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平成27年12月2日判決言渡
平成27年(行コ)第230号所得税更正処分取消等請求控訴事件(原審・東京地方裁
判所平成25年(行ウ)第36号)
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2芝税務署長が控訴人に対して平成23年3月14日付けでした平成19年分
の所得税の更正処分のうち,申告納税額マイナス131万9311円を超える
部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし,いずれも平成24年7月24日付
け審査裁決により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
第2事案の概要
1P1株式会社(以下「P1」という。)の従業員であった控訴人は,平成19
年分の所得税の確定申告に際し,株式報酬制度に基づいて取得したP1の親会
社の株式等に係る経済的利益を所得金額の計算に含めずに申告したところ,芝
税務署長が,当該経済的利益は同年分の給与所得に当たるとして,控訴人に対
し,同年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。本
件は,控訴人が,上記各処分(ただし,その後の審査裁決により一部取り消さ
れた後のもの。)は,P1に源泉徴収義務があることを看過してされたもので
あることなど,所得税法,国税通則法の解釈を誤って課税した違法なものであ
るなどと主張して,その取消を求める事案である。
原審は,控訴人の主張をいずれも認めず,上記各処分は,いずれも適法であ
ると判断して,控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人が控訴を提起し,上記第1のとおりの判決を求めた。
2関係法令の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次項の
とおり当審における控訴人の主張を加えるほか,原判決「事実及び理由」欄の
「第2事案の概要」の1ないし5に記載のとおりであるから,これを引用す
る。なお,略語については原判決の例による。
3当審における控訴人の主張
(1)本件P2株式の支払については,P1が所得税法183条1項に基づく
源泉徴収義務を負担していたものであり,これを否定した原判決の認定判断
は誤りである。その理由は以下のとおりである。
ア原判決は,P3グループにおける各従業員に対する業績賞与の支給額は,
トップダウン方式によってP2によって決定されていることを理由に,本
件アワードの付与の主体がP2であるとしている。
しかしながら,大企業のグループにおいては,子会社の取締役会が親会
社から委任された経営裁量の範囲内で賞与額等を決定しているのが通常の
実務であり,親会社が全世界数万人に及ぶ子会社の従業員を個別に勤務評
定して賞与金額を決定することなどは不可能である。本件においても,P
1の個々の従業員の業績評価を行い,業績賞与の金額を決定するのはP1
の所属部門のマネジャーであり,親会社であるP2ではない(乙17,2
(5))。
イ所得税法183条1項の「支払をする者」とは,①支払債務を負担し,
②支払に係る経済的出捐を負担し,③支払によって債務消滅の効果が帰属
する者をいうのであって,その該当性判断に当たって「支払をする者」が
報酬の付与決定権者であることまでは必要とされていない。このことは,
最高裁判所平成21年(受)第747号同23年3月22日第三小法廷判決
(民集65巻2号735頁)が支払をする者が支払決定権者である必要はな
い旨を判断していることからも裏付けられる。したがって,原判決が上記
①ないし③の要件について検討をせずに,本件プラン・ルールを根拠にP
2には本件株式報酬付与の決定権限があるとして,P2が「支払をする者」
であると判断していることは誤りである。
ウ給与所得とは「俸給,給料,賃金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を
有する給与」(所得税法28条1項)と定義され,雇用契約に関する民法6
23条や労働契約に関する労働契約法2条2項などの規定を前提にすると,
給与等の支払をする者とは役務の提供を受けた雇用者であり,給与等を受
領する者とは役務を提供した被雇用者である。したがって,給与等の「支
払をする者」が誰であるかを検討する場合には,まず雇用契約に基づく認
定がされるべきである。そして,雇用契約においては原則として雇用者と
給与支払者とが異なることはないというべきである。
以上の前提の下に本件プランについて見るに,本件P2株式は,雇用契
約に基づき,控訴人から役務の提供を受けたP1が,控訴人に対して平成
14年の役務提供の対価として付与した給与所得(裁量的賞与)であって,
P2が付与したものではない。すなわち,P1は,控訴人との雇用契約の
裁量的賞与条項に基づいて,毎年従業員の勤務評定を行い,自社の報酬体
系として株式報酬を含む個々の従業員の賞与額を決定し,親会社であるP
2の承認を得た上で自らの計算において賞与を支給していたのである。以
上のとおり,控訴人とP1との間の雇用契約における報酬の支払者はP1
であり,もしこれがP2であるとするならば,労働条件の変更である報酬
の支払者の変更ということになるから,労働契約法8条による労働者と使
用者との合意があるはずであるが,これがあったことの主張立証はない。
したがって,所得税法183条1項の「支払をする者」はP1であり,
P2ではない。
エ控訴人は,P1から本件アワード・ステートメントを手交されたが,こ
れは控訴人とP1との間の雇用契約における裁量的賞与の通知文書であり,
雇用契約と一体不可分のものであるから,これにより本件P2株式は,具
体的な給与債権として確定したものである。そして,本件アワード・ステ
ートメントにはP2が本件P2株式を付与する旨の記載はなく,これによ
ってP2との間にその付与契約が成立したことにはならない。
その後,控訴人は,P1の人事部から本件プラン書の送付を受けたが,
ここにも本件P2株式の支払者がP2である旨の記載はない。さらに,控
訴人がP1を退職する際に,控訴人とP1との間の退職条件に関する合意
書(本件合意書)が作成されているところ,本件合意書は雇用契約とは表裏
の関係にある契約書であるから,ここでP1が裁量的賞与の未払部分につ
いて支払債務の負担に合意したと見るべきことは当然であり,本件合意書
によってP1が本件P2株式の支払債務を負担していることは明らかであ
る。
以上のように,本件アワードの付与から控訴人の退職に至る過程におい
ては,控訴人とP1との間における本件P2株式の付与契約が成立してい
ることが認められる反面,控訴人とP2との間においては,どの段階でい
かなる合意が成立したかを具体的に特定することはできず,そのような契
約が成立していることを認めることはできない。
オ本件プラン・ルールは,本件P2株式を含む株式報酬全般に共通する一
般的な内容・支給条件を記した規定集であるに過ぎず,本件プラン書中に,
控訴人とP2との間で本件P2株式の付与契約が成立したことを裏付ける
申込みと承諾の意思表示は存在しない。原判決は,本件プラン・ルールに
おいてアワードの付与権限を有する委員会の実体をP2とみるのが自然で
あると認定しているが,本件プラン・ルールのどの条項が,P2を支払者
と認定する根拠になるかという点について何も述べていない。
また,本件三社間契約においては,P1が本件P2株式調達費用をP4
社に支払うとされているところ,この金員は,P1が本件P2株式を調達
して控訴人に支払う準備としてP4社を介して本件P2株式を発行するP
2に支払う金員であるから,本件P2株式の支払に係る経済的出捐の負担
者はP1であると解するのが正しい。そして,企業会計基準適用指針によ
れば,親会社が自社株式オプションを子会社従業員に付与した場合,その
費用を子会社が負担していれば,上記株式オプション付与による報酬は子
会社の報酬体系に組み入れられているか,子会社の自社従業員に対する報
酬として位置づけられるとされている。この取扱は,本件のように現物株
式が支給された場合も異なるべき理由はないから,P1が本件P2株式の
調達費用を支払った事実から,本件P2株式の支払は,P1の自社従業員
に支払った報酬と位置づけられるということになる。
なお,原判決は,P1が費用負担をしたのは,本件P2株式のうち,控
訴人のP1における勤務期間に相当する分(1971株)だけであるから,
これをもってP1が本件P2株式の経済的出捐の負担者ということはでき
ないとも判示するが,本件P2株式は,P1への平成14年の役務提供の
対価として控訴人が平成15年に受けたものであり,P5への役務提供と
は何ら関係のない報酬である。米国での源泉徴収が発生したのは,報酬支
払の繰延期間中に控訴人がP5従業員であった事実に基づき米国のみなし
課税の適用を受けたためであり,支払債務の帰属とは関係がない。そもそ
もP1とP5との費用負担がどの契約のどの条項に基づくのか証拠上明ら
かでなく,原判決のような事実認定はできないはずである。したがって,
原判決の上記判示に基づきP1が本件P2株式の経済的出捐の負担者であ
ることを否定することはできない。
控訴人とP1との間の退職条件についての合意内容を示す本件合意書
9項は,P1が負担する支払債務を「上記の総額」としているところ,そ
の前に位置する同8項に本件アワードの付与が記載されている。以上のと
おり,本件合意書9項の文言と条項の位置から,この支払債務に本件P2
株式の支払が含まれていることは明らかである。原判決は,同8項が支払
主体や金額を明示していないとの理由でこれが上記9項のP1が負担する
債務に含まれるか明らかでないとしているが,既に本件アワードによって
付与される株式の数及びその支給日は決まっているのであるから,支払債
務の内容は具体的に特定されている。
以上の関係各文書の記載から見ても,P1が控訴人に対して本件P2株
式の支払をする者であることに疑いはない。
カ本件P2株式と同様の株式報酬制度であるSARについて,P1が支払
者として源泉徴収をし,また,平成21年以降,本件プランと同様の株式
報酬についても源泉徴収をしていることは原審で主張したとおりである。
そして,SARについてのプラン・ルール書(甲34)から明らかなその内
容,SARのプランについてもP4社がプラン管理者として定められてい
ること(甲34の11頁)などの事実から,原判決の認定判断が誤りである
ことは明らかである。また,平成21年以降,本件プランと同様の株式報
酬について源泉徴収しているが,その前後を通じて支払債務の移管がなさ
れた事実はなく,このような重要な事実について原判決が判断の対象外と
していることは,誤りというほかはない。
キP1は,本件アワードについての麹町税務署の調査に対し,「国内にお
いて」支払ったとの要件を争った。所得税法183条1項の要件該当性の
判断においては,まず「支払をする者」であるか否かが検討され,これに
該当しないと判断されれば,「国内において」支払ったかどうかを検討す
る必要はないと解される。したがって,麹町税務署は,P1が上記の「支
払をする者」であると認識して調査をしたのであり,一方,P1は,「支
払をする者」であることについてはこれを認めた上で,「国内において」
支払ったかどうかを争ったと考えるのが自然である。したがって,自社が
「支払をする者」であると認識していたことが明らかである。原判決は,
P1が海外払いであるがゆえに「支払をする者」が誰であるのかについて
は検討する必要性がないと考えていた可能性を否定できないと判示するが,
これは課税要件の検討順序から考えれば論理的に成り立たないものである。
また,P1は,平成21年以降,P4社に源泉天引の指示を出すことに
よって株式報酬の源泉徴収を開始したと述べているが(乙17),源泉天引
の指示は,支払をする者しかなしえないのであるから,この指示において
は平成21年支払の株式報酬の付与時に遡って自らが「支払をする者」で
あると認識していたことが当然の前提となっている。したがって,平成2
1年以前においてもP1は,自社が上記の「支払をする者」であると一貫
して認識していたことが明らかである。
クP1が,本件端株相当額及びSARの支払について源泉徴収したことに
関し,原判決は,「P2やP4社が,本件プラン・ルール上の権限に基づ
き,本件利益の支払債務者ではないP1にその支払をさせることもありう
るところ,・・・・当該支払については同社に源泉徴収義務が生じる余地もあ
るというべきである。」と判断している。
しかしながら,最高裁判所昭和31年(あ)第1071号同37年2月2
8日大法廷判決(刑集16巻2号212頁),最高裁判所平成20年(行ツ)
第236号,同年(行ヒ)第272号同23年1月14日第二小法廷判決(民
集65巻1号1頁)は,給与等の支払債務者であって,かつ受給者と「特に
密接な関係」がある場合に,その支払いをする者に源泉徴収義務を課すこ
とが憲法14条に違反しないと判断しているのであるから,支払債務者で
ないP1に義務が生じることを認めた原判決は,これら判例に違反する。
ケ「日本国内において」支払われたかどうかは,①支払額の計算,②支出
の決定,③支払資金の用意,④金員の交付,といった一連の手続が国内に
おいて行われたと認められるか否かによって決められるべきである(甲1
7)。原判決は,「支払をする者」がP2であるとの事実認定から演繹的に
「支払地」についての結論を導き出しているが,両者は別個の課税要件で
あるから一方から他方を演繹的に導くことはできない。
本件三社間契約において,P1とP2が委託者となり,P4社が受託者
としてP1名義の口座において本件P2株式の支払事務を行っている。そ
の手続の一部が海外において行われたとしても,代理権を有する者による
支払であるから,実質的には国内での支払である。その他P1が支払の決
定と支払資金の準備を行っているのであるから,支払は「日本国内におい
て」行われたものと認めることができる。
また,P1は,上記のとおり,平成21年以降,本件と同様の株式報酬
支払において端株部分だけでなく整数株部分についても源泉徴収をしてい
るのであり,これは,株式報酬の支払地が国内にあることを前提にしてい
る。上記支払は,平成21年以前と同様の支払手続によって支払われてい
るのであるから,平成21年以前においても支払地は国内であったと認め
るべきである。
(2)本件利益に係る収入すべき金額の為替換算について,原判決はTTMに
よるのが合理的である旨判断した。
しかしながら,納税者の担税力は,処分可能な市場価格に基づいて判断さ
れるべきであるから,納税者が換価することのできないTTMによって邦貨
換算して課税金額を決定することは,納税者の担税力を超える課税を行うも
のであり,正当とはいえない。
また,給与所得として同一の担税力であるにもかかわらず,源泉徴収の場
合にはTTBによって邦貨換算し,申告納税の場合にはTTMによって邦貨
換算することを定めた通達は租税公平主義に違反し,憲法14条1項に違反
するものである。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は,以下のと
おり,原判決の一部を補正し,控訴人の当審における主張に対する判断を加え
るほか,原判決「事実及び理由」欄の「第3当裁判所の判断」に記載のとお
りであるから,これを引用する。
2原判決への付加訂正
(1)原判決44頁20行目の「グローバル」を「P3グループ全体をグローバ
ルに管理しているシステム(以下単に「グローバル」ということがある。)」
と改める。
(2)原判決55頁最終行の「しかしながら,」の次に「給与や退職手当の支払
に関する」を加え,56頁1行目の「支払義務の内容」の次に「と,これを
自ら支払う旨」を加え,同頁3行目の「付与される旨定めているにすぎない」
を「付与されることになる旨を定めているものの,自らこれを支払う旨の記
載がない」と改める。
(3)原判決58頁1行目の「ところである」の次に「(乙2)」を加える。
(4)原判決61頁22行目の「そもそも」から23行目の「証拠がない。なお,」
までを削り,23行目の「(枝番を含む。),」の次に「34,」を加える。
3当審における控訴人の主張に対する判断
(1)P1の源泉徴収義務の存否について
ア控訴人は,P2が子会社の社員の勤務評定をして賞与金額を決定するこ
とは不可能であることを理由に,本件アワード付与の主体がP2であると
した原判決の判断を批判する。しかしながら,原判決の前提事実(3)のとお
り,P3グループにおける株式報酬制度(本件プラン)は,本件プラン・ル
ールに従って運営されているところ,本件プラン・ルール4.3項によれ
ば,委員会(P2の取締役会又は同取締役会により,本件プランの決定機関
として指名された他の委員会又は他の団体若しくは人を意味する。本件プ
ラン・ルール2項,原判決第3,1(1)イ(エ))は,委員会が決定した日付
で,適格な従業員にアワードを与える権利を有し,又は,他の者が適格な
従業員にアワードを与えると決めた場合にこれを認める権利を有するとさ
れているのであり,この定めからみて,P1を含めP3グループに所属す
る全世界の各企業の従業員にアワードを付与する権限を有しているのは,
委員会であると解される。そして,本件全証拠によるも,委員会が,たと
えばP1の取締役会など第三者に対し,この権限を包括的に委任したとの
事実は認めることができない。控訴人は,P2が子会社の社員の勤務評定
をすることなど実際には不可能であることなどを指摘するが,これは,ア
ワード付与の権限そのものとは別個の問題であり,P1が控訴人の勤務評
定を行っていたとしても上記のとおり委員会にアワード付与の決定権限が
あるとの事実認定を揺るがすものではない。また,各従業員へのアワード
の支給額の決定においても,原判決が認定判断するとおり,P3グループ
の報酬委員会(本件報酬委員会)がグローバル全体の報酬金額を決定し,P
2の取締役会が業績賞与総額を承認した上で,その後の各部門別業績賞与
の額の決定,各統括地域別分配,最終的な各従業員個人の業績賞与の額の
決定,その内容についての地域レベル,グローバルレベルによる精査を経
て,本件報酬委員会による確認後,P2の取締役会で承認されるとのシス
テムが採用されているのであり(原判決第3,1(4)),このシステムにおい
てP1が各従業員へのアワードの支給額の決定権を有すると解することは
できない。控訴人は,大企業のグループにおける経営の実務を理解してい
ないなどと原判決を批判するが,本件は,本件プラン・ルールに基づき決
定されるアワードの決定に関する問題であって,本件プラン・ルールの内
容に従って解釈されるべき問題であるから,控訴人の上記主張は採用でき
ない。
イ控訴人は,支払決定権者であるからといって,所得税法183条1項の
「支払をする者」にあたるとはいえない旨を主張する。しかしながら,原
判決も認定判断するとおり,①本件アワードの付与は,P2の価値を築き
上げることへの参加を通じて,優秀な従業員の意欲を高めること等を目的
とし,付与の主体はP2であること,②本件アワードの支給申請に至る手
続は,P2が本件利益の支払義務を有する債務者であることを前提として
いると解され,契約書こそないが,P2による申込みと控訴人の承諾によ
り本件アワードに係る経済的利益(本件利益)の支払に係る契約関係が形成
されたといえること,③本件三社間契約においても,P2は,P4社に対
し,本件利益の支払事務を委託していたのであり,P4社は,P1ではな
く,P2からの指示を受けて上記支払手続を進めていたことがそれぞれ認
められ(原判決第3,4(1)),これらを総合するとP2こそが,本件利益の
支払についての債務者と認められるから,所得税法183条1項の「支払
をする者」に当たるといえるのである。原判決は,P2がアワード付与権
限を有し,その主体であることだけから「支払をする者」であるとしてい
るものではなく,控訴人の主張は理由がない。また,控訴人が引用する最
高裁判所平成21年(受)第747号同23年3月22日第三小法廷判決
(民集65巻2号735頁)の判旨は,本件とはその前提とする事実を異に
するものであり,控訴人の主張は上記判旨を正解するものともいえない。
ウ控訴人は,給与所得における給与等の支払をする者とは,雇用契約,労
働契約によって役務の提供を受けた雇用者であり,雇用契約の認定を離れ
て給与等の「支払をする者」の認定をすべきでないとの前提の下,控訴人
とP2との間に雇用契約が存在しないこと,本件P2株式は,控訴人とP
1との雇用契約に基づき,控訴人から役務の提供を受けたP1が,上記雇
用契約の裁量的賞与条項に基づいて,毎年従業員の勤務評定を行い,自社
の報酬体系として株式報酬を含む個々の従業員の賞与額を決定し,親会社
であるP2の承認を得て,自らの計算において支給していたことを指摘し
て,本件アワードについてはP1が所得税法183条1項の「支払をする
者」に当たる旨を主張する。
しかし,親会社(本件プランに基づくアワードが付与されるような主要な
従業員(上級幹部職員)の人事権等の実権を握ってこれを支配していると認
められる。原判決第3,3(3)参照)であるP2がP3グループ全体の利益
のために子会社であるP1の従業員に対し,株式報酬を支払うという制度
が雇用契約,労働契約の契約関係において,およそ想定できないなどとい
うことはできないのであり,株式報酬の支払義務を負う者が雇用契約に基
づいて直接に役務の提供を受けた者に限定されるという理由もない。そし
て,上記ア,イの事実の下においては,本件利益についての支払義務を負
う者は,P2と認められるのであり,このように解したからといって給与
所得の本質に反するということもできない。米国法人の子会社である日本
法人の代表取締役が親会社である米国法人から付与されたいわゆるストッ
クオプションを行使して得た利益が所得税法28条1項所定の給与所得に
当たることを認めた最高裁判所平成16年(行ヒ)第141号同17年1月
25日第三小法廷判決(民集59巻1号64頁)が当該給与所得について
「雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対
価」であると判示するのも上記と同様の理解に立っているものと解される。
また,控訴人の主張する上記各事情のうち,P1が雇用契約の裁量的賞与
条項に基づいて,毎年従業員の勤務評定を行っていることがP2を本件利
益の支払についての債務者と認定することの妨げにならないこと,P1が
自社の報酬体系として株式報酬を含む個々の従業員の賞与額を決定し,自
らの計算において支給していたとは認められないことは,いずれも上記ア,
イにおいて説示したとおりであり,控訴人の主張はこの点においても理由
がない。
エ控訴人は,本件アワード・ステートメント,本件プラン書,本件合意書
などの記載から,控訴人とP1との間で本件P2株式の付与契約が成立し
た旨主張する。
しかしながら,証拠(乙6)によれば,控訴人がP1を通じて手交された
本件アワード・ステートメントの発行の名義はP3グループであり(本件プ
ラン書4.4項(原判決第3,1(1)エ(エ))によればアワード・ステートメ
ントの発行主体は委員会であると認められ,委員会の実体はP2とみるの
が自然であることは原判決同3,(2)イが判示するとおりである。),ここ
にはP1の名も,雇用者であるP1での役務に対する対価である旨も全く
記載されておらず,むしろ「このアワードは,(中略)あなたの貢献がP3
グループの将来の発展に大きく繋がる可能性を認めるものです。」,「P
2に対するあなたの継続した貢献に対する感謝の意とします。」との記載
がある。
また,本件プラン書にはP2が支払う旨の直接的な文言はないとしても,
P1あるいは雇用者が支払う旨の記載もなく,その内容を成す本件プラ
ン・ルールによれば,P3グループに所属する全世界の各企業の従業員に
アワードを付与する権限を有しているのは,委員会,すなわちP2である
と解されることは上記アに説示したとおりである。
また,本件合意書は,控訴人指摘のようにP1と控訴人との間の退職条
件等について記載したものであるが,その中に本件P2株式について触れ
る記載があるからといって,そのことから当然にP1が本件P2株式の支
払債務の負担に合意したと解することはできないことは上記補正した原判
決第3,4(2)ア(イ)の判示するとおりである。
オ控訴人は,本件三社間契約においてP1が本件P2株式調達費用を支払
うとされているのであるから,本件P2株式の支払に係る経済的出捐の負
担者はP1であると解されるとした上で,企業会計基準適用指針によれば,
親会社が自社株式オプションを子会社従業員に付与した場合,その費用を
子会社が負担していれば,上記株式オプション付与による報酬は子会社の
報酬体系に組み入れられているか,子会社の自社従業員に対する報酬とし
て位置づけられるとされていると主張し,この取扱は,本件のように現物
株式が支給された場合も異なるべき理由はないから,P1が本件P2株式
の調達費用を支払った事実から,本件P2株式の支払は,P1の自社従業
員に支払った報酬と位置づけられるということになると主張する。
しかしながら,証拠(甲33の1)によれば,控訴人がその主張の根拠と
している企業会計基準適用指針は,「子会社の従業員等に対する当該親会
社株式オプションの付与が子会社の報酬体系に組み入れられている等,子
会社においても自社の従業員等に対する報酬として位置付けられている場
合には,その付与と引換えに従業員等から提供された上記サービスの消費
を,子会社の個別財務諸表においても費用として計上する(「給料手当」等
の科目名称を用いる)」というものであって,控訴人が主張するように子会
社(本件ではP1)が報酬支払に係る費用負担をしたとの事実があれば当該
報酬は子会社の報酬体系に組み入れられるなどということは述べられてい
ない。この点において控訴人の主張はその前提を欠いている。また,企業
会計基準適用指針は,企業会計における会計処理の指針を示すものにすぎ
ないから,その記載内容が直ちに本件利益に係る支払債務の債務者を決め
る基準となるものとも解されない。
更にいえば,本件三社間契約が,P1が本件P2株式調達費用を支払う
ことを定めていると解されるとしても,その合意の性質は,P3グループ
内における費用分担についての合意にしかすぎないから,これをもって控
訴人との間で本件利益の支払債務を負う者がP1であることを示すと直ち
に認めることができないこと,P1が本件P2株式調達費用の全額を負担
したとも認め難いことは原判決第3,4(2)ア(エ)が判示するとおりであり,
いずれにしても控訴人の上記主張は採用できない。
カ控訴人は,SARなどにおいてP1が源泉徴収を行ったことを根拠に,
本件P2株式についても同様である旨主張する。
証拠(甲34)によれば,①SARとは,権利行使日にP2株式の価格が,
行使価格を上回っている上昇分に等しい金額を現金で受け取るためにプラ
ン・ルールに従って参加者に付与された権利(甲34の和訳部分の13丁
目)であること,②上記の参加者とはプラン・ルールに従ってSARアワー
ドを付与された者をいい(同12丁目),P2は上記参加者を決定する裁量
を有していること(同8丁目),③SARアワードは,P2株式の固定価格
(行使価格)と(同3丁目)付与数及びベスティング日(アワード日の約3年
後とされている。同4丁目)を記載したアワードステートメントを参加者に
交付することによって付与されること(同11丁目),④参加者は,ベステ
ィング日と失効日との間の任意に選択した日にSARを行使することがで
きること(同4丁目),⑤参加者は,上記行使時のP2株式が上記③の行使
価格を上回っている場合にはその差額を受け取ることができることがそれ
ぞれ認められる。このようにSARは,従業員の報酬額をP2の株式価格
と連動させ,P2の株式価格の上昇に対するインセンティブを従業員に付
与することによって業績に対する従業員の関心と意欲を高める機能を有す
るという点において本件プランと共通する面がある。しかし,SARは,
従業員に現金を支給する点で本件プランとは基本的な相違があり,そのた
め,SARによる報酬の支払は,通常の給与として支払われるとされてい
る(同7丁目)。したがって,SARについてP1が通常の給与と同列に扱
って源泉徴収しているからといって(この場合,債務者が誰であるかという
点を離れてP1が所得税法183条1項の「支払をする者」となり得るこ
とは原判決第3,4(2)イに判示するとおりである。なお,上記判示と最高
裁判例との関係については下記クに説示するとおりである。),本件プラン
の株式報酬についても同様に扱わなければならないということにはならな
い。
また,控訴人は,平成21年以降,本件プランと同様の株式報酬につい
てP1が源泉徴収しているが,その前後を通じて支払債務の移管がなされ
た事実はないとも主張する。しかしながら,支払債務者でなければ源泉徴
収義務者となり得ないとは必ずしもいえないことは上記のとおりであり,
また,本件プランと同様の株式報酬に係る平成21年以降の支払手続の変
更によって,P1の従業員については,同社が上記株式報酬の支払につき
密接な関係にあることを考慮して源泉徴収義務を負うと解する余地がある
ことは原判決第3,4(2)イにおいて判示されているとおりなのであって,
源泉徴収開始の前後における債務者の異同を問題として,これを論拠に本
件利益についてP1に源泉徴収義務があったとする控訴人の主張は採用で
きない。なお,本件プランと同様のインセンティブ・プランに基づく繰延
株式賞与(2004(平成16)年2月1日に付与され,2008(平成20)
年8月1日にベストされた。)に係る資料中の「P2株式報奨制度-日本地
域従業員のための租税情報」と題する書面(乙17・別添2の和訳部分の7
丁目)には,「P2株式(又は同額の現金)がベストされ,分配されるたびに
納税義務が発生する。・・・・。基本的に,日本国外から日本の居住者に対し
て支払が行われた場合,たとえその支払が日本の所得税の対象であっても,
日本で源泉徴収されることはない。これは,P2株式報奨制度に基づくP
2株式の分配が当てはまるケースである。税金は源泉徴収されないため,
あなたはP2株式を受け取った年度について,あなたの所得税の確定申告
をしなければならない。」と記載されているのであり,控訴人に対しても
同様に本件利益について源泉徴収はされず,確定申告が必要であることが
周知されていたと推認されるところ(乙17・7頁参照),原判決前提事実
(7)のとおり,控訴人は,これに反して本件利益のうち本件端株相当額を除
き確定申告に記載をしなかったのである。
キP1が麹町税務署の調査に対して「国内において」支払ったかどうかを
争ったからといって,争点の設定は,その論理的順序にかかわらず同社が
任意に選択することができるのであるから,同社が「支払をする者」であ
ると認識していたと認めることはできない。
また,平成21年以降の取扱をもって本件プランに関するP1の認識を
推測することはできない。
ク控訴人は,給与等の支払者に源泉徴収義務を課するのは,支払債務者で
あることが必要であるとして,原判決は最高裁判所平成20年(行ツ)第2
36号,同年(行ヒ)第272号同23年1月14日第二小法廷判決(民集6
5巻1号1頁)及び最高裁判所昭和31年(あ)第1071号同37年2月
28日大法廷判決(刑集16巻2号212頁)に違反する旨主張する。しか
しながら,控訴人の指摘に係る判例は,いずれも源泉徴収義務を課す理由
について「給与・報酬の支払をする者がこれを受ける者と特に密接な関係
にあって,徴税上特別の便宜を有し,能率を挙げ得る点を考慮したことに
よるものである。」としているのであって,支払をする者が支払債務者で
あることを必要とする旨を判断しているのではない。したがって,控訴人
の主張は上記判例を正解しないものであるから,採用することはできない。
ケ本件三社間契約は,原判決第3,4(2)ア(エ)において判示されていると
おり,本件プランのみを対象とする契約ではなく,三社が複数のインセン
ティブ・プランを実施運営するためにそれぞれの義務,費用の負担,所定
の金員の決済方法及び管理者の報酬等について,包括的に内部合意をした
ものにすぎず,個々のインセンティブ・プランの内容を規律するものでは
ない。そして,既に見たように本件P2株式については,支払債務を負っ
ている者はP2であり,本件三社間契約はこれを前提として,これに整合
的に解釈されるべきである。そうすると,本件P2株式については,P4
社は,P2の委託に基づいて支払事務を行ったと解すべきであり,支払が
国内において行われたものということはできない。控訴人の主張は,P4
社がP1の代理人として行っていることを前提とするものであり,採用す
ることはできない。
また,P1は,平成21年以降,本件と同様の株式報酬支払において端
株部分だけでなく,整数株部分についても源泉徴収をしているところ,こ
れは,上記株式報酬支払が国内において支払われていることを前提にして
いるということができるが,だからといって,直ちに本件P2株式につい
ての支払が国内において行われたと認められる訳ではない。
以上のとおり,控訴人の主張はいずれも採用できない。
(2)為替換算に関する主張について
本件で問題とされているのは,本件利益(本件端株相当額を除く)を構成す
るP2株式の評価の方式であるところ,本件のように外貨建取引において株
式が支給された場合,受給者はこれを円貨に換算することなく外貨のまま保
有することもあり得るのであり,そのことを考慮して本件利益(本件端株相当
額を除く)に係る収入すべき金額を,邦貨に換金するための金融機関の手数料
相当額を差し引いた額であるTTBではなく,TTMによって評価したとし
ても不合理ということはできず,また,これをもって納税者の担税力を超え
る課税をするものと評価することもできない。また,源泉徴収の対象となる
報酬等の金額が外貨で表示される場合の国内源泉所得の金額についてはTT
Bにより換算した金額とすることに不合理はないことは原判決第3,5(2)
ウにおいて判示されているとおりであり,このようにその課税の目的や方法
に応じて合理的な評価方式を選択したとしても,それが租税公平主義に反し,
憲法14条に違反するとはいえない。
4以上によれば,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は正当であり,本件
控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第23民事部
裁判長裁判官夫
裁判官若林辰繁
裁判官本吉弘行

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