弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役一四年に処する。
未決勾留日数中五四〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は、
第一 平成一一年一一月二二日午前一一時五〇分ころ、東京都文京区a丁目bc番
d号e寺境内東側公衆トイレ内において、A(当時二歳)に対し、殺意をもって、
同児の頸部を同児が身に付けていたマフラーで絞め付け、よって、そのころ、同所
において、同児を窒息死させて殺害し、
第二 前記日時ころ、前記場所において、Aの死体を所携の黒色手提げバッグに入
れ、いったん同区fg丁目h番i号j号室被告人方に運び込んだ後、新幹線等を利
用して静岡県志太郡k町l番地B方まで運び、同日午後四時三〇分ころ、右死体を
C方庭の土中に埋め、もって、死体を遺棄し
たものである。
(量刑の理由)
一 殺意形成過程の検討
 1 本件は、自らも二児の母である被告人が、二歳の女児を殺害し、その死体を
遺棄した事案である。被害者の母親とは、同じ幼稚園に子供を通わせるなどして五
年以上にわたり表面的には平穏な交流が続いていたものであり、女児に対する殺意
がどのようにして形成され、その実行等がされたのかは、被告人に対する適正な刑
を量定するに当たって重要な意義をもっていると考えられるところ、検察官と弁護
人との間で看過できない主張の食い違いが見られる。そこで、以下では、まずこの
点に関する検討を加えることとする。
 2 前提事実
  (一) マフラーで首を絞め付けその場で窒息死させるという本件犯行態様に照
らしても、犯行時点において被告人が被害者であるAに対して確定的な殺意を抱い
ていたことに疑いの余地はない。
    そして、被告人が被害者の母親であるDと知り合った後、Dそして被害者
に対してどのような思いを抱き、最終的にそれが殺意にまで至ったかについては、
いさかい等外部に示された顕著な事跡があったとは認められず、前述のとおり表面
的には母親同士の何気ない交際が続けられる中で、幼稚園関係者らはもちろんDに
も気付かれないまま、被告人の内心において攻撃的な意思が密かに生まれそれが強
固なものになっていったということができる。
    しかしながら、二人に対する攻撃的な感情が深まっていった節目節目にお
いて、周囲の者に対して被告人がその心情を吐露する言動を示していたことが認め
られる。詳細は後述するが、①長男をDの長男と同じ幼稚園に入れて一年もたたな
い時点で、Dと顔を合わせるのが嫌になった被告人は、夫に転園を提案しており、
②平成一一年七月ころからは、Dの悪口を夫に対して頻繁に口にするようになり、
また、③その後、夫に対して、「犯罪者になってしまうかもしれない。」などと言
ったこと、④犯行の一週間前ころから、被告人が長男の送り届けを夫に依頼するよ
うになったほか、掃除等の家事を顧みない日々が続いていたことも肯認される。
    このように、被告人の内心の軌跡は客観的証拠によって裏付けられている
部分があるということができ、これらを踏まえて、Dと出会って以降の心理的過程
をたどると、証拠上、次のような事実が認定できる(なお、被告人の公判段階にお
ける供述内容は、捜査段階で述べたことと基本的に異なるところはないが、殺意の
発生時期等一部の点について捜査段階の供述は誤りであるとして新たな内容の供述
をしているものもある。しかし、捜査時の供述について信用性に疑問を容れるよう
な特段の事情は窺われない反面、公判供述は、Dから差別的扱いをされたと被告人
が受け止めたという諸々のエピソードを強調し、これに対する反発や強迫観念等が
捜査段階で述べたよりも早期の段階から生じていたことを力説する内容となってい
るなど、総体としてみると、自己弁明の色彩をより濃く帯びているといわざるを得
ない。このような点から、以下の認定に反する被告人の公判供述は信用できな
い。)。
   (ア) 被告人は、平成五年五月にEと結婚したことを契機に郷里を離れて
上京し、以後夫が副住職を勤める文京区内の寺院が借り上げた本件住居で暮らすよ
うになり、平成六年一月に長男を、平成九年二月に長女をもうけた。
    (イ) 他方、Dは、平成五年三月に結婚して、被告人居住地からほど近い
場所にあるマンションに住居を置き、平成六年一月に長男を、平成九年三月に被害
者を出産した。
    (ウ) 東京に親しい友人のなかった被告人の付き合いは、夫を通じての範
囲にとどまっていたが、平成六年五月、近所の公園に長男を連れて行った際、同年
齢の子供をベビーカーに乗せていたDに声を掛けたことから知り合い、以後、互い
に誘い合わせてバザーや児童館に出掛けたり、お互いの家を訪問したりするなどし
て交際を深め、平成八年六月に被告人が長女の妊娠を知った際にも、身内以外では
Dに最初にそのことを告げ、同年九月には、被害者を身ごもったことが分かった同
女と共に水天宮に安産祈願に行くなどの仲になった。
    (エ) 平成九年四月、互いの長男が共に同じ学校法人F幼稚園に入園する
ことになり、送迎時や園外保育等でもDと一緒になる機会が少なくなかったが、同
女が入園後ほどなくして子供同士の仲が良かった別の母親と特に親しく付き合うよ
うになったことなどから、二人だけで誘い合う機会はなくなり、被告人は疎外感を
感じるようになった。
    (オ) そして、同年九月ころには、被告人のDに対するわだかまりの念が
増大し、日常のささいな態度、例えば、自分の長男に接する際の言動をとらえて
は、同女がことさら自分を疎んじているとの思いを一方的に抱くと同時に、その性
格についても違和感を強く覚え、ことあるごとに同女の言動が気に障るようになっ
て、嫌悪感を感じるようになった。
      しかし、その一方で、元々親しく交際し、同じ地域に居住して子供を
同じ幼稚園に通わせる関係にあったDとは、さりげなく付き合いたいとの気持ちも
捨てきれず、また、周囲から二人の仲が悪くなったと思われたり、仲違いをするよ
うな人間だと見られたくないとの思いも強かったことから、嫌悪感を押し隠して平
静を装おうとしたが、かえって緊張感から自然に振る舞えず、こうした心理的な葛
藤が続いた結果、嫌悪感は次第に増大していった。
    (カ) 平成一〇年三月ころになると、被告人は長男の幼稚園送迎時にDと
顔を合わせることさえも嫌になったことから、夫と長男に対し、真の理由を明かさ
ずに転園を提案したが、両名から反対されたため、結局諦めざるを得なかった。
    (キ) 同年四月に長男が幼稚園の年中組に上がった後も、Dに対する嫌悪
感は収まらず、感情を押し殺して送り迎えを続けたものの、降園時に出会った際の
被告人の長男に対する言動等が気掛かりでならず、一人ストレスを募らせ、やがて
嫌悪感は憎しみの念に変化していった。
    (ク) 長男が年長組になった平成一一年四月、Dが親しくしていた母親が
海外に転居したため、その母親との関係で抱いていた疎外感はなくなったものの、
新たに長女を連れて行くこととなった児童館の催しに、D親子も参加していたこと
などから、接触する機会が減ることはなかったため、Dに対する思いは変わること
なく続いていた。そして、同年七月ころからは、夫に対して、同女を「Wさん」と
呼んだ上で、その行動を非難する発言を繰り返すようになった。
    (ケ) 同年八月の夏休み中は、Dと顔を合わせる機会も少なかったが、九
月以降幼稚園の送迎時にはまた毎日のようにDと顔を合わせなければならないかと
思うと、我慢ができなくなると同時に憎しみが更に増し、遂に、同女に対する殺意
が頭に浮かぶに至った。そこで、夫に対して、「犯罪者になってしまうかもしれな
い。」と述べ、事態が深刻化していることをほのめかしたところ、夫からは軽く受
け流され、それ以上に心中を打ち明けたりすることはなかった。もっとも、日頃の
付き合いの中でDを殺害できる現実的な可能性はなく、被告人は、密かに同女に対
する憎悪を募らせる日々を送っていた。
    (コ) そのような中、同年一〇月初め、被告人は、稲刈りの手伝いのため
一時帰省したが、東京に戻った後再びDの顔を見なければならないと思うだけで耐
えられず、同女を殺したいとの思いとそれが現実的には不可能だとの諦念とが交錯
するうち、幼い被害者であれば殺害することはできるし、そうすれば母親としての
立場でDと顔を合わせることもなくなると考えるに至った。そして、そのころか
ら、夜も眠れなくなり、精神的にも疲労して、夫に対して、「いつも頭の中がWさ
んのことばかり。頭が割れるように痛い。」などと訴えたりし、同年一一月中旬こ
ろには、これまで自ら行っていた幼稚園への長男の送り届けを夫に任せたり、家事
をおろそかにしたりするようになった。
    (サ) そして、同月二二日、幼稚園に出迎えに行った被告人は、園が終了
した後園庭で遊んでいる長男らに帰宅を促すため、降園門に向かう通路の方に行き
かけた際、園庭の南東の角付近に一人でいた被害者に気付くや、同児を抱えて隣接
する判示公衆トイレに連れ出した上、殺意をもってその首を同児のマフラーで絞め
て死亡させた。
  (二) 以上の事情を通覧すると、被告人は、結婚して上京し他に友人もいない
状況下でDと親しくなったものの、長男の入園後、同女から疎外されているとの思
いを抱くと同時に、その性格についても違和感を覚えるようになり、平静を装った
ものの、嫌悪感、更に憎しみへと感情が高ぶり、遂には殺意を覚えるまでに至り、
さらに、大人のDを殺害することは実際上困難であるが幼い被害者であれば可能で
あり、それによりDと顔を合わせなくても済むとの考えから、被害者に殺意を向け
るようになったことが認められる。
    このような殺意の形成過程については、当事者間でも基本的には争いがな
いが、悪感情が殺意へと肥大した点について影響を与えた別の要因の有無や、被害
者に対する殺意を覚えた後本件を実行するに至るまでの心理等について、以下のよ
うな対立がみられる。
  (三) 争点
   (1) 弁護人の主張
     弁護人は、①長年の摂食障害に端を発した強迫性障害(本人は止めたい
と思っているにもかかわらず、ある行動や考えを止めることができない心理的状
況)によって、D及び被害者に対する殺意が生じ、②当初これらの殺意は、強迫観
念を解消するためのカタルシスとして観念上のものにとどまっていたが、日常生活
のストレスが高じて、被告人が抑うつ状態になり、自己統制が不可能になったこと
により、偶然の機会に現実となったとし、本件には、病的要因が影響していると主
張する。
   (2) 検察官の主張
     これに対して、検察官は、本件犯行は被告人の特異な性格に由来すると
して、病的な要因等を否定した上で、①殺意形成の背景には、Dへの競争心があ
り、犯行直前の一一月に入ってから長女が国立大学附属幼稚園に不合格になったこ
とや児童館で同児に対してDが理不尽な言動に及んだと受け止めたことなどから、
被害者への殺意を一段と強め、さらに、犯行前日には姓名判断の記事を読んで長女
と被害者の運勢を比較し、競争心の裏返しとしての屈辱感を抱くとともに、被害者
への殺意が一層かき立てられたと主張し、また、②被告人は、かねてから被害者を
幼稚園脇の護国寺境内で殺害することと決め、殺害後に遺体を運ぶために本件黒色
手提げバッグを持ち歩いていたのであり、周到な準備の下に計画的に本件が敢行さ
れたという。
   (3) 右の対立は、量刑を決定するに当たって重要な要因に関わるものである
と解される。そこで、以下では、Dに対する殺意が形成されるに至るまでと、被害
者に殺意が向いて実行されるまでとに時期を分けて、それぞれの主張の相当性を検
討する。
  (四) Dに対する殺意形成
   (1) まず、前記認定のとおり、被告人はDに対して、平成九年九月ころには
嫌悪感を覚え、さらに、平成一一年に入ると憎悪の念を抱き次第にその感情を強め
ていたが、他方では、幼稚園関係者らの評価を気にして平静を装おうと努め、かえ
って緊張感を高めていたのであって、このような状況からは、被告人が「過剰適
応」を示していたこと、すなわち、人の目を気にして周囲に自分を合わせることで
自我を抑圧し、その結果強度のストレスや疲れを感じていたことを認定することが
でき、そうした被告人の性格が、Dに対する悪感情を一方的に肥大させていったこ
とと関連性を有していることも肯定できる。
   (2) そして、弁護人は、被告人は結婚の前年までの九年間にわたって摂食障
害に苦しんできた患者であって、既に精神面においては強迫性障害に陥っており、
この疾患に基づき、結婚後強迫の対象が、夫、続いてDに転化した後、過剰適応に
よってこだわりが憎しみに変化していったものであるという。
   (3) なるほど、被告人は、短大を卒業し看護婦としてG大学医学部附属病院
に就職した後、一月余りで退職し、その後昭和六一年に再就職するまでの期間を自
宅で過ごしたが、その際、過食の時期があったことが、母親の供述によって裏付け
られている。
     しかしながら、昭和六一年に再就職したH病院において過食・拒食によ
る異状が生じた形跡は、上司の看護婦や母親の供述からは窺えない(この点に関
し、被告人は公判において、浜松医大以外の時期にも過食・拒食に苦しんだことを
強調するが、捜査段階の供述と対比すれば、額面どおりの重度の症状があったとは
解されない。)。また、同病院を退職し、平成五年に結婚した以降についても、そ
のような症状が出ていないことは、被告人自ら認めるところである。
     さらに、典型的な摂食障害者にみられるとされる親しい他者(身内)に
対する「支配的依存・依存的支配」等の症状が被告人について発生したことも証拠
上見出せない。
     このような点にかんがみると、結婚前の時期における被告人の摂食障害
的状況が持続的で深刻なものであったとはいい難い。
   (4) したがって、被告人の摂食障害が病的で重大であったことを前提として
その後の強迫性障害を論じる弁護人の主張は、その前提において説得力を欠くとい
うほかないが、さらに、結婚後Dと付き合うようになって以降の時期をみても、病
的な強迫性障害に罹患していたとする所論にはくみすることができない。
     すなわち、弁護人は、「人に合わせて過剰適応していく被告人は、Dと
の付き合いを重ねるにつれてDと自分との性格の違いを実感したが、すべてをDに
合わせることによって、その場を取り繕っていく態度に終始することになった」と
いう。しかし、被告人が、Dに対するこだわりや嫌悪感等を抱いているにもかかわ
らず、幼稚園や児童館等を通して他の母親らと付き合う中で、そうした感情を表出
する振る舞いに出なかったことは肯認されるが、Dの生活スタイル等に一方的に合
わせるような行動に終始していたわけでないことは、長男の幼稚園の選択や児童館
等での行事への参加状況をみても明らかである。
     このほか、前記認定のとおり、平成一一年に入った後、被告人のDに対
する嫌悪感は積極的な憎しみの念にまで高まっていたことが認められるところ、こ
の時期においても、摂食を含めた日常生活面で、強迫性障害が悪化したことを示す
兆候があったことを証拠上見出すことはできない。
     さらに、被告人のDに対する殺意は、比較的長い時間の中で、疎外感・
わだかまり、嫌悪、憎しみという段階を経て最終的に生じたことが認められるので
あって、こうした心理上のプロセスは、病的な要因を介在させなくとも相応の了解
が可能であるという点も看過できない。
   (5) 以上により、Dに対する殺意が形成された点に関して、病的要因の存在
を強調する弁護人の主張は採用できない。
(五) 被害者に対する殺意形成
   (1) 弁護人の主張について
    (ア) 前記のとおり、弁護人は、被害者に対する殺意についても、強迫性
障害の影響下に形成され、また、当初は強迫観念を解消するためのカタルシスとし
て観念上のものにとどまっていたが、被告人が抑うつ状態に陥った後、偶然の機会
に現実となったという。
(イ) しかしながら、弁護人の主張の前提となっているDに対する殺意形
成についての評価がそもそも相当といえないことは、前述したとおりである。ま
た、その殺意が漠然としたものにとどまっていた可能性は否定できないとしても、
被害者については、Dの殺害が実際上困難であるとの認識を前提にして、実行可能
な対象として新たに選別されたものであって、同様の程度に漠然としたものであっ
たとは到底解されず、具体的実行に向けて被告人が一歩を踏み出したと評価するほ
かない。
    (ウ) もとより、本件当時の被告人とDの毎日の生活状況をみれば、被害
者の場合であっても、被告人と一対一になる可能性は乏しく、その意味では、対象
を変えたからというだけでは、実行が相当具体的に企図されたとまではいい難い。
また、幼い被害者を殺害することに躊躇を覚えていたことも証拠上否定できない。
  しかし、関係証拠によれば、その後、一一月に入ってから、長男・長
女の進学・入園問題や近隣の幼稚園での焼き芋会等でDらと接触する機会がそれま
でより増大したことが認められ、そうした中で、被告人の嫌悪感・憎悪感が一層増
幅されたことは想像に難くない。現に、被告人は、園庭の隅に一人でいた被害者を
認めるや、即座に抱き上げて降園門を出、そのまま公衆トイレに入って殺害を実行
しているのである。
  また、殺害直後被告人が夫や他の園児の母親らと接した際に平静さを
保持していること等にも照らせば、Dら親子に対する殺意の高まりの結果引き起こ
された日常生活の乱れを別とすれば、その高まりと関係のない要因によって被告人
が抑うつ状態に陥っていたとも認め難い。
  そうすると、事件当日までの間に被害者に対して形成されていた殺意
の発現として本件が敢行されたというほかない。
   (2) 検察官の主張について
(ア)検察官の所論は、右に述べたような病的な要因を問題としないとい
う点で正当といえるが、他方、殺意形成に関してDに対する競争心の存在を強調す
るとともに、本件が周到な準備の下に計画的に犯されたとする点については、証拠
を正しく踏まえた議論とはいえず、賛成できない。
(イ) まず、検察官は、被告人が自己の長女と被害者との関係について競
争心を抱き、何らかの形で差を付けられることに、少なからず衝撃を受ける心理状
態であったとした上で、平成一一年一一月一一日に、被害者が国立大学附属幼稚園
の第一次検定に合格したのに対して被告人の長女は不合格になったことを指摘する
ほか、犯行前日被告人が美容院において雑誌の姓名判断の記事を読んで被害者と長
女の運勢を比較し屈辱感を抱いたことが認められるとして、被告人は、これらの事
情により被害者への殺意を一層かき立てて、本件に及んだという。
      もとより、被告人がDに対して強い嫌悪感や憎しみを抱いていた以
上、その心理の中に、同女に対する競争心も含まれていたことは否定できない。し
かしながら、競争心からDらと張り合い、そのことが主たる原因となって被告人の
殺意が形成されたことを指し示す具体的な形跡は証拠上認められない。また、いっ
たん殺意まで抱くに至った後についても、前記のとおり、Dらと日常的に接触する
機会が増えたことによって、一層そうした感情が高まったものと解することができ
るのであって、この段階において別途競争心が存在したことを強調するのには疑問
がある。現に、双方の長女の国立大学附属幼稚園の受験については検察官指摘のよ
うな結果となったことが認められるが、その後の長男の小学校受験に関する第一次
選考については、逆の結果となっているのであって、ことさら前者の点のみを取り
上げるのはうなずけない。また、姓名判断の記事を読んだことが、翌日本件を敢行
する重要な契機となったということを示す証拠も見出せない。
    (ウ) 次に、検察官が、本件は周到な準備の下でされた計画的犯行である
とする点についても、証拠に照らし、採用できない。
      主張の根拠として、検察官は、①死体を入れて判示公衆トイレ内から
運び出すのに使われた黒色手提げバッグは、あらかじめその目的のため被告人が携
帯していたものと解されること、②捜査段階の警察官調書において、被告人は、一
一月一七日か一八日ころ、降園時被害者がDから離れて一人になり近くに誰もいな
い時、同児を幼稚園の外に連れ去り、直ぐ近くの護国寺の境内の人目に付かない場
所まで運び、その場所で被害者の首を手で絞めて殺害することと決めた旨供述して
いることを挙げている。
      しかし、本件幼稚園の降園時の状況に照らせば、被告人が被害者と一
対一となった上で、誰にも見とがめられずに連れ出すことが非常に困難であると予
想されたことは疑いの余地がなく、犯行当日においても、被告人は帰宅しかけた
が、子供が園内で遊びたがったため、帰る意思を示すために降園門の方に向かった
ところ、たまたま被害者が一人でしゃがんでいるのに気付いたものであることが認
められるのであって、計画遂行のために被害者を探し求めたといった形跡は、当時
園内にいた他の母親らの供述を検討しても全く窺うことはできない。また、右の警
察官調書の後で作成された検察官調書においては、「それで、もう機会されあれば
Aちゃんを殺してしまおうと決意しました。ただ、具体的な方法までは考えておら
ず、漠然とですが、幼稚園からAちゃんを連れだし、どこか人気のない場所で殺し
てやろうと思っていたのでした。」旨が記載されているのにとどまっていることに
も照らせば、具体的犯行計画に関する警察官調書の記載をそのまま信用することは
できないというほかない。
      次に、黒色バッグの点についても、なるほど当日これを使う必要性が
被告人にあったとはいえないが、他方、それを死体運搬目的で携帯していたことを
推認するに足りる十分な具体的証拠があるとは到底いい難い(ちなみに、前記警察
官調書中の説明部分においても、死体は殺した場所にそのまま捨てるつもりだった
とされており、バッグの必要性を見出すことはできない。)。
   (3) 小括 
     以上の検討を被告人の心理に即して述べれば、当初Dに向いていた殺意
は、実行可能性がないとの理由から被害者に転化し、同児が一人になった隙に幼稚
園から連れ去って殺害するといった方法も浮かんだものの、実際上そのような機会
が訪れる可能性は乏しいので容易ではないとの思いや、何ら落ち度のない被害者を
殺害することにはためらいがあったことから、それ以上具体的には検討されないま
ま、ただ、Dに対する憎悪はこれまでにも増して高まっていた状況下にあったとこ
ろ、当日たまたま一人でいる被害者を認めたことから、一気に行動に出たものと認
めることができる。
二 量刑の事情
  以上の結果をも踏まえて、被告人に対する量刑を検討する。
 1(1) 本件は、被告人が知人の二歳八か月の女児を殺害し、その死体を土中に遺
棄した事案である。
    同年代の子供をもつ母親同士の交際に端を発したという本件特有のいきさ
つをどのように評価すべきかについては後述することとし、まず被害者に対する犯
行態様を中心に検討すると、被告人は、何ら責められるべきものもない被害者につ
いて、ただ、幼く抵抗のできない弱者であるという理由から、その母親に対する憎
悪等の感情を晴らすとともに、関係を解消するための対象として殺意の矛先を向
け、幼稚園の庭の隅に一人でいた被害者を抱き抱えて付近の公衆トイレに駆け込
み、同児のマフラーで首を絞めたもので、咳き込み苦しむ姿を目にして一瞬ためら
ったことが窺われるものの、その後は一気に絞め続けて死に至らせている。被害者
とは、その出生以来幼稚園や児童館等で毎日のように顔を合わせてきたものである
上、被告人自身同年齢の女児を抱える母親であったことにも照らせば、余りに酷い
所業というほかなく、これを正当化する余地はない。殺害後の行動をみても、発覚
を防ぐために手提げバッグを利用することをその場で思い付き、遺体をその中に押
し込めていったん帰宅した後、新幹線等を乗り継いで静岡県内の実家まで赴き、庭
の土中に埋めて隠匿した上、バッグ等を処分しているのであって、その間、被告人
に接した幼稚園関係者、夫、乗客等の中に大きな心の動揺等を見て取った者はな
く、一定の計算を働かせて行動していたことは否定できない。このように、殺害及
びそれに続く死体遺棄の一連の行動を通じ、無垢で幼き命への慈しみの情を見出す
ことは困難であって、確定的殺意の下にされた非道な犯行というべきである。
    被害者は、両親や兄、祖父母らの愛情に囲まれ幸せな日々を過ごしてい
た。幼稚園も決まり翌春からの通園を楽しみにし、幼いなりに思い描いていたであ
ろう未来への扉を、苦しみのうちに一瞬にして閉ざされることとなったものであっ
て、その痛ましさはいいようもない。同時に、突然園内から被害者の姿が消え、そ
の身を案じつつ眠れぬ夜を送った後変わり果てた姿と対面することを余儀なくされ
た家族の衝撃には計り知れないものがあったと推察され、本件審理を通じて今なお
癒えない心の傷を吐露する両親の悲しみは限りなく深い。そして、被告人に対する
処罰感情は峻厳である。
  (2) 次に、被告人が本件犯行を敢行するまでの経緯は前述したとおりである。
周到に準備された計画的犯行であるという検察官の非難は必ずしも的を射たものと
はいえないが、他方、長い期間にわたる内面の葛藤を経て、母親そして被害者に対
する強度の暴力的害意を抱くところとなり、その発現として犯行当日の行動がとら
れたものであり、そうした殺意の形成過程を全体としてみれば、とっさにされた発
作的・衝動的な犯行とも到底いい難い。
そして、母親に対して激しい害意を抱かなければならないような、あから
さまで理不尽な仕打ち等を同女から受けたことがないことは、被告人自身が認める
ところであって、日常的な交際の中で、同女の言動等に対して被告人が一方的に反
感や敵意の感情を増殖・肥大させていったというほかない。これを被害者の両親の
側からいえば、知り合った当初のような親しさはその後失われていたものの、被告
人の害意など知るよしもない状況下で、同じ年頃の二人の子供を抱える知人として
ごく普通の交際を続けていたところ、最愛の娘が突然殺害の標的とされたものであ
って、このようないきさつから被告人に特段有利となる情状を酌み取ることは困難
である。
    この点に関連して弁護人は、ストレスの原因となった被害者の母親との関
係を解消ないし修復することは、母として、また妻としての立場や、被告人の性格
に照らして困難な実情にあったという。
    なるほど、被告人が悪感情を払拭できなかったことについて、過剰適応を
しがちな性格が影響していることは否定できないし、平成一一年春ころまでの間
に、被告人なりに関係を修復しようとして、一人苦しんだ形跡も窺われないではな
い。しかし、被害者の母親に対する感情は、単なるストレスという程度を超えて、
嫌悪を経て憎しみへと変わり、さらに、平成一一年九月以降殺意の念が浮かぶまで
に高まっていったのであって、こうした事態の深刻化について真剣に自省すれば、
犯行に至るまでの間において多様な対処手段があり得たことは疑いない。また、前
記認定のとおり、母親への殺意を抱いた後、被告人が、夫に対してその点をほのめ
かしたことも認められるが、その告白は、中途半端なものにとどまり、率直かつ十
分なものであったとはいい難く、特に酌むべき事情になるとは解されない。
    換言すると、殺害の具体的な実行の意思は、犯行当日被害者の姿を目の前
にして瞬間的に形成されたとしても、被告人において、その母親との交際に関して
次第に深刻化する事態を結局は成り行きに任せ、心中における非合理な攻撃的意思
の極度の高まりを放置し続けたことで、本件のような惨事を引き起こしたというこ
とができるのであって、その意味で本件は長期間にわたる被告人の自己中心的な態
度が招いたものというほかなく、厳しい非難を免れることができない。
 (3) 以上によれば、被告人の責任は重大といわざるを得ない。
 2 他方、被告人のために酌むべき事情として、以下の点が挙げられる。
  (1) まず、被告人は犯行の三日後警察署に赴いて自首している。
    この点、検察官は、自首の経緯等に照らせば、被告人には重大犯罪を敢行
したことに対する真摯な改悛の情が微塵も認められないなどと主張し、自首の点を
被告人のために有利な情状として斟酌することは失当であると断ずる。
    しかし、関係証拠を総合すると、被告人は、犯行の翌日には実母に対して
犯行を打ち明けたことが認められ、その後逡巡の情を示したことはあったものの、
結局夫の説得を受け入れ、未だ捜査機関の疑念が向けられる前の段階において、重
い刑に処せられ家族にも甚大な影響が生じるであろうことを覚悟しながら、自ら警
察署に足を運んだ上、罪を全面的に認める供述をしたのであるから、そこに自らの
犯した愚行に対する悔悟の念を読みとることはできるのであって、検察官の前記見
解はいささか酷に過ぎて妥当とはいい難く、有利な情状として相応に評価すべきも
のがあると解される。
  (2) 次に、被告人は、捜査・公判を通じて本件各犯行を全面的に認めている。
    この点についても、検察官は、被告人が被害者の母親にも本件の原因があ
るかのように供述するほか、自己の性格が生育環境、家庭環境、夫の態度等にも影
響されたなどと暗に述べることにより、自己の責任を他に転嫁ないし拡散すること
で矮小化しているなどとして、真摯な反省の態度は窺えないと主張する。
    たしかに、特に公判における被告人の供述状況をみると、被害者の母親と
の交際状況等については細かく述べる一方で、悪感情の高まりを自覚しながらそれ
を解消するための措置をとろうとしなかった点について自らに率直に問うことを避
けている感がいなめず、そのため、自己防衛、自己正当化的な態度が見受けられな
いわけではない。
    しかし、犯行の際の具体的状況については、事実関係を隠すことなく述べ
ていると認められる上、被害者やその家族に対して謝罪の情を述べている点が被告
人の心情から出たものであることも肯認できる。また、被害者母子との関係を別と
すれば、夫を助け、二人の子供を育てながら、家庭の幸せを夢見て平凡な市民生活
を送ってきたのであって、本件によってそれまでに自らが築いてきたものすべてを
失ってしまったとの悔恨もまた、偽りのない思いであると認められる。こうした点
に照らせば、事実関係を認めている点に関し、量刑に当たって一定の斟酌すべき情
状が存在するということができる。
  (3) その他、被告人にはこれまで前科前歴がないこと、夫が勤務先を辞職する
など本件は被告人の家庭にも少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われること等の事
情も存する。
3 以上検討した諸事情を総合考慮して、主文の刑に処するのが相当と判断し
た。(求刑 懲役一八年)
(裁判長裁判官大谷直人 裁判官早川幸男 裁判官吉田智宏)

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