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裁判例


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主文
原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき被上告人らの控訴をいずれも棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人池田俊,同奥村正道の上告受理申立て理由について
1本件は,生コンクリートの製造等を営む上告人に雇用され,車両の運転等の
業務に従事してきた被上告人らが,上告人の行ったロックアウトにより就労するこ
とができなかった期間に係る賃金の支払等を求めている事案である。
2原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,生コンクリート(以下「生コン」という。)の製造及び販売を
営む資本金1000万円の株式会社であり,A協同組合(以下「協同組合」とい
う。)に加入している。被上告人らは,上告人に雇用され,コンクリートミキサー
車の運転等の業務に従事してきた。上告人の従業員は,管理職を除けば,後記の本
件争議行為当時,被上告人らのほかにはいなかった。
(2)上告人の従業員が加入していた労働組合(以下「旧組合」という。)は,
昭和58年10月10日,B労組(以下「B労組」という。)とC労組(以下「C
労組」という。)とに分かれた。この際,被上告人らは,いずれもC労組に加入し
た。
(3)ア上告人は,C労組所属の従業員に対する解雇をめぐるC労組との協議に
おいて,この解雇を無効と認めた上で,昭和57年に旧組合がした争議行為の責任
をC労組において追及すべきこと,同争議行為により上告人の被った損害を回復す
るための同62年3月までの賃上げの停止及び一時金の不支給を受け入れるべきこ
となどから成る6項目の要求をした。次いで,上告人は,上記要求に係る措置を実
施するとして,C労組及びB労組に対し,同59年10月29日付けで,労働条件
の切下げ(労働時間の延長,割増賃金の減額等),同62年3月までの賃上げの停
止及び一時金の不支給等を申し入れた。
イこれに対し,C労組は,昭和60年4月11日,上記要求について解決に努
力することなどを上告人との間で合意し,さらに,同年6月25日,上記の争議に
おける旧組合の行為のすべてが正しかったとは考えていない旨を表明した。もっと
も,上記の労働条件の切下げの実施に対しては,C労組所属の従業員(被上告人ら
を含む。)が,それまでの労働条件による割増賃金等の仮払の仮処分を申し立てて
争ったが,結局,上告人とC労組との間で,同61年5月17日,上告人からの金
員の支払と引換えに,C労組が,同62年3月20日まで,上記の労働条件の切下
げを受け入れ,賃上げの停止,一時金の不支給等にも応ずるとの合意が成立し,上
記仮処分申立ては取り下げられた。
ウB労組は,昭和59年12月13日,昭和59年度から同61年度までの3
年間企業再建に協力し,賃上げ及び一時金支給の凍結を受け入れることなどについ
ては上告人と合意したが,前記の労働条件の切下げの実施に対しては抗議した。
その後,上告人の従業員でB労組に所属するものは,全員が退職した。
(4)上告人の従業員でC労組に所属するもの(被上告人らを含む。)は,昭和
62年9月16日,C労組を脱退し,その当時上告人の従業員で所属するものはい
なくなっていたB労組に加入した。B労組は,同日,上告人に対し,賃上げの凍結
を解除し,さかのぼって賃上げ及び一時金支給をし,かつ,切り下げられた労働条
件をさかのぼって旧に復し,賃金差額の全額及び一時金を支払うよう要求して団体
交渉を申し入れた。
団体交渉において,上告人は,前記の6項目の要求についての解決策を先に協議
すべきであるなどの主張をしたが,B労組及び被上告人らは,C労組が先にした同
61年5月17日付け合意には拘束されないとして交渉を決裂させた。
(5)被上告人らは,昭和62年11月5日に24時間ストライキを行い,更に
同月13日,26日,同年12月2日,7日,14日,15日にもそれぞれ1時間
ないし8時間の時限ストライキを行ったほか(以下,これらのストライキを併せて
「本件ストライキ」という。),車両の運転速度を殊更に落とす,生コンの車両積
載量を減らす,納入先工事現場への輸送等の途中であるにもかかわらず休憩を取る
ため生コンを上告人の工場に持ち帰るなどの怠業的行為(以下,これらの行為と本
件ストライキとを併せて「本件争議行為」という。)にも及んだ。このため,上告
人は,管理職等を動員して持ち帰られた生コンを納入先に輸送するなどの対応をし
なければならず,納入先では工程に遅れが生じた。
(6)ア協同組合に加入している業者による生コンの製造及び販売に関しては,
需要者からD協同組合へ,更に協同組合へと順次注文がされ,これを受けて,協同
組合が加入業者に対し実績に基づきあらかじめ定めてある配分率に従って決めた量
を日々発注して売買契約を締結し,加入業者が受注した生コンを協同組合の指定し
た納入先に納入するという方式の取引が行われていた。上告人の売上げも,大半は
この方式によるものであった。
協同組合に加入している業者は,ストライキが行われた場合,それにより出荷不
能となった分の受注を協同組合に返上し,協同組合がその分を他の業者に割り替え
て発注し直すこととしていたが,ストライキの解除時期が不明な場合には,出荷不
能となる注文がどれほどであるかが判明しないため,業者は,その日に割り当てら
れた分の受注の全部を返上するほかなかった。
また,業者において争議が発生し,ストライキが予告なく行われることが見込ま
れる場合には,発注先業者を当日急きょ割り替えることにより対処するのが容易で
ないため,協同組合は,当該業者に割り当てる注文をあらかじめ定めてある配分率
による量よりも大幅に減らし,業者もそれを受け入れるのが慣例であった。
イ本件ストライキは,事前には通告しないか,又はせいぜい開始約3分前に通
告して開始し,解除時期の予告はせず,上告人が割り当てられたその日の受注を協
同組合に返上したころ合いを見計らって解除するという態様で繰り返された。その
ため,上告人は,その日の受注の全部を返上して,終日,事実上休業の状態にせざ
るを得ず,また,協同組合からの割当てそのものを大幅に減らされることも受け入
れざるを得なかった。
これにより,上告人は,昭和62年11月にはあらかじめ定められた配分率から
予定されていた量の23%,同年12月(同月1日から19日まで)には同じく1
3%しか受注及び出荷をすることができず,その結果,売上げが1億1000万円
以上減少し,資金繰りが著しく悪化した。
さらに,前記のとおり上告人の生コンの納入の遅れにより納入先の工程の遅延が
生じたため,上告人の取引上の信用は少なからず害された。
(7)そこで,上告人は,昭和62年12月20日,被上告人らに対しロックア
ウトを行う旨を通告してその工場への立入り及び就労を拒否した(以下,これによ
るロックアウトを「本件ロックアウト」という。)。このため,現場作業員として
就労する者が皆無となり,上告人の操業は全面的に停止した。上告人は,被上告人
らに対し,同月21日以降の分の賃金を支払っていない。
B労組及び被上告人らは,それぞれ,上告人に対し,本件ロックアウトは容認す
ることができないから,直ちにこれを解除し,B労組の要求について解決をするこ
とを求める旨の申入れをした。
上告人は,本件ロックアウト開始後も,被上告人らとの間では交渉を続け,同6
3年11月23日には,被上告人らが退職した上,会社を設立し,上告人から生コ
ンの輸送を請け負うこととすることでおおむね交渉がまとまったが,B労組の委員
長の反対により,結局合意の成立には至らなかった。
上告人は,平成元年1月ころ事業の継続を断念した。
3原審は,上記事実関係の下において次のとおり判断し,本件ロックアウトに
正当性を認めることはできないとして,被上告人らの賃金請求を一部認容すべきも
のとした。
(1)本件争議行為においては,上告人の被上告人らに対する賃金の負担は,被
上告人らの提供した労務に見合わないものとなっており,被上告人らの就労を受け
入れて賃金の支払を継続するのは,上告人の損害を拡大することになる。しかし,
本件争議行為は,暴力的態様のものではなく,また,上告人は,操業再開の努力を
全くといってよいほどしていない。そうすると,本件争議行為によって上告人が著
しく不利な圧力を受けたとまではいえない。
(2)上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意
は,同62年3月20日までの暫定的措置を約したにすぎず,権利放棄を明確に定
めたものではないから,これとの関係からみても,本件争議行為を労使間の信義に
反するものとはいえない。
(3)上記の各点に加え,上告人が操業再開に向けた真しな努力をしているとは
評価し難いことを考慮すれば,本件ロックアウトは,被上告人らの要求に対して一
切妥協しないために強行されたものであり,防衛手段としての域を超え,攻撃的な
意図をもってされたものというべきであるから,正当性を認めることができない。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)個々の具体的な労働争議の場において,労働者の争議行為により使用者側
が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には,衡平の原則に照らし,労
使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りに
おいては,使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきであり,使
用者のロックアウトが正当な争議行為として是認されるかどうかも,上記に述べた
ところに従い,個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度,経過,組合側
の争議行為の態様,それによって使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸
事情に照らし,衡平の見地からみて労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段とし
て相当と認められるかどうかによってこれを決すべきである。このような相当性を
認めることができる場合には,使用者は,正当な争議行為をしたものとして,当該
ロックアウトの期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義
務を免れるものというべきである(最高裁昭和44年(オ)第1256号同50年
4月25日第三小法廷判決・民集29巻4号481頁,最高裁昭和51年(オ)第
541号同55年4月11日第二小法廷判決・民集34巻3号330頁,最高裁昭
和53年(行ツ)第29号同58年6月13日第二小法廷判決・民集37巻5号6
36頁参照)。
(2)本件についてこれをみると,前記事実関係によれば,次のように解するの
が相当である。
ア本件争議行為のうちの時限ストライキは,事前には通告しないか,又は直前
に通告して開始し,上告人が割り当てられたその日の受注を協同組合に返上したこ
ろ合いを見計らって解除するという態様で6回にわたり繰り返された。そのため,
これらがいずれも比較的短時間の時限ストライキであったにもかかわらず,上告人
は,取引慣行上,その日の受注を全部返上するなどして,終日,事実上休業の状態
にせざるを得なかった。このような状況においては,被上告人らの提供した労務
は,ストライキにより就労しなかった時間に係る減額がされた後の賃金にも到底見
合わないものであり,かえって上告人に賃金負担による損害を被らせるだけのもの
であった。そして,上告人は,本件争議行為が開始された後は,受注が減少して資
金繰りが著しく悪化し,納入先の信用も損なわれたというのであるから,本件争議
行為によって上告人が被った損害は,その規模等からみて甚大なものであったとい
うべきである。
このような本件争議行為の態様及びこれによって上告人の被った打撃の程度に照
らすと,上告人が本件争議行為により著しく不利な圧力を受けたことは明らかであ
る。本件争議行為が暴力的態様のものではなかったことなどの原審の指摘する事情
は,上告人が上記のようにして著しく不利な圧力を受けたことを否定する理由にな
るものではない。
イ上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意は,
確認書の文言やその締結に至る経緯を考慮すれば,①同59年11月1日から同
62年3月20日までの期間については,上告人による申入れのとおり切り下げら
れた労働条件に従って賃金請求権が発生するものとし,C労組は,その期間の賃金
については引上げの要求をせず,同期間に係る一時金の支払も要求しない,②同
月21日以降の労働条件は,従来の労働協約を基本として協議し,同日以降の期間
に係る賃金についての引上げ及び一時金の支払についても協議するという趣旨のも
のと解するのが相当である。一方,本件争議行為におけるB労組の要求は,そ及的
な賃上げ並びに一時金及び割増賃金の支払を求めるというものであり,上記合意を
覆すものであることが明らかである。そして,本件争議行為当時B労組に所属して
いた上告人の従業員は,被上告人らを含め,上記合意の当時は皆C労組に属してい
たのであるから,C労組との間に成立していた合意を覆すような要求を,しかも,
C労組を脱退した直後に持ち出すのは,労使間の信義の見地からみて相当な交渉態
度とはいい難い。
労使間のこのような交渉態度,経過からすると,本件争議行為に対し上告人が本
件ロックアウトをもって臨んだことも,やむを得ないところであったということが
できる。
ウ本件争議行為が開始される以前から上告人が事業を放棄する機をうかがって
いたというような事情は見当たらない。また,本件争議行為の態様及びそれによる
打撃の程度等からすると,上告人としては,操業再開を図るより先に,過重な賃金
の負担を免れるためまずはロックアウトによってこれに対抗しようとするのもやむ
を得ないものというべきである。したがって,本件ロックアウトをもって攻撃的な
意図でされたものとみるのは当たらない。
エ上記アないしウに説示したところその他前記事実関係によれば,本件ロック
アウトは,本件争議行為の態様,それによって上告人の受ける打撃の程度,争議に
おける上告人と被上告人ら及びB労組との交渉態度,経過に関する具体的事情に照
らし,衡平の見地からみて,本件争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認め
られるものというべきである。
5上記のとおり,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の
違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れな
い。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの賃金請求は全部理由がな
いから,これを棄却した第1審判決は正当であり,被上告人らの控訴をいずれも棄
却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官濱田邦夫裁判官上田豊三裁判官藤田宙靖裁判官
堀籠幸男)

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