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平成21年8月20日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ケ)第10432号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年6月23日
判決
原告シーメンスアクチエンゲゼ
ルシヤフト
同訴訟代理人弁護士加藤義明
町田健一
角田邦洋
松永章吾
同弁理士矢野敏雄
星公弘
被告特許庁長官
同指定代理人鈴木由紀夫
守安太郎
森川元嗣
安達輝幸
主文
1特許庁が不服2005−2326号事件について平
成20年7月8日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶
査定不服審判の請求について,特許庁において,下記2のとおりの本件補正を却下
した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の
要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その
取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)出願手続等
発明の名称:「自動装着機の作動方法,自動装着機,自動装着機用の交換可能な
コンポーネント,並びに自動装着機と交換可能なコンポーネントとからなるシステ
ム」
出願日:平成12年(2000年)4月3日
出願番号:特願2000−614793号
優先権主張日:平成11年(1999年)4月30日(ドイツ連邦共和国)
手続補正日:平成16年10月21日(甲7)
拒絶査定日:平成16年11月10日(甲8。以下「本件拒絶査定」という。)
(2)審判手続等
審判請求日:平成17年2月10日
手続補正日:平成17年3月8日(甲9の1。以下「本件補正」という。)
審決日:平成20年7月8日
本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成20年7月23日
2本件補正の内容
本件補正は,特許請求の範囲について下記(1)の記載を同(2)の記載のとおりとす
るほか,本件特許出願に係る明細書(以下「本願明細書」という。)の発明の詳細
な説明の記載についての補正を含むものである。以下において,(1)の本件補正前
の請求項を「旧請求項1」などといい,(2)の本件補正に係る請求項を「新請求項
1」などという。なお,以下の文中の「/」は,原文の改行部分を示す。
(1)本件補正前の特許請求の範囲の記載
【請求項1】制御装置(6)を有する自動装着機(7)の作動方法であって,前記
制御装置は,サブストレート(1)への構成素子(2)の装着を制御するようにし
た当該の作動方法において,/自動装着機(7)の交換可能なコンポーネント
(3,5,17)の定置の基準点に関連付けて求められた,該交換可能なコンポー
ネント(3,5,17)の幾何学的特性データを自動装着機(7)内へのマウント
前に求め,交換可能なコンポーネント(3,5,17)に割り当てられた記憶装置
(15,16,18)内に記憶し,/自動装着機(7)内への交換可能なコンポー
ネント(3,5,17)のマウント後,先ず,特性データの少なくとも一部を,記
憶装置(15,16,18)から自動装着機(7)の制御装置(6)内へ転送し,
/特性データを,自動装着機(7)の作動中制御装置(6)により考慮するように
したことを特徴とする自動装着機の作動方法。
【請求項2】交換可能なコンポーネント(3,5,17)の幾何学的データをマウ
ント前に測定することを特徴とする請求項1記載の自動装着機(7)の作動方法。
【請求項3】交換可能なコンポーネント(3,5,17)の記憶装置(15,1
6,18)と,自動装着機(7)の制御装置(6)との間のデータ交換が電気的線
路を介して行われるようにしたことを特徴とする請求項1又は2記載の自動装着機
(7)の作動方法。
【請求項4】交換可能なコンポーネント(3,5,17)の記憶装置(15,1
6,18)と自動装着機(7)の制御装置(6)との間のデータ交換を無線で行う
ことを特徴とする請求項1又は2記載の自動装着機(7)の作動方法。
【請求項5】自動装着機の作動のための制御装置(6)を有し,構成素子(2)を
受容するためと,後続してサブストレート(1)上へ構成素子(2)をおろして装
着するための装着ヘッド(5)を有する自動装着機(7)において,/制御装置
(6)は読出し装置を有し,該読出し装置により,自動装着機(7)の交換可能な
コンポーネント(3,5,17)の定置の基準点に関連付けて求められた,該交換
可能なコンポーネント(3,5,17)の幾何学的特性データが,前記交換可能な
コンポーネント(3,5,17)に結合された記憶装置(15,16,18)から
読出し可能であり,/制御装置(6)は,読み出された特性データを記憶し,装着
プロセスのため使用するように構成されていることを特徴とする自動装着機
(7)。
【請求項6】自動装着機(7)の交換可能なコンポーネント(3,5,17)の定
置の基準点に関連付けて求められた,該交換可能なコンポーネント(3,5,1
7)の幾何学的特性データに対する所属の記憶装置(15,16,18)を有する
ことを特徴とする自動装着機(7)用の交換可能なコンポーネント(3,5,1
7)。
【請求項7】記憶装置(15,16,18)は,無接触式に書き込み可能及び,読
出し可能なメモリとして構成されており,該メモリは,交換可能なコンポーネント
(3,5,17)に直接接続されていることを特徴とする,請求項6記載の交換可
能なコンポーネント(3,5,17)。
【請求項8】交換可能なコンポーネント(3,5,17)は,装着ヘッド(5)と
して構成されていることを特徴とする請求項6又は7記載の交換可能なコンポーネ
ント(3,5,17)。
【請求項9】自動装着機(7)と自動装着機(7)の交換可能なコンポーネント
(3,5,17)とから成るシステムにおいて,/自動装着機(7)は制御装置
(6)を有し,/交換可能なコンポーネント(3,5,17)に,該交換可能なコ
ンポーネント(3,5,17)の定置の基準点に関連付けて求められた,該交換可
能なコンポーネント(3,5,17)の幾何学的特性データに対する記憶装置(1
5,16,18)が結合されており,/制御装置(6)は,記憶装置(15,1
6,18)から特性データを読出し,それらのデータを装着プロセスのために使用
するように構成されていることを特徴とする自動装着機(7)と自動装着機(7)
の交換可能なコンポーネント(3,5,17)とから成るシステム。
(2)本件補正に係る特許請求の範囲の記載(下線部分が補正箇所である。)
【請求項1】制御装置(6)を有する自動装着機(7)の作動方法であって,前記
制御装置は,サブストレート(1)への構成素子(2)の装着を制御するようにし
た当該の作動方法において,/自動装着機(7)の交換可能な装着ヘッド(5)の
定置の基準点としての一つの保持装置(4)に関連付けて求められた,該交換可能
な装着ヘッド(5)の他の保持装置(4)の幾何学的特性データを,自動装着機
(7)内へのマウント前に求め,交換可能な装着ヘッド(5)に割り当てられた記
憶装置(15)内に記憶し,/自動装着機(7)内への交換可能な装着ヘッド
(5)のマウント後,先ず,特性データの少なくとも一部を,記憶装置(15)か
ら自動装着機(7)の制御装置(6)内へ転送し,/特性データを,自動装着機
(7)の作動中制御装置(6)により考慮するようにしたことを特徴とする自動装
着機の作動方法。
【請求項2】該交換可能な装着ヘッド(5)の他の保持装置(4)の幾何学的特性
データをマウント前に測定することを特徴とする請求項1記載の自動装着機(7)
の作動方法。
【請求項3】交換可能な装着ヘッド(5)の記憶装置(15)と自動装着機(7)
の制御装置(6)との間のデータ交換が電気的線路を介して行われるようにしたこ
とを特徴とする請求項1又は2記載の自動装着機(7)の作動方法。
【請求項4】交換可能な装着ヘッド(5)の記憶装置(15)と自動装着機(7)
の制御装置(6)との間のデータ交換を無線で行うことを特徴とする請求項1又は
2記載の自動装着機(7)の作動方法。
【請求項5】自動装着機の作動のための制御装置(6)を有し,構成素子(2)を
受容するためと,後続してサブストレート(1)上へ構成素子(2)をおろして装
着するための装着ヘッド(5)を有する自動装着機(7)において,/制御装置
(6)は読出し装置を有し,該読出し装置により,自動装着機(7)の交換可能な
装着ヘッド(5)の定置の基準点としての一つの保持装置(4)に関連付けて,自
動装着機(7)内へのマウント前に求められた,該交換可能な装着ヘッド(5)の
他の保持装置(4)の幾何学的特性データが,前記交換可能な装着ヘッド(5)に
割り当てられた記憶装置(15)から読出し可能であり,/制御装置(6)は,読
み出された特性データを記憶し,装着プロセスのため使用するように構成されてい
ることを特徴とする自動装着機(7)。
【請求項6】該記憶装置(15)は,無接触式に書き込み可能及び,読出し可能な
メモリとして構成されていることを特徴とする請求項5記載の自動装着機(7)。
【請求項7】自動装着機(7)と自動装着機(7)の交換可能な装着ヘッド(5)
とから成るシステムにおいて,/自動装着機(7)は制御装置(6)を有し,/交
換可能な装着ヘッド(5)に,該交換可能な装着ヘッド(5)の定置の基準点とし
ての一つの保持装置(4)に関連付けて,自動装着機(7)内へのマウント前に求
められた,該交換可能な装着ヘッド(5)の他の保持装置(4)の幾何学的特性デ
ータを記憶する記憶装置(15)が設けられており,/制御装置(6)は,記憶装
置(15)から特性データを読出し,それらのデータを装着プロセスのために使用
するように構成されていることを特徴とする自動装着機(7)と自動装着機(7)
の交換可能な装着ヘッド(5)とから成るシステム。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,本件補正は,自動装着機に係る発明が記載されて
いる請求項の数を旧請求項5の1つから新請求項5及び6の2つとするものであっ
て,このような請求項の数を増やす補正は,平成18年法律第55号による改正前
の特許法(以下「法」という。)17条の2第4項が掲げる事項を目的とするもの
ではないから同規定に違反するとして,これを却下した上,本願発明の要旨を本件
補正前の請求項,すなわち,平成16年10月21日付け手続補正書(甲7)によ
る補正後の特許請求の範囲の記載に基づいて認定し,本願発明は特開平7−151
72号公報(甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当
業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができない,というものである。
4取消事由
(1)本件補正を却下した判断の誤り(取消事由1)
(2)相違点を看過した判断の誤り(取消事由2)
(3)審査ないし審判段階の手続違背(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件審決は,本件補正が自動装着機に係る発明の請求項の数を1つから2
つに増やすものであるとして,このような請求項の数を増やす補正は補正の目的要
件として規定されている請求項の削除若しくは限定的減縮,誤記の訂正又は明りよ
うでない記載の釈明のいずれかの事項を目的とするものではないとして,これを却
下した。
(2)しかしながら,本件補正は,旧請求項5を新請求項5とし,旧請求項6を
削除し,旧請求項7を新請求項6とするものである。旧請求項7と新請求項6を比
較すると,旧請求項7がコンポーネントの発明であるのに,新請求項6が自動装着
機の発明である点において異なるが,コンポーネントは自動装着機の一部であるか
ら,コンポーネントが記憶装置を有するのであれば,自動装着機が記憶装置を有す
ることは自明である。そして,旧請求項7と新請求項6の発明特定事項は実質同一
であり,新請求項6が新請求項5の従属項であることを考慮すれば,特許請求の範
囲が全体として拡張されたものでないことは明らかである。
また,本件補正は,旧請求項における特許対象が,方法,自動装着機,コンポー
ネント及びシステムであったものを,新請求項において,方法,自動装着機及びシ
ステムへと簡素化したものであり,旧請求項5を新請求項5とし,旧請求項7を新
請求項6とする部分は,法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」
を目的とする補正である。
なお,前置審査官も,審尋の前置報告において「請求項1∼7についての補正は
限定的減縮を目的としている。」としている。
したがって,本件補正のうち上記部分が法17条の2第4項が掲げる事項を目的
とするものではないとし,目的要件を充足するか否かについて検討することなく本
件補正を却下した本件審決は誤りである。
(3)この点につき,被告は,下記〔被告の主張〕(3)のとおり,旧請求項7記載
の発明は,記憶装置がコンポーネントに直接接続されているメモリとして構成され
ていることを発明特定事項としていることは明らかであるのに対して,新請求項6
記載の発明は,記憶装置がメモリとして構成されていることを発明特定事項として
いるものの,該記憶装置がコンポーネントに直接接続されていることについては発
明特定事項とはしていないから,新請求項6が旧請求項7に由来するものであると
いうことはできないと主張する。
しかしながら,新請求項6において引用する新請求項5には「前記交換可能な装
着ヘッド(5)に割り当てられた記憶装置(15)から読出し可能であり,」との
記載があり,この記載は,少なくとも,記憶装置がコンポーネントである装着ヘッ
ド(5)に直接接続されていることを記載するもので,新請求項6記載の発明は,
記憶装置がコンポーネントに直接接続されていることを実質的に発明特定事項とし
ている。
したがって,被告の主張は失当である。
〔被告の主張〕
(1)特許法36条5項は,請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発
明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない旨規定す
るところ,発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるから,発明を特
定するために必要と認める事項のすべてを記載するには,その創作の対象が特定さ
れていることが前提にあるのは道理であって,その創作の対象が,物,方法あるい
は物を生産する方法についてのものなのか,物についてのものであれば,どのよう
な物なのかが特定されていることが必要である。
(2)本件補正前の特許請求の範囲の記載において,発明の対象として「自動装
着機」を特定している請求項は,旧請求項5のみであるのに対し,本件補正に係る
特許請求の範囲の記載において,同じく「自動装着機」を特定している請求項は,
新請求項5及び6の2つであることは明らかである。
このように発明の対象として「自動装着機」を特定する請求項の数が増えるよう
な補正が,「請求項の削除」,「限定的減縮」,「誤記の訂正」又は「明りようで
ない記載の釈明」のいずれを目的とする補正ということができないのは明らかであ
るから,このような内容を含む本件補正について,法17条の2第4項が掲げる事
項を目的とするものではないものとして,これを却下した本件審決の判断に誤りは
ない。
(3)原告は,新請求項6は旧請求項7に由来するものであると主張するが,旧
請求項7記載の発明は,記憶装置がコンポーネントに直接接続されているメモリと
して構成されていることを発明特定事項としていることは明らかであるのに対し
て,新請求項6記載の発明は,記憶装置がメモリとして構成されていることを発明
特定事項としているものの,該記憶装置がコンポーネントに直接接続されているこ
とについては発明特定事項とはしていないから,本件補正の内容を原告が主張する
ようなものと理解することはできない。
2取消事由2(相違点を看過した判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,引用発明の「パーツカセットの部品供給位置と所定の基準位置との
ずれ量」について,「このずれ量は,パーツカセットの部品供給位置についてみれ
ば,該部品供給位置の,所定の基準位置からの距離といえ,所定の基準位置に関連
付けて求められた幾何学的なデータといえるものであるから,本件発明(判決注・
旧請求項1記載の発明)の「コンポーネント(3,5,17)に定置の基準点に関
連付けて求められた,該コンポーネント(3,5,17)の幾何学的特性データ」
に相当するとした。
しかしながら,引用刊行物における「ずれ量」とは,パーツカセット1の装着時
のパーツカセット1の部品供給位置と,パーツカセット1以外の場所である所定の
基準位置との「ずれ量」であるのに対して,本願発明における「幾何学的特性デー
タ」は,コンポーネント(装着ヘッド)内に属する基準点を基点にして求めた,そ
のコンポーネント(装着ヘッド)の幾何学的特性データであるから,一つのコンポ
ーネント(装着ヘッド)内で完結する幾何学的データであって,この幾何学的デー
タはコンポーネントの装着ごとに変化するものではない。このことは,本願明細書
(甲12)の段落【0023】において「自動装着機7内での装着ヘッド5のマウ
ント後ごとに,従来の手段で,第1の吸着ピペット4のオフセットを検出しさえす
ればよい。」と記載されており,引用発明と同一の手段について,「従来の手段」
として,本件補正前の旧請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)と明確
に区別している。
したがって,本願発明における「幾何学的特性データ」と引用発明における「ず
れ量」は異なる概念であり,本件審決は,本願発明と引用発明の相違点を看過して
両発明の対比・判断を行ったものであるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
原告は,本件審決が本願発明と引用発明の相違点を看過したと主張する。
しかしながら,原告がその根拠とする旧請求項1における「自動装着機(7)の
交換可能なコンポーネント(3,5,17)の定置の基準点に関連付けて求められ
た,該交換可能なコンポーネント(3,5,17)の幾何学的特性データ」との記
載において,「基準点」は,その位置する部位や空間位置について問わないものと
して記載されていることは明らかであるから,原告の主張は特許請求の範囲の記載
に基づかないものであり,失当である。また,本願明細書の段落【0023】の記
載のうち,前半部分の記載によると,第1の吸着ピペット4の何らかの属性が,該
第1の吸着ピペット4が試験台から出た状態で測定されるようであり,また,その
第1の吸着ピペット4が構成素子−カメラ21近傍に入った状態で,同じく,何ら
かの属性が測定されるようである。そして後半部分の記載によると,これらの測定
結果から,「静止カメラ22」と「構成素子−カメラ21」との差異が得られるこ
とになるが,なぜ第1の吸着ピペット4の何らかの属性が測定されることから,上
記のような差異が得られるのかは理解不能であるなど,その記載は全体として不明
りょうである。また,同段落には「自動装着機7は,次いで第1の吸着ピペット4
に関連づけて他の7つの吸着ピペットのオフセットをも算出する。第1の吸着ピペ
ット4の代わりに,自動装着機7におけるその位置が既知であるか,又は容易に測
定できる他の固定の基準点も選択可能である。」との記載があるが,ここには,第
1の吸着ピペット4が基準点となっていることが記載されているものの,コンポー
ネント(3,5,17)内に基準点が位置することが記載されているわけではな
い。そうすると,本願明細書の記載を考慮しても,「幾何学的特性データ」やその
「基準点」について原告が主張するようなものとして理解することはできない。
したがって,原告の主張は失当であり,取消事由2は理由がない。
3取消事由3(審査ないし審判段階の手続違背)について
〔原告の主張〕
原告は,審査段階において,本願発明の特徴である「交換可能なコンポーネント
上に設けられた定置の基準点に関連付けて求められた,該交換可能なコンポーネン
トの幾何学的特性データ」について,意見書を提出し,引用発明との相違について
説明したが,本件拒絶査定及び本件審決のいずれにおいても,理由を通知すること
なく「相違しない」との結論が示されるのみであった。したがって,本件拒絶査定
は実質的な拒絶理由通知のないまま行われたものであり,理由が付されていないも
のでもあったが,審判段階においてこれらが治癒されることはなかった。
また,審判段階において,審判長は,前置審査官による「本件補正は限定的減縮
に該当するが,本件補正に係る新請求項1記載の発明が発明の詳細な説明において
発明を実施することができる程度に記載されていないため,独立特許要件を満たさ
ないとして補正却下する」旨の前置報告に対する審尋を行ったにもかかわらず,本
件審決は,そこで示された補正却下の理由とは異なる理由,すなわち,本件補正は
法17条の2第4項が掲げる事項を目的とする場合にそもそも該当しないという前
記したとおりの理由により,直ちに本件補正を却下した。そうであるならば,審判
長は,本件審決の前に,前記審尋段階で示された拒絶理由ではない,新たな拒絶理
由を通知する必要があったのに,これを怠ったというべきである。
以上のとおり,本件審決には,特許法50条又は同法159条2項が準用する同
法50条の規定する手続に違背した違法があるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
一般に,審査,審判手続を通じて,出願人や請求人は様々な観点から主張を述べ
るが,そのすべてに触れていないからといって手続違背があるということにはなら
ない。本件では,原告が,その提出した手続補正書(甲9の2)において,「拒絶
査定の要点」として,「原査定の拒絶理由は,本願発明は,引例1∼引例3に記載
された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特
許法第29条第2項の規定による特許を受けることができない,というものです。
その理由は,要するに,請求項1∼9について,引例1∼3に記載のものは,装着
装置に部品供給装置を取り付ける前に,部品供給装置の記憶手段にズレ量,補正位
置データ等の幾何学的特性データを記憶させていることから,これらのデータは本
願発明における『交換可能なコンポーネントの定置の基準点に関連付けて求められ
た,該交換可能なコンポーネントの幾何学的特性データ』に相当する,というもの
です。…」と記載しているとおり,本件拒絶査定の理由を把握していることは明ら
かである。
また,特許法159条2項が準用する同法50条は,補正却下の決定をする場合
において,事前に意見を求めることを要求していないのであるから,原告の主張は
失当である。なお,前置審査の内容についての審尋は,前置審査官による「この出
願については,拒絶されるべきものである」との報告について意見を聴取するもの
であり,前置審査報告の内容が,審判合議体の判断を示すものでないことは明らか
である。
以上のとおり,原告の主張はいずれも失当であり,取消事由3は理由がない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1)本件補正についてのとらえ方の相違
本件審決は,本件補正のうち特許請求の範囲の補正部分について,「補正後の特
許請求の範囲には,各新請求項の記載からして,自動装着機の作動方法,自動装着
機,及びシステムに係る発明が記載され,新請求項5及び新請求項6に係る発明
は,前記自動装着機に係るものと認められる。一方,補正前の特許請求の範囲に
も,各旧請求項の記載からして,自動装着機の作動方法,自動装着機,自動装着機
用の交換可能なコンポーネント,及びシステムに係る発明が記載され,旧請求項5
に係る発明のみが,前記自動装着機に係るものと認められる。そこで,検討する
と,補正事項a(判決注:特許請求の範囲の補正部分)は,自動装着機に係る発明
が記載されていた請求項の数を,旧請求項5の1つから,新請求項5及び新請求項
6の2つとするもので,請求項の数を増やすものといえ,このような補正は,請求
項の削除,限定的減縮,誤記の訂正又は明りようでない記載の釈明のいずれかを目
的にしているということはできない。」として,本件補正を却下する決定をした。
これに対して,原告は,本件補正の請求項の対応関係をみると,旧請求項5が新
請求項5,旧請求項7が新請求項6と対応することが明らかであって,本件審決の
いうように請求項の数を増やすものではなく,当該補正に係る部分は,法17条の
2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」を目的とする場合に該当するから,
当該部分がその場合に該当しないとて本件補正を却下した本件審決は誤りであると
主張する。
以上,要するに,本件審決は,本件補正が自動装着機の発明についての旧請求項
5を同じく自動装着機についての新請求項5及び6とするものであることを前提と
しているのに対して,原告は,新請求項6は,旧請求項5を補正したものではな
く,旧請求項7を補正したものであると主張していて,ここに本件補正についての
とらえ方の相違がある。
そうすると,仮に,本件補正に係る新請求項6が,原告の主張するとおり,旧請
求項7を補正したものであれば,旧請求項7と新請求項6との対応関係を前提に,
その補正が法17条の2第4項各号(本件では,原告が主張している同項2号)を
充足するか否かを判断することが求められることになるから,本件補正を却下する
に当たっても,これを前提として判断される必要があるところ,本件審決は,原告
の主張するような請求項の対応関係を前提とする補正について判断を示していない
ことは明らかであるから,本件補正を却下した本件審決は,その前提を誤った違法
なものということになる。
そこで,以下において,本件補正に係る新旧請求項の対応関係が原告の主張する
とおりであるのか否かについて検討することとする。
(2)手続補正書の記載からみた新旧請求項の対応関係
ア平成16年10月21日付け手続補正書(甲7)及び本件補正に係る手続補
正書(甲9の1)には,いずれも「【補正の内容】」の項目に「【特許請求の範
囲】」として,それぞれ前記「事案の概要」の「本件補正の内容」(第2の2(1)
及び(2))に摘示したとおりの記載がある。ただし,平成16年10月21日付け
手続補正書には,同手続補正書による補正箇所に下線が付されているが,上記摘示
においては下線を省略している。
また,本件補正に係る手続補正書と同時に提出された補正対象を審判請求書とす
る「手続補正書(方式)」(甲9の2)には,補正の根拠として,「a.『コンポ
ーネント(3,5,17)』を『装着ヘッド(5)』に,補正前の請求項8に基づ
いて限定しました。そして,記憶装置(15,16,18)を装着ヘッド(5)に
割り当てられた記憶装置(15)に段落『0022』に基づき限定しました。/
b.請求項1を段落『0023』の記載に基づき,『定置の基準点』を『装着ヘッ
ドの一つの保持装置(実施例では第1の吸引ピペット)』に限定しました。さら
に,『定置の基準点に関連づけて求められた,該交換可能なコンポーネントの幾何
学的特性データ』を『定置の基準点としての一つの保持装置(第1の吸引ピペッ
ト)に関連づけて求められた,該交換可能な装着ヘッドの他の保持装置(実施例で
は,第2から第8の吸引ピペット)の幾何学的特性データ(実施例では,オフセッ
ト量(第1の吸引ピペットに対する他の吸引ピペットのオフセット量)』に限定し
ました。/c.請求項5,7は,請求項1に基づき補正をしました。」との記載が
ある。
イ上記アの記載によると,旧請求項の数は9つであり,新請求項の数は7つで
あるところ,旧請求項1ないし4と新請求項1ないし4とは,いずれもそれぞれ自
動装着機の作動方法についての発明,旧請求項9と新請求項7とは,いずれもシス
テムについての発明であるから,それぞれが対応する関係にあるものと認められ
る。
したがって,さらに対応関係を検討しなければならないのは,旧請求項について
は5ないし8,新請求項については5及び6であるところ,前記「手続補正書(方
式)」において,旧請求項8の発明特定事項である「コンポーネント(3,5,1
7)」を「装着ヘッド(5)」に限定した旨及び「請求項5,7」を補正した旨が
記載されていることからすると,本件補正に当たっては,旧請求項6及び8が削除
されているものと認められる。
そうすると,本件補正に係る新旧請求項の対応関係として検討を要するのは,旧
請求項については5及び7,新請求項については5及び6ということになるが,旧
請求項の5及び7のいずれも削除されていないこと,その間の旧請求項6が前記の
とおり削除されていることにかんがみると,旧請求項5が新請求項5に,旧請求項
7が新請求項6に対応する関係にある,すなわち,その対応関係は原告主張のとお
りのものであると認めることができる。旧請求項7が新請求項6となっているの
は,旧請求項6が削除されているため,その番号が繰り上がったものにすぎず,ま
た,そうであればこそ,前記のとおり,旧請求項8が削除された後の旧請求項9が
新請求項7と対応関係にあると認められるのである。新旧請求における番号の違い
は,以上の対応関係の認定を左右するものではない。
ウこの点につき,被告は,旧請求項7記載の発明は,記憶装置がコンポーネン
トに直接接続されているメモリとして構成されていることを発明特定事項としてい
ることが明らかであるのに対して,新請求項6記載の発明は,記憶装置がメモリと
して構成されていることを発明特定事項としているものの,該記憶装置がコンポー
ネントに直接接続されていることについては発明特定事項とはしていないから,新
請求項6が旧請求項7を補正したものであるということはできないと主張する。
しかしながら,被告の主張は,新請求項6が旧請求項7を補正したものであるこ
と,すなわち,前記認定の旧請求項7と新請求項6との対応関係を前提として,補
正の内容がその目的要件の1つである限定的減縮の場合に当たるということができ
ない旨を指摘しているにすぎないのであり,このような主張は,旧請求項7と新請
求項6との対応関係を否定した上で本件補正を却下した本件審決にはその前提とな
る補正内容の認定に誤りがある,との原告の取消事由1に係る主張に対する反論と
しては,当を得ないものといわざるを得ない。
もっとも,手続補正書に明示された補正の内容から,本件補正において,新請求
項6が旧請求項7を補正したものであると整合的に理解することができず,本件審
決が前提とするとおりに請求項の数が増えていると理解するほかない場合には,前
記認定は妨げられ,本件補正の内容を本件審決が前提としたとおりのものと解さな
ければならないこともあり得るから,次に,補正の内容からみた新旧請求項の対応
関係について,改めて検討することとする。
(3)手続補正書の内容からみた新旧請求項の対応関係
ア本件補正前の旧請求項及び本件補正に係る新請求項は,前記「事案の概要」
の「本件補正の内容」(第2の2の(1)及び(2))に摘示したとおりである。
イ上記記載から本件補正の内容についてみると,補正前には,「交換可能なコ
ンポーネント(3,5,17)」とされていたものが,本件補正に係る手続補正書
においては,「装着ヘッド(5)」に改められていることが明らかである。その結
果として,旧請求項の「交換可能なコンポーネント」の記載が新請求項の「装着ヘ
ッド」の記載に補正されているものと容易に理解することができる。また,それは
「交換可能なコンポーネントは,装着ヘッドとして構成されていることを特徴とす
る交換可能なコンポーネント」として記載されていた旧請求項8が,本件補正に係
る新請求項中において当該事項を発明特定事項として加える必要がなく,本件補正
に際して削除された理由であると認められるのである。
また,旧請求項6は,「幾何学的特性データに対する所属の記憶装置」であるこ
とを特定事項としていたが,当該事項は,新請求項の記載中にこれを見出すことが
できない。ここに,前記認定のとおり,旧請求項6が本件補正に際して削除された
理由もある。
さらに,新請求項5についてみると,上記のほか,旧請求項5の「定置の基準
点」を「定置の基準点としての一つの保持装置(4)」とし,同「求められた」を
「,自動装着機(7)内へのマウント前に求められた」とし,同「幾何学的特性デ
ータ」を「他の保持装置(4)の幾何学的特性データ」とするとともに,「結合さ
れた記憶装置(15,16,18)」を「割り当てられた記憶装置(15)」とし
たものであると理解することができる。
また,旧請求項7の発明特定事項である「記憶装置(15,16,18)は,無
接触式に書き込み可能及び,読出し可能なメモリとして構成され」ることは,新請
求項6に含まれている。
ウそうすると,本件補正は,その内容からみても,旧請求項6及び8を削除
し,旧請求項7を新請求項6に補正したものと解するほかない。
(4)以上によると,本件補正における旧請求項と新請求項との対応関係は,原
告の主張するとおり,旧請求項5を新請求項5,旧請求項7を新請求項6としたも
のであったのに,本件審決は,その対応関係の理解を誤り,本件補正は旧請求項5
(1つの請求項)が新請求項5及び6(2つの請求項)に補正されたもの,いわゆ
る「増項補正」であるとして,当該補正が補正の目的要件を充足するか否かを検討
することなく,これを却下したものであるから,その判断は前提を誤りといわざる
を得ない。
2結論
以上の次第であるから,取消事由1に理由がある以上,取消事由2及び3につい
て判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官高部眞規子
裁判官杜下弘記

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