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主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人斉藤驍,同田中公人の上告受理申立て理由について
1原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)A(以下「A」という。)は,平成12年1月19日,被上告人から,証
券投資信託及び証券投資法人に関する法律(平成12年法律第97号による改正前
のもの)2条1項にいう証券投資信託である「B社のMMF(マネー・マネージメ
ント・ファンド)」(以下「本件投資信託」という。)に係る受益証券(以下「本
件受益証券」という。)を購入した。
(2)ア本件投資信託は,投資信託委託業者であるB株式会社(以下「B社」と
いう。)を委託者,信託会社であるC信託銀行株式会社を受託者として,両者の間
で締結された信託契約(以下「本件信託契約」という。)に基づき設定されたもの
である。B社は,C信託銀行に対して信託財産の運用を指図するとともに,本件投
資信託から生じた受益権を均等に分割して証券化した本件受益証券を発行してい
る。本件受益証券の販売は,B社又はB社が指定する証券会社及び登録金融機関
(証券取引法65条の2第3項。これらの証券会社と登録金融機関を併せて,以下
「販売会社」といい,この中には,被上告人も含まれている。)が行い,販売会社
が販売した本件受益証券は,当該販売会社に保護預りされ,受益者(本件受益証券
の購入者)による本件受益証券の換金は,当該受益証券について,B社に本件信託
契約の解約の実行を請求する方法によることとされている。
イそして,本件信託契約に係る投資信託約款(本件投資信託の目論見書に添付
されているもの。以下「本件約款」という。)は,本件受益証券の換金に関して,
①受益者は,当該受益証券について,B社に対して本件信託契約の解約の実行の
請求(以下「解約実行請求」という。)をすることができ,解約実行請求は,B社
又は販売会社に対して,受益証券をもって行う,②B社は,受益者から解約実行
請求があったときは,本件信託契約の一部(当該解約実行請求に係る受益証券に相
当する部分)を解約する(以下「一部解約」という。),③一部解約の価額は,
当該解約実行請求を受け付けた日の翌営業日の前日の基準価額とする,④一部解
約に係る解約金(以下「一部解約金」という。)は,原則として解約実行請
求を受け付けた日の翌営業日に,販売会社の営業所等において受益者に支払う,
⑤C信託銀行は,上記④において受益者に支払を行う日にB社に一部解約金を交
付するなどと定めている。
ウまた,B社は,被上告人との間で,「証券投資信託受益証券の募集・販売に
関する契約書」をもって委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結して,
被上告人に対し,受益証券の募集の取扱い及び販売,受益者との間の一部解約事務
並びに受益者に対する一部解約金の支払等の業務を委託している。本件委託契約に
おいて,①被上告人は,受益証券の購入を申し込んだ者から受領した申込金をB
社に払い込むこと,②被上告人は,受益者からの解約実行請求を受け付け,当該
一部解約に係る受益証券をB社に引き渡し,一部解約金をB社より受け入れて,こ
れを受益者に支払うことなどが合意されている。
エ他方,被上告人からの募集に応じて投資信託に係る受益証券の購入を申し込
んだ者は,被上告人との間で,「投資信託総合取引規定」(以下「本件取引規定」
という。)等に従って取引を行う旨を合意する。本件取引規定は,投資信託に係る
受益証券等の購入,解約等の取引について,受益者と被上告人との間の権利義務関
係を明確にすることを目的とするものであり,投資信託に係る受益証券等の購入及
び解約の申込みは,取扱店(受益者が開設した投資信託口座及び指定預金口座のあ
る被上告人の店舗)等において受け付けること,解約を申し込む場合には,被上告
人所定の解約申込書に必要事項を記入し,押印の上,預り証又は受益証券等の本券
と共に取扱店に提出すること,解約金は,取扱商品ごとに定められた日に,受益者
の指定預金口座に入金することなどを定めている。
オ上記ア∼エにより,被上告人から本件受益証券を購入した受益者が被上告人
に対して当該受益証券についての解約実行請求を行ったときは,被上告人は,解約
実行請求があったことをB社に通知し,B社は,C信託銀行に対して一部解約を実
行して,C信託銀行から支払われた一部解約金を被上告人に交付し,被上告人は,
B社から交付を受けた一部解約金を受益者に交付することになる。
(3)D(以下「D」という。)は,Aを債務者,被上告人を第三債務者とし
て,東京地方裁判所に対し,東京法務局所属公証人E作成平成12年第380号債
務弁済等契約公正証書の執行力ある正本に基づき,下記アの債権の弁済に充てるた
め,下記イの債権(以下「本件被差押債権」という。)を含む債権について差押命
令及び転付命令を申し立て(同裁判所平成13年(ル)第5453号,同年(ヲ)第
3563号),同裁判所は,平成13年7月4日,差押命令及び転付命令(以下
「本件差押命令等」という。)を発し,本件差押命令等に係る決定正本は,Aに対
しては同月29日に,被上告人に対しては同月5日に,それぞれ送達された。
ア1500万円
ただし,上記公正証書の執行力ある正本に表示された平成12年12月27日付
け債務弁済承認金7000万円のうち,同公正証書第2条記載の6000万円の内

イ750万円
ただし,債務者(A)と第三債務者(被上告人)との間で締結されたB社のMM
Fの自動継続投資契約に基づいて,第三債務者(被上告人)が保管する債務者
(A)所有の上記MMFの受益証券について,上記契約に基づき第三債務者(被上
告人)において債務者(A)に対して支払われる解約金(償還金)にして頭書金額
に満つるまで。
(4)Dは,平成15年7月28日に被上告人に送達された本件訴状をもって,
被上告人に対し,差押債権者の取立権に基づくものとして,Aの購入に係る本件受
益証券についての解約実行請求(以下「本件解約実行請求」という。)を行った。
(5)Dは,平成16年2月4日に死亡し,その子である上告人らがDを相続
し,本件訴訟におけるDの地位を承継した。
2本件は,本件被差押債権を差し押さえたDを相続した上告人らが,第三債務
者である被上告人に対し,本件解約実行請求に係る一部解約金として各351万0
490円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める取立訴訟である。
3原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人らの請
求を棄却した。
(1)本件受益証券に係る一部解約金支払請求権は,本件信託契約について一部
解約がされることを条件として発生するもので,その解約権は,販売会社である被
上告人ではなく,委託者であるB社が有する。上記の一部解約金支払請求権は,受
益者から解約実行請求がされただけではいまだ発生せず,B社による解約権の行使
によって初めて発生するものである。被上告人は,本件委託契約に基づき一部解約
金の支払等の事務を行うべき義務を負っているが,その義務は,B社に対するもの
であって,受益者に対するものではなく,本件信託契約の当事者でもない被上告人
が,受益者に対して,本件信託契約の一部解約に伴う一部解約金の支払義務を負う
ものではない。被上告人は,B社に対し,解約実行請求があったことを通知すると
ともに,一部解約金がB社から交付されたときにこれを受益者に交付する義務を負
うにすぎず,一部解約をすることができる適格に欠ける。受益者が被上告人に対し
て解約実行請求を行った場合に,被上告人がB社に解約実行請求があったことを通
知する義務を負い,その通知を受けたB社が一部解約を実行する義務を負うとして
も,いまだB社が解約をしていない段階で一部解約の効力が生ずると解することは
できない。
したがって,Aは,被上告人に対して一部解約金支払請求権を有するものではな
いから,D又は上告人らにおいても,被差押債権として,一部解約金支払請求権を
取得することはなく,本件差押命令等に係る差押えの権能として,B社に対して解
約の意思表示をすることもできないし,被上告人に対して解約実行請求をすること
もできない。
(2)上告人らは,被上告人が販売会社としての義務に反して,本件解約実行請
求があったことについてB社に通知することを怠りながら,一部解約金の交付がな
い以上支払に応じられないと主張するのは,クリーンハンドの原則に反する,ある
いは,故意に解約の実行を妨げたものとして民法130条が適用されるべきである
と主張するが,上記のとおり,受益者であるAから解約実行請求があっても被上告
人が一部解約金の支払義務を負うものではなく,D又は上告人らも被上告人に対し
て解約実行請求をすることができないから,被上告人が故意に一部解約の実行を妨
げたものと評価することはできず,上記主張はいずれも失当である。
4しかしながら,原審の上記判断のうち,以下の当裁判所の判断に反する部分
は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)以下のとおり,本件受益証券に係る販売会社である被上告人は,受益者に
対し,B社から一部解約金の交付を受けることを条件として,一部解約金の支払義
務を負い,受益者は,被上告人に対し,上記条件の付いた一部解約金支払請求権を
有するものと解するのが相当であり,そして,受益者の債権者は,受益者の被上告
人に対する上記条件付きの一部解約金支払請求権を差し押えた上,民事執行法15
5条1項に定める取立権の行使として,被上告人に対して解約実行請求の意思表示
をすることができ,この解約実行請求に基づくB社の一部解約の実行により,B社
から一部解約金が被上告人に交付されたときに,被上告人から上記一部解約金支払
請求権を取り立てることができるものと解するのが相当である。
ア本件約款の定めによると,本件信託契約に基づき,受益者は,B社に対し,
解約実行請求をすることができ,B社は,解約実行請求があった場合には,受益者
に対し一部解約を実行した上,原則として解約実行請求を受け付けた日の翌営業日
に販売会社の営業所等において一部解約金を支払う義務を負うものと解される。こ
の義務は,本件信託契約の委託者であり,本件受益証券の発行者であるB社が負う
ものであって,本件信託契約の当事者ではない被上告人ら販売会社の義務ではな
い。そして,一部解約の効力は,B社が一部解約を実行することによって初めて生
ずるものであり,受益者による解約実行請求の意思表示によって当然に生ずるもの
ではないと解される。
なお,本件委託契約は,被上告人が,本件受益証券に係る解約実行請求の受付や
一部解約金の支払等に関する業務を引き受けることを,B社との間で合意した業務
委託契約にすぎないから,これによって被上告人と受益者との間に一部解約金の支
払についての権利義務関係が生ずるものではない。
イしかしながら,本件取引規定は,被上告人と受益者との間の権利義務関係を
定めるものとして,受益証券等の解約の申込みは被上告人の店舗で受け付けるこ
と,解約金は取扱商品ごとに定められた日に被上告人の店舗にある受益者の指定預
金口座に入金することを定めており,本件受益証券の内容について定める本件約款
においても,受益者による解約実行請求はB社又は販売会社に対して行うものとさ
れているから,本件取引規定に基づき,被上告人は,受益者に対する関係で,受益
者から本件受益証券について解約実行請求を受けたときは,これを受け付けてB社
に通知する義務及びこの通知に従って一部解約を実行したB社から一部解約金の交
付を受けたときに受益者に一部解約金を支払う義務を負うもの,換言すれば,被上
告人は,受益者に対し,B社から一部解約金の交付を受けることを条件として一部
解約金の支払義務を負い,受益者は,被上告人に対し,上記条件の付いた一部解約
金支払請求権を有するものと解するのが相当である。
なお,本件約款によれば,解約実行請求は本件受益証券をもって行うものとされ
ているところ,販売会社の販売に係る本件受益証券は,当該販売会社が保護預りし
ており,記録によれば,保護預りに係る本件受益証券は,受託者であるC信託銀行
に大券をもって混蔵保管されていて,受益者に本件受益証券が交付されることは予
定されていないことがうかがわれるから,本件約款上は,直接B社に対して解約実
行請求を行う方法も認められているが,事実上,解約実行請求は販売会社を通じて
行う方法に限定されているのであって,このような取扱いの実態に照らしても,販
売会社である被上告人と受益者との間には上記のような権利義務関係があるものと
認めるのが相当である。
そして,上記のとおり,本件受益証券は受益者に交付されることが予定されてい
ないことからすれば,上記のような条件付きの一部解約金支払請求権は,債権差押
えの対象となるものと解すべきであり,本件被差押債権は,AがB社から購入した
本件受益証券に係るAの被上告人に対するこのような条件付きの一部解約金支払請
求権であるということができる。
ウ金銭債権を差し押さえた債権者は,民事執行法155条1項に基づき,自己
の名で被差押債権の取立てに必要な範囲で債務者の一身専属的権利に属するものを
除く一切の権利を行使することができる(最高裁平成10年(受)第456号同1
1年9月9日第一小法廷判決・民集53巻7号1173頁)。前記のとおり,本件
受益証券に係る受益者の被上告人に対する一部解約金支払請求権は,B社から被上
告人に対する一部解約金の交付を条件として効力を生ずる権利であるから,解約実
行請求をすることは,一部解約金支払請求権の取立てのために必要不可欠な行為で
あり,取立ての範囲を超えるものでもない。したがって,受益者の被上告人に対す
る一部解約金支払請求権を差し押さえた債権者は,取立権の行使として,被上告人
に対して解約実行請求の意思表示をすることができ,B社によって一部解約が実行
されて被上告人が一部解約金の交付を受けたときは,被上告人から上記一部解約金
支払請求権を取り立てることができるものと解するのが相当である。
(2)Dは,本件訴状の送達をもって被上告人に対して本件解約実行請求の意思
表示を行ったものであり,これは,差押債権者の取立権に基づくものとして,被上
告人に対してB社に対する本件解約実行請求の通知義務を生じさせるものというこ
とができる。
ところが,前記事実関係によれば,被上告人は本件解約実行請求があったことを
B社に通知しておらず,そのためB社も本件解約実行請求に基づく一部解約の実行
をしていないことがうかがわれる。前記のとおり,B社は,解約実行請求があった
場合には,受益者に対し,一部解約を実行して一部解約金を支払う義務を負ってい
るが,被上告人が上記通知をしなければ,B社による一部解約の実行及び一部解約
金の被上告人への交付によって前記条件が成就することはなく,被上告人は上告人
らに対して一部解約金の支払義務を負わないことになるというべきであるから,被
上告人が上記通知をしないことについて民法130条所定の要件が充足されるので
あれば,同条により前記条件が成就したものとみなされ,被上告人は,上告人らに
対して本件解約実行請求に基づく一部解約金の支払義務を負う余地がある。
(3)以上によれば,Aが被上告人に対して前記のような条件の付いた一部解約
金支払請求権を有することを認めず,上告人らが同請求権を差し押さえ,取立権の
行使として被上告人に対して解約実行請求の意思表示をすることも認められないか
のように判示し,これを前提に上告人らの民法130条に基づく主張を排斥した原
審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの
趣旨をいう限度において理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,同条に基
づく主張の当否等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこと
とする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官泉德治裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官
才口千晴裁判官涌井紀夫)

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