弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成17年(わ)第88号 現住建造物等放火,殺人被告事件
主文
被告人を懲役9年に処する。
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,父A(当時55歳)の自己に対する冷たい態度に絶望して自暴自棄とな
り,同人らとともに居住していた自宅に放火して同人を殺害するとともに自殺しよう
と決意し,平成17年5月1日午前3時ころ,富山県a市内の同人方において,木造
瓦葺2階建居宅(床面積合計約197.27平方メートル)の2階寝室前廊下の床上
に,ガソリン及び潤滑油の混合油を入れたプラスチック製バケツを置いた上,同混
合油を染み込ませた新聞紙に所携のライターで点火して放火し,その火を同建物
の2階壁面等に燃え移らせ,同壁面等合計約93平方メートルを燃焼炭化させて焼
損するとともに,同寝室で就寝していた同人に全身火傷の傷害を負わせ,よって,
同日午前10時30分ころ,同県b市内のB病院において,同人を焼死させて殺害し
たものである。
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち,現住建造物等放火の点は刑法108条に,殺人の点
は同法199条に該当するが,これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合である
から,同法54条1項前段,10条により1罪として犯情の重い殺人罪の刑で処断す
ることとし,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役
9年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中60日をその刑に算入し,訴訟費
用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととす
る。
(弁護人の主張に対する判断)
1 弁護人は,被告人が本件犯行当時発達障害であるアスペルガー症候群により
心神耗弱の状態であったと主張するので,その責任能力の程度について検討す
る。
2 犯行に至る経緯
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
被告人は,父Aと母Cとの間に一人っ子として生まれ,幼いころから学校でいじ
めを受け,親しい友人もなく,大学中退後は自宅に引きこもり,母が唯一の話し
相手であるなど,同人に依存する生活をしていた。しかし,被告人の母は,平成1
6年8月,交通事故により意識障害に陥って入院し,それ以来,被告人にとって,
寝たきりの母の見舞いが生活の中心となっていた。
被告人は,平成17年4月30日の夕食時,自宅でAに対し,母の日のプレゼン
トについて相談したところ,同人からそっけない態度をとられ,十分に話を聞いて
もらえなかった。そのため,被告人は,Aに疎ましく思われていると感じ,いっそ自
殺しようなどと思い,度胸をつけるため台所で飲酒していたが,これを見たAにし
かられ,怖くなって家を出て付近で身を潜めた。被告人は,Aが心配して捜しにく
ることを期待していたが,同人は家の外に出たものの,被告人を捜すことなく家に
戻ったため,不審に思いAにその真意を尋ねたところ,被告人の飲酒運転を防ぐ
ために車庫の鍵を掛けてきたと言われた。これを聞いた被告人は,Aが世間体を
気にする一方,自分に対しては無関心であるとして,その冷たい態度に絶望して
自暴自棄となり,Aを殺害して自殺することを決意した。
被告人は,日ごろ,母のいない静まりかえった家が寂しく,嫌いであったため,
心中の方法として自宅に対する放火を思い立ち,勝手口付近で自宅にあった草
刈機の燃料を染み込ませた新聞紙にライターで点火して火勢を確認した後,自
宅2階のAの寝室前に燃料を入れたプラスチック製バケツを運び,その中の燃料
を新聞紙に染み込ませた上,これにライターで点火し,本件犯行に及んだ。
3 医師D作成の簡易精神鑑定書によれば,被告人の本件犯行当時の精神状態
は,アスペルガー症候群かつ一過性の抑うつ状態であり,是非弁識能力は不十
分で行動制御能力にも欠損が認められるが,一般的な精神病水準の状態では
ないと診断されている(同医師による診断の経過・方法等に照らし,その診断の
信用性を疑わせる事情は認められない。)。これに加え,本件犯行の動機は,被
告人のこれまでの生活状況に鑑みれば一応了解可能であり,犯行の準備状況
や態様等を見ると,被告人の行動には合目的性が認められ,また,本件犯行直
後には,火勢に驚いて現場から離れて隣家に助けを求め,その後,犯行を後悔
して警察に電話をかけたことも認められるのであるから,被告人は本件犯行時及
びその前後を通じ,被告人なりの判断に基づき,合理的に行動していたものとい
うことができる。そして,犯行状況に関する被告人の捜査・公判段階における供
述は詳細かつ具体的で,犯行当時の被告人の記憶は概ねよく保たれていること
が認められる。
そうすると,本件犯行当時,被告人の是非弁識能力及び行動制御能力はいず
れも若干低下していたものの,著しく減退してはおらず,完全責任能力を有して
いたと認められるから,弁護人の主張は採用できない。
(量刑の理由)
本件は,被告人が実父を殺害して心中するため自宅に放火してこれを焼損する
とともに,実父を焼死させたという現住建造物等放火及び殺人の事案である。
 本件犯行に至る経緯は上記のとおりであり,短絡的かつ自己中心的な動機に酌
むべき点はない。その態様も,確定的殺意に基づき,木造家屋内に燃料油を用い
て放火し,就寝中の被害者を焼死させようとした残忍かつ危険なものである。一人
の生命を失わせたという結果は誠に重大で,落ち度が全くないにもかかわらず,息
子によって自宅に放火され,無念の思いで絶命した被害者の胸中は察するに余り
ある。加えて,本件が,周辺住民や地域社会に大きな不安感を与えたことも軽視で
きない。
以上の点に鑑みると,被告人の刑事責任は相当重大である。
しかしながら,他方,本件犯行当時,被告人の是非弁識能力及び行動制御能力
はいずれも若干低下しており,本件は衝動的に行われたものであること,火災は被
告人宅内部にとどまり隣家に延焼の被害が及んでいないこと,被告人は,犯行後,
自首して反省悔悟していること,いまだ20歳代前半と比較的若年であること,介護
を要する母がいることなどの被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,以上のような諸情状を総合考慮し,主文の刑に処するのが相当であると
判断した。(求刑 懲役13年)
平成17年9月6日
富山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官   手   崎   政   人
   裁判官   大 多 和   泰   治
   裁判官   五 十 嵐   浩   介

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