弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中210日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成10年4月1日から平成14年5月22日までの間,兵庫県a郡
b町xc番地所在のX区民会館に事務所を置く非財産区X区会の区長として,同区
会の業務全般を統括し同区会を代表して同区会に関する(同区民の総有に属する)
財産の管理等の業務に従事していたものであるが,
第1 (平成15年7月7日付け起訴状記載の公訴事実)
 別紙1記載の犯罪事実一覧表記載のとおり,平成10年6月30日から平成
11年3月23日までの間,前後10回にわたり,前記X区会事務所において,B
信用金庫b支店の財産区X区会区長A名義(当時)の普通預金口座及びC銀行b支
店の財産区X区会区長A名義(当時)の普通預金口座から払い戻して同区民のため
業務上預かり保管中の現金合計9050万円を,ほしいままに,自己の用途に費消
するためそれぞれ着服して横領した。
第2 (平成15年6月12日付け起訴状記載の公訴事実)
 別紙2記載の犯罪事実一覧表記載のとおり,平成11年4月5日から平成1
2年2月24日までの間,前後27回にわたり,前記X区会事務所において,第1
記載の各普通預金口座から払い戻して同区民のため業務上預かり保管中の現金合計
1億9800万円を,ほしいままに,自己の用途に費消するためそれぞれ着服して
横領した。
第3 (平成15年3月28日付け起訴状記載の公訴事実)
 別紙3記載の犯罪事実一覧表記載のとおり,平成12年4月10日から平成
13年3月15日までの間,前後29回(同表番号4と5,8ないし10,19な
いし21,25と26,30と31については,いずれもそれぞれを合わせて1回
とする。)にわたり,前記X区会事務所において,第1記載の各普通預金口座から
払い戻して同区民のため業務上預かり保管中の現金合計2億200万円を,ほしい
ままに,自己の用途に費消するためそれぞれ着服して横領した。
第4 (平成15年1月28日付け起訴状記載の公訴事実)
 別紙4記載の犯罪事実一覧表記載のとおり,平成13年4月2日から同年5
月30日までの間,前後10回(同表番号8と9,11と12については,いずれ
もそれぞれを合わせて1回とする。)にわたり,前記X区会事務所において,第1
記載の各普通預金口座から払い戻して同区民のため業務上預かり保管中の現金合計
1億1000万円を,ほしいままに,自己の用途に費消するためそれぞれ着服して
横領した。
第5 (平成15年3月5日付け起訴状記載の公訴事実)
 別紙5記載の犯罪事実一覧表記載のとおり,平成13年6月13日から平成
14年2月28日までの間,前後27回(同表番号13と14,19と20,21
と22,24と25,31と32の各事実は,いずれもそれぞれを合わせて1回と
する。)にわたり,前記X区会事務所において,第1記載の各普通預金口座等4預
金口座から払い戻して同区民のため業務上預かり保管中の現金合計2億900万円
を,ほしいままに,自己の用途に費消するためそれぞれ着服して横領した。
(証拠の標目)―括弧内の検で始まる数字は証拠等関係カードにおける検察官請求
証拠番号―
省略
 なお,検察官は,各別紙記載の各犯罪事実一覧表の番号ごとに業務上横領罪が成
立すると主張するところ,判示第3の別紙3記載の犯罪事実一覧表番号4(犯行
日,平成12年6月19日,起訴状記載の横領金額500万円)と5(犯行日,同
月20日,起訴状記載の横領金額100万円)については,被告人は,同月19日
までの段階で,被告人が経営ないし関与するF株式会社外2社の同月20日及び同
月21日に取引先に支払うべき金銭が不足することを認識し,その支払いにあてる
ため600万円を着服することとし,判示X区事務員Dに命じて同月19日に50
0万円,20日に100万円をそれぞれB信用金庫b支店から出金させ,これをそ
れぞれ各出金日に受け取った後,同月20日,被告人自身が他から工面した9万円
と合わせ609万円と
してF株式会社の担当者に渡すなどしており,これらの事実や関係証拠に照らす
と,判示第3の別紙3記載の犯罪事実一覧表番号4及び5は包括して1個の業務上
横領罪を構成すると認めるべきである。そして,この点は,判示第3の別紙3記載
の犯罪事実一覧表番号,8ないし10,19ないし21,25と26,30と31
の各事実,判示第4の別紙4記載の犯罪事実一覧表番号8と9,11と12,判示
第5の別紙5記載の犯罪事実一覧表番号13と14,19と20,21と22,2
4と25,31と32の各事実についても同様である(一方,これらのほかにも,
判示第3の別紙3記載の犯罪事実一覧表番号27及び28のように,一見すると包
括一罪と解されうるようなものもあるが,前記の各事実以外については各別に一罪
となると認めた。)。
(法令の適用)
 被告人の判示各所為は各別紙記載の各犯罪事実一覧表の番号ごとにいずれも(判
示第3の別紙3記載の犯罪事実一覧表番号4と5,8ないし10,19ないし2
1,25と26,30と31の各事実,判示第4の別紙4記載の犯罪事実一覧表番
号8と9,11と12,判示第5の別紙5記載の犯罪事実一覧表番号13と14,
19と20,21と22,24と25,31と32の各事実はそれぞれ包括して)
刑法253条に該当するところ,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法
47条本文,10条により犯情の最も重い判示第5の別紙5記載の犯罪事実一覧表
番号8の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処すること
とし,同法21条を適用して未決勾留日数中210日をその刑に算入することとす
る。
(事案の概要及び量刑の理由)
 本件は,財産区類似の団体の区長であった被告人が,自己が経営等する会社の資
金繰りに窮するなどし,判示のとおり,前後合計103回にわたり,同区民の総有
に属する預金合計8億950万円を着服横領した業務上横領の事案である。
1 まず,当事者間で争点となっている自首の成立についてはこれを認める。
 本件では,他人(主任弁護人)を介した自首の成否が問題となるところ,刑法
上の自首は,他人を介しても行うことができると解されるが,この場合は,その他
人は,捜査官に対し,犯人が誰であるかを申告し,犯人が行った犯罪の内容を明ら
かにしなければならず,また,犯人も,直ちに捜査機関に出頭できる状況にあるこ
とが必要であると解される。
 これを本件についてみると,被告人の公判供述など関係証拠によれば,被告人
は,本件各犯行が判示X区会に明らかになった後,平成14年5月27日,弁護人
に被告人がX区会の何億円にも上る金を業務上横領した旨を打ち明けて1時間程度
相談したこと,この相談では被告人が自首することも話し合われたこと,これを受
けて主任弁護人が同日神戸地方検察庁に赴いて同検察庁検察官に会って被告人と話
し合ったその犯行内容の概要を告げた上自首の手続につき相談したこと,そのころ
被告人は主任弁護人の指示があれば同検察庁に出頭できる用意をしていたこと,主
任弁護人が同検察庁検察官に会った当時同検察官は本件各犯行について把握してお
らず,同検察官は主任弁護人に対し裏付け書類などを持参して被告人を出頭させる
よう求めたこと,被
告人はこれを受けて同月30日に同検察庁に出頭し,被告人はその際自首したもの
として取り扱われたこと,しかし,その一方でX区会ないしその当時の区長Eはこ
れに先立つ同月29日に本件各犯行等につき被告人を告訴していたこと,等の事実
が認められるといえる。
 そして,被告人から本件犯行の概要を聞き,これを同検察官に告げたのが法律
専門職たる弁護士である主任弁護人であること,同検察官が同弁護人に対し直ちに
被告人を出頭させるようには求めず,裏付け書類を持参するよう指示したというこ
と等に照らすと,同検察官は,同月27日主任弁護人から自首の手続について相談
を受けた際,主任弁護人が述べた内容により,本件犯行を行った者が被告人であっ
て,その犯行内容が本件各犯行ないしこれを含むものであることを認識したと認め
るべきである。また,主任弁護人が裏付け書類を持参するように前記検察官に指示
されてこれに従ったのも,同弁護人が同月27日に同検察官に告げた内容ではいま
だ犯罪事実の申告に当たらないから改めて犯罪事実を申告することが必要になった
からではなく,申告
した犯罪事実に対する捜査を容易にするようこれに協力したにすぎないと認められ
る。
 この点,検察官は,この段階では本件各犯行の特定がなされていなかったと主
張するが,特にそのようにいうべき証拠はない。そして,例えば,通常の自首を考
えても,ある時間に犯人が警察官に対しある犯罪を犯したことを概括的に告げ,そ
の後警察官の質問に答えるなどしてその犯罪内容を特定していった場合において,
本件のように自首の成立時期が厳密に問題になったとしても,犯人と警察官の会話
の結果犯行内容が特定できた時点で自首が成立するのでなく,犯人が最初に警察官
に自己の犯行を概括的に告げた時点で自首が成立すると考えるのが相当と思われ
る。また,このように解さないと,警察官等の捜査官が犯人から犯罪の申告を概括
的に受けた時点でいったん犯人からの聞き取り等を中断し,他の確認方法をとった
場合には自首が成立し
なくなり,場合により自首の成否が捜査官の意思,行動によって左右されうる結果
になるともいえる。
 以上のとおりであって,本件においては,同月27日の時点では被告人が捜査
官のもとに出頭せず,したがってまた同日には自首調書が作成されていないなど,
外形的には同日においては自首の準備行為がなされただけであるようにみえるとし
ても,被告人は,同日,主任弁護人を介して,自発的に自己の犯罪事実である本件
各犯行を申告し,その処分を求めたと認められ,自首が成立する。
2 そこで続いてその犯情をみることとするが,第1に,本件では横領金額の多
さ,犯行期間の長さが特筆すべき規模に至っていることを指摘せざるを得ない。本
件は,約3年8か月間に,前後合計100回以上にわたる,被害額合計が8億円を
超える業務上横領の事案であり,一人により行われたものとしてはまれにみる巨大
業務上横領事案である。
 次に,その動機をみると,被告人は,本件犯行当時,自己の経営,関与する会
社の経営が立ち行かなくなっており,倒産するしかない状況になったことが分かり
ながら,経営者としてのプライドや家名,世間体に固執して会社を潰したくない等
と考え本件各犯行に及んだものであり,遊興費を得る等の目的ではないにしろ,犯
行に至る経緯や動機は自己中心的かつ短絡的であって,特に本件各犯行の被害額や
犯行期間にも照らすと,酌量の余地はほとんどない。また,各犯行の態様等をみて
も,被告人は,X区の事務員に対し,ほとんど日常的に出金を指示し,これを次々
と自己の経営等する会社につぎ込んでいったもので,常習的で規範意識の乏しい大
胆なものというほかなく,また,被告人は,各年度末に犯行が発覚することを免れ
るため,金融機関間
で預金を移動させて実態を反映しない残高証明書を発行させ,これを区会に提出し
て実際より多額の預金残高があるようにし,その上でさらにその後の横領行為を続
けていたもので,犯行には巧妙で計画的な面がある。
 しかも,被告人は,平成10年3月X区会の区長選挙に立候補して同区長に選
ばれたのであり,個人的な使途でX区民(区)の金に手を出すことが許されないと
熟知しながらその地位を悪用して区長就任後3か月も経過しない時期から各犯行に
及んだと認められるのであって,被告人自身が区民全体の信頼を裏切った面も大き
い。後記のとおり,本件ではX区会の経理やその監査態勢にも問題がなかったとは
いえないが,被告人はこれを悪用して各犯行の利益を全て得ていたのである。そし
て,前記のような大きな被害が発生しているのに対し,大部分は弁償未了であっ
て,今後被害が大きく回復される見込みも乏しく,被害感情も厳しい。
3 次に被告人に有利にしん酌すべき事情について検討する。
 前述のように,本件各犯行は遊興費等を得る目的でなされたものではなく,被
告人が本件各犯行を行うについてはそれなりに心苦しさを感じていたことが窺わ
れ,また被告人が本件各犯行をするようになって前記会社の放漫経営を行うように
なったという事実も認められない。また,本件では,被告人に引き込まれたという
べきとはいえ本件犯行の実行行為の前提となる預金引き出し等を被告人に命じられ
るまま安易に続けたX区会事務員(D)の存在も犯行拡大の一因となった面があ
り,この点を含め同区会の金銭管理及び監査態勢にも近時これだけの金銭を(構成
員のため)保持する組織としては不十分な面があった。被害額は大きいものの,被
害金の性質に鑑みると,本件各犯行によりX区の存亡や区民の生活それ自体に深刻
な影響があったとまでは
認められないともいえる。
 次に,これも前述のように,被告人は,X区会から告訴する旨告げられてから
でほとんど遅きに失するものではあるが自首しており,その後捜査や公判を通じて
も,本件各犯行やその経緯などにつき自己に不利な事実も素直に供述し,区民に謝
罪したいと述べるなど,反省していると認められ,自己名義の処分価値のある不動
産をX区会代表者に移転するなど被害弁償にも努めている。
 さらに,被告人はこれまで前科前歴を有さず,まじめに前記会社を経営するな
どし,地域社会に貢献する活動も行ってきたといえる。そして,被告人は既に30
0日以上の身柄拘束を受け,家族も本件によって故郷を離れざるを得なくなるなど
の立場に置かれ,被告人もまたこれを知るに及んで苦しんでいる等,既に相当の不
利益も受けている。家族が被告人の今後の監督を誓っていること,被告人の年令や
健康状態,またこれらに加え被告人がX区長の地位につくことなどはもはやないと
考えられるからことからして再犯のおそれもほとんどないというべきことなども被
告人のためにしん酌できる事情である。
4 このように,弁護人の指摘する被告人のためしん酌すべき事情は,動機が同情
できるほどのものではないという以外はほとんど正当であるといえ,そのほかにも
被告人に有利に解釈しうる事情がある。しかし,長期にわたり区長の地位を悪用し
続けて8億円もの巨額の金銭を横領した被告人の責任はあまりにも重大であり,こ
の犯罪事実を前にするとき,弁護人指摘の事情をはじめ,先に検討したような被告
人に有利な事情をいかに考慮しても,被告人に対し刑の執行を猶予することは到底
できないのみならず,被告人は主文の実刑を免れない。
  平成15年12月10日
神戸地方裁判所第11刑事係乙
裁判官   橋 本   一

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