弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人坂千秋、同長谷川勉上告理由について。
 上告理由は末尾添附別紙記載の通りでありこれに対する当裁判所の判断は次ぎの
如くである。
 (本件において市委員会とは市選挙管理委員会を、県委員会とは県選挙管理委員
会を稱す)
 第一点
 地方自治法第六六条第八項は「市町村選挙管理委員会の決定に対しては、」「裁
決を受けた後でなければ裁判所に出訴することができない。」と規定している。本
訴において被上告人が上告人(県選挙管理委員会)の裁決を受けたことは上告人も
認めるところである。論旨は訴願裁決において上告人は本件異議を申立期間経過後
の申立であるとしてこれを却下し本案について裁決していないにかかわらず原判決
が訴願の本案について判断をしたのは違法であると論ずるのであるが、地方自治法
の右条項は單に訴願裁決を受けることを出訴の要件としているに止まり、裁決が本
案について判断を加えることを要件としているものではない。同項が訴願を受けな
ければ出訴できない旨を規定しているのは、訴訟の提起に先つて一応選挙執行機関
に審査の機会を与えるためであつて、本件においては上告人は訴願の申立を受けた
にかゞわらず法の誤解に基いてこれを却下し本案について審査をしなかつたのであ
るが、既に本訴は訴願裁決経由の要件を満しており本訴はこの点について何等違法
の点はないのである。而してこのような場合に裁判所が本案について判決をなし得
ない趣旨はいずれの法律の規定にもなく原審が時宜に応じて当選の効力について判
決をしても何等違法とすべき理由はない。
 おもうに上告代理人は同法第六六条第四項の訴訟の原告は訴願の裁決に対する不
服のみを申し立て得るものと解し、そのような解釋に従つて論じているものと思わ
れるが、もと々々同項の訴訟は選挙又は当選の効力に関する訴訟であつて、訴訟で
争い得る事項は單に裁決の当否に限定されるのではなく、同時に選挙又は当選の効
力をも争い得るのであつて、論旨は理由がない。(訴訟の関係においては県選挙管
理委員会は高等裁判所に対し一応下級審の様な立場にあるのであるが純粋の下級審
ではない、同時に被告たる地位にあるものであるから高等裁判所が県選挙管理委員
会の裁決を破ぶつた場合事件を被告たる右委員会に差戻すのは適当でない場合が多
いし又訴訟事件としては高等裁判所が第一審なのであるから民事訴訟法第三八八条
は此場合準用ないものと解するを相当とする。民事訴訟においても論旨にいう様に
第二審は第一審の觸れなかつた事項について裁決をすることは出来ないとの原則は
ない例へば貸金の訴訟において第一審が貸金の事実とは認められないとして原告の
請求を棄却した場合第二審において貸金の事実が認められるとの心証を得たときは
弁濟の抗弁が提出されれば第一審の全然觸なかつたという事実の有無について裁判
を為し得るこという迄もない)
 論旨はまた原判決が不服申立の範囲を超えて判決をしている違法があるというの
であるが、原審において被上告人は上告人の裁決取消、市委員会の告示取消被上告
人の当選の有効確認(第三点に対する説明参照)等を請求し、原判決はこれらの点
について判決をしているのであつて所論のような違法のないことは明白である。
 第二点
 論旨は原判決が県委員会を被告として市委員会のした告示を取消したのは違法で
あるというのである。しかしながら地方自治法第六六条第四項の訴訟ではもともと
県委員会は実質上の権利関係に基いて被告となるのではなくて、当該選挙の執行及
びその選挙に関する争訟に関係のある行政庁の一つとして被告となつているのであ
つて、選挙に関する訴訟において訴訟の対象となる事項はさきに説明したように單
に被告たる県委員会の行為に限定されるのではなく、選挙の執行、当選人の決定及
右に関する異議決定、訴願裁決にあたる各種の行政機関の行為はすべて審理の対象
となるのである。従つて原判決が上告人を被告としながら市委員会の行為について
判決をしても何等違法とすべき理由はない。本訴が地方自治法第六六条第四項に規
定する当選の効力に関する訴訟であるかないかは後に論ずるところではあるが、一
般通常の当選訴訟においても裁決庁たる県委員会を被告としながら訴訟当事者でな
い選挙会の決定した当選人の当否の判断をするのである。ことに衆議院議員選挙法
では当選人の被選挙権の有無について何等認定の権限もない都道府県の選挙管理委
員会の委員長が当選訴訟の被告となることもあるのは同法第八三条によつて明白で
ある。このような当事者は公法上の権利関係に関する訴訟においては選挙に関する
訴訟以外にも見得ることであつて、その理由は上述のように行政庁が被告となる場
合は必ずしも実質上の権利関係に基くものではないことによつて理解し得るのであ
る。論旨は理由がない。
 被上告人が上告人を被告とする訴においても市委員会告示の取消を求めて居るこ
とは弁論の全趣旨に徴して明白である。
 第三点
 論旨は原判決がその主文で「原告が荒尾市長に就任していることを確認する」と
したのを非難するのである。
 しかしながら原判決はその理由中において「原告はそのときにおいて既に荒尾市
長の身分を取得しているものといわなければならないから」としその他原判決の理
由とするところによれば、当時被上告人は市長に当選し当選を承諾したものと告示
されるべきものと判断しているのであつて、要するに当選の効力について判決をし
たのであつて所論のような違法はない。原判決主文所論の字句は只被上告人が有効
に市長に当選したことを確定するだけの趣旨と解すべきものであつて其の後のこと
迄確定する趣旨ではない。このことは判決理由と対照して見れば明である。
 論旨は裁判所は只既成の選挙又は当選の効力そのものを失効せしめることができ
るだけであつて、新に当選人を定めることは裁判所の任務ではないと論ずるけれど
も、若し何人を当選人と定めるかについて行政庁に自由裁量の余地があるならば問
題は存ずるであろう。しかしながら本件のように一度選挙会で当選人と定められた
者を市委員会が当選を辭した者とみなして告示をし、その市委員会の告示の違法を
判断することによつて法律上当然その者が当選人となるような場合はその当選(即
法律上当然の結果)を確認することは選挙執行機関の権限を侵すものでもなく裁判
所の性質と相容れないものでもない。
 このように裁判所が積極的に当選有効の確認をすることは法律も予想しているの
であつて例へば衆議院議員選挙法第八三条第一項に定める「同法第六九条第一項但
書ニ定メル得票ニ達シタリトノ理由」に基く当選訴訟の如きは若し裁判所において
原告の主張を容認するならば当選有効の積極的確認の判決をするのは当然で、單に
当選無効の消極的判決のみをすべしという論旨はこの一例から見ても理由のないこ
と明白である。(上告人を被告としてかゝる判決を為し得ることについては前点説
示参照)
 論旨は又当選人の市長就任は選挙管理委員会が当選証書の付与当選人の住所氏名
の告示によつて確認するのであつて裁判所が確認すべきものではないと論ずるけれ
ども本件のように當該市選挙管理委員会が誤つて被上告人に當選証書を付与せず、
その住所氏名を告示しなかつた場合は當選の効力について裁判所が積極的に確認し
ても違法とすべき理由はないのである。
 第四点
 被上告人は市長選挙に當選し、その當選を承諾するために地方自治法第一二六条
によつて副議長に議員辞職の許可を求めたのである然るに副議長もついで開かれた
市議会もこの辞職願に対し許可を与えなかつたので、被上告人は止むを得ず辞職願
の寫を添えて市選挙管理委員会に対し當選承諾書を提出したのである。原判決は被
上告人が市長に公選せられた以上は、市住民の意思は議員辞職を許可したものであ
つて、もはや市議会の許可は必要でなく、許可なくとも當選承諾は有効であると判
断したのであつて、上告論旨はこの点に関する原審の判断を非難するものである。
 しかし地方自治法第一二六条が議員が辞職するには議会又は議長の許可を要する
ものとしたのは、議員が自己の恣意に基いて濫りに辞職することを抑止するためで
あることは論旨の通りであるが如何なる場合においても議会又は議長が議員の辞職
を阻止し得る趣旨の規定とは解することができない。上告代理人も亦議会が正當な
理由なくして、辞職許可を拒否し得ないことを認めているのである。論旨は以上の
条理を認めながらも法律に議会の許可権限に関する例外規定のない故を以て議会の
議決は如何なる場合にも絶対的効力を有するものと解するのであるが左祖出来ない
固より議会がその権限を適正に行使し裁量を誤らない限りは何人もその議決を尊重
すべきであつて、裁判所といえどもその議決を否定することはできない。しかしな
がら如何なる公の機関といえどもその裁量の範囲にはその権限を与えた法律の精神
に基く条理上の限界があり、著しく裁量の範囲を逸脱してその権限を不當に行使す
ることは許されないのであつてそういう行為はもはや有効な行為と見ることはでき
ないのである。法律の明文の有無にかゝわらずこのような行為の効力を否定するこ
とこそ眞に法の要求する条理に従うものと言わなければならない。
 もとより辞職拒否について正當な理由があるかないかは具体的の場合によつて異
り議員が辞職を求める理由と議会がこれを拒否する理由との比較衡量の問題である
が、本件で被上告人が議員を辞職しようとした理由は市長に公選せられ市長に就任
するためであつて、これに対し議会が辞職を拒否した理由については、原審におけ
る上告人の主張にも、上告理由中にも首肯し得る何物をも見出し得ないのである。
(即上告人が原審及上告理由で主張して居る様な理由では被上告人が市長に當選し
これを承諾するための辞職を拒否する正當の理由とならないのである。)
 このように何等正當の理由なくして議会が議員の辞職許可を拒否し或は積極的に
拒否しないまでも市長當選承諾期間内に許可の議決をしないようなことは、法律に
よつて与えられた議会の権限の正當の行使とは認めることはでもない、従つてこの
ような状態によつて辞職許可を得られなかつた場合は、許可がなくても辞表の提出
に対し辞職の効力を認めざるを得ないのである。此点の理由に関する原判示は稍當
を得ない嫌がないではないが辞職許可がなくても辞職の効力を生ずるものとした判
断は結局正當である。若し右の様に解さずして論旨にいう様に解するならば本件の
如き場合議会が不當に辞職を拒否するか或は不當に必要の期間中に許否の決定をし
ない時はこれにより市長に當選した者は不當に其就任を妨げられることになるであ
ろう、そうなつた後でいくら与論が議会を攻撃した処で市長就任を妨げられた者に
とつては何の利益ともならないし又當選を為さしめた市民の意思は完全に蹂躙され
終るであろう。
 論旨は又原判決の解釋によれば市長の就任が強制せられるというけれども、もと
より辞表提出、當選承諾は當選人の意思に基くものであつて、自由の拘束となると
いう論旨は了解に苦しむ。次に議員の欠格の時期については市長と議員の兼職を許
されない以上、市長の當選を承諾したときに議員たる地位を失うものとして少しも
支障はない。
 第五点
 論旨は本件のような場合、即ち一度選挙会で當選人と定められた者がその後の事
由によつて當選人でなくなつた者とされ、地方自治法第六一条第二項によつて當選
人がなくなつた旨告示された場合においては、同法第六六条による争訟によつてこ
れを争うことはできないというのである。しかしながら新憲法施行後は裁判所はす
べての法律上の争訟を裁判しなければならないのであつて、このような告示が適法
であるかないかの争も一つの法律上の争訟である以上はその當否について訴訟が提
起されたときは裁判所はこれを裁判する義務を負うものである。同法第六六条の争
訟を論旨のように狭く解するとしても、それは只本訴が同条に規定する訴訟でない
という結果に歸するに止まり、裁判所が裁判を拒否する理由にはならないのである。
 只此場合通常の選挙に関する訴訟と第一審裁判所を異にし、又訴訟の前提として
異議訴願の要否等に関する手続上の差違を生ずるけれども、訴訟の提起を許さない
ものとすることはできないのである。このように考えると等しく何人が當選人であ
るかの争訟でありながら通常の當選訴訟と本件のような訴訟とを区別し別個の手続
によつて裁判するというのは合理的でない。同条第一項は市制と異つて異議申立の
起算日の標準として同法第六一条第二項の告示の日を明記していないことは論旨の
通りであるが、異議申立期間に関する規定がないからといつてそれだけで直ちに同
条による争訟を否定することは出来ない。現に本件においても上告人自身裁決に際
しては同法による異議訴願をなし得るものと解し只異議申立期間経過の理由によつ
て却下したものと見られるのである。只本件のような場合については上述のように
法律は異議申立期間の起算日について明記していないのであるが、すべて不服申立
の期間は不服を申し立て得るときから起算するのを条理に合するものとすべきであ
つて、本件にあつては第六一条第二項の告示の日から異議申立期間を計算するのが
相當であり、この点に関する原審の判断もまた正當で上告人の裁決は間違つて居る
ものといわなければならない。
 上告代理人は當選人の権利保護の争訟の法律上の方式としてA式とB式とがあつ
て、B式においては本件のような争訟を許すもA式においてはこれを許さず、市制
はB式によつたものであるが地方自治法は前記異議申立期間に関する条文を削り即
ちA式にあらためたのであつて、A式においては本件のような場合は後に行われる
新な當選人の決定又は再選挙に対する當選争訟又は選挙争訟を以て、當選者がなく
なつたとの告示についても争い得るから本件のように當選者がなくなつたとの告示
に対して争訟を許さなくても當選人の権利保護に欠けるところはないというのであ
る。しかしながら本件のように市長の選挙において當選人が當選を辞したものとみ
なされた場合は論旨のいうように選挙会が次点者を當選人と定めるか或は再選挙を
行うことになるのであるから、當選人の権利保護に欠けるところはないものとも言
い得るけれども、同条に規定する争訟は單に市長選挙に限られないで議員選挙にも
等しく適用されるのである。議員選挙においても多くの場合は論旨のいうように當
選人に権利主張の機会はあるであろうが、若し當選人の一名が當選を辞したものと
みなされ、しかも次点者は法定程票数に達しない場合は同法第五六条第二項による
新な當選人の決定も行われず又當選人の不足数が議員定数の六分の一に達しない限
り同法第六二条第一項による再選挙も行われないから論旨のとる理論に従えばかか
る場合當選を辞したものとみなされたものは遂に自己の権利主張の機会を全く与え
られないことになるであろう。更に又上告代理人は衆議院議員選挙法による訴訟は
A式によつているものというけれども必ずしもそうとはいえない同法においても同
法第八三条第一項に定める「第七十条ノ規定ニ該當セズ」との理由に基く當選訴訟
はB式による當選訴訟であると解せられる。何故とならば同法第七〇条は「當選人
選挙ノ期日後ニ於テ被選挙権ヲ有セザルニ至リタルトキハ當選ヲ失フ」とあり、一
応當選人と定められた後に被選挙権を失つた場合をも含むことは同法第六九条第四
項によつて明白である。此の場合若しA式に従ふならば不當に被選挙権を失つたも
のとされた者は次ぎに行われる當選者の決定又は再選挙に対する訴訟を以て争ふこ
ととなる筈であるが同法は特に規定を設けて選挙管理委員会の委員長を被告として
當選訴訟を起すべきものとして居る、これによつて見ても同法も亦當初の當選人決
定以外の當選訴訟を認めて居るものといわざるを得ない。
 論旨はまたB式によれば本件のような場合に訴訟係属中は再選挙を施行すること
ができないがA式によれば直ちに再選挙を行い市長を補充する便利があるというの
であるが、その反面において再選挙を行つて後に當選を辞したものとみなしたこと
が違法となれば再選挙は無駄な経費と労力とを消費したことになつて、その利害は
にわかに断定し難い。のみならず本件の如き場合再選挙において復び前の當選者と
同一人が當選し議会も辞退拒否を繰返すとしたら(双方が感情ずく意地ずくになる
とこういうことは十分有り得べき処である)幾度再選挙をしても(次点者繰上げ可
能の場合の外)無駄の費用と労力を費すばかりでどうにもならないことになるであ
ろう、地方自治法が所論A式を採つたのだとの論旨には左袒出来ない。
 第六点
 論旨は荒尾市議会又は同副議長が被上告人の辞職を許可しなかつたのは決して権
限の濫用ではなく正當な理由に基くものであるにかかわらず原審はこの点に関する
審理を盡していないというのであるけれども、原審並に上告理由書において上告人
が主張して居る様な理由では到底被上告人が市長に當選しこれを承諾する為めの辞
職を拒否すべき正當の理由たり得ないものであり従つて原審が辞職拒否を不當なり
とした判断は結局正當であること前説示の通りである。
 本論旨中其余の論点は既に辞職拒否が不當であるとする以上判決主文に何等影響
のないものである。
 第七点
 論旨は第一に上告人の裁決の正當であることを論ずるのであるが被上告人のした
本件訴願を上告人が却下したのが違法であること前説示の如くである以上上告人が
訴願の本案について裁決をしなかつたことが違法であることは言うまでもない。論
旨は訴願却下を正當なものとして論じているのであるから採用することはできない。
 第二に論旨は市委員会は市議会に干渉することはできない旨を論ずるのであるが、
市委員会が市議会の議決を取消すこと等のできないことは言うまでもない。しかし
ながら本件のように市議会の議決がもはや市議会の正當な権限の行使とは見られな
い不當のものである場合は(不當なりや否やに付き争あれば結局は裁判所において
判断することとなる)辞職許可書の添付されていない當選承諾書を正當なものと受
理しても違法ではなく(前説示参照)このことによつて市議会に干渉するものとは
言い難い。第三に上告人は市委員会の職務執行に干渉することができないと論ずる
のであるが、本件のように訴願の申立があつた場合は、訴願裁決庁たる上告人は訴
願に対する裁決として市委員会のした違法の行為を是正する當然の職責を有するの
であつて、これこそ訴願制度の目的とするところである。論旨は理由がない。
 よつて民事訴訟法第三九六条第三八四条第九五条第八九条に従つて主文の如く判
決する。
 以上は當小法廷裁判官全員一致の意見である。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠

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