弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を知的財産高等裁判所に差し戻
す。
理由
上告代理人中村稔ほかの上告受理申立て理由第2について
1本件は,上告人が,著作権法(昭和45年法律第48号)の施行日である昭
和46年1月1日より前に公開された映画の著作権侵害を理由として,上記映画の
DVD商品である原判決別紙「被告商品目録」記載の各商品(以下「本件商品」と
いう。)を海外において製造して輸入し,頒布する被上告人に対し,民法709
条,著作権法114条3項に基づき,損害賠償を求める事案である。被上告人は,
上記映画の著作権の存続期間につき旧著作権法(昭和45年法律第48号による改
正前のもの。以下「旧法」という。)6条が適用されると考え,既に上記映画の著
作権の存続期間は満了したと誤信していたと主張するところ,被上告人が,本件商
品の輸入及び頒布をしたことにつき,過失が認められるか否かが争点となってい
る。
なお,上告人は,著作権法112条に基づき,本件商品の製造,輸入及び頒布の
差止め並びに本件商品及びその原版の廃棄をも請求するところ,原判決中,上告人
の上記の請求を認容すべきものとした部分については,被上告人が不服申立てをし
ておらず,当審の審理判断の対象となっていない。
2原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)谷口千吉が監督を担当し,新東宝株式会社を映画製作者として昭和25年
に公開された映画「暁の脱走」(以下「本件映画1」という。),今井正が監督を
担当し,上告人を映画製作者として同年に公開された映画「また逢う日まで」(以
下「本件映画2」という。)及び成瀬巳喜男が監督を担当し,新東宝を映画製作者
として昭和27年に公開された映画「おかあさん」(以下「本件映画3」とい
う。)は,いずれも,独創性を有する映画の著作物である(以下,本件映画1~3
を「本件各映画」と,谷口,今井及び成瀬を「本件各監督」とそれぞれ総称す
る。)。
(2)本件各監督は,それぞれ監督を担当した本件各映画の著作者の一人であ
り,上告人は,昭和38年4月20日までに,本件各監督に生じた本件各映画の著
作権を取得した。
(3)ア本件映画1の公開に当たり,その冒頭部分では,「新東宝映画」との表
示がされ,その後,題号,製作スタッフ,出演者等の表示がされ,最後に「監督
谷口千吉」との表示がされており,本件映画1のポスターにおいては,「監督・谷
口千吉」との記載がされている。
イ本件映画2の公開に当たり,その冒頭部分では,「東宝株式会社」との表示
がされ,その後,題号,製作スタッフ,出演者等の表示がされ,最後に「演出今
井正」との表示がされており,本件映画2のポスターにおいては,「今井正監督作
品」との記載がされている。
ウ本件映画3の公開に当たり,その冒頭部分では,「新東宝映画」との表示が
され,その後,題号,製作スタッフ,出演者等の表示がされ,最後に「監督成瀬
巳喜男」との表示がされており,本件映画3のポスターにおいては,「監督成瀬巳
喜男」との記載がされている。
(4)谷口は平成19年10月29日に,今井は平成3年11月22日に,成瀬
は昭和44年7月2日に,それぞれ死亡した。
(5)本件映画1の著作権は,平成15年法律第85号附則3条,昭和45年法
律第48号附則7条,旧法22条ノ3,3条1項,9条,52条1項の規定によ
り,少なくとも,著作者の一人である谷口が死亡した年の翌年から起算して38年
後の平成57年12月31日まで存続し,本件映画2の著作権も,上記各条項によ
り,少なくとも,今井が死亡した年の翌年から起算して38年後の平成41年12
月31日まで存続する。本件映画3の著作権は,平成15年法律第85号附則2
条,昭和45年法律第48号附則7条,旧法22条ノ3,3条1項,9条,52条
1項,著作権法54条1項の規定により,少なくとも,本件映画3が公表された昭
和27年の翌年から起算して70年後の平成34年12月31日まで存続する。
(6)しかるに,被上告人は,上告人の許諾を得ずに,海外において本件各映画
を複製して本件商品を製造し,遅くとも平成19年1月頃から,国内で頒布する目
的をもって本件商品を輸入し,国内で頒布した(以下,本件商品の輸入及び頒布の
行為を「本件行為」という。)。
(7)被上告人は,旧法の下において興行された映画の著作物(以下「旧法下の
映画」という。)の著作権の存続期間については,次のアないしウの考え方に基づ
き,本件各映画の著作権の存続期間は,公開から50年が経過した平成12年又は
平成14年に満了したと誤信していたから,本件行為について過失があったとはい
えない旨主張する。
ア旧法下の映画については,著作権の存続期間について一律に旧法6条が適用
される。
イ本件各映画は,団体名義で興行された映画であるから,著作権の存続期間に
ついては,旧法6条の適用のある団体名義の著作物に当たる。
ウ本件各映画は,いわゆる職務著作(以下,単に「職務著作」という。)とし
て,実際に創作活動をした本件各監督ではなく,映画製作者である上告人又は新東
宝が原始的に著作権を取得し,著作権の存続期間については,旧法6条が適用され
る。
3原審は,要旨,次のとおり判断して,上告人の損害賠償請求を棄却した。
旧法下の映画については,映画を製作した団体が著作者になり得るのか,どのよ
うな要件があれば団体も著作者になり得るのかをめぐって,学説は分かれ,指導的
な裁判例もなく,本件各監督が著作者の一人であったといえるか否かも考え方が分
かれ得るところである。このような場合に,結果的に著作者の判定を誤り,著作権
の存続期間が満了したと誤信したとしても,被上告人に過失があったとして損害賠
償責任を問うべきではない。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
旧法下の映画の著作者については,その全体的形成に創作的に寄与した者が誰で
あるかを基準として判断すべきであるところ(最高裁平成20年(受)第889号
同21年10月8日第一小法廷判決・裁判集民事232号25頁),一般に,監督
を担当する者は,映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与し得る者であり,本件
各監督について,本件各映画の全体的形成に創作的に寄与したことを疑わせる事情
はなく,かえって,本件各映画の冒頭部分やポスターにおいて,監督として個別に
表示されたり,その氏名を付して監督作品と表示されたりしていることからすれ
ば,本件各映画に相当程度創作的に寄与したと認識され得る状況にあったというこ
とができる。
他方,被上告人が,旧法下の映画の著作権の存続期間に関し,上記の2(7)アな
いしウの考え方を採ったことに相当な理由があるとは認められないことは次のとお
りである。
すなわち,独創性を有する旧法下の映画の著作権の存続期間については,旧法3
条~6条,9条の規定が適用される(旧法22条ノ3)ところ,旧法3条は,著作
者が自然人であることを前提として,当該著作者の死亡の時点を基準にその著作物
の著作権の存続期間を定めるとしているのである。旧法3条が著作者の死亡の時点
を基準に著作物の著作権の存続期間を定めることを想定している以上,映画の著作
物について,一律に旧法6条が適用されるとして,興行の時点を基準にその著作物
の著作権の存続期間が定まるとの解釈を採ることは困難であり,上記のような解釈
を示す公的見解,有力な学説,裁判例があったこともうかがわれない。また,団体
名義で興行された映画は,自然人が著作者である旨が実名をもって表示されている
か否かを問うことなく,全て団体の著作名義をもって公表された著作物として,旧
法6条が適用されるとする見解についても同様である。最高裁平成19年(受)第
1105号同年12月18日第三小法廷判決・民集61巻9号3460頁は,自然
人が著作者である旨がその実名をもって表示されたことを前提とするものではな
く,上記判断を左右するものではない。そして,旧法下の映画について,職務著作
となる場合があり得るとしても,これが,原則として職務著作となることや,映画
製作者の名義で興行したものは当然に職務著作となることを定めた規定はなく,そ
の旨を示す公的見解等があったこともうかがわれない。加えて,被上告人は,本件
各映画が職務著作であることを基礎付ける具体的事実を主張しておらず,本件各映
画が職務著作であると判断する相当な根拠に基づいて本件行為に及んだものでない
ことが明らかである。
そうすると,被上告人は,本件行為の時点において,本件各映画の著作権の存続
期間について,少なくとも本件各監督が著作者の一人であるとして旧法3条が適用
されることを認識し得たというべきであり,そうであれば,本件各監督の死亡した
時期などの必要な調査を行うことによって,本件各映画の著作権が存続していたこ
とも認識し得たというべきである。
以上の事情からすれば,被上告人が本件各映画の著作権の存続期間が満了したと
誤信していたとしても,本件行為について被上告人に少なくとも過失があったとい
うほかはない。
5以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法
令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れな
い。そこで,上告人の損害等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本
件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官那須弘平裁判官田原睦夫裁判官岡部喜代子裁判官
大谷剛彦裁判官寺田逸郎)

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