弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中有罪部分を破棄する。
     被告人を懲役一〇月に処する。
     訴訟費用中、原審弁護人に支給した分はこれを二分しその一を、当審証
人A、同B、同Cに支給した分は全部被告人の負担とする。
     本件その余の控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、長野地方検察庁検察官検事川口光太郎作成名義の控訴趣意書
に記載されたとおりであり、これに対する答弁は弁護人杉崎安夫作成名義の答弁書
に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し、当裁判所は次のとお
り判断する。
 一、 控訴趣意第一の一及び第二の一について。
 論旨は、要するに、原判決は、公訴事実第一のD、同第二のAについては、当時
保護観察の期間が経過していて、その対象となつていなかつたものであるから、被
告人が保護観察官として同女らを呼び出し、それと面接する法令上の根拠がなく、
従つて、右の所為は公務員職権濫用罪に当らない旨判示している。
 しかし、保護観察官が保護観察期間経過後の者を呼び出し、それと面接すること
は犯罪者予防更生法第一九条第二項に基く職務行為であつて、実務上アフターケア
ーとして行われているものであるから、原判決は保護観察官の職務権限の範囲につ
いて法令の解釈、適用を誤るとともに、事実を誤認し、公務員職権濫用罪の成立を
否定したものであつて、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、
破棄を免れないというのである。
 <要旨第一>よつて、案ずるに、刑法第一九三条の公務員職権濫用罪は、公務員が
法令に定められたその一般的権限に属する職務事項についてこれを不法
に行使することによつて成立するのである。しかるに、公訴事実第一のD、同第二
のAは、公訴事実によつて明らかなとおり、当時保護観察期間が経過していて、そ
の対象となつていなかつたものであり、従つて、保護観察所の保護観察官には、同
女らを呼び出し、これと面接する権限はなかつたものである。なるほど、論旨指摘
のとおり、保護観察官の職務について、犯罪者予防更生法第一九条第二項は、「保
護観察官は、……保護観察、人格考査その他犯罪者の更生保護及び犯罪の予防に関
する事務に従事する。」と規定していて、右は一見所論のような解釈もなし得るか
のようである。しかし、保護観察官の職務範囲は保護観察所の所掌に属する事務の
範囲を出ないものであるところ、同法第一八条は、保護観察所の所掌に属する事務
について、保護観察の実施、犯罪予防のための世論の啓発指導、社会環境の改善及
び犯罪の予防を目的とする地方住民の活動の助長、その他と規定していて、右によ
ると保護観察所の所掌事務で保護観察官の従事する事務のうち、具体的対象の存す
る事務は保護観察の実施事務だけであり、しかもその対象及び期間については、同
法第三三条が、保護観察は保護観察に付されている者を対象とし、保護観察期間の
経過後<要旨第二>まで及ばない旨を明示しているのである。してみると、同法第一
九条第二項に規定する保護観察官の職務の対象は現に保護観察に付され
ている者に限られ、保護観察期間経過後の者は含まないと解するのが相当である。
 それ故、保護観察官には法令上保護観察期間経過後の者を呼び出し、これと面接
する権限がなく、本件の場合、被告人が前記丙野及び甲野を呼び出し、それと面接
したことは、法令に基く職務行為とはいい難いから、刑法第一九三条の公務員職権
濫用罪が成立する余地はない。右と同旨に出た原判決の判断は正当であつて原判決
には所論のような法令の解釈、適用の誤り、事実誤認のかどはない。論旨は理由が
ない。
 二、 控訴趣意第一の二について。
 論旨は、要するに、原判決は、保護観察官が相手方と面接をした機会にわいせつ
ないし強制わいせつの行為をしたとしても、右の行為自体は保護観察官の一般的権
限に属する行為とはなし得ないから、刑法第一九三条の公務員職権濫用罪に当らな
いとして、公訴事実中右の点を無罪とした。しかし、同条は、同法第一九五条の一
般規定であり、その立法趣旨に鑑みると、社会通念上職権を濫用しという程度に職
務行為と極めて密接な関連性をもつて暴行、陵虐行為がなされた場合、例えば、本
件のように公務員が職務を行うに当つてその地位と機会を利用し職務上影響を有す
る相手方に暴行、陵虐行為をした場合は、公務員職権濫用罪が成立すると解すべき
である。それ故、原判決には刑法第一九三条の職権を濫用しについて解釈、適用を
誤つた違法があり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄
を免れないというのである。
 よつて、案ずるに、刑法第一九三条は同法第一九五条と規定の内容形式を異にし
ていて、右各条は所論のような一般規定、特別規定の関係はなく、第一九三条にい
わゆる公務員その職権を濫用しとは、公務員がその一般的権限に属する事項につい
てこれを不法に行使することをいうものであることは前記一において説明したとお
りである。従つて、公務員がたまたま職務行為をした機会になした不法行為は、そ
れが他の犯罪を構成することがあつても、かかる職務以外の行為をしたことはよし
んばその行為が所論のように職務行為と密接な関連のもとに行われたからといつ
て、その行為自体が公務員職権濫用罪を構成するものではない。本件の場合、保護
観察官である被告人が相手方と面接などした際これにわいせつないし強制わいせつ
の行為をしたことは認められるが、右の行為そのものはもとより被告人の職務に属
する行為ではないから、相手方と面接などしたことが公務員職権濫用罪に当る場合
であると否とに拘らず、わいせつないし強制わいせつの行為をしたこと自体は公務
員職権濫用罪に関する限り被告人は無罪である。それ故、原判決には所論のような
法令の解釈、適用の誤りはない。論旨は理由がない。
 三、 控訴趣意第二の二及び三について。
 論旨は、要するに、原判決は、被告人が公訴事実第三のB、同第四のEと面接な
どしたのは、性的欲望の満足を図る目的であつたと断定する資料がないから、公務
員職権濫用罪に当らない旨判示し、なお、公訴事実第一、同第二の場合については
特に触れていないが右と同様の認定をしたものと解される。しかし、被告人が相手
方と面接し、わいせつ行為をした際の状況、殊に、相手方に対し質問等をしないで
いきなりわいせつ行為に出ていること、被告人は本件起訴事実以外にもわいせつ行
為をしていることを綜合すると、本件は被告人の性格異状の発現したものであつ
て、すべて性的欲望の満足を図る目的、少くともその意図で職務に仮託して呼び出
し、面接などをしたもので、相手方には本来それに応ずる義務はないのであるか
ら、本件は正に職権を濫用し、義務なきことを行わせた場合に当り、公務員職権濫
用罪を構成する。原判決は証拠の取捨選択を誤り事実を誤認し、ひいては刑法第一
九三条の解釈、適用を誤つたものであり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明
らかであるから、破棄を免れないというのである。
 よつて、記録を調査して案ずるに、公訴事実第一、同第二の場合、被告人がわい
せつ行為をする目的で相手方を呼び出し、面接したものであるとしても、右の呼出
し、面接は職務行為に当らず、従つて、それが刑法第一九三条の公務員職権濫用罪
を構成しないことは前記一において説明したとおりである。しかし、公訴事実第三
のB、同第四のEはいずれも当時保護観察の対象者であつたものであつて、被告人
に同女らを呼び出し、これと面接する一般的権限があつたものであるから、右両名
の場合について検討すると、被告人が同女らと面接などしたのは、所論のように同
女らに対しわいせつ行為をすることを目的とし、ないしこれを意図してなしたもの
と窺われる節がないこともない。しかし、B及び被告人の司法警察員及び検察官に
対する各供述調書、Eの検察官に対する供述調書、被告人の原審公判における供述
を仔細に検討して、右の面接等の事情、強制わいせつ行為をした際の状況を見る
と、公訴事実第三の一の場合は、虞犯で少年院に収容されたのち仮退院して保護観
察に付されたBは、遵守事項を守らなかつたため長野少年鑑別所に収容されたが、
釈放されることとなり、長野保護観察所としては同女を引き取つて長野県婦人相談
所付設のときわぎ寮に収容することとなつたので、被告人は少年鑑別所から同女を
引き取り、事情聴取のため一旦保護観察所に連行し、面接室においてかなりの時間
事情を聴取し、指示も与えたのち、強制わいせつ行為をしたものであり、公訴事実
第三の二の場合は、当時Bは担当保護観察官の世話で公衆浴場大峯温泉の女中とし
て働らいていたのであるが、被告人は、問題の日の前日、右浴場の女主人からBが
会いたいといつている旨電話連絡を受け、その際Bは仕事に落付きがなくて困る旨
の苦情をもいわれたので、その翌日右浴場にBを訪ねて行き、同女の居室で少し話
をしたのち、強制わいせつ行為をしたものであり、公訴事実第四の一の場合は、虞
犯、窃盗で保護観察に付されたEは、家出したことで母に連れられて保護観察所に
出頭し、前記ときわぎ寮に収容されていたが、被告人は同女を散歩に誘い出し、同
女の将来のことについて少し話をした程度で、強制わいせつ行為をしたものであ
り、公訴事実第四の二の場合は、Eが再び家出したことで母に連れられて保護観察
所に出頭したので、被告人に面接室でこれと面接したうえ、母を帰し、Eを前記と
きわぎ寮に収容するため居残らせたのち、強制わいせつ行為をしたものであること
が認められる。してみると、右公訴事実第四の一の場合はいささか明確を欠くが、
その余の場合相手方と面接し、或いは相手方を居残らせたことについては正当な理
由がなかつた訳ではなく、また、強制わいせつの行為も所論のように必要な質問等
をしないでいきなりなされた訳でもないのであり、公訴事実第一、同第二の場合も
右と殆んど同様であつたものである。なお、被告人は、Bとは本件の二度にわたる
犯行の中間において二回ぐらい面接し、その際軽くくちづけをしているが、Eにつ
いては本件の前に二回ぐらい面接し、その際は何らわいせつ行為をしておらず、そ
の他本件の四人の外にも一、二の者に対しわいせつ行為をした場合があるが、被告
人の接触した相手方は多数に上るものと推認されるから、被告人が常にわいせつ行
為をしていたものとも解されない。そして、被告人は捜査官に対し本件はその場で
助平根性を起してしたものである旨供述し、原審公判においても、第一回公判の冒
頭においては公訴事実は間違いない旨陳述したが、第二回公判においては捜査官に
対する供述調書のとおりである旨前の陳述をひるがえし、被告人作成の上申書も右
の趣旨と異るものではなく、なお、当審公判において、本件は相手方に親近感を抱
かせるため意識してしたものである旨、指導の方法について極めて異常な考えを述
べているが、右は弁解と誇張に過ぎるものであつて必ずしも被告人の真意を披瀝し
たものとも解されない。以上の諸点を併せ考えると、被告人が捜査官に対し供述し
たとおり、わいせつ行為をする意思はたまたまその場において生じたものであつ
て、予めその目的ないし意図があつたものではないと解せられる余地があるのであ
り、従つて、所論のように被告人が性欲の満足を図る目的ないし意図で相手方と面
接などしたというにはその証明が十分でなく、これを断定するに足りない。若しそ
れ本件の場合において公務員職権濫用罪が成立する場合ありとすれば、被告人が当
初よりわいせつないし強制わいせつの目的をもつて相手方を呼出し、面接した場合
であるが、この場合といえども、右呼出し、面接した行為が同罪に該当し、その機
会に行われたわいせつないし強制わいせつの行為まで公務員職権濫用罪に包含され
るものではないこと前記二に説明したとおりであつて、それは別罪を構成するので
ある。してみると、公訴事実第三、同第四の相手方を連行し、連れ出し、居残ら
せ、面接した点は公務員職権濫用罪に当らず、これと同旨に出た原判決の判断は相
当であつて、所論のような事実誤認、法令の解釈、適用の誤りはない。論旨は理由
がない。
 (その余の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 松本勝夫 判事 山岸薫一 判事 石渡吉夫)

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