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平成一一年(ワ)第五一八一号 著作権侵害差止等請求事件
平成一二年八月九日弁論終結
        判       決
  原       告   株式会社アイアールシー
         右代表者代表取締役   A
右訴訟代理人弁護士   高 橋   淳
  被       告   総合技研株式会社
右代表者代表取締役   B
         右訴訟代理人弁護士   平 井 宏 和
        主       文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
 二 訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙書籍目録記載の書籍を発行、販売、配付及びこれを複写し、第
三者をしてこれを販売、配付及び複写させてはならない。
二 被告は、別紙書籍目録記載の未発売の書籍及びその紙型を廃棄せよ。
三 被告は原告に対し、金一五三七万六〇〇〇円及びこれに対する平成一二年一
月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告が被告に対して、原告が出版した書籍に記載されている自動車
部品に関するマーケットリサーチにより得たデータを被告がそのまま盗用し、ある
いはデータの数値をわずかだけ改変するなどして被告が出版する書籍に記載したこ
とが原告の著作権及び著作者人格権を侵害し又は一般不法行為を構成するとして、
著作権法一一二条一項に基づき侵害行為の差止め等を求めるとともに、著作権法一
一四条二項、民法七〇九条に基づき損害賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実等
  1 当事者
(一) 原告は、書籍の編集、出版及び販売並びに各種企業、各種産業の製品
と販売網の調査及び研究とその情報提供に関する業務等を目的とする株式会社であ
る。
(二) 被告は、市場調査業務並びに市場調査に関する図書等の出版及び販売
等を目的とした株式会社である。
  2 原告書籍
 原告は、平成五年に「自動車部品二〇〇品目の生産流通調査」という書籍
を出版して以降、平成八年八月に同書籍の一九九六年版(甲一)を、平成一一年八
月に同書籍の一九九九年版(甲二)をそれぞれ出版している。
 また、原告は、平成七年九月に「カーエレクトロニクス部品の生産流通調
査」という書籍の第三版(甲三)を出版している(以下、「自動車部品二〇〇品目
の生産流通調査」の一九九六年版及び「カーエレクトロニクス部品の生産流通調
査」の第三版を合わせて「原告書籍」という。)
 原告書籍は、いずれも原告が行った自動車部品に関する生産流通状況につ
いての調査結果をマトリックス形式により記載したデータ部分(以下「本件デー
タ」という。)と、同データの内容について原告が考察を加えている記述部分(図
面を含む。)から構成されている。
  3 被告書籍
 被告は、平成一一年六月三〇日に「主要自動車部品二五〇品目の国内にお
ける納入マトリックスの現状分析(九九年版)」という書籍(乙一、以下「被告書
籍」という。)を出版している。
 被告書籍は、自動車部品に関する部品メーカーの納入実績を自動車メーカ
ー別にマトリックス形式により記載した部分(以下「被告データ」という。)と、
自動車部品の部品メーカーの会社概要を表形式にして記載した部分及び各自動車部
品についての説明をした記述部分(図面を含む。)から構成されている。
4 原告が、被告データのうち、本件データの盗用であると主張するデータ
は、別紙1の被告書籍欄記載のページに掲載されたデータであり、右データに対応
する本件データは、同表の「自動車部品二〇〇品目の生産流通調査(一九九六年
版)」欄若しくは「カーエレクトロニクス部品の生産流通調査(第三版)」欄記載
の各ページに掲載されたデータである。別紙2は本件データの掲載例であり、別紙
3は被告データの掲載例である。
なお、原告は、「自動車部品二〇〇品目の生産流通調査」の一九九九年版
についても被告によって盗用がなされた旨主張するが、同書籍は被告書籍の出版よ
りも後に出版されたものであることが明らかであるうえ、原告は被告が同書籍から
データを盗用したなどの具体的主張は何ら行っていないから、同書籍について不法
行為を検討する余地はない。
 三 本件の争点及び争点についての当事者の主張
1 本件データが著作物性を有するか。また、同部分について不法行為による
侵害に対して保護されるべき財産的経済的利益があるといえるか。
 (原告の主張)
(一) 著作物性について
原告書籍は、わが国の自動車メーカーの自動車部品の主要な部品別調達
状況に関する調査、研究の結果を縦断的・横断的にまとめて表現した書籍であり、
わが国のみならず世界においても他に類を見ない書籍である。本件データにはすべ
て原告が独自に取材、調査し、それを総合的に判断し研究した結果である数値が記
載されているところ、右数値は原告の思想を創作的に表現したものであるから、同
部分が著作権法上の著作物であることは明らかである。
(二) 一般不法行為法における要保護利益について
本件データは、原告が多額の費用、時間及び人員を費やして行った調
査、研究によって獲得した成果であり、他に類を見ない独創的なものである。
 原告書籍を購入している多くの企業と原告との間では本件データを無断
使用しない旨の覚書が取り交わされて著作物と同様の権利性が承認されるなど、本
件データは関係者の間で高く評価されており、その財産的経済的価値は極めて高
い。
 また、原告書籍に記載されたデータ(素材)は、それぞれ書籍の発行時
点のものではあるが、この種のデータは最新のデータだけがあれば足りるものでな
く、過去のデータと対比することで初めて各種研究・事業計画を進めるうえで意義
を有することとなるのであるから、たとえ時間が経過しても過去の一時点でのデー
タとしての学術的、産業的及び財産的価値を失うものでない。
 したがって、本件データは不法行為による侵害に対して保護されるべき
財産的経済的利益を有している。
(被告の主張)
(一) 著作物性について
本件データが著作物性を有するとの点は否認する。
 ある著作が著作物といえるためには、「思想又は感情を創作的に表現し
たものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法二条
一項一号)であることが必要であり、その作品自体に思想又は感情が創作的に表現
されていなければならない。
 素材としての事実やデータは、それを認識する者の思想や感情に左右さ
れない客観的な事象であり創作性を欠くものであるから、それが知的活動の結果と
して発見ないし取得されたものであったとしても、それ自体が著作物性を持つとは
いえない。
原告書籍は、自動車部品メーカー及びカーエレクトロニクス部品メーカ
ー等の会社名、納入先の自動車メーカー別の自動車部品の調達量及び納入量、シェ
ア割合等の調達状況や相互関係をまとめたものであるが、会社名、調達量及び納入
量、シェア割合等は事実若しくはデータであり、それを表現したものは思想又は感
情を創作的に表現したものではない。
したがって、本件データは著作権法上の著作物には該当しない。
(二) 一般不法行為法における要保護利益について
 本件データが不法行為による侵害に対して保護されるべき財産的経済的
利益を有しているとの点は否認する。
 一般に、マーケットリサーチにおけるデータの価値は時間と共に不可避
的に劣化し、時系列的にデータを見る必要があるなど特定の場合を除いて、一定期
間経過後には商品的価値はほとんどなくなる。とりわけ、本件データのように自動
車業界における部品調達に関するマーケットリサーチデータの価値は、自動車業界
の再編成等が著しいために劣化の速度は速く、三年も前のデータでは全く役に立た
ない。本件データは「自動車部品二〇〇品目の生産流通調査」の一九九六年版及び
「カーエレクトロニクス部品の生産流通調査」の第三版(平成七年版)に記載され
たものであり、被告書籍が出版された平成一一年六月三〇日時点ではデータの価値
はなかったといえる。
 したがって、本件データは不法行為の被侵害利益としては保護されな
い。
2 被告が被告データの作成にあたって、本件データを盗用、改変したと認め
られるか。
 (原告の主張)
 被告は被告データの作成にあたり、本件データをそのまま転記して盗用し
たり、シェアの割合を許容される限度内で改変して転記している。このことは原告
の調査ミスにより間違って原告書籍に記載されたデータが被告書籍にそのまま転記
あるいは数値を若干変えて記載したものが多数存在することから明らかである。こ
のような盗用及び改変は、被告書籍の掲載部品数の七三・六%という膨大な量に及
んでおり、原告書籍の全面的複製に等しいものである。
 (被告の主張)
 被告が被告データの作成にあたって、本件データを盗用ないしは改変して
記載したとの点は否認する。原告書籍と被告書籍との間には同一性がない。
 被告は、創業以来、独自にマーケットリサーチを行い、その成果を発表、
出版してきたのであって、被告書籍も被告独自の調査に基づくものであり、原告書
籍に依拠して作成されたものではない。
3 原告の損害の有無及び損害額
(原告の主張)
(一) 被告書籍の販売による原告の損害  一一三七万六〇〇〇円
(1) 被告は顧客に対して、直接あるいは代理店を介して被告書籍を一冊九
万四八〇〇円で販売している。
(2) 被告は、被告書籍を出版して以降平成一一年一二月までに少なくとも
一五〇冊販売している。かかる販売による被告の利益は、一冊当たり七万五八四〇
円(販売価格の八割)であり、総額で一一三七万六〇〇〇円を下らない。
(3) 被告の侵害行為による原告の損害額は、被告が得たであろう右利益の
額と同額であると推定することができる。
(二) 弁護士費用                 四〇〇万円
(三) 合計一五三七万六〇〇〇円
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 著作物性について
 著作権法の保護を受ける著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したも
のであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法二条
一項一号)。したがって、ある著作物が著作権法の保護を受けるためには、その著
作物は「思想又は感情」が表現されたものでなければならない。
 しかしながら、本件データは、自動車部品メーカー及びカーエレクトロニ
クス部品メーカー等の会社名、納入先の自動車メーカー別の自動車部品の調達量及
び納入量、シェア割合等の調達状況や相互関係のデータをまとめたものであって、
そこに記載された各データは、客観的な事実ないし事象そのものであり、思想又は
感情が表現されたものではないことは明らかである。
 原告は、本件データは原告が独自に取材、調査し、それを総合的に判断し
研究した結果であり、そこには原告の思想が創作的に表現されていると主張する。
しかし、原告が主張していることは、原告の一定の理念あるいは思想のもとに本件
データの集積行為が行われたということにすぎないのであって、集積された客観的
データ自体が思想性を帯びることはないから、原告の右主張は失当というべきであ
る。
 よって、本件データは著作物性を有しない。
  2 一般不法行為法における要保護利益について
 前項に述べたとおり、データ自体は、仮にその集積行為に多額の費用、時
間及び人員を費やしたものであったとしても著作権法の保護の対象となるわけでは
ない。しかしながら、このような情報の集積行為及びそれによって得られた情報の
全てが法的に保護すべき価値を有しないというわけではなく、このような情報が特
別法により保護される場合(不正競争防止法二条一項四号ないし九号)は存する
し、一定の場合には、民法七〇九条によって保護されることがないとはいえない。
しかしながら、本来何人であっても接することができ、あるいは利用することがで
きる客観的な情報(ないしデータ)について、特定の者に排他的な権利を付与する
ことはそれ以外の者が当該情報を利用する機会を奪い、その活動を制約するもので
あるから、前記のような特別の法の規定がないものについて一般規定である民法七
〇九条による保護を与えることは慎重でなければならない。
 これを本件についてみると、本件データは「自動車部品二〇〇品目の生産
流通調査」の一九九六年(平成八年)版及び「カーエレクトロニクス部品の生産流
通調査」の第三版(平成七年版)にそれぞれ記載されたものであるが、これらのデ
ータは、原告が主張するとおり、自動車部品の流通業界においては有用性が高いも
のであると認められるから、原告書籍が発刊された平成七年又は平成八年当時にお
いては一定の財産的経済的価値を有し、保護され得たと解する余地がある。しかし
ながら、原告書籍が発刊された後においては、右データはだれもが利用可能な状態
に置かれたことになるから、発刊直後に原告書籍をデッドコピーした書籍を発行す
るといった行為を除いて、そのような状態に置かれた右データを利用する行為が直
ちに不法行為を構成するということはできない。また、本件データのようにマーケ
ットリサーチによって得られたデータの価値は、一般に時間と共に不可避的に劣化
していく性格のものであり、時系列的にデータを対比して見る必要があるなど特定
の場合を除いては、複数年経過後における商品的価値はほとんどなくなるというべ
きである。とりわけ自動車業界における部品調達に関するマーケットリサーチデー
タについては、今日見られるように自動車業界の再編成は著しいものがあることに
加え、技術の進展や消費者のニーズの多様化等により各自動車メーカーにおいて自
動車のモデルチェンジが頻繁に行われるなど自動車部品の調達状況、シェア割合が
刻々と変化していることにより、その価値の劣化は著しいというべきである。した
がって、自動車業界における部品調達に関して、二、三年も前に集積されたデータ
には、第三者による無断使用行為に対して法的な保護に値するだけの価値を認める
ことはできない。
 そして、本件データは、被告書籍が出版された平成一一年六月三〇日時点
において、既に市場に置かれてから三、四年が経過しているのであるから、このよ
うなデータは不法行為による侵害に対して法的な保護に値するだけの価値を有して
いないというべきである。
 よって、不法行為に基づく原告の請求も理由がない。
 二 結論
 以上判示したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原
告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用について
は、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第九部
裁判長裁判官   野  田  武  明
裁判官   橋  本  都  月
裁判官   富  岡  貴  美
(別紙)  書籍目録
 「主要自動車部品二五〇品目の国内における納入マトリックスの現状分析
(九九年版)」
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