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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人宮崎正男の上告理由第一点ないし第三点について。
 一、論旨は、要するに、原判決が、本件土地建物は問題の譲渡前において訴外D
の所有であつたもので、上告人らの所有であつたことはなく、その売買行為もDが
上告人らの名義を冒用したものであつて、譲渡による所得はすべて同人に帰属し、
上告人らには全く無関係であつたとの事実を認定し、かつ、上告人A1が課税処分
前の調査の段階において被上告人税務署長の許に出頭して右の事情を説明した旨の
原審証人Eの証言を採用しながら、上告人らに本件土地建物に関する譲渡所得あり
としてなされた課税処分を無効でないとしたのは、理由不備の違法を免れず、また、
行政事件訴訟法三条四項の解釈適用を誤り、ひいて憲法三〇条に違反するものであ
る、というのである。
 二、よつて按ずるに、原判決引用の第一審判決の認定するところは、次のとおり
である。
 被上告人は、昭和三七年一一月二〇日、第一審判決添付第一目録記載の(一)(二)
土地の上告人A1名義から訴外F、同Gへの譲渡、右(一)土地上の同(三)建物の上
告人A2名義から上告人A1名義への譲渡につき、上告人らに昭和三五年中に譲渡
所得を生じたとして、上告人A1に対し、同年度所得税(第一審判決一〇枚目表五、
六行目に「昭和三七年度所得税」とあるのは、誤記と認める。)一一一万八四八〇
円、加算税二七万九五〇〇円、上告人A2に対し、本件係争外の土地一筆の譲渡を
も含めて、昭和三五年度所得税(第一審判決一二枚目表八行目に「昭和三七年度所
得税」とあるのは、誤記と認める。)八二万五七一〇円、加算税二〇万六二五〇円
の賦課の決定をしたが、右(一)(二)土地および(三)建物は、(一)(二)土地の譲渡前
において、すべてDの所有であつた。しかるに、被上告人が(一)(二)および(三)建
物の前記譲渡につき上告人らに譲渡所得ありとしたのは、以下述べるような事情の
もとに、主として登記簿の記載に拠るものであつた。すなわち、上告人らは夫婦で、
Dは上告人A2の姉の内縁の夫であるが、Dは、上告人らに無断で、自己所有(た
だし、登記簿上は第三者名義)の(一)(二)土地につき、昭和二八年六月一〇日、上
告人A1名義に所有権移転請求権保全の仮登記を、また、同じく自己所有(ただし、
登記簿上は第三者名義)の(三)の建物につき、昭和三二年(第一審判決六枚目表四
行目に「昭和三〇年」とあるのは、誤記と認める。)一一月一三日、上告人A2名
義に所有権移転登記を経由した。その後、Dは、自己の債務を返済するため(一)(
二)土地を売却する必要に迫られ、なお、(一)土地の売却には、同土地とその地上
の(三)建物との所有名義人を同一にしておくことが有利と考えて、上告人ら名義の
印章を無断購入して印鑑届をしたうえ、上告人ら名義の売買契約書、登記申請書、
委任状等を偽造し、これを行使して、(一)土地につき昭和三五年九月一三日上告人
A1に対する所有権移転の本登記を、(三)建物につき同日上告人A2より同A1に
対する所有権移転登記を経由したうえ、(一)土地を同年一〇月二八日、代金八五〇
万円でFに売り渡し、また、(二)土地につき同年一二月一三日上告人A1に対する
所有権移転の本登記を経由したうえ、同月二四日、これを代金三九万五一〇〇円で
Gに売り渡した。被上告人は、主として登記簿の記載に依拠しつつ、これに買受人
F、同Gに対する反面調査の結果を加え、さらに、昭和三六年三月一〇日および同
三七年九月二〇日の二回にわたり上告人A1に出頭を求めたが応じなかつたとして、
同年九月二六日、上告人らに対し昭和三五年度の譲渡所得の税額を通知したうえ、
同三七年一一月二〇日本件の決定に及んだが、上告人らからは適法な異議申立期間
内にその申立てがなかつた、というのである。
 三、これを要するに、(一)(二)土地は、いずれもDが、第三者名義で所有してい
たものを、ほしいままに、上告人A1名義に所有権移転請求権保全の仮登記を経由
し、その後七年余を経て同上告人名義に本登記を経由したうえ、同名義で他に売却
し、また、(一)土地上の(三)建物は、同じくDが、第三者名義で所有していたもの
を、ほしいままに、上告人A2名義に所有権移転登記を経由し、その後二年余を経
て、同名義で上告人A1に対する所有権移転登記を経由して、(一)土地の売却の便
宜を図つたものである、というのであつて、けつきよく、以上の各登記および(一)
(二)土地の売却は、Dが上告人らに無断でしたことで、上告人らは、(一)(二)土地
および(三)建物のいずれについても、これを所有したことはなく、したがつて、上
告人ら名義でなされたこれら土地建物の譲渡のいずれについても、被上告人主張の
譲渡所得を生ずるに由ないものであつた、というに帰着する。
 四、ところで、課税処分が法定の処分要件を欠く場合には、まず行政上の不服申
立てをし、これが容れられなかつたときにはじめて当該処分の取消しを訴求すべき
ものとされているのであり、このような行政上または司法上の救済手続のいずれに
おいても、その不服申立てについては法定期間の遵守が要求され、その所定期間を
徒過した後においては、もはや当該処分の内容上の過誤を理由としてその効力を争
うことはできないものとされている。
 課税処分に対する不服申立てについての右の原則は、もとより、比較的短期間に
大量的になされるところの課税処分を可及的速やかに確定させることにより、徴税
行政の安定とその円滑な運営を確保しようとする要請によるものであるが、この一
般的な原則は、いわば通常予測されうるような事態を制度上予定したものであつて、
法は、以上のような原則に対して、課税処分についても、行政上の不服申立手続の
経由や出訴期間の遵守を要求しないで、当該処分の効力を争うことのできる例外的
な場合の存することを否定しているものとは考えられない。すなわち、課税処分に
ついても、当然にこれを無効とすべき場合がありうるのであつて、このような処分
については、これに基づく滞納処分のなされる虞れのある場合等において、その無
効確認を求める訴訟によつてこれを争う途も開かれているのである(行政事件訴訟
法三六条)。
 もつとも、課税処分につき当然無効の場合を認めるとしても、このような処分に
ついては、前記のように、出訴期間の制限を受けることなく、何時まででも争うこ
とができることとなるわけであるから、更正についての期間の制限等を考慮すれば、
かかる例外の場合を肯定するについて慎重でなければならないことは当然であるが、
一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信
頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば、当該処分における
内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円
滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生
を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認
められるような例外的な事情のある場合には、前記の過誤による瑕疵は、当該処分
を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。
 五、これを本件についてみるに、上告人らは、前記のように、(一)(二)土地およ
び(三)建物のいずれをも所有したことがなく、その真の譲渡人はDであり、したが
つて、譲渡所得はほんらい同人に帰属し、上告人らについては全く発生していない
のであるから、本件課税処分は、譲渡所得の全くないところにこれがあるものとし
てなされた点において、課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵を帯
有するものといわなければならない。
 そして、上告人らが本件課税処分を受けるに至つた事情についてみるのに、原審
認定の事実関係を前提として考察すれば、本件課税処分の基礎資料となつたものは
(一)(二)土地および(三)建物に関する登記簿の記載であるが、その登記手続は、D
の偽造した上告人らの印章、上告人ら名義の売買契約書、登記申請書、委任状等に
よるものであつて(Fに対する反面調査において提出されたのも、右の売買契約書
および領収書等である。)、けつきよく、上告人らはDに名義を冒用されたのみで、
本件課税処分の基礎資料となつた登記簿の記載の現出等につきいかなる原因を与え
たものでもない、というに帰着する。
 要するに、上告人らとしては、いわば全く不知の間に第三者がほしいままにした
登記操作によつて、突如として譲渡所得による課税処分を受けたことになるわけで
あり、かかる上告人らに前記の瑕疵ある課税処分の不可争的効果による不利益を甘
受させることは、たとえば、上告人らが上記のような各登記の経由過程について完
全に無関係とはいえず、事後において明示または黙示的にこれを容認していたとか、
または右の表見的権利関係に基づいてなんらかの特別の利益を享受していた等の、
特段の事情がないかぎり、上告人らに対して著しく酷であるといわなければならな
い。
 しかも、本件のごときは比較的稀な事例に属し、かつ、事情の判明次第、真実の
譲渡所得の帰属者に対して課税する余地もありうる(論旨の指摘するところによれ
ば、原判決の言及する証人Eの証言は、上告人A1が被上告人のした呼出に応じて、
本件賦課の決定前の調査の段階において被上告人の許に出頭し、以上の事情を説明
した、というものである。はたして然りとすれば、たとえ法定の期間内に適法な異
議申立てがなかつたとしても、被上告人において、真実の所得者たるDに対して、
(一)(二)土地の譲渡につき所得税の賦課の決定をする余地も充分ありえたものとい
わなければならず、上告人らが適法な異議申立てをしなかつたからといつて、ただ
ちに、被上告人においてDに対する正当な課税の機会を逸したものということもで
きないのである。)ことからすれば、かかる場合に当該処分の表見上の効力を覆滅
することによつて徴税行政上格別の支障・障害をもたらすともいい難いのであつて、
彼此総合して考察すれば、原審認定の事実関係のみを前提とするかぎり、本件は、
課税処分に対する通常の救済制度につき定められた不服申立期間の徒過による不可
争的効果を理由として、なんら責むべき事情のない上告人らに前記処分による不利
益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合に該当
し、前記の過誤による瑕疵は、本件課税処分を当然無効ならしめるものと解するの
が相当である。
 六、そこで、進んで本件において、Dが(一)(二)土地につき上告人A1名義の仮
登記を、(三)建物につき上告人A2名義の登記を経由した経緯をみるのに、原判決
引用の第一審判決の認定するところによれば、Dは、昭和二八年頃上告人らから三
〇万円を借り受けたが、自己の経営する会社の事業が思わしくなかつたところから、
万一の場合の右借受金の担保として自己所有の(ただし、登記簿上は会社名義とな
つていた。)(一)(二)土地を上告人A1名義としておくよう内妻のH(上告人A2
の姉)に勧められ、また一つには、名義を変えておけば会社の債権者から差押えを
受けることも避けられると考えて、上告人らに無断で、昭和二八年六月(一)(二)土
地につき上告人A1名義に仮登記を経由し、また、同三二年一一月同様の趣旨で、
自己所有の(ただし、登記簿上は第三者名義となつていた。)(三)建物につき上告
人A2名義に所有権移転登記を経由した、というのである。これによると、上告人
らとDとの間には、実質上(一)(二)土地および(三)建物によつて担保される債権関
係があつたものということができ、これらの土地建物に対する上告人ら名義の前記
の仮登記および本登記は、必ずしも上告人らに不利益なものでないことが明らかで
あつて、以上のような上告人らとDらとの間の事実上の親族関係および貸借関係を
考慮すれば、かりに前記の各登記が、その当初において、Dが上告人らに無断でそ
の名義を冒用することにより経由されたものであるとしても、その後上告人らにお
いて、その事実を知りつつこれを容認したということも決してありえないことでは
なく、(一)(二)土地の売却によつてさきの貸金が回収されうるとすれば、上告人A
1名義をもつてする売却も、必ずしもその意に反するものとは限らないこととなる
筋合である。
 そして、かりに上告人らにおいて、Dがほしいままにした登記を事後的に容認し
ていた事実があり、または右登記上の表見的権利関係の存在によるなんらかの利益
を享受していた事実があるとすれば、その事情のいかんによつては、右権利関係の
誤認に基づく瑕疵の存する処分による不利益を上告人らに甘受させることも、あな
がち不当とするには当たらないと認められる余地が存するのである。
 七、しかるに原判決が、上記に指摘した諸点を顧慮することなく、本件課税処分
は課税要件のないところに課税したもので、その瑕疵は重大であるが、なお明白で
あるとはいいえないとして、これを無効でないと即断したのは、課税処分の無効に
関する法の解釈適用を誤つたか、または審理不尽、理由不備の違法があるものとい
うべく、論旨はけつきよく理由があり、原判決は破棄を免れない。そして本件は、
なお上記に指摘した点についてさらに審理する必要があるので、これを原審に差し
戻すべきものとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一
致で、主文のとおり判決する。
 裁判官岩田誠は退官につき評議に関与しない。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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