弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役三月に処する。
     原審未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。
     原審訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人加藤茂樹同大橋茹の論旨の詳細は同弁護人ら連名の控訴趣意書に記載する
通りであるからこれを引用する。
 論旨第一点について。
 本論旨の要点は被告人は蛇捕を生業としているものであるところ本件当日所要の
捕獲具を携え本件被害者A方裏手附近の農道に沿い蛇捕りに従事中捕えた蛇が所携
の袋の中から逃れ出てA方裏門内にかくれたと思つたので之を探すべくその庭内に
入つたに過ぎず、而して同人は蛇捕のため諸所に赴きしばしば無断で他人の邸内に
入ることがあるが、このような場合、未だ曾つて叱られたことがなく却つて捕獲を
喜ばれ応援してくれる者もあつた位であるから当日もA方家人の意思に反するとは
考えずむしろ喜ばれる位に思い入つたのである。故に同人の所為は社会通念上不法
の侵入と目すべきでなく主観的にも違法の認識がないものであると云うのである。
 そこで原審施行の検証調書並にその附図の記載、原審証人B、A、Cに対する各
証人尋問調書中の供述記載、原審公判調書中証人B並に被告人の供述記載を綜合す
ると被害者A方邸宅は福井県吉田郡a村b地内を東西に走る県道と同県道から丁字
型に南方に分岐する村道とが形成する交叉点の東南角を占める位置にあり、その表
側は右県道に沿うて北面し角から順次同人所有の土蔵、同人経営の郵便局、同人居
住の住家が東方に向つて相接続し更にその東方隣家との間の空地表側に高さ二米の
板塀が築かれその中央辺に表門があり門内に入れば右住家東側に設けられた玄関と
なる。邸宅西側の横手は前述村道が通りこれに沿うて北端角に前記土蔵の側面と南
端の角に同家作業場の建物とが位置し、且つその間を結ぶ高さ二米の板塀が長さ二
十三米に互つて築かれている。邸宅裏側は右村道から東方に分岐する農道が通つて
おり、同農道に南面して前記作業場の南側面とその東方に一列に植えられた樹木と
が並列する。更に同樹木の稍内側にこれと平行して東西に長さ六、六米の板塀が高
さ二米に設けられその西端は前記作業場の東側に接し、東端は裏門に接する。裏門
は東方隣家の裏手から起り南西の方向に両地の境界を劃する生垣の西端と右板塀の
東端とが、喰違いに相寄る二米余の間隙に設けられた設備であつて本件発生当時に
は先の台風の被害を受け門扉は横に仆れたまゝ放置されていたものである。右裏門
より邸宅内に入れば西南隅に前記作業場があり、其の北に隣接して前記表側土蔵と
は別個の同家裏土蔵一棟が建ち両者の間に僅かに空地の間隙を存する。該土蔵の西
側は前記村道に面して築かれた板塀の内側に少しの空地を置いて沿うようになつて
いる。同土蔵の東南角の附近に榊の木一本が生立し同樹下の北側に当る土蔵東側軒
下に本件ケーブル線約八米のものが輪に巻いて存置されていた地点及び右土蔵と作
業場との隙間の空地東端に近い作業場の軒下に被告人が本件邸宅内に入り右ケーブ
ル線を其の存置場所から移動した地点がある。右二点間の距離は二、五米である。
右裏手土蔵並に作業場を除けば裏門より表側建物並に板塀に至る間は庭園その他の
空地を為し、その略中央を略東西に小川が流れこれに架した石橋を渡つて邸宅の表
側と裏側を連絡する仕組みになつている。そして右土蔵と住家裏手との距離は約二
十米でその間に見透しを妨げるものは右榊の木以外には存在しない。然るところ本
件当日午前十時三十分頃住家裏手湯殿附近の戸外で味噌豆を煮ていたBが約二十米
離れた裏土蔵の方面からびしびし物の折れる音を聞いたので立ち上つて見たところ
土蔵東南角の榊の木が風もなく揺れているので不審に思い前記小川に架けた石橋の
所まで走つて行くと被告人が屈み姿勢で前記ケーブル線を引張つているのを見たの
で急いで走り寄ると既に被告人の姿はそこになかつたが、やがて土蔵の西側と村道
側板塀の隙間から手に蛇捕りの布袋を持つた被告人が土蔵南側と作業場間の空地に
現われて来たのでこれを難詰すると被告人は蛇捕りに入つた旨陳弁に努めケーブル
線移動の事実は頑強に否認した事実、Bに聞えた物音は被告人がケーブル線を引き
擦り榊と土蔵東南角の間を抜けようとした時、木の傍の庭石の苔に足を踏み滑らせ
体を木に打ちつけその枯枝を折り下にあつた古板を踏み折つたものと推定された事
実、右被告人の現われた辺りの塀の外側には村道に置いた被告人乗用の自転車が立
て掛けてあり、その自転車の荷台には竹籠がつけてあり籠の中にあるものは底二三
寸の高さに入れられた屑鉄に天秤と、尚お一個の蛇捕りの袋であつたが袋は空で蛇
が入つていなかつた事実が認定される。
 以上認定のような邸宅内外の状況に照らし被告人が侵入した本件邸内は人の看守
する邸宅の内部に当ることは明白であり、C家家人の承諾があるか、又はその景諾
な十分に期待しうる正当の事由がない限り被告人の所為は住居侵入罪を構成するこ
とは論のないところである。そこで右家人の承諾を得ない被告人が蛇捕獲の目的で
無断邸内に入ることは弁護人所論の如く家人の承諾を十分に期待しうる事項である
か否かは暫く措いて、被告人の邸内侵入の目的は所論のような蛇捕獲の為めであつ
たか何うかについて前記認定の事実から推論するに、被告人が村道に面する前記板
塀に立てかけて置いた自転車の荷台につけた竹籠の中に蛇の捕獲具である布袋を所
持し、又被告人が邸内に於て家人に発見され問責された際その手に同様の捕獲具を
携えていた事実と被告人が蛇の捕獲を生業の一部とする者であることとを照らし合
わせると、弁護人並に被告人の陳弁は強ち虚構の遁辞と断定し去ることは出来ない
ようである。しかし、他面被告人が右家人に発覚の際本件ケーブル線に手をかけ前
記二点間を移動せしめていた事実と前記自転車の荷台の籠の中に屑鉄と天秤を入れ
ていた事実とを照らし合わせると、被告人は屑鉄にも職業上の関心を示すものであ
ること及び右ケーブル線を窃に盗取して塀外の前記自転車の所に投げ落し逃走を企
てていたものであることも亦これを推認するに十分である。しかし右二個の推定事
実即ち、蛇捕獲の目的とケーブル線盗取の目的とが如何に調整されるかについて更
に前掲諸証拠に被告人の原審公廷における供述、並に原審証人D、E、Fの諸証言
を綜合して審案するに被告人は当日の晴天に蛇捕りの傍ら屑鉄の蒐集を志ざし、早
朝自転車に乗り福井市の自宅を出たが同日午前十時半頃前記A方の村道側板塀の作
業場寄りに自転車を立てかけ蛇を捕獲する袋を携えてC方裏手の農道に入り蛇を探
しながら門扉の倒れている前記裏門に立ち入つたところ前記土蔵東側の軒下にもた
せかけてある本件ケーブル線の輪を認め、急にこれが窃取の犯意を生じ前記行動に
出たところを家人に発覚されたもの<要旨第一>であると認めるのが相当である。而
して右の如く門内に立ち入る際においては蛇の捕獲を目的としたものであ 一>つても、其の立入後偶々窃盗の犯意を生じて邸内に更に進み入ることは故なく他
人の看守する邸宅に侵入する行為となり住居侵入罪を構成するものと云わなければ
ならない。故に蛇捕獲の目的で他人の邸内に入ることが他人の承諾を十分に期待し
うる事情と認め得るか否かを論ずるまでもなく、弁護人の本論旨は理由がない。
 論旨第二点について。
 本論旨の要点は被告人は本件ケーブル線に対し全く手を触れていないことはBに
邸内侵入を詰問された当初から警察並検察庁及び原審に至るまで一貫して被告人の
主張するところであり、この点の唯一の証拠であるBの供述は検察官供述調書並に
原審三回の証人供述調書を通じて見ると同人が被告人の所為を発見時の被告人の姿
勢ケーブル線の運び方などについて重大な齟齬があるのみならず、後に至る程事実
の具体制を失つておるからこれを措信することが出来ないというのでおる。
 しかし所論Bの各供述の趣旨を素直に読与取れば、その尋問者の用意した質問の
方法並に用語あるいは其の理解力に応じ応答の内容に多少の過不足があり、或は食
い違いのように見える部分もおるに拘らず、その供述の根底において把握されるも
のは前記第一点の説明に判示した通り裏土蔵の辺りに物の折れる音を聞いて立ち上
り振り返ると土蔵東西角の榊が揺れているので、石橋のところまで行つて見ると被
告人が本件ケーブル線をその存置場所から土蔵東南角と榊の木の間を経て土蔵と作
業場間の空地の方へ引擦つている姿を認めたので、走り寄つたところ、これを右空
地東端の作業場軒下に放置して姿をかくし暫しの後土蔵西側と板塀の間から姿を現
わしたという事実であつて、右事実と前掲諸般の状況を綜合すれば被告人の窃盗の
犯意を認めるに十分である。所論は採用できない。 論旨第三点について。
 本論旨の要点は仮りにBの供述を措信し且つ、被告人の所為が窃盗の目的に出た
ものとしても右(イ)点より(ロ)点までのケーブル線移動の事実をもつて窃盗の
既遂を認めることは重大な事実誤認であるというのである。そこで、前記認定の如
きC方邸宅の内外の状況、本件ケーブル線の存置の場所と被告人のこれを移動した
地点との関係及びこれを移動する際の被告人の姿勢と方法などに細心な考慮を払い
被告人の本件所為が果して原判決認定の如く窃盗の既遂罪をもつて論ずることをう
るか否かを考察すると、本件ケーブル線の存置せられていた場所は周囲を建物及び
板塀をもつて取り囲まれた邸宅内部に建在する土蔵の軒先で外部から濫りに侵入を
許されないC方の管理占有する区城内にあり、右ケーブル線を同所から二十米位離
れた見透しの地点で表側住宅の裏手に当る戸外にあつて、炊事の煙を上げている家
人の存在を認識した者が、同家人の目を免れ外部に搬出する最も容易な方法は前記
榊の木にかくれるように前屈みとなり右ケーブル線の輪を地上に引擦りながら家人
の視界を離れるに最短距離にある前記土蔵と作業場の間隙の空地に引き込みそこか
らこれを担ぎ上げて通行人の動静を窺つた上塀外の被告人の自転車の立てかけてあ
る附近の路上に投げ出すことであり、被告人の所期したこともこの方法であつたこ
とは前記認定の如き移動中の被告人の姿勢、移動の方法並にその径路に照らし合わ
せ十分に推察するに足るところである。
 <要旨第二>果して然りとすれば、被告人が右推定の搬出方法の下に本件ケーブル
線を前屈みとなつて、住宅裏手にある家人の透視を避けながら僅に二米
余の邸宅内の地上を引擦つた行為はいまだ邸宅管理者の支配を完全に離脱しない物
件を自己の支配内に移しつゝある犯罪実行の過程にある行為と見るべく、右行為の
段階をもつては未だC家人の所持を排除して自己の支配を確立したものと認めるに
足らないと云わなければならない。ここで尚お右に加え、原審証人Cの供述を推究
するに被告人は田舎角力を取る位の体格並に体力を有するに対し本件ケーブルの目
方は約五貫位に過ぎないことが認められる点から云つても被告人の前記移動の方法
は被告人に適応する所持の態様でないことが知られるのでありこのことも右認定を
支持すべき有力な資料となるものと考える。
 以上の理由により被告人の本件ケーブル線窃取の所為は結局未遂の形態に止まり
既遂に至らなかつたものと認めるのを相当とする
 従つて原判決がこれを既遂と認めたのは罪となる事実を誤認したものであり同違
法は判決に影響すること勿論であるから破棄を免れない。論旨は理由がある。
 そこで刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書により原判決を破棄し当裁判所に
おいて被告事件について更に次の通り判決する。
 (事実)
 被告人は昭和二十七年五月十二日午前十時三十分頃福井県吉田郡a村b第c号d
番地A方住宅裏門よりその邸宅内に侵入し、邸内土蔵の東軒下に置いておつた同人
保管の福井電報通信局所有電話ケーブル線約八米を窃取しようとしたが家人に発見
されその目的を遂げなかつたものである。
 (証拠)
 原判決拳示の証拠により右事実を認める。
 (法律の適用)
 被告人の判示所為中住居侵入の点は刑法第百三十条に窃盗未遂の点は同法第二百
三十五条、第二百四十三条にそれぞれ該当するところ右は牽違犯であるから同法第
五十四条第一項後段、第十条により重い窃盗未遂の刑に従い、未遂であるから同法
第四十三条本文第六十八条第三号による減軽をした刑期範囲内で被告人を懲役三月
に処し、同法第二十一条により原審未決勾留日数中三十日を右本刑に算入し原審訴
訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人の負担とする。
 そこで主文の通り判決をした。
 (裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

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