弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

事件番号:平成20年(レ)第4号
事件名:礼金返還請求控訴事件
裁判年月日:H20.9.30
裁判所名:京都地方裁判所
部:第2民事部
結果:控訴棄却
判示事項の要旨:控訴人は,被控訴人との間で締結した賃貸借契約に基づい
て,被控訴人に礼金18万円を交付したが,同賃貸借契約に
は,賃貸借契約終了時に礼金を返還しない旨の約定が付され
ており,被控訴人から礼金18万円が返還されなかったこと
から,この礼金を返還しない旨の約定が消費者契約法10条
により全部無効であるとして,被控訴人に対し,不当利得に
基づき,礼金18万円及びこれに対する遅延損害金の支払を
求めた(1審では請求棄却。これに対し,礼金約定が信義。)
則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるような
事情は認められないから,礼金約定が消費者契約法10条に
反し無効であるということはできないとした事例
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,18万円及びこれに対する平成16年11月3
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,控訴人が,被控訴人との間で締結した賃貸借契約に基づいて,被控
訴人に礼金18万円を交付したが,同賃貸借契約には,賃貸借契約終了時に礼
金を返還しない旨の約定が付されており,被控訴人から礼金18万円が返還さ
れなかったことから,この礼金を返還しない旨の約定が消費者契約法10条に
より全部無効であるとして,被控訴人に対し,不当利得に基づき,礼金18万
円及びこれに対する約定の礼金返還期日の翌日である平成16年11年3日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案
である。
原審は,礼金を返還しない旨の約定は有効であるなどとして,控訴人の請求
を棄却したことから,控訴人がこれを不服として,控訴した。
2争いのない事実等(認定に供した証拠は末尾に掲記以下,特に断らない限
り,月日は平成16年のものである)。
(1)控訴人は,3月17日,被控訴人との間で,次の約定で賃貸借契約を
締結した(甲4,乙1(以下「本件賃貸借契約」といい,本件賃貸借契約)
の対象物件を以下「本件賃貸物件」という。。)
ア対象物件X704号室
イ所在地京都市a区b町c番d
ウ賃料月額6万1000円
エ賃貸期間3月20日から平成17年3月19日まで
オ礼金礼金は18万円とし,本件賃貸借契約締結後は,賃借
人は,賃貸人に対し,礼金の返還を求めることはでき
(,「」。)。ない契約書7条1項以下本件礼金約定という
カ更新料1年ごとに賃料の2か月分
(2)控訴人は,本件賃貸借契約締結の際,本件賃貸借契約を仲介した株式
会社長栄ホーム(以下「長栄ホーム」という)に対し,礼金18万円を交。
付した(甲3(以下「本件礼金」という。)。)
(3)長栄ホームの宅地建物取引主任者であったAは,3月20日,控訴人
に対し,本件賃貸借契約について,重要事項の説明を行い,その際,本件
(,,,賃貸借契約終了時に礼金が返還されないことを説明した甲29乙5
7。)
(4)控訴人からの解約通知により,本件賃貸借契約は10月13日に終了
し,控訴人は,同日,被控訴人に対し,本件賃貸物件を明け渡した。
3争点とこれに関する当事者の主張
(1)本件礼金約定と消費者契約法10条前段
(控訴人の主張)
本件礼金約定は,消費者契約法10条所定の民法,商法その他の法律の公
の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又
は消費者の義務を加重するものに該当する。
ア礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払
を強要されている金員であるとみるほかないが,仮に,礼金を賃借権設定
の対価や謝礼であると考えたとしても,賃貸人の義務である目的物を引き
渡して,これを使用収益させることの対価として,賃借人に賃料以外の金
員の支払を強要することになるから,本件礼金約定は,民法601条,6
06条,616条,598条に比して,賃借人の義務を加重するものとい
える。
イ礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払
を強要されている金員であるとみるほかないが,仮に,礼金を賃借権確保
の対価と考えたとしても,賃貸人は礼金を返還することなく,賃貸借契約
の義務を履行するまでに,賃貸借契約を解約することができるが,その反
面,賃借人は手付け倍返しを請求できずに賃貸借契約の解約を甘受しなけ
ればならない点で,民法559条,557条に比して,賃借人の権利を制
限するものといえる。
ウ礼金を,仮に,賃料の前払と考えたとしても,賃借人が賃貸物件を社会
通念上通常の使用方法により使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は
価値の減少を意味する通常損耗については,賃料支払によって,これを回
収するのが通常であって,賃貸借契約の本質に合致するものであるから,
礼金という方法により,通常損耗による減価の回収をすることは,社会通
念や賃貸借契約の本質に反し,賃借人に予期しない特別の負担を課すこと
になる。
また,賃借人に特別の負担を定めた特約が有効であるといえるには,少
なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸
借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では
明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明
確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特
約が明確に合意されていることが必要であるのに,礼金と形を変えれば,
容易に上記特約の有効性が肯定され,予期しない特別の負担を課されるこ
とになる。
エ本件礼金約定によれば,本件賃貸借契約が1年の契約期間の途中で解約
された場合であっても,礼金は全額返還されないこととなるが,礼金が賃
料の一部前払であるとすれば,使用収益していない期間の割合に応じて返
還されなければならないはずであるから,それが返還されないとする本件
礼金約定は,民法601条に定める賃料支払義務を加重し,又は建物賃貸
借において賃料の支払を月払とした同法614条に比して,多額の賃料支
払を加重する条項である。
(被控訴人の主張)
本件礼金は,①賃借権設定の対価②賃料の前払という複合的な性質を有す
るものであり,賃料の支払義務は民法に定められているから,本件礼金約定
は,消費者契約法10条所定の民法,商法その他の法律の公の秩序に関しな
い規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務
を加重するものに該当しない。
ア単に名目が「賃料」か否かという形式的な解釈をすれば「賃料(民法,」
601条)という名目以外の金員の支払を内容とする契約条項は,すべて
消費者契約法10条前段の要件に該当することとなり,そうなれば,これ
まで礼金や更新料などが社会的に広く利用されてきたという実態に合致し
ないし,また,賃料以外の名目による金員の徴求は使用収益と対価性がな
いという発想そのものが契約当事者の合理的意思とかい離している。
イ礼金が賃料の前払という性質を有するということは,月々の支払か,前
払一括かという支払方法に相違があるものの,名目上の「賃料」と同じ賃
貸目的物の使用収益の対価としての性質を有するということである。
また,本件賃貸借契約締結時において,控訴人は,礼金が返還されない
こと,すなわち,自らの本件賃貸物件使用の対価として,賃貸借契約締結
時に一定額の経済的負担を伴うことについて,十分説明を受け,それを理
解しているから,賃借人に予期しない特別な負担は存在しない。
ウ賃借人が契約期間内に中途解約をするなどによって,賃貸借契約が終了
した場合に,実際の賃貸期間に応じて礼金が精算されない点については,
賃借人が礼金の支払により受けるべき利益を自ら放棄したものと評価でき
る。
(2)本件礼金約定と消費者契約法10条後段
(控訴人の主張)
本件礼金約定は,消費者契約法10条所定の民法1条2項に規定する基本
原理である信義則(以下「信義則」という)に反して消費者の利益を一方。
的に害するものである。
ア礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払
を強要されている金員であるとみるほかない。礼金を返還しない旨の約定
は,このように不合理なものであるとともに,また,その趣旨も不明確で
ある。なお,礼金を返還しない旨の約定が明確であるためには,少なくと
,,,,も記載及び説明の明確性が求められるのであって単に礼金の金額や
礼金が返還されないことを記載しているだけでは足りない。特に,本件に
おいては,Aは,本件賃貸借契約が締結された3月17日よりも後である
同月20日になって初めて,重要事項説明書を控訴人に交付している。こ
れは,宅地建物取引業法35条1項,6項にも違反する上に,控訴人が礼
金の法的性質や趣旨について,全く説明を受けていなかったことを裏付け
る。
イ情報力・交渉力の点において圧倒的優位な立場にある賃貸人は,自ら又
は専門業者に委託して,定型的な契約書をあらかじめ作成しておき,その
中に,賃借人の利益を一方的に害して自らの利益を図る礼金のような不当
条項を組み込ませておくことで,不当に利益を得ることができる。他方,
賃借人は,そのような条項も含めて契約全体を承諾して締結するか,これ
を拒否するかの自由しか有しておらず,交渉によって不当条項を変更させ
る余地はおよそ存在しない。
ウ平成5年1月29日当時の建設省は「内容が明確,十分かつ合理的な,
賃貸借契約書の雛形(モデル」として「賃貸住宅標準契約書(甲14),」
)。(),「()の2・3を作成した同賃貸住宅標準契約書甲14の3には3
賃料等」という項目において「その他一時金」という記入欄があるが,,
建設委員会議録(甲15)によれば,この記入欄は,賃貸借契約時に賃借
人から交付される一時金の徴求を全面的に容認したものでなく,むしろ,
賃貸住宅標準契約書の作成に関与した政府委員としては,できるだけ一時
金の徴求を排除する方向付けを探ろうとしていたのであり,そのため,賃
貸住宅標準契約書には「礼金」などの項目が設けられなかった。
エ礼金は,公営住宅法20条,旧住宅金融公庫法(以下「旧公庫法」と,
いう)35条1項,同法施行規則10条1項,特定優良賃貸住宅の供給。
の促進に関する法律3条6号,同法施行規則13条等において禁止されて
おり,特に,旧公庫法においては,違反した賃貸経営者には罰則が定めら
れている(同法46条1項1号。)
オ本件礼金は18万円であり,これは賃料の約2.95か月分に当たると
ころ,本件賃貸借契約においては,1年ごとに更新料として賃料の2か月
分に相当する金員の支払が必要とされている。そうすると,賃借人は,1
年目については14.95か月分の賃料に相当する金員を,2年目以降に
ついては14か月分の賃料に相当する金員を,1年間に支払わなければな
らないこととなるから,賃料2.95か月分の礼金というのは明らかに過
大である。しかも,控訴人は,わずか7か月あまりで退居したから,9.
95か月分(約1.42倍)の家賃を支払わされたこととなり,この観点
からも,著しく過大な負担というべきである。
カ平成17年3月ころの首都圏,愛知,京阪神の3大都市圏における礼金
等の額を調査した結果(甲18)によれば,京滋地域の礼金の平均額は賃
料の2.7か月分(敷金のない物件に限れば3.3か月分になる)であ。
り,首都圏(1.5か月)や愛知(1.1か月)の平均に比して,突出し
て高率である。しかも,本件では,京滋地域における礼金の平均額を上回
る賃料2.95か月分の礼金が徴求されている。
キ礼金は,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修繕費用を二重
取りするものにほかならない。
(被控訴人の主張)
信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものといえるためには,消
費者保護だけでなく,契約者の選択の責任,取引の安全,私的自治などの見
地から,当該条項を有効とすることによって消費者が受ける不利益と,その
条項を無効とすることによって事業者が受ける不利益とを総合的に衡量した
上で,消費者の受ける不利益が均衡を著しく失するほどに一方的に大きいと
いえることが必要であるところ,本件礼金約定により,控訴人の受ける不利
益が均衡を著しく失するといえるほどに一方的に大きいということはできな
いから,本件礼金約定は,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するも
のといえない。
ア本件礼金約定は,①賃借権設定の対価②賃料の前払という性格を有する
ものであり,十分な合理性を有している。そして,控訴人は,礼金の支払
により,本件賃貸物件における賃借権設定という利益を得ているほか,賃
貸物件の使用収益,契約期間の保護という利益を享受している。
イ礼金の設定は,地域による差異こそあれ,長きにわたり,慣行として社
会的に承認されてきたこと,借地借家に関する法改正においても,礼金等
の規制について,議論の対象になっていたのに,現行の借地借家法では,
礼金等に対する規制がなされていないことからすれば,立法者の意思とし
て,礼金の合意そのものが不合理なものとして法的規制を及ぼすのではな
く,その内容が民法90条に違反するような場合を除き,私的自治に委ね
るべきとの判断が示されていると考えるべきである。
ウ礼金の法的性質などについて,控訴人に対し,事前に専門的な説明がな
くても,被控訴人は,契約書の記載や重要事項説明により,礼金の支払が
契約時に必要となることのほか,礼金の額や,礼金は賃貸借契約終了後も
,,還付されないことなど賃借人の経済的負担について明確にしているから
控訴人が本件賃貸借契約を締結するか否かの判断を可能にするのに必要十
分な情報を提供している。
エ建物賃貸借契約は一般に広く行われる契約であり,賃貸物件の広告など
において「賃料「敷金(保証金「礼金「更新料」という用語は広,」,)」,」,
く用いられており,しかも,礼金は,その法的性質は別論として,敷金と
は異なり,後に返還されないことは一般に広く理解されている。
そして,今日,賃貸物件の情報はインタ−ネットや情報雑誌等により巷
に溢れており,消費者は,瞬時にかつ容易に比較対照できる情報を入手す
ることができ,その上で,賃貸物件の選択に当たり,賃料や更新料,礼金
といった負担を賃貸物件の使用収益の対価として認識し,どの賃貸物件を
選択するのが経済的合理性を有するか判断して,契約の申込みを行ってい
るのであるから,賃貸人と賃借人との間に,法が介入すべき情報の格差は
存在しない。
オ京都市内においては,賃貸物件の約20%に空室があり,場所によって
は30%の空室がある賃貸物件も存在する。このように,賃貸物件の市場
はいわば借り手市場であり,賃借人は,空室に苦しむ賃貸人よりも,むし
ろ賃貸物件の選択において有利な立場にある。また,礼金が設定されてい
ない賃貸物件(公団・市営住宅・住宅金融公庫等の融資物件)も多数ある
から,賃借人は,礼金のない物件を選ぶことも可能である。
カ被控訴人は,本件賃貸借契約において,礼金や更新料などを含めて全体
の収支を計算し,その上で月額賃料額を設定している。
キ本件礼金は,被控訴人の収入となり,税務申告をして税金を支払った上
で,賃貸経営の諸経費,生活費などに既に使用されている。仮に,本件礼
金約定が無効となれば,他の賃貸物件の賃貸借関係にもその影響が波及す
ることになるが,そうなれば,被控訴人は,賃貸物件の経営において種々
のリスクを負っているのに,消費者契約法が施行された平成13年4月1
日以降に締結したすべての賃貸借契約について,受け取った礼金を返還し
なければならなくなるという不測の損害を被ることになる。
第3争点に対する判断
1争点(1(本件礼金約定と消費者契約法10条前段)について)
被控訴人は,本件礼金は,①賃借権設定の対価②賃料の前払という複合的な
性質を有するものであり,賃料の支払義務は民法に定められているから,本件
礼金約定は,消費者契約法10条所定の民法,商法その他の法律の公の秩序に
関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の
義務を加重するものに該当しないと主張する。
しかし,本件礼金は,少なくとも賃料の前払としての性質を有するものとい
うべきであるところ,このことは,建物賃貸借において,毎月末を賃料の支払
時期と定めている民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重していると考
えられるから,本件礼金約定は,民法,商法その他の法律の公の秩序に関しな
い規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を
加重する約定であるというのが相当である。
したがって,争点(1)に関する控訴人の主張は理由がある。
2争点(2(本件礼金約定と消費者契約法10条後段)について)
(1)控訴人は,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害
するものであると主張するので,以下,検討を加える。
(2)控訴人は,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が
,,,一方的に支払を強要されている金員であるから本件礼金約定は不合理で
その趣旨も不明確なものであると主張する。
しかし,賃料とは,賃貸人が,賃貸物件を賃借人に使用収益させる対価と
して,賃借人から受領する金員であるところ,民法614条は,建物賃貸借
,,,において毎月末を賃料の支払時期と定めているがこれは任意規定であり
賃貸借契約成立時に賃料の一部を前払させることも可能であり,また,上記
のような賃料の性質からすれば,賃料という名目で受領したか否かにかかわ
らず,賃貸人が賃貸物件を使用収益させる対価として受領した金員が賃料に
該当する。
そして,本件賃貸借契約のように,一般消費者に居住の場を提供すること
を目的とする建物賃貸業においては,賃貸物件が物理的,機能的及び経済的
に消滅するまでの期間のうちの一部の期間について,賃貸物件を使用収益す
ることを基礎として生ずる経済価値に,賃貸物件の使用収益に際して通常必
要となる必要諸経費等を加算したものを賃料として回収することにより,業
務が営まれるが,賃貸人は,月々に賃料という名目で受領する金員だけでな
く,契約締結時に礼金や権利金等を設定する場合には,これらの金員につい
ても賃貸物件を使用収益させることによる対価として,建物賃貸業を営むの
が通常である。
他方,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの
賃貸物件の属性や,当該賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要とな
る経済的負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に
合致する(又は要望に近い)賃貸物件を選択するのであるが,その際,礼金
や権利金,更新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目
で受領する金員だけでなく,礼金などの一時金も含めた総額をもって,当該
賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要となる経済的負担を算定する
のが通常である。
このように,礼金は,賃貸人にとっては,賃貸物件を使用収益させること
による対価として,賃借人にとっては,賃貸物件を使用収益するに当たり必
要となる経済的負担として,それぞれ把握されている金員であるから,この
ような当事者の意思を合理的に解釈すると,礼金は,賃貸人が賃貸物件を賃
借人に使用収益させる対価として,賃貸借契約締結時に賃借人から受領する
金員,すなわち,賃料の一部前払としての性質を有するというべきであり,
一件記録を検討しても,この判断を妨げるに足りる証拠はない。
なお,被控訴人は,本件礼金が賃借権設定の対価であるとも主張している
が,礼金が賃借権設定の対価であるということは,借地借家法による賃借権
の保護・強化や賃貸目的物の需要供給関係に基づいて,賃料に加算されるプ
レミアムにほかならないから,結局のところ,賃料の前払としての性質に包
含されるというべきである。
,,,控訴人は本件礼金約定は記載及び説明の明確性に欠けると主張するが
争いのない事実等によれば,本件賃貸借契約の契約書には,礼金の額が18
万円であること,賃貸借契約締結後は,礼金が返還されないことが明記され
ており,控訴人は自己の負担すべき金額を容易に認識し得るから,本件礼金
約定を無効とすべき理由はない。
また,控訴人は,Aは,本件賃貸借契約締結後である3月20日になって
初めて,重要事項説明書を控訴人に交付していることからわかるとおり,礼
金の法的性質や趣旨について,全く説明を受けていなかったと主張する。
しかし,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還されない性質の金員
であることは一般的に周知されている事柄である。
さらに,争いのない事実等によれば,本件賃貸借契約の契約書には,賃貸
借契約締結後は賃借人に礼金が返還されないことが明記されており,また,
3月20日の重要事項説明の際,Aは,控訴人に対し,賃貸借契約終了時に
,,,礼金が返還されないことを説明しているところ仮に控訴人の主張どおり
控訴人が礼金が返還されないことを知らずに本件賃貸借契約を締結したので
あれば,控訴人は,Aないし被控訴人に対し,何らかの抗議をするのが通常
であるが,一件証拠を検討しても,控訴人がこのような抗議をしたという事
情は認められない。
そうすると,本件賃貸借契約締結に当たって,控訴人に対し,本件礼金条
項について説明があったというべきである。
したがって,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一
方的に支払を強要されている金員であるという控訴人の主張は理由がない。
(3)控訴人は,情報力・交渉力の点において圧倒的優位な立場にある賃貸
人は,あらかじめ契約書に礼金条項を組み込ませておくことで,不当に利益
を得ることができる一方で,賃借人は,礼金条項も含めて契約全体を承諾し
て締結するか,これを拒否するかの自由しか有していなかったと主張する。
しかし,本件礼金は賃料の前払としての性質を有するものであるから,こ
れをあらかじめ契約書に明記して,本件賃貸借契約締結時に徴求したとして
も,被控訴人は不当な利益を得ることにはならない。
また,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの
賃貸物件の属性や,当該物件を一定期間賃借するに当たり必要となる経済的
負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に合致する
(又は要望に近い)物件を選択するのであるが,その際,礼金や権利金,更
新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目で受領する金
員だけでなく,礼金などの一時金も含めた上で,経済的負担を算定するのが
通常である。賃借人は,礼金などの一時金も含めた上で算定された経済的負
担を負うとしても,当該賃貸物件が,複数の賃貸物件候補の中で,自己の要
望に最も合致すると考え,賃貸借契約を締結するのであり,そして,控訴人
,。にしてもこれと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない
したがって,控訴人は,自由な意思に基づいて,本件礼金約定が付された
本件賃貸物件を選択したというべきであり,本件礼金約定を含む本件賃貸借
契約の契約内容について控訴人に交渉の余地がなかったことは特段問題とす
るに足りない。
(4)控訴人は「賃貸住宅標準契約書(甲14の2・3)の体裁や「賃,」,
貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員の答弁から,本件礼金約定が
信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張する。
確かに,証拠(甲15)によれば「賃貸住宅標準契約書(甲14の2・,」
3)の作成に関与した政府委員は,礼金の慣行のない地域にまで礼金を広げ
ることは好ましくないと答弁しているが,その一方で,既に礼金等の一時金
を徴求する慣行のある地域においては,その地域の実情を受けて,礼金等の
額を記入する欄として「その他一時金」という記入欄を設けた旨の答弁を,
するなど,現行の礼金制度を容認するような答弁をしている。そうすると,
「賃貸住宅標準契約書」の体裁や,政府委員の答弁から,被控訴人が本件礼
金約定を設けて,礼金を徴求することが特段の非難に値するということはで
きない。
(5)控訴人は,公営住宅法や旧公庫法などにより,礼金が禁止されている
ことをもって,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害す
るものであると主張する。
しかし,借地借家法を制定するに当たって,礼金の徴求を禁止する旨の規
定が設けられなかったことは明らかであるし,また,上記のとおり「賃貸,
住宅標準契約書(甲14の2・3)の作成に関与した政府委員も,現行の」
礼金制度を容認するような答弁をしていることに鑑みれば,公営住宅法や旧
公庫法などが礼金を禁止していることをもって,本件礼金約定が非難に値す
るとまでいうことはできない。
(6)控訴人は,本件礼金が賃料の2.95か月分であること,控訴人は,
わずか7か月あまりで退居したため,結局,7か月間で9.95か月分(約
1.42倍)の家賃を支払わされたこととなることから,本件礼金が著しく
過大な負担であると主張する。
しかし,本件礼金は,賃料の前払としての性質を有するところ,控訴人が
礼金として前払をしなければならない賃料の額は,18万円(賃料の2.9
5か月分)であり,これは,証拠(甲18)により認められる京滋地域の礼
金の平均額(賃料の2.7か月分)からしても,高額ではない。
そして,本件賃貸借契約は,期間が満了する前に解約されているが,前判
示のとおり,控訴人は,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還され
ない性質の金員であることを認識していたというべきであるから,中途解約
,,の場合であっても礼金の返還を求めることができないことを承知しながら
自ら,本件賃貸借契約を中途解約したといえる。
他方,被控訴人は,中途解約の場合であっても礼金を返還しないことを前
提に月々の賃料を設定しており,このような被控訴人の期待は尊重されるべ
きである。
これらの点からすると,本件礼金の額や,賃借人からの中途解約の場合で
あっても礼金が返還されないことをもって,本件礼金約定が非難に値すると
いうことはできない。
(7)控訴人は,本件礼金の額(18万円,賃料の2.95か月分)は,首
(.)(.),都圏賃料の15か月分や愛知賃料の11か月分の平均に比して
突出して高率であり,しかも,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.
7か月分)を上回っていると主張する。
しかし,礼金を少額に抑えて,その分,賃料を高額に設定することが可能
であるから,首都圏や愛知においては,一般的に礼金を少額に抑えて,その
分賃料が高額に設定されている可能性があるため,一概に本件礼金が他の地
域と比較して,不当に高額に設定されているということはできない。また,
本件礼金が,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.7か月分)を上回
っているとしても,その程度は非常に軽微である。
したがって,他の地域における平均礼金額との比較や,同じ京滋地域にお
ける平均礼金額との比較からしても,本件礼金が不当に高額に設定されてい
るということはできない。
(8)控訴人は,礼金は,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修
繕費用を二重取りするものにほかならないと主張する。
賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支
払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の
性質上当然に予定されているから,建物の賃貸借においては,賃借人が社会
通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味
する自然損耗に係る投下資本の回収は,通常,修繕費等の必要経費分を賃料
の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そして,自然損
耗についての修繕費用を月々の賃料という名目だけで回収するか,月々の賃
料という名目だけではなく,礼金という名目によっても回収するかは,地域
,。,の慣習などを踏まえて賃貸人の自由に委ねられている事柄であるそして
前判示のとおり,本件礼金は,賃料の一部前払としての性質を有するという
べきであるから,被控訴人は,自然損耗についての必要経費を,月々の賃料
という名目で受領する金員だけではなく,賃料の前払である礼金によっても
回収しているものである。
したがって,被控訴人は,本件礼金により,本来毎月の賃料に含まれてい
るべき自然損耗の修繕費用を二重取りしているといえないから,控訴人の上
記主張は理由がない。
(9)以上のとおり,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的
に害するものであるような事情は認められないから,本件礼金約定が消費者
契約法10条に反し無効であるとの控訴人の主張は理由がない。
3結論
よって,控訴人の本件請求は理由がないから,これを棄却した原判決は相当
であって,本件控訴は理由がない。そこで,本件控訴を棄却することとし,主
文のとおり判決する。
京都地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官吉川愼一
裁判官上田卓哉
裁判官森里紀之

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛