弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原決定を破棄し,原々決定中転付命令の部分を取り消
す。
本件転付命令の申立てを却下する。
前項の申立て及び抗告の総費用は相手方の負担とする。
理由
抗告代理人安部祐志の抗告理由について
1記録によれば,本件の経過は次のとおりである。
(1)弁護士である抗告人は,Aから,債務整理事務の委任を受け,同事務を処
理するための費用として,同社が所有していた工場の売却等により得た金員合計1
493万4614円の交付を受け,同社の債権者らのうち相手方ほか1社を除く債
権者らに対して合計411万8266円を支払い,残額1081万6348円を管
理している。
(2)相手方は,Aに対して相手方への金員の支払を命ずる旨の確定判決を債務
名義として,同社が抗告人に対して有する上記(1)の1081万6348円相当額
の返還請求権(以下「本件債権」という。)について差押命令及び転付命令を申し
立てた。
(3)原々審は,上記申立てを全部認容する旨の原々決定をし,原々決定は,抗
告人及びAにそれぞれ送達された。これに対し,抗告人は,原々決定中転付命令の
申立てを認容した部分を不服として執行抗告をした。
2原審は,本件債権は,債権として現に存在し,また,弁済に充てられる金額
を確定することもできるから,民事執行法159条1項にいう券面額を有するもの
であると判断して,上記執行抗告を棄却する旨の原決定をした。
3しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係によれば,抗告人は,Aから,債務整理事務の委任を受け,同事務
を処理するための費用として1081万6348円を管理しているところ,これ
は,民法649条の規定する前払費用に当たるものと解される。前払費用は,委任
事務の処理のための費用に充てるものとして交付されたものであるから,受任者が
委任事務を処理するために費用を支出するたびに当該費用に充当されることが予定
されており,受任者は,当該委任事務が終了した時に,前払費用から支出した費用
を差し引いた残金相当額を委任者に返還すべきこととなる。したがって,委任者の
受任者に対する上記前払費用についての返還請求権は,当該委任事務の終了時に初
めてその債権額が確定するものというべきである。そして,同請求権が委任者の債
権者によって差し押さえられた場合であっても,受任者は,当該委任事務が終了し
ない限り,委任事務の遂行を何ら妨げられるものではなく,委任事務の処理のため
に費用を支出したときは,委任者から交付を受けた前払費用をこれに充当すること
ができるものと解される。
以上によれば,委任者の受任者に対する前払費用についての返還請求権は,当該
委任事務の終了前においては,その債権額を確定することができないのであるか
ら,民事執行法159条1項にいう券面額を有するものとはいえず,転付命令の対
象となる適格を有しないものと解すべきである。
本件債権は,上記前払費用についての返還請求権に当たるものであり,抗告人が
Aから委任を受けた債務整理事務が終了していない以上,転付命令の対象となる適
格を有しないというべきである。
以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反が
ある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。
そして,上記説示によれば,原々決定中本件転付命令の申立てを認容した部分は不
当であるからこれを取り消し,同申立てを却下することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官今井功裁判官滝井繁男裁判官津野修裁判官
中川了滋裁判官古田佑紀)

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