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       主   文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人らの負担とする。
       事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が平成九年六月一九日にした東日本旅客鉄道株式会社の申請に係る横
川・篠ノ井間七六・八キロメートルの第一種鉄道事業の廃止の許可を取り消す。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
 控訴人らは、信越本線横川・篠ノ井間七六・八キロメートル(以下「本件路線」
という。)の沿線に居住する者、群馬県に居住する者、北陸新幹線以外の整備新幹
線予定区域に居住する者、その他公共交通の根幹をなす全国鉄道網を利用し、将来
にわたり信越本線の存続を求める者であるところ、本件は、控訴人らが、被控訴人
において、平成九年六月一九日にした、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日
本」という。)の申請に係る本件路線の第一種鉄道事業一部廃止許可処分(以下
「本件許可処分」という。)について、本件路線の廃止によって公衆の利便が著し
く阻害されるおそれがあるにもかかわらず、本件路線の廃止を許可した本件許可処
分は鉄道事業法二八条に違反し違法であるなどと主張して、被控訴人に対し、その
取消を求めた事案である。
 原判決が、控訴人らの原告適格を否定し、控訴人らの訴えをいずれも却下したの
で、控訴人らが控訴した。
一 前提となる事実(当事者間に争いがない事実は証拠を掲記しない)
1 控訴人らは、本件路線の沿線に居住する者、群馬県に居住する者、北陸新幹線
以外の整備新幹線予定区域に居住する者、その他公共交通の根幹をなす全国鉄道網
を利用し、将来にわたり信越本線の存続を求める者である。
2 信越本線は、明治二六年に高低差五五二メートル、トンネル二六か所、橋梁一
八か所の横川・軽井沢間の碓井峠の難工事が完成して、高崎から直江津までの全線
(当時)が開通し、以来、太平洋側と日本海側とを結ぶ幹線鉄道として、沿線地域
住民の生活の足として、また、全国鉄道網の一環として、人と物の交流・流通に役
割を果たしてきた。
3 JR東日本は、昭和六一年一一月二八日に成立した日本国有鉄道改革法(昭和
六一年法律第八七号)、鉄道事業法(昭和六一年法律第九二号)、日本国有鉄道改
革法等施行法(昭和六一年法律第九三号)等の国鉄改革関連八法律の内の一つであ
る旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会
社に関する法律(昭和六一年法律第八八号)に基づき、昭和六二年四月一日設立さ
れた鉄道による旅客の運送等を目的とする株式会社であり、運輸大臣から第一種鉄
道事業の免許(日本国有鉄道改革法等施行法三条に基づく鉄道事業法三条一項の規
定によるみなし免許)を受けると共に、日本国有鉄道から資産の譲渡を受け、信越
本線を運営している。
4 鉄道事業法二八条一項は、「鉄道事業者は、鉄道事業の全部又は一部を休止
し、又は廃止しようとするときは、運輸大臣の許可を受けなければならない。」と
規定し、同条二項は、「運輸大臣は、当該休止又は廃止によって公衆の利便が著し
く阻害されるおそれがあると認める場合を除き、前項の許可をしなければならな
い。」と規定している。
5 JR東日本は、北陸新幹線の開業に伴い、並行在来線である信越本線のうち本
件路線を廃止することとし、平成九年四月一四日、運輸大臣に対し、鉄道事業法二
八条一項及び同法施行規則四二条に基づき、本件路線に係る鉄道事業の廃止(鉄道
事業の一部廃止の許可)を申請した(乙三)。
6 運輸大臣は、平成九年四月二三日付けで、運輸審議会に対し、右申請の許否に
ついて諮問したところ、同年六月一九日、運輸審議会会長から、右申請を許可する
ことが相当である旨の答申を受けたので、同日、JR東日本に対し、本件許可処分
をした。
7 本件路線は、本件許可処分により、平成九年九月三〇日をもって廃止され、同
年一〇月一日から、その代替交通機関として、本件路線のうち横川・軽井沢間につ
いてはジェイアールバス関東株式会社(以下「JRバス」という。)が路線バスを
運行し、軽井沢・篠ノ井間についてはいわゆる第三セクターが経営するしなの鉄道
株式会社(以下「しなの鉄道」という。)が引き継いで鉄道を運行している。
二 控訴人らの本案の主張の要旨
 本件路線の廃止は、公衆の利便を著しく阻害するものであり、本件許可処分は、
違法であるから取り消されるべきである。
1 JR東日本は、公共交通事業を営む公益企業であり、公衆の生活にとって日常
不可欠の便益(サービス)を普遍的、無差別に提供すべき社会的責務を負っている
うえ、国鉄改革により、後の世代に鉄道という財産を引き継ぐため、旧国鉄資産を
時価の何千分の一の価格で取得しているのであるから、鉄道事業の承継を義務づけ
られているというべきである。そのため、各承継法人が運輸大臣から認可を受け
た実施計画にも、信越本線の承継が明記されている。にもかかわらず、JR東日本
は、日本の中心を走る大動脈であり、碓井峠越えのため莫大な国家予算を費やし、
多くの犠牲を払って開設された信越本線を、承継してから一〇年足らずで廃止申請
しているのであり、右申請は、日本国有鉄道改革法及び鉄道事業法に反するもので
ある。
2 本件路線廃止の理由の一つとして、横川・篠ノ井間の営業収支が赤字であるこ
とが挙げられているが、山間地の区間の乗降客による営業収支が赤字であることは
むしろ当然であり、鉄道の収支は、その総体で算定されるべきである。JR東日本
は、年間一〇〇〇億円の利益を計上しているのであり、横川・篠ノ井間の営業収支
が赤字であることは、本件路線廃止の理由になり得ない。
3 北陸新幹線の停車駅は、高崎、安中榛名、軽井沢、佐久平、上田及び長野の六
駅であり、通勤・通学その他すべての生活を支える生活線の役割を担っている各駅
停車の信越本線とは役割を異にし、信越本線に代替し得ない。本件路線の廃止によ
り、通勤・通学に著しい不便を来たし、観光客が減少し、各駅を中心として形成さ
れてきた地域社会は衰退し、JR横川駅の労働者だけでも約一〇〇名が職場を失っ
ている。
4 信越本線に代替する交通機関であるとされるJRバス及びしなの鉄道は、幹線
鉄道である信越本線に比べて、利便性、安全性、快適性、環境適合性、クリーンエ
ネルギーの使用可能性、運賃の低廉性、廃線の危険性を含めた経営の困難性、地元
負担の過重性などいずれの面でも劣っており、信越本線に代替できないのみなら
ず、本件路線の廃止により全国鉄道網から切断される致命的欠陥をカバーすること
ができない。また、本件路線は、碓井峠の難所を越える路線であり、これを廃止す
れば、再び碓井峠に人・物の円滑なる交通を遮断する関所ができるものであり、到
底、JRバスによって代替することはできない。
5 信越本線は、国鉄分割・民営化の際にも、廃止対象路線とはされていなかっ
た。本件路線の廃止は、鉄道事業法二八条の規定によったものではなく、実質上、
北陸新幹線の建設着工に当たってされた、平成元年一月一七日の「適切な代替交通
機関を検討し、その導入を図った上、開業時に廃止する」旨の政府・与党申し合わ
せ、平成二年一二月二四日の「並行在来線は開業時にJRの経営から分離すること
を許可前に確認する」旨の政府・与党申し合わせ
により決定されたものであり、沿線住民・沿線自治体・国民の要望と公衆の利便を
著しく無視し、JR東日本の営利を優先して、JR東日本の公共交通機関としての
責務を免責した政・官・JR東日本の癒着のもとに決められたものである。北陸新
幹線の開業により本件路線を廃止しなければならない実質的理由は存在しない。の
みならず、関係大臣が、平成六年一二月一九日、並行在来線の経営分離については
沿線地方公共団体の同意が必要であるとの申し合わせをし、政府・与党も、平成八
年一二月二五日、右同旨の合意をしたにもかかわらず、運輸大臣は、軽井沢町、松
井田町、安中市及び高崎市など地元自治体が、本件路線の廃止に反対し、存続を要
望しているのを無視して本件路線の廃止を許可したものであり、本件許可処分は違
法である。
三 控訴人らの原告適格についての当事者双方の主張
 当審における本件の主たる争点は、控訴人らに原告適格が存するか否かであり、
この点に関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。
1 控訴人らの主張
(一) 控訴人らは、交通機関である信越本線の利用者であり、生存権(憲法二五
条)、移動の自由(憲法二二条)及び幸福追求権(憲法一三条)として位置づけら
れる権利である「だれでも、いつでも、どこへでも、便利に安全、快適かつ低廉に
移動でき、自由に貨物を送り、受け取ることができる権利」(交通権ないし交通の
利益)を有するところ、本件路線の廃線により、信越本線の利用が不可能となり、
全国の鉄道ネットワークから切断されるものであって、右権利ないし利益を侵害さ
れる。鉄道事業法一条は、利用者の利益を保護すると明記しており、被控訴人は、
右規定を尊重して利用者の利益を保護する責務を負うものであり、控訴人らは、本
件許可処分の取消しを求める資格を有するというべきである。仮に、控訴人らに原
告適格が認められなければ、公共交通機関の廃止によって生活の足を奪われる利用
者ないし国民は、権利保護を求める道を閉ざされることになり、民主主義が画餅に
帰すことになる。
(二) 行政事件訴訟の原告適格の要件を規定した行政事件訴訟法九条は、「処分
の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴えは、当該処分又は裁決の取消しを求めるに
つき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」と規定している。
この「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上
保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであ
り、当該処分を定めた行政法規が不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中
に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを
保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律
上保護された利益に当たるものであり、当該行政法規が不特定多数者の具体的利益
をそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を
含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的・当該行政法規が当該処分を通して保護
しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。
 そして、原告適格は、当該原告の主張する生活利益の特質によって判断されるべ
きであり、控訴人らの主張する交通権ないし交通の利益は、保安林解除による生命
身体の安全や空港騒音による健康被害と同様に重大な利益であって、法律上保護さ
れた利益に該当する。
(三) 鉄道事業法は、国鉄改革の中で生まれた法であり、前記国鉄改革関連八法
律の規定を考慮して解釈されるべきである。
 日本国有鉄道改革法四条が、「国は、日本国有鉄道の改革の実施に際し、日本国
有鉄道が経営している事業に係る利用者の利便の確保及び適切な利用条件の維持に
ついて特に配慮するものとする。」と規定し、右規定を受けて、鉄道事業法一条
は、「この法律は、鉄道事業等の運営を適正かつ合理的なものとすることにより、
鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全な発達を図り、もっ
て公共の福祉を増進することを目的とする」と規定しているのであり、同法は、国
鉄の分割民営化により利用者の利益を損なうことがないようにすることを大きな立
法目的とし、公共交通機関である鉄道を利用しようとする国民一人一人の「生活
権」を保障したものと解すべきである。
(四) 鉄道事業法一条は、「利用者の利益を保護する」ことと「公共の福祉を増
進すること」を明確に分けて規定しており、同法一六条(運賃及び料金)、二三条
(事業改善命令)、二八条(事業の休廃止)も、「公共の利益」とは別に「旅客の
利益」、「利用者の利便」、「公衆の利便」を保護することを規定している。さら
に、運輸省鉄道局長の鉄道事業法等の運用通達(平成八年二月二一日付鉄総第七五
号通達)においても、鉄道事業の「休止または廃止によって公衆の利便が著し
く阻害されるおそれがあると認められないこと。」「具体的には当該線区の輸送量
の動向・代替交通機関の整備の状況等についての十分な調査によって審査を行
う。」ことが明記されており、運輸省鉄道局長が、「公衆の利便」が「具体的には
当該線区」の利便を指すことを認めている。
 また、運輸省設置法六条一項、一六条、運輸審議会一般規則五条一項六号によれ
ば、鉄道事業の休廃止の際には、運輸審議会における公聴会が開かれるが、右公聴
会において公述することができる「利害関係人」は、鉄道の利用者のみならず付近
住民が含まれると解されている。
 以上のとおり、鉄道事業法及びその関連法規は、鉄道利用者の個々人の具体的利
益とその総和としての国民(公共)の利益を保護することを目的としているもので
あり、利用者の具体的利益を公共の利益の中に吸収解消させるにとどめず、それが
帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとしているのである。
(五) 鉄道事業法五条の免許付与基準と同法二八条の事業廃止基準とは、別異に
判断されなければならない。公益企業として鉄道事業の経営は、権利であるととも
に義務であり、利用者の利便のために事業を継続することは義務の中心である。同
法二八条二項は、右のような観点から、「公衆の利便」を著しく阻害するおそれの
ある休廃止はこれを許可してはならないと規定しているのであり、同法五条と異な
り「公共の利益」という用語は使用していない。鉄道事業法及びその関連法規が、
鉄道を利用する個々人の具体的利益を法律上保護された利益ないし保護に値する利
益と位置づけていることは、明らかである。
(六) JR東日本は、公共交通機関を運営する者として、公衆の生活にとって日
常不可欠の便益(サービス)を普遍的、無差別に提供すべき社会的責務を負ってい
るうえ、国鉄改革により、後の世代に鉄道という財産を引き継ぐため、旧国鉄資産
を時価の何千分の一の価格で取得しているのであり、鉄道事業の承継を義務づけら
れている。JR東日本の右責務を考慮すれば、鉄道事業法及びその関連法規は、鉄
道を利用する個々人の具体的利益を法律上保護された利益ないし保護に値する利益
と位置づけていると解すべきである。
(七) 本件路線の廃止により信越本線利用者が被る不利益は、前記二のとおり、
著しいものであり、不利益の大きさからすれば生命身体の安全や健康が害された場
合と差がな
いものであり、これが法律上保護された利益又は保護に値する利益の侵害に当たる
ことは明らかである。
2 被控訴人の主張
 控訴人らは、以下のとおり、本件許可処分の取消しを求めるについての原告適格
を有せず、本件訴えは却下されるべきであるから、本件控訴は速やかに棄却される
べきである。
(一) 行政事件訴訟法九条は、「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え
は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提
起することができる。」と規定しており、ここにいう「法律上の利益を有する者」
とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必
然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多
数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが
帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解
される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分
によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消
訴訟における原告適格を有するということができる。そして、当該行政法規が不特
定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護す
べきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通にする関
連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定
が、当該処分を通して右のような個々人の利益をも保護すべきものとして位置づけ
られていると見ることができるかどうかによって決すべきである。
(二) 鉄道事業法及びその他の関連法規は、鉄道事業の廃止について鉄道利用者
個々人の具体的利益を保護していない。
(1) 鉄道事業法一条は、同法の目的を「鉄道事業等の運営を適正かつ合理的な
ものにすることにより、鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の
健全な発達を図り、もって公共の福祉を増進すること」と規定し、また、同法五条
一項は、鉄道事業の免許を付与する際の免許基準として
「一 その事業の開始が輸送需要に対し適切なものであること
二 その事業の供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないものであること
三 その事業基本計画が経営上及び輸送の安全上適切なものであること
四 その事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであるこ

五 その他その事業の開始が公益上必要であり、かつ、適切なものであること」
を挙げており、その免許基準において、個々人の利用者の利益を保護することは考
慮されていない。
(2) 鉄道事業法二八条は、鉄道事業の休廃止に関する運輸大臣の許可について
「当該休止又は廃止によって公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める
場合を除き、前項の許可をしなければならない。」と規定しているところ、右規定
は、鉄道事業の廃止が、当該路線を利用する国民の利便を多かれ少なかれ阻害する
ことは否めず、また、自己の意思で免許を受けた鉄道事業者には当該事業を継続的
に経営する義務がある一方、事業の継続が困難になった場合にもこれを廃止し得な
いとすることは、著しく事業者の利益を害することとなるので、事業の廃止による
利便の低下と事業を廃止すべき事業者側の事情との調整を図り、事業の廃止により
著しく公衆の利便を阻害するおそれがある場合を除いて、廃止申請を許可しなけれ
ばならないとしたものであり、同法五条において、鉄道事業の免許を付与する際の
免許基準として「その事業の開始が公益上必要で」あることという公共の利益が挙
げられていることと対比すれば、同法二八条二項に規定する「公衆の利便」とは、
個々人の利用者としての利益ではなく、公共の利益をいうと解すべきである。
(3) 運輸大臣は、鉄道事業の休止又は廃止の許可をする際に、運輸審議会に対
し諮問し、その決定を尊重しなければならない(運輸省設置法五条、六条一項一〇
号)。運輸審議会は、運輸大臣の指示若しくは運輸審議会の定める利害関係人の申
請があったときは公聴会を開かなければならないところ(同法一六条)、運輸審議
会一般規則(昭和二七年運輸省令第八号)五条は、利害関係人として、許可等の申
請者、処分の対象者等を掲げているが、鉄道の利用者を列挙していない。また、運
輸審議会の公聴会において、利害関係人以外の者が公述することも可能であるが、
休止又は廃止対象路線の個々の利用者による公述が答申に不可欠なものとされてい
るわけでもない(同規則三五条ないし三七条)。
 以上のように、運輸省設置法、運輸審議会一般規則の規定上も、鉄道事業法二八
条一項の許可について、休止又は廃止対象路線の個々人の個別的利益を保護する趣
旨を含むものとは解されない。
(4) 控訴人らは、日本国有鉄道改革法一条の規定を根拠として、控訴
人らに原告適格がある旨主張するが、同法は、国鉄改革に関する基本的事項につい
て定めたにすぎず、分割後のJR各社の経営、鉄道事業の運営に関する事項につい
て定めたものではない。同法は、国鉄が分割・民営化し、その事業が承継された段
階でその目的を達成しているのであって、JR各社が国鉄の事業を承継したことを
もって、JR各社の鉄道事業経営が法的に拘束される理由はない。
(三) 控訴人らは、信越本線を利用する可能性のある者、すなわち国民すべてが
本件取消訴訟の原告適格を有する旨主張するが、これでは、原告適格がそれを有す
る者と有しない者との区別をする機能を有しないことになり、本来個々人の権利利
益の救済を目的とする取消訴訟に自己の法律上の利益にかかわらない資格で訴訟提
起を認める客観的訴訟を取り込むことになり相当でない。
 また、控訴人らは、「不利益が大きければ法的保護を必要とする利益とされなけ
ればならない」旨主張するが、このような判断基準は、当該行政法規の趣旨・目的
や当該行政処分の根拠規定の法体系における位置づけを考慮しない点、当該不利益
が事実上の利益又は反射的利益に関する不利益であっても原告適格を認めることに
なる点において不当である。
(四) 以上のとおり、鉄道事業法における事業廃止の許可においては、利用者の
利益は、個々人の利益として保護されているものではなく、公共の利益に吸収解消
されているから、控訴人らは、本件取消訴訟の原告適格を有しない。
第三 当裁判所の判断
一 原告適格の判断基準について
 処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有す
る者」に限り、提起することができる(行政事件訴訟法九条)とされているとこ
ろ、右の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法
律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうので
あり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益
の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこ
れを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう
法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害
されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものとい
うべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者
の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきもの
とする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分
を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである
(最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決民集三二巻二号二一一頁、最高裁昭
和五七年九月九日第一小法廷判決民集三六巻九号一六七九頁、最高裁平成元年二月
一七日第二小法廷判決民集四三巻二号五六頁、最高裁平成四年九月二二日第三小法
廷判決民集四六巻六号五七一頁)。
二 鉄道事業法二八条一項は、「鉄道事業者は、鉄道事業の全部又は一部を休止
し、又は廃止しようとするときは、運輸大臣の許可を受けなければならない。」と
規定し、同条二項は、「運輸大臣は、当該休止又は廃止によって公衆の利便が著し
く阻害されるおそれがあると認められる場合を除き、前項の許可をしなければなら
ない。」と規定している。そして、同項は、「公衆の利便が著しく阻害される」と
規定するが、「公衆」との用語が「社会一般の人々」という意義を持つものであ
り、「社会一般」又は「おおやけ」という意味を持つ「公共」に通ずる意味内容を
持つことからして、同項の規定が、直接、個々の鉄道利用者の利益ないし利便を保
護するという趣旨を含むと解することは困難である。しかし、同条の文理解釈のみ
から、同条が、鉄道事業の廃止等に関し、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的
公益の中に吸収解消させていると解することは相当でないから、鉄道事業法及びそ
の他関連法規の規定並びに鉄道事業の廃止等を運輸大臣の許可にかからしめること
により鉄道事業法が保護しようとしている利益の内容等をも考慮して、同条が、鉄
道事業の廃止等に関し、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解
消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべ
きものとする趣旨を含むか否かを検討することとする。
1 日本国有鉄道改革法について
 控訴人らは、鉄道事業法が、いわゆる国鉄改革の中で、国鉄改革関連八法律の一
つとして制定されたものであるから、鉄道事業法の規定を解釈する場合において
も、国鉄改革関連八法律の一つである日本国有鉄道改革法四条の規定を斟酌すべき
である旨主張するので、同法について検討する。
 日本国有鉄道改革法一条は、「この法律は、日本国有鉄道による鉄道事業その他

事業の経常が破綻し、現行の公共企業体による全国一元的経営体制の下においては
その事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となっている事態に対処し
て、これらの事業に関し、輸送需要の動向に適確に対応し得る新たな経営体制を実
現し、その下において我が国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効率的に発
揮させることが、国民生活及び国民経済の安定及び向上を図る上で緊要な課題であ
ることにかんがみ、これに即応した効率的な経営体制を確立するための日本国有鉄
道の経営形態の抜本的な改革に関する基本的な事項について定めるものとする。」
と規定しているところ、右規定の趣旨からすれば、同法が、国鉄の分割及び旅客会
社の設立等の国鉄の改革に関する基本的な事項、枠組みを定めることを目的とした
法であることは明らかであり、同法四条に、「国は、日本国有鉄道の改革の実施に
際し、日本国有鉄道が経営している事業に係る利用者の利便の確保及び適切な利用
条件の維持について特に配慮するものとする。」と規定し、特に「利用者の利便の
確保」に言及しているのも、国鉄改革に関する基本的な事項、枠組みを作るという
観点から考えられるべきであり、同法の右のような性格にかんがみれば、右「利用
者の利便の確保」とは、個別、具体的な利用者を念頭において規定されたものとは
解し難く、国民全体の利便すなわち公共の利益を念頭において規定したものといわ
ざるを得ないから、同条を直接の根拠として、鉄道事業法等の関連法規が、鉄道事
業の廃止許可処分において、利用者の個別的利益を法律上保護された利益として保
護していると認めることはできない。
2 鉄道事業法について
(一) 鉄道事業法一条は、同法の目的について、「この法律は、鉄道事業等の運
営を適正かつ合理的なものとすることにより、鉄道等の利用者の利益を保護すると
ともに、鉄道事業等の健全な発達を図り、もって公共の福祉を増進することを目的
とする。」と規定している。右規定の文理からすれば、同法は、「鉄道事業等の運
営を適正かつ合理的なものとすることにより」「公共の福祉を増進すること」を目
的としているといわざるを得ず、「鉄道等の利用者の利益を保護する」こと及び
「鉄道事業等の健全な発達を図」ることは、「鉄道事業等の運営を適正かつ合理的
なものとすることにより」、その結果として実現されるものであって、「公共の福
祉を増進すること」の内容
を例示したものと解するのが相当である。そうとすれば、同条が「鉄道等の利用者
の利益を保護する」と規定した趣旨は、個々具体的な鉄道利用者の利益を保護する
という趣旨ではなく、一般公衆の利益を保護するという趣旨であり、個々具体的な
鉄道利用者の利益は、「公共の福祉を増進する」という目的の中に吸収解消されて
いるというべきである。
 控訴人らは、同法一条は、日本国有鉄道改革法四条の規定を受けて規定されたも
のであるから、鉄道事業法一条は、国鉄の分割民営化により利用者の利益を損なう
ことがないようにすることを大きな立法目的とし、公共交通機関である鉄道を利用
しようとする国民一人一人の「生活権」を保障したものと解すべきである旨主張す
る。しかし、日本国有鉄道改革法四条の規定は、右1のとおり、個別、具体的な利
用者の利益ないし利便を保護するものではないうえ、鉄道事業法が、「鉄道事業等
の運営を適正かつ合理的なものとすることにより」「公共の福祉を増進すること」
を目的とするものであることを考慮すると、同法一条が、公共交通機関である鉄道
を利用しようとする国民一人一人の「生活権」を保障した規定であると認めること
はできない。
(二) 鉄道事業は、生産、流通、人の移動等の面から見て、産業のみならず国民
の日常生活にとって不可欠な事業であり、強い公共性を有するものである(甲A三
六)。そのため、鉄道事業法は、三条一項において、「鉄道事業を経営しようとす
る者は、運輸大臣の免許を受けなければならない。」と規定して鉄道事業の経営を
運輸大臣の免許にかからしめると共に、五条一項において、免許基準を定め、七条
一項、二項において、鉄道事業の免許を受けた者が事業基本計画等を変更する場合
には運輸大臣の認可を受けることを必要とし、運輸大臣が認可する基準として五条
一項の免許基準を準用している。
 ところで、同法五条一項に規定する免許基準は、「一 その事業の開始が輸送需
要に対し適切なものであること、二 その事業の供給輸送力が輸送需要量に対し不
均衡とならないものであること、三 その事業基本計画が経営上及び輸送の安全上
適切なものであること、四 その事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するも
のであること、五 その他その事業の開始が公益上必要であり、かつ、適切なもの
であること」というものであり、鉄道事業の免許及び事業基本計画の変更等の認可
に当たっては
、公益上の必要性及び事業ないし事業計画等の変更の適切性を基準として判断され
ることとし、直接、個々の鉄道利用者の利益、利便等を考慮することとはなってい
ない。
(三) 鉄道事業における運賃及び料金は、鉄道の利用者にとって大きな利害関係
を有するものであるが、鉄道事業法一六条一項は、鉄道事業者が運輸大臣の認可を
受けて旅客又は貨物の運賃及び料金を定めなければならないと規定し、同条二項に
おいて、認可基準を定めている。
 右認可基準は、「一 能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正
な利潤を含むものであること、二 特定の旅客又は荷主に対し不当な差別的取扱い
をするものでないこと、三 旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんが
み、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものである
こと、四 他の鉄道運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれ
がないものであること」というものであり、運賃等の決定に当たり、営利事業を営
む鉄道事業者の利益、旅客の運賃負担能力等を考慮すると共に差別的取扱いや競合
他社との不当競争を防止するという見地から規定されているものである。
 右認可基準は、右のとおり、認可の際には旅客の運賃負担能力を考慮すべきとし
ているが、これは、右規定の方式から見て、一般的な鉄道利用者の運賃負担能力を
基準として、これらの者の鉄道の利用が困難にならないように運賃等を定めるべき
であるとの趣旨であって、個々の鉄道利用者の運賃負担能力を個別に考慮して運賃
等を定めるべきであるとするものでないことが明らかであり、また、不当な差別的
取扱いの禁止も、直接、個々の鉄道利用者の利益ないし利便を保護する趣旨で規定
しているものでないことが明らかであって、運賃及び料金を定める際に、個々の鉄
道利用者の利益ないし利便は考慮されていない。右規定は、運賃等の決定に当たっ
て、「公共の利益」を考慮することの一例として、旅客の運賃負担能力の考慮、旅
客の差別的取扱いの禁止を定めたものというべきである。
(四) 鉄道事業法二三条一項は、柱書きにおいて「運輸大臣は、鉄道事業者の事
業について利用者の利便その他公共の利益を阻害している事実があると認めるとき
は、鉄道事業者に対し、次に掲げる事項を命ずることができる。」と規定し、同項
一号ないし七号で運賃又は料金の変更、列車の運行計画の変更等を定めている

 同項一項柱書きは、右のように、「利用者の利便」が阻害されていることを事業
改善命令の要件としてあげているが、「利用者の利便その他公共の利益を阻害して
いる事実」との規定からすれば、「利用者の利便」が「公共の利益」の例示として
あげられていることが明らかであり、利用者の利便は公共の利益の中に吸収解消さ
れているというべきであり、右規定により、「利便」を阻害されている利用者に何
らかの権利が付与されていると解することはできない。
(五) 控訴人らは、鉄道事業法一条が、「利用者の利益を保護する」ことと「公
共の福祉を増進すること」を明確に分けて規定しており、同法一六条(運賃及び料
金)、二三条(事業改善命令)、二八条(事業の休廃止)も、「公共の利益」とは
別に「旅客の利益」、「利用者の利便」、「公衆の利便」を保護することを規定し
ている旨、運輸省鉄道局長の鉄道事業法等の運用通達(平成八年二月二一日付鉄総
第七五号通達)においても、鉄道事業の「休止または廃止によって公衆の利便が著
しく阻害されるおそれがあると認められないこと。」「具体的には当該線区の輸送
量の動向・代替交通機関の整備の状況等についての十分な調査によって審査を行
う。」ことが明記されており、運輸省鉄道局長が、「公衆の利便」が「具体的には
当該線区」の利便を指すことを認めている旨それぞれ主張する。
 しかし、同法一条、一六条、二三条及び二八条において、「公共の利益」との文
言とは別に「利用者の利益」、「旅客の利益」、「利用者の利便」及び「公衆の利
便」との文言が用いられているが、これらの文言は、前記のとおり、いずれも「公
共の利益」の例示として用いられているものであり、「利用者の利益」、「旅客の
利益」、「利用者の利便」及び「公衆の利便」といった規定の文言を捉えて、鉄道
事業法が、鉄道事業の廃止等に関し、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益
の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこ
れを保護すべきものとする趣旨を含んでいると解することはできない。
3 運輸省設置法について
 運輸省設置法五条は、「運輸省に、公共の利益を確保するため次条第一項に掲げ
る事項について公平且つ合理的な決定をさせるため、運輸審議会を常置する。」と
規定し、同法六条一項は、柱書きにおいて、「運輸大臣は、次に掲げる事項につい
て必要な措置をする場合には、運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これを
しなければならない。」と規定し、同項一〇号において「鉄道、軌道及び無軌条電
車の事業の休止又は廃止の許可」と規定している。右のとおり、運輸大臣は、公共
の利益を確保するため、鉄道等を廃止する場合には、運輸審議会にはかることとし
ているから、運輸審議会における審議も、「公共の利益の確保」という見地からさ
れることが明らかであり、この面からも、個々の鉄道利用者の利益ないし利便は、
公共の利益を確保するという目的の中で実現され、公共の利益の中に吸収解消され
ていると見ることができる。
 また、同法一六条は、「運輸審議会は、第六条一項の規定により附議された事項
については、必要があると認めるときは、公聴会を開くことができ、又は運輸大臣
の指示若しくは運輸審議会の定める利害関係人の申請があったときは、公聴会を開
かなければならない。」と規定しているところ、運輸審議会の審議方法等を定める
運輸審議会一般規則(昭和二七年運輸省令第八号)五条一項は、右利害関係人とし
て、許可等の申請者、不利益処分の名宛人となるべき者等を掲げ、さらに、同項六
号において「前各号に掲げる者のほか、運輸審議会が当該事案に関し特に重大な利
害関係を有する者」を規定しているが、鉄道利用者ないし鉄道沿線の住民を利害関
係人とする旨の明示の規定はおいていない。同様に、同規則三五条ないし三七条に
よれば、運輸審議会の公聴会において、利害関係人以外の者が公述することも可能
であるが、休止又は廃止対象路線の個々の利用者による公述が答申に不可欠なもの
とされているわけでもない。
 以上を総合すれば、鉄道事業の廃止等に関する運輸省設置法及び運輸審議会一般
規則の規定から、廃止対象路線の個々の利用者の利益が保護されていると解するこ
ともできない。
4 JR東日本の承継責任について
 控訴人らは、JR東日本は、公共交通機関を運営する者として、公衆の生活にと
って日常不可欠の便益(サービス)を普遍的、無差別に提供すべき社会的責務を負
っているうえ、国鉄改革により、後の世代に鉄道という財産を、引き継ぐため、旧
国鉄資産を時価の何千分の一の価格で取得しているのであり、鉄道事業の承継を義
務づけられている旨主張する。
 確かに、JR東日本は、公共交通機関を運営する者として、また、国鉄改革によ
り鉄道という財産を引き継いだ者として、高い公共性を有
するものであり、地域発展の核となり、沿線住民等の利便を確保するため、鉄道事
業を、できうる限り継続していくことが求められるといい得る。しかし、JR東日
本も、株式会社として基本的には営利・採算を度外視することはできないものであ
り、JR東日本に対し、これらの面を全く度外視して無制限に鉄道事業の継続を求
めることができないことも明らかである。JR東日本に対し、鉄道事業を継続し、
一路線といえども廃止をすることは許されないというような実定法規は存在しない
のであり、JR東日本が公共交通機関を運営し、また、国鉄改革により鉄道という
財産を引き継いだからといって、個々の利用者に対し、鉄道事業を継続する法的債
務を負っていると解することはできない。
5 本件路線廃止により控訴人らが受ける不利益について
 以上のとおり、鉄道事業法等の関係各法規によって形成される法体系の中におい
て、本件路線の廃止について、本件路線の個々の利用者の利益ないし利便が法的に
保護されていると解することはできない。
三 ところで、控訴人らは、本件路線の廃止により信越本線利用者が被る不利益が
著しいものであり、不利益の大きさからすれば保安林解除による生命身体の安全や
空港騒音による健康被害と差がないから、これが法律上保護された利益又は保護に
値する利益の侵害に当たることは明らかである旨主張する。
 法律上保護された利益又は保護に値する利益の侵害に当たるか否かは、必ずしも
利益侵害の有無及び程度にかかわるものではないが、右判断については、当該法規
により保護される利益の内容・性質等をも考慮することが必要であるうえ、本件許
可処分により、必然的に本件路線の利用者等の生命、身体に重大な危害を及ぼすよ
うな特段の事情がある場合には、前記の規定の解釈においても、特に右事情を考慮
し、本件路線の利用者等の個別の生命、身体の安全等の利益をも保護すべきものと
する趣旨を含むと解する余地があるとも考えられるので、念のため、本件許可処分
によって、控訴人らが具体的にいかなる不利益を受けるかについて検討する。
1 代替交通機関の運行と控訴人らの受ける不利益の程度について前記第二、一7
のとおり、本件路線は、本件許可処分により、平成九年九月三〇日をもって廃止さ
れ、同年一〇月一日から、その代替交通機関として、本件路線のうち横川・軽井沢
間についてはJRバスが路線バスを運行し、軽井沢
・篠ノ井間についてはしなの鉄道が引き継いで鉄道を運行しているので、右代替交
通機関に変わったことにより、控訴人らにどのような利益・不利益が生じているか
を検討する(なお、本件路線に並行して北陸新幹線〔長野行新幹線。甲C六六〕が
運行しているところ、その効用は、長距離・大量輸送にあるから、ここでは、その
効用等の検討はしない。)。
(一) JRバスについて
(1) 一般に、鉄道に比較してのバスの長所、短所については、次のように議論
されている。
① バスの短所としては、鉄道に比べて定時的でなく、かつ、目的地までの時間が
かかること、鉄道に比べて輸送能力が低いため、一時に乗客が集中した場合に乗客
を捌けないこと、運賃が一般に高いこと、沿線の交通渋滞を惹起し又はこれに巻込
まれるおそれがあること、鉄道に比べて車両の揺れが大きく快適性に欠けること、
バスには交通事故の危険等がつきまとうことなどがあげられている(甲B八、甲C
三四ないし三六)。
② 他方、バスの長所としては、車両価格、燃料費、人件費等の運行にかかる経費
が鉄道に比べて少ないうえ、一般道路を走行するため、鉄道の運行に必要な軌道の
維持補修等にかかる経費が不要であるなど、経済効率が高いこと、増便、路線の変
更等により、需要に応じた機敏できめ細かな運行が期待でき、トータル的なサービ
スの向上が期待できることなどがあげられている(甲C三四、三六)。
③ 右①、②によれば、一般論としては、鉄道がバスに代替されることにより、鉄
道の利用者の利便に影響が出ることは認められるが、これにより、必然的に代替バ
スの利用者の生命、身体及び健康等に重大な危険を及ぼすものとは認め難い。
(2)具体的な不利益の存否
① 運行時間等
 本件路線が廃止される前の信越本線の運行状況は、軽井沢発横川方面行きの上り
が一日二八本(そのうち普通列車は六本)、下りが一日二七本(そのうち普通列車
は五本)であり、普通列車の始発及び終発は上りが六時三三分発及び二一時〇八分
発、下りが七時四八分及び一九時一八分であった(甲A五四)。これに対し、本件
路線の廃止後におけるJRバスの運行状況は、当初は一日上り、下りとも七本であ
ったが、その後利用客の利便のため上りを一日一三本、下りを一四本に増便し、始
発及び終発も、上りが六時二〇分及び二〇時、下りが七時四〇分及び二〇時五〇分
にした(甲A三七、五三、五五、甲B二五)。信
越本線の本数に比べると、JRバスの本数は約半分に減少したが、いわゆる生活線
である普通列車との比較では、むしろJRバスの本数の方が多くなっている。ま
た、JRバスの一台当たりの輸送量は、信越本線の輸送量に比べて大幅に少ない
が、乗客が乗り切れない場合にはバスが増発されることになっている(証人a)。
 所要時間は、信越本線の普通電車が上り二七分、下り一八分、特急電車が上り二
六分ないし二七分、下り一七分であり、JRバスが上り三六分、下り三六分である
(甲A五三ないし五五)。所要時間の点では、JRバスは、下りで約二倍の時間を
要するが、上りでは約九分余分にかかるに過ぎない。
 JRバスの場合、安中市の高校に通う高校生について、夏場の道路の渋滞や交通
事故の影響等により遅れることが年四、五回あり、そのため、横川駅での信越本線
への乗り換えが間に合わない場合があった。また、JRバスが遅れて軽井沢駅に到
着した場合には所定の停留所で乗降することができない場合があった。さらに、J
Rバスが運行している碓井峠は、交通の難所であり、カーブが多く、揺れも大きい
ものであって、体の弱い者等にとってはかなりの負担となっており、バス酔いのた
めJRバスでの通学を断念し、新幹線通学に切り換えた中学生もいた(甲A五二、
甲B二三、証人a、同b、検証の結果、弁論の全趣旨)。
② 乗り換え等
 JRバスの横川停留所と信越本線の横川駅との間は徒歩で約五分間移動しなけれ
ばならないところ、足もとが悪く、夜間暗いとの苦情が出されており、また、バス
停留所に風を防ぐような待合所がなく、冬場のバス待ちに支障を来している。その
ため、利用者からは、横川バス停留所に待合室を設置することが要望されている
(甲A五二、甲B二四、検証の結果)。
 また、現在、JRバスには、車椅子に乗った者を乗降させる設備は、設置されて
おらず、その乗降には成人の手助けが必要であり、多大な労力が必要とされる。こ
れに対し、本件路線が廃止される前の信越本線では、そもそも横川駅でのバスヘの
乗り換えが必要でなかった上、ホームと電車の床面との間に段差が余りなかったた
め、車椅子に乗った者の乗降であってもさほどの苦労はいらなかった(検証の結
果)。
 横川における信越本線とJRバスとの乗り換え、軽井沢におけるJRバスとしな
の鉄道の乗り換えの場合、いずれもいわゆる通しの切符が販売されていないため、

たに信越本線、しなの鉄道又はJRバスの切符を買い求める必要がある(証人b、
検証の結果)。
③ 運賃等
 本件路線が廃止される前の信越本線横川駅から軽井沢駅までの運賃は、普通電車
が片道二三〇円(特急電車の場合、右金額に五〇キロメートルまでの特急料金が加
算される)、本件路線が廃止された後のJRバスの横川駅から軽井沢駅までの運賃
は、片道四六〇円であり、JRバスの運賃が普通電車に比べて二倍になっている
(甲A五三、五六の1、2、五七の1、2)。
 また、本件路線が廃止される前の信越本線横川駅から軽井沢駅までの通学定期の
運賃は、高校生が一か月五〇一〇円、中学生が一か月三八九〇円であったが、本件
路線が廃止された後のJRバスの横川駅から軽井沢駅までの通学定期の運賃は、高
校生、中学生とも一か月一万〇〇二〇円となった。なお、従前、信越本線横川駅か
ら軽井沢駅まで乗車していた群馬県又は長野県在住の高校生、中学生については、
群馬県又は長野県から差額が支給されている(甲A五〇、五一)。
④ 通学への影響
 JRバスを利用して軽井沢駅から横川駅に出て、安中市にある新島学園中学校及
び同高校に通学する生徒のアンケート結果によると、本件路線の代替バスとしてJ
Rバスが運行するようになった後、朝、家を出る時間が早くなった(平均約一三
分)と回答した学生はいるものの、遅くなった(平均約一四分)と回答した学生が
大多数であり、帰宅時間については遅くなったと回答した学生が大多数であった。
また、JRバスヘの要望としては、横川駅におけるバス停留所に待合所を設けるこ
と、信越本線又はしなの鉄道との接続を良くすること、バスの本数の増便等があげ
られていた(甲A五二)。
(3) ところで、右のような代替交通機関であるJRバスの不便、不具合等は、
所要時間のように是正が極めて困難なものから、待合所の設置、車椅子対応の車両
の導入など予算が許せば可能と思われるもの、バスの本数の増便や発着時間の変更
のようにある程度需要に応じて対処し得るものまで様々であり、JRバス及びその
利用者並びに関係自治体等の協議等により是正し得るものは是正していくことによ
り、不便、不具合等が改善されていく余地が存すると認められる。そして、信越本
線を引き継ぎ、地域の足としての公共的役割を負っているJRバスとしては、これ
らの是正可能な不便、不具合等を、順次改善していく責務があるとい
うべきであるところ、JRバスでは、開業後バスを増便するなどして利用者の利便
を図るべき努力をしている。
(二) しなの鉄道について
(1) しなの鉄道は、北陸新幹線(長野行新幹線)の開業、本件路線の廃止とと
もに、平成九年一〇月一日、軽井沢・篠ノ井間において、営業を開始した。なお、
しなの鉄道は、篠ノ井からJR東日本が営業する長野までの直行便をも運行してい
る(甲A五三、甲C六六)。
(2) しなの鉄道は、沿線の自治体と民間企業一八社が出資した資本金二三億円
の会社であり、いわゆる第三セクター方式による会社である(甲C六六)。
 第三セクター方式による会社については、従来、国鉄の分割民営化が推し進めら
れる中で、輸送力の低い不採算路線を沿線自治体等が承継したケースが多いため、
多くの企業が赤字に苦しみ、運賃の高騰、経費削減に伴う安全対策の低下等が指摘
されており、一部の会社については、その存続が危ぶまれている状況にある(甲A
三二)。
(3) しなの鉄道は、本件路線のうち軽井沢・篠ノ井間を承継する際、JR東日
本に対し、約一〇四億円を支払うなど開業に伴う経費として約一五〇億円を要した
が、その大半を長野県等からの融資によって賄った(甲C六七)。しかし、しなの
鉄道は、他の第三セクターの多くが赤字ローカル線を承継したのと異なり、一日平
均の利用者数が約三万八〇〇〇人を見込めるある程度採算性がある本件路線を承継
したものであり、その当初の営業実績は、ほぼ見込み通りであって、早くも新駅設
置の構想等が出ており、存続の危機が叫ばれるような事態には立ち至っていない
(甲C六七、六八)。
(4) しなの鉄道は、開業時においてはJR東日本と同水準の運賃設定をするこ
とを目指していたが、しなの鉄道独自の運行区間については、運賃が安くなる区間
が多くなったものの、JR東日本との乗り継ぎ区間については、JR東日本との協
定で乗継ぎ割引の率を大きくしたものの、運賃値上げとなる区間が多くなり、結果
的には目標を達成することができなかった。また、通勤、通学定期については、割
引率を引下げるなどして対処したが、JR東日本への乗継ぎ区間では、金額がアッ
プする区間が出ている。しなの鉄道の試算では、しなの鉄道単体で採算が取れる運
賃は現行の一・五倍と試算しており、将来的な運賃値上げが避けられない状況にな
っている(甲C六七)。
(5) しなの鉄道は、北陸新幹
線への乗り継ぎなどの問題から、列車の本数を大幅に増やしており、減便による利
便の減少といった問題は生じていない(甲C六七)。
(6) ところで、しなの鉄道については、JR東日本と通しで切符が買えないこ
と(甲B三五、三七)、同様に、信越本線時代には利用することができた青春一八
切符等の各種割引サービスが受けられなくなったこと(甲B五)、軽井沢から篠ノ
井(ないし長野)までの直通便が少ないこと(甲A五三)、屎尿処理施設がないた
め列車内のトイレが使用できないこと(甲B一九、二七、三五)、ホームと車両の
床との間に段差があるうえ、車内の通路の幅が狭いため、車椅子の通行が困難であ
り、乗り換え設備等を含めた鉄道施設等の不備もあって、車椅子利用者や身体の不
自由な人の利用が極めて困難であること(甲B三三、検証の結果)などの利用上の
不便、不具合等が指摘されている。
 しかし、これらの事項は、JR東日本との協議により乗り継ぎ運賃の体系等を整
備し、或いは、しなの鉄道が、独自に又は沿線自治体と連携して、順次、鉄道の施
設等を改善していくことにより克服可能なものである。そして、しなの鉄道、沿線
自治体及びJR東日本には利用者の利便を図るため、これらの課題を解決していく
責務があるというべきであるところ、軽井沢駅には身障者のためにエレベーターを
設置したほか、しなの鉄道では、開業後篠ノ井駅のホームにトイレを設置するなど
して、利用者の利便を図るべき努力をしている。
2 その他の不利益について
(一) 控訴人らは、本件路線が廃止されたことにより、地域社会が過疎化し、地
域が衰退していく旨主張する。確かに、地域の活性化という面からは、信越本線が
存在し、従来どおりの列車の運行がされることが望まれ、これが地域住民の利益に
なると認められるけれども、右のような利益は、信越本線の運行によりもたらされ
た副次的、反射的利益というべきであり、本件で問題となっている控訴人らの原告
適格を基礎付けるものとは認められない。
(二) 控訴人らは、本件路線が廃止されたことにより、全国の鉄道網が切断さ
れ、取り返しのつかない不利益がもたらされる旨主張する。しかし、全国の鉄道網
が切断されたことにより、本件路線の利用者等に具体的にどのような不利益がもた
らされるのかが不明であり、右のような不利益の存在を理由として、控訴人らの原
告適格を基礎付けることはできないという
べきである。
(三) 控訴人らは、本件許可処分により、交通権ないし交通の利益が侵害される
旨主張する。そして、控訴人らは、「だれでも、いつでも、どこへでも、便利に安
全、快適かつ低廉に移動でき、自由に貨物を送り、受け取ることができる権利」を
もって交通権ないし交通の利益であると主張するものであるが、本件許可処分によ
り本件路線の利用者が被った具体的な不利益は、右1(一)、(二)のとおりの内
容であるというべきであるから、仮に、交通権ないし交通の利益が権利として認知
される余地があるとしても、本訴における原告適格の判断に当たっては、右1
(一)、(二)の事実を基にして判断すれば足りるというべきである。
3 右(一)、(二)の事実によれば、本件許可処分により、本件路線が廃止さ
れ、その代替交通機関としてJRバス及びしなの鉄道が営業を開始したこと、JR
バス及びしなの鉄道は、JR東日本に完全に代替し得るものではなく、特に、JR
バスの場合には、バス路線ということから、目的地までの所要時間、発着時間の正
確性、運賃等の面で信越本線に劣るといわざるを得ないこと、また、しなの鉄道に
ついても、将来的な運賃の上昇、鉄道施設の改善等に大きな問題が存すること、さ
らに、本件路線がJRバスとしなの鉄道に分割して承継され、これに接続するJR
東日本の路線との乗り継ぎの問題が生じていることなど、本件路線の廃止により、
本件路線を利用していた者達がそれ相当の不利益を受けていることが認められる
が、他方、本件路線の廃止により生じた不便、不具合等の多くは、JRバス、しな
の鉄道、JR東日本及び沿線自治体の協力によりある程度解消することが可能であ
るうえ、右不利益は、結局、本件路線が廃止されたことにより従来本件路線に乗車
することができた利便が失われ、又は減少するということに尽きるものであり、本
件許可処分により、必然的に本件路線の利用者等の生命、身体及び健康等に重大な
危害を及ぼしたとか、それに匹敵する権利ないし利益侵害の事態が生じるというも
のではない。
4 以上の次第で、本件許可処分により本件路線の利用者が受ける不利益の内容・
性質等を考慮しても、鉄道事業法等の前記関係規定が、本件路線の利用者等の個々
人の個別的利益を保護していると解することはできない。
四 結論
 よって、控訴人らの本件訴えを原告適格を欠く不適法なものであるとして却下し
た原判決は
正当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費
用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条を適用して、主文のとおり
判決する。
東京高等裁判所第九民事部
裁判長裁判官 塩崎勤
裁判官 小林正
裁判官 萩原秀紀

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