令和2年12月14日判決言渡
令和元年(行ケ)第10076号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年9月23日
判決
原告エフ.ホフマンーラロシュアクチェンゲゼルシャフト
同訴訟代理人弁理士園田吉隆
石岡利康
時任貴志
中田博子
同訴訟復代理人弁理士小梶晴美
仙波和之
被告アムジェンインコーポレイテッド
同訴訟代理人弁護士山本健策
福永聡
難波早登至
千田史皓
同訴訟代理人弁理士馰谷剛志
富樫征也
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2017-800154号事件について平成31年1月22日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,後記1
に係る特許の請求項1~17の記載要件違反(実施可能要件違反,サポ-ト要件違
反),新規性及び進歩性の有無である。
1特許庁における手続の概要等
被告は,発明の名称を「炎症性疾患および自己免疫疾患の処置の組成物および方
法」とする発明に係る特許権(特許第5766124号)の特許権者である(以下
「本件特許権」といい,本件特許権に係る特許を「本件特許」という。甲19)。
本件特許に係る出願(以下,「本件特許出願」という。)は,平成22年1月20日
に,パリ条約による優先権主張(2009年〔平成21年〕1月21日米国。以下,
同日を「本件優先日」といい,優先権主張の基礎とされた出願〔甲11〕を「本件基
礎出願」という。)を伴って出願されたもので,本件特許権は,平成27年6月26
日に設定登録された(甲19)。
被告は,平成28年7月26日付けで,訂正請求をし,特許庁は,本件特許の請求
項1~19について訂正を認めた(甲14。以下,訂正後の請求項1~19に係る発
明を,それぞれ「本件発明1」~「本件発明19」といい,併せて,「本件発明」と
いう。また,本件特許の明細書及び図面を「本件明細書」という。)。
原告は,平成29年12月20日,特許庁に対し,本件発明について,特許を無効
とすることを求めて審判(以下,「本件審判」という。)の請求をし,特許庁は,上記
請求を無効2017-800154号事件として審理した上,平成31年1月22
日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,「本件審決」という。)を
し,その謄本は同月31日,原告に送達された。
2訂正後の本件特許の特許請求の範囲等
(1)本件発明1~19について
【請求項1】(本件発明1)
被験体において炎症性疾患,障害または状態を処置する方法において使用するた
めの組成物であって,該組成物は,IL-2改変体を含み,該IL-2改変体は,
(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含み,
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し,
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して,FOXP3陰性T細胞
においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており,および
(d)(ⅰ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2Rβ
親和性を有するか,(ⅱ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,IL
-2Rα親和性を有し,かつ,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下
した,IL-2Rβ親和性を有するか,(ⅲ)配列番号1として記載されるポリペプチ
ドよりも低下した,IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか,または,(ⅳ)
配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,IL-2Rα親和性を有し,
かつ,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2Rβおよ
びIL-2Rγ親和性を有し,
該炎症性疾患,障害または状態は,自己免疫疾患,器官移植片拒絶,または,移植
片対宿主病である,組成物。
【請求項2】(本件発明2)
前記炎症性疾患,障害または状態は,喘息,糖尿病,関節炎,アレルギー,器官移
植片拒絶,および移植片対宿主病からなる群より選択される,請求項1に記載の組成
物。
【請求項3】(本件発明3)
前記IL-2改変体は,配列番号1に少なくとも95%同一のアミノ酸の配列を
含む,請求項1に記載の組成物。
【請求項4】(本件発明4)
前記IL-2改変体は,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,I
L-2Rα親和性を有する,請求項1に記載の組成物。
【請求項5】(本件発明5)
前記IL-2改変体は,インビトロにおいて,FOXP3陽性調節性T細胞の成長
または生存を促進する,請求項1に記載の組成物。
【請求項6】(本件発明6)
前記IL-2改変体は,アミノ酸30,アミノ酸31,アミノ酸35,アミノ酸6
9,およびアミノ酸74からなる群より選択される位置に,配列番号1において記載
されるポリペプチド配列において変異を含む,請求項1に記載の組成物。
【請求項7】(本件発明7)
前記30位の変異は,N30Sである,請求項6に記載の組成物。
【請求項8】(本件発明8)
前記31位の変異は,Y31Hである,請求項6に記載の組成物。
【請求項9】(本件発明9)
前記35位の変異は,K35Rである,請求項6に記載の組成物。
【請求項10】(本件発明10)
前記69位の変異は,V69Aである,請求項6に記載の組成物。
【請求項11】(本件発明11)
前記74位の変異は,Q74Pである,請求項6に記載の組成物。
【請求項12】(本件発明12)
前記IL-2改変体は,機能的IL-2受容体複合体を含むエクスビボFOXP
3陽性T細胞においてSTAT5リン酸化を誘発するが,FOXP3陰性T細胞に
おいてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が,配列番号1として記載されるポリ
ペプチドと比較して低下している,請求項1に記載の組成物。
【請求項13】(本件発明13)
前記IL-2改変体は,配列番号1において記載されるポリペプチド配列の88
位において変異を含む,請求項12に記載の組成物。
【請求項14】(本件発明14)
前記88位の変異は,N88Dである,請求項13に記載の組成物。
【請求項15】(本件発明15)
前記IL-2改変体は,インビボにおいて該IL-2改変体の血清半減期を延長
する化学物質またはポリペプチドに結合体化されている,請求項1に記載の組成物。
【請求項16】(本件発明16)
炎症性疾患,障害または状態の処置のための医薬の調製におけるIL-2改変体
の使用であって,該IL-2改変体は,
(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含み,
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し,
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して,FOXP3陰性T細胞
においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており,および
(d)(ⅰ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2Rβ
親和性を有するか,(ⅱ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,IL
-2Rα親和性を有し,かつ,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下
した,IL-2Rβ親和性を有するか,(ⅲ)配列番号1として記載されるポリペプチ
ドよりも低下した,IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか,または,(ⅳ)
配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,IL-2Rα親和性を有し,
かつ,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2Rβおよ
びIL-2Rγ親和性を有し,
該炎症性疾患,障害または状態は,自己免疫疾患,器官移植片拒絶,または,移植
片対宿主病である,使用。
【請求項17】(本件発明17)
前記IL-2改変体は,インビボにおいて該IL-2改変体の血清半減期を延長
する化学物質またはポリペプチドに結合体化されている,請求項16に記載の使用。
【請求項18】(本件発明18)
前記IL-2改変体は,
配列番号3に記載のアミノ酸;
配列番号4に記載のアミノ酸;
配列番号5に記載のアミノ酸;
配列番号6に記載のアミノ酸;
配列番号8に記載のアミノ酸;および
配列番号9に記載のアミノ酸;
からなる群より選択されるアミノ酸の配列を含む,請求項1~15のいずれかに記
載の組成物。
【請求項19】(本件発明19)
前記IL-2改変体は,
配列番号3に記載のアミノ酸;
配列番号4に記載のアミノ酸;
配列番号5に記載のアミノ酸;
配列番号6に記載のアミノ酸;
配列番号8に記載のアミノ酸;および
配列番号9に記載のアミノ酸;
からなる群より選択されるアミノ酸の配列を含む,請求項16~17のいずれかに
記載の使用。
(2)以下においては,請求項1(本件発明1)の「(b)FOXP3陽性調節
性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し」を「本件発明特定事項(b)」,「(c)
配列番号1として記載されるポリペプチド(以下,単に「野生型IL-2」,「wt
IL-2」,「野生型」又は「WT」ということがある。)と比較して,FOXP3
陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており」を「本件
発明特定事項(c)」,「(d)(ⅰ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも
低下した,IL-2Rβ親和性を有するか,(ⅱ)配列番号1として記載されるポリペ
プチドよりも高い,IL-2Rα親和性を有し,かつ,配列番号1として記載される
ポリペプチドよりも低下した,IL-2Rβ親和性を有するか,(ⅲ)配列番号1とし
て記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2RβおよびIL-2Rγ親和
性を有するか,または,(ⅳ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,
IL-2Rα親和性を有し,かつ,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも
低下した,IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し」を「本件発明特定事項
(d)」ということがある。また,IL-2Rα親和性,IL-2Rβ親和性,IL
-2Rβγ親和性などの親和性を「α親和性」,「β親和性」,「βγ親和性」など
ということがある。
3本件審判で主張された無効理由
(1)無効理由1(優先権主張の利益を享受できないことを前提とする甲1に基
づく新規性欠如)
本件発明1~3,5,12~17は,本件基礎出願(米国特許仮出願第61/14
6,111号〔甲11〕)に基づき優先権主張の利益を享受できないものであり,甲
1に記載された発明(以下,「甲1発明」という。)と同一である。
(2)無効理由2(優先権主張の利益を享受できないことを前提とする甲1,甲
1及び2,又はこれらと甲3~9のうちの一又は複数との組合せに基づく進歩性欠
如)
本件発明1~19は,本件基礎出願に基づき優先権主張の利益を享受できないも
のであり,本件発明は,甲1,甲1及び2,又はこれらと甲3~9のうちの一又は複
数との組み合わせに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることがで
きた発明である。
(3)無効理由3(仮に優先権主張の利益を享受できるとした場合の甲1に基づ
く特許法29条の2違反)
本件発明1~3,5,12~17は,甲1発明と同一であり,しかも,本件特許出
願の発明者は,甲1発明をした者と同一ではなく,また,本件特許出願時に,出願人
は,甲1の出願人と同一でもない。
(4)無効理由4(実施可能要件違反)
本件発明1~17は,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記
載されていないため,特許法36条4項1号に違反する。
(5)無効理由5(サポ-ト要件違反)
本件発明1~17は,発明の詳細な説明に記載されたものではないため,特許法3
6条6項1号に違反する。
(6)無効理由6(甲2に基づく新規性欠如)
本件発明1~17は,甲2に記載された発明(以下,「甲2発明」という。)と同一
である。
(7)無効理由7(甲2に基づく進歩性欠如)
本件発明1~19は,甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものである。
(8)甲1~10及び13について
甲1国際公開第2009/135615号
甲2米国特許出願公開第2005/0142106号明細書
甲3国際公開第99/060128号
甲3の2特表2002-515247号公報
甲4RuthY.Lan他「Theregulatory,inflammatory,andTcellprogramming
rolesofinterleukin-2(IL-2)」JournalofAutoimmunityvol.31,No.1,p7-12,2008
年
甲5ArmenB.Shanafelt他「AT-cell-selectiveinterleukin2mutein
exhibitspotentantitumoractivityandiswelltoleratedinvivo」Nature
Biotechnologyvol.18,p1197-1202,2000年
甲6KerstinSiegmund他「UniquePhenotypeofHumanTonsillarandIn
Vitro-InducedFOXP3+
CD8+
TCells1
」TheJournalofImmunologyvol.182,p2124-
2130,2009年
甲7NChaput他「IdentificationofCD8+
CD25+
Foxp3+
suppressiveTcells
incolorectalcancertissue」GutVol.58,p520-529,2009年
甲8国際公開第2008/003473号
甲8の2特表2009-542592号公報
甲9特表2005-529108号公報
甲10DavidV.Liu他「EngineeredIntrleukin-2Antagonistsforthe
InhibitionofRegulatoryTCells」JImmunothervol.32,No.9,p887-894,2009年
甲13NatashaKCrellin他「AlteredactivationofAKTisrequiredfor
thesuppressivefunctionofhumanCD4+
CD25+
Tregulatorycells」BLOOD
vol.109,No.5,p2014-2022,2007年
4本件審決の理由の要旨
(1)本件特許出願における新規性及び進歩性の判断の基準日について
ア本件発明特定事項(b)について
本件発明特定事項(b)は,「FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リ
ン酸化を刺激し」というものであるところ,本件基礎出願の願書に最初に添付された
明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「本件基礎出願明細書」という。甲11)
の特許請求の範囲の請求項1に,「FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5
リン酸化を刺激」することが記載されている。
本件基礎出願明細書には,IL-2改変体が,IL-2Rを介したシグナル伝達の
改変によって,Treg細胞の優先的な増殖/生存/活性化をもたらすことが記載
され,IL-2Rの活性化に際して,リン酸化されることが公知の分子の一つとして
STAT5が挙げられている。
FOXP3が,Tregを同定する際のマーカー分子として用いられることは,本
件優先日当時の技術常識であることを考慮すると,本件基礎出願明細書における「T
reg細胞」は,「FOXP3陽性調節性T細胞」と同義である。
そうすると,本件基礎出願明細書には,FOXP3陽性調節性T細胞においてST
AT5リン酸化を刺激しているIL-2改変体が記載されているといえる。
イ本件発明特定事項(c)について
本件基礎出願明細書には,IL-2改変体が,Treg細胞の成長/生存を促進す
るが,非調節性細胞(FOXP3-
IL-2Rα+
CD4+
)の成長/生存を促進する
ための能力が野生型IL-2と比較して低下しているものであることが記載されて
いる。
甲4によると,調節性T細胞であるか,非調節性T細胞であるかにかかわらず,T
細胞が増殖する際には,STAT5の二量体化によるリン酸化反応が生じることは
本件優先日当時の技術常識である。この技術常識を踏まえると,本件発明1のIL-
2改変体において,非調節性T細胞(FOXP3-
IL-2Rα+
CD4+
)の増殖/
生存を促進するための能力が低下するということは,STAT5がリン酸化する能
力が低下することと同義であるといえる。
そうすると,本件基礎出願明細書には,野生型IL-2と比較して,FOXP3陰
性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しているIL-2改
変体が開示されているものであり,本件発明特定事項(c)は本件基礎出願明細書に
記載されている。
ウ本件発明特定事項(d)並びに本件発明特定事項(b),(c)及び(d)
の組合せについて
(ア)本件基礎出願明細書には,IL-2改変体は,Treg細胞(すなわ
ち,FOXP3陽性調節性T細胞)の成長/生存を促進するが,非調節性細胞(FO
XP3-
IL-2Rα+
CD4+
)(すなわち,FOXP3陰性T細胞)の成長/生存
を促進するための能力が野生型IL-2と比較して低下しているものであることが
記載されている。
また,本件基礎出願明細書には,IL-2改変体の一態様として,①野生型IL-
2よりも高いα親和性を有するIL-2改変体が記載され,その改変体の具体例が
記載されている。
さらに,本件基礎出願明細書には,Tregの優先的な増殖/生存/活性化をもた
らすIL-2改変体は,低下したPI3Kシグナル伝達能力を有しており,このPI
3Kシグナルの低下は,AKTのリン酸化の低下を指標として測定することができ,
そのような改変体は,②「IL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する位置」(す
なわち,親和性に関与する位置)に変異を含み得るものであって,その改変体の具体
例も記載されている。なお,本件基礎出願明細書における「IL-2RβもしくはI
L-2Rγに接触する位置」に変異を含み得る旨の記載は,「シグナル伝達サブユニ
ットIL-2Rβに対する親和性の低下」との記載を考慮すると,IL-2βに対し
て親和性を低下させる変異を含むこと,又はIL-2Rβ及びIL-2Rγに対し
て親和性を低下させる変異を含むこと(すなわち,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は
(d)(ⅲ)に対応する。)を意味すると理解するのが自然である。
そうすると,本件基礎出願明細書には,Treg細胞の成長/生存は促進するが,
非調節性細胞の成長/生存を促進するための能力が野生型IL-2と比較して低下
しているIL-2改変体は,α親和性の上昇及びβ親和性の低下の組合せを通して
機能することが記載されているものの(本件発明特定事項(d)(ⅱ)に対応する。),
上記①(IL-2Rαに対する高い親和性を有するIL-2改変体)又は上記②(I
L-2Rβに対して親和性を低下させる変異,又はIL-2Rβ及びIL-2Rγ
に対して親和性を低下させる変異)のいずれかの態様のみのものも具体的に示され
ており,また,本件基礎出願明細書の「Tregの優先的な増殖/生存/活性化をも
たらす改変体は,IL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する位置か,又はIL-
2RβもしくはIL-2Rγに接触する他の位置の方向づけを改変する位置に変異
を含む」旨の記載から,IL-2Rβに対して親和性を低下させる変異,又はIL-
2Rβ及びIL-2Rγに対して親和性を低下させる変異(本件発明特定事項
(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に対応する。)が,FOXP3陰性T細胞よりも,FOXP3陽
性調節性T細胞の成長/生存を優先的に促進する作用を発揮するのに重要であるこ
とが理解できる。
したがって,当業者は,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に対応する構成を有
するIL-2改変体は,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞
の増殖/生存を優先的に促進する作用を有することを合理的に推認できる。
(イ)本件発明特定事項(d)(ⅱ)又は(d)(ⅳ)は,本件発明特定事項(d)(ⅰ)
又は(d)(ⅲ)に対して,さらにα親和性が向上していることを規定するものであると
ころ,本件基礎出願明細書には,Treg細胞の成長/生存の活性を促進するが,非
調節性T細胞の成長/生存を促進するための能力が低下しているIL-2改変体に
ついて,α親和性の上昇及びβ親和性の低下の組合せを通して機能することが記載
されているから,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に加えて,α親和性が向上し
ていてもよいことが理解できる。
したがって,当業者は,本件発明特定事項(d)(ⅱ)又は(d)(ⅳ)に対応する構成を有
するIL-2改変体は,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞
の増殖/生存を優先的に促進する作用を有することを合理的に推認できる。
(ウ)上記(ア)及び(イ)における「FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽
性調節性T細胞の成長/生存を優先的に促進する作用」とは,甲4に示された「調節
性T細胞であるか,非調節性T細胞であるかにかかわらず,T細胞が増殖する際には,
STAT5の二量体化によるリン酸化反応が生じる」という技術常識を考慮すると,
FOXP3陰性T細胞において,STAT5リン酸化を誘発する能力が低下するこ
と(本件発明特定事項(c)に対応する。)及びFOXP3陽性調節性T細胞におい
てSTAT5リン酸化を刺激すること(本件発明特定事項(b)に対応する。)を意
味する。
したがって,当業者は,本件発明特定事項(d)に対応する構成を有するIL-2
改変体は,本件発明特定事項(b)及び本件発明特定事項(c)に規定された性質を
有するものであることを合理的に推認できる。
(エ)以上のとおり,本件基礎出願明細書には,本件発明特定事項(d)が
記載されており,また,本件発明特定事項(b),本件発明特定事項(c)及び本件
発明特定事項(d)の組合せも本件基礎出願明細書の記載から把握できる。
エ本件発明1が本件基礎出願明細書に実施可能に記載されているかについ
て
(ア)本件発明特定事項(b),本件発明特定事項(c)及び本件発明特定
事項(d)が本件基礎出願明細書に記載されており,これらの組合せも記載されてい
ることは,上記ウで検討したとおりであって,本件基礎出願明細書の記載から,α親
和性の向上は必須ではなく,α親和性が向上していなくても,FOXP3陰性T細胞
よりもFOXP3陽性調節性T細胞の成長/生存を優先的に促進するという作用を
有することを理解できる。
(イ)このことは,本件基礎出願明細書の実施例においても裏付けられてい
る。
本件基礎出願明細書には,野生型よりも高いα親和性を付与する変異のみを有す
るmod2-4がwtIL-2と同様の挙動を示したことが記載されているから,
α親和性を向上させる変異は,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性
T細胞の成長/生存を優先的に促進する作用を有するものではないことが理解でき
る。
一方,このmod2-4(野生型よりも高いα親和性を付与する変異のみを有する
IL-2改変体)に,野生型よりも低下したβ親和性を付与すると理解できる変異
(N88D)及び本件基礎出願明細書には触れられていない変異(I89V)を有す
るIL-2改変体2-4は,野生型と比較して,2~3倍高い比率でFOXP3+
細
胞を含有していたことが,本件基礎出願明細書に記載されている。
本件基礎出願明細書には,IL-2Rαに対するより大きな親和性を付与する具
体的な変異の位置,IL-2Rβ又はIL-2Rγに接触する位置が記載されてい
るところ,第89位は,そのどちらにも記載されていないから,I89Vは,IL-
2Rに対する親和性に影響を与えない変異であることが理解できる。そして,本件基
礎出願明細書には,IL-2改変体が,IL-2Rを介したシグナル伝達の改変によ
って,Treg細胞の優先的な増殖/生存/活性化をもたらすものであるという技
術的思想が記載されていることに鑑みると,IL-2改変体2-4によるFOXP
3+
細胞の増加の結果は,IL-2Rに対する親和性に影響を与えない変異であるI
89Vではなく,野性型よりも低下したβ親和性を付与する変異(N88D)に起因
するものであると考えるのが自然である。
そうすると,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞の成長/
生存を優先的に促進する作用を有するためには,α親和性ではなく,低下したβ親和
性が重要であることが実施例の記載からも理解される。
(ウ)したがって,当業者は,本件基礎出願明細書の記載に基づいて,I8
9V変異を有さない改変体やIL-2Rαに対するより大きな親和性を付与する変
異を有さない改変体でも,所望の作用を有することを合理的に推認できる。
(エ)以上のとおり,本件発明1は,本件基礎出願明細書に当業者が実施で
きる程度に明確かつ十分に記載されているから,本件発明1は,優先権主張の利益を
享受することができる。
オ本件発明2~6,8~11,13~15について
本件発明1が優先権主張の利益を享受できるのは上記のとおりであるから,本件
発明2~6,8~11,13~15は,本件発明1と同様に優先権主張の効果が認め
られる。
カ本件発明7について
本件基礎出願明細書の特許請求の範囲の請求項8には,「位置30における変異が
N30S」であることが記載されているから,本件発明7は本件基礎出願明細書に記
載されている。
キ本件発明12について
本件基礎出願明細書には,平底プレートにおいて,PBMCをIL-2改変体2-
4で培養したところ,wtIL-2の存在下と比較して,FOXP3+
細胞の存在数
は,2~8倍に高まったこと,予め活性化したT細胞を2-4変異体と共に培養した
ところ,wtIL-2又はmod2-4と培養した細胞と比較して,CD4+
T細胞
は,2~3倍高い比率でFOXP3+
細胞を含有していたこと,及び予め活性化され
休止したT細胞をIL-2改変体2-4に短時間暴露したところ,IL-2受容体
シグナルカスケードの一部として既知であるSTAT5のリン酸化が刺激されたこ
とが記載されている。
これらの実験において使用されたT細胞は,エクスビボの状態であると認められ,
また,2-4変異体は,IL-2受容体を通じて,エクスビボFOXP3陽性T細胞
の増殖を促進したものであることから,本件基礎出願明細書には,「機能的IL-2
受容体複合体を含むエクスビボFOXP3陽性T細胞」においてSTAT5リン酸
化を刺激するIL-2改変体は記載されているといえる。
したがって,本件発明12は本件基礎出願明細書に記載されている。
ク本件発明16及び17について
本件発明1が優先権主張の利益を享受できるのは上記のとおりであるから,本件
発明16及び17についても同様に優先権主張の利益を享受できる。
ケ以上のとおりであるから,本件発明1~17は優先権主張の利益を享受
できる。
(2)無効理由1(優先権主張の利益を享受できないことを前提とする甲1に基
づく新規性欠如)について
ア本件発明1~3,5,12~17は,優先権主張の利益を享受でき,その
新規性,進歩性の判断において出願日とみなされる日(判断基準日)は本件優先日(平
成21年1月21日)であるから,本件発明1~3,5,12~17の新規性は甲1
(国際公開日2009年〔平成21年〕11月12日)により否定されない。
したがって,本件発明1~3,5,12~17に係る特許を無効理由1によって無
効にすることはできない。
イ仮に,本件発明1~3,5,12~17が,優先権主張の利益を享受でき
ない場合であっても,下記(4)(無効理由3)のとおり,本件発明1と甲1発明の間
には,相違点1~3及び相違点4~6があり,このうち,少なくとも相違点2及び相
違点3,若しくは,相違点5は,実質的な相違点であり,両発明は同一ではないから,
無効理由1の結論を左右しない。
(3)無効理由2(優先権主張の利益を享受できないことを前提とする甲1,甲
1及び2,又はこれらと甲3~9のうちの一又は複数との組合せに基づく進歩性欠
如)について
ア前記(2)のとおり,本件発明1~17は,優先権の利益が享受できるので
あるから,本件発明1~17の進歩性は,甲1,甲1及び甲2,又はこれらと甲3~
9のうちの一又は複数との組合せにより否定されない。
したがって,本件発明1~17に係る特許を無効理由2によって無効にすること
はできない。
イ仮に,本件発明1~17が優先権主張の利益を享受できない場合であっ
ても,下記(4)(無効理由3)のとおり,本件発明1と甲1に記載された発明の間に
は,相違点1~3及び相違点4~6がある。
このうち,相違点2又は相違点5は,本件発明1は配列番号1として記載されるポ
リペプチドと比較して,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘
発する能力が低下していることが特定されているのに対し,甲1発明は,CD8陽性
細胞傷害性T細胞の増殖に対してほとんど又は全く影響を及ぼさないものである点
であるところ,甲1発明において,「配列番号1として記載されるポリペプチドと比
較して,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低
下して」いることは,いずれの証拠にも記載も示唆もされていないから,相違点2又
は相違点5に係る構成は当業者が容易に想到し得るものではない。この点は,甲2~
9に記載の事項を組み合わせても同様である。また,本件発明1のIL-2改変体は,
FOXP3陰性T細胞の活性化について,CD8+
及びCD4+
の両方において低下
を示すものであって(本件明細書の【図2B】及び【図2C】),望ましくない炎症
を総合的に抑制することができるという顕著な効果を奏するものであるから,本件
発明1は,甲1発明に甲2~9に記載の事項を組み合わせても,当業者が容易に発明
することができるものではない。本件発明2~17も同様である。
そうすると,仮に,本件発明1~17が優先権主張の利益を享受できないとしても,
無効理由2の結論を左右しない。
(4)無効理由3(仮に優先権主張の利益を享受できるとした場合の甲1に基づ
く特許法29条の2違反)について
ア甲1の優先権主張の適否
甲1の優先権主張の基礎とされた独国特許出願102008023820.
1号(以下,「甲1基礎出願」という。)の明細書,特許請求の範囲及び図面(甲3
5)には,hIL-2-N88Rが,野生型IL-2と比較して,CD8+
細胞傷害
性T細胞の増殖に対する活性をほとんどあるいは全く有さないことが記載されてい
ないから,甲1の先願としての地位の基準日(後願排除の基準日)は,甲1の特許出
願日である平成21年4月28日となる。
そうすると,甲1は,本件発明1~3,5,12~17に係る特許の出願日とみな
される日である平成21年1月21日より前の「他の特許出願」には該当しないから,
無効理由3は理由がない。
イまた,仮に,甲1が優先権を主張できるとしても,以下のとおり,無効理
由3は理由がない。
(ア)本件発明1について
a甲1発明(技術的思想)に基づく特許法29条の2違反
①甲1発明について
甲1の国際出願日の明細書,特許請求の範囲及び図面(以下,「甲1明細書」とい
う。)には,次の発明が記載されている。
「被験体において自己免疫疾患を治療する方法において使用するための組成物であ
って,該組成物は,IL-2改変体を含み,該IL-2改変体は,
(a)野生型IL-2のアミノ酸配列に対して,第20位,第88位及び第126位
のアミノ酸のうち少なくとも1つが置換されており,
(b)CD4+
CD25+
FOXP3+
およびCD4+
CD25-
Foxp3+
などの制
御性T細胞の形成を選択的に誘導し,
(c)野生型IL-2と比較して,CD8陽性の細胞傷害性T細胞の増殖に対してほ
とんど又は全く影響を及ぼさない,
自己免疫疾患を治療するための組成物。」(以下,「先願発明1」という。)
②対比
本件発明1と先願発明1を対比すると,両者は,「医薬組成物であって,該組成物
は,IL-2改変体を含み,該IL-2改変体は,(a)配列番号1に少なくとも9
0%同一のアミノ酸の配列を含むものである組成物。」である点で一致し,少なくと
も以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1は,IL-2改変体は,FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT
5のリン酸化を刺激するものであるのに対し,先願発明1は,CD4+
CD25+
F
OXP3+
およびCD4+
CD25-
FOXP3+
などの制御性T細胞の形成を選択的
に誘導するものである点。
<相違点2>
本件発明1は,IL-2改変体は,配列番号1として記載されるポリペプチドと比
較して,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低
下しているものであるのに対し,先願発明1は,CD8陽性細胞傷害性T細胞の増殖
に対してほとんど又は全く影響を及ぼさないものである点。
<相違点3>
本件発明1は,IL-2改変体におけるIL-2Rに対する親和性が(d)(ⅰ)~
(ⅳ)として特定されているのに対し,先願発明1にはそのような特定はない点。
③判断
ⓐ相違点1について
先願発明1は「CD4+
CD25+
FOXP3+
およびCD4+
CD25-
FOXP3
+
などの制御性T細胞の形成を選択的に誘導」するものであるところ,「制御性T細
胞」は「調節性T細胞」と同義であるから,先願発明1の「CD4+
CD25+
FOX
P3+
およびCD4+
CD25-
FOXP3+
などの制御性T細胞」は,「FOXP3
陽性調節性T細胞」に相当する。
そして,甲4によると,調節性T細胞であるか,非調節性T細胞であるかにかかわ
らず,T細胞が増殖する際にはSTAT5の二量体化によるリン酸化反応が生じる
ことが本件優先日当時の技術常識であることを考慮すると,先願発明1における「C
D4+
CD25+
FOXP3+
およびCD4+
CD25-
FOXP3+
などの制御性T
細胞の形成を誘導」する際には,STAT5のリン酸化の刺激が起きているものであ
る。
そうすると,先願発明1の「CD4+
CD25+
FOXP3+
およびCD4+
CD2
5-
FOXP3+
などの制御性T細胞の形成を選択的に誘導」することは,本件発明
1の「FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5のリン酸化を刺激」すること
に相当する。
したがって,この相違点は実質的な相違点ではない。
ⓑ相違点2について
甲4に示された技術常識を考慮すると,「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」の増殖
が促進されなかったことは,「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」においてSTAT5
のリン酸化を誘発する能力が低下していることを意味する。
そして,甲6及び7は,CD8+
FOXP3+
T細胞が存在することを開示するも
のであること,甲15(JasonD.Fontenot他「RegulatoryTCellLineage
SpecificationbytheForkheadTranscriptionFactorFoxp3」Immunity
Vol.22,p239-341,2005年。本件審判の乙2)には,CD8陽性細胞においてFOX
P3は低レベルで発現していることが記載されていることを踏まえると,「CD8陽
性の細胞傷害性T細胞」は,必ずしも「FOXP3陰性T細胞」に相当するとはいえ
ない。
したがって,甲1明細書には,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸
化を誘発する能力が低下しているIL-2改変体が記載されているとはいえない。
仮に,先願発明1における「CD8陽性細胞傷害性T細胞」が本件発明1の「FO
XP3陰性T細胞」に相当するとしたとしても,本件明細書の段落【0003】の,
FOXP3陰性T細胞には,CD4+
細胞とCD8+
細胞があり,これらの両方は,炎
症誘発性となり得るものである旨の記載を考慮すると,本件発明1の組成物を規定
する用途に使用するためには,「FOXP3陰性T細胞」に含まれるCD4+
細胞と
CD8+
細胞の両方において,「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」して
いる必要があるものといえる。
一方,先願発明1において,「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」については,ST
AT5のリン酸化を誘発する能力が低下しているとしても,それ以外の「FOXP3
陰性T細胞」(例えば,CD4+
細胞)におけるSTAT5のリン酸化を誘発する能
力が低下していることは,甲1明細書には記載されていない。
そして,本件明細書の段落【0003】にも示されるように,CD4+
細胞も炎症
誘発性になり得るものであるから,「FOXP3陰性T細胞」全体のうち,一部であ
る「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力
が低下していることをもって,本件発明1の「FOXP3陰性T細胞においてSTA
T5のリン酸化を誘発する能力が低下」していることに相当するとはいえない。
ⓒ相違点3について
甲1明細書には,IL-2改変体におけるIL-2Rに対する親和性について何
ら記載されていないから,この相違点は実質的な相違点となる。
ⓓまとめ
以上のとおり,本件発明1は,先願発明1と少なくとも相違点2及び相違点3で相
違するから,本件発明1は甲1明細書に記載された発明と同一であるとはいえない。
b甲1発明の特定の改変体に基づく特許法29条の2違反
①甲1発明の特定の改変体について
甲1明細書には,次の発明が記載されていると認められる。
「被験体において自己免疫疾患を治療する方法において使用するための組成物であ
って,該組成物はIL-2改変体を含み,
該IL-2改変体は,
hIL-2-N88Rであり,
CD4+
CD25+
FOXP3+
及びCD4+
CD25-
FOXP3+
などの制御性T
細胞の形成を誘導し,
CD8陽性細胞傷害性T細胞の増殖に対してほとんど又は全く影響を及ぼさない,
組成物。」(以下,「先願発明2」という。)
②対比
本件発明1と先願発明2は,「医薬組成物であって,該組成物は,IL-2改変体
を含み,該IL-2改変体は,(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸
の配列を含むものである組成物。」である点で一致し,少なくとも以下の点で相違す
る。
<相違点4>
本件発明1は,IL-2改変体は,FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT
5のリン酸化を刺激するものであるのに対し,先願発明2は,CD4+
CD25+
F
OXP3+
およびCD4+
CD25-
FOXP3+
などの制御性T細胞の形成を誘導す
るものである点。
<相違点5>
本件発明1は,IL-2改変体は,配列番号1として記載されるポリペプチドと比
較して,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低
下しているものであるのに対し,先願発明2は,CD8陽性細胞傷害性T細胞の増殖
に対してほとんど又は全く影響を及ぼさないものである点。
<相違点6>
本件発明1は,IL-2改変体におけるIL-2Rに対する親和性が(d)(ⅰ)~
(ⅳ)として特定されているのに対し,先願発明2にはそのような特定はない点。
③判断
ⓐ相違点4について
前記a(相違点1について)で述べたとおり,相違点4は実質的な相違点ではない。
ⓑ相違点5について
前記a(相違点2について)で述べたとおり,この相違点は実質的な相違点である。
ⓒ相違点6について
甲5の表1における「IL-2Rβ」の行における結合解離定数であるKd値をみ
ると,hIL-2-N88Rは野生型よりもKd値が大きいことが読み取れる。Kd
値は,大きいほど親和性が低下していることを意味するから,hIL-2-N88R
は野生型よりもβ親和性が低下しているものである。
そうすると,先願発明2のIL-2改変体は,本件発明1の本件発明特定事項
(d)(ⅰ)の野生型,すなわち,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも「低
下したIL-2Rβ親和性を有する」ことに該当する。
ⓓ以上のとおり,本件発明1は先願発明2と少なくとも相違点5
で相違するから,本件発明1は先願発明2と同一であるとはいえない。
(イ)本件発明2,3,5,12~15について
本件発明2,3,5,12~15は,本件発明1を限定した発明であるから,本件
発明1と同様の理由により,先願発明1又は先願発明2と同一であるとはいえない。
(ウ)本件発明16及び17について
本件発明16の「炎症性疾患,障害または状態の処置のための医薬の調製における
IL-2改変体の使用」は,本件発明1の「炎症性疾患,障害または状態の処置する
方法において使用するための組成物」に含まれるIL-2改変体のカテゴリーを「使
用」に変更したものであるところ,本件発明1は,先願発明1又は先願発明2と同一
であるとはいえないから,本件発明16も先願発明1又は先願発明2と同一である
とはいえない。
本件発明17は,本件発明16を限定した発明であるから,本件発明16と同様の
理由により,本件発明17は,先願発明1又は先願発明2と同一であるとはいえない。
(エ)以上によると,本件発明1~3,5,12~17に係る特許を無効理
由3によって無効にすることはできない。
(5)無効理由4(実施可能要件違反)について
ア本件発明1について
(ア)本件発明1の本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に対応する構成
を有するIL-2改変体が,実施例に示された特定のIL-2改変体と同様の効果
を奏することを予測する根拠はないから,本件発明1はその全範囲にわたって使用
できないとする点(主張①)について
本件明細書の段落【0006】において,本件発明1は,FOXP3-
CD25+
T
細胞の成長/生存よりも,FOXP3+
調節性T細胞(T-reg細胞)の成長/生
存を優先的に促進する,IL-2の免疫抑制変異性改変体を提供するものであるこ
とが記載されている。
そして,段落【0008】において,IL-2改変体の実施形態として,Treg
細胞におけるIL-2Rの下流の1つもしくは複数のシグナル伝達分子のリン酸化
を刺激する能力を保持するものであることが記載され,FOXP3-
CD4+
細胞も
しくはFOXP3-
CD8+
T細胞におけるSTAT5の非効率的なリン酸化,リン
酸化の低下,またはリン酸化の欠如を示すものであることが記載されている。
段落【0020】において,本件発明1のIL-2改変体の一態様として,「野生
型IL-2よりもIL-2Rαに対する高い親和性を有する」改変体が記載され,そ
の改変体の具体例が段落【0021】に記載されている。
段落【0022】には,T-regの優先的な増殖/生存/活性化をもたらすIL
-2改変体は,FOXP3陰性T細胞において低下したPI3Kシグナル伝達能力
を有しており,このPI3Kシグナルの低下は,AKTのリン酸化の低下を指標とし
て測定することができ,さらに,そのような改変体は,「IL-2RβもしくはIL
-2Rγに接触する位置」(すなわち,親和性に関与する位置)に変異を含み得るも
のであって,その改変体の具体例も記載されている。なお,段落【0022】におけ
る「IL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する位置」に変異を含み得る旨の記載
は,段落【0007】の「IL-2受容体のシグナル伝達鎖(IL-2Rβ/CD1
22および/もしくはIL-2Rγ/CD132)に対する親和性の低下」との記載,
及び段落【0016】の「シグナル伝達サブユニットIL-2Rβおよび/またはI
L-2Rγに対する親和性の低下」との記載を考慮すると,IL-2Rβに対して親
和性を低下させる変異を含むこと,又はIL-2Rβ及びIL-2Rγに対して親
和性を低下させる変異を含むこと(すなわち,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)
に対応する。)を意味すると理解するのが自然である。
段落【0023】には,IL-2Rαに対する高い親和性を付与する変異と,IL
-2Rβに対して親和性を低下させる変異又はIL-2Rβ及びIL-2Rγに対
して親和性を低下させる変異の両変異を組み合わせたIL-2改変体の具体例も記
載されている。
そうすると,段落【0007】には,IL-2改変体の特有の特性は,IL-2R
αに対する高い親和性を付与する変異と,IL-2Rβ及び/又はIL-2Rγに
対して親和性を低下させる変異の2組の変異から生じる旨が記載され,段落【001
6】には,IL-2改変体の実施形態として,ⓐIL-2RサブユニットIL-2R
α(CD25)に対する親和性の上昇,ⓑシグナル伝達サブユニットIL-2Rβ及
び/又はIL-2Rγに対する親和性の低下の組み合わせを有するものが記載され
ていることから,両変異を含む段落【0023】に記載のIL-2改変体が最良の実
施形態であると思われるものの,段落【0020】又は【0022】のいずれかの態
様のみのものも具体的に示されており,また,段落【0022】の,T-regの優
先的な増殖/生存/活性化をもたらす改変体は,IL-2RβもしくはIL-2R
γに接触する位置か,又はIL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する他の位置
の方向づけを改変する位置に変異を含む旨の記載から,IL-2Rβに対して親和
性を低下させる変異,又はIL-2Rβ及びIL-2Rγに対して親和性を低下さ
せる変異(本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に対応する。)が,FOXP3陰性
T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞の成長/生存を優先的に促進するという
本件発明1の作用を発揮するのに重要であることが理解できる。
そして,このFOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞の成長/
生存を優先的に促進する作用とは,甲4に示された「調節性T細胞であるか,非調節
性T細胞であるかにかかわらず,T細胞が増殖する際には,STAT5の二量体化に
よるリン酸化反応が生じる」という技術常識を考慮すると,FOXP3陰性T細胞に
おいて,STAT5リン酸化を誘発する能力が低下すること(本件発明特定事項(c)
に対応する。)及びFOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激
すること(本件発明特定事項(b)に対応する。)を意味する。
このことは,本件明細書の実施例においても裏付けられている。すなわち,本件明
細書の実施例2において,IL-2Rα(CD25)に対する親和性を向上させる変
異のみを有するIL-2改変体(haWT)は,野生型IL-2(WT)と比較して,
FOXP3+
細胞及びFOXP3-
細胞の成長/生存に対して同様に作用し(【図2
B】~【図2C】),FOXP3+
/FOXP3-
細胞の比率についてほとんど違いが
ないことから(【図2E】),IL-2Rαに対する親和性を向上させる変異は,本
件発明特定事項(b)及び本件発明特定事項(c)に規定される性質にほとんど影響
を与えず,その結果,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞の増
殖/生存を優先的に促進する作用において,さほど重要なものではないことが理解
できる。一方,このhaWTに対して,IL-2Rβ及び/又はIL-2Rγに対す
る親和性を低下させる変異を有するIL-2改変体(haD,haD.2,haD.4,
haD.5,haD.6及びhaD.8)(なお,これらは順に,配列番号3,5~9
に対応するものであることは,【図1】及び配列表の記載から明らかである。)は,
FOXP3+
/FOXP3-
細胞の比率を増加させるものである(【図2E】)。そし
て,【図2D】をみると,これらの改変体は,haWTと同程度にFOXP3+
T細
胞を刺激するのに対し,【図2B】及び【図2C】をみると,これらの改変体は,h
aWTよりもFOXP3-
T細胞の蓄積が非常に非効率的であることが読み取れる。
そうすると,【図2E】でみられたFOXP3+
/FOXP3-
細胞の比率の増加は,
FOXP3+
T細胞の増殖を抑制することなく(【図2D】),その一方で,FOX
P3-
T細胞の増殖を抑制した結果(【図2B】及び【図2C】)によるものである。
このように,本件発明1のIL-2改変体が,FOXP3陰性T細胞よりもFOX
P3陽性調節性T細胞の増殖/生存を優先的に促進する作用を有するには,IL-
2Rαに対する向上した親和性ではなく,IL-2Rβ又は,IL-2Rβ及びIL
-2Rγに対する低下した親和性が重要であることが実施例の記載からも理解され
る。
したがって,当業者は,本件発明特定事項(d)(ⅰ)及び(d)(ⅲ)に対応する構成を有
するIL-2改変体は,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞
の増殖/生存を優先的に促進する作用を有することを合理的に推認できる。
よって,上記の主張①は理由がない。
(イ)本件明細書には,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)を満たしつつ,
本件発明特定事項(b)又は本件発明特定事項(c)を満たすIL-2改変体を作る
ことは記載されておらず,当業者にとってこのようなIL-2改変体を作るには,過
度な検討が必要となるとの主張(主張②)について
上記(ア)のとおり,本件明細書の段落【0007】及び【0016】の記載による
と,段落【0022】における「IL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する位置」
に変異を含み得る旨の記載は,IL-2Rβに対して親和性を低下させる変異を含
むこと,又はIL-2Rβ及びIL-2Rγに対して親和性を低下させる変異を含
むこと(本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に対応する。)を意味すると理解でき
る。
本件明細書の段落【0022】には,IL-2RβやIL-2Rγに対する親和性
の低下を実現するために,IL-2において変異すべき位置が具体的に示され,さら
に,変異後のアミノ酸残基の種類についても例示されている。
本件明細書の段落【0026】~【0034】には,遺伝子工学的に免疫抑制IL
-2改変体を作製するための方法が記載されている。
本件明細書の実施例には,IL-2Rβ及び/又はIL-2Rγに対する親和性
を低下する変異を有するIL-2改変体であるhaD,haD.2,haD.4,h
aD.6及びhaD.8が具体的に記載されている。
このような本件明細書の記載に接した当業者は,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は
(d)(ⅲ)に規定する親和性を有するIL-2改変体を作ることができる。
そして,上記のとおり作成したIL-2改変体の中から,実施例2のフローサイト
メトリーによるFOXP3陽性T細胞数及びFOXP3陰性T細胞数の測定を行う
ことにより,本件発明特定事項(b)及び本件発明特定事項(c)に規定される性質
を有するものを確認することは,当業者にとって過度な検討を要することとは認め
られない。
したがって,主張②は理由がない。
(ウ)本件明細書には,本件発明特定事項(d)について,IL-2Rに対
する親和性の測定方法が記載されておらず,どのような方法で測定した親和性を比
較すべきなのかも特定されていないから,本件発明に係る物を作ることができない
との主張(主張③)について
甲2(本件審判の乙3)には,IL-2Rαに対する向上した親和性を有するIL
-2改変体のスクリーニング方法が記載されているし,フローサイトメトリーを用
いて細胞表面結合タンパク質を測定し,二つの個別の実験から得られた結果を用い
てIL-2とIL-2Rα間の結合解離定数であるKd値を推定したことが記載さ
れ,甲5には,表面プラズモン共鳴により,IL-2とあり得るIL-2Rサブユニ
ットの組合せのそれぞれを用いて,Kd値を求めたことも記載されている。
そうすると,IL-2とIL-2R間の親和性の測定方法は,本件特許出願日当時
の技術常識であったといえる。
そして,このような技術常識を考慮すると,当業者は,IL-2におけるIL-2
Rに対する親和性を測定することができる。
また,本件明細書中にどのような方法で測定したか特定されていないとしても,本
件発明特定事項(d)は,比較対象として「配列番号1として記載されるポリペプチ
ド」と規定しており,本件優先日当時に汎用のいずれの方法を用いたとしても,「配
列番号1として記載されるポリペプチド」と比較して親和性が向上又は低下してい
ればよいのであるから,本件明細書中にIL-2Rに対する親和性の測定方法を特
定する必要はない。
さらに,本件明細書の段落【0002】には,「IL-2Rβγによって伝えられ
るシグナル」と記載され,段落【0050】には,「IL-2Rβγ接触残基変異を
有するいくつかのIL-2改変体」と記載されており,また,甲5及び甲18
(XinquanWang他「StructureoftheQuaternaryComplexofInterleukin-2with
Itsα,β,andγcReceptors」SCIENCEVol.310,p1159-1163,2005年。本件審判の
乙5)には,IL-2RβとIL-2Rγは複合体を形成して,IL-2と結合する
ことが記載されていることを考慮すると,「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」
は,IL-2Rβγ(IL-2βγ複合体)を意味すると解釈できる。そして,IL
-2Rβγへの親和性は,本件特許出願日当時の技術常識により測定可能である。
したがって,主張③は理由がない。
イ本件発明2~15について
本件発明2~15についての原告の主張は,無効理由4が本件発明1について理
由があるという前提の下,本件発明2~15が本件発明1に従属していることのみ
をその根拠とするものであり,無効理由4は,本件発明1について理由がない以上,
本件発明2~15についても理由がない。
ウ本件発明16及び17について
本件発明1について,無効理由4に理由がない以上,本件発明16及び17につい
ても理由がない。
エ以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1~17を
当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているから,本件
明細書の発明の詳細な説明は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしてい
る。
(6)無効理由5(サポート要件違反)について
本件発明1が解決しようとする課題は,本件発明1の記載からみて,「IL-2改
変体を含む,被験体において炎症性疾患,障害または状態を処置する方法において使
用するための医薬組成物を提供すること」であると認められる。
そして,前記(5)のとおり,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に規定するIL
-2Rに対する親和性を有するIL-2改変体は,FOXP3陰性T細胞よりもF
OXP3陽性調節性T細胞の成長/生存を優先的に促進する作用を有するものであ
るから,被験体において炎症性疾患,障害又は状態を処置する方法において使用でき
ることは,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が認識できるものであ
る。
そうすると,本件発明1は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できるこ
とを当業者が認識できるように記載されている範囲内のものである。
本件発明2~17についての無効理由5は,本件発明1についてのそれと趣旨を
同じくするものであるから,本件発明1について,無効理由5に理由がない以上,本
件発明2~17についても理由がない。
したがって,本件発明1~17に係る特許を無効理由5によって無効とすること
はできない。
第3原告の主張する審決取消事由
1取消事由1(無効理由4:(d)(ⅲ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体の実施可能要件違
反)
(1)本件審決は,本件発明1の「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」は,
IL-2Rβγ(IL-2Rβγ複合体)への親和性(βγ親和性)を意味すると解
釈でき,これは測定可能であるとするが,この判断には誤りがある。
(2)ア(d)(ⅲ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体として,「IL-2RβおよびIL-
2Rγ親和性」との記載があるのみで,本件明細書には,直接的あるいは間接的の何
れの形においても,「IL-2Rβγ複合体親和性(IL-2Rβγ複合体に対する
親和性)」という技術的事項は記載されていないし,発明を特定するための特定事項
として,「IL-2Rβγ複合体親和性」を選択すべきことも記載されていない。
イ「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」の語は,文言上は,「IL-
2Rβ」と「IL-2Rγ親和性」を「および」で併記したものであるところ,前者
がIL-2Rのサブユニットの一種を指すものであり,後者が他のサブユニットへ
の親和性を指すものであるから,言葉の性質・レベルが異なっている。「IL-2R
βおよびIL-2Rγ親和性」は,「IL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性」
と書くと冗長となるため,最初の「親和性」を削除して略記したものであるといえる。
このことは,本件明細書の段落【0002】の「PI3-キナーゼRas-MAP-
キナーゼ,およびSTAT5経路」は,「および」の前の「経路」の語が省略された
もの,段落【0051】の「AKTおよびSTAT5のリン酸化」は,「および」の
前の「リン酸化」が省略されたものであることなどからも明らかである。
また,被告は,請求項1を訂正しているが,訂正前の「IL-2Rβおよび/もし
くはIL-2Rγ親和性」を,「IL-2Rβ親和性」と「IL-2RβおよびIL
-2Rγ親和性」に書き分けている(平成28年7月26日付け訂正請求書〔甲30。
以下,「本件訂正請求書」という。〕)し,「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和
性」について,「IL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性に係る部分の両方を
満たすもの」と説明している(被告作成の平成28年7月26日付け意見書〔甲31。
以下,「本件意見書」という。〕)。
さらに,本件明細書では,「IL-2Rβおよびγ」又は「IL-2Rβおよび/
もしくは(または)γ」に類する記載が複数の個所で用いられているが(段落【00
02】,【0004】,【0007】,【0016】,【0047】,【0050】
等),そのいずれも,「IL-2RβサブユニットおよびIL-2Rγサブユニット」
という二つの別々のサブユニット双方に対しての事象を説明している文脈で用いら
れている。また,本件明細書では,段落【0002】,【0050】の2か所におい
て,「IL-2Rβγ」の語が用いられているが,これらは何れも,先にβγ複合体
への言及がない状態において,先行する「IL-2Rβおよび(/もしくは)IL-
2Rγ」の語の後に登場するものであるから,「IL-2Rβおよび(/もしくは)
IL-2Rγ」を略記したものであって,βγ複合体を意味するものでない。段落【0
002】においては,「IL-2結合に際して細胞内シグナル伝達事象を一緒に活性
化する」と「一緒に」という語が用いられていることからすると,「IL-2Rβお
よびIL-2Rγ」が「IL-2Rβγ複合体」を意味していると読むこともできな
い。
ウ甲5(1198頁表1の脚注a)に,「IL-2Rγ単独では結合は見受
けられなかった」とあり,他の先行技術にも,IL-2改変体とIL-2Rγとの親
和性を測定した例は存在しない。そもそも,IL-2Rγ親和性に関する記載自体が
ほとんど存在しない。そのため,IL-2Rγ親和性は実際には測定することができ
ないものである。
しかし,IL-2は,IL-2R(IL-2受容体)と結合するものであり,IL
-2Rのサブユニットはβ,γ又はα,β,γからなるため,IL-2Rγ親和性(I
L-2Rγとの結合性)は観念し得る。当業者が,IL-2Rγ親和性を観念しえな
いとはいえない。
エ以上によると,「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」は,IL-
2Rβ親和性及びIL-2Rγ親和性を意味するのであり,IL-2Rβγ(複合体)
親和性を意味すると解釈することはできない。
(3)前記(2)ウのとおり,IL-2Rγ親和性は実際には測定することができ
ないものである。仮に,何らかの特殊な条件や装置ならば測定可能であったとしても,
本件明細書には,IL-2Rγ親和性の測定方法についての記載は一切なく,これを
過度な検討なく測定可能であったとすることはできない。
(4)以上によると,本件発明1の「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」
は,「IL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性」と解するほかなく,当時の当
業者はIL-2Rγ親和性を測定できなかったから,(d)(ⅲ)改変体及び(d)(ⅳ)改
変体(γ親和性の低下を特徴に含む改変体)は,実施可能要件に違反する。
2取消事由2(無効理由4:(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅲ)改変体の実施可能要件違
反)
(1)ア本件明細書に,実施例として具体的な効果のデータが記載されているの
は,(d)(ⅱ)改変体(α親和性の上昇かつβ親和性の低下を特徴とする改変体)及び
(d)(ⅳ)改変体(α親和性の上昇かつβ親和性及びγ親和性の低下を特徴とする改変
体)であり,(d)(ⅰ)改変体(β親和性の低下を特徴とする改変体)及び(d)(ⅲ)改変
体(β親和性及びγ親和性の低下を特徴とする改変体)については,実施例として具
体的な効果のデータが記載されているわけではない。
イ本件明細書や実施例で具体的に論じられているのは,各サブユニットと
の「接触」や受容体サブユニットと接触するとされる「アミノ酸残基の変異」であり,
実施例では親和性は測定されていないため,観察されるIL-2改変体の活性の変
化が,結合親和性と関係しているのかどうかは不明である。接触の変化(接触残基の
変異)は,親和性とは無関係に,IL-2R(IL-2R受容体)の活性を直接調整
し得るものであるから,実施例で示された効果が結合親和性の強弱の変化のみと関
連しているという前提に立った上で様々な推論を行い,(d)(ⅱ)改変体や(d)(ⅳ)改
変体で観察された効果を,(d)(ⅰ)改変体や(d)(ⅲ)改変体にまで拡張して理解,推測
することはできない。IL-2Rβ関連の変異について具体的に説明する,本件明細
書の段落【0022】においても,「IL-2Rβに接触すると考えられるIL-2
残基」という表記が用いられ,親和性については言及されていない。これは,IL-
2Rαについては,段落【0020】,【0021】で親和性に言及されていることと
対照的である。IL-2上の変異の位置や変異後のアミノ酸によっては,IL-2R
βに対する親和性は維持されつつ,IL-2Rβを活性化させる活性化能力のみが
低下することも十分にあり得ることである。
ウ本件明細書の実施例のIL-2改変体の含む「I-2Rβおよび/または
IL-2Rγとの相互作用を改変する」変異,例えば,N88D変異について,本件
明細書にこれが具体的にどのような変異であるか説明されていないのみならず,本
件特許出願日より前の文献等においても,N88D変異がどのような性質をもたら
す変異であるかは確認されていない。
N88Dは,本件明細書の段落【0022】に,I-2Rβ接触位置の残基の変異
として記載されているが,接触位置の変異であっても,親和性を向上させることにな
るか,低下させることになるかは,試してみるまで分からない。実際に,段落【00
20】,【0021】に記載されているIL-2Rα接触位置の変異の幾つかはI-2
Rαとの親和性の向上をもたらす一方,他の変異の幾つかはIL-2Rαとの親和
性の低下をもたらすことが知られている。甲1及び甲5に記載されるN88R改変
体は,本件特許出願日より前に,IL-2Rβ親和性が低下していることが確認され
ているが,N88R改変体でIL-2Rβ親和性の低下が観察されたからといって,
N88D改変体においても,IL-2Rβ親和性が低下していると理解できるもの
ではない。
本件明細書の実施例で用いられた変異又は変異の組合せや段落【0022】に記載
されたアミノ酸残基の位置における変異は,IL-2のIL-2Rサブユニットと
の親和性に影響するのか,IL-2によるIL-2Rβの活性化に影響を与えるの
か,あるいは,その双方なのかが明らかではなく,これを合理的に推測するための根
拠や実験的な結果もない。
エしたがって,(d)(ⅰ)改変体や(d)(ⅲ)改変体は,実施可能要件を欠くもの
である。
(2)本件審決は,α親和性を向上させる変異は本件発明の作用効果を奏する上
では重要でなく,β親和性を低下させることが本件発明の作用効果を奏する上で重
要であるから,α親和性の上昇かつβ親和性の低下を特徴とする改変体とα親和性
の上昇のみを特徴とする改変体との比較・差分から,(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅳ)改変
体の効果を推定することができるとする。
ア本件明細書はα親和性の上昇も重視していたこと
(ア)甲41(ThomasR.Malek「TheBiologyofInterleukin-2」TheAnnual
ReviewofImmunology26,p453-479,2008年)には,IL-2のTreg活性化にお
いてシグナル伝達を担うIL-2Rβ(CD122)のみならず,IL-2Rα(C
D25)が欠損した場合にも,自己免疫疾患等の免疫過剰(免疫制御の欠損)の症状
を示したこと,IL-2Rα(CD25)を恒常的に発現しているのはTregのみ
であり,IL-2Rα(CD25)はTregのマーカーとして有用であること,ヒ
トにおいて,IL-2Rα(CD25)が欠損した患者が深刻な自己免疫疾患等の免
疫異常を示したこと,IL-2Rβ及びIL-2Rγ(CD122及びγc)のみを
有する細胞(IL-2Rαを有しない細胞)を活性化するmAb(モノクロ-ナル抗
体)は,Tregを活性化することができなかったことが記載されていた。
このように,免疫抑制機能を有するTreg細胞は,IL-2Rαを高発現するこ
とを特徴としており,本件特許出願当時,IL-2RのサブユニットとIL-2の有
するTreg活性化との対応関係について知られていたことは,IL-2によるT
reg細胞の活性化においてIL-2Rαが重要な働きを担っていることであった。
(イ)本件明細書は,α親和性の上昇に係る説明(段落【0020】,【0
021】)をβ親和性,γ親和性に係る説明(段落【0022】)に先行して行って
おり,その分量も前者が後者と比較して多く,詳細である。実施例の改変体も,β親
和性を低下させる変異は1~2個しかないのに,α親和性を上昇させる変異は8個
と多数に及んでいるし,IL-2Rα(CD25)を発現するCD25陽性細胞のみ
を分析対象としている(【図2B】~【図2E】)から,α親和性の上昇が重要と考
えられていたことが理解できる。
イ本件発明の効果はα親和性の向上とβ親和性の低下の組合せにより得ら
れること
(ア)本件明細書は,【課題を解決するための手段】として,α親和性の向
上とβ親和性の低下の組合せという2組の変異の組合せを強調しており,本件発明
特定事項(b),(c)に対応する効果を記載している段落【0007】,【0016】
及び【0023】のいずれにおいても,α親和性の向上とβ親和性の低下の組合せ
が強調されている。
(イ)a本件発明は,自己免疫疾患等の炎症性疾患等を処置するためのもの
であり,その最も基礎的な課題は,調節性T細胞の活性化(自己免疫作用の抑制)を,
当該処置に効果的な程度まで発揮させることである。
しかし,甲41には,IL-2Rβ(CD122)を欠損したマウスは自己免疫疾
患(過剰な免疫反応)を発症することが記載されており,IL―2Rβは,IL-2
によるTreg活性化においてIL-2シグナルを下流に伝える基礎的なシグナル
伝達ユニットである。また,甲10は,本件基礎出願で用いられたIL-2改変体「2
-4」からβ親和性を低下させる変異(本件明細書の段落【0022】に記載される
V91R又はQ126Tのいずれか一方の変異)を更に一つ増やし,β親和性を低下
させる変異を二つ含むIL-2改変体を開示しているが,この改変体は,β親和性の
低下に伴い,Tregを活性化することができず,逆に調節性T細胞活性化の阻害剤
(アンタゴニスト)として機能した。
このように,β親和性を低下させただけのIL-2改変体は,IL-2による調節
性T細胞の活性化自体も低下させるため,自己免疫疾患の処置に用いることができ
ず,かえってこれを悪化させる可能性すら懸念される。
そのため,「IL-2Rβおよび/またはIL-2Rγに対する親和性のさらなる
低下は,CD25〔IL-2Rα〕に対する親和性の増加によって補うことができる
かもしれない」と期待されていた(本件明細書の段落【0004】)のである。
bIL-2Rα(CD25)は,IL-2からのシグナルを細胞内に直
接伝達するものではないため,IL-2は,IL-2Rαと結合すると,IL-2R
α・IL-2複合体を形成し,この複合体が,実際にシグナルを伝達する役割を担う
IL-2Rβ,IL-2Rγと結合し,IL-2は,IL-2Rαと結合することで,
より強くIL-2Rβと結合するようになる(甲4,18,37,38)。
本件明細書の実施例では,IL-2Rα(CD25)を発現する細胞において,「α
親和性が向上すると考えられる変異を多数含み,かつN88変異も含むIL―2改
変体」(haD)が所望の効果(非Tregと比較して,Tregをより強く活性化
する)を示したことが記載されている。他方で,本件明細書の実施例のIL-2改変
体(haD,haD.1,haD.2,haD.4.haD.5,haD.6及びh
aD.8。以下,「haD等」という。)は,β親和性を低下させる可能性のあるN
88変異も併せて有している。これらを併せて考えると,実施例の実験系中では,I
L-2改変体haDによりα親和性向上を介したβ親和性の向上と,β親和性の低
下という二つの相反する結果がもたらされることになる。
甲18の図2Bでは,IL-2は,IL-2Rαと結合することで,IL-2のN
88残基が移動し,その結果,N88残基とIL-2Rβとの結合が強くなることが
示されている。このことを理解している当業者は,本件明細書の実施例により,IL
-2改変体が,より多く又はより強くIL-2Rαと結合すると,そのことは,N8
8残基の位置にも影響を与えるだろうと理解する。そうすると,α親和性向上変異と
N88変異とを併せ持つIL-2改変体(haD等)が奏する作用効果は,α親和性
向上変異の結果,移動したN88残基の位置と,N88位アミノ酸の特定のアミノ酸
(D)への変異との固有の組合せにより奏されているだろうと解するのが自然であ
る。
このように,当業者は,本件発明の実施例の特定の変異の組合せにより成されたβ
親和性の微妙なバランス(ほどよい親和性・活性化)の結果,あるいは,IL-2R
α結合性の向上によるIL-2Rαとの結合への直接的な影響も考慮する場合には,
IL-2Rαβγ複合体からなる受容体とIL-2Rβγ複合体からなる受容体の
それぞれについての適度に調節された親和性の組合せの達成の結果,所望の作用効
果が発揮されているのであろうと考えるのが一般的である。現に,haDに対し,段
落【0022】に記載されるQ126Eに変異を加えたhaD.11は,本件発明の
効果を奏していない。
(ウ)以上のように,本件発明の効果は,α親和性の向上とβ親和性の低下
の組合せにより得られるものである。
ウ(d)(ⅱ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体で観察された効果から(d)(ⅰ)改変体
や(d)(ⅲ)改変体の効果を理解することができないこと
(ア)バイオテクノロジ-の実験において,ある変異群を有する変異体の結
果から,その変異群のうちの一部を有する変異体の結果を差し引いて,差分の変異の
もたらすであろう効果を考えるという手法は一般的ではない。特に,IL-2のよう
に,作用効果の発揮に関わり得る受容体が複数(αβγ,βγ)存在し,それぞれの
変異群が,それぞれの受容体に対してどのように結合性の変化をもたらすのか定か
でない場合は,より一層,このような手法が用いられることはない。
被告自身も,本件特許の審査段階において,「野生型IL-2は,IL-2Rα,
βおよびγの3種すべてに結合することが知られるので,増加したIL-2Rα親
和性および/または低下したIL-2Rβ/γ親和性を有するIL-2改変体におい
て,生物学的機能(例えば,調節性T細胞の刺激)が保持されることを当然のことと
推定することはできません。」(被告作成の平成27年4月22日付け拒絶査定不服
審判請求書・甲32)として,IL-2から別のIL-2へと改変した場合の効果の
変化の予測不能性を説明している。
(イ)また,前記イ(イ)のとおり,本件明細書をみた当業者は,α親和性向上
変異とN88変異とを併せ持つIL-2改変体(haD等)が奏する作用効果は,α
親和性向上変異の結果,移動したN88残基の位置と,N88位アミノ酸の特定のア
ミノ酸(D)への変異との固有の組合せにより奏されているだろうと解するのが自然
である。
このような背景の下では,haD等のIL-2改変体の作用効果から,α親和性向
上変異のみを有するIL-2改変体(haWT)の作用効果を単純に差し引くことで
何らかの結論を得る手法は通常考えられず,また,実際に差し引いたところでβ親和
性低下のみを有する変異体の効果を合理的に理解できるものではない。
エ以上のとおり,当業者は,(d)(ⅱ)改変体(α親和性向上とβ親和性の低
下を特徴とする改変体)及び(d)(ⅳ)改変体(α親和性の向上とβ/γ親和性の低下
を特徴とする改変体)から,(d)(ⅰ)改変体(β親和性の低下を特徴とする改変体)
及び(d)(ⅲ)改変体(β/γ親和性の低下を特徴とする改変体)の効果を合理的に予
測できたということはできないから,(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅲ)改変体は,実施可能
要件に違反する。
3取消事由3(無効理由5:サポート要件違反)
前記1,2のとおり,本件明細書には,本件発明の(d)(ⅱ)改変体以外の改変体に
ついて,それにより所望の効果を得られることが実施可能に記載されていない。この
ことは,当該改変体についてのサポート要件違反をも構成する。
4取消事由4(無効理由1:優先権主張の利益を享受できないことを前提とする
甲1に基づく新規性欠如)
(1)優先権がないこと
ア本件基礎出願と本件発明の相違点は,以下のとおりである。
(ア)技術思想及び本件発明特定事項(c)の違い
本件発明特定事項(c)は,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化
を誘発する能力を低下させることで,FOXP3陰性T細胞における免疫活性化作
用を抑制するというメカニズムに基づくものである。
本件基礎出願当時,調節性T細胞におけるAKT活性の低下が,調節性T細胞の活
性化に寄与することが広く知られており(甲13),本件基礎出願の請求項1の(c)
は,「AKTのリン酸化における低下」が「低下したPI3Kシグナル伝達能力」を
示し,この「シグナル伝達の改変」によって「Tregの優先的な増殖/生存/活性
化」をもたらすという技術的思想に基づいている(本件基礎出願明細書の段落【00
13】)。本件基礎出願明細書には,「FOXP3陰性T細胞におけるSTAT5の
リン酸化を誘発する能力が低下している」ことにつき,直接の記載はない。
(イ)本件発明特定事項(d)の違い
本件発明の請求項には,本件発明特定事項(b),(c)のような機能的要件を実現す
る構成的要件として,IL-2の改変態様に係る本件発明特定事項(d)が存在する。
本件基礎出願明細書は,複数個所において,α・β・γとの接触についての言及は行
っているが,本件基礎出願の請求項には,本件発明特定事項(d)のようなIL-2
の改変態様に係る記載は存在しない。
(ウ)本件審決は,①本件基礎出願明細書の段落【0009】には,IL-
2改変体の非調節性細胞・・・の成長/生存を促進するための能力が野生型IL-2
と比較して低下しているものであることが記載されているところ,②当時の技術常
識(甲4)からすると,非調節性細胞・・・の成長/生存を促進するための能力が低
下していることは,STAT5がリン酸化する能力が低下することと同義であるか
ら,本件発明特定事項(c)は実質的には記載されているとする。
しかし,本件発明は,対象疾患に関し,β・γ親和性の低下による「FOXP3陰
性T細胞におけるSTAT5のリン酸化を誘発する能力の低下」によって,「FOX
P3陰性T細胞における免疫活性化作用を抑制」することに本質があるものである。
他方,本件基礎出願では,「非調節性細胞の成長/生存を促進するための能力の低
下」という結果や,「非調節性細胞」という対象自体については,本件基礎出願明細
書の段落【0009】で記載されているものの,その原因や,それを実現するための
構成との関係については何ら記載されていない。かえって,本件基礎出願の実施例2
は,「AKTのリン酸化における低下」による「Tregの優先的な増殖/生存/活
性化」に着目しているものである。
したがって,非調節性細胞の抑制結果の記載があることをもって,本件基礎出願明
細書に,「FOXP3陰性T細胞におけるSTAT5のリン酸化を誘発する能力の低
下」という機能やそのための構成についても記載があるというのは飛躍がある。
(エ)以上のとおり,本件基礎出願と本件特許出願とでは,β親和性・γ親
和性に係る技術的思想や,それによって実現しようとする機能が異なっており,この
点についての本件特許出願の構成は本件基礎出願に記載がないから,両者は同一の
発明とはいえず,本件発明は本件基礎出願に基づく優先権を主張できない。
イ本件基礎出願の実施例では,配列番号1に記載のアミノ酸配列に対し,N
29S,Y31H,K35R,T37A,K48E,V69A,N71R,Q74P,
N88D,I89Vという合計10のアミノ酸変異を有するIL-2改変体「2-4」
が所望の効果を奏する唯一のIL-2改変体として記載されている。本件基礎出願
明細書の記載に基づくと,IL-2改変体のうちの八つの変異(N29S,Y31H,
K35R,T37A,K48E,V69A,N71R,Q74P)はIL-2Rαに
対するより大きな親和性を付与する変異であり,一つの変異(N88D)は低下した
PI3Kシグナル伝達能力を有するIL-2改変体が含み得る変異であって,IL
-2Rβに接触すると考えられるIL-2残基の変異である。しかし,残りの変異I
89Vについては,本件基礎出願明細書では,実施例以外では触れられていない。
そして,本件基礎出願明細書の段落【0038】は,I89Vについて,N88D
変異,又はI89V変異,あるいはN88D変異とI89V変異の組合せのうち,い
ずれが本件基礎出願に係る発明の効果の発揮に関与しているのかが実施例から定か
でないことを示している。N88とI89が隣接したアミノ酸残基であることも併
せて考えると,いずれかの変異が重要であっても,あるいは,その双方の変異の組合
せが重要であっても,おかしくはない。
これに対し,本件特許出願の実施例では,本件基礎出願の実施例とは異なるIL-
2改変体が用いられており,そのIL-2改変体は本件基礎出願のIL-2改変体
「2-4」と異なり,I89V変異を有さない。I89V変異を有さないIL-2改
変体を用いた実験結果の開示(本件明細書)によって初めて,I89V変異が不要で
あることを合理的に理解可能となったことは明らかである。
本件基礎出願明細書等には,I89Vは本発明の課題解決・効果の発揮に不要であ
ると理解するための合理的な理由も,その他の実験も,詳細な実験結果(実験デ-タ)
の開示も,あるいは関連するメカニズムの説明も記されていないから,I89V変異
を有さない改変体が,実施例に係るI89V変異体と同様の効果を奏するであろう
ことは本件基礎出願明細書等から合理的には推認できない。
明細書の記載から一義的に導くことができず,自分で追試験を行うことで初めて
明らかになるような特徴は,明細書に(実施可能に)記載されている事項であるとは
みなすことができない。
したがって,I89V変異の必要性の点においても,本件基礎出願明細書は,本件
発明をサポートしておらず,優先権は有効ではない。
ウ次のとおり,本件基礎出願が前提とするAKTのリン酸化に係る技術的
思想は,それ自体として誤っているものであるから,本件発明に優先権を認めること
はできない。
(ア)本件基礎出願の請求項1の(c)は,AKTのリン酸化における低下は,
PI3Kシグナル伝達能力の低下を示し,これがTregの優先的な増殖/生存/
活性化をもたらすという技術的思想に基づいている。
しかし,本件明細書の段落【0051】においても引用される文献(甲33〔Robert
Zeiser他「Differentialimpactofmammaliantargetofrapamycininhibition
onCD4+
CD25+
Foxp3+
regulatoryTcellscomparedwithconventionalCD4+
Tcells」
BLOODvol.111,No.1,453-462,2008年〕)によると,IL-2によるTregの活性
化においては,AKT経路(PI3K-AKT-mTOR経路)ではなく,STAT
5経路により,シグナルが伝達されているのであり,IL-2によってAKTシグナ
ル伝達は刺激されない。
したがって,本件基礎出願の実施例2(本件基礎出願明細書の段落【0040】)
で確認された「IL-2改変体『2-4』がAKTリン酸化を刺激できなかった」と
いう実験結果は,そのIL-2改変体固有の結果ではなく,野生型IL-2でも起こ
り得る結果であり,その実験結果の誤解に基づいてされた,FOXP3陽性T細胞に
おけるAKT活性の低下を特徴とした本件基礎出願の発明は,技術的に誤ったもの
であった。
(イ)パリ条約に基づく優先権制度は,各国の特許制度が別個独立のもので
あることを前提に,言語も法律も手続も異なる各国に早急に出願するのは多大な労
力と費用が必要で,負担が大きいことから,ある同盟国で正規又は最初の出願をし,
それを基礎として1年以内に他の同盟国に出願することを条件に,他の同盟国での
優先権を認めたものである。この制度は,当初の出願に係る発明が,技術的にも正し
く特許を受ける資格を有するものであることを当然の前提としているのであって,
技術的に誤りのある未完成発明というべきものを基礎とした優先権は認められない。
本件基礎出願は,上記(ア)のように,その前提とする技術的思想自体が誤っている
ものであり,本件発明は,この誤りを請求項から排除し,全く異なる技術的思想を導
入して適正な発明としての外形を整えたものであるから,本件発明は本件基礎出願
の発明と同一ではないし,本件基礎出願に基づく優先権を認めるのも適当ではない。
基礎出願が本質部分につき誤った情報の開示をした結果,課題解決の手段としての
発明を理解することができないか,発明を過度な検討なく実施できない状況になっ
てしまっているのであれば,当該基礎出願に基づく優先権主張は無効であると判断
せざるを得ない。
したがって,本件発明1は,本件基礎出願に基づく優先権を主張できない。
(2)先願発明2に基づく新規性欠如
ア本件審決は,本件発明1の本件発明特定事項(c)と先願発明2について,
相違点4~6を認定し,①CD8陽性細胞においてFOXP3が低レベルで発現し
ていることからすると,先願発明2における「CD8陽性細胞傷害性T細胞」が,本
件発明1における「FOXP3陰性T細胞」に相当するとはいえないこと,②本件発
明1は,「FOXP3陰性T細胞」に含まれるCD4+
細胞とCD8+
細胞の両方にお
いて,「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」しているものであるが,甲1
明細書には,CD4+
細胞におけるSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下して
いることの記載がないことから,相違点5は実質的な相違点であるとした。
イ上記①について
本件特許の請求項に記載された「FOXP3陰性T細胞」とは「FOXP3を発現
していない細胞」という意味であり,「調節性T細胞以外の細胞」を意味する。甲1
の「CD8陽性細胞傷害性T細胞」は,細胞傷害性T細胞(細菌等を攻撃する免疫応
答を担う細胞)であり,免疫を抑制する役割を担う調節性T細胞ではない。甲1で
は,「CD8陽性」と,細胞マーカーを用いた特定も重ねてされているが,甲6の図
1及び甲7の図1Bの説明や,本件明細書の段落【0013】の【図2A】によると,
FOXP3+
CD8+
T細胞は典型的に極めてまれであり,CD8+
T細胞の大半はF
OXP3陰性である。そして,CD8陽性T細胞に,低レベルのFOXP3陽性T細
胞の発現があるとしても,含まれているFOXP3陽性T細胞は無視できるほどご
くわずか(甲6では0.15%,甲7では0.22%)である。このわずかな割合の
FOX3陽性T細胞は,甲1で示されたCD8陽性T細胞における増殖の低下の文
脈において,実質的な同一性を失わせるものではない。したがって,先願発明2の「C
D8陽性傷害性T細胞」は本件発明1の「FOXP3陰性T細胞」と実質的に同一と
評価できる。
また,甲1に記載されている「CD8陽性細胞傷害性T細胞」とは,非傷害性T細
胞である「CD8陽性調節性T細胞」(CD8陽性FOXP3陽性T細胞)を含まな
い概念であるから,「CD8陽性細胞傷害性T細胞」はFOXP3陰性T細胞のみか
らなる概念と考えることもできる。
以上によると,先願発明2の「CD8陽性細胞傷害性T細胞」は本件発明1の「F
OXP3陰性細胞」といえる。
ウ上記②について
甲34(AndreasWeishaupt他「TheTcell-selectiveIL-2mutantAIC284
mediatesprotectioninaratmodelofMultipleSclerosis」Journalof
Neuroimmunology282,p63-72,2015年)の図1C及び図2A(右端の血液における結
果)では,野生型IL-2(Proleukin)よりもIL-2改変体「hIL-2-N8
8R」(AIC284)の方が,CD4陽性FOXP3陰性細胞(CD4+
FOXP
3-
細胞)の増殖に対する活性が低下していることが示されており,この結果は,本
件明細書の実施例の【図2C】の結果と同様である。このことは,IL-2改変体「h
IL-2-N88R」が,本件明細書の実施例で用いられたIL-2改変体haD等
と同様の活性を有することを示している。また,甲1のIL-2改変体「hIL-2
-N88R」について,本件明細書の実施例3と同一の実験条件で実験を行ったとこ
ろ,甲1発明に係るhIL-2-N88Rは,CD4+
FOXP3陰性T細胞におい
ても,本件発明と同様の効果を奏することが確認されている(甲39〔令和元年11
月28日付け実験成績証明書〕)。
したがって,先願発明2は,CD8陽性細胞傷害性T細胞においてSTAT5のリ
ン酸化を誘発する能力を低下させるのみならず,CD4陽性FOXP3陰性T細胞
においてもSTAT5のリン酸化を誘発する能力を低下させるものである。
なお,甲34は本件特許出願後の文献であり,少なくとも本件基礎出願,本件特許
出願時には,先願発明2のCD4+
細胞での効果は確認されていなかったといえるが,
CD4+
細胞での効果は,あくまで先願発明2に内在していた効果にすぎないところ,
それによって新たな用途が見出されたわけではないから,このようなCD4+
細胞で
の効果を理由に,公知の用途発明である本件発明1に新規性を認めることはできな
い。被告は,甲34はラット細胞で活性を測定しており,甲1はヒト細胞で測定して
いるので,甲34の結果が甲1のヒト細胞でももたらされるか否か不明であると反
論するが,そもそも本件発明は,特定の生物種に限定された発明ではないため,甲1
の改変体がラット細胞で本件発明の活性を示すというだけで十分である。本件明細
書も,生物種によって効果が異なるという説明はしていないから,甲34で確認され
た活性は,当然ながらヒト細胞でも奏されるものと考えられる。
このように,先願発明2(IL-2改変体「hIL-2-N88R」)は,CD4
+
細胞でもSTAT5のリン酸化誘発能力を低下させる効力があること,CD4+
細
胞でのこの効力は,先願発明2に新たな用途をもたらすものではないこと等からす
ると,前記②は実質的な相違点ではない。
エ本件審決は,相違点6を実質的な相違点としているが,後記(3)アのとお
り,相違点6も実質的な相違点ではない。
オしたがって,先願発明2と本件発明は実質的に同一である。
(3)先願発明1に基づく新規性欠如
ア本件審決は,本件発明1の本件発明特定事項(d)と先願発明1について,
相違点1~3を認定し,IL-2Rに対する親和性が(d)(ⅰ)~(ⅳ)として特定され
ているのに対し,甲1には,IL-2改変体におけるIL-2Rに対する親和性につ
いて何ら記載されていないとして,相違点3を実質的な相違点と認定した。
しかし,甲1の段落【0019】及び【0022】によると,①甲1発明のhIL
-2変異体タンパク質(第20位,第88位及び第126位のアミノ酸のうちの少な
くとも一つが置換されたIL-2改変体)は,甲3のIL-2改変体と同一であるこ
と,②当該改変体がIL-2RβγよりもIL-2Rαβγと強く結合することが
甲3に記載されていることが理解できる。
また,甲3の段落【0009】,【0030】及び【0031】によると,IL-
2RβγよりもIL-2Rαβγと強く結合する甲1発明のIL-2改変体は,A
sp-20,Asn-88又はGln-126での置換により,IL-2Rβ(As
p-20及びAsn-88)又はIL-2Rγ(Gln-126)のいずれかに対す
る結合親和性が減少したものであることがわかる。
このように,甲1では,甲3を引用して甲1のIL-2改変体のIL-2Rへの親
和性について言及しているところ,それによると,甲1に記載の「第20位,第88
位及び第126位のアミノ酸のうちの少なくとも1つが置換されたIL-2改変体」
は,本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)を満たすものであるから,甲1は,本件発
明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)を実質的に開示するものであり,この点は実質的な
相違点ではない。
イ本件審決が実質的な相違点であるとした相違点2が実質的な相違点でな
いことは,前記(2)のとおりである。
ウしたがって,先願発明1と本件発明は実質的に同一である。
(4)以上から,甲1発明と本件発明(改変体(d)(ⅰ)及び(d)(ⅲ)を用いた発明)
は実質的に同一であって,本件発明に新規性は認められない。
5取消事由5(無効理由2:優先権主張の利益を享受できないことを前提とする
甲1に基づく進歩性欠如)
(1)仮に,本件審決のように,甲1におけるCD4+
細胞での効力の記載の不存在
等を理由に,本件発明1に新規性があると判断される場合であっても,甲1発明を,
その記載されたとおりに実行すると,そのまま本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は
(d)(ⅲ)に係る態様を構成する。
ア本件発明1は,特定のIL-2改変体を含む,自己免疫疾患,器官移植片
拒絶,又は,移植片対宿主病を処置する方法において使用するための組成物,すなわ
ち,自己免疫疾患,器官移植片拒絶,又は,移植片対宿主病の処置に関するIL-2
改変体の用途発明である。
甲1の表記にもかかわらず,甲1のIL-2改変体(例えば,hIL-2-N88
R)は,本件特許の請求項に記載のIL-2改変体(改変体(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ))に
該当する。また,甲1は,甲1のIL-2改変体を炎症性疾患,障害又は状態を処置
用途に用いる発明を開示している。
したがって,当業者が甲1の発明を実施しようとして,甲1のIL-2改変体を
製造し,これを自己免疫疾患等のための組成物とすると,そのまま本件発明特定事項
(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に係る態様を構成する。
当業者は,CD4+
細胞での効力等の不記載にかかわらず,甲1発明から,過度の
検討どころか一切の検討すら必要なく,本件発明に想到することができるのであっ
て,本件発明は,甲1発明に対して進歩性を有さない。
イ甲1のIL-2改変体(例えば,hIL-2-N88R)は,本件発明で
特定されているIL-2改変体と同一であるため,同一の効果を奏する。甲1のIL
-2改変体を含んだ甲1の組成物は,自己免疫疾患等の治療において,本件発明1の
組成物と同一の効果を発揮する。
ウCD4+
細胞でのリン酸化誘発能力の低下の効果については,本件発明1
に係る改変体のみでなく甲1の改変体についても,内在的に有している属性,特性で
あって,自己免疫疾患等の処置用途において甲1発明においても発揮されている副
次的効果,作用機序を記述したものに過ぎない。
ある発明を実施すると当然に発揮される効果の中から,従前知られていなかった
効果を発見したとしても,当該効果が,従前知られていた用途を実現する過程での副
次的な作用機序・過程にすぎないのであれば,単に,新たな作用機序の発見に外なら
ず,当該発明の効果と比較して優れた効果や新たな用途を発見したということはで
きず,進歩性,非容易想到性の根拠となるものではない。
(2)本件発明1以外の発明についても,甲1と甲2~9とを組み合わせる等に
より容易に想到することができるから,進歩性は認められない。
(3)したがって,本件発明は,甲1発明に対して進歩性を有さない。
6取消事由6(無効理由3:優先権主張の利益を享受できるとした場合の甲1に
基づく特許法29条の2違反)
(1)仮に,本件発明について本件基礎出願に基づく優先権が認められ,新規性
の基準日が平成21年1月21日になるとしても,本件発明1は,平成20年5月8
日に優先権主張の基礎出願がされた甲1発明と実質的に同一の発明であるから,特
許法29条の2違反となる。
(2)甲1の先願としての地位の基準日について
本件審決は,甲1基礎出願の明細書(甲35)には,hIL-2-N88Rが,C
D8陽性細胞傷害性T細胞の増殖に対する活性をほとんどあるいは全く有さないこ
とが記載されていないとして,甲1の先願としての地位の基準日(後願排除の基準日)
は,甲1の特許出願日である平成21年4月28日となるとする。
しかし,甲1基礎出願の明細書(甲35)は,調節性T細胞の選択的な活性化につ
いて記載している(6頁第2段落,10頁第6段落)。選択性の対象としてのCD8
陽性細胞傷害性T細胞は,具体的には記載されていないが,調節性T細胞の選択的な
活性化に基づく自己免疫疾患等の治療という用途に関する発明は,甲1基礎出願の
明細書等に開示されている。
そして,甲1基礎出願は,「第20位,第88位及び第126位のアミノ酸のうち
の少なくとも1つが置換されたIL-2改変体」が調節性T細胞を活性化し,それに
より自己免疫疾患等を処置し得ることを,甲1基礎出願の明細書(発明の名称,明細
書1頁第1段落,7頁第3段落,11頁末段落,28頁末段落等)に記載している。
これらによると,甲1発明は,調節性T細胞の選択的な活性化についても含めて,
甲1基礎出願に記載されている。したがって,甲1発明は甲1基礎出願に基づく優先
権を主張することができ,その基準日は,平成20年5月8日となる。
(3)甲1には,本件発明1と実質的に同一の発明が記載されているから,本件
特許は,特許法29条の2に違反するものである。
第4被告の主張
1取消事由1(無効理由4:(d)(ⅲ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体の実施可能要件違
反)
(1)本件発明1の「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」の記載は,IL
-2Rβγ(IL-2βγ複合体)の親和性を意味するものであり,これは測定可能
であるから,実施可能要件違反はない。
(2)ア本件発明の(d)(ⅱ)改変体は,配列番号1のポリペプチドと比べてIL
-2Rαの親和性が高く,かつ,IL-2Rβの親和性が低下したIL-2改変体で
あり,特許の特許請求の範囲でも,「かつ」という接続詞を使っている。
本件特許の特許請求の範囲では,改変体のIL-2Rの二つのサブユニットに対
する親和性が高くなったか低下したかを規定する場合に「かつ」という接続詞を使っ
ているが,(d)(ⅲ)改変体については,「(ⅲ)配列番号1として記載されるポリペプ
チドよりも低下した,IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか,」として
おり,「かつ」という接続詞を用いていないから,「IL-2RβおよびIL-2R
γ親和性」は,「IL-2Rβの親和性およびIL-2Rγの親和性」を指すもので
はないことが分かる。
イ仮に,「かつ」に代わって「および」を用いるとしても,原告が主張する
ような(d)(ⅲ)改変体を規定するのであれば,「(ⅲ)配列番号1として記載されるポ
リペプチドよりも低下した,IL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性を有す
るか,」と記載するはずであるが,(d)(ⅲ)改変体の特許請求の範囲には,このよう
な記載がない。
特許請求の範囲の記載は,権利範囲の外延を明確にするために,安易な略記が行わ
れるものではない。「親和性」という一語を加えるだけでその権利範囲が明確になる
のであれば,クレ-ム作成に当たって「親和性」という一語が削除されることはない。
原告が主張するとおり,「および」が複数の名詞を併記する際に用いられる接続詞
であるとすると,「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」の「および」は,「IL
-2Rβ」と「IL-2Rγ親和性」を併記したものではなく,「IL-2Rβ」と
「IL-2Rγ」を併記したものと考えるべきである。また,「親和性」という文言
を意図的に1回だけ使用することで,「IL-2RβおよびIL-2Rγ」が一つの
受容体サブユニットであることを強調しようとしていると読み取ることができる。
「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」のうち「IL-2RβおよびIL-2
Rγ」は,一つの受容体サブユニットであるIL-2Rβγ複合体を意味しているこ
とは明らかであり,IL-2Rβの親和性及びIL-2Rγの親和性を指すもので
はない。
ウ本件明細書の段落【0002】には,「(背景)IL−2は,IL−2結合
に際して細胞内シグナル伝達事象を一緒に活性化するIL−2RβおよびIL−2R
γならびに他の2つの受容体サブユニットにIL−2を提示する役目をするCD2
5(IL−2Rα)の3つの膜貫通受容体サブユニットに結合する。IL−2Rβγに
よって伝えられるシグナルは,PI3-キナーゼ,Ras-MAP−キナーゼ,およ
びSTAT5経路のシグナルを含む。」との記載があり,「IL-2RβおよびIL
-2Rγ」との用語が,「一緒に活性化する」IL-2Rβγの受容体サブユニット,
すなわち,IL-2RβとIL-2Rγの複合体を意味していることが分かる。ここ
にいう「一緒に」とは,単量体IL-2Rβ及び単量体IL-2Rγが一緒になって
複合体となり,シグナル伝達現象を生じさせることを表現するために記載されたも
のである。
本件明細書の段落【0004】及び【0050】の「IL-2RβおよびIL-2
Rγ」という用語も,IL-2Rβγ(IL-2βγ複合体)を意味することを前提
として使われている。
(3)IL-2Rが三つのサブユニットからなり,IL-2がIL-2Rγと結
合し,形式的にIL-2Rγ親和性が観念できることは否定しないが,IL-2は,
IL-2RαやIL-2Rβとは異なり,IL-2Rγ単独と,IL-2に特有のシ
グナルを生体内に伝達するような生物学的に有意な結合をすることはない。このこ
とは,IL-2Rγ親和性は実際に測定を観念できないのであり(甲5),IL-2
γが検出可能な親和性を有さず,生物学的に意味のあるシグナル伝達のためにIL
-2βとIL-2γとが複合体を形成することが必要であるとされていた(甲18)
ことに符合する。
したがって,「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」という文言に接した当業
者は,IL-2Rβの親和性及びIL-2Rγの親和性という二つの親和性を意味
するものではなく,IL-2Rβγ複合体の親和性を意味するものと考える。
(4)本件意見書の記載について
本件意見書(甲31)には,「IL-2Rβγを刺激する能力」,「IL-2Rβ
γへの結合」,「IL-2Rβγ刺激能の低下」,「IL-2Rβγによって伝えら
れるシグナル」など,全体にわたり,IL-2RβとIL-2Rγが複合体を形成す
ることを前提とした主張がされているから,本件意見書の「訂正前の(ⅱ)において
IL-2Rβ親和性およびIL-2γ親和性に係る部分の両方を満たすもの(すな
わち,「および」の場合)を訂正後の(ⅲ)とする。」の記載は「IL-2RβおよびI
L-2γ親和性」の誤記である。
2取消事由2(無効理由4:(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅲ)改変体の実施可能要件違
反)
(1)β親和性のみを低下させた改変体が本件発明の作用効果を奏することが
開示されていること
本件明細書の段落【0022】には,本件発明の作用効果を奏する免疫抑制IL-
2改変体は,IL-2Rβ又はIL-2Rγに接触するアミノ酸残基位置に変異を
含むものであってもよい旨が記載されており,段落【0016】の記載を併せて読む
と,IL-2Rβに接触するアミノ酸残基位置を変異することでβ親和性を低下さ
せること等が,本件発明の作用効果である,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3
陽性調節性T細胞の成長/生存を優先的に促進する作用を発揮するのに重要である
ことが分かる。したがって,野生型IL-2と比較してβ親和性が低下した改変体が,
本件発明の作用効果を奏することが明らかにされているといえる。
(2)本件明細書の実施例の記載からもα親和性の向上ではなくβ親和性を低
下させることが本件発明の作用効果との関係で重要であることが分かること
ア本件明細書の実施例2について
(ア)本件明細書の段落【0049】及び【0050】に記載された実施例
2において,IL-2Rα(CD25)に対する親和性を向上させる変異のみを有す
るIL-2改変体(haWT)は,野生型IL-2(WT)と比較して,FOXP3
+
細胞及びFOXP3-
細胞の成長/生存に対して同様に作用し(【図2B】,【図2
C】),FOXP3+
/FOXP3-
細胞の比率についてほとんど違いがないことから
(【図2E】),α親和性を向上させる変異は,本件発明特定事項(b)及び本件発
明特定事項(c)に規定される性質にほとんど影響を与えず,その結果,FOXP3
陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞の増殖/生存を優先的に促進する作
用には重要な作用を発揮していないことが分かる。
(イ)一方,本件明細書の実施例2には,α親和性を向上させたIL-2改
変体に対し,β親和性を低下させる変異を加えた改変体((d)(ⅱ)改変体に相当する
もの)が,haD,haD.1,haD.2,haD.5,haD.6,haD.8
として記載されており(段落【0022】,【図1】),α親和性を向上させた改変体に
対し,βγ親和性を低下する変異を加えた改変体((d)(ⅳ)改変体に相当するもの)
がhaD.4として記載されている(段落【0022】,【図1】)。
haD等(haD,haD.1,haD.2,haD.4,haD.5,haD.
6,及びhaD.8)は,本件明細書の【図2E】によると,FOXP3陽性調節性
T細胞のFOXP3陰性T細胞に対する比率を増加させるものであることが分かる。
しかも,haD等は,本件明細書の【図2D】によると,野生型IL-2と同程度に
FOXP3陽性調節性T細胞を刺激する一方で,本件明細書の【図2B】及び【図2
C】によると,野生型IL-2よりもCD4陽性及びCD8陽性となるFOXP3陰
性T細胞が蓄積しないものであることが分かる。
したがって,haD等のFOXP3陽性調節性T細胞のFOXP3陰性T細胞に
対する比率の増加は,FOXP3陽性調節性T細胞の増殖を抑制しない一方で,FO
XP3陰性T細胞の増殖を抑制した結果であることが分かる。
(ウ)以上のとおり,本件明細書の実施例2によると,α親和性を向上させ
たIL-2改変体は,本件発明の作用効果を奏しない一方で,α親和性を向上させた
改変体にβ親和性又はβγ親和性を低下させる変異を加えた改変体は,本件発明の
作用効果を奏するものであることが分かる。
そうすると,FOXP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞の成長/
生存を優先的に促進するという本件発明の作用効果を奏するためには,α親和性を
向上させる変異ではなく,β親和性又はβγ親和性を低下させる変異が重要となる
ことが,本件明細書の実施例2の記載から読み取れる。
イ本件明細書の実施例3について
(ア)本件明細書の実施例3によると,α親和性を向上させる変異のみを有
するhaWT改変体によるFOXP3陽性調節性T細胞及びFOXP3陰性T細胞
のSTAT5のリン酸化の程度は,野生型IL-2によるSTAT5のリン酸化の
程度と異ならないこと,α親和性を野生型IL-2と比べて上昇させ,β親和性を野
生型IL-2と比べて低下させたIL-2改変体(haD.1)によるFOXP3陽
性調節性T細胞のSTAT5のリン酸化の程度は,野生型IL-2によるSTAT
5のリン酸化の程度と異ならないことが確認された(段落【0051】,【図3】)。
一方で,本件明細書の実施例3によると,当該改変体(haD.1)によるFOX
P3陰性T細胞のSTAT5のリン酸化の程度は,野生型IL-2によるSTAT
5のリン酸化の程度と比べて低下すること,α親和性を野生型IL-2と比べ上昇
させ,βγ親和性を野生型IL-2と比べ低下させたIL-2改変体(haD.5)
によるFOXP3陽性調節性T細胞及びFOXP3陰性T細胞のSTAT5のリン
酸化の程度も,haD.1によるSTAT5のリン酸化の程度と同じ傾向にあること
が見いだされた(段落【0051】,【図3】)。
(イ)上記(ア)の発見事項によると,haD.1又はhaD.5によるFOX
P3陽性調節性T細胞のSTAT5のリン酸化の程度は,野生型IL-2と異なら
ないので,haD.1又はhaD.5は,FOXP3陽性調節性T細胞のSTAT5
のリン酸化を引き起こすものであることが分かる(本件発明特定事項(b))。
また,haD.1又はhaD.5によるFOXP3陰性T細胞のSTAT5のリン
酸化の程度は,野生型IL-2のそれよりも低下している(本件発明特定事項(c))。
したがって,haD.1又はhaD.5は本件発明特定事項(b)及び(c)を満
たすものであり,本件発明の作用効果を奏するIL-2改変体であることが分かる。
(ウ)以上のとおり,haD.1又はhaD.5のようにα親和性を上昇さ
せ,β親和性又はβγ親和性を低下させたIL-2改変体である(d)(ⅱ)改変体又は
(d)(ⅳ)改変体であって,本件発明特定事項(b)及び(c)を満たす改変体が,自
己免疫疾患,器官移植片拒絶,または移植片対宿主病などの望ましくない炎症を総合
的に抑制するものであることが,本件明細書に記載されている。
一方,上記(ア)の発見事項によると,α親和性を上昇させたIL-2改変体(ha
WT)は,FOXP3陽性調節性T細胞及びFOXP3陰性T細胞のSTAT5のリ
ン酸化の程度が野生型IL-2のそれと比べ変化しないものであることが分かる。
(エ)上記(ア)の発見事項に加えて,IL-2が一般にT細胞を増殖させる
こと,T細胞がIL-2に応答するためにはIL-2Rαの働きが重要になるとい
う技術常識(甲18,本件明細書の段落【0003】)を考慮すると,当業者は,h
aWTは,FOXP3陽性調節性T細胞及びFOXP3陰性T細胞以外のT細胞の
STAT5のリン酸化の程度を上昇させるものであることを本件明細書から読み取
ることができる。
そのため,当業者は,仮に,α親和性を低下させたとしても,FOXP3陽性調節
性T細胞及びFOXP3陰性T細胞以外のT細胞のSTAT5のリン酸化の程度を
低下させるだけで,α親和性の増減は,FOXP3陽性調節性T細胞及びFOXP3
陰性T細胞のSTAT5のリン酸化の程度を野生型IL-2のそれと比べ変化させ
ないものであることを本件明細書から読み取ることができる。
したがって,当業者は,haD.1又はhaD.5などの(d)(ⅱ)改変体又は(d)(ⅳ)
改変体と同様,β親和性又はβγ親和性のみを低下させたIL-2改変体であって,
本件発明特定事項(b)及び(c)を満たすIL-2改変体が本件発明の作用効果を
奏することを,本件明細書から読み取ることができる。
(オ)このように,本件明細書は,β親和性を低下させたIL-2改変体で
ある(d)(ⅰ)改変体又は(d)(ⅲ)改変体であって本件発明特定事項(b)及び(c)を
満たすIL-2改変体も,自己免疫疾患,器官移植片拒絶,または移植片対宿主病な
どの望ましくない炎症を総合的に抑制するものであることを開示している。
(3)以上によると,野生型IL-2と比較してα親和性が上昇し,かつβ親和
性又はβγ親和性の低下した(d)(ⅱ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体が本件発明の作用効
果を奏するのであるから,α親和性を向上させる変異を加えておらず,β親和性又は
βγ親和性を低下させる変異のみを加えた(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体も,本
件発明の作用効果を奏することを合理的に読み取ることができる。
したがって,(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅲ)改変体が実施可能要件を満たすことは明
らかである。
(4)原告の主張に対する反論
ア原告は,本件明細書では,変異の組合せを重視しており,α親和性の上昇
に関する記載が十分にあり,重要と考えられていたと主張する。
しかし,本件明細書の段落【0007】の記載は,2組の変異からIL-2改変体
の特有の特性が生じることがあることを述べるにとどまり,1組の変異のみでFO
XP3陰性T細胞よりもFOXP3陽性調節性T細胞の成長/生存を優先的に促進
するという本件発明の作用効果を奏することがあることを否定するものではない。
そして,前記(2)のとおり,α親和性を向上させる変異は本件発明の作用効果を奏
する上で重要ではなく,β親和性を低下させる変異が本件発明の作用効果を奏する
上で重要であることが明らかにされているから,本件明細書ではα親和性の上昇と
β親和性の低下の組合せは重要視されていない。本件明細書の段落【0016】は,
特定の実施形態に関する記載にとどまるものであり,β親和性の低下だけで本件明
細書の作用効果を奏することがあることを否定するものではない。
イ原告は,甲10に記載の抗体は,自己免疫疾患等の炎症性疾患を処置でき
ないから,α親和性の向上も重要と考えられていたと主張する。
しかし,甲10に記載されたIL-2改変体は,本件発明特定事項(b)及び(c)
を充足しているのかが不明である。甲10に記載の改変体は,調節性T細胞の活性化
能が低すぎる以上,「(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸
化を刺激」するものではないと考えられる。そうすると,甲10に記載されたIL-
2改変体は,β親和性のみが低下した(d)(ⅰ)改変体とは異なると考えられる。
ウ原告は,本件明細書の実施例記載のhaD等は,α親和性が向上している
ため,IL-2Rαとの複合体形成後にIL-2R親和性がより大きく向上すると
共に,それ自身は野生型よりβ親和性が低下しており,β親和性に関して相反する特
性を併せ持つと主張する。
しかし,α親和性が向上しているIL-2改変体とIL-2Rαの複合体は,IL
-2改変体そのものではない。α親和性が向上しているIL-2改変体とIL-2
Rαの複合体は,β親和性のみが低下しているIL-2改変体とは,インターロイキ
ン類という点でも一致しておらず,共通性が全く認められない別個の物である。
仮に,α親和性が向上しているIL-2改変体とIL-2Rαの複合体のうちの
IL-2改変体に注目したとしても,当該IL-2改変体はα親和性が向上したI
L-2改変体であり,β親和性のみが低下しているIL-2改変体とは別個の物で
ある。
以上のことを考慮すると,仮に,α親和性が向上しているIL-2改変体とIL-
2Rαの複合体が,野生型IL-2と比較して,β親和性が向上していたとしても,
そのことは,本件発明でいうβ親和性のみが低下している改変体に影響を及ぼすこ
とはない。
したがって,当業者は,向上したα親和性に起因するβ親和性の向上と,変異が直
接的に引き起こすβ親和性の低下の,正負双方の制御が必要であり,そのバランスの
上に実施例で示されたような効果が発揮されるとは考えないから,原告の主張は採
用できない。
エ原告は,α親和性を変化させた場合,β親和性も変化することになるから,
(d)(ⅱ)改変体が本件発明の作用効果を奏するからといって(d)(ⅰ)改変体が作用効
果を奏すると合理的に予測できないと主張する。
しかし,α親和性を生物学的に有意に上昇させるためのIL-2のアミノ酸残基
の位置(本件明細書の段落【0020】及び【0021】)とβ親和性を生物学的
に有意に低下させるためのIL-2のアミノ酸残基の位置(本件明細書の段落【00
22】)は全く異なることが知られている。
そのため,α親和性を上昇させた改変体を,β親和性を生物学的に有意に低下させ
るためには,β親和性が低下させるためのアミノ酸残基も変異させる必要があるか
ら,α親和性を上昇させる変異を加えたとしても,このような変異により,常にβ親
和性を低下させることはない。
本件明細書の実施例2の【図2A】~【図2F】の「haWT」は,野生型と比べ
てα親和性を向上させたがβ親和性は低下していないIL-2改変体であるため,
α親和性を上昇させる変異を加えても,このような変異によりβ親和性が低下して
いないIL-2改変体の存在が確認できる。
また,本件明細書の実施例3の【図3】からも,実施例2と同じく,α親和性を上
昇させる変異を加えても,このような変異によりβ親和性が低下していないIL-
2改変体の存在が確認できる。
このように,α親和性の変化とβ親和性の変化は必ずしも相関するものではない
から,原告の主張は認められない。
オ原告は,甲32を根拠にして,被告がIL-2の親和性を改変した場合の
効果の予測不能性を強調していたと主張する。
しかし,原告が指摘する箇所は,本件明細書の開示の問題点を指摘するものではな
く,引用文献と比べた場合の予測不可能性を述べるにすぎず,本件明細書が開示する
差分の議論とは無関係なものである。
3取消事由3(無効理由5:サポート要件違反)
前記1,2のとおり,(d)(ⅰ)改変体,(d)(ⅱ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体は,本件
明細書の記載から実施可能に認識できるから,取消事由3も認められない。
4取消事由4(無効理由1:優先権主張の利益を享受できないことを前提とする
甲1に基づく新規性欠如)
(1)優先権が認められること
ア第一国での出願に基づき第二国での出願について優先権を主張するため
には,第一国での出願に係る発明と第二国での出願に係る発明が内容的に同一であ
ることが必要であるものの,ここにいう発明の同一性は,特許請求の範囲だけでなく,
明細書や図面等から同一と判断されれば足りると解される。原告は,基礎出願の請求
項やその技術的思想が本件発明と同一であるか否かの検討をしており,採用できな
い。
また,原告は,本件基礎出願の請求項1に係る発明の技術的思想の誤りを指摘して,
基礎出願を基礎とする優先権の主張が認められないと主張しているが,優先権主張
が認められるかは,特許出願に係る発明が,基礎出願の明細書等に記載された発明と
同一であるかを検討すれば足りる。仮に,本件基礎出願の請求項1に係る発明の技術
的思想が誤っていたとしても,優先権主張が認められなくなるものではない。
優先権主張に関する原告の主張は,独自の解釈に基づくものである。
イ原告は,本件基礎出願明細書には本件発明特定事項(c)の「FOXP3
陰性T細胞におけるSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」していることが
記載されていないと主張するが,本件基礎出願明細書には,IL-2改変体が,非調
節性(T)細胞(FOXP3-
IL-Rα+
CD4+
)の成長/生存を促進するための
能力が野生型IL-2と比較して低下しているものであることが記載されている。
そして,甲4に記載のとおり,調節性T細胞であるか,非調節性T細胞であるかに
かかわらず,T細胞が増殖する際には,STAT5の二量体化によるリン酸化反応が
生じることは,本件優先日当時の技術常識であったから,本件基礎出願の明細書等の
本件発明1の非調節性T細胞(FOXP3-
IL-Rα+
CD4+
)の増殖/生存を促
進するための能力が低下するということは,STAT5がリン酸化する能力が低下
していること同義である。
そうすると,本件基礎出願明細書は,野生型IL-2と比較して,FOXP3陰性
T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しているIL-2改変
体を開示していることになる。
したがって,本件発明は本件基礎出願明細書に記載されているといえる。
ウ以上のとおり,本件発明は,本件基礎出願明細書に記載されており,優先
権の利益を享受できることから,優先権の利益を享受できないことを前提とする取
消事由4は理由がない。
(2)仮に,優先権の主張が認められないとしても,次のとおり,取消事由4は
認められない。
ア相違点5及び相違点2が実質的な相違点となること
(ア)原告は,先願発明2の「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」は,本件発
明の「FOXP3陰性T細胞」と実質的に同一と評価できると主張する。
しかし,CD4は,マクロファージ,単球,ヘルパーT細胞,及び炎症性T細胞に
対する特異的なマーカーとして使用され(乙2),CD8は,細胞傷害性(キラ-)
T細胞に対する特異的なマーカーとして使用され(乙2),FOXP3は,制御性(調
節性)T細胞に対する特異的なマーカーとして使用されるものであり,CD4,CD
8,FOXP3は,独立した観点から細胞を分類するものであるから,例えば,ある
細胞はCD4陽性,CD8陽性,FOXP3陰性と分類されることもあるし,CD4
陰性,CD8陰性,FOXP3陽性と分類されることもある。また,CD8とFOX
P3の生体分子の構造上の類似性は最大でも約46%に過ぎない(乙3)から,ある
細胞のCD8陽性細胞のほとんどがFOXP3陰性であったとしても,その他の細
胞のCD8陽性細胞がFOXP3陰性であるとは限らない。
原告は,先願発明2の「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」は,本件発明の「FOX
P3陰性T細胞」と実質的に同一であること示すために,甲6及び7において,CD
8陽性細胞の99.85%~99.78%がFOXP3陰性であることを主張するが,
甲6及び7で測定された細胞と甲1で測定された細胞は異なる細胞であるから,細
胞マーカーの性質を考えると,甲6及び7で測定された細胞のうちCD8陽性細胞
の99.85%~99.78%がFOXP3陰性であったとしても,甲1で測定され
た細胞の中のCD8陽性細胞のほとんどがFOXP3陰性となるとは限らない。
したがって,「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」が「FOXP3陰性T細胞」に相
当するとはいえないから,この点は実質的な相違点である。
(イ)仮に,先願発明2における「CD8陽性細胞傷害性T細胞」が本件発
明の「FOXP3陰性T細胞」に相当するとしても,次のとおり,先願発明2に含ま
れるIL-2改変体は,「FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘
発する能力が低下」する性質を有するものとはいえない。
本件発明のIL-2改変体は,「FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン
酸化を誘発する能力が低下している」という性質を有するものであり,本件明細書の
段落【0003】によると,本件発明の「FOXP3陰性T細胞」に含まれるCD4
陽性細胞とCD8陽性細胞の両方において,「STAT5のリン酸化を誘発する能力
が低下」している必要がある。
一方,先願発明2において,「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」については,ST
AT5のリン酸化を誘発する能力が低下しているとしても,それ以外の「FOXP3
陰性T細胞」(例えば,CD4陽性細胞)におけるSTAT5のリン酸化を誘発する
能力が低下していることは,甲1には記載されていない。
そして,本件明細書記載のとおり,CD4陽性細胞も炎症誘発性になり得るもので
あるから,「FOXP3陰性T細胞」全体のうち,一部である「CD8陽性の細胞傷
害性T細胞」においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しているからと
いって,本件発明の「FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発す
る能力が低下」しているとはいえない。
したがって,先願発明2に含まれるIL-2改変体は,「FOXP3陰性T細胞に
おいてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」する性質を有するものとはい
えない。
原告は,甲34によると,CD4陽性細胞もSTAT5のリン酸化を誘発する能力
が低下していると主張するが,甲34はラットの細胞を測定し,甲1はヒト患者の細
胞を測定しており,互いに完全に種類の異なる細胞をそれぞれ測定対象としている。
したがって,甲34のCD4陽性細胞がリン酸化を誘発する能力が低下していても,
甲1のCD4陽性細胞のリン酸化を誘発する能力が向上しているか,低下している
か,それとも維持されているか全く予測できない。
(ウ)以上によると,本件発明1と先願発明2の相違点5は,実質的な相違
点となる。本件発明1と先願発明1との相違点である相違点2は,相違点5と同一の
相違点であるから,相違点2も実質的な相違点になる。
イ相違点3が実質的な相違点となること
甲1は,先願発明1のIL-2改変体のIL-2Rへの親和性を何ら記載してい
ないので,相違点3は実質的な相違点となる。
ウ以上のとおり,本件発明1は甲1に記載の先願発明1及び2との関係で
実質的に相違し,新規性を有している。
5取消事由5(無効理由2:優先権の利益を享受できないことを前提とする甲1
に基づく進歩性欠如)
(1)前記4のとおり,本件発明1は本件基礎出願明細書に記載されており,優
先権の利益を享受できるから,優先権の利益を享受できないことを前提とする取消
事由5は,理由がない。
(2)仮に,優先権の主張が認められないとしても,次のとおり,取消事由5は
認められない。
ア本件発明1について
前記4のとおり,本件発明1は,先願発明2との関係では少なくとも相違点5にお
いて実質的に相違し,先願発明1との関係では相違点2及び3において実質的に相
違している。
このうち,相違点2又は相違点5は,本件発明1は配列番号1として記載されるポ
リペプチドと比較して,FOXP3陰性T細胞においてSTATのリン酸化を誘発
する能力が低下していることが特定されているのに対し,甲1発明は,CD8陽性細
胞傷害性T細胞の増殖に対してほとんど又は全く影響を及ぼさないものであるとい
うものである。そして,「配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して,F
OXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下して」い
ることは,甲1には記載も示唆もない。
そうすると,相違点2又は相違点5に係る構成は当業者が容易に想到し得るもの
ではない。
しかも,本件発明1のIL-2改変体は,FOXP3陰性T細胞の活性化について,
CD8陽性及びCD4陽性の両方において低下を示すものであって(本件明細書の
【図2B】及び【図2C】),望ましくない炎症を総合的に抑制することができるとい
う顕著な効果を奏するものである。
そうすると,先願発明1及び2に甲2~9に記載の事項を組み合わせても,当業者
は上記のような顕著な効果を奏する本件発明に想到することはできない。
イ本件発明1以外の発明について
本件発明1以外の発明は,本件発明1の従属項であり,本件発明1に進歩性が認め
られる以上,本件発明1以外の発明にも進歩性が認められる。
6取消事由6(無効理由3:優先権主張の利益を享受できるとした場合の甲1に
基づく特許法29条の2違反)
(1)甲1の先願としての地位の基準日について
アパリ条約による優先権の主張の効果が認められるためには,「発明の構成
部分」が第一国出願に係る出願書類の全体により明らかにされている必要があり(パ
リ条約第4条H),新規事項には優先権の主張の効果が認められない(乙4)。
そして,日本出願の請求項に係る発明が,第一国出願の出願書類の全体に記載した
事項の範囲内のものとされない主な類型の一つに「第一国出願の出願書類に記載さ
れた上位概念の発明から下位概念の要素を選択した選択発明を,日本出願において
請求項に係る発明とする場合」がある(乙5)。
イ甲1基礎出願には,hIL-2-N88Rの活性に関して,CD8陽性細
胞傷害性T細胞とは異なる概念である「調節性T細胞」(甲35では「制御性T細胞」)
に関する記載と,その制御性T細胞の選択的な活性化という一般的な記載があるの
みで,hIL-2-N88Rが,野生型IL-2と比較して,CD8陽性細胞傷害性
T細胞の増殖に対する活性をほとんどあるいは全く有さないことは何ら記載されて
いない。
上位概念としてT細胞の何らかの選択的な活性化が甲1基礎出願に記載されてい
ることから,その下位概念として「CD8陽性細胞傷害性T細胞に対する活性をほと
んどあるいはまったく有さない」ことも記載されているということはできないから,
甲1発明は,甲1基礎出願による優先権主張の利益を享受できない。
したがって,甲1の先願としての地位の基準日(後願排除の基準日)は,甲1の国
際出願日である平成21年4月28日となるから,原告主張の取消事由6は認めら
れない。
(2)仮に,甲1の後願排除効が甲1基礎出願がされた平成20年5月8日から
認められるとしても,甲1に記載の先願発明1は,本件発明1と対比すると少なくと
も相違点2及び相違点3で実質的に相違している。また,甲1に記載の先願発明2は,
本件発明1と対比すると,少なくとも相違点5で実質的に相違している。
そうすると,本件発明1と甲1発明は実質的に同一ではないので,本件特許は特許
法29条の2に違反することはない。
第5当裁判所の判断
1技術常識等
後掲の証拠及び弁論の全趣旨によると,本件優先日(平成21年1月21日)及び
本件特許出願日(平成22年1月20日)当時の技術常識として,以下の事実が認め
られる。
(1)調節性(制御性)T細胞は,自己免疫疾患やアレルギーなどの過剰な免疫
応答を抑制する働きを有する。これに対し,非調節性(非制御性)T細胞は,免疫応
答するものであり,自己免疫疾患やアレルギーなどの過剰な免疫反応の原因となっ
ている。
(2)IL-2(インターロイキン-2)は,サイトカインの一種であり,細胞
膜上に存在するIL-2受容体(IL-2R)を介して細胞内に様々なシグナルを伝
達する。IL-2受容体は,α,β,γの三つのサブユニットから構成されている(甲
4)。IL-2Rα,IL-2Rβ,IL-2Rγは,いずれも単量体といわれ,I
L-2Rβγは,複合体といわれる。IL-2Rαは,CD25と称されることもあ
る。
IL-2がIL-2Rと結合してIL-2Rを活性化することにより,STAT
5の二量化によるリン酸化反応が生じ,その二量化したSTAT5により,T細胞が
活性化し,T細胞の増殖が促進され,逆に,「STAT5のリン酸化を誘発する能力
が低下」させる作用を有することは,「T細胞の増殖が低下していること」を意味す
る。(甲4)。
(3)IL-2のアミノ酸に変異を加えることにより,IL-2Rとの親和性に
変更を加えることができる。このうち,IL-2Rγは,IL-2と生物学的に有意
な結合をしないので,IL-2受容体のうち,IL-2と結合し得るものとして観念
し得るものは,IL-2Rα,IL-2Rβ,IL-2Rαβ複合体,IL-2Rα
γ複合体,IL-2Rβγ複合体,IL-2Rαβγ複合体の6種類である。そして,
IL-2とIL-2Rβγ複合体との親和性(βγ親和性)は測定可能であるが,I
L-2とIL-2Rγとの親和性(γ親和性)は,測定することができない(甲5)。
(4)T細胞の細胞マーカーには,CD4,CD8,FOXP3などが存在する。
CD4は,ヘルパーT細胞,炎症性T細胞,単球及びマクロファージに対する特異的
なマーカーとして使用され(乙2),CD8は細胞傷害性(キラー)T細胞に対する
特異的なマーカーとして使用され(乙2),FOXP3は調節性(制御性)T細胞に
対する特異的なマーカーとして使用されるものである。CD8とFOXP3の生体
分子の構造上の類似性は,最大でも46.15%である(乙3)。
2本件発明について
(1)本件特許の特許請求の範囲は,前記第2,2のとおりであるほか,本件明
細書(甲19)には,次の記載がある。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0002】
(背景)
IL-2は,IL-2結合に際して細胞内シグナル伝達事象を一緒に活性化する
IL-2RβおよびIL-2Rγならびに他の2つの受容体サブユニットにIL
-2を提示する役目をするCD25(IL-2Rα)の3つの膜貫通受容体サブユ
ニットに結合する。IL-2Rβγによって伝えられるシグナルは,PI3-キナ
ーゼ,Ras-MAP-キナーゼ,およびSTAT5経路のシグナルを含む。
【0003】
T細胞は,典型的に組織中に存在する低濃度のIL-2に応答するためにCD2
5の発現を必要とする。CD25を発現するT細胞は,自己免疫性炎症を抑制する
のに不可欠であるCD4+
FOXP3+
調節性T細胞(T-reg細胞)およびCD
25を発現するように活性化されたFOXP3-
T細胞の両方を含む。FOXP3
-
CD25+
Tエフェクター細胞(T-eff)は,CD4+
細胞またはCD8+
細胞
のいずれかであってもよく,これらの両方は,炎症誘発性(pro-inflam
matory)となり得,自己免疫病,器官移植片拒絶,または移植片対宿主病の
一因となり得る。IL-2刺激STAT5シグナル伝達は,正常なT-reg細胞
の成長および生存にとってならびに高FOXP3発現にとって重大である。
【0004】
IL-2は3つのIL-2R鎖のそれぞれに対して低い親和性を有するため,I
L-2Rβおよび/またはIL-2Rγに対する親和性のさらなる低下は,CD2
5に対する親和性の増加によって補うことができるかもしれない。CD25に対し
て170倍まで高い親和性を示すIL-2の変異性改変体が生成された(特許文献
1;Raoら,Biochemistry44巻,10696~701頁(20
05年))。・・・発明者らは,変異体が,持続的なT細胞成長を刺激し,したがって,
ウイルス免疫療法の方法においておよびがんまたは他の過剰増殖障害を処置する
のに有用であり得ることを報告する。・・・特許文献2は,低下した毒性を有すると
述べられるIL-2改変体を記載する。該特許は,毒性が,IL-2RβおよびI
L-2Rγのみを発現するナチュラルキラー(NK)細胞のIL-2誘発刺激に起
因すると考える。そこに記載されるIL-2改変体は,それらが,NK細胞よりも,
CD25+
T細胞を選択的に活性化するので,低下した毒性を有すると述べられた。
さらに,IL-2改変体は,一般に免疫系を刺激することが有益である治療方法,
たとえばがんまたは感染症の処置に有用であると述べられた。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
(概要)
炎症誘発性であり得るFOXP3-
CD25+
T細胞の成長/生存よりも,FOX
P3+
調節性T細胞(T-reg細胞)の成長/生存を優先的に促進する,IL-2
の免疫抑制変異性改変体が,本明細書において提供される。他のT細胞に対するT-
regの比を増加させることによっておよび/またはFOXP3-
CD25+
T細胞
を活性化せずに,T-regにおけるFOXP3発現を増加させることによって,こ
れらの改変体は,望ましくない炎症を抑制するはずである。
【0007】
これらのIL-2改変体の特有の特性は,2組の変異から生じる。1組の変異は,
IL-2受容体のシグナル伝達鎖(IL-2Rβ/CD122および/もしくはI
L-2Rγ/CD132)に対する親和性の低下ならびに/またはIL-2受容体
の一方もしくは両方のサブユニットからのシグナル伝達事象を誘発するための能力
の低下をもたらす。変異の第2の組は,CD25(IL-2Rα)に対するより高い
親和性を付与し,Raoら(米国特許出願公開第2005/0142106号)によ
って記載される変異を含んでいてもよい。
【0008】
本明細書において記載されるように,ある種のIL-2改変体は,T-reg細胞
の生存,増殖,活性化,および/または機能を優先的に誘発するシグナル伝達事象を
誘発する。ある実施形態では,IL-2改変体は,T-reg細胞において,STA
T5リン酸化ならびに/またはIL-2Rの下流の1つもしくは複数のシグナル伝
達分子,たとえばp38,ERK,SYK,およびLCKのリン酸化を刺激するため
の能力を保持する。他の実施形態では,IL-2改変体は,T-reg細胞の生存,
増殖,活性化,および/または機能にとって重要である,FOXP3またはIL-1
0などのような,遺伝子またはタンパク質の転写またはタンパク質発現をT-re
g細胞において刺激するための能力を保持する。他の実施形態では,IL-2改変体
は,CD25+
T細胞の表面上のIL-2/IL-2複合体のエンドサイトーシスを
刺激するための能力の低下を示す。他の実施形態では,IL-2改変体は,AKTお
よび/またはmTOR(哺乳類ラパマイシン標的)の非効率的なリン酸化,リン酸化
の低下,リン酸化の欠如などのような,PI3-キナーゼシグナル伝達の非効率的な
刺激,刺激の低下,または刺激の欠如を示す。他の実施形態では,IL-2改変体は,
wtIL-2がSTAT5リン酸化および/またはT-reg細胞におけるIL
-2Rの下流の1つもしくは複数のシグナル伝達分子のリン酸化を刺激する能力を
保持し,さらに,FOXP3-
CD4+
細胞もしくはFOXP3-
CD8+
T細胞また
はNK細胞におけるSTAT5,AKT,および/もしくはmTORまたはIL-2
Rの下流の他のシグナル伝達分子の非効率的なリン酸化,リン酸化の低下,またはリ
ン酸化の欠如を示す。他の実施形態では,IL-2改変体は,FOXP3-
CD4+
細
胞もしくはFOXP3-
CD8+
T細胞またはNK細胞の生存,成長,活性化および
/または機能を刺激するのに非効率的であるかまたは刺激することができない。
【0009】
炎症性障害または自己免疫障害を処置するための方法が提供される。方法は,治療
有効量の1つまたは複数の免疫抑制IL-2改変体を被験体に投与するステップを
含む。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は,IL-2改変体の配列を示す図である。生殖系ヒトIL-2と異な
る配列は,グレーで網掛けされていない。
【図2A】図2Aは,フローサイトメトリーデータおよびゲーティング戦略の例を示
す図である。・・・FOXP3+
CD8+
T細胞は,典型的に,非常にまれである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(好ましい実施形態の詳細な説明)
FOXP3+
調節性T細胞(T-reg細胞)は,正常な免疫恒常性および自己組
織に対する免疫寛容を維持するのにならびに望ましくない炎症を抑制するのに不可
欠である。・・・現在の免疫抑制治療薬は,一般に,個々の炎症誘発性の経路を標的
にし,そのため,部分的な効能を示すかまたは特異疾患に適用可能であることが多い。
代替の免疫抑制様式は,天然の抑制細胞が炎症の部位に適切な抑制分子/活性を伝
えることを可能にするために,天然の抑制細胞の数および活性化状態の上昇を含ん
でいてもよい。
【0015】
T-reg細胞の増殖,生存,活性化,および/または機能を選択的に促進する治
療剤が本明細書において記載される。「選択的に促進する」によって,治療剤が,T
-reg細胞において活性を促進するが,非調節性T細胞において,活性を促進する
ための能力が限られているかまたはそれを欠くことが意味される。・・・
【0016】
ある実施形態では,作用物質は,IL-2改変体である。特に,IL-2改変体は,
T-reg細胞の成長/生存のこれらの活性を促進するが,非調節性T細胞(FOX
P3-
CD25+
)およびナチュラルキラー細胞の増殖,生存,活性化,および/また
は機能を促進するための能力が野生型IL-2と比較して低下している。ある実施
形態では,そのようなIL-2改変体は,IL-2RサブユニットIL-2Rα(C
D25)に対する親和性の上昇ならびにシグナル伝達サブユニットIL-2Rβお
よび/またはIL-2Rγに対する親和性の低下の組み合わせを通して機能する。
IL-2およびその改変体が,免疫賦活剤として,たとえば,がんまたは感染症を処
置するための方法において,当技術分野において使用されてきたのに対して,本明細
書において記載されるIL-2改変体は,免疫抑制作用物質として,たとえば,炎症
性障害を処置するための方法において,特に有用である。
【0017】
IL-2改変体は,野生型IL-2に対して少なくとも70%,少なくとも75%,
少なくとも80%,少なくとも85%,少なくとも90%・・・同一のアミノ酸の配
列を含む。・・・本明細書において使用されるように,「野生型IL-2」は,以下の
アミノ酸配列を有するポリペプチドを意味するものとする:
【0018】
【化1】
ここで,Xは,C,S,A,またはV(配列番号1)である。
【0019】
改変体は,野生型IL-2アミノ酸配列内に1つまたは複数の置換,欠失,または
挿入を含有していてもよい。残基は,一文字アミノ酸コード,その後に続くIL-2
アミノ酸位置によって本明細書において示され,たとえば,K35は,配列番号1の
35位のリシン残基である。置換は,一文字アミノ酸コード,その後に続くIL-2
アミノ酸位置,その後に続く置換一文字アミノ酸コードによって本明細書において
示され,たとえば,K35Aは,配列番号1の35位のリシン残基のアラニン残基と
の置換である。
【0020】
一態様では,本発明は,野生型IL-2よりもIL-2Rαに対する高い親和性を
有する免疫抑制IL-2改変体を提供する。米国特許出願公開第2005/014
2106号(その全体が参照によって本明細書において組み込まれる)は,野生型I
L-2が有するよりも,IL-2Rαに対する高い親和性を有するIL-2改変体
およびそのような改変体を作製し,かつスクリーニングするための方法を記載する。
好ましいIL-2改変体は,IL-2Rαに接触するIL-2配列の位置か,または
IL-2Rαに接触する他の位置の方向づけを改変するIL-2配列の位置に1つ
または複数の変異を含み,IL-2Rαに対するより高い親和性がもたらされる。変
異は,公開された結晶構造に基づいて,IL-2Rαに極めて接近していることが公
知のエリア中にまたはその近くにあってもよい(XinquanWang,Mat
hiasRickert,K.ChristopherGarcia.Scie
nce310巻:1159頁2005年)。IL-2Rαに接触すると考えられ
るIL-2残基は,K35,R38,F42,K43,F44,Y45,E61,E
62,K64,P65,E68,V69,L72,およびY107を含む。
【0021】
IL-2Rαに対するより大きな親和性を有するIL-2改変体は,N29,N3
0,Y31,K35,T37,K48,E68,V69,N71,Q74,S75,
またはK76における変化を含むことができる。好ましい改変体は,1つまたは複数
の以下の変異を有するものを含む:N29S,N30S,N30D,Y31H,Y3
1S,K35R,T37A,K48E,V69A,N71R,およびQ74P。
【0022】
免疫抑制IL-2改変体はまた,IL-2Rを介して野生型IL-2によって活
性化されるある種の経路を通してのシグナル伝達の改変を示し,T-regの優先
的な増殖/生存/活性化をもたらす改変体をも含む。IL-2Rの活性化に際して
リン酸化されることが公知の分子は,STAT5,p38,ERK,SYK,LCK,
AKT,およびmTORを含む。野生型IL-2と比較して,免疫抑制IL-2改変
体は,FOXP3-
T細胞において低下したPI3Kシグナル伝達能力を有すること
ができ,これは,野生型IL-2と比較した,AKTおよび/またはmTORのリン
酸化における低下によって測定することができる。そのような改変体は,IL-2R
βもしくはIL-2Rγに接触する位置か,またはIL-2RβもしくはIL-2
Rγに接触する他の位置の方向づけを改変する位置に変異を含んでいてもよい。I
L-2Rβに接触すると考えられるIL-2残基は,L12,Q13,H16,L1
9,D20,M23,R81,D84,S87,N88,V91,I92,およびE
95を含む。IL-2Rγに接触すると考えられるIL-2残基は,Q11,L18,
Q22,E110,N119,T123,Q126,S127,I129,S130,
およびT133を含む。ある実施形態では,IL-2改変体は,E15,H16,Q
22,D84,N88,またはE95に変異を含む。そのような変異の例は,E15
Q,H16N,Q22E,D84N,N88D,およびE95Qを含む。
【0023】
ある実施形態では,IL-2改変体は,変異の組み合わせを含む。変異の組み合わ
せを有するIL-2改変体の例は,図1に提供され,haWT(配列番号2),ha
D(配列番号3),haD.1(配列番号4),haD.2(配列番号5),haD.
4(配列番号6),haD.5(配列番号7),haD.6(配列番号8),haD.
8(配列番号9),およびhaD.11(配列番号10)を含む。好ましい実施形態
では,IL-2改変体は,FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化
を刺激するが,野生型IL-2と比較して,FOXP3陰性T細胞において,STA
T5およびAKTリン酸化を誘発する能力が低下している。そのような特性を有す
る好ましい改変体は,haD,haD.1,haD.2,haD.4,haD.5,
haD.6,およびhaD.8を含む。
【0024】
IL-2改変体は,野生型IL-2配列と比較して,IL-2RβまたはIL-2
Rγに対する親和性に対して効果を有していない1つまたは複数の変異をさらに含
んでいてもよいが,IL-2改変体が,FOXP3を発現しない他のT細胞よりも,
FOXP3+
T-regの優先的な増殖,生存,活性化,または機能を促進すること
を条件とする。好ましい実施形態では,そのような変異は,保存的変異である。
【0026】
(免疫抑制IL-2改変体を作製するための方法)
免疫抑制IL-2改変体は,免疫賦活IL-2改変体を産出するための米国特許
第6,955,807号(参照によって本明細書に組み込まれる)において記載され
るものを含む,当技術分野において公知の任意の適した方法を使用して産生するこ
とができる。そのような方法は,IL-2改変体をコードするDNA配列を構築する
ステップおよび適切に形質転換された宿主においてそれらの配列を発現するステッ
プを含む。しかしながら,改変体はまた,化学合成または化学合成および組換えDN
A技術の組み合わせによって産生されてもよい。・・・
【0027】
改変体を産生するための組換え法の一実施形態では,DNA配列は,野生型IL-
2をコードするDNA配列を単離または合成し,次いで,部位特異的変異誘発によっ
て1つまたは複数のコドンを変化させることによって構築される。この技術は,周知
である。たとえば,参照によって本明細書において組み込まれるMarkら,「Si
te-specificMutagenesisOfTheHuman
FibroblastInterferonGene」,Proc.Nati.
Acad.Sci.USA81巻,5662~66頁(1984年);および米国
特許第4,588,585号を参照されたい。
【0028】
IL-2改変体をコードするDNA配列を構築するための他の方法は,化学合成
である。これは,たとえば,本明細書において記載される特性を示すIL-2改変体
をコードするタンパク質配列の化学的手段によるペプチドの直接的な合成を含む。
この方法はIL-2Rα,IL-2Rβ,またはIL-2RγとのIL-2の相互作
用に影響を与える位置に天然アミノ酸および非天然アミノ酸を組み込んでいてもよ
い。その代わりに,所望のIL-2改変体をコードする遺伝子は,オリゴヌクレオチ
ドシンセサイザーを使用して化学的手段によって合成されてもよい。そのようなオ
リゴヌクレオチドは,所望のIL-2改変体のアミノ酸配列に基づき,その中で組換
え改変体が産生される宿主細胞において有利なコドンを好ましくは選択して設計さ
れる。この点に関して,遺伝子コードが縮重しており,アミノ酸が1つを超えるコド
ンによってコードされてもよいことが十分に認識される。たとえば,Phe(F)は,
2つのコドン,TTCまたはTTTによってコードされ,Tyr(Y)は,TACま
たはTATによってコードされ,hⅰs(H)は,CACまたはCATによってコー
ドされる。Trp(W)は,単一のコドン,TGGによってコードされる。したがっ
て,特定のIL-2改変体をコードする所与のDNA配列について,そのIL-2改
変体をコードする多くのDNA縮重配列があるということが理解される。
【0029】
IL-2改変体をコードするDNA配列はまた,特定部位の変異誘発,化学合成,
または他の方法によって調製されるかどうかに関わらず,シグナル配列をコードす
るDNA配列を含んでいてもよいし,または含んでいなくてもよい。そのようなシグ
ナル配列は,存在する場合,IL-2改変体の発現のために選ばれた細胞によって認
識されるシグナル配列であるべきである。それは,原核生物,真核生物,またはその
2つの組み合わせであってもよい。それはまた,本来のIL-2のシグナル配列であ
ってもよい。シグナル配列の包含は,IL-2改変体が作製される組換え細胞から,
IL-2改変体を分泌することが所望されるかどうかに依存する。選ばれた細胞が
原核生物である場合,DNA配列がシグナル配列をコードしないことが一般に好ま
しい。選ばれた細胞が真核生物である場合,シグナル配列がコードされること,最も
好ましくは,野生型IL-2シグナル配列が使用されることが一般に好ましい。
【0030】
標準的な方法は,IL-2改変体をコードする遺伝子を合成するために適用され
てもよい。たとえば,完全なアミノ酸配列は,逆翻訳遺伝子を構築するために使用さ
れてもよい。IL-2改変体をコードするヌクレオチド配列を含有するDNAオリ
ゴマーが合成されてもよい。たとえば,所望のポリペプチドの部分をコードするいく
つかの小さなオリゴヌクレオチドが合成され,次いで,ライゲーションされてもよい。
個々のオリゴヌクレオチドは,典型的に,相補的な組み立てのために5’または3’
オーバーハングを含有する。
【0031】
一度,組み立てられたら(合成,特定部位の変異誘発,または他の方法によって),
IL-2改変体をコードするDNA配列は,発現ベクターの中に挿入され,所望の形
質転換宿主におけるIL-2改変体の発現に適切な発現制御配列に作動可能に連結
される。適切な組み立ては,ヌクレオチド配列決定,制限酵素マッピング,および適
した宿主における生物学的に活性なポリペプチドの発現によって確認されてもよい。
当技術分野において周知であるように,宿主においてトランスフェクトされた遺伝
子の高い発現レベルを得るために,遺伝子は,選ばれた発現宿主において機能的な転
写および翻訳発現制御配列に作動可能に連結されなければならない。発現制御配列
および発現ベクターの選択は,宿主の選択に依存する。種々様々の発現宿主/ベクタ
ー組み合わせが使用されてもよい。
【0032】
細菌,真菌類(酵母を含む),植物,昆虫,哺乳動物,または他の適切な動物細胞
もしくは細胞株およびトランスジェニック動物またはトランスジェニック植物を含
む,任意の適した宿主が,IL-2改変体を産生するために使用されてもよい。特に,
これらの宿主は,E.coli,Pseudomonas,Bacillus,St
reptomyces,真菌,酵母,Spodopterafrugiperda
(Sf9)などのような昆虫細胞,組織培養における,チャイニーズハムスター卵巣
(CHO)およびNS/Oなどのようなマウス細胞,COS1,COS7,BSC1,
BSC40,およびBNT10などのようなアフリカミドリザル細胞,およびヒト細
胞などのような動物細胞,ならびに植物細胞の株などのような周知の真核生物およ
び原核生物の宿主を含んでいてもよい。動物細胞発現については,培養物中のCHO
細胞およびCOS7細胞,特にCHO細胞株CHO(DHFR-)またはHKB株が
好ましい。
【0033】
もちろん,すべてのベクターおよび発現制御配列が機能して,本明細書において記
載されるDNA配列を等しく十分に発現するとは限らないということを理解された
い。また,すべての宿主が同じ発現系で等しく十分に機能するとは限らない。しかし
ながら,当業者は,不必要な実験作業を用いずに,これらのベクター,発現制御配列,
および宿主から選択を行ってもよい。たとえば,ベクターを選択する際に,ベクター
はその中で複製しなければならないので,宿主は考慮されなければならない。ベクタ
ーコピー数,そのコピー数を制御する能力,および抗生物質マーカーなどのような,
ベクターによってコードされる任意の他のタンパク質の発現もまた考慮されたい。
たとえば,本発明における使用のための好ましいベクターは,IL-2改変体をコー
ドするDNAのコピー数が増幅されることを可能にするものを含む。そのような増
幅可能なベクターは,当技術分野において周知である。それらは,たとえば,DHF
R増幅(たとえばKaufman,米国特許第4,470,461号,Kaufma
nおよびSharp,「ConstructionOfAModularD
ihydrafolateReductasecDNAGene:Anal
ysisOfSignalsUtilizedForEfficien
tExpression」,Mol.Cell.Biol.,2巻,1304~1
9頁(1982頁)を参照されたい)またはグルタミンシンテタ-ゼ(「GS」)増
幅(たとえば米国特許第5,122,464号および欧州特許出願公開第338,8
41号を参照されたい)によって増幅することができるベクターを含む。
【0034】
IL-2改変体は,改変体を産生するために使用される宿主生物に依存して,グリ
コシル化されても,グリコシル化されなくてもよい。細菌が宿主に選ばれる場合,産
生されるIL-2改変体は,グリコシル化されない。他方,おそらく,本来のIL-
2がグリコシル化されるのと同じ方法ではないが,真核細胞は,IL-2改変体をグ
リコシル化する。形質転換宿主によって産生されるIL-2改変体は,任意の適した
方法によって精製することができる。IL-2を精製するための様々な方法が公知
である。たとえばCurrentProtocolsinProtein
Science,2巻編:JohnE.Coligan,BenM.Du
nn,HiddeL.Ploehg,David.WSpeicher,P
aulT.Wingfield,Unit6.5(Copyright199
7,JohnWileyandSons,Inc)を参照されたい。
【0036】
(適応症)
疾患,障害,または状態は,T-reg選択的IL-2改変体の被験体への投与に
よる処置が適用可能であってもよく,またはその投与によって予防されてもよい。そ
のような疾患,障害,および状態は,炎症,自己免疫疾患・・・関節リウマチ・・・
乾癬・・・アトピー性皮膚炎・・・クローン病・・・多発性硬化症・・・喘息,CO
PD,ギラン-バレー疾患・・・移植拒絶反応,ならびにその他同種のものを含むが,
これらに限定されない。・・・
【0038】
(医薬組成物)
いくつかの実施形態では,本発明は,薬学的に許容される希釈剤,キャリア,可溶
化剤,乳化剤,防腐剤,および/または補助剤と一緒に,治療有効量の1つまたは複
数の,本発明のT-reg選択的IL-2改変体を含む医薬組成物を提供する。さら
に,本発明は,そのような医薬組成物を投与することによって患者を処置するための
方法を提供する。用語「患者」は,ヒトおよび動物被験体を含む。
【実施例】
【0047】
(実施例)
(実施例1:IL-2変異体のパネル)
T-regではなく,FOXP3-
CD25+
「エフェクター」T細胞(T-ef
f)を刺激する能力が低下したIL-2改変体を生成する可能性を試験するために,
IL-2Rβ鎖および/またはIL-2Rγ鎖と相互作用することが予測されるア
ミノ酸が改変された一連のIL-2変異体を生成した。これらの改変体はまた,CD
25に対する高い親和性を付与した1組の以前に記載された変異を含有した(Ra
oら,Biochemistry44巻,10696~701頁(2005年)に
おける改変体「2~4」)。この一連の改変体を図1に示す。改変体haWTは,CD
25に対する高い親和性に寄与する変異のみを含有した。改変体haD,haD.1,
haD.2などはまた,IL-2Rβおよび/またはIL-2Rγとの相互作用を改
変することが予測される変異を含有した。すべてのアッセイにおいて,改変体haD.
11は,いかなるシグナルをも誘発することができず,いかなる細胞表現型をも改変
することができず,そのため,IL-2Rシグナル伝達を伴わないCD25結合につ
いての対照として役立った。・・・
【0048】
いくつかのアッセイは,IL-2改変体がシグナル伝達事象およびT細胞成長を
誘発する能力を評価するために使用した。これらは,
1.T細胞サブセットの成長および生存ならびにFOXP3発現の測定
2.細胞シグナル伝達(たとえばフローサイトメトリー法およびELISAベースの
方法を使用する,リン酸化STAT5およびAKTの検出)を検出するためのアッセ
イを含んだ。
【0049】
(実施例2:FOXP3+
細胞の豊富化および長期T細胞培養の間のFOXP3アッ
プレギュレーションの保持)
全PBMCを・・・活性化した。・・・3日間新鮮な培地中に置いた。次いで,細
胞を洗浄し,10nMまたは100pMのIL-2改変体を有する96ウェル平底
プレ-ト中に接種した。3日後,細胞は,フローサイトメトリーによってカウントし,
分析した(図2A)。
【0050】
期待されるように,CD8+
CD25+
T細胞は,WTIL-2および改変体h
aWTにとりわけ反応したが,変異IL-2Rβおよび/またはγ接触残基を含有
したすべての改変体は,活性化CD8+
CD25+
T細胞の蓄積の促進で非常に非効
率的であった(図2B)。同様の傾向は,CD4+
CD25+
FOXP3-
T細胞につ
いて観察された(図2C)。対照的に,FOXP3+
CD4+
T細胞の成長/生存は,
WTIL-2に類似する程度までいくつかのIL-2改変体によって刺激された
(図2D)。その結果として,CD4+
CD25+
T細胞の中のFOXP3-
T細胞に
対するFOXP3+
T細胞の比は,IL-2Rβγ接触残基変異を有するいくつかの
IL-2改変体によって増加した(図2E)。さらに,変異は,T-regにおいて
IL-2刺激FOXP3アップレギュレーションを弱めなかった(図2F)。
【0051】
(実施例3:FOXP3-
T細胞においてシグナル伝達を低下させるが,T-reg
においてSTAT5シグナル伝達を刺激する変異)
IL-2改変体を,T細胞サブセットにおいて,AKTおよびSTAT5のリン酸
化を刺激するそれらの能力についてスクリーニングした。いくつかのIL-2改変
体は,刺激の10分後のFOXP3+
T細胞におけるSTAT5の刺激において,w
tIL-2と同じくらい強力であったか,またはほぼ同じくらい強力であっ
た。・・・いくつかのIL-2改変体(haD,haD.1,haD.2,haD.
4,haD.6,およびhaD.8)は,wtIL-2で見られたものよりも高い
レベルで持続性のSTAT5シグナル伝達を刺激し続けた。対照的に,FOXP3-
T細胞について,10分間の刺激後,haD改変体に対するSTAT5およびAKT
の反応は,wtIL-2またはhaWTによって刺激されたものに比べれば全く
高くなかった。3時間後に,wtIL-2で見られたものに類似する弱いSTAT
5およびAKTのシグナルが,T-effにおいて観察されたが,この後期の時点で,
wtIL-2シグナル伝達は大幅に小さくなった。FOXP3+
T細胞において,
AKTシグナル伝達は,IL-2によって通常刺激されない(ZeiserRら,
2008年Blood111巻:453頁),したがって,全T細胞溶解物にお
いて観察されたホスホ-AKTシグナルは,T-effに起因し得る。
【0052】
方法:あらかじめ活性化させ・・・置いておいた・・・T細胞を,37℃で10分
間,1nMwtまたは変異体IL-2に曝露した。次いで・・・多重ELISAプ
レートを用いて,ホスホ-AKTについて測定した・・・。そして,BioLege
ndFOXP3染色プロトコールに従い細胞表面マーカー,FOXP3およびホ
スホ-STAT5を染色した。
【図1】
【図2A】
【図2B】【図2C】
【図2D】【図2E】
【図3】
(2)上記(1)の本件特許の記載及び前記1の技術常識によると,本件特許は,次
のとおりのものであると認められる(特許請求の範囲及び本件明細書の関連する記
載をかっこ内に示す。)。
アT細胞は,自己免疫性炎症を抑制するのに不可欠な調節性T細胞(「T-
reg細胞」,「FOXP3+
T細胞」ともいう。)と,炎症を誘発し得,自己免疫病,
器官移植片拒絶,または移植片対宿主病の一因となり得る非調節性T細胞(「T-e
ff細胞」,「FOXP3-
T細胞」ともいう。)の両方を含む(段落【0003】)。
本件発明は,非調節性T細胞(FOXP3-
T細胞,T-eff細胞)の成長/生
存よりも,調節性T細胞(FOXP3+
T細胞,T-reg細胞)の成長/生存を優
先的に促進するように改変され,免疫抑制作用物質として作用するIL-2改変体
に関するものであり,請求項1には,このような改変体を含む,自己免疫疾患,器官
移植片拒絶,又は,移植片対宿主病を処置する方法で使用するための組成物の発明が
記載されている(【請求項1】,段落【0006】,【0016】)。
イIL-2は,T細胞で発現しているCD25(IL-2Rα)並びにIL
-2Rβ及びIL-2Rγの三つの膜貫通受容体サブユニットに結合し,IL-2
Rβγにより,PI3-キナーゼ,Ras-MAP-キナーゼ,及びSTAT5経路
のシグナルが伝えられる(段落【0002】)。
本件発明のIL-2改変体は,①CD25(IL-2Rα)に対する親和性が上昇
する変異,②シグナル伝達サブユニットであるIL-2Rβおよび/またはIL-
2Rγに対する親和性が低下する変異の組合せを通して機能するものであり(【請求
項1】,段落【0007】,【0016】),これらの変異によって,調節性T細胞(F
OXP3+
T細胞,T-reg細胞)では,STAT5リン酸化および/またはIL
-2Rの下流のシグナル伝達分子のリン酸化を刺激する能力が保持されるものの,
非調節性T細胞(FOXP3-
T細胞,T-eff細胞)では,STAT5リン酸化
および/またはIL-2Rの下流のシグナル伝達分子のリン酸化が低下または欠如
し,調節性T細胞(FOXP3+T細胞,T-reg細胞)の生存,増殖,活性化が
優先的に促進される(【請求項1】,段落【0008】)。
ウ(ア)本件明細書の実施例1には,①野生型IL-2(WT)に,CD25
(IL-2Rα)に対して高い親和性に寄与する変異(N29S,Y31H,K35
R,T37A,K48E,V69A,N71R,Q74P)(以下,「α変異」という。)
を加えたIL-2改変体(haWT),②α変異と共にIL-2Rβとの相互作用ま
たはIL-2RβおよびIL-2Rγとの相互作用を改変することが予測される変
異を加えたIL-2改変体(haD〔α変異+N88D〕,haD.1〔α変異+N
88D+E15Q〕,haD.2〔α変異+N88D+H16N〕,haD.4〔α変
異+N88D+Q22E〕,haD.5〔α変異+N88D+E15Q+H16N〕,
haD.6〔α変異+N88D+D84N〕,haD.8〔α変異+N88D+E9
5Q〕,haD.11〔α変異+N88D+Q126E〕)が記載されている(段落【0
023】,【0047】,【図1】)。
(イ)原告は,本件明細書には,IL-2サブユニットとの「接触」や受容
体サブユニットと接触するとされる「アミノ酸残基の変異」について記載されている
が,実施例では親和性は測定されていないため,観察されるIL-2改変体の活性の
変化が,結合親和性と関係しているのかどうかは不明であると主張する。
しかし,α親和性向上に寄与するα変異については,本件明細書の段落【002
0】,【0021】に記載されている。本件明細書の段落【0022】には,結合親
和性という文言は用いられていないが,前記イのとおり,本件発明のIL-2改変体
は,α親和性が上昇する変異とシグナル伝達サブユニットであるIL-2Rβおよ
び/またはIL-2Rγに対する親和性が低下する変異の組合せを通じて機能する
のであり,本件明細書の段落【0022】にIL-2Rβに接触すると考えられると
記載されているN88に変異を加えた改変体が,野生型IL-2(WT)と比べてI
L-2Rβに対する親和性が低下することが知られていた(甲5,18)ところ,N
88に変異を加えたhaD等は,WTよりもCD8+
CD25+
FOXP3-
細胞及び
CD4+
CD25+
FOXP3-
細胞の発生を抑制している(本件明細書の【図2B】,
【図2C】)のであるから,IL-2RβまたはIL-2RβおよびIL-2Rγに
対する相互作用は,結合親和性を意味するものと認められる(以下,β親和性,β及
びγ親和性に寄与する変異を「β変異」,「βγ変異」ということがある。)。これ
に反する原告の主張を採用することはできない。
エ本件明細書の実施例2には,①α変異のみに関連するhaWTは,WTよ
りも,濃度によって,CD8+
CD25+
FOXP3-
細胞の発生を抑制させることも
増殖させることもあり,CD4+
CD25+
FOXP3-
細胞の発生については,WT
と有意の差が認められないこと,②α変異と,β変異又はβγ変異の双方に関連する
haD等は,WTよりも,CD8+
CD25+
FOXP3-
細胞及びCD4+
CD25
+
FOXP3-
細胞の発生を顕著に抑制していることが記載されている(段落【00
49】,【0050】,【図2B】,【図2C】)。
また,本件明細書の実施例2には,③CD4+
CD25+
FOXP3+
T細胞の増殖
については,α変異のみに関連するhaWTも,α変異と,β変異又はβγ変異の双
方に関連するhaD等も,WTと比較して,CD4+
CD25+
FOXP3+
T細胞を
概ね増殖させていることが記載されている(段落【0049】,【0050】,【図
2D】)。
さらに,本件明細書の実施例2には,④α変異のみに関連するhaWTは,WTと
比較して,CD25+
CD4+
T細胞中のFOXP3+
/FOXP3-
細胞の比に有意
の差はないが,⑤α変異と,β変異又はβγ変異の双方に関連するhaD等は,WT
と比較して,CD25+
CD4+
T細胞中のFOXP3+
/FOXP3-
細胞の比が大
きくなっていることが記載されている(段落【0049】,【0050】,【図2E】)。
オ本件明細書の実施例3には,FOXP3-
T細胞(T-eff)のSTA
T5のリン酸化を刺激する能力(STAT5シグナル伝達)を試験する「pSTAT
5CD4T-eff」及び「pSTAT5CD8T-eff」のIL-2に
よる刺激10分後のグラフにおいて,⑥α変異と,β変異又はβγ変異の双方に関連
するhaD等は,WT(野生型)やhaWT(α変異のみ)と比べて,顕著に,ST
AT5シグナル伝達を抑制する一方,FOXP3+
T細胞(Treg)のSTAT5
のリン酸化を刺激する能力(STAT5シグナル伝達)を試験する「pSTAT5T
-reg」のIL-2による刺激10分後のグラフでは,WT(野生型)やhaWT
(α変異のみ)と同様に,STAT5シグナル伝達が生じていることが記載されてい
る(段落【0051】,【0052】,【図3】)。
カhaD.11は,いかなるシグナルも誘発せず,いかなる細胞表現型も改
変できなかったため,IL-2Rシグナル伝達を伴わないCD25結合についての
対照として役立ったとされている(段落【0047】)。
3取消事由1(無効理由4:(d)(ⅲ)改変体及び(d)(ⅳ)の実施可能要件違反)に
ついて
(1)原告は,本件発明1の「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」は,I
L-2Rβγ(IL-2Rβγ複合体)への親和性を意味するものではなく,IL-
2Rβ親和性とIL-2Rγ親和性を意味すると主張する。
しかし,前記1(3)のとおり,βγ親和性は測定可能であるが,γ親和性は測定す
ることができないことが認められ,このような技術常識を踏まえると,当業者は,「I
L-2RβおよびIL-2Rγ親和性」は,「『IL-2RβおよびIL-2Rγ』
親和性」,すなわち,IL-2Rβγ複合体への親和性を意味すると理解するものと
認められる。
(2)アこれに対し,原告は,本件明細書には,「IL-2Rβγ複合体親和性」
という技術的事項は記載されていないし,発明を特定するための特定事項として,
「IL-2Rβγ複合体親和性」を選択すべきことも記載されていないと主張する。
しかし,上記(1)のように,「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」がβγ親
和性を意味すると理解できるのであるから,本件明細書に「IL-2Rβγ複合体親
和性」は記載されているということができるし,発明を特定するための事項としても,
「IL-2Rβγ複合体親和性」を選択すべきことが記載されているといえる。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
イ原告は,「IL-2Rβ」と「IL-2Rγ親和性」では,前者がIL-
2Rのサブユニットの一種を指すものであり,後者が他のサブユニットへの親和性
を指すものであるから,言葉の性質・レベルが異なっていると主張するが,上記(1)
のとおり,「『IL-2Rβ』および『IL-2Rγ』親和性」と理解できるため,
原告が主張するように,言葉の性質・レベルが異なっているわけではない。
ウ原告は,本件訂正請求書や本件意見書における被告の記載について主張
する。
証拠(甲30)によると,被告は,本件訂正請求書において,訂正前の「(d)(ⅱ)・・・
IL-2Rβおよび/もしくはIL-2Rγ親和性」を,「(d)(ⅰ)・・・IL-2
Rβ親和性」と,「(d)(ⅲ)・・・IL-2Rβおよび/もしくはIL-2Rγ親和
性」に訂正したことが認められるが,この訂正は,γ親和性が測定できないことから
すると,β親和性と,γ親和性及びβγ親和性に区別したものであるとも理解できる。
また,証拠(甲31)によると,被告は,本件意見書に,「訂正前の(ⅱ)におい
てIL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性に係る部分の両方を満たすもの
(すなわち,「および」の場合)を訂正後の(ⅲ)とする」と記載していたことは認め
られるが,被告は,これについて誤記であると主張し,前記1(3)の技術常識からす
ると,誤記であるとの被告の主張が不自然であるとはいえない。
これらによると,原告の上記主張は,前記(1)の判断を左右するものではない。
エその他,原告は,本件明細書のその余の記載と比較して,「IL-2Rβ
およびIL-2Rγ親和性」は,「IL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性」
を意味すると主張するが,これらの記載は,「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和
性」とは異なる文言についての記載であり,また,原告の主張は,技術常識に反する
ものであることからすると,原告の主張は,前記(1)の判断を左右するものではない。
(3)以上によると,本件発明1の「IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性」
が,β親和性とγ親和性を意味するものとして記載されたものとは認められず,IL
-2Rβγ(IL-2Rβγ複合体)への親和性を意味するものとして記載されたと
認められ,βγ親和性は測定可能であったのであるから,(d)(ⅲ)改変体及び(d)(ⅳ)
改変体が,実施可能要件に違反すると認めることはできない。
したがって,取消事由1には理由がない。
4取消事由2(無効理由4:(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅲ)改変体の実施可能要件違
反)について
(1)前記2(2)ウのとおり,本件明細書の実施例には,①α親和性向上に寄与す
るα変異を加えたIL-2改変体(haWT)と,②α変異と共にβ変異又はγ変異
を加えたIL-2改変体であるhaD等が記載されていることが認められるから,
本件明細書の実施例に具体的な効果のデータが記載されている改変体は,(d)(ⅱ)改
変体に関連するものと(d)(ⅳ)改変体に関するものであることが認められる。
(2)ア前記2(2)エの本件明細書の実施例2の記載(【図2B】及び【図2C】)
によると,α変異のみに関連するhaWTは,WTよりも,FOXP3-
細胞の発生
について,WTと有意の差は特に認められないといえること,α変異とβ変異又はβ
γ変異の双方に関連するhaD等は,WTよりも,FOXP3-
細胞の発生を顕著に
抑制していることが認められるから,FOXP3-
細胞の発生を抑制されていること
については,α変異よりも,β変異又はβγ変異が影響を与えていると認められる。
また,前記2(2)エの本件明細書の実施例2の記載(【図2D】)によると,CD
4+
CD25+
FOXP3+
T細胞の増殖については,α変異のみに関連するhaWT
も,α変異とβ変異又はβγ変異の双方に関連するhaD等も,WTと比較して,C
D4+
CD25+
FOXP3+
T細胞を概ね増殖させていることが認められる。
イ前記2(2)オの本件明細書の実施例3の記載(【図3】)には,α変異と
β変異又はβγ変異の双方に関連するhaD等は,FOXP3-
T細胞(T-eff)
において,WT(野生型)やhaWT(α変異のみ)と比べて,顕著に,STAT5
シグナル伝達を抑制する一方,FOXP3+
T細胞(Treg)において,WTやh
aWTと同様に,STAT5シグナル伝達が生じていることが認められ,上記アと同
じ結論であることがわかる。
ウ本件発明では,FOXP3-
CD25+
T細胞の成長/生存よりも,FO
XP3+
調節性T細胞(T-reg細胞)の成長/生存を優先的に促進するIL-2
の免疫抑制変異性改変体が提供される(段落【0006】)ものであるが,前記2(2)
エの本件明細書の実施例2の記載(【図2E】)には,α変異のみに関連するhaW
Tは,WTと比較して,CD25+
CD4+
T細胞中のFOXP3+
/FOXP3-
細
胞の比に有意の差はないが,α変異とβ変異又はβγ変異の双方に関連するhaD
等は,WTと比較して,CD25+
CD4+
T細胞中のFOXP3+
/FOXP3-
細
胞の比が大きくなっており,上記段落【0006】の効果を示しているため,FOX
P3-
CD25+
T細胞の成長/生存よりも,FOXP3+
調節性T細胞(T-reg
細胞)の成長/生存を優先的に促進するという点についても,α変異よりもβ変異又
はβγ変異が影響を与えていると認められる。
エ上記ア~ウによると,α変異とβ変異又はβγ変異の双方に関連するh
aD等は,WT(野生型)やhaWT(α変異のみ)と同様に,FOXP3陽性T細
胞の増殖を刺激するものであるが,WTやhaWTと比べて,FOXP3陰性T細胞
の蓄積を顕著に低減させる(非調節性T細胞の増殖能を低下させる)作用及びFOX
P3-
CD25+
T細胞の成長/生存よりも,FOXP3+
調節性T細胞(T-reg
細胞)の成長/生存を優先的に促進するという作用が強いことが理解できるため,当
業者は,FOXP3陰性T細胞の蓄積を顕著に低減させる(非調節性T細胞の増殖能
を低下させる)作用及びFOXP3-
CD25+
T細胞の成長/生存よりも,FOX
P3+
調節性T細胞(T-reg細胞)の成長/生存を優先的に促進するという作用
について,α変異ではなく,β変異又はβγ変異が重要であることを理解すると認め
られる。そうすると,当業者は,本件発明特定事項(a)~(c)及び(d)(ⅰ)又は
(d)(ⅲ)の構成を満たすIL-2改変体は,本件発明特定事項(a)~(c)及び
(d)(ⅱ)又は(d)(ⅳ)の構成を満たすIL-2改変体と同様の効果を奏することを推
認できたといえる。
したがって,(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅲ)改変体も実施可能要件を満たすと認めら
れる。
(3)本件明細書はα親和性の上昇も重視していたという原告の主張について
ア原告は,本件特許出願当時,IL-2によるTreg細胞の活性化におい
てIL-2Rαが重要な働きを担っていることが知られていたと主張する。
証拠(甲41)によると,IL-2によるTreg細胞の活性化においてIL-2
Rαが重要な働きを担っていることが知られていたことなどが認められるが,その
ことが前記(2)の実施可能要件についての判断を左右するものということはできな
い。
イ原告は,本件明細書において,α親和性の上昇に係る説明が記載されてい
る分量や位置,実施例で用いられた変異体もα親和性を上昇させる変異が8個と多
数に及んでいることや,IL-2Rα(CD25)を発現するCD25陽性細胞のみ
を分析対象としている(【図2B】~【図2E】)ことから,α親和性の上昇が重要
と考えられていたことが理解できると主張するが,原告が指摘することをもっては,
前記(2)の実施可能要件についての判断は左右されない。
(4)本件発明の効果はα親和性の向上とβ親和性の低下の組合せにより得ら
れるという原告の主張について
ア原告は,β親和性を低下させただけのIL-2改変体は,Treg活性化
能が低下しているだけであろうと当業者は予測するところ,α親和性を向上させた
IL-2改変体は,β親和性も向上させるため,本件発明の効果を奏するためには,
α親和性の向上とβ親和性の低下の微妙な組合せが重要であると主張する。
(ア)β親和性を低下させただけのIL-2改変体は,Treg活性化能が低
下しているだけであろうと当業者は予測するという点について
甲41には,IL-2Rβ及びIL-2Rγ(CD122及びγc)のみを有する
細胞(すなわち,IL-2Rαを有しない細胞)を活性化するmAb(モノクロ-ナ
ル抗体)/IL-2複合体は,Tregを活性化することができなかったことが記載
されていると認められるが,甲41のmAb/IL-2複合体がβ親和性だけを低
下させたIL-2改変体であるかどうかは明らかではない。
また,甲10のIL-2改変体は,本件基礎出願のIL-2改変体「2-4」にβ
親和性を低下させる変異(V91R又はQ126T)を一つ増やしたものであり,こ
の改変体が,Tregを活性化することができなかったことから,β親和性を低下さ
せる変異には,Tregの活性化,すなわち,「(b)FOXP3陽性調節性T細胞に
おいてSTAT5リン酸化を刺激」という効果を生じないものが存在することが理
解できる。このことは,β親和性を低下させる変異を有する本件明細書の実施例のh
aD.11が,FOXP3+
細胞をWT(野生型)のIL-2よりも抑制しているこ
ととも符合する(本件明細書の【図2D】)。
しかし,本件明細書で,α変異とβ変異又はα変異とβγ変異を含むhaD等の七
つのIL-2改変体が,WT(野生型)やhaWT(α変異のみ)と同様にTreg
(FOXP3陽性T細胞)の増殖を刺激することが記載されていること(【図2D】)
からすると,β親和性を低下させる変異が,必ずしも,Treg活性化能の低下に寄
与する変異であるとは認められない。
これらによると,当業者は,甲10の改変体の効果や甲41をもとに,β親和性を
低下させただけのIL-2改変体が,Treg活性化能を低下させる作用を有する
との予測を抱くとは認められない。
(イ)原告は,本件明細書の実施例では,「α親和性が向上すると考えられ
る変異を多数含み,かつN88変異も含むIL―2改変体」(haD)が所望の活用
を示したことが記載されているが,IL-2は,IL-2Rαと結合すると,より強
くIL-2Rβと結合するようになるところ,N88変異は,β親和性を低下させる
可能性があるため,当業者は,適度に調節された親和性の組合せの達成の結果,所望
の作用効果が発揮されているのであろうと考えるのが一般的であると主張する。
しかし,IL-2がIL-2Rαと結合することによってより強くIL-2Rβ
と結合することがあるとしても,前記(2)で判示した,当業者は,FOXP3陰性T
細胞の蓄積を顕著に低減させる(非調節性T細胞の増殖能を低下させる)作用,及び
FOXP3-
CD25+
T細胞の成長/生存よりも,FOXP3+
調節性T細胞(T-
reg細胞)の成長/生存を優先的に促進するという作用について,α変異ではなく,
β変異又はβγ変異が重要であることを理解すると認められるとの判断を左右する
ものではないから,前記(2)の実施可能要件についての判断を左右しない。
イ原告は,本件明細書の【課題を解決するための手段】における記載や,段
落【0007】,【0016】及び【0023】の記載では,本件明細書はα親和性
とβγ親和性の組合せが強調されていると主張する。
本件明細書の段落【0006】,【0007】,【0016】,【0023】には,
本件発明に係るIL―2改変体が,α変異とβ変異,又はα変異とβγ変異を含むも
のであることは記載されているが,これらの記載がα親和性の向上とβ親和性の低
下の組合せを必須としているとまでは認められない。
ウ以上によると,本件発明の効果を奏するために,α親和性とβ親和性の組
合せが重要であるとの原告の主張は,前記(2)の実施可能要件についての判断を左右
するものではない。
(5)原告は,バイオテクノロジ-の実験において,ある変異群を有する変異体
の結果から,その変異群のうちの一部を有する変異体の結果を差し引いて,差分の変
異のもたらすであろう効果を考えるという手法は一般的ではないなどと主張するが,
前記(2)のとおり,本件においては,本件明細書に記載された実施例から,(d)(ⅰ)改
変体及び(d)(ⅲ)改変体の効果を推測することができるのであるから,原告の主張を
採用することはできない。
原告は,被告が,本件特許の審査段階において,IL-2から別のIL-2へと改
変した場合の効果の変化が予測不可能であると説明していたことを指摘するが,前
記(2)のとおり,実施例によって,(d)(ⅱ)改変体及び(d)(ⅳ)改変体の効果から
(d)(ⅰ)改変体及び(d)(ⅲ)改変体の効果を予測することは可能ということができる
から,原告の主張は前記(2)の実施可能要件についての判断を左右するものではない。
(6)したがって,取消事由2に理由はない。
5取消事由3(無効理由5:サポ-ト要件違反)について
前記3,4のとおり,本件明細書には,本件発明のうち(d)(ⅱ)改変体以外の改変
体についても,それにより所望の効果を得られることが実施可能に記載されている
と認められ,本件発明は,いずれも本件明細書の発明の詳細な説明に本件発明の課題
が解決できることが当業者が理解できるように記載されていると認められるから,
サポート要件違反も認められない。
6取消事由4(無効理由1:優先権の利益を享受できないことを前提とする甲1
に基づく新規性欠如)について
(1)本件基礎出願に基づく優先権を主張できるかについて検討する。
ア甲11には,以下の記載がある。
【請求項1】
対象において炎症性障害を治療する方法であって,
IL-2改変体の治療有効量を対象に投与することを含み,前記IL-2改変体が,
(a)配列番号1と少なくとも80%同一なアミノ酸配列を含み,
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し,かつ
(c)配列番号1に示されるポリペプチドと比較して,FOXP3陽性調節性T細胞
においてAKTリン酸化を誘発するための能力が低下している,
方法。
【請求項2】
炎症性障害が,喘息,糖尿病,関節炎,アレルギー,および移植片対宿主病からな
る群から選択される,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記IL-2改変体が,配列番号1と少なくとも90%同一なアミノ酸配列を含
む,請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記IL-2改変体が,配列番号1と少なくとも95%同一なアミノ酸配列を含
む,請求項1に記載の方法。
【請求項5】
IL-2改変体が,配列番号1に示されるポリペプチドよりもIL-2Rαに対
する高い親和性を有する,請求項1に記載の方法。
【請求項6】
IL-2改変体が,インビドロにおいてFOXP3陽性調節性T細胞の成長また
は生存を促進する,請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記IL-2改変体が,アミノ酸30,アミノ酸31,アミノ酸35,アミノ酸6
9,およびアミノ酸74からなる群より選択される位置において,配列番号1に示さ
れるポリペプチド配列に変異を含む,請求項1に記載の方法。
【請求項8】
位置30における変異がN30SまたはN30Dである,請求項7に記載の方法。
【請求項9】
位置31における変異がY31HまたはY31Sである,請求項7に記載の方法。
【請求項10】
位置35における変異がK35Rである,請求項7に記載の方法。
【請求項11】
位置69における変異がV69Aである,請求項7に記載の方法。
【請求項12】
位置74における変異がQ74Pである,請求項7に記載の方法。
【請求項13】
IL-2改変体が,機能的IL-2受容体複合体を含むエクスビボのT細胞にお
けるSTAT5リン酸化を誘発するが,野生型IL-2と比較して,前記エクスビボ
のT細胞においてAKTのリン酸化を誘発するための能力が低下している,請求項
1に記載の方法。
【請求項14】
前記IL-2改変体が,位置88において,配列番号1に示されるポリペプチド配
列中に変異を含む,請求項13に記載の方法。
【請求項15】
位置88における変異がN88Dである,請求項14に記載の方法。
【請求項16】
FOXP3陽性調節性T細胞の成長または生存を促進する方法であって,FOX
P3陽性調節性T細胞をIL-2改変体と接触させることを含み,前記IL-2改
変体が,
(a)配列番号1と少なくとも80%同一なアミノ酸配列を含み,
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し,かつ
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して,FOXP3陽性調節性
T細胞においてAKTリン酸化を誘発する能力が低下している,
方法。
【請求項17】
FOXP3陽性調節性T細胞がインビトロで接触させられる,請求項16に記載
の方法。
【請求項18】
炎症性疾患の治療のための医薬の調製におけるIL-2改変体の使用であって,
前記IL-2改変体が,
(a)配列番号1と少なくとも80%同一なアミノ酸配列を含み,
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し,かつ
(c)配列番号1に示されるポリペプチドと比較して,FOXP3陽性調節性T細胞
においてAKTリン酸化を誘発するための能力が低下している,
方法。
【概要】
【0004】
IL-2の免疫抑制変異性改変体が,本明細書において提供される。当該改変体は,
望ましくない炎症を抑制する調節性T細胞を優先的に促進する。本明細書において
記載されるように,ある種のIL-2改変体は,調節性T細胞の増殖,生存,成長,
又は活性化を優先的に誘発するシグナル伝達事象を誘発する。ある実施形態では,I
L-2改変体は,STAT5リン酸化ならびに/またはIL-2Rの下流の1つも
しくは複数のシグナル伝達分子,たとえばp38,ERK,JNK,およびSYK)
のリン酸化を刺激する。他の実施形態では,IL-2改変体は,AKTの非効率的な
リン酸化,リン酸化の低下,リン酸化の欠如などのような,PI3Kにより誘発され
るシグナル伝達の非効率的な刺激,刺激の低下,または刺激の欠如を示す。さらに他
の実施形態では,IL-2改変体は,STAT5リン酸化及び/又はIL-2Rの下
流の1つもしくは複数のシグナル伝達分子のリン酸化を刺激し,さらに,AKTの非
効率的なリン酸化,リン酸化の低下,又はリン酸化の欠如を示す。
【望ましい実施形態の詳細な説明】
【0009】
Tregの増殖/生存を選択的に促進する突然変異改変体が本明細書において記
載される。特に,本明細書に記載のIL-2改変体は,Treg細胞の成長/生存を
促進するが,非調節性細胞(FOXP3-IL-2Rα+CD4+)の成長/生存を
促進するための能力が野生型IL-2と比較して低下している。ある実施形態では,
そのようなIL-2改変体は,非シグナル性IL-2RサブユニットIL-2Rα
に対する親和性の上昇およびシグナル伝達サブユニットIL-2Rβに対する親和
性の低下の組み合わせを通して機能する。IL-2およびその改変体は,たとえば癌
または感染性疾患を治療する方法において,免疫刺激剤として当該技術分野におい
て使用されているが,本明細書に記載されるIL-2改変体は,たとえば炎症性障害
を治療する方法において,免疫抑制剤として特に有用である。
【0010】
IL-2改変体は,野生型IL-2と・・・,少なくとも90%,・・・同一のア
ミノ酸の配列を含む。・・・本明細書において使用されるとき,「野生型IL-2」
は,次のアミノ酸配列:
APTSSSTKKTQLQLEHLLLDLQMILNGINNYKNPKLT
RMLTFKFYMPKKATELKHLQCLEEELKPLEEVLNLAQ
SKNFHLRPRDLISNINVIVLELKGSETTFMCEYADET
ATIVEFLNRWITFXQSIISTLT
を有するポリペプチドを意味するものとし,ここで,XはCまたはSである(配列番
号1)。
【0011】
一態様では,本発明は,野生型IL-2よりもIL-2Rαに対する高い親和性を
有する免疫抑制IL-2改変体を提供する。米国特許出願公開第2005/014
2106号(その全体が参照によって本明細書において組み込まれる)は,野生型I
L-2が有するよりも,IL-2Rαに対する高い親和性を有するIL-2改変体
及びそのような改変体を作製し,かつスクリーニングするための方法を記載する。好
ましいIL-2改変体は,IL-2Rαに接触するIL-2配列の位置か,又はIL
-2αに接触する他の位置の方向づけを改変するIL-2配列の位置に1つまたは
複数の変異を含み,IL-2Rαに対するより高い親和性がもたらされる。・・・。
IL-2Rαに接触すると考えられるIL-2残基は,K35,R38,F42,K
43,F44,Y45,E61,E62,K64,P65,E68,V69,L72,
及びY107を含む。
【0012】
IL-2Rαに対するより大きな親和性を有するIL-2改変体は,N29,N3
0,Y31,K35,T37,K48,E68,V69,N71,Q74,S75,
又はK76における変化を含むことができる。好ましい改変体は,1つまたは複数の
以下の変異を有するものを含む:N30S,N30D,Y31H,Y31S,K35
R,V69A,およびQ74P。
【0013】
免疫抑制IL-2改変体はまた,IL-2Rを介して野生型IL-2によって活
性化されるある種の経路を通してのシグナル伝達の改変を示し,Tregの優先的
な増殖/生存/活性化をもたらす改変体をも含む。IL-2Rの活性化に際してリ
ン酸化されることが公知の分子は,STAT5,p38,ERK,JNK,SYK,
およびAKTを含む。野生型IL-2と比較して,免疫抑制IL-2改変体は,低下
したPI3Kシグナル伝達能力を有することができ,これは,野生型IL-2と比較
した,AKTのリン酸化における低下によって測定することができる。そのような改
変体は,IL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する位置か,又はIL-2Rβも
しくはIL-2Rγに接触する他の位置の方向づけを改変する位置に変異を含んで
いてもよい。IL-2Rβに接触すると考えられるIL-2残基は,L12,Q13,
H16,L19,D20,M23,R81,D84,S87,N88,V91,I9
2,およびE95を含む。IL-2Rγに接触すると考えられるIL-2残基は,Q
11,L18,Q22,E110,N119,T123,Q126,S127,I1
29,S130,およびT133を含む。好ましい実施形態では,IL-2改変体は
N88に,N88Dを含む変異を含む。
【0014】
IL-2改変体が,FOXP3を発現しない他のT細胞の増殖/生存/活性化よ
りも,FOXP3+Tregの優先的な増殖/生存/活性化を促進するならば,I
L-2改変体は,野生型IL-2配列と比較して,IL-2Rα又はIL-2Rβγ
に対する親和性に対して効果を有していない1つ又は複数の変異をさらに含んでい
てもよい。・・・
【実施例】
【0037】
実施例1:選択的Treg増殖/生存
本実施例は,総PBMCをIL-2変異体と共に他の刺激の不在下で培養した場
合に,IL-2変異体(2-4)が選択的にTreg増殖を促進することを示す。2
-4は配列番号1に以下の変異を含む;N29S,Y31H,K35R,T37A,
K48E,V69A,N71R,Q74P,N88D,I89V(米国特許出願公開
第2005/0142106号公報)。
【0038】
PBMCを,96ウェルの平底プレートにおいて,wtIL-2又はIL-2の2
-4変異体の存在下・・・培養した。6日の培養後,フローサイトメトリーで決定さ
れるFOXP3+細胞の存在数は,wtIL-2の存在下と比べて2-4の存在下
では2~8倍に高まった。対して,wtIL-2と共に培養したPBMCは,より多
くのFOXP3-CD25+CD4+T細胞を含んでいた。FOXP3+細胞の増
加は,部分的には,細胞分裂を観察するためのCFSE標識により示されるように,
FOXP3+細胞の増加した増殖及び/又は生存によるものであった。これら2つ
の変異がN88及びI89に戻された2-4の改変型(mod2-4)は,wtIL
-2と同様の挙動を示したことから,2-4のN88D及び/又はI89V変異は,
そのFOXP3+細胞の増加を促進する能力に関与していた。
【0039】
FOXP3+細胞の増殖を優先的に促進する2-4の能力は,予め活性化したT
細胞でも観察された。これらの実験では,総PBMCを抗CD3(100ng/mL
OKT3)で3日間刺激し,洗浄し,培地中で5日間放置した。続いて細胞をwtI
L-2,2-4,又はmod2-4と共に0.5~1時間培養し,3回洗浄し,数日
培養した。IL-2でパルスしてから3日後,2-4と共に培養したCD4+T細胞
は,wtIL-2又はmod2-4と培養した細胞と比較して2~3倍高いパーセ
ンテージのFOXP3+細胞を含有していた。
【0040】
実施例2:IL-2受容体シグナル伝達
2-4がwtIL-2又はmod2-4と比較して,IL-2Rを通じて質的に
異なるシグナルを誘発したのか決定するために,予め活性化され休止したT細胞を,
上記三種のIL-2に短時間曝露した後,IL-2受容体シグナル伝達カスケード
の一部として既知のタンパク質のリン酸化状態を観察した。STAT5及びAKT
のリン酸化は,フローサイトメトリー及びELISAにより決定された。wtIL-
2及びmod2-4は何れもAKT及びSTAT5リン酸化を刺激する能力を有し
ていたのに対して,2-4はAKTリン酸化を刺激することはできず,CD4+T細
胞のあるサブセットについてのみ,STAT5リン酸化を刺激した。2-4への暴露
後にSTAT5リン酸化を誘導する能力を有していたCD4+T細胞は,より高い
レベルのCD25を発現し,FOXP3+細胞の全てを含んでいた。本発明は何ら特
定の生物学的機能の理論に限定されることを意図するものではないが,これらの結
果は,2-4が有するCD25への高い親和性によって,2-4がIL-2Rβおよ
びIL-2Rγと,STAT5シグナルを誘発するのに十分であるが,AKTシグナ
ルを誘発するには十分でない時間,接触することを可能にする機序があり,斯かる差
分的なシグナル伝達が,FOXP3+調節性T細胞の増殖及び/又は維持に寄与し
ていることを示唆している。
イ前記2によると,本件発明のIL-2改変体は,「野生型と比較してFO
XP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下している」
ものであり,(d)(ⅰ)野生型よりも低下したβ親和性を有するか,(d)(ⅱ)野生型より
も高いα親和性を有し,かつ,野生型よりも低下したβ親和性を有するか,(d)(ⅲ)
野生型よりも低下したβγ親和性を有するか,(d)(ⅳ)野生型よりも高いα親和性を
有し,かつ,野生型よりも低下したβγ親和性を有するものである。
他方,前記アによると,本件基礎出願の改変体は,「FOXP3陽性調節性T細胞
において,STAT5リン酸化を刺激し,かつ,野生型と比較して,AKTリン酸化
を誘発するための能力が低下している」ものである(【請求項1】,【請求項13】,
段落【0040】)。
もっとも,本件基礎出願明細書の段落【0009】には,「本明細書に記載のIL
-2改変体は,Treg細胞の成長/生存を促進するが,非調節性細胞(FOXP3
-IL-2Rα+CD4+)の成長/生存を促進するための能力が野生型IL-2
と比較して低下している」との記載はあるが,それが「STAT5のリン酸化を誘発
するための能力」の低下によることの記載はない。また,本件基礎出願明細書の同段
落には,上記記載に続いて,「ある実施形態では,そのようなIL-2改変体は,非
シグナル性IL-2RサブユニットIL-2Rαに対する親和性の上昇およびシグ
ナル伝達サブユニットIL-2Rβに対する親和性の低下の組み合わせを通して機
能する。」との記載はあるが,本件基礎出願明細書には,これ以外の親和性の変異が,
非調節性細胞(FOXP3-IL-2Rα+CD4+)の成長/生存を促進するため
の能力の低下をもたらすことを示す記載は存在しない。
そして,本件基礎出願明細書には,FOXP3陽性調節性T細胞のSTAT5リン
酸化を刺激し,AKTリン酸化を誘発する能力が低下している「2-4」のIL-2
改変体が記載されている(段落【0038】)が,本件明細書の実施例には,「2-
4」のIL-2改変体は記載されておらず,実施例に記載されたIL-2改変体(h
aD等)は,異なるアミノ酸配列を有するものである。また,本件明細書の段落【0
022】に記載されているhaD等が有しているE15Q,H16N,Q22E,D
84N,E95Qの変異に関する記載は,本件基礎出願明細書には存在しない。
なお,本件基礎出願明細書の段落【0013】には,「そのような改変体は,IL
-2RβもしくはIL-2Rγに接触する位置か,またはIL-2RβもしくはI
L-2Rγに接触する他の位置の方向づけを改変する位置に変異を含んでいてもよ
い。」との記載があるが,これは,免疫抑制IL-2改変体につき,AKTのリン酸
化を誘発する能力を低下させる変異について記載されたものである。
これらによると,本件基礎出願明細書には,FOXP3陽性調節性T細胞における
AKTリン酸化を誘発する能力の低下等を発明特定事項とした,本件発明1とは異
なる作用メカニズムに基づいた別の発明が記載されているのみであり,本件発明1
の発明特定事項を満たすIL-2改変体の発明が,本件基礎出願明細書に記載され
ている又は記載されているに等しいものとは認められない。そして,このことは,本
件優先日当時の技術常識を考慮したとしても左右されるものではない。
ウ以上によると,本件基礎出願には,本件発明1が記載されている又は記載
されているに等しいとはいえないので,本件発明1は,本件基礎出願に基づく優先権
を主張することはできない。
そして,本件発明2~15は,本件発明1を限定した発明であるから,本件発明1
と同様の理由により,本件基礎出願に基づく優先権を主張することはできない。
また,本件発明16の「炎症性疾患,障害または状態の処置のための医薬の調製に
おけるIL-2改変体の使用」は,本件発明1の「炎症性疾患,障害または状態の処
置のための医薬の調製におけるIL-2改変体の組成物」に含まれるIL―2改変
体のカテゴリーを「使用」に変更したものであるから,本件発明1と同様の理由によ
り,本件基礎出願に基づく優先権を主張することはできない。
本件発明17は,本件発明16を限定した発明であるから,本件発明16と同様の
理由により,本件基礎出願に基づく優先権を主張することはできない。
(2)本件特許出願は本件基礎出願に基づく優先権を主張することはできない
から,甲1発明は,本件特許出願よりも前に公知になった発明ということができる。
そこで,本件発明が甲1発明に対して新規性を有する発明といえるかどうかについ
て検討する。
ア甲1には,以下の記載がある。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生型ヒトインターロイキン2(hIL-2)のアミノ酸番号に基づいて,第20
位,第88位および第126位のアミノ酸のうち少なくとも1つが置換されている
hIL-2変異タンパク質またはそのフラグメントの,自己免疫疾患の治療および
/または予防のための薬剤を製造するための使用。
【請求項2】
第88位の置換により,アスパラギンがアルギニンに置換されている(hIL-2
-N88R),グリシンに置換されている(hIL-2-N88G),またはイソロ
イシンに置換されている(hIL-2-N88I)ことを特徴とする,請求項1に記
載の使用。
【請求項3】
第20位の置換より,アスパラギン酸がヒスチジンに置換されている(hIL-2
-D20H),イソロイシンに置換されている(hIL-2-D20I),またはチ
ロシンに置換されている(hIL-2-D20Y)ことを特徴とする,請求項1また
は2に記載の使用。
【請求項4】
第126位の置換により,グルタミンがロイシンに置換されている(hIL-2-
Q126L)ことを特徴とする,先行する請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項5】
hIL-2変異タンパク質,すなわち野生型hIL-2において第20位,第88
位および第126位のアミノ酸のうち少なくとも1つは置換されているがそれ以外
には置換が施されていない変異タンパク質,またはそのフラグメントにおいて,第2
0位,第88位,第126位のいずれでもない任意の位置におけるアミノ酸のうち少
なくとも1つがさらに置換されており,このさらなる置換が施されたhIL-2変
異タンパク質,またはさらなる置換が施されたhIL-2変異タンパク質のセクシ
ョンのアミノ酸配列が,元のhIL-2変異タンパク質またはそのセクションのア
ミノ酸配列に対して,少なくとも80%,好ましくは85%,より好ましくは90%,
より好ましくは95%,最も好ましくは99%の相同性を有することを特徴とする,
先行する請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
第20位,第88位,第126位のいずれでもない任意の位置における少なくとも
1つのさらなる置換が,アミノ酸の保存的置換であることを特徴とする,請求項5に
記載の使用。
【請求項7】
前記薬剤が,免疫抑制剤をさらに含むことを特徴とする,先行する請求項のいずれ
か1項に記載の使用。
【請求項8】
前記免疫抑制剤が,・・・バシリキシマブ・・・を含む抗CD25抗体・・・から
なる群より選ばれることを特徴とする,先行する請求項のいずれか1項に記載の使
用。
【請求項9】
前記自己免疫疾患が,I型糖尿病,関節リウマチ,多発性硬化症,慢性胃炎,クロ
ーン病,バセドウ病・・・,乾癬,重症筋無力症,自己免疫性肝炎,自己免疫性多腺
性内分泌不全症・・・,ギラン・バレー症候群,・・・自己免疫性腸症,・・・自己
免疫性アレルギー疾患,喘息および臓器移植後の自己免疫反応からなる群より選ば
れることを特徴とする,先行する請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項10】
前記薬剤が,薬学的に許容される担体を含むことを特徴とする,先行する請求項の
いずれか1項に記載の使用。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の使用におけるhIL-2変異タンパク質
またはそのフラグメントを含むことを特徴とする,自己免疫疾患の治療および/ま
たは予防のための医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,自己免疫疾患の治療および/または予防のための薬剤,生物体における
制御性T細胞(TReg)形成のための薬剤,ならびに本発明の薬剤の種々の使用方法
に関する。
【背景技術】
【0007】
以前はサプレッサーT細胞とも呼ばれていた制御性T細胞(TReg)は,T細胞の
中の特殊化したサブグループの1つである。制御性T細胞は,免疫系の活性化を抑制
する機能を有し,それにより免疫系の自己寛容の調節を行う。したがって,健康な生
物体においては,制御性T細胞によって,自己免疫疾患の発症が抑制される。種々の
TReg集団がこれまで報告されており,一例として,タンパク質CD4,CD25お
よびFoxp3を発現することからCD4+
CD25+
Foxp3+
T細胞と呼ばれ
る細胞集団が挙げられる。さらに,CD4およびFoxp3を発現するが,CD25
を発現していない,いわゆるCD4+
CD25-
Foxp3+
T細胞と呼ばれるTReg
も報告されている。
【0008】
Lanetal.(2005),RegulatoryTcells:d
evelopment,functionandroleinautoi
mmunity,Autoimmun.Rev.4(6),p.351-363に
は,CD4+
CD25+
制御性T細胞の欠如により自己免疫疾患を自然発症するマウ
スモデルが記載されている。
【0009】
ChatilaT.A.(2005),Roleofregulatory
Tcellsinhumandiseases,116(5),p.949
-959には,タンパク質Foxp3をコードする遺伝子の変異によって起こるC
D4+
CD25+
制御性T細胞の先天性欠損が,自己免疫疾患の発症の一因となるこ
とが報告されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
このような背景から,本発明の目的は,当技術分野で見られる欠点を可能な限り回
避した,自己免疫疾患の治療および/または予防のための新規の医薬組成物を提供
することである。・・・
【0018】
本発明のさらなる目的は,生物体における制御性T細胞(TReg)形成のための薬
剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
これらの課題は,野生型ヒトインターロイキン2(hIL-2)のアミノ酸番号に
基づいて,第20位,第88位および第126位のアミノ酸のうち少なくとも1つが
置換されているhIL-2変異タンパク質またはそのセクションもしくはフラグメ
ントを提供することにより達成される。
【0020】
・・・本発明者らは,hIL-2変異タンパク質が,生物体において,CD4+
CD
25+
Foxp3+
およびCD4+
CD25-
Foxp3+
などの制御性T細胞の形成
を選択的に誘導することを様々な実験で実証することができた。
【0021】
意外にも,本発明のhIL-2変異タンパク質の制御性T細胞に対する作用は,野
生型hIL-2よりはるかに優れている。これは,高濃度において特に顕著である。
【0022】
本発明のhIL-2変異タンパク質に関しては,WO99/60128に,2つの
鎖からなるIL-2受容体(IL-2Rβγ)よりも3つの鎖からなるIL-2受容
体(IL-2Rαβγ)に強く結合することが記載されている。この度初めて本発明
者らによって証明されたように,本発明のhIL-2変異タンパク質は,IL-2受
容体のαサブユニット(CD25)を持たない制御性T細胞(CD4+
CD25-
Fo
xp3+
)の形成を誘導し,また意外にもその作用は野生型hIL-2より強い。さ
らに,このサブポピュレーションは,免疫系の活性化を抑制し,それにより免疫系の
自己寛容を調節する働きを担う。その結果,本発明のhIL-2変異タンパク質は,
自己免疫疾患治療のための活性物質として,野生型hIL-2より際立って高い効
力を示すことになる。
【0023】
また本発明者らは,hIL-2変異タンパク質が,CD3+
CD4-
CD25+
Fo
xp3+
およびCD3+
CD4-
CD25-
Foxp3+
などの,自己免疫疾患の抑制に
決定的な役割を担うCD8陽性制御性T細胞の形成を誘導することを実証すること
ができた(データ示さず)。
【0024】
さらに,本発明のhIL-2変異タンパク質は,ナチュラルキラー細胞(NK細胞)
とは正反対の機能を有するT細胞を選択的に活性化するため,野生型hIL-2よ
りも低い毒性プロファイルを示しかつ治療指数が高いというさらなる利点を有する。
その結果,本発明のhIL-2変異タンパク質は,野生型hIL-2より,際立って
高い忍容性を示す(WO99/60128を参照のこと)。
【0025】
さらに,野生型hIL-2とは対照的に,本発明のhIL-2変異タンパク質は,
意外にも,CD8陽性の細胞傷害性T細胞(ナイーブCD8T細胞,セントラルメモ
リーCD8T細胞,初期分化CD8T細胞,および後期分化CD8T細胞ともいう)
の増殖に対して全く影響を及ぼさない,及ぼしてもわずかに過ぎないことが,細胞傷
害性CD3+
CD8+
CD45RO+
T細胞に基づいて初めて示された。このことは,
CD8+
細胞傷害性T細胞が自己免疫疾患における慢性的な持続性の炎症過程を引
き起こす原因であるとするならば,有利であると言える・・・。従って,野生型hI
L-2とは対照的に本発明のhIL-2変異タンパク質は,CD8+
T細胞に起因す
るこのような炎症反応がさらに激化するのを防ぐ。このことも本発明のhIL-2
変異タンパク質の忍容性が高いという利点を示す。
【0026】
また,本発明者らによって証明されたように,本発明のhIL-2変異タンパク質
は,免疫細胞の抗原特異的な活性化も刺激する。このことは,hIL-2変異タンパ
ク質により疾患特異的な免疫細胞が選択的に賦活されて免疫療法による全身性の作
用が抑えられるという利点を有する。その結果,hIL-2変異タンパク質の投与が
原因で他の疾患が誘発されることも抑制される。
【0027】
さらに本発明者らは,本発明のhIL-2変異タンパク質の投与により,自己免疫
疾患の発症を抑制できることを,マウスI型糖尿病モデルに基づいて示すことがで
きた。
【0038】
・・・本発明のhIL-2変異タンパク質において・・・第88位の置換は,アス
パラギン(N)からアスパラギン酸(D),システイン(C),グルタミン(Q),
トリプトファン(W)またはプロリン(P)への置換でないことが好ましい。・・・
【0040】
本発明の特に好ましいhIL-2変異タンパク質として,第88位のアスパラギ
ン(N)がアルギニン(R)に置換された変異タンパク質(hIL-2-N88R)
が挙げられ・・・
【実施例】
【0104】
2.3hIL-2-N88Rは多発性硬化症患者において制御性T細胞を誘導
する
次に,本発明のhIL-2変異タンパク質であるhIL-2-N88Rが,免疫細
胞の抗原特異的な活性化も刺激するかどうか調べた。そのために,多発性硬化症患者
2名のPBMC(106
cell/ml)を,多発性硬化症関連ペプチドの存在下ま
たは非存在下において,10-11
~10-6
MのhIL-2-N88R(BAY50
-4798,ロット#PR312C008)または野生型hIL-2(プロロイキン)
で刺激した。また,5μg/mlPHAで刺激したもの,および培地のみを加えた
ものも用意した。次いで,制御性T細胞CD4+
CD25+
Foxp3+
およびCD4
+
CD25-
Foxp3+
のサブポピュレ-ション量をそれぞれ求めた。それぞれの結
果を,図5および表7ならびに図6および表8に示す。
【0106】
hIL-2-N88Rで処理することにより,多発性硬化症患者においても制御
性T細胞が顕著に増加することが明らかになった。CD4+
CD25+
Foxp3+
の
サブポピュレ-ションの場合には10-8
Mおよび10-7
Mの濃度における増加量が,
CD4+
CD25-
Foxp3+
のサブポピュレーションの場合には10-6
Mの濃度
における増加量が,同じ濃度の野生型IL-2(プロロイキン)刺激による増加量を
大幅に上回っている。
【0107】
2.4多発性硬化症患者および健康な被験者においてhIL-2-N88Rは
細胞傷害性CD8+T細胞の増殖をほとんど誘導しない
さらに,細胞傷害性CD8+
セントラルメモリーT細胞の賦活化実験を行った。そ
のために,健康な被験者または多発性硬化症患者のPBMCに対して,2.3と同様
の処理を行った。CFSElow/CD3+
CD8+
CD45RO+
T細胞のパーセン
テージを分析により求めた。結果を,図7および表9ならびに図8および表10に示
す。
【0109】
野生型hIL-2とは対照的に,多発性硬化症患者においても,健康な被験者にお
いても,hIL-2-N88Rに起因するセントラルメモリーCD8+
T細胞の増殖
はわずかであり,これは検討したすべての供試濃度において共通している。
イ本件発明1について
(ア)上記アによると,甲1発明(先願発明1及び2)は,前記第2,4(4)
イ(ア)a①,b①のとおりと認められ,先願発明1と本件発明1の一致点及び相違点
並びに先願発明2と本件発明1の一致点及び相違点は,それぞれ,前記第2,4(4)
イ(ア)a②,b②のとおりと認められる。
(イ)先願発明2と本件発明1に係る相違点5について
a本件明細書の段落【0013】には,【図2A】の説明として,FO
XP3+
CD8+
T細胞は,典型的に,非常にまれであると記載されており,甲6の図
1及びその説明や甲7の図1及びその説明も同旨のものである。また,甲15には,
CD8+
T細胞において,FOXP3は低レベルで発現していることが記載されてい
る。
b本件明細書には,FOXP3-
T細胞(T-eff)には,FOXP
3-
CD4+
細胞とFOXP3-
CD8+
T細胞が含まれることが記載されている(段
落【0003】)から,本件発明特定事項(b)の構成を満たすIL-2改変体とい
うためには,野生型のIL-2と比べて,FOXP3陰性T細胞に含まれるCD4+
細胞とCD8+
細胞の両方において,「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」
していることが必要であると認められる。
前記1(4)のとおり,CD8とFOXP3は,異なる観点でT細胞を分類するマー
カーであり,構造上も異なるものといえるから,CD8+
T細胞の中でFOXP3+
が出現することは典型的に非常にまれであるとしても,「CD8陽性の細胞傷害性T
細胞」が,必ずしも「FOXP3陰性T細胞」に相当するとはいえない。
また,甲1には,FOXP3-
CD4+
細胞の増殖に関する記載は存在しないから,
甲1の記載に接した当業者が,CD8陽性の細胞傷害性T細胞の結果に基づいて,先
願発明2の「hIL-2-N88R」が,FOXP3-
CD4+
細胞の増殖について
も,野生型のIL-2と比べて,「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」し
ていること,すなわち,「T細胞の増殖が低下していること」(甲4)を認識すると
は認められない。
cこれについて,原告は,CD8陽性T細胞に,低レベルのFOXP3陽
性T細胞の発現があるとしても,含まれているFOXP3陽性T細胞は無視できる
ほどごくわずか(甲6では0.15%,甲7では0.22%)であるため,わずかな
割合のFOX3陽性T細胞は,甲1で示されたCD8陽性T細胞における増殖の低
下の文脈において,実質的な同一性を失わせるものではないと主張するが,上記bの
判示に照らし,原告の主張を採用することはできない。
また,原告は,甲34及び39によると,「hIL-2-N88R」が,CD4陽
性FOXP3陰性T細胞においても,STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下
していること(CD4陽性FOXP3陰性T細胞の増殖に対する活性が低下してい
ること)を確認することができるため,CD4+
細胞での効果は,先願発明2に内在
していた効果にすぎず,それによって新たな用途が見いだされたわけではないから,
このようなCD4+
細胞での効果を理由に,公知の用途発明である本件発明1に新規
性を認めることはできないと主張する。
しかし,甲34及び39の上記の記載は,本件特許の出願日より後に行われた実験
によるものであり,本件特許の出願日より前に,先願発明2の「hIL-2-N88
R」が,CD4陽性FOXP3陰性T細胞についても,STAT5のリン酸化を誘発
する能力を低下させる作用を有することが知られていたことについての証拠はない
から,本件発明1の新規性が失われることはない。なお,原告は,本件発明は用途発
明であると主張するが,本件発明は新規な組成物の発明であるから,公知の組成物に
ついて用途のみを発明したものではない。
したがって,先願発明2の「CD8陽性傷害性T細胞」は,実質的に見ても,本件
発明1の「FOXP3陰性T細胞」と同一であると評価することはできないから,相
違点5は,実質的な相違点であると認められる。また,先願発明1と本件発明1の相
違点2は,先願発明2と本件発明1の相違点5と同じであるから,相違点2も実質的
な相違点であると認められる。
(ウ)以上によると,本件発明1は,甲1発明と同一のものとは認められな
い。
ウ本件発明2,3,5,12~15について
本件発明2,3,5,12~15は,本件発明1を限定した発明であるから,本件
発明1と同様の理由により,先願発明1又は先願発明2と同一であるとはいえない。
エ本件発明16及び17について
本件発明16の「炎症性疾患,障害または状態の処置のための医薬の調製における
IL-2改変体の使用」は,本件発明1の「炎症性疾患,障害または状態の処置のた
めの医薬の調製におけるIL-2改変体の組成物」に含まれるIL―2改変体のカ
テゴリーを「使用」に変更したものであるから,本件発明1と同様の理由により,先
願発明1又は先願発明2と同一であるとはいえない。
本件発明17は,本件発明16を限定した発明であるから,本件発明16と同様の
理由により,先願発明1又は先願発明2と同一であるとはいえない。
(3)以上によると,原告の主張する取消事由4は理由がない。
7取消事由5(無効理由2:優先権の利益を享受できないことを前提とする甲1
に基づく進歩性欠如)について
(1)本件発明1について
ア前記6のとおり,本件発明1と先願発明2には,実質的な相違点として相
違点5があり,CD4陽性FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を
誘発する能力が低下することは,本件特許の出願日の技術常識に照らしても導き出
すことはできないから,本件発明1は,先願発明2に基づき当業者が容易に想到でき
たものとは認められない。また,本件発明1と先願発明1の相違点である相違点2は,
相違点5と同一であるから,本件発明1は,先願発明1からも容易に発明をすること
ができたものということはできない。
原告は,甲1の「hIL-2-N88R」が,CD4陽性FOXP3陰性T細胞に
おいても,STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下していることは,甲1発明に
内在していた効果にすぎず,それによって新たな用途が見いだされたわけではない
から,このようなCD4+
細胞での効果を理由に,本件発明1に進歩性を認めること
はできないと主張するが,本件発明は,新規な組成物の発明であって,上記のとおり
CD4陽性FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が
低下することは,本件特許の出願日の技術常識に照らしても導き出すことはできな
い以上,甲1発明から容易に発明をすることができたとはいえない。
イ原告は,先願発明1及び2をそのまま実施すると,本件発明1になると主
張するが,相違点2及び5があるにもかかわらず,先願発明1及び2をそのまま実施
すると,本件発明1になると認めることはできないから,原告の主張には理由がない。
ウしたがって,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたと認
めることはできない。
(2)本件発明2~15について
本件発明2~15は,本件発明1を限定した発明であるから,本件発明1が先願発
明1及び2から容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明2~1
5が先願発明1及び2から容易に発明をすることができたと認めることはできない。
(3)本件発明16及び17について
本件発明16の「炎症性疾患,障害または状態の処置のための医薬の調製における
IL-2改変体の使用」は,本件発明1の「炎症性疾患,障害または状態の処置のた
めの医薬の調製におけるIL-2改変体の組成物」に含まれるIL―2改変体のカ
テゴリーを「使用」に変更したものであるから,本件発明1と同様の理由により,先
願発明1又は先願発明2から容易に発明をすることができたと認めることはできな
い。
本件発明17は,本件発明16を限定した発明であるから,本件発明16と同様の
理由により,先願発明1又は先願発明2から容易に発明をすることができたと認め
ることはできない。
(4)したがって,原告の主張する取消事由5は理由がない。
8以上によると,原告の請求には理由がない。よって,原告の請求を棄却するこ
ととして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
眞鍋美穂子
裁判官
熊谷大輔
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