弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役1年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
押収してある洋包丁一本(平成15年押第150号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 平成15年8月6日午後9時28分ころ,神戸市a区b町c丁目d番e号所
在のf住宅g号室A方玄関前において,応対に出た同人(当時33歳)に対し,同
人方の物音がうるさい旨文句を付けて,所携の洋包丁1本(刃体の長さ約19セン
チメートル,平成15年押第150号の1)を同人に見せつけて,「殺すぞ。やっ
たろか。」などと怒号し,その生命,身体等に危害を加える気勢を示し,もって,
兇器を示して脅迫し
第2 前記日時,場所において,業務その他正当な理由による場合でないのに,刃
体の長さが6センチメートルをこえる前記洋包丁1本を携帯し
たものである。
(証拠の標目)―括弧内の甲,乙に続く数字は証拠等関係カード記載の検察官請求
 証拠番号―
省略
(補足説明)
 弁護人は,本件時における被告人の言動は,生命,身体等に危害を加える気勢を
示したものではなく,また,暴力行為等処罰に関する法律1条に規定する「脅迫」
にもあたらないから,同条の罪は成立しない旨主張し,被告人も,公判廷におい
て,被害者に対して「殺すぞ。やったろか。」と怒号した記憶はないとするほか,
弁護人の主張に沿う供述をする。
 しかし,まず,具体的かつ迫真性に富み,信用性が高い,被害者の公判廷におけ
る供述によれば,被告人が被害者に対して,判示の日時ころ,被害者方のドアを叩
くか蹴るなどし,被害者がドアチェーンをかけて同ドアを開けたのに対し,同ドア
の外側で,所携の判示包丁を腰のあたりに持って刃先を前方に向ける姿勢をとり,
ドアの内部にこれを差し入れることはなかったものの同包丁を被害者に見えるよう
に示した上,「殺すぞ。やったろか。」と怒号したことが優に認められる。この
点,被告人は,なぜ包丁を取り出したか記憶がないとか,発言について記憶がない
ようにも述べるが,その供述は曖昧でいいかげんなものであって到底信用できな
い。
 そして,チェーンロックがかけられ,約10センチメートルしか開いていないド
アの隙間からといっても,手を伸ばせば容易に届くような至近距離で,刃体の長さ
が約19センチメートルもある包丁を見せられ,「殺すぞ」「やったろか」などと
怒鳴られれば,たとえ被告人が包丁を腰の辺りに構えていただけであっても,通常
人であればその場で刺されるかもしれない,あるいは今後外出時などに襲われるか
もしれない,という恐怖心を抱くのは当然と考えられ,弁護人が「脅迫」の要件と
して必要とされると主張するところの害悪の具体性も十分に認められる。
 よって,被告人の言動は,生命,身体等に危害を加える気勢を示すものであるこ
とは明白であり,また,人を畏怖させるに十分な害悪の告知と認められ,「脅迫」
にあたることも明白である。弁護人の主張は到底採用できない。
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法222条1項
に,判示第2の所為は銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条にそれぞれ該当
するところ,各所定刑中判示各罪につきいずれも懲役刑を選択し,以上は刑法45
条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑
に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役1
年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間
その刑の執行を猶予することとし,押収してある洋包丁1本(平成15年押150
号の1)は判示第1の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法
19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法18
1条ただし書を適用
して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,共同住宅に住む被告人が自室の上階の部屋から物音が聞こえるとして憤
慨し,その住人を脅してやろうと考えて自宅から包丁等を持ち出し,相手方玄関先
で包丁を見せつけた上で「殺すぞ。」などと怒号して脅迫した,暴力行為等処罰に
関する法律違反及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
 まず,動機についてみると,被告人は,被害者方の物音が大きいと憤慨したとい
うのであるが,被害者は転居当日にも被告人から脅されたため物音をたてないよう
にしていたと認められ,したがって,被告人の述べるような被害者方からの物音は
本件のような共同住宅では通常問題ない程度か,少なくとも忍耐の範囲であったと
認められる。加えて,被告人は,被害者の前に上階に住んでいた住民にも騒音に関
する苦情を言っているが,その際には,管理人を通して苦情を申し立てているので
あって,今回も同様の方法をとることができたのにもかかわらず,いきなり本件犯
行に至っている。このように,本件は,共同住宅に住む者として守るべきルールを
無視した極めて短絡的,自己中心的な犯行であって,動機に酌量の余地は全くな
い。加えて,被告人が
使用した判示包丁は十分な殺傷能力を有するものであり,被害者がドアにチェーン
ロックをかけなければ,また被害者が抵抗等すれば,その死傷の結果すら生じる可
能性があったのであり,犯行態様もよくない。そして,被害者及び犯行当時にも被
害者方にいたその妻が受けた精神的苦痛は,妻が妊娠中であったことも併せ考える
と重大なものがあり,転居を余儀なくされたことによる経済的な損失も無視できな
い。被害弁償も全くなされておらず,被害感情も厳しい。ところが,被告人は,包
丁は脅迫のためではなく護身用に持って行ったなどと不合理な言い訳に終始し,法
廷でも酔っていたから等と弁解して笑い声をあげるなど,本件の危険性や自己の責
任に対する認識に欠けており,反省が十分でもない。以上の事情からすると,被告
人の刑事責任は重い

 しかし,他方,被告人には30年以上前の道路交通法違反による罰金刑を除き前
科前歴がないこと,本件により相当期間拘束され,反省や今後同様の行動をとるこ
とに対する反対動機を形成する機会を得たこと,被告人は本件を原因として現在の
住居の明渡しを求める裁判を提起され,本件の責任をとる形で居住をあきらめる決
心をしたということ,被告人が高齢の域にさしかかっており,またやや病弱である
もようであること等被告人のために酌むべき事情もあるので,これらを最大限に考
慮して,今回に限りその刑の執行を猶予することとした。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成15年12月12日
神戸地方裁判所第11刑事係乙
裁判官  橋 本   一

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