弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役18年に処する。
未決勾留日数中460日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人は,別紙(注:略)記載のとおり,平成25年11月27日午後0時
51分頃から同年12月2日午後0時17分頃までの間,4回にわたり,札幌
市a区b条c丁目d番e号A店ほか3か所において,商品として陳列されてい
た同店チーフBほか3名管理の年賀はがき約1912枚(販売価格合計約19
万5352円)を窃取した。
第2被告人は,札幌方面北警察署(以下「北警察署」という。)に所属する警察
官が行った前記窃盗事件等への捜査に対する不満等から,同署及び同署に所属
する警察官らへの恨みを募らせ,
1平成26年1月27日午前9時25分過ぎ頃から同日午前9時30分頃ま
での間,同区f条g丁目h番i号所在の北警察署南側駐車場において,同所
に駐車中の同署職員C使用の普通乗用自動車(所有者D株式会社)後部付近
の雪面にブタンを主成分とするガスが入ったカセットガスボンベ(内容量約
250グラム)3本,着火剤及びろうそく等を置き,これに火を放ち,燃え
上がった炎の熱により,その頃,前記ガスボンベ内のガスを膨張させて同ガ
スボンベのうち2本を順次破裂させるとともに,破裂させたガスボンベ中の
ガスに引火させてこれを爆発させ,よって,前記自動車のリアバンパ等を損
壊(損害見積額20万4992円)するとともに,人の生命・身体及び財産
に危害が生じるおそれのある危険な状態を発生させ,もって公共の危険を生
じさせ,
2同区j条k丁目l番m号所在の店長Eが看守し,現に多数の客らがいるF
店(鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付2階建,床面積合計21731.
19平方メートル)を焼損する目的で,同年2月20日午後4時45分頃,
同店内に1階正面出入口から侵入し,同日午後5時10分頃から同日午後5
時17分頃までの間,同店2階靴売場において,ブタンを主成分とするガス
が入ったカセットガスボンベ(内容量約250グラム)2本及びコットン等
を入れたビニール袋の上に固形燃料等を載せたものを商品陳列棚の奥に置き,
これに火を放ち,同店を焼損しようとしたが,天井に設置されたスプリンク
ラーが作動して放水を行ったことなどにより,同棚に陳列されていた商品及
びその紙箱等を焼損させたにとどまり,その目的を遂げず,
3激発物を破裂させる目的で,同年3月18日午後3時40分頃から同日午
後4時30分頃までの間,同区n条o丁目p番q号所在のG店店長Hが看守
する同店立体駐車場に同駐車場入口から自己が使用する普通乗用自動車を運
転して侵入した上,同駐車場の3階部分に駐車中のI使用の普通乗用自動車
(所有者株式会社J)後部付近の床面にブタンを主成分とするガスが入った
カセットガスボンベ(内容量約250グラム)2本及び着火剤等を置き,こ
れに火を放ち,燃え上がった炎の熱により,同日午後4時30分頃,前記ガ
スボンベ内のガスを膨張させて同ガスボンベ2本を順次破裂させるとともに,
同ガスボンベのガスに引火させてこれを爆発させ,よって,前記自動車のリ
アバンパーアッセンブリー等を損壊(損害見積額55万6200円)すると
ともに,人の生命・身体及び財産に危害が生じるおそれのある危険な状態を
発生させ,もって公共の危険を生じさせ,
4同区r条s丁目t番u号所在の店長Kが看守し,現に多数の客らがいるL
店(鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建,床面積6344.43平方メートル)
を焼損する目的で,同月27日午後5時40分頃から同日午後5時55分頃
までの間,同店のトイレ内に侵入し,同トイレの男子用トイレの大便用個室
に,ブタンを主成分とするガスが入ったカセットガスボンベ(内容量約25
0グラム)5本及び着火剤等を置き,これに火を放つとともに,その熱によ
り前記ガスボンベ内のガスを膨張させて破裂させた上,同ガスボンベのガス
に引火させてこれを爆発させ,それらの火を同トイレの壁などに燃え移らせ,
よって,同店の男子トイレ及びトイレ共用部を焼損(焼損床面積合計約34.
75平方メートル)し,
5激発物を破裂させる目的で,同年4月3日午後11時30分過ぎ頃から同
日午後11時44分頃までの間,同区v条w丁目x番y号所在の現に人が住
居に使用する警察公宅(鉄筋コンクリート造亜鉛メッキ鋼板葺4階建,延べ
床面積合計868.24平方メートル)に北側出入口から侵入し,1階階段
踊り場において,ブタンを主成分とするガスが入ったカセットガスボンベ
(内容量約250グラム)5本及び着火剤等をビニール袋に入れて置き,着
火剤に点火して火を放ち,燃え上がった炎の熱により,その頃,前記ガスボ
ンベ内のガスを膨張させて同ガスボンベのうち3本を順次破裂させるととも
に,同ガスボンベのガスに引火させてこれを爆発させ,よって,前記警察公
宅北側出入口の引き戸の窓ガラス等を損壊(損害額合計33万6528円相
当)し,もって激発物を破裂させて現に人が住居に使用する建造物を損壊し
た。
(証拠の標目)

(事実認定の補足説明)
1弁護人は,判示第2の1ないし5の事実記載の各事件(以下,時系列順に第1
ないし第5事件という。)につき,被告人は犯人ではないと主張し,被告人もこ
れに沿う供述をするので,以下に検討する。
2被告人が作成した画用紙メモについて
⑴平成26年4月28日に被告人方から,被告人が画用紙に記載したメモ(以
下「画用紙メモ」という。)が押収されているところ,これには第1ないし第
5事件において使用されたカセットガスボンベ(以下,単に「ガスボンベ」と
いう。)の商品名や製造メーカー又は販売店を表すと思われる記載があり,こ
れらの記載は,第1ないし第5事件の各事件で実際に犯行に使用されたガスボ
ンベの商品名等と一致していた(なお,第3事件については,画用紙メモに
「M」「M」「2メーカー」と記載されているが,実際に犯行に使用された2
つのメーカーのガスボンベを両方販売している店舗は北海道内では「M」のみ
であり,この点において一致している。)。
⑵第1ないし第5事件において使用されたガスボンベのうち,第4事件で使用
された5本のガスボンベ,及び,第5事件で使用されたもののうち2本のガス
ボンベは,一見しただけでは商品名等を把握できない程度に焼け焦げた状態で
発見されているところ,警察がこれらの焼け焦げたガスボンベの商品名等を把
握したのは画用紙メモが被告人方から押収されたよりも後の時点であったから,
少なくともこれらの焼け焦げたガスボンベの商品名等は,画用紙メモが作成さ
れた時点では,犯人以外の人物には報道等によっても知り得ない事実といえる。
⑶そうすると,被告人は,犯人以外には知り得ない事実を画用紙メモに記載し
ているのであり,この事実は,被告人が犯人であることを強く推認させるもの
といえる。
3犯行声明文について
⑴北警察署や報道機関宛てに送付又は遺留された5通の犯行声明文(以下,送
付又は遺留された時系列順に犯行声明文1ないし5という。)は,①犯行声明
文が送付又は遺留された時点では警察すら把握していなかった犯行現場に遺留
された物品や犯行に使用されたガスボンベの種類及び本数と一致する記載がさ
れていたことや,②犯行声明文の作成者が第1ないし第5事件を起こしたこと
を伝える内容であったこと,③全て同一の種類のノート片や封筒が使用されて
いたことなどからすると,第1ないし第5事件の犯人である同一人物が作成し
たものと認められる。
⑵そして,被告人方の寝室の押入れの布団の間からは,犯行声明文1ないし5
が記載されたノート片が切り離されたと認められるノート,犯行声明文1ない
し5を作成し,送付又は遺留する際に使用されたと認められる封筒,ゴム印,
テンプレート,のし袋,及び,テーピングテープなどのほか,犯行声明文5の
続きの番号が付された書きかけの犯行声明文が発見,押収されている。
また,犯行声明文5には北警察署に所属する10名の警察官の姓が記載され
ており,被告人が作成した画用紙メモには13名の姓が記載されていたところ,
そのうち8名の姓が一致していた。それらの姓の警察官が異なる部署に所属し
ていることや,8名の姓には特に多いとはいえないような姓も含まれているこ
とからすれば,このような一致が起きる確率は低く,犯行声明文5は,画用紙
メモと同じく被告人が作成したものと考えられる。
さらに,犯行声明文4は平成26年4月4日午後4時56分頃に北警察署警
察官Nが同署南側駐車場内で発見しているが,その直前に被告人が同署を訪れ
ており,被告人には犯行声明文4を置いておく機会があったといえる。
これに対し,弁護人は,犯行声明文4を前記日時頃に発見したという証人N
の証言は信用できないと主張する。しかし,同人の証言内容に不自然な点は認
められず,北警察署付近を巡回していたとする時刻が同署に設置された防犯カ
メラの映像によって裏付けられてもいる。なお,同防犯カメラの映像によれば,
同人は,同署前の歩道から犯行声明文4を目撃した後,急いで遺留場所に向か
った様子は見られないが,目撃当初は不審物とは認識していなかったというの
であり,そのことは犯行声明文が置かれていた状況に照らして不自然ではない。
そうである以上,同人は,置かれていた物が不審物であるとは認識していなか
ったのであるから,急いで遺留場所に向かわなかったとしても不自然とは言え
ない。
さらに,弁護人は,発見時から約1か月後に作成された供述調書において巡
回場所や発見場所に関して異なった供述がされていたと主張するが,そうであ
ったとしても,いずれも記憶の混同やささいな間違いに過ぎないのであって,
前記Nの証言の信用性を損なうものではない。
したがって,同人の証言は信用することができる。
以上の事実からすれば,被告人が犯行声明文1ないし5を作成したと認める
ことができ,そのことは被告人が犯人であることを強く推認させるものといえ
る。
4被告人の弁解について
⑴これに対し,被告人は,被告人方から押収された犯行声明文作成に使用され
た道具や書きかけの犯行声明文等は,平成26年3月13日に真犯人と思しき
人物によって被告人方に投函されたものであり,また,画用紙メモは,被告人
が犯人を推理しようと考えをまとめるために,そのとき一緒に投函されたコピ
ー用紙に記載された内容を画用紙に転記したものであると弁解し,弁護人もこ
れと同様の主張をしている。
⑵しかし,犯行声明文には平成26年3月17日以降の北警察署の人事に関わ
る情報や,同月27日以降に発生した,第4事件で被害にあった者のコメント
に関する記載や,第5事件の犯行時に前を歩いて帰宅する公宅居住者がいたこ
と(第5事件直前に帰宅する居住者がいたことは証拠により認められる。)につ
いての記載があるから,被告人の弁解を前提にすると,前記コピー用紙にも同
様の記載があったことになる。また,書きかけの犯行声明文には同年4月に放
送されたテレビニュースの報道における出演者の発言を受けた内容が記載され
ている。いずれの記載内容もコピー用紙や書きかけの犯行声明文が投函された
という同年3月13日の時点では知り得ないものであり,予測することも到底
困難なものであるから,被告人の弁解は客観的な事実に反している。
また,真犯人が別に存在したと仮定しても,被告人が他人から恨まれていた
ような事情をうかがわせる証拠はなく,真犯人が被告人を罪に陥れようとする
理由もうかがわれないから,被告人の弁解は合理性を欠いている。
さらに,第1ないし第5事件という重大事案の犯行に関する不審物が自宅に
投函されたというのに,過去の窃盗事件に関して気まずかったなどという理由
で警察に通報せず,不安に思わせたくないなどという理由で家族にも相談しな
かったという被告人の弁解は不自然であり,説得的なものではない。加えて,
被告人は犯人を推理するためにコピー用紙の内容を転記して画用紙メモを作成
したとも弁解するが,被告人が警察に通報もせず,独自に犯人を推理すること
についての説得的な理由もない。
そして,被告人が真犯人によって投函されたものの,被告人方から押収され
ていないと弁解するコピー用紙の記載内容は,警察にとって被告人と犯行とを
結び付ける重要な証拠となり得るものであるから,仮に警察が被告人の自宅を
捜索した時に発見したのであれば,あえてこれを隠す必要がないし,警察が2
回にわたって被告人の自宅を捜索しても発見できなかったのであるから,もと
もと存在しなかったと考えるのが自然である。
⑶以上からすると,被告人の前記弁解は到底信用することができず,これに基
づく弁護人の主張も採用できない。
5第2事件の犯行現場に遺留されたガスボンベに付着していた紙片について
⑴第2事件の犯行現場に遺留された2本のガスボンベのうち1本に付着してい
た「5カ」と記載された紙片は,被告人方から押収された新聞紙面にあった剥
離痕と形状が一致し,重ね合わせると整った文面となるものであった。
このことは,犯行現場に遺留されたガスボンベ等で構成される激発物が被告
人方で組み立てられたものであること,ひいては,被告人が第2事件の犯人で
あることを強く推認させる事実といえる。
この点につき,弁護人は,新聞紙面の剥離痕との一致の有無に関する鑑定
の資料とされた紙片が実際に犯行現場に遺留されたガスボンベに付着していた
紙片ではない可能性があるとか,警察が被告人方に剥離痕のある新聞紙面を
持ち込んだ可能性があるなどと主張する。
犯行当日に,犯行現場の遺留物を解体して見分した警察官である証人Oは,
解体作業中には同紙片の存在に気付かなかったと供述しているが,同解体作業
中に撮影された写真にはガスボンベに同紙片が付着している状況が写っている
こと,同紙片が湿潤し,ガスボンベにすす等が付着しており,比較的小さな同
紙片を見落としたとしても不自然ではないことからすれば,同紙片を見落とし
たとする同人の証言は信用することができ,犯行当日に同紙片がガスボンベに
付着していたことが認められる。
そして,ガスボンベの指紋鑑定等を行った警察官である証人Pは,指紋鑑定
を始める前に観察した時点で紙片の付着には気付いていたが,同紙片が剥がれ
るものとは思わず指紋鑑定を優先させたところ,同紙片が剥がれ落ちたなどと
鑑定状況について供述しているが,その供述内容に不自然な点はなく,同人の
供述も信用できる。そうすると,ガスボンベに付着していた紙片と鑑定に用い
られた紙片とは同一であると認められる。
また,犯行現場に遺留されたガスボンベに付着した紙片と同じ形状の剥離
痕のある新聞紙面を用意することは極めて困難であるから,弁護人が主張する
ような,警察が被告人方に同紙片と整合する剥離痕のある新聞紙面を持ち込ん
だ可能性は考え難い。
以上から,弁護人の前記主張は採用できない。
6被告人に犯行の機会があったことについて
⑴第1事件について
ア被告人は,第1事件が発生した平成26年1月27日の午前9時28分頃
に北警察署の駐車場に到着し,同日午前9時30分頃に北警察署の1階で受
付を済ませているところ,被告人が駐車した位置,ガスボンベ等が置かれた
場所及び北警察署の庁舎までの距離関係からすれば,被告人の歩行速度が弁
護人の主張する時速4キロメートル程度であったとしても,被告人には数十
秒間の激発物を仕掛ける時間的な余裕があったといえるから,被告人には第
1事件の犯行の機会があったといえる。
イ弁護人は,同時刻頃に北警察署の駐車場に駐車中の車内でテレビドラマを
見ていた証人Qが不審な人物が横切るのを見ていないと供述している点など
を指摘し,被告人が激発物を仕掛けた犯人であれば目撃者がいないはずはな
いと主張する。しかし,テレビドラマを見ていた前記Qが被告人の姿を見逃
した可能性は否定できないし,犯行現場の残焼物からガスボンベ等が白いビ
ニール袋に入れてあったと推測されるところ,被告人が白いビニール袋に入
れてある物を運んでいたとしても,それを見た者が被告人を不審人物である
と認識する可能性は高いものではない。
ウまた,弁護人は,激発物に火をつけてから爆発するまでの時間が,3分台
が2回,4分台が1回,8分台が1回という結果になった再現実験について,
爆発までの時間を短くしようと作為を施した不合理なものであると主張する。
しかし,そもそも同再現実験は,爆発の約7分前に北警察署駐車場に車を止
めた被告人に犯行が可能かどうかを確かめるために行われたものであるから,
何ら不合理な点はない。
⑵第2事件について
ア第2事件が発生した店舗の防犯カメラには,火災が起きる前に犯行現場で
ある2階靴売場付近に向かい,犯行現場で天井付近まで上がる炎が目撃され
る直前に2階から1階に下りる被告人の姿が写っており,被告人には第2事
件の犯行の機会があったといえる。
イ弁護人は,防犯カメラの映像を根拠に,被告人が激発物を仕掛けたのであ
れば,被告人が左手に所持していたレジ袋が2階から1階に降りる際により
小さくなっていたはずであると主張するが,防犯カメラの映像は不鮮明であ
って,この映像を根拠にレジ袋の大小を判別することはできない上,被告人
が激発物をショルダーバッグに入れていた可能性も否定できないから,弁護
人の主張は採り得ない。
⑶第3事件について
被害店舗付近の防犯カメラの映像によれば,被告人は,第3事件発生時の前
後に被害店舗付近を自車で走行しており,被告人には第3事件の犯行の機会が
あったといえる。
⑷第4事件について
ア被害店舗の駐車場に設置された防犯カメラの映像によれば,被告人は,第
4事件発生時の前後に被害店舗の駐車場内を自車で走行しており,被告人に
は第4事件の犯行の機会があったといえる。
イ弁護人は,防犯カメラの映像には被告人が車から降りた形跡がないし,女
性である被告人が男子トイレに侵入したのだとすれば,誰も気付かないはず
はないなどと主張する。
しかし,上記防犯カメラは45秒で360度回転しながら周囲を撮影する
ものであって常に全方向を撮影しているものではない上,被害店舗の駐車場
全てを鮮明に撮影できるものではないから,被告人が駐車して降車した場面
が防犯カメラに映っていない可能性がある。
また,ガスボンベが破裂したときに男子トイレ内にいたRの供述によれば,
男子トイレを利用している者は少なかったことが認められるし,被害店舗の
トイレの入り口付近が混雑していた状況もうかがわれないから,誰にも気付
かれずに被告人が男性トイレに侵入することが不可能であったとはいえない。
⑸第5事件について
北警察署に設置された防犯カメラの映像等によれば,被告人は,第5事件
発生の前後に警察公宅付近を自車で走行しており,被告人には第5事件の犯
行の機会があったといえる。
⑹なお,被告人は,第4及び第5事件につき,真犯人と思しき人物に投函さ
れたコピー用紙の記載から犯行を推理して真犯人を突き止めようと事件現場
を見に行ったなどと弁解するが,前述のとおり,被告人が真犯人を突き止め
るべき必要性はないし,そもそも,コピー用紙自体が存在しなかったと認め
られるのであるから,被告人の弁解は前提を欠くものといわざるを得ない。
⑺そうすると,被告人は2か月余りの間に発生した第1ないし第5事件の全
ての事件について犯行当時現場付近にいたことになるが,経験上このような
ことが偶然起こり得るものとは考えられず,この事実は被告人が第1ないし
第5事件の犯人であることを強く推認させるものといえる。
7被告人の動機の有無について
⑴犯行声明文の記載内容や,第1及び第5事件が北警察署又は警察の官舎を
狙った事件であること,第2ないし第4事件も北警察署管内で発生している
ことからすれば,第1ないし第5事件の犯人の犯行の動機は,北警察署及び
S巡査を含む同署に所属する警察官らに対する恨みによるものと認められる。
⑵そして,被告人は,判示第1の窃盗事件につき北警察署の捜査員による捜
査を受けているが,その過程では,被告人方の捜索の際に,S巡査が被告人
の隠していた万引きした年賀はがきを発見したり,被告人が用を足す際にト
イレのドアが閉まらないように足を挟んだりしたなどの事実があった。また,
被告人の供述を前提としても,引き当たり捜査の際の被告人の言動について
同署のT巡査部長から注意されたり,盗んだ記憶のない店舗に連れて行かれ
て執ように追及されたことがあった。さらに,被告人が北警察署や北海道警
察本部に対して窃盗事件の捜査が遅れていることについて苦情を申し入れた
こともあった。これらの事情からすれば,被告人には,北警察署及びS巡査
を含む同署に所属する警察官らに対する恨みの感情を抱いてもおかしくない
経緯があったというべきであり,第1ないし第5事件の犯行の動機がなかっ
たとはいえない。
8その他の弁護人の主張について
弁護人は,①被告人には激発物を作成する能力がない,②被告人が逮捕され
た後にも札幌市近郊でガスボンベを用いた爆発事件が発生しているなどとも主
張して,被告人が犯人ではないと主張する。
しかし,①ガスボンベを加熱すれば爆発する危険があるということは常識と
いえるし,犯行に使用された激発物の構造も専門的な知識がなくとも考え付く
ことが可能な比較的単純なものである。また,第1ないし第5事件で犯行に用
いられた物品自体は日常的に手に入るものであるから,被告人に激発物を作成
する能力がないという弁護人の主張は前提を欠くものといわざるを得ない。
また,②被告人が逮捕された後に発生したガスボンベを用いた爆発事件の犯
人と,第1ないし第5事件の犯人とが同一であるといえるほどの証拠はなく,
むしろ使用されたガスボンベの数量など,手口等において違っている点もうか
がわれる。そうすると,これらの後発の事件が第1ないし第5事件の犯行を模
倣したものである可能性も十分に考えられるから,同様の事件が発生している
ことは,被告人が犯人であることの推認を覆す事情とはならない。
9結論
以上検討したとおり,被告人が犯人であることを強く推認させる複数の事実
があり,その推認を妨げる事情もないところ,このような事実が存在すること
は,被告人が第1ないし第5事件の犯人でなければ説明することができないも
のであるから,被告人が第1ないし第5事件の犯人であると認定した。
(法令の適用)
罰条
判示第1の各行為いずれも刑法235条
判示第2の1の行為同法117条1項後段,110条1項
判示第2の2の行為
建造物侵入の点同法130条前段
現住建造物等放火未遂の点同法112条,108条
判示第2の3の行為
建造物侵入の点同法130条前段
激発物破裂の点同法117条1項後段,110条1項
判示第2の4の行為
建造物侵入の点同法130条前段
現住建造物等放火の点同法108条
判示第2の5の行為
住居侵入の点同法130条前段
激発物破裂の点同法117条1項前段,108条
科刑上一罪の処理
判示第2の2ないし5の各罪刑法54条1項後段,10条(判示第2の2の罪
につき重い現住建造物等放火未遂罪の刑で,判示第
2の3及び5の各罪につき重い激発物破裂罪の刑で,
判示第2の4の罪につき重い現住建造物等放火罪の
刑で,それぞれ処断)
刑種の選択
判示第1の罪いずれも懲役刑を選択
判示第2の2,4,5の各罪いずれも有期懲役刑を選択
併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯
情の最も重い判示第2の4の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
まず,ガスボンベに関する事件についてみると,駐車場の歩道に近い場所や,多
数人が集まる営業中の大型店舗,深夜の時間帯で多数人が在室する共同住宅におい
て,いずれも複数本のガスボンベを爆発させることを企図した犯行であり,その場
に居合わせた人の生命・身体等に危険を及ぼし得る,極めて危険性の高いものであ
る。被告人は,事前にガスボンベと可燃物とを組み合わせた物を作るなどして計画
的に犯行に及んでいる上,わずか2か月余りの間に5件の犯行を連続して行っただ
けでなく,事件を起こすにつれて,ガスボンベの本数を増やしたり,爆発とともに
多数の画びょうや釘を飛び散らせるなどして犯行の危険性を高めており,かなり悪
質な犯行である。
一連の犯行によって生じた財産的損害は高額であるし,第4事件では,焼損面積
も小さいものではなく,負傷者をも生じさせている。事件現場に居合わせた人々に
強い恐怖感を与えただけでなく,限定された範囲で次々に起こる事件が報道されて
周辺住民を大きな不安に陥れたことも容易に想像できる。そうすると,一連の犯行
による結果は非常に重大なものというべきである。
被告人は,北警察署に対する恨みの感情から一連の犯行に及んでいるところ,具
体的にどのような事情でそのような感情を抱いたのかは明らかではないが,同署の
捜査の過程に非難されるべき事情は見当たらず,被告人の感情はまさに逆恨みとい
うほかない。そして,個人的なそのような感情から警察関係施設で犯行に及んだだ
けでなく,無関係の店舗や多くの人々を巻き込んでいるのであって,このことは強
く非難されるべきである。
次に,窃盗事件についてみると,陳列棚から年賀はがきを根こそぎ全部窃取する
という大胆な犯行を短期間に繰り返しており,悪質な犯行というほかなく,被害店
舗に与えた財産的損害も大きい。また,金銭的に困っていたにせよ,切羽詰まった
状況とまではいえないのであって,それにもかかわらず換金目的で万引きを行った
ことは,強い非難を免れない。
これらの事情に照らすと,被告人の刑事責任は,燃料を使用した怨恨を動機とす
る現住建造物等放火罪の事案の中でもまれに見るほど重い部類に属するというべき
である。
そして,被告人は,ガスボンベに関する事件について不合理な弁解をしていて,
反省する態度は全く見られず,そのきっかけとなった窃盗事件についても反省が深
まっているとはいえない。また,被告人の法廷における言動からは警察に対する恨
みが今なお根深いことがうかがえ,再犯の可能性もそれなりに認められる。
これらの事情も考慮すると,被告人の刑については長期間の服役が相当であり,
主文のとおり刑を定めた。
(検察官矢崎正子,仲戸川武人,伊丹直彰各出席
国選弁護人中村憲昭(主任),皆川洋美(副主任)各出席)
(求刑懲役20年)
平成28年3月11日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官田㞍克已
裁判官今井理
裁判官貝阿彌健

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◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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