弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主     文
1被告乙野次郎は,原告らに対し,それぞれ金147万6798円及びう
ち132万6798円に対する平成7年10月22日から,うち15万円
に対する平成13年11月29日からいずれも支払済みまで年5分の割合
による金員を支払え。
2原告らの被告富山県に対する請求及び被告乙野次郎に対するその余の請
求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告らに生じた費用の2分の1及び被告乙野次郎に生じた
費用を被告乙野次郎の負担とし,原告らに生じたその余の費用及び被告富
山県に生じた費用を原告らの負担とする。
4 この判決は,原告ら勝訴部分に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由  
第1 請求
1 被告乙野次郎は,原告らに対し,それぞれ33万9797円及びこれに対
する平成7年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2 被告らは,連帯して,原告らに対し,それぞれ985万1605円及びう
ち885万1605円に対する平成7年10月22日から,うち100万円
に対する本判決言渡しの日の翌日からいずれも支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告らの父である甲野太郎(以下「太郎」という。)が,被告乙
野次郎(以下「被告乙野」という。)運転の自動車による交通事故により負
傷し,さらに,その負傷により被告富山県の設置する富山県立中央病院(以
下「被告病院」という。)に入院した際,同病院の医師及び看護婦らの過失
により,食事中に食物をのどに詰まらせて窒息死したとして,原告らが,被
告乙野に対しては自動車損害賠償保障法3条に基づき,被告富山県に対して
は債務不履行又は不法行為に基づき,被告両名に対する共同不法行為の成立
を主張し,また,被告乙野に対しては,予備的に太郎の死亡の責任が認めら
れない場合の同条項に基づく責任も主張して,損害賠償を請求する事案であ
る。
1 前提となる事実(証拠は略)
(1) 当事者
ア 原告甲野夏子及び同甲野秋子は,いずれも太郎(大正9年○月×日
生,死亡当時75歳)の実子であり,同甲野春男は,太郎の養子であ
る。太郎の死亡により,原告ら3名がそれぞれ3分の1の割合で同人を
相続した。
イ 被告乙野は,後記の交通事故の加害車両の保有者であり,同事故当
時,同車両を運転していた。
ウ 被告富山県は,富山県立中央病院(被告病院)を開設する者であり,
被告病院の医師,看護婦は,被告富山県に雇用されている。
(2) 交通事故の発生
太郎は,平成7年9月12日午前6時25分ころ,富山市p町q番地の
自宅前路上で,被告乙野が運転する普通乗用自動車(加害車両)に衝突さ
れる交通事故にあった(以下「本件事故」という。なお,以下における日
付の表示は,特に断りがない限り,いずれも平成7年である。)。
(3) 被告病院への入院
太郎は,同日,被告病院に搬入され,整形外科において,右足関節内顆
骨折,右腓骨骨折,右膝内側側副靱帯剥離骨折,右肩甲骨骨折,右前腕挫
創と診断され,さらに,脳神経外科において,脳しんとう,頭蓋骨骨折,
急性硬膜外血腫と診断され,被告病院に入院した。
(4) 太郎の死亡
太郎は,被告病院に入院中の10月22日,午後6時15分ころから,
配ぜんされた夕食を自力で摂取していたところ,夕食に含まれていたロー
ルキャベツをのどに詰まらせ,同日午後7時15分,窒息により死亡し
た。
2 主な争点 
(1) 被告病院の過失の有無
(2) 被告両名の賠償責任の範囲及びその額
3 争点(1)(被告病院の過失の有無)について
(1) 原告らの主張
ア 太郎の嚥下障害等
被告病院の診療録や看護記録によると,太郎には,被告病院への入院
後の間もなくの9月20日において嚥下困難の状態にあったのであり,
被告病院の神経内科医の診察により,多発性脳梗塞による影響として嚥
下障害がある旨診断されている。また,その後も嚥下困難な状態や食事
の際にむせたことが度々あり,太郎の死亡の前日である10月21日に
は,牛乳を飲もうとしてむせたことがあったし,死亡当日の食事も,主
食は全粥であった。こうしたことからすると,太郎には,その死亡当時
にも,嚥下障害ないし嚥下機能の低下(以下,これらを併せて「嚥下障
害等」という。)があり,被告病院もそうした状況を認識していたこと
は明らかである。
また,太郎は,それまで何ら痴呆を疑わせるような状態がなかったに
もかかわらず,被告病院への入院後,意味不明な言動があったり,失禁
したり,裸になるようなことがしばしばみられるようになったのである
から,本件事故による受傷やそれによる入院が原因となって老人性痴呆
が発症又は進行したと考えられる。そして,被告病院も太郎のこうした
状態を知っていたのであるから,痴呆症状による誤嚥や嚥下機能の低下
を認識していたことも明らかである。
イ 誤嚥を起こしやすい病院食を出した過失
嚥下障害等がある者に対しては,高繊維の食物や口腔や咽頭にはり付
く食物が禁忌とされているところ,ロールキャベツは,容易にかみ切る
ことができないし,一口の量が多すぎると食塊が口峡を通過しにくくな
る上,高繊維のキャベツが咽頭などにはり付く可能性が高く,禁忌とさ
れるべき食物の典型例といえる。また,高齢者は一般的に食物をのどに
詰まらせる可能性が高いのであるから,食事内容を吟味することが必要
であるといえる。
しかるに,被告病院は,太郎が高齢者である上,前記のように嚥下障
害等や痴呆症状があることを認識しながら,食事内容を吟味することな
く,また,適当な大きさに切るなどの配慮を何らすることなく,太郎に
ロールキャベツを食事として出したのであり,この点について被告病院
には注意義務違反があったといえる。
ウ 監視義務違反
また,高齢者が食物をのどに詰まらせる可能性は高いのであるから,
高齢者を収容する施設等においてはもちろんのこと,一般の病院・病棟
においても,高齢者の食事には第三者が付き添って,そのスピードを抑
制するなどの補助をして,誤嚥等が発生しないよう監視し,万一誤嚥に
よる窒息が生じた場合には適切な救護措置をとるべき義務がある。
しかも,太郎には前記のとおり嚥下障害等があったのであるから,太
郎の食事に際しては,看護婦が付き添うか,ごく近くにいることによ
り,又は,同室の患者にナースコールなどを依頼することにより,直ち
に救護措置をとれる監視体制にしておくべきであった。
しかるに,被告病院は,太郎が高齢者である上,前記のとおり嚥下障
害等や痴呆症状があることを認識していたにもかかわらず,担当看護婦
等に十分注意させるなどの措置を何らとらず,また,原告らが太郎に付
き添うことができなかったことから付添婦をつけてもらうよう要求した
にもかかわらず,これを拒否し,食事の様子を監視すべき者を付き添わ
せないまま,太郎に食事をさせたのであり,この点について被告病院に
は監視義務違反の過失がある。
被告病院で太郎の看護を担当したH看護婦は,看護記録中に,「食事
中の行動の監視を十分に行う必要があったものと考えられる」と記載し
ており,自ら監視義務を尽くしていなかったことを認めている。
また,被告病院の看護婦は,同室の入院患者からのナースコールによ
って初めて窒息状態に陥っている太郎を発見したのであり,その後,医
師が処置を行ったのは,それから15分も経過した後であった。これら
は,被告病院が太郎の摂食状況について,十分な監視をしていなかった
ことのあらわれである。
(2) 被告富山県の主張
ア 太郎の嚥下障害等について
太郎には9月下旬ころには嚥下困難な状況がみられたが,その後は順
調に食事を摂取しており,嚥下痛の訴えや嚥下に長時間を要するなどの
嚥下困難な状況は見られず,また,食事も全量摂取していたのであるか
ら,死亡したころには嚥下障害等があったとはいえない。死亡前日の1
0月21日に牛乳を飲もうとしてむせたのは,太郎が急いで飲もうとし
たためであって,嚥下障害等によるものではない。また,太郎の入院当
初,禁食措置がとられたのは,誤嚥性肺炎の疑いとの診断結果に基づく
ものであって,太郎に嚥下障害等があったことが理由ではない。
太郎は,被告病院への入院中,食事の際などに食べ物などにむせるこ
とがあったが,これは太郎があわてて食事を食べようとする傾向が強
く,そのためむせたものであって,嚥下障害等の病変によるものではな
い。
また,太郎について痴呆の診断がされたことはなく,被告病院の医師
らはそうした疑いも持っていなかった。太郎には,夜間を中心に,通常
でない行動がみられたこともあったが,他者との一般的な応対は可能で
あったことからすると,入院や各種措置により生活環境が急変したこと
に伴い,せん妄状態となって意識障害を生じたとみるのが相当である。
イ 被告病院の過失の主張に対する反論
(ア) 食事内容の選択について
被告病院は,太郎の入院中,摂取しやすいものから始めて,摂取量
やその状況を十分観察しながら,順次食事内容を変えており,太郎も
それに応じて順調に病院食を摂取していた。こうしたことからする
と,被告病院が太郎の嚥下障害等を疑うべき状況にはなく,食事内容
の選択について義務違反はなかったし,誤嚥による窒息死も予見でき
なかった。
なお,キャベツは,容易にかみ切れない食品とはいえず,むしろ比
較的そしゃくしやすい食品とされているのであり,病院食への使用が
一般に制限されてはいない。
(イ) 監視義務違反の主張について
前記のように太郎に嚥下障害等はなかったのであり,太郎が順調に
病院食を摂取していた状況からすると,一般の入院患者と比べて誤嚥
の危険性が特に高かったとはいえない。特別養護老人ホーム等におい
ては一般的に誤嚥に対する配慮が必要とされているものの,前記のよ
うな太郎の状況からすると,被告病院において,太郎に対し,食事の
際に付き添って監視し,その補助をするべき注意義務があったとはい
えない。
また,太郎は,前記のように食事をあわててとる傾向が強く,担当
看護婦らはそのことを申し送りして,食事の際には,度々,太郎に対
し,ゆっくり食べるように注意を与えていた。太郎が死亡した当日の
夕食に際しても,担当看護婦が太郎の病床で食事の準備をし,太郎が
自分で食事を始めたことや異常がないことを確認した上で,同人の病
床を離れたのであり,太郎の食事に際して要求されるべき注意義務は
怠っていない。
なお,原告らは,被告病院の医師ないし看護婦が原告らの付添婦を
つけてほしいとの要求を断ったことも主張するが,これは太郎の入院
直後に原告らから申出があったのに対し,被告病院の完全看護体制か
らすると付添婦の必要がないとの回答をしたものにすぎず,太郎の食
事の摂取に不安があることから付添婦の申出があったというものでは
ない。
また,原告らは,看護記録中の記載をもって,担当看護婦が注意義
務違反のあったことを認めている旨主張する。しかし,同記載は,太
郎の死亡退院時に,担当者が看護上気づいたことを事後的に記録する
ものであり,その当時に記載内容が示すような注意義務があることを
前提とした判断でない上,過失や法的な責任の有無を判断したもので
はない。
太郎が死亡した当時においても,被告病院では,患者からのナース
コールに応じて病室へ行った看護婦が太郎の異変に気づき,その後間
もなく医師が必要な処置を行っているのであり,できる限りの措置を
尽くして救命に努めたのであって,この点についても,被告病院に義
務違反はない。
4 争点(2)(被告両名の損害賠償責任の範囲及びその額)について
(1) 原告らの主張
ア 被告両名の損害賠償責任の範囲
(ア) 被告乙野の責任について
a 被告乙野に太郎の死亡の責任が認められる場合(主位的主張)
太郎の死因は前記のとおり窒息であるが,その原因は,それまで
は物が飲み込みにくいという状態ではなかったにもかかわらず,被
告乙野が起こした本件事故により受傷し,咽頭部分や脳を損傷して
嚥下障害等をきたし,又は,本件事故により入院を余儀なくされ,
受傷や入院により老人性痴呆症が発症又は進行して,嚥下障害をき
たしたことにある。太郎は,入院中,それまでみられなかった意味
不明の言動などがみられるようになったのであり,本件事故による
受傷や入院によって痴呆症状がみられるようになったことは明らか
である。
また,太郎は入院により家族と離れて食事すべきことを余儀なく
され,食物をのどに詰めた場合に即座に対応を受けにくい状況下に
おかれたため,誤嚥により窒息して死亡するに至ったのである。
したがって,太郎の受傷及び死亡は本件事故によるものであるか
ら,被告乙野は,それにより生じた損害の全部について賠償責任を
負う。
b 被告乙野に太郎の死亡の責任が認められない場合(予備的主張)
仮に,被告乙野に太郎の死亡についての責任が認められない場合
であっても,太郎は,本件事故による受傷により,さらに少なくと
も6週間の入院と6か月の通院治療が必要であったものと考えられ
る上,本件事故当時75歳と高齢であったことを考慮すると,歩行
困難などの後遺症が残った可能性が高いのであり,被告乙野はこれ
らにより生じた損害を賠償すべき責任を免れることはない。
(イ) 被告富山県の責任について
太郎の死亡は,前記のとおり,被告病院の過失によるものであるか
ら,その設置者である被告富山県は,診療契約上の債務不履行又は不
法行為(使用者責任)に基づき,太郎の死亡により生じた損害につい
て賠償責任を負う。
(ウ) したがって,被告乙野に太郎の死亡の責任が認められる場合,太
郎の死亡については,被告乙野及び被告富山県の共同不法行為という
べきであり,それにより太郎又はその家族である原告らに生じた損害
については,被告両名は連帯して賠償すべき責任を負う(前記請求
2)。また,本件事故による受傷から死亡までに太郎に生じた損害に
ついては,被告乙野のみが賠償責任を負う(前記請求1)。
また,被告乙野に太郎の死亡の責任が認められない場合,被告乙野
と被告富山県は各別に損害を賠償すべき責任を負うこととなるが,被
告乙野は本件事故による受傷から死亡までに太郎に生じた損害につい
て賠償責任を負い(前記請求1及び2。前記請求1を超える請求部分
は,請求2に含まれる。),被告富山県は太郎の死亡により生じた損
害について賠償すべき責任を負う(前記請求2)。
イ 太郎及び原告らに生じた損害額
太郎の本件事故による受傷,死亡により,太郎又はその家族である原
告らには,別紙損害賠償目録(1)記載のとおりの損害が発生した。なお,
同目録記載fの慰謝料額については,太郎の苦痛や,原告らが付添婦の
申出を拒否され,また直ちに診断書を交付しなかったことなど被告病院
の対応に不満を持っていることを考慮すると,同目録に記載したとおり
2000万円が相当である。
また,仮に太郎が死亡しなかったとすれば,さらに少なくとも6週間
の入院と6か月の通院治療が必要であり,さらに,歩行困難などの後遺
症が残った可能性が高く,この場合には,別紙損害賠償目録(2)記載のと
おりの損害が発生したと考えるのが相当である。
ウ 被告両名がそれぞれ賠償すべき額(原告らの請求額)
(ア) 被告乙野について
a 太郎の死亡について責任が認められる場合(主位的主張)
被告乙野は,本件事故による受傷後死亡までに太郎に生じた損害
である別紙損害賠償目録(1)記載aないしcの損害(合計101万9
393円。原告らの請求額は,それぞれその3分の1である33万
9797円となる《1円未満切捨て。以下同様。》。)及びこれに
対する本件事故発生の日である平成7年9月12日から支払済みま
で年5分の割合による遅延損害金を賠償すべきである(前記請求
1)。
さらに,被告乙野は,被告富山県と連帯して,太郎の死亡により
太郎又はその家族である原告らに生じた損害である別紙損害賠償目
録(1)記載dないしgの損害(合計2955万4816円。原告らの
請求額は,同様に,それぞれ985万1605円となる。)及び同
記載dないしfの損害については太郎の死亡の日である平成7年1
0月22日から,同記載gの損害については本判決言渡しの日の翌
日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を賠
償すべきである(前記請求2)。
b 太郎の死亡について責任が認められない場合(予備的主張)
被告乙野は,太郎が死亡しなかった場合,本件事故による受傷に
より同人に生じたであろう損害である別紙損害賠償目録(2)記載aな
いしeの損害(合計604万1133円。原告らの請求額は,同様
に,それぞれ201万3711円となる。)及びうち101万93
93円(前記請求1の損害部分)については本件事故発生の日であ
る平成7年9月12日から,うち447万1740円(弁護士費用
以外で,前記請求2に含まれる損害部分)については本件事故後の
日である平成7年10月22日から,うち55万円(弁護士費用と
して前記請求2に含まれる損害部分)については本判決言渡しの日
の翌日からいずれも支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を
賠償すべきである。
(イ) 被告富山県について
被告富山県は,太郎の死亡により太郎又はその家族である原告らに
生じた損害である別紙損害賠償目録(1)記載dないしgの損害(合計2
955万4816円。原告らの請求額は,同様に,それぞれ985万
1605円となる。)及び同記載dないしfの損害については太郎の
死亡の日である平成7年10月22日から,同記載gの損害について
は本判決言渡しの日の翌日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合
による遅延損害金を賠償すべきである。そして,被告乙野に太郎の死
亡の責任が認められる場合には,被告乙野と連帯して,同損害額を賠
償すべきである(前記請求2)。
エ 本件事故について過失相殺の適否
本件事故の発生について太郎に落ち度はない。太郎が道路横断等のた
め車道上に出たことにより,本件事故が生じたとの事実を認めることは
できない。かえって,被告乙野が前方を注視していれば,本件事故は回
避可能であったのであり,太郎に過失があったとはいえない。
(2) 被告乙野の主張
ア 原告の主位的主張に対する反論
(ア) 被告乙野に太郎の死亡の責任がないことについて
太郎が食事を誤嚥して窒息死したことは,本件事故後に発生した突
発的な出来事であり,本件事故と太郎の死亡との間には相当因果関係
がない。原告は,本件事故の受傷により,又は,それによる入院によ
って痴呆症状が進行して嚥下障害を生じるようになったと主張する。
しかし,本件事故による太郎の受傷部位からすると,その受傷が嚥下
障害の原因となったということはできないし,太郎が老人性痴呆を発
症していた事実もない。また,太郎は,死亡当時には,本件事故によ
る受傷からは順調に回復し,食事も全量を通常に摂取していた。かえ
って,被告病院の診察によれば,太郎には脳梗塞の後遺症として誤嚥
の既往症があることが指摘されており,本件事故と誤嚥による窒息死
との間には因果関係はない。
また,被告病院においては,太郎に対し適切な診療や食事の提供が
行われており,本件事故と太郎の窒息死との間には,被告乙野の予見
することができない特別事情が関与しているのであって,相当因果関
係はない。なお,仮に被告病院に過失があるとしても,被告乙野は,
被告病院の太郎に対する診療内容を予見することができないのである
から,被告乙野に太郎の死亡について注意義務違反があったとはいえ
ない。
したがって,被告乙野は,太郎の死亡により生じた損害について
は,賠償責任を負ういわれはない。
なお,被告乙野は,本件事故について業務上過失傷害罪により罰金
の略式命令を受けているが,太郎の死亡については刑事責任を問われ
ていない。
(イ) 太郎の死亡についての被告乙野の寄与割合
仮に,太郎の死亡について,被告乙野に責任が認められるとして
も,同人の死亡は,もっぱら被告病院の食事の提供や看護体制が原因
であるから,被告乙野の寄与割合が2割を超えることはない。
イ 原告の予備的主張に対する反論
原告らは,被告乙野に対し,別紙損害賠償目録(2)記載の各損害の賠償
を請求する。しかし,証人Aの供述書によれば,太郎に対し適切な治療
がされた場合の通院期間は3か月ないし6か月と考えられるとされる
上,同供述書の記載内容からすれば,後遺障害の発生も原告らの憶測に
すぎないといえる。したがって,同目録記載bないしdの原告らの請求
はその前提を誤ったものである。
そして,休業損害(同目録記載b)については,前記の事由に加え
て,太郎の平成6年度の所得が105万5637円(1日当たり289
2円)であることを基準とすべきであり,死亡までの実際の入院期間で
ある41日分が算定されるべきであって,11万8572円となる。
また,傷害慰謝料(同目録記載c)については,実際の入院期間を基
準として算定すべきであり,35万円が相当である。
さらに,前記と同様の理由から,後遺症慰謝料(同目録記載d)は認
めることができない。
ウ 被告乙野の損害賠償責任及びその額に関するその他の主張
(ア) 本件訴訟の追行に要する弁護士費用相当額について
原告らは,被告乙野が,同人の加入する任意保険会社を通じて,賠
償責任を負うべき損害額から後記の既払額を控除した50万9572
円の支払を提示したにもかかわらず,本件訴訟を提起したのであるか
ら,被告乙野が本件訴訟の追行に要する弁護士費用相当額の損害を賠
償すべき責任はない。
(イ) 過失相殺の主張
本件事故の発生については,太郎が車歩道の区別のある幹線道路
(幅員約7.2メートル)を横断歩道によらずに漫然と横断したこと
にも原因があり,過失相殺として,被告乙野が太郎に対して賠償すべ
き損害額の2割を減額控除すべきである。
(ウ) 一部既払の主張
被告乙野は,既に,原告らに対して,太郎の治療費等として151
万6240円を支払ったから(原告らは,このうち眼鏡代相当額であ
る5万8710円の支払があったことは認める。),被告乙野が原告
らに対して支払うべき損害賠償額から同額が控除されるべきである。
(3) 被告富山県の主張
前記のとおり,太郎の死亡について被告病院に過失はなく,被告富山県
がそれにより生じた損害を賠償すべき責任を負う理由はない。なお,被告
病院が原告らに対して,同人らが慰謝料額の算定に当たって考慮すべきと
主張するような,不適切な対応をした事実はない。
第3 争点に対する判断
1本件の事実経緯について
証拠(略)によれば,本件の事実経緯について,前記前提となる事実に加
え,次の各事実を認めることができる。
(1) 本件事故の発生とその態様
被告乙野は,9月12日午前6時25分ころ,自ら保有する普通乗用自
動車を運転して,県道富山高岡線(幅約7.2メートル,片側1車線)を
富山市中心部に向けて進行中,富山市p町q番地先において,同所付近は
最高速度が40キロメートルに制限されていたにもかかわらず,時速約6
0キロメートルで進行し,また,自車のエアコンの操作に気をとられ,前
方の注視が不十分なまま進行したことにより,同人の進行する車線の中央
付近で,進路前方を左側から右側に向けて,横断歩道でない道路上を横断
歩行中の太郎に自車の前部右側を衝突させて転倒させた。
(2) 太郎の被告病院への入院とその後の診療等
ア 太郎は,本件事故後に,救急車により搬送され,午前6時55分ころ
被告病院に到着し,整形外科において,右足関節内顆骨折,右腓骨骨
折,右膝内側側副靱帯剥離骨折,右肩甲骨骨折,右前腕挫創と診断さ
れ,さらに,脳神経外科において,脳しんとう,頭蓋骨骨折,急性硬膜
外血腫と診断され,被告病院に入院した。
イ その後,被告病院において太郎に対して行われた診療や入院中の同人
の状況の概要は,別紙診療経過等一覧A欄記載のとおりである。
ウ 太郎に対しては,骨接合手術後の10月6日から食事が開始された
が,太郎には食事を急いで食べるような早食いの状態がみられた。その
ため,整形外科の看護婦らは,配ぜんの際などに,太郎にゆっくり食べ
るように注意を促したことが何度かあり,食事に際して太郎にそのよう
に声をかけることが担当看護婦らに申し送られていた。
(3) 太郎の死亡
ア 太郎は,被告病院入院中の10月22日,午後6時15分ころから,
配ぜんされた夕食を自力で摂取していたところ,夕食に含まれていたロ
ールキャベツをのどに詰まらせた。
イ 太郎のこのような状況に同室の入院患者が気づき,同人がナースコー
ルをした。その後,当直(準夜勤)の看護婦や医師により,別紙診療経
過等一覧B欄記載のとおりの処置が行われた。また,太郎の状態は同欄
記載のとおりであった。
 ウ 同日午後7時15分,太郎の死亡が確認された。死因は窒息であっ
た。
2 争点(1)(被告病院の過失の有無)について
(1) 太郎の嚥下障害等について
前記認定した事実によれば,太郎は,被告病院に入院中の9月20日に
嚥下困難との診断がされ,同月22日には咽頭反射が陰性であること,同
月25日には神経内科医の診察により,既往症である多発性脳梗塞の影響
で咽頭反射が低下しており嚥下に障害があることが確認されている。他
方,太郎に対しては,当初誤嚥性肺炎の症状回復のため絶飲食とIVHに
よる栄養補給がされたものの,骨接合手術後の10月6日からは,5分粥
と刻みとろみ食による食事が開始され,同月9日には7分粥,同月13日
からは全粥と食事の程度が上げられたこと,太郎は自力でそれらの食事の
ほぼ全量を摂取していることが認められ,その間,特に嚥下に痛みを伴う
旨の訴えがあったり嚥下に長時間を要したことがあるなどの状況があった
ことは認められない。また,食事内容も,例えば,いかの煮物(10月1
4日昼食,17日昼食),豚ヒレ肉スタミナ焼き(同日夕食),チキンロ
ール(同月15日昼食),かたゆで卵(同月16日朝食),若鶏のすき焼
き風煮物(同月21日夕食)などに及び,そしゃくした上である程度の固
まりを嚥下することが必要なものも出されており,太郎はこれらも摂取し
ているのである。このような太郎の状態によれば,太郎には嚥下能力の低
下はみられたものの,その程度は軽く,自力による食事の摂取には特に問
題となるものではなかったというのが相当である。
原告らは,太郎が死亡前日の10月21日朝食時,牛乳を飲む際にむせ
たことから,太郎に嚥下障害があった旨を主張する。しかし,10月6日
の食事開始以降において,その他に太郎が食事等にむせたことが認められ
るのは,10月6日(昼食)と,同月9日の昼食時のみで,その他の食事
の際には,むせがあったことは認められないのであり,10月21日朝食
時のむせが嚥下障害等によるものであるとは認められない。かえって,前
記認定にもあるとおり,太郎は食事のペースが速く,急いで飲食しようと
する傾向があったものと認められ,そのためにむせたものと認めるのが相
当である。
また,原告らは,太郎が入院後,老人性痴呆が発症又は進行し,それに
よる嚥下障害や誤嚥の可能性があった旨を主張する。前記認定した事実に
よれば,太郎は,9月25日の神経内科医の診断時に失見当識がみられた
こと,10月6日以降,便や尿の失禁がみられ,また,同月14日ころに
は夜間おむつをとるなどして全裸となったことが度々あったことが認めら
れる。しかし,看護記録によれば,日中の看護婦との会話や意思疎通は通
常に行われていることが認められ,太郎の異常行動は持続的なものとはい
えない。そうすると,太郎に,器質的に不可逆的な痴呆状態が生じて,そ
の症状が現れていたということはできない。なお,仮に,太郎について痴
呆との診断ができたとしても,飲食物の嚥下においては,反射などの不随
意的な運動が主要な役割を果たしていることからすると,痴呆による意識
障害が直ちに嚥下障害等につながるとはいうことはできない。
(2) 被告病院の医師又は看護婦の過失の有無について
ア 誤嚥を起こしやすい病院食を出した過失の主張について
原告らは,キャベツが高繊維であることや,ロールキャベツが容易に
かみ切ることのできない食品であるとして,こうした食品を選択し,提
供したことに過失があると主張する。
しかし,キャベツが,誤嚥を起こしやすい食品であるということはで
きないし,高齢者の食事においても普通に食べられる食品である旨の報
告もされているのであり,先にみたような太郎の食事内容,状況からす
ると,太郎にとって,ロールキャベツがことさらにそしゃくや嚥下の困
難な食物であるということはできない。そうすると,10月22日の夕
食にロールキャベツを選択し,提供したことについて,被告病院の医師
や看護婦に注意義務に反する行為があったとはいえない。
イ 監視義務違反の主張について
先にみたように,太郎は自力で食事をとることができ,摂食量や食事
の程度も順調に推移していた状態であって,特に嚥下に困難をきたす状
態ではなかったのであるから,同程度の回復状態にあった他の患者と比
べて,特に被告病院の医師ないし看護婦が,太郎の食事に付き添ってそ
の補助をしたり,そのごく近くで様子を監視すべきなどの義務があった
とはいうことができない。
そして,前記認定したとおり,担当看護婦らは,太郎が食事を急いで
食べることから,度々,太郎に対し,ゆっくり食べるように声をかけて
注意を促しており,こうしたことは担当者に申し送りがされ,引き継が
れていたのであって,また,10月22日の夕食配ぜん時にも担当した
D看護婦が,太郎にゆっくり食べるように注意を促したのである。こう
したことからすると,被告病院の看護婦らは,太郎が飲食物を摂取する
に当たりそれまでの太郎の食事の状況に相応した必要な措置をとってい
たものということができる。
原告らは,太郎が高齢であったことなどから,被告病院の医師や看護
婦には,太郎の食事の際に付き添って監視をするなどの措置をとるべき
義務があった旨を主張するが,先にみたように,太郎の状態や食事状況
の推移からすると,そのような義務があったということはできない。
原告らは,また,被告病院の看護婦が太郎の異変に気づいたのは同室
患者のナースコールがきっかけであったことや,その後の医師による措
置の遅れを指摘して,監視義務違反があった旨を主張するが,先にみた
ように,太郎は食事に際して特別な注意が必要な状態ではなかったので
あり,当時3名の当直(準夜勤)看護婦が分担して各病室をまわり,入
院患者に順次配ぜんするなどしていたことはやむを得ないといえ,ま
た,看護婦から医師への連絡やその到着がことさらに遅れたということ
はできないから,看護体制や医師の対応が適切でなかったということは
できない。
なお,原告らは付添婦の申出をしたにもかかわらず,被告病院の看護
婦らに拒否されたと主張するが,原告らが太郎の入院直後に付添いの申
出をしたことは認められるものの,原告らが太郎の食事の際に付き添う
べき付添婦が必要である旨を申し出たことは,本件証拠上,認めること
ができない。
さらに,原告らは,太郎の死亡後,H看護婦が看護記録中に,食事中
の行動の監視を十分に行う必要があった旨を記載したことをもって,同
看護婦らが監視義務に反したことを自認するものであると主張する。し
かし,同記載は,「退院時看護サマリー」と題する書面への記入であ
り,看護婦が,患者の退院後,看護状況等を振り返って反省点などを記
載したものと認められる。そうすると,そのような記載があることをも
って,記載された内容の注意義務があったものと認めることはできない
し,また,注意義務違反を自認したものということもできない。
3 争点(2)(被告両名の賠償責任の範囲及びその額)について
(1) 先にみたとおり,太郎の死亡について,被告病院の医師ないし看護婦に
過失があったということはできないから,被告富山県の診療契約上の債務
不履行又は不法行為を理由とする損害賠償責任を認めることはできない。
したがって,原告らの請求のうち,被告富山県に対する損害賠償請求の
部分は,その余の点を判断するまでもなく,理由がない。
(2) そこで,原告らの被告乙野に対する損害賠償請求について検討する。
ア 被告乙野の賠償責任の範囲について
被告乙野は,加害車両の保有者であるから,自動車損害賠償補償法3
条により,本件事故と相当因果関係にある損害について賠償責任を負う
こととなるが,その範囲について検討する。
(ア) 原告らは,太郎の死亡についても本件事故との間に相当因果関係
があるとして,太郎の死亡により生じた損害についても被告乙野に賠
償責任がある旨主張し,被告乙野に対してその賠償請求をするので,
この点について検討する。
先にみたように,太郎は,本件事故により受傷して,そのため被告
病院に入院している間に食物をのどに詰めて窒息死したのである。そ
うすると,本件事故がなかったら,太郎が入院して死亡の原因となっ
た食物をとることもなかったといえるから,本件事故がなければ前記
認定した時期や態様での太郎の窒息死がなかったという意味での条件
関係はあるといえる。しかし,本件事故による受傷そのものが,太郎
の窒息死の直接又は間接の原因となったものと認めるに足りる証拠は
ない上,先にみたように太郎の死亡について被告病院の医師や看護婦
に過失があったということはできないのであって,太郎が本件事故に
より受傷し,被告病院に入院して,その後食物をのどに詰めて窒息死
することを予見することが可能であったということはできない。そう
すると,結局,本件事故と太郎の窒息死との間には,相当因果関係を
認めることはできないのであって,被告乙野に対し,太郎の死亡によ
り生じた損害についての賠償責任を認めることはできない。したがっ
て,原告らの主位的主張は理由がない。
原告らは,死亡当時,太郎には嚥下障害等があったとして,その原
因が,本件事故による受傷によって,咽頭部などが損傷し,又は頭部
の受傷により脳機能に障害が生じ,あるいは,入院を余儀なくされた
ことから痴呆症が発症又は進行したことにあると主張する。しかし,
本件事故により太郎に原告らの主張するような咽頭部の損傷が生じた
ことを認めるに足りる証拠はない。本件事故による太郎の頭部の受傷
も,特に治療を要しない程度のものであったものと認められ,それに
より脳機能に障害が生じたことを認めることはできない。また,先に
みたとおり入院中の太郎の状態を痴呆症状であると判断することはで
きない上,太郎に,同程度の回復状態にある他の入院患者に比べてこ
とさら嚥下に障害があったとはいえず,自力による食事の摂取には支
障がなかったと認められることも先にみたとおりである。さらに,太
郎には,昭和60年ころに脳梗塞の既往症があり,手足のしびれらや
口元がはっきりしないなどの症状があったことが認められ,被告病院
に入院中の嚥下障害等については,その脳梗塞の影響によるものと診
察されているのである(被告病院における神経内科による診察)。こ
れらからすると,太郎の嚥下障害等が本件事故による受傷に起因する
との原告らの主張は理由がない。
(イ) そうすると,被告乙野については,太郎が被告病院の診療によっ
て本件事故による傷害から回復したことを前提としつつ,本件事故と
相当因果関係にある損害について,その賠償責任を負うというべきで
ある。そこで,次に,その範囲について検討する。
前記認定したとおり,太郎は,本件事故により右足関節内顆骨折,
右腓骨骨折,右膝内側側副靱帯剥離骨折,右肩甲骨骨折などの傷害を
負い,被告病院に入院して,入院16日後に骨接合手術を受け,その
後リハビリ治療が開始されたものの,入院41日後に死亡したもので
ある。
そして,被告病院において施された骨接合手術後の経過は順調であ
ったと認められるものの,脚部の骨折については,回復後,歩行を再
開するため相当期間のリハビリ治療等も必要であることは一般に知ら
れていることに加え,太郎が75歳と高齢であったことなどからする
と,本件事故による受傷の治療のために,同手術後6週間程度(入院
時から起算して83日間程度)の入院が必要であり(入院期間は約3
か月となる。),退院後も3か月程度の通院治療が必要であったもの
と認めるのが相当である。また,太郎の本件事故による受傷は,先に
みたとおり,足関節部の骨折を含んでいることや,通常,相当期間の
入院により脚の筋力や歩行機能の低下がみられることからすると,太
郎は,本件事故による受傷の回復及び症状固定後も,受傷部位の関節
機能に障害が残るなどして,歩行困難等の後遺障害を生じた可能性が
極めて高かったものと認めるのが相当である。
そして,本件事故による受傷により,こうした入院及び通院による
治療を要すること,歩行困難等の後遺障害を生じることは,いずれも
予見することが可能であったといえるから,それらにより生じた損害
については,本件事故と相当因果関係にあるものといえ,被告乙野
は,その賠償責任を免れないというべきである。
被告乙野は,後遺障害が生じたとはいえないとして,それにより生
じた損害の賠償責任がない旨を主張する。しかし,先にみたとおり,
本件事故による太郎の骨折部位の一つは膝関節であること,また,そ
れらの治療のため相当期間の入院が必要であること,そうすると,足
の筋力や歩行能力の低下をきたすべきことは一般に予見可能であっ
て,さらに,太郎が高齢であることを併せ考えれば,前記認定した態
様の後遺障害が生じる可能性は極めて高いといわざるを得ない。ま
た,そうした後遺障害の発生については予見可能であったと認めるこ
とができるから,その主張には理由がない。
なお,原告らは,太郎が退院後6か月の通院治療が必要であったと
主張して,それに基づく損害賠償請求をするが,被告病院における太
郎の整形外科主治医であった証人Aによれば,3か月から6か月まで
の通院が見込まれるというのであり,必ずしも6か月間の通院治療が
必要であったとは認められない。そうすると,6か月間の通院治療を
要することが,予見可能であって本件事故と相当因果関係があるとは
いえない。
(ウ) そして,被告乙野の損害賠償責任は,本件事故により太郎が受傷
したのと同時に発生するのであって,その後に太郎が死亡したことに
よっては,その範囲や数額について影響を受けないというべきであ
る。ただし,被告乙野が損賠償責任を負うべき損害のうち,積極損害
については,太郎の死亡によってそれ以上の損害が発生しなかったこ
とが明らかであるから,被告乙野は死亡時までの損害について賠償す
べき責任を負うと解するのが相当である。
この点に関し,被告乙野は,休業損害について実際の入院期間であ
る41日間分の損害のみ賠償責任を負う旨を主張するが,前記のとお
りであって,理由がないというべきである。
(エ) 以上みたとおりであって,被告乙野は,本件事故による受傷及び
その治療並びにその後に生じるべき後遺症により太郎に生じるべき損
害(ただし,そのうち積極損害については太郎の死亡までに生じたも
のに限る。)について賠償責任を負う。
したがって,原告らの予備的主張のうち被告乙野に対する請求につ
いては,この限度において理由がある。
イ 被告乙野が賠償責任を負うべき損害について
(ア) 被告病院の診療により本件事故による受傷から回復したことを前
提とした場合,太郎には次のaからeの各損害(ただし,弁護士費用
を除く。合計610万7373円)が生じたものと認めることができ
る。
a 入院雑費 6万1500円
太郎が被告病院に入院した平成7年当時,1日当たり1500円
の入院雑費を要したものと認めるのが相当であり,これは積極的損
害であるから,死亡までの入院期間(41日間)分として,6万1
500円の損害賠償責任を負う。
b 休業損害  31万9633円
後記のとおり,平成7年当時,太郎には年間140万5637円
(1日当たり3851円。1円未満切捨て。以下同じ。)の収入が
あったこと,83日間の入院が必要であったと認められるから,同
期間に太郎が得るべき収入額は31万9633円となる。
(a) 太郎の収入額について
太郎は,平成6年度には,書店経営等により年間140万56
37円(1日当たり3851円)の収入を得ていたものと認めら
れる。この点,被告乙野は,太郎の同年度の所得を105万56
37円であると主張するが,同額は,いわゆる青色申告特別控除
後の収入額であると認められるから,休業損害の算定に当たって
基礎とすべき収入額とはいえない。
(b) 太郎の入院期間について
先にみたとおり,太郎は83日間の入院治療が必要があったも
のと認めるのが相当である。そして,同期間内は就労することが
不可能であったから,同期間に得るべき収入相当額の損害が生じ
たといえる。
c 傷害慰謝料  171万円
先にみたように,太郎は,本件事故による受傷の治療のため,約
3か月間の入院及び約3か月の通院が必要であったと認めるのが相
当である。こうした事情からすると,太郎の傷害慰謝料について
は,171万円と算定するのが相当である。
d 後遺症慰謝料  250万円
先にみたとおり,太郎には,本件事故による受傷が回復し,症状
が固定した後も,脚関節の障害等により歩行障害などの後遺症が残
ったものというべきである。そうすると,自賠責保険の後遺障害別
等級表第12級の7「1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を
残すもの」に該当する後遺障害が生じたといえるから,その慰謝料
としては,250万円が相当である。
e なお,このほかに,本件事故による受傷から死亡までの間に,太
郎には,治療費として145万7530円,眼鏡代相当額として5
万8710円の各損害が生じたことが認められる。
(イ) 過失相殺について
先にみたように,本件事故は,被告乙野の前方不注視,速度違反
(制限速度を時速20キロメートル超過)により引き起こされたもの
というべきであって,被害者である太郎が当時75歳の高齢であった
ことも併せ考えると,被告乙野の過失は重大である。他方,太郎につ
いても,前記認定したとおり,道路の横断歩道でない部分を横断しよ
うとして本件事故にあったものと認められるのであり,本件事故の発
生について過失がなかったとはいえない。これらを総合考慮すると,
被告乙野が本件事故により負うべき損害賠償額は,前記のとおり太郎
に生じたと認められる損害額から,過失相殺により,その1割を減じ
るのが相当である。
そうすると,被告乙野が賠償すべき損害額は,549万6635円
となる(1円未満切捨て)。
(ウ) 被告乙野の一部既払いの主張について
被告乙野は,原告らに対して151万6240円を支払ったから,
被告乙野が原告らに対して支払うべき損害賠償額から同額が控除され
るべきであると主張する。証拠によれば,平成7年9月ないし11月
に,被告乙野が加入している保険契約により,被告病院等に対し治療
費として145万7530円が支払われていることが認められ,ま
た,眼鏡代相当額である5万8710円を受領したことは原告らも認
める。そうすると,被告乙野が太郎又は原告らに対し本件事故による
損害賠償金として合計151万6240円を支払ったことが認められ
るから,前記損害額から同額を控除した398万0395円の範囲で
の損害賠償請求が認められることになる。
また,被告乙野によるこれらの支払は,太郎ないし原告らの被告乙
野に対する損害賠償請求のうち,まず,遅延損害金の起算日の早い前
記請求1の部分の支払に充当し,その余を前記請求2の部分の支払に
充当するのが相当である。その結果,弁護士費用を除き,被告乙野に
対する損害賠償請求は,前記請求1部分が消滅し,前記請求2部分が
398万0395円の範囲で存続することになる(したがって,それ
に対する遅延損害金は,本件事故後で原告らが本件訴訟において請求
する日である平成7年10月22日から発生することになる。)。
ウ 原告らの損害賠償請求権の相続について
以上みたとおり,被告乙野が本件事故により太郎に対して賠償責任を
負うべき損害額は,398万0395円であり,太郎は被告乙野に対し
て同額の損害賠償請求権を取得したものと認めることができる。そし
て,太郎の死亡により,原告らは,この損害賠償請求権をそれぞれ3分
の1の割合で相続したと認められる。したがって,原告らは,それぞ
れ,被告乙野に対し,132万6798円の損害賠償請求権を取得した
と認めることができる(1円未満切捨て)。
エ 弁護士費用について
原告らは,本件の損害賠償請求のため,本件訴訟の追行を弁護士であ
る本件訴訟代理人に委任し,弁護士費用の支払を約していることは明ら
かである。そして,本件事故と相当因果関係にある損害としては,原告
らそれぞれについて,原告らが請求しうるものとして前記認定した額の
約1割である15万円と認めるのが相当である。
そして,この弁護士費用相当額の損害については,本件事故後で原告
らが請求する日である本判決言渡日の翌日(平成13年11月29日)
から遅延損害金が生じることとなる。
被告乙野は,同人が加入する保険会社を通じて,原告らに対し支払義
務を負うべき損害賠償金(50万9572円)の支払を提示したにもか
かわらず,原告らが本件訴えを提起したものであって,訴訟追行に要す
る弁護士費用については賠償責任を負わない旨を主張する。しかし,そ
のような経緯があったとしても,本件において原告らの請求が認容され
る額は,被告乙野が保険会社を通じて提示した前記の額を超えており,
本件訴訟追行のための弁護士費用が本件事故と相当因果関係にあること
を否定することはできないから,この点に関する被告乙野の主張は理由
がない。
4 よって,原告らの請求は,被告乙野に対しそれぞれ147万6798円及
びうち132万6798円に対する平成7年10月22日から,うち15万
円に対する平成13年11月29日からいずれも支払済みまで年5分の割合
による金員の支払を求める限度で理由があるから,この部分について認容
し,原告らの被告乙野に対するその余の請求及び被告富山県に対する請求は
いずれも理由がないから,これらをいずれも棄却することとして,訴訟費用
の負担につき民事訴訟法61条,64条,65条,仮執行の宣言について同
法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
富山地方裁判所民事部
  裁判長裁判官   徳  永  幸  藏
     裁判官   吉  岡  真  一
     裁判官   井  川  真  志
(別紙)
損害賠償目録()1
費目損害額説明及び計算式
(太郎の死亡までに生じた損害)
1日当たり円,入院日間1,50041
a入院諸雑費円61,500
…円×=円1,5004161,500
平成年度の太郎の書店(店舗)営業による収入62
b休業損害円:円(1日当たり円,日間休業157,8931,405,6373,85141)
…円×=円3,85141157,893
c傷害慰謝料円入院日間800,00041
(太郎の死亡により生じた損害)
平成年度の太郎の書店(店舗)営業による収入62
:円,生活費控除:,就労可能年数1,405,63730%
d逸失利益円:5年,それに対応する新ホフマン計数:4,293,9394.364
()書店収入…円×(-)×=円1,405,63710.34.3644,293,939
()1円未満切捨て
年間年金受給額:円,生活費控除:,331,33230%
平均余命:年,それに対応する新ホフマン計12.88
e逸失利益円数:2,260,8779.748
()年金収入…円×(-)×=円331,33210.39.7482,260,877
()1円未満切捨て
f死亡慰謝料20,000,000

上記各損害の賠償を請求する訴訟の追行に関する
g弁護士費用円3,000,000
富山県弁護士会報酬規定による着手金,報酬
(別紙)
           損害賠償目録(2)
費 目 損害額  説明及び計算式
a入院諸雑費
    
61,500円
1日当たり\1,500,実際に入院した41日間分
…1,500円×41=61,500円
b休業損害319,633円
平成6年度の太郎の書店(2店舗)営業による収
入:1,405,637円(1日当たり3,851円),83日間
(実際の入院41日+6週間)の休業
…3,851円×83=319,633円
c傷害慰謝料2,610,000円
入院期間3か月,通院期間6か月として算出した
相当額
d後遺症慰謝

2,500,000円
下肢筋力低下,膝・足関節の拘縮,歩行困難の後
遺症につき,自賠責保険の後遺障害別等級表第
12級の7「1下肢の3大関節中の1関節の機能に
障害を残すもの」に該当するとして算出した相当

e弁護士費用 550,000円
上記各損害の賠償を請求する訴訟の追行に関する
富山県弁護士会報酬規定による着手金,報酬
(別紙)
診療経過等一覧
月日摘要
9/12整形外科において,右足関節内顆骨折,右腓骨骨折,右膝内側側副靱帯
剥離骨折,右肩甲骨骨折,右前腕挫創と診断され,さらに,脳神経外科
において脳しんとう頭蓋骨骨折急性硬膜外血腫と診断され入院,,,,。
9/13A医師(整形外科)から,不整脈について循環器内科への紹介。
B医師(循環器内科)の診察。狭心症の疑いあるが,検査できないため
投薬を継続するよう指示。レントゲン写真により,右下肺にバリウムの
誤飲による陰影を認める。
A夕食は絶食。
9/14A(整形外科)から,発熱について呼吸器内科への紹介。
C医師(呼吸器内科)の診察。肺のレントゲン写真を撮影したところ,
右下肺部に誤飲による陰影,肺野に浸潤影,胸水を確認。軽ないし中程
度の誤嚥性肺炎,脳梗塞後遺症,多発外傷と診断。
誤嚥性肺炎の回復のため絶飲食及びIVHによる栄養補給を決定。
9/15C医師(呼吸科内科)が右頸部にIVH挿入。
9/18C医師(呼吸科内科)の診察。肺のレントゲン撮影,胸部エコー,採血
検査により,肺炎の回復傾向を確認。
9/20嚥下困難との診察。
9/22C医師(呼吸科内科)の診察。肺のレントゲン撮影により肺炎の軽快を
確認。骨接合手術は可能との判断。また,咽頭反射検査が陰性であり神
経内科へ紹介。
9/25H医師(神経内科)の診察。頭部MRI撮影。多発性脳梗塞の診断。失
見当識あり。また,咽頭反射の低下があり,嚥下の障害あるが,強度で
なく,とろみ食からの食事開始は可能との意見。
9/26C医師(呼吸器内科)の診察。血液検査により肺炎症状の改善確認。
A医師(整形外科)から,家族に病状・治療方針の説明書面提示。
家族が手術承諾書等提出。
9/27C医師(呼吸器内科)による肺レントゲン撮影により,肺炎症状がほぼ
治癒したことを確認。
9/28整形外科において,右足関節内骨折及び右膝内側側副靱帯剥離骨折につ
いて手術。
9/29C医師(呼吸器内科)の診察。手術後の全身状態の確認。試飲させた少
量の水にむせたことから,経口摂取は少量の水のみ可能との指示。
10/2車イスによる移動開始。
10/5C医師(呼吸器内科)の診察。胸部レントゲン撮影,血液検査により肺
炎症状がないことを確認。リハビリ開始など術後の回復状況から,少量
の食事から開始できると判断し,5分粥と刻みとろみ食の開始を指示。
10/65分粥と刻みとろみ食による食事の開始(昼食。太郎が自力で摂取。)
フルーツはむせないが,5分粥とサラダでは少しむせがあった。7割程
度摂食。
22:40ころ失禁あり。
10/7便,尿失禁あり。失禁を嫌がり朝食,昼食を拒否。夕食は8割ないし全
量を摂取。むせはなし。
10/8食事は3食とも8割ないし全量を摂取。昼食時,食事速度早くむせる。
10/9C医師(呼吸器内科)の診察。食事状況が良好なことから,7分粥の開
始を指示。
食事は3食とも8割ないし全量を摂取。いずれも,むせはなし。
10/10七分粥の開始。食事は3食とも全量を摂取。いずれも,むせはなし。
9:3014:30,ころにそれぞれ失禁あり。
10/1210/10C医師(呼吸科内科)がIVH抜去。以降,食事はほぼ全量を摂
取していることなどから全粥の開始を指示。
10/1310/15全粥の開始食事は3食とも全量を摂取いずれもむせはなし。。,(
まで同様。)
リハビリ開始。
10/1420日中失禁あり。時ころ失禁あり。
10/1510/21夜間全裸になりおむつも外す,尿失禁あり(まで同様の状態がみ
られる。)
10/16朝食は全量昼食は8割~全量夕食は5割を摂取いずれもむせなし,,。。
10/1710/21食事は3食とも9割から全量を摂取(まで同様。)
10/214:15ころ全裸になっている。
朝食の牛乳を飲む際にむせた。
15:00ころ,時間識障害あり。
10/2214:30ころ訪室ごとに全裸となっている。
17:30便の付着,ふいていない。
18:15夕食配ぜん時,看護婦(D)が「むせるからゆっくり食べない
ころとだめですよ」との注意。
18:25同室の患者のナースコールにより,E看護婦が病室に到着。
10/22ころ顔面チアノーゼがあり,意識はなく,呼吸停止状態。
タッピングを試みた後,心マッサージを実施(E看護婦。)
Bその後,D看護婦が病室に到着し,吸引器による吸引をする。
F看護婦が病室に到着後,医師に連絡。
気管内挿管の準備等。
18:40G医師が病室に到着。既に呼吸及び心停止,瞳孔拡散の状態。
ころ気管内挿管開始。食物で気道がふさがれていた。心肺蘇生術継
続。
口腔内の吸引が行われ,ロールキャベツとミンチ肉の固形物が
少量取り出された
19:15死亡確認(窒息死)
※月日はいずれも平成7年である。

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また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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