市販の鎮痛解熱剤であるナロンエースを服
用し,自宅で寝ていた。夕方,原告Aの体温は37度台まで下がっていた
が,午後10時ころに38度台まで上昇したため,原告Bは,原告Aに対
し,解熱剤を投与した。
ウ7月10日,原告Aは,午前6時ころ起床した。原告Bは,原告Aに対
し,熱があるので,学校を休んで病院に行くよう説得したが,原告Aは,
今日中に提出しないと赤点になる課題があるなどと言って口論となり,結
局,登校した。
エ同日午前8時35分ころ,D高校の女子生徒が職員室を訪れ,人が倒れ
。,,ているとの連絡をしたJ教諭が保健主事及び体育の教諭2名とともに
3階の実践室の入口前辺りに向かうと,原告Aが廊下に大の字に倒れてい
た。J教諭は,原告Aの名前を呼んだり「大丈夫」などと呼びかけ,原,
告Aの状態を確認したところ,原告Aは息をしており,脈も正常で,呼び
かけに対して目で反応するような状態であった。
J教諭は,原告Aにてんかんの既往がないことや,手足のけいれんが見
られないこと,意識ももうろうとした状態ではあったものの,反応はあっ
たことから,原告Aを担架に乗せて保健室に搬送した。
午前8時50分ころ,原告Aが保健室に到着すると,J教諭は,原告A
の体温を測り,タオルで頭部を冷やした。このとき,原告Aの体温は38
度であった。
同じころ,P教諭は,原告Aの保護者(原告B)に対して連絡をするた
,,,,め事務室へ向かい原告ら方に電話を掛け原告Bに対し原告Aが倒れ
,。()保健室で休んでいるのですぐに学校へ来るよう話をした甲A6の6
原告BがD高校へ来るまでの間,原告Aの友人らが保健室を訪れ,原告
Aに声を掛けるなどしていた。このとき,原告Aは,言葉を発することは
なかったが,うなずくなどの反応を示していた。
,,,,オ午前9時ころ原告BがD高校に到着するとJ教諭は原告Bに対し
原告Aが倒れた状況を説明し,倒れたときに頭を打った可能性があり,ま
た,熱があるのに病院を受診していなかったことから,病院に行くよう勧
めた。原告Bが原告Aに対し,名前を呼んだり「病院行くよ」などと,。
呼びかけると,原告Aは自ら起きあがり「お母さん」と言った。原告A,
は,玄関まで自力で歩いて行き,原告Bとともにタクシーに乗ってK病院
へ向かった。
(2)注意義務違反の有無について
ア一般に,学校の教職員は,学校における諸活動によって生ずるおそれの
,,ある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負っているところ教職員が
,,上記義務の履行として保護者の対応を要請して生徒・児童を引き渡すか
直ちに医療機関に搬送する措置を採るべきかは,事故時の状況,事故後に
おける児童・生徒の行動・態度,児童・生徒の年齢・判断能力,予想され
る障害の種類・程度等の諸事情を総合して判断すべきである。そして,保
護者に生徒・児童を引き渡す場合には保護者に対し,医療機関へ搬送する
場合には医療機関に対し,事故時の状況等を通知し,その後の対応に有益
な情報を,必要に応じて適切な方法により提供する義務があるというべき
である。
イ本件においては,原告Aは,倒れた際,意識はあり,けいれんや泡を吹
くなどの症状はなく,一刻を争う状態にはなかったものと認められる。特
に,原告Aは,保健室で休養した後,原告Bの声掛けに対して自ら起きあ
がり,タクシーまで自力で歩くことが可能であったことなどが認められ,
これらの諸事情を総合考慮すると,D高校の教職員において,原告Aが転
倒した直後の段階で,直ちに脳炎等の重大な障害の可能性を具体的に予見
することは困難であったというべきであり,直ちに救急車を要請しなけれ
ばならない義務までは認められない。したがって,D高校の教職員が,救
急車を要請することなく,原告Aを担架に乗せて保健室に運び,休養させ
るなどの措置を採った上,原告Bに引き渡した行為について,同教職員ら
に注意義務違反は認められない。
また,D高校教職員は,原告Bに対し,原告Aが倒れた際の状況を説明
し,頭を打った可能性があるので医師に話すよう話しており,保護者に提
供すべき情報としては十分であったということができ,この点においても
注意義務違反は認められない。
ウ以上によれば,原告AがD高校で倒れた際の同校の教職員の対応等に安
全配慮義務違反があったとはいえない。
第4よって,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも
理由がないので,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
福島地方裁判所第一民事部
裁判長裁判官森高重久
裁判官岡野典章
裁判官明日利佳

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