弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成30年5月11日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成29年(ネ)第2772号不正競争行為差止等請求控訴事件
(原審大阪地方裁判所平成27年(ワ)第4169号)
口頭弁論終結日平成30年2月14日
判決
控訴人(一審被告)P1
同訴訟代理人弁護士清水聖子
被控訴人(一審原告)大明化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士田路至弘
同工藤良平
同堀田昂慈
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2上記部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要等
以下で使用する略称は,時に断らない限り,原判決の例による。なお,引用
部分に「別紙」ないし「訴え変更後別紙」とあるのは,いずれも「原判決別紙」
ないし「原判決訴え変更後別紙」と読み替える。
1本件は,被控訴人が,元従業員であった控訴人に対し,控訴人が被控訴人か
ら示されていた原判決別紙1及び同5記載の技術情報等を持ち出しており,こ
れを競業会社に開示し,又は使用するおそれがあると主張して,以下の請求を
した事案である。
(1)不正競争防止法2条1項7号該当の不正競争を理由とする同法3条1項
に基づく,又は控訴人差入れに係る「秘密情報保持に関する誓約書」(本件誓
約書)に定めた秘密保持義務違反に基づく,原判決別紙1及び同5記載の技
術情報等の開示・使用の差止請求(不正競争防止法に基づく請求と誓約書に
基づく請求は選択的)
(2)主位的に,本件誓約書に定めた返還義務に基づく原判決別紙1及び同5記
載の技術情報等(複製物を含む。)の返還請求,予備的に,不正競争防止法3
条2項に基づく同技術情報等の廃棄請求
(3)控訴人の行為が不正競争防止法2条1項7号の不正競争に該当すること
を理由とする弁護士費用相当額の1200万円の損害賠償及びこれに対する
不法行為の後の日である平成27年4月1日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金請求
2訴訟の経過
被控訴人は,原審の訴え提起の段階では,原判決別紙1及び同5記載の技術
情報等を請求の対象としていたが,最終的に,請求の対象を原判決訴え変更後
別紙1の営業秘密目録の目録番号(営業秘密目録)1ないし8,13ないし1
5記載の営業秘密(本件電子データ)に減縮した。これに対し,控訴人は訴え
の取下げに同意しなかったので,本件訴訟における請求の対象は,原判決別紙
1及び同5記載の技術情報等全てとなった。しかし,被控訴人は,本件電子デー
タ以外の技術情報等についての請求原因の主張を撤回した。
原審は,被控訴人の,原判決別紙1及び同5記載の技術情報等のうち本件電
子データ以外についての各請求には理由がないとしていずれも棄却し,本件電
子データに係る請求については,上記(2)の主位的請求を棄却したが,その余の
請求はいずれも認容した。
これに対して,控訴人が,敗訴部分を不服として控訴した。
したがって,前記1(2)の主位的請求については,審判の対象とならない。
3判断の基礎となる事実
判断の基礎となる事実は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理
由」第2の2(原判決3頁16行目から11頁25行目まで)に記載のとおり
であるから,これを引用する。
(1)原判決3頁19,20行目の「設立された平成24年当時の」を「設立さ
れた株式会社で,平成24年12月20日当時の」に改める。
(2)原判決3頁20行目の「の株式会社」を削る。
(3)原判決3頁23行目の「昭和58年」の次に「4月1日」を加える。
(4)原判決5頁1行目と4行目の「甲6」をいずれも「甲4,5」に改める。
(5)原判決6頁18行目の冒頭に「「」を,8頁4行目末尾に「」」をそれぞれ
加える。
(6)原判決8頁8行目冒頭に「「」を,9頁20行目末尾に「」」をそれぞれ加
える。
(7)原判決9頁23行目の「以下」を「下記のとおり」に改める。
(8)原判決11頁7行目の「ただし,」から8行目の「狭い。」までを「ただし,
仮処分決定が発令された営業秘密の範囲は,被控訴人が本件訴訟において訴
え提起時に対象とした原判決別紙1と同じであり,本件訴訟において原判決
別紙5記載の営業秘密が追加された。」に改める。
(9)原判決11頁21行目の「提起した」の次に「(以下「別件訴訟」という。)」
を加える。
(10)原判決11頁22行目の「同訴訟」を「別件訴訟」に改める。
4争点
(1)控訴人が,「不正の利益を得る目的」又は「その保有者に損害を与える目的」
をもって本件電子データを開示ないし使用するおそれがあるか
(2)本件電子データの「営業秘密」該当性
(3)本件電子データは,本件誓約書に定められた「営業秘密情報」に当たるか
(4)控訴人が本件電子データ又はその複製物の廃棄義務を負うか(前記1(2)
の予備的請求関係)
(5)被控訴人に生じた損害
5争点に関する当事者の主張
争点に関する当事者の主張は,後記6のとおり,当審における控訴人の主張
を付加するほかは,原判決「事実及び理由」第2の3(原判決11頁26行目
から30頁16行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただ
し,争点(4)に関する部分(原判決28頁7行目から30頁9行目まで)を除く。
(原判決の補正)
原判決12頁9行目の「本件USBメモリを」を「本件USBメモリも」に
改める。
6当審における控訴人の主張
(1)「不正の利益を得る目的」又は「その保有者に損害を与える目的」の有無
(争点(1))について
控訴人が平成25年5月4日に行った控訴人業務用端末PCでの作業は,
引継ぎのための整理作業であり,不正の目的はなかった。原判決は,控訴人
が,LANケーブルを抜いて上記作業を行ったとした上で,不正の目的を認
定しているが,控訴人は,その日,控訴人業務用端末PCで,LANケーブ
ルを抜いて作業しておらず,原判決の上記判断は,次のとおり,その前提を
誤っている。
控訴人は,控訴人業務用端末PCについて,ID及びパスワード入力をキャ
ンセルして作業することもあった。平成25年5月4日,控訴人は,控訴人
業務用端末PCのみを使用するだけで,ID及びパスワードを入力してLA
Nシステムに接続する必要がなかったため,IPアドレスが割り当てられず
「0.0.0.0」となっているにすぎない。
なお,被控訴人の主張によれば,LANケーブルを抜いた状態では控訴人
業務用端末PCが使用できないのであるから,IPアドレスが「0.0.0.
0」と表示される状態で作業したとするのは矛盾している。また,鑑定意見
書(甲48)においても,PCのネットワークインタフェースカードにLA
Nケーブルが接続されておらずIPアドレスが本PCに割り当てられていな
い時に「0.0.0.0」と表示されるとされているのみで,物理的にLA
Nケーブルを抜いた時とはされていない。したがって,被控訴人の主張は破
綻している。
そもそも,控訴人は,LANケーブルを抜いて控訴人業務用端末PCで作
業する必要がない。現に,平成25年4月17日,控訴人は,勤務時間中に,
営業秘密目録1の電子データを本件USBメモリにコピーした。
(2)本件電子データにおける営業秘密の特定(争点(2))について
営業秘密の開示又は使用の差止め請求をする場合には,執行する際に必要
な当該営業秘密との同一性の判断が可能な程度に特定することが必要である。
技術的主題のみによって特定するのでは不明確であり,営業秘密の公知部分
を除いた営業秘密の核心である,開示が禁じられる営業秘密そのものをもっ
て特定しなければ,開示や使用の差止めの対象が明確にならない。
本件訴訟において,被控訴人は,本件電子データを請求の対象としている
が,各情報に有機的な繋がりはなく,種々雑多なファイルの寄せ集めにすぎ
ない。個別の電子データのファイル名と原判決訴え変更後別紙2記載の概略
内容では,営業秘密の範囲が客観的に画されているとはいえず,後述すると
おり,秘密管理性,有用性,非公知性の要件充足の有無も判断できない。し
たがって,本件電子データは,請求対象の特定として不十分である。
また,電子データとして管理している場合は,どの段階での情報を営業秘
密として特定するのか問題であるとされている。本件では,上記の観点から,
営業秘密の特定がなされたとはいえない。
仮に,請求の趣旨のレベルでの特定として十分であったとしても,控訴人
の攻撃防御の対象として明らかにされる必要がある以上,当該秘密が,秘密
管理性,有用性,非公知性の要件を充足することを被控訴人において主張,
立証する必要があるが,本件電子データの内容が特定されていないと,攻撃
防御ができない。
しかるに,被控訴人から控訴人に対して開示された情報は,乙40号証(そ
の一部が乙41の1~乙41の36,乙42の1~乙42の18)のほぼ黒
塗りの状態の情報で,原判決訴え変更後別紙1記載の電子データ管理番号1
から898までのみである。被控訴人は,本件電子データの概略内容として
原判決訴え変更後別紙2記載の内容のとおりであると主張するが,あくまで
主張にすぎず,本件電子データの内容と一致するとの証拠はない。
(3)本件電子データの営業秘密該当性(争点(2))について
ア秘密管理性
被控訴人は,平成25年6月29日,控訴人が「営業秘密」を不正コピー
したとして,懲戒解雇した。その後,本件仮処分を申し立てて,控訴人の
営業秘密の開示・使用の差止め及びその返還を命じる決定がされた。そし
て,本件訴訟を提起した。その間,被控訴人の主張する営業秘密の対象が
変動している。このような変遷の理由は,被控訴人において,本件電子デー
タが,営業秘密として管理されていなかったからにほかならない。そして,
そのことは,控訴人において,本件電子データが営業秘密であるとの客観
的認識可能性がなかったことを示す。
なお,本件電子データが,営業秘密として管理されていなかった事情と
して,原審でも主張したとおり,被控訴人において,本件電子データには
アクセス制限がなく,開発課以外の従業員であるP2の業務用端末PCか
らもYドライブへアクセスできたことなどを指摘することができる。
イ非公知性,有用性
本件電子データに,非公知性,有用性はない。そもそも,本件電子デー
タの内容が明らかでないので,反論のしようがない。原審は,被控訴人に
対し,営業秘密の開示を促すことなく,秘密管理性が充足するからという
理由で,安易に非公知性を推認しているが,不当である。
また,黒塗りの状態で提出されている営業秘密(乙40,乙41の1~
乙41の36,乙42の1~乙42の18,乙47の1~乙47の7)を
みても,作成者は開発課以外の者も多数おり,他の課の従業員とも共有し
ている情報ばかりで,ほとんどが古い情報である。むしろ,研究開発を担
当していた控訴人においては,本件電子データは,被控訴人にとって秘匿
の必要があるとは考えられず,有用性はない。
ウまとめ
以上のとおり,本件電子データは,不正競争防止法上の営業秘密に該当
しない。
(4)本件電子データ又はその複製物の廃棄義務(争点(4))について
控訴人が,平成25年5月4日,バックアップのために本件電子データの
コピーをとった本件外付けHDDは,引継ぎのための整理作業の終了後,物
理的に廃棄した。本件USBはいつの間にかなくなっていた。
控訴人は,本件電子データ及びその複製物を既に廃棄するなどして所持し
ていないので,改めてこれらを廃棄することは不可能である。
被控訴人が控訴人に対し,本件電子データ等の廃棄を求める以上,控訴人
が現時点でこれらのものを所持していることを立証すべきである。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,被控訴人の控訴人に対する,①不正競争防止法2条1項7号該
当の不正競争を理由とする同法3条1項に基づいて,本件電子データを,アル
ミナ繊維を用いた製品の製造販売に使用し,又はこれを開示しない旨の請求,
②同法3条2項に基づいて,本件電子データ及びその複製物を廃棄する旨の
請求,③控訴人の行為が同法2条1項7号の不正競争に該当することを理由
とする弁護士費用相当額として500万円及びこれに対する不法行為の後の日
である平成27年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払の請求は,いずれも認められるが,その余の請求(ただし,被
控訴人の請求内容(2)の本件誓約書に基づく本件電子データの返還請求(主位
的請求)を予め除く。)はいずれも理由がないものと判断する。
その理由は,以下のとおり補正し,後記2のとおり,当審における控訴人の
主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」第3の1から第
3の3までと第3の5(原判決30頁18行目から48頁7行目まで,51頁
1行目から51頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決31頁24行目「した」を「し,さらに,控訴人は,同日,本件誓
約書の書式(甲16)に複数回アクセスした」に改める。
(2)原判決32頁8行目の「回答した」の次に「(甲4)」を加える。
(3)原判決32頁9行目から18行目までを次のとおり改める。
「(ウ)被控訴人は,同年6月4日,被控訴人原審訴訟代理人のP3弁護士
の立会の上,控訴人に,退職後に競業会社に転職する可能性を含めて,その
予定を聴取した。控訴人は,退職後の予定について,同年5月23日の面談
時と同様のことを答えていた。しかし,その後,被控訴人が,控訴人に対し,
控訴人業務用端末PCの操作記録を示し,本件電子データを含む大量の社内
資料が本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製されたことが確認され
たことを示し,その目的を問いただした。すると,控訴人は,顔面蒼白にな
り,落ち着かない状態となったが,退職にあたってデータを整理するために
行ったと述べた。その後,被控訴人が,控訴人に,控訴人が本件電子データ
等を競業他社に持ち込むことが強く疑われる旨伝えて問いただしたが,控訴
人は,データの整理のためという説明を繰り返した。P3弁護士が,本件誓
約書5項の競業避止義務の有効性について説明すると,控訴人はわかってい
ると返答した(甲28)。
(エ)控訴人は,被控訴人に対して,上記(ウ)の面談の際に質問されたこと
等につき改めて説明したいと申し出て,面談を求めた。そこで,同月10日,
改めて被控訴人と控訴人は面談した。その際,控訴人は,上記(ウ)の本件電
子データ等の複製作業について,再度,引継ぎのための整理作業である等と
説明した。その際,控訴人は,被控訴人から本件USBメモリの所在につい
て尋ねられ,「今は,会社の開発で使ってる机に,確か入ってると思います
けど。」と述べたところ,被控訴人は,あるなら返還してくれと述べた。同
面談の際,控訴人は,本件外付けHDDの所在等については言及しなかった
(甲19の1・2)。」
(4)原判決32頁22行目の「法的手段を用いて争わなかった。」を「本件口
頭弁論終結時までに,法的手段を用いて争っていない。」に改める。
(5)原判決33頁18行目の「懲戒解雇時」の次に「,控訴人は」を加える。
(6)原判決34頁15行目の「使用できない」を「使用はできない」に改める。
(7)原判決34頁21行目の「ログインし,」から24行目の「抜いた」まで
を「ログインしたことが認められる。そして,ログインする際に,業務用端
末PCにLANケーブルを接続している必要があるとの証拠はない。そして,」
に改める。
(8)原判決36頁5行目の「その処分を」から6行目の「わけではない」まで
を「本件口頭弁論終結時までに,その処分を法的手段によって争っていない」
に改める。
(9)原判決36頁26行目の「被告との」の次に「間に」を加える。
(10)原判決41頁7行目の「付与されていた」を「付与した」に改める。
(11)原判決41頁12行目の「共用ノートパソコン」から14行目の「共用ノー
トパソコンの」までを「共用ノート型PCについても,」に改める。
(12)原判決42頁4行目の「講じられて管理が」を「講じて管理」に改める。
(13)原判決45頁19行目の「同主」を「同種」に改める。
2当審における控訴人の主張について
(1)控訴人が「不正の利益を得る目的」又は「その保有者に損害を与える目的」
をもって本件電子データを開示ないし使用するおそれの有無(争点(1))につ
いて
ア控訴人は,控訴人業務用端末PCでの作業は,引継ぎのための整理作業
であり,平成25年5月4日の控訴人業務用端末PCでの作業は,ID及
びパスワード入力をキャンセルして作業していたのでIPアドレスが「0.
0.0.0」と表示されたなどと主張する。
しかしながら,原判決「事実及び理由」第3の1(2)のとおり,控訴人業
務用端末PCは,正しいID及びパスワードを入力せずにログインして使
用することはできない(仮に,ローカルワークステーションにログインす
ることにより,上記端末PCを起動させ,使用することができたとしても
〔甲39の1・2では,ローカルワークステーションにチェックした上で,
OKボタンをクリックした場合,どのような動作をするか不明である。〕,
あえて,そのような状態でPCを使用する必要性は考えにくい。)。
また,被控訴人は,LANケーブルを抜いた状態では控訴人業務用端末
PCが使用できないと主張しているわけではない。被控訴人の主張は,L
ANケーブルを抜いた状態でも控訴人業務用端末PCにログインはでき
(正しいID及びパスワードの入力は必要),その場合は,社内LANを
通じた共有サーバ等へのアクセスはできないものの,当該PCに直接優先
接続された外付けHDDやUSBメモリを使用した複製等の作業はでき
るという主張であり(原審被控訴人準備書面(4)6頁等),原判決「事実及
び理由」第3の1(2)のとおり,同主張どおりの事実が認められる。
したがって,控訴人の主張は理由がない。
イ控訴人は,控訴人が本件電子データ等を複製するために,LANケーブ
ルを抜いて控訴人業務用端末PCで作業する必要はなく,現に,平成25
年4月17日の勤務時間中に,本件電子データ目録1記載の電子データを
本件USBメモリにコピーしたと主張する。
確かに,原判決「事実及び理由」第3の1(1)アのとおり,控訴人は,平
成25年4月17日,Yドライブに保存されていた営業秘密目録1,7及
び8各記載の電子データを,控訴人業務用端末PCに接続した被控訴人の
支給品でない本件USBメモリに複製して保存した。しかし,証拠(甲2
0の1・2,甲21の1~甲21の4,甲48)によれば,営業秘密目録
1,7及び8各記載の電子データは合計6件(営業秘密目録1記載分が1
件,同目録7記載分が4件,同目録8記載分が1件)にすぎないのに対し,
控訴人が,平成25年5月4日に本件外付けHDDに複製したと認められ
る営業秘密目録2ないし6,13ないし15各記載の電子データは合計で
約2500件という大量のデータであったと認められる。控訴人が,平成
25年4月17日に行った電子データの複製作業がデータ件数として少
量であって,短時間で作業が完了するため,控訴人の作業について他の従
業員に怪しまれる可能性は低く,また,被控訴人がその作業内容に注目し
て同作業の目的等を追求されても合理的な弁解が可能であると考えられ
るし,控訴人がそのように考えたことは容易に推認される。一方,控訴人
が,平成25年5月4日に行った作業については,勤務時間内に上記のと
おりの大量のデータを複製していた場合,他の従業員に,控訴人が何の作
業をしているのか,また,作業内容の必要性について,いぶかしく思われ
る可能性は高く,また,被控訴人が控訴人の作業内容に着目する可能性も
高く,被控訴人から同作業の目的等を追求された場合,合理的な弁解をす
ることも難しいと考えて,他の従業員や被控訴人に対して秘密裏に行う必
要性が高いとの認識の下,休日に,LANケーブルを抜いた状態で作業し
たと優に認められる。
したがって,控訴人が,平成25年4月17日にLANケーブルを抜か
ない状態で本件電子データ目録1,7及び8各記載の電子データを本件U
SBメモリに複製したことが,控訴人がLANケーブルを抜いて作業する
必要がないことの裏付けにはならない。
控訴人の主張は理由がない。
(2)本件電子データにおける営業秘密の特定(争点(2))について
ア執行の対象としての特定(請求の趣旨としての特定)
控訴人は,営業秘密の開示又は使用の差止請求をする場合,審理におけ
る攻撃防御方法のためだけでなく,執行するに当たり,当該営業秘密との
同一性の判断をすることが必要で,その判断が可能な程度に営業秘密を特
定することが必要であるなどと主張する。
しかし,本件電子データは,営業秘密目録1ないし8,13ないし15
記載のとおり,ファイル名称,作成日時及び作成者が記載されているとこ
ろ,それらの記載からすると,同一のファイル名称,作成日時及び作成者
に係る電子データで,しかも,その内容が異なるものが別に存在すること
を窺わせる証拠等は存しない。
また,上記のとおり,本件電子データは作成日時によっても特定されて
いるため,その時点での情報を営業秘密として特定しているということが
できる。
したがって,請求の趣旨の特定については,上記記載で十分であると認
められる。
イ攻撃防御の対象の特定
本件電子データの内容は,被控訴人において,原判決訴え変更後別紙2
記載内容により,各電子データについての内容が主張されている。その主
張内容は,各電子データの内容が概略的に記載されたものである。
ところで,原判決「事実及び理由」第2の2(1)イ,第3の2(1)のとお
り,控訴人は,被控訴人に入社後,平成8年から,ジーベックへの出向期
間を含めて,平成25年6月29日付けで被控訴人を懲戒解雇されるまで,
被控訴人の開発課に所属し,アルミナ長繊維の技術開発に携わっていた者
であり,本件電子データが保存されていたYドライブへのアクセス権を付
与された6名のうちの1名であった。そして,控訴人自身が,被控訴人に
対して退職の申出をする以前である平成25年4月ないし5月頃,本件電
子データを含むデータを,引継ぎのために整理したと主張している。控訴
人の主張どおり,本件電子データを引継ぎのために整理したというのであ
れば,その作業の前提として,本件電子データの内容を確認して吟味して
いるのは当然である。
これに加えて,本件電子データについて,開示又は使用の差止めを求め
る対象や廃棄を求める対象については,前記アのとおり,ファイル名称,
作成日時及び作成者によって特定されている上,原判決訴え変更後別紙2
のとおり,その概略的内容が説明されているため,控訴人としては,本件
電子データのうち,どの情報につき,どのような観点から,営業秘密の要
件の充足を争うべきかを選択することが可能といえる。
上記の事情を踏まえると,原判決訴え変更後別紙2記載の本件電子デー
タの各内容により,控訴人において攻撃防御が十分可能な程度に特定され
ていると認められる。
控訴人の主張は理由がない。
なお,前記アのとおり,本件請求の対象が,ファイル名称などで特定さ
れているため(営業秘密の内容をもって特定しているわけではないため),
上記ファイル名称などで特定された情報でなければ,開示又は使用の差止
めや廃棄の請求に係る執行の対象となることはない。
(3)本件電子データの営業秘密該当性(争点(2))について
ア秘密管理性について
控訴人は,被控訴人の主張する営業秘密の対象が,本件仮処分,本件訴
訟の訴え提起時から本件口頭弁論終結時までに変遷しているのは,本件電
子データが営業秘密として管理されていなかったからであり,控訴人にお
いて,本件電子データが営業秘密として管理されているとの客観的認識可
能性もなかったと主張する。
しかしながら,原判決「事実及び理由」第3の1(1)ア及びイのとおり,
控訴人は,平成25年4月17日及び同年5月4日に,本件電子データを
本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製している一方,平成24年
11月15日及び平成25年5月16日に,被控訴人の秘密情報管理規定
及び秘密情報保持に関する誓約書を閲覧し,平成25年6月4日の被控訴
人との面談の際にも,弁護士からの,本件誓約書5項の有効性についての
説明に対しても,特に質問をすることなく,理解している旨述べている。
これらの事実によれば,控訴人が,本件電子データが営業秘密に該当する
ことは十分に認識していたと認められる。
控訴人の主張は理由がない。
イ秘密管理性についての補足
控訴人は,被控訴人において,本件電子データにはアクセス制限がなく,
被控訴人がアクセス権を付与していないP2の業務用端末PCからYド
ライブへのアクセスが可能であったなどと主張する。
しかしながら,原判決「事実及び理由」第3の2(1)ウのとおり,本件電
子データが保存されていたYドライブにはアクセス制限があったし,P2
の業務用端末PCからYドライブへのアクセスができたと認めるに足り
る証拠はない。かえって,P2作成の電子データのうちYドライブに保存
することが相当なものは,P4課長により,P2から社内メールで受領後
にYドライブに保存されていたと認められる(証人P4〔原審〕)。
控訴人の主張は理由がない。
ウ非公知性,有用性について
控訴人は,本件電子データの内容が明らかでないので,非公知性,有用
性についての反論のしようがないなどと主張する。
しかしながら,前記(2)のとおり,本件電子データは,非公知性及び有用
性についての反論が可能な程度には十分特定されていると認められる。
また,秘密管理性が認められることから,有用性や非公知性が推認され
ることはやむを得ないというべきである。
なお,控訴人は,本件電子データを見ても,作成者は開発課以外の者も
多数おり,他の課の従業員とも共有している情報ばかりで,ほとんどが古
い情報であり,秘匿の必要性も有用性もないと主張する。
しかしながら,作成者が開発課以外の者であったとしても,同情報は,
P4課長に社内メールで送付し,P4課長がYドライブに保存した後は,
アクセス制限がある情報となり,同情報を他の課の従業員と共有している
とは認められない(証人P4〔原審〕)。また,前記1で引用した原判決
第3の2(3)イのとおり,情報が古いといっても,同種事業を営もうとする
事業者にとっては有用であり,有用性を認めることができる。
控訴人の主張は理由がない。
(4)本件電子データ又はその複製物の廃棄義務(争点(4))
前記1で引用した原判決「事実及び理由」第3の3のとおり,控訴人に対
する不正競争防止法2条1項7号の不正競争を理由とする同法3条1項に基
づく本件電子データの開示,使用の差止請求には理由があるから,被控訴人
の同条2項に基づく本件電子データ及びその複製物の廃棄請求には理由があ
る。
控訴人は,電子データを複製保存した本件USBメモリは紛失し,本件外
付けHDDは,整理作業終了後に壊して廃棄したと主張する。
しかしながら,前記1で引用した原判決「事実及び理由」の第3の1(1)イ
(当審における補正後のもの)のとおり,控訴人は,平成25年6月4日,
被控訴人から事情聴取を受け,その際,退職する理由等の説明をした後,被
控訴人から,控訴人業務用端末PCの操作により,本件電子データを含む大
量の社内資料が本件USBメモリ及び本件外付けHDDにコピーされたこと
が確認されたとする資料を示されて,動揺した様子を見せながら,複製行為
の目的を問われた際,退職にあたりデータを整理するためであると述べ,同
月10日,控訴人は,同月4日の上記説明について,改めて説明をしたいこ
とがあると自ら申し出て,再度,被控訴人からの事情聴取の場を設けてもらっ
た上で,上記複製行為の目的等について説明したが,その際,被控訴人側か
ら本件USBメモリの所在について尋ねられ,被控訴人における自分の机に
入っていると思うと述べ,被控訴人からあるなら返還してくれと申し向けら
れていたが,その際,控訴人は,本件USBメモリの所在が不明であるとは
述べていない。また,前記1で引用した原判決「事実及び理由」第3の1(3)
のとおり,本件外付けHDDについては,懲戒解雇前は所在等について説明
していなかったのに,懲戒解雇後の本件仮処分申立後の裁判手続において,
壊して廃棄したとの説明をするようになった。
上記のとおりの控訴人の供述の変遷やその内容からすると,控訴人の供述
をそのまま信用することはできず,控訴人において,本件電子データの複製
物を所持したままであるとの推定を覆すことはできないというべきである。
控訴人の主張は理由がない。
3結論
以上によれば,被控訴人の請求は,控訴人に対して,①不正競争防止法2条
1項7号該当の不正競争を理由とする同法3条1項に基づいて,本件電子デー
タを,アルミナ繊維を用いた製品の製造販売に使用し,又はこれを開示しない
旨の請求,②同法3条2項に基づいて,本件電子データ及びその複製物を廃棄
する旨の請求,③控訴人の行為が同法2条1項7号の不正競争に該当するこ
とを理由とする弁護士費用相当額として500万円及びこれに対する不法行
為の後の日である平成27年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余はいずれも
理由がない。したがって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由
がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官山田陽三
裁判官種村好子
裁判官髙橋文淸は,転補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官山田陽三

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛