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裁判例


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平成25年1月21日判決言渡
平成24年(行ケ)第10298号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年11月29日
判決
原告X
被告特許庁長官
指定代理人千馬隆之
同小関峰夫
同杉浦貴之
同芦葉松美
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2011-25799号事件について平成24年7月17日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成20年10月27日,発明の名称を「推進装置」とする特許を出願
したが,平成23年10月31日付けで拒絶査定を受けたので,同年11月10日,
これに対する不服の審判(不服2011-25799号)を請求した。
特許庁は,平成24年7月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決をし,その謄本は,同年8月4日原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載
本願の請求項1の記載は次のとおりである(以下,請求項1に記載されている推
進装置を「本願推進装置」という。)。
「【請求項1】
縦軸回転可能とする被作用体1の周縁部位に,所要数の横軸回転可能とする作用
体3の軸芯の一端を自在継手様若しくは蝶番様の連結具2を介して軸支することに
より,該作用体3の軸芯を該連結具2の屈曲可能部の中心を支点として上下に傾斜
可能とし,該作用体3が自転しながら該被作用体1の回転軸(縦軸)の周囲を公転
するごとく該作用体3及び該被作用体1を独立して若しくは連動して回転させるこ
とにより該被作用体1を該縦軸回転軸の軸芯に沿って上方又は下方へ移動させるこ
とを特徴とする推進装置。」
3審決の理由
審決の理由は別紙審決書写しのとおりであり,その要点は,①本願は,発明の詳
細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない,②本願
推進装置は自然法則を利用したものではなく,特許法2条にいう「発明」に該当し
ない,というものである。
第3審決の取消事由に係る原告の主張
1取消事由1(本願発明の認定の誤り)
本願の請求項及び明細書は,作用体自転軸に屈曲可能点を設けることで,該屈曲
可能点と該作用体中心点との間に,公知の歳差運動が形成する,公転面に直角な偶
力のモーメントの該作用体側偶力の水平分力と該作用体に働く公転遠心力とを調整
することで,屈曲可能点側偶力の垂直分力で被作用体周縁部を上方に引き上げさせ,
さらに所要数の作用体のバランスで,該屈曲可能点側偶力の水平分力を打ち消し合
わせて,全体として零にして,安定的に被作用体を上昇させる機能構造を平易な表
現で記載したものであるのに,審決は,公知の歳差運動が形成する偶力のモーメン
トの存在を無視して,本願発明の認定を誤った。
2取消事由2(発明の詳細な説明の記載につき,特許法36条4項1号に規定
する要件認定の誤り)
自転軸に屈曲可能点をもつ作用体が自転運動(横軸回転)しながら公転運動(縦
軸回転)するとの請求項の記載は,公知の歳差運動の利用が前提であることが明ら
かであると推定されるのに,審決は,公知の歳差運動利用の記載であることを認め
ず,特許法36条4項1号に規定する要件の認定を誤った。
3取消事由3(太陽が惑星を引き連れて上方へ移動する原理は,当業者が容易
に理解できないとする明細書記載事項認定の誤り)
(1)明細書の記載は,自転軸に屈曲可能点をもつ,所要数の作用体を被作用体の
周縁部に配置すれば,それぞれの屈曲可能点に働く偶力の水平分力はトータルで零
になるとの予測が可能となり,垂直分力の全てを上方に向かわせるので,視覚的に
は太陽が引き連れているかに見えるとする比喩を平易に表現したものにすぎないの
に,審決は,明細書の記載事項の認定を誤った。
(2)審判官は,縦軸回転と横軸回転の連動方法が記載してないというが,実施例
の記載があるので,連動は,適宜連動との解釈で十分である。特許法36条4項は,
通常の知識を持った者が実施できる程度の記載を求めている。「90度法則」を伴
う歳差運動の知識と,請求項にある「作用体3と被作用体1の問の連結具2の存
在」及び明細書にある「公転遠心力の利用」を知り,明細書の実施例を読み,その
実施例どおりに作れば(大きさまで記してある。),本願発明を実施することがで
きる。図面は必ずしも必要ではない。ジャイロの歳差運動は知っているが,成因ま
では知らない当業者であっても,航空機の設計製造はできる。原告は,「90度法
則」の成因を調べた結果,本願発明の出願に至ったもので,当業者でなくても利用
実施が可能な程度に請求項及び明細書の記載をしている。ジャイロの歳差運動(摂
動運動)などは一般的な知識であり,当業者なら,請求項や明細書の記載の中に
「自転軸に屈曲可能点があって,作用体に公転遠心力が作用する」を見つけた途端
に本願推進装置の実現性を感じたと思われる。
(3)地球が自転しながら太陽の周りを公転するだけで,太陽を上方に引き上げる
ことは,「運動量保存則」から見て有り得ないことだとする人もいる。確かに,公
転運動及び自転運動が互いに力を及ぼし合って運動するとき,何らの外力も作用し
なければ,合計運動量は保存されるであろう。しかし,第三者的に外から隕石が衝
突するような外力ばかりではない。内側から与える外力もある。公転用のモーター
Mや,自転用モーターm1のエネルギー供給の増減により,それぞれの運動量が変
化するという外力もある。同様に,太陽系においても,地球自転が昔より遅くなっ
た分のエネルギーを使って太陽を動かしていると考えられないだろうか。
「運動量保存則」も一般的な知識である。自転運動と公転運動が互いに力を及ぼ
し合っているところへ,第三者が入り込む「割り込み外力」がなければ,この法則
は成り立つ。ところが,外力は「割り込み」だけではない。本願推進装置のように,
モーターなどで,自転運動や公転運動の力を常に増減させる内なる外力もある。
4取消事由4(本願発明の技術的思想利用に基づく,特許請求項及び明細書の
詳細な説明に対する記載事項認定の誤り)
自転運動及び公転運動が互いに力を及ぼし合って運動するとき,何らの外力も作
用しなければ運動量は保存されるが,ふたつの運動の間に第三者として割り込むだ
けが外力ではなく,内なる外力もある。本願発明(本願推進装置)では,自転運動
用モーターや公転運動用モーターを用いたり,一つのモーターを自転軸及び公転軸
の連動回転に用いたりして,自転運動及び公転運動の少なくとも一方の力を増減さ
せるようにして実施するものであるから,歳差運動持続(公自転持続)機能をもた
せており,「運動量保存則」に矛盾しないのに,審決は,「割り込み外力」にこだ
わり,本願発明が自然法則を用いていないと誤認して記載事項の認定を誤った。
第4被告の反論
1実施可能要件に関する原告の主張に対し
(1)本願明細書の段落【0006】に「この公転により生ずる歳差運動により,
プーリーには横倒しを是正しようとする偶力が働く。その偶力に対する反作用とし
て前記円盤が上方へ移動させられる。」とある記載を参照すると,本願推進装置は,
審決に記載したように,作用体が自転をしながら被作用体の周りに公転運動すると
歳差運動が引き起こされ,歳差運動により偶力が働き,偶力に対する反作用として
被作用体が上方へ移動するものであると解される。
歳差運動とは,コマの首振り運動のように,自転している物体の回転軸が円を描
くように振れる現象をいうものであるが,本願推進装置がこの歳差運動を利用した
ものであるとしても,「歳差運動により偶力が働き,偶力に対する反作用として被
作用体が上方へ移動する」というのは論理に飛躍があり,本願推進装置の原理は不
明というべきである。特に,本願推進装置の原理に関わると思われる図面(甲14
の2の図2)で示される作用点(連結具2-1屈曲部及び作用体3-1の中心部)
及び向き(連結具2-1屈曲部と作用体3-1の中心部までの距離Lに対して垂直
な向き)をもつ一対の偶力fが何故発生するのか,明らかでない。また,原告が主
張する「上向きの垂直分力だけを残し」あるいは「垂直分力のすべてを上方に向か
わせる」との動作原理も不明である。
以上のとおり,本願推進装置の「被作用体1を縦軸回転軸の軸芯に沿って上方又
は下方へ移動させる」原理は不明である。
(2)請求項1に記載された発明特定事項のうち,「縦軸回転可能とする被作用体
1の周縁部位に,所要数の横軸回転可能とする作用体3の軸芯の一端を自在継手様
若しくは蝶番様の連結具2を介して軸支することにより,該作用体3の軸芯を該連
結具2の屈曲可能部の中心を支点として上下に傾斜可能とし,該作用体3が自転し
ながら該被作用体1の回転軸(縦軸)の周囲を公転するごとく該作用体3及び該被
作用体1を独立して若しくは連動して回転させる」は,本願明細書の段落【000
6】に記載された「実施例」(原告が実施例と称して記載したもの)に基づくもの
ということができる。そして,「実施例」には,「蓋付円筒容器」,「縦軸電動
機」,「シャフト」,「円盤」,「蝶番」,「プーリーつき電動機」,「電源」な
どの構成要素と,その組み立てについて説明されている。しかし,本願には,当該
「実施例」の参照とすべき「図面」が添付されていない。
通常,装置の発明においては「実施例」に対応する図面を添付して,当業者に当
該発明が理解されるよう便宜を図るところであるが,本願においては,明細書の
「実施例」に関する図面が添付されておらず,よって,その具体的構成(構成要素
の外形,配置,構成要素相互の関係など)が明らかでなく,当業者は,本願明細書
の「実施例」に関する記載を見て本願推進装置を漠然と想像するのみであり,実施
し得る程度に装置を概念することは困難である。
さらに,本願推進装置を実施するためには,具体的な電動機の回転速度が重要で
あるところ,それについては何ら開示されておらず,また,本願発明のように装置
の動作原理が明らかでない場合においては,実際に本願推進装置が動作したことの
実証実験が重要であるところ,動作原理の説明以上のものはなく,実際に動作した
実証結果については何ら開示されていない。
してみると,本願推進装置について,当業者は,まず,明細書を見て本願推進装
置の動作原理が理解できず,また,動作原理が理解できないままで実施しようとし
ても,本願明細書には,本願推進装置を組み立て動作させるのに十分な情報が開示
されていない。
(3)以上のことから,「被作用体1を縦軸回転軸の軸芯に沿って上方又は下方へ
移動させる」との要件を備えた本願推進装置について,本願明細書は,当業者がそ
の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,特許法
36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
2自然法則の利用性に関する原告の主張に対し
本願明細書全体の記載からみて,被作用体を縦軸回転軸の軸芯に沿って上方へ移
動させる原理は,単に,装置全体として重心のバランスがとられるように,作用体
が下方に移動した分だけ,被作用体が上方に移動するものと解する余地はない。本
願推進装置は,「航空機や宇宙衛星打ち上げロケットの推進装置とか水上及び陸上
輸送など輸送用機械動力に関するもの」であり(段落【0001】),「周囲の媒
介物などからの連続的な反作用や燃料の燃焼ガスによる反作用に頼らない推進装
置」であり(段落【0004】),「推進力を必要とする移動体の環境に関係なく
推進力を与えることが出来る。一方的に押すだけ,あるいは引くだけなので,この
装置を複数用いて宙に浮かせて移動させることも可能である。」(段落【000
7】)装置であるからである。
本願推進装置は,その外側からは何らの力も受けず,その内部で,作用体が被作
用体の周りに公転運動をするとともに自転運動をするだけで,推進装置が全体とし
て,公転軸である縦軸の方向に沿って一方向に連続的に移動する推進力をもつと解
されるが,そのような事象は,運動量保存の法則に反する。本願推進装置は,全体
として質量が変化するものではなく,地面等の外部環境に対する反作用の力を生じ
るものではないから,推進力が発生する要因となるものは全く見当たらない。
原告は,自転運動及び公転運動が互いに力を及ぼし合って運動するとき,何らの
外力も作用しなければ運動量は保存されるが,二つの運動の間に第三者として割り
込むだけが外力ではなく,内なる外力もあると主張する。しかし,「内なる外力」
という概念や,「内なる外力」がある場合は運動量が保存されないことが,常識で
あるとか,公知であるとは到底考えられない。原告の主張は,当業者の理解が及ば
ない,独自に作り出した理論であって,その合理性について根拠を欠くものと言わ
ざるを得ない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,本願推進装置は自然法則を利用したものではく,特許法2条にいう
「発明」に該当しないものであるとした審決の判断に誤りはないものと判断する。
1自然法則の利用性について
(1)1つの運動系において,外部から力が加わらなかった場合,当該運動系全体
の運動量は保存される。これを運動量保存の法則という。ここでいう運動量とは,
ある物体の質量と速度の積,すなわち,運動量をp,質量をm,速度をvとすると,
p=m×vである。したがって,運動量保存の法則によれば,互いに作用し合う質
量m1と質量m2の運動系があり,これらに外部から力が加わらず,それぞれ速度
v1,v2で移動しているとすると,m1×v1+m2×v2=一定,という関係が
成り立つ。
審決は,本願推進装置は,「全体として,公転軸である縦軸の方向に沿って一方
向に連続的に移動する推進力をもつと解されるが,そのような事象は,運動量保存
の法則に反する」(審決書5頁)ものであると判断した。これに対し,原告は,本
願推進装置は運動量保存の法則に矛盾しないと主張し,審決の判断を争っているも
のの,本願推進装置について運動量保存の法則が成り立つこと自体については,当
事者間に争いがない。
(2)そこで,本願推進装置が運動量保存の法則に適合するものであるかどうかを
検討する。
本願明細書の段落【0004】によれば,本願推進装置は,「周囲の媒介物など
からの連続的な反作用や燃料の燃焼ガスによる反作用に頼らない推進装置」である
ことが認められる。また,段落【0003】ないし【0006】の記載によれば,
本願推進装置は,周囲の媒介物などとの間に,連続的な反作用や他の外力が作用し
ないだけでなく,連続的でない反作用や他の外力も作用しないものであると解され
る。したがって,本願推進装置は,全体として一つの運動系を構成しており,この
運動系の中で質量保存の法則が成り立つものと考えられる。
そして,本願推進装置は,「被作用体1」,「作用体3」,「連結具2」等から
なるものであるところ(段落【0004】),本願推進装置が静止している状態で
の運動量と,静止状態から「縦軸回転軸の軸芯に沿って上方又は下方へ移動」して
いる状態での運動量についてみると,本願推進装置が静止している状態のときは,
本願推進装置全体の運動量は0である。これに対し,本願推進装置が静止状態から
「縦軸回転軸の軸芯に沿って上方又は下方へ移動」している状態のときには,本願
推進装置は,一定の速度を有しており,本願推進装置の質量とその移動速度の積で
ある運動量を有することになる。
そうすると,本願推進装置は,静止している状態と,縦軸回転軸の軸芯に沿って
上方又は下方へ移動している状態とで,運動量が変わっていることは明らかである。
したがって,本願推進装置は,運動量保存の法則に反するものである。
(3)原告は,本願推進装置では,自転運動用モーターや公転運動用モーターを用
いたり,一つのモーターを自転軸及び公転軸の連動回転に用いたりして,自転運動
及び公転運動の少なくとも一方の力を増減させるようにして実施するものであるか
ら,歳差運動持続(公自転持続)機能をもたせており,「運動量保存則」に矛盾し
ないと主張する。
なるほど,本願明細書には,電動機(原告の主張によればモーター)を自転軸及
び公転軸の連動回転に用いることが記載されている。
しかし,被作用体1が電動機の動作により縦軸回転軸に沿って上昇,下降すると
しても,電動機が本願推進装置の外部に運動を作用させるものでないのであれば,
電動機は,単に,「被作用体1」が上昇,下降するのに必要となる運動量を「作用
体3」や「連結具2」等が打ち消す方向に移動することによって,本願推進装置全
体の運動量が静止している状態と同じ状態にしたものにすぎない。言い換えれば,
電動機は,本願推進装置全体の運動量を0に維持したからこそ被作用体1を上昇,
下降させることができるものと考えられる。そして,「作用体3」や「連結具2」
等の上記の運動には,「被作用体1」の移動方向とは逆の方向の成分が含まれるこ
とになるため,本願推進装置が全体として縦軸回転軸に沿って上昇又は下降し続け
ることはない。
したがって,電動機が本願推進装置の外部に運動を作用させるものでないにもか
かわらず,本願推進装置が全体として縦軸回転軸に沿って上昇又は下降し続けると
すれば,本願推進装置は運動量保存の法則に反することになる。原告の上記主張は
理由がない。
なお,原告は,運動量保存の法則に関して,自転運動及び公転運動のふたつの運
動の間に第三者として割り込むだけが外力ではなく,内なる外力もある等主張する
が,上記説示に照らして採用することはできない。
2以上のとおりであるから,本願推進装置は,自然法則を利用したものではな
く,特許法2条にいう「発明」に該当しない。
したがって,これと同趣旨をいう審決の判断に誤りはなく(本願推進装置が発明
に該当しない以上,その余の取消事由について判断するまでもない。),審決に取
り消されるべき違法はない。
第6結論
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
芝田俊文
裁判官
西理香
裁判官
知野明

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